憔悴

 イルーガが夜明かしの墓に到着したのは、太陽が若干西に傾く頃だった。久しぶりにフリンズに物資を届けにきたが、親友共々元気にしているだろうか。ここ最近はクリフサイド・キャンプの復興やら諸々の用事が重なって顔を出せていなかったが、相変わらず報告書の提出は遅いらしい。
 ほら、今も外に設置してあるベンチに座り込んで何もしていないようだ。――若干項垂れているように見えるのは気のせいだろうか。
「フリンズさん、物資を届けに来ました」
 声をかけてみるが、フリンズからの返事はない。彼に限って意図的に無視するだなんてことはないだろう。イルーガは一歩一歩、慎重な足取りでフリンズに近寄った。
 珍しく机に突っ伏している。紙の山とペンが見当たらないということは、報告書が嫌で現実逃避をしている訳ではなさそうだ。
「フリンズさん……?」
「……イルーガ坊ちゃま」
 ようやく顔を上げたフリンズの顔色がいつもよりも悪く見えるのは、きっと夜明かしの墓の暗さが原因ではないはずだ。ライトキーパーの習慣があったとはいえ、目元の隈が酷い。イルーガは背負っていた荷物を下ろして、フリンズの隣に腰を下ろした。
「どうしたんですか……? 何か非常事態でも……」
「……ラドヴァンがいなくなりました」
 息が詰まるのと、心臓が一音高く鳴ったのはほぼ同時のことであった。そういえば、最近情緒が不安定気味であるとは聞いてはいたが、まさか――いやそんなはずは――。頭の中が真っ白になりそうだ。それでも、自分まで気落ちしてしまってはフリンズが報われない。
 イルーガは両手にぎゅっと力を込めた。
「……確認しても?」
 小さく、しかし、確かな頷き。もしかしたら、客観的に見て何か新しい発見があるかもしれない。一縷の望みに縋りたいのはイルーガとて同じなのだ。だって――いや、この話はやめておこう。
 地下室の階段を降りると、明らかに不自然な寒さが立ち込めている。普段なら存外丁寧に閉められているはずの扉が、ものの無惨に吹き飛ばされ、何かを拒絶するかのように氷が枠にへばりついている。
 氷の角に当たらないよう意識しながら部屋の中を覗き込むと、やけに小綺麗に見える。というのも、本来置いてあるはずであろうランプやラドヴァンが愛用している片手剣が見当たらない。仮に、仮にだ。躁状態だとしてもこれから命を断とうとする人間が、武器を手に出て行くだろうか。なんとなくだが、まだ希望はあると思う。いや、そう思わないと何かが崩れそうだ。
 とにかく、今は戻ってフリンズに話を聞くしかないだろう。階段を上り切り、もう一度フリンズの隣に腰を下ろした。
「ラドヴァンくんがいなくなったのって、いつからでしたか」
「昨日――厳密には今日かもしれませんが――夜廻を終えて帰ったところ忽然と消えていました。扉の壊れ方から察するに、躁状態になったのではと考えられますが……まさか、いや……そんなはずは……」
「フリンズさん」
 とうとう声が震え始めたフリンズの肩に、イルーガは半ば掴む勢いで手を置いた。
「まだ、断定はできません。しちゃダメなんです。君だけでも信じてあげてください」
「――ええ、わかっているつもりです。頭では……理解しているつもりですから。ですが……」
「僕が探して来ます。昨晩からの行方不明となれば、まだそんなに遠くへは行っていないはず。今ならまだ間に合うかもしれません」
「でしたら僕も……」
「フリンズさんはここで待機していてください。その様子だと、帰って来てからも一睡もしていませんよね? 休める時にはちゃんと休んでください」
 そう言いながら、イルーガはランプの点灯確認をし始めた。
 全く、〈闇夜の鶯〉の隊長を務めていて忙しくしている身でよくもそんなことが言えたものだ。確かに今朝から休まずこの辺りを捜索していて、疲労が蓄積しているのは事実だ。それは全て、大切な恋人の安否を確認するため。であれば、休む暇などあるはずがない。
 しかし、イルーガの言い分もあながち間違いではない。ラドヴァンが無事に帰ってきたとして、自分が倒れたと聞いたら余計なストレスを与えてしまうに違いない。そうなってしまったら、今度こそ、本当に壊れてしまう。彼は――それほどまでに、優しい心を持った子だから。
「……わかりました。ラドヴァンのこと、頼みましたよ」
「――はい!」
 イルーガは硬く頷いて、ランプに光を灯した。
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