「おかえりなさい、僕の親友」
ピラミダにあるライトキーパー本部の一角から、二人の青年が姿を現した。正確に言えば、マスター・ライトキーパーの部屋から出てきたのだが、双方とも顔に疲弊が滲んでいる。ガチャン、と扉を閉めたところでラドヴァンは大きくため息をついた。顔を顰めながら頭を掻く仕草からは反省の色が見えない。
「……お前のせいで私まで説教喰らったんだけど」
ことの発端はと言えば、先日対応した『月の狩人』の事変である。ラドヴァンは一ヶ月ほど行方不明となっていたし、フリンズもレンポ島で発生した大規模なワイルドハント以降一切の音沙汰がないまま西風騎士団と行動を共にしていたとのことだ。
そのことについて、マスター・ライトキーパーのニキータから直接呼び出され、事情を洗いざらい全て吐かされたところで今に至る。『月の狩人』を退けたことと双方とも無事であったことを鑑みて「次からは私やイルーガを頼るように」とだけ告げられて帰されたのは幸いと言うべきだろう。
「いえ、あなたもいずれ招集はかかっていたと思いますよ。むしろなぜ今まで帰還報告しなかったんです?」
「それはこっちのセリフだっつーの。お前が事前に本部に報告してりゃここまでめんどくせぇことになんなかっただろうが」
ラドヴァンは大きくため息を吐いた。そういえば、この男はスターダストビーチで発生したワイルドハントについても本部に報告していなかったとか。自分が行方不明になっても、一人で解決しようとした男だ。そんな奴に頼ったのが間違いだろうか。
いずれにせよ、もう終わったことだ。素行不良の銘を打たれているとはいえ、流石に自分も態度を改めるべきなのだろう。
「とにかく、もうすぐ祈月の夜だろ。私今回もパスすっから、お前は好きなように過ごしてろよ」
私はそのまま夜警に向かうからよ、そう続く文節はあっけなく飲み込まれた。フリンズが何か信じられないような顔でこちらを見つめているのが原因だが、何をそんなに驚く必要があるのだろう。
「なんだよその顔は」
「本気で言っているのですか」
「え? 何がよ」
「いたいけな恋人に一人寂しく祝祭を過ごせだなんて、酷い人だ」
「え何この変な空気」
「やはり僕とは遊びだったというわけですね。それとも体が目当てでしたか」
「バカお前やめろガチで勘違いされたらどうすんだよニキータさんの部屋近ぇんだぞここ!!」
いや恋人というのは間違っていない。先日紆余曲折あって、ようやく交際を始めたのは確かなのだ。でもいくらなんでも言い方ってもんがあるだろうが!!
しくしく、と泣いてもいないくせに泣き真似をするフリンズの側 でギャーギャー喚くラドヴァンだったが、ある音が耳に入った途端に水を打ったように静まり返った。それは数枚の紙が一斉に散らばって落ちる音。書類を持った人間がここを通り掛からなければ聞こえない音だ。
徐に音源に視線を向けると、思いもよらず心臓が高く跳ねた。
「……フリンズさん? ラドヴァンくん?」
銀と赤のふわふわした髪、不思議な青色の瞳。しっかりと視界に映り込んでしまった。自分がずっと敬愛してやまない親友――イルーガと目が合ってしまった。
そういえば、行方不明になる直前から一切顔を合わせていなかった。その間に何度かフリンズを訪ねていたら、自分がどうしていないのか当然疑問に持つはず。仮にフリンズにはぐらかされても、彼のことだ、痺れを切らしてナシャタウンを探したのだろう。だが、いくら探しても見つからず何かに巻き込まれたのだと悟ったイルーガの心情を考えると――。
ラドヴァンは目を逸らした。これ以上あの真っ直ぐな瞳を見つめるのは無理がある。見ないでくれ頼む。
「い、イルーガくん……」
漏れ出た声はあまりに弱々しかった。フリンズに悪態をついたものの、今思えばあれはフリンズなりの気遣いだったのかもしれない。この気まずさ、どうしようか。帰ってきて相当時間が経っているというのに、一切顔を出さなかったことへの言い訳も考えられていない。ではこの後どうすれば良いのか、答えは一つしかない。
ラドヴァンがイルーガに背を向けて走り出すのと、フリンズがその腕を咄嗟に掴んだのはほぼ同時の出来事だった。
「テメェどういうつもりだ離せこの野郎!!」
「さすがにあの件だけは看過できませんので。僕も一緒に怒られますから、逃げないでください。あなたの悪い癖ですよ」
なんとかフリンズを振り払おうともがくが離される気配がない。片腕で拘束しているだけだというのに、あまりにも酷い。もはや悲しさすら覚えるほどだ。
「勝手に体が動くんだから仕方ねぇだろ!! 嫌だこんな所で死にたかねぇ!!」
「ラドヴァンくん」
切実に呼びかける声がして、反射的に目を向けてしまった。イルーガはいつの間にか二人の前まで距離を詰め、困っているような、悲しんでいるような、怒っているような、とても難しい表情で見つめていた。わからない、どれが今のイルーガに当てはまる感情なのか。
ラドヴァンはもう一度目を逸らした。体だけはちゃんと向き合ったものの、あの目をもう一度直視する気にはなれない。
「あー……その、久しぶりだなイルーガくん。えっと……なんつーか、その……」
ぎゅ、と、ふれあう感覚。ふわふわしている銀髪が目の前に、視線の少し下にあって肌をくすぐる。
抱きつかれたのだと気がついた時には、凍結反応でも起きたのではと勘違いしてしまうほどに、体が動かなくなった。
「……今までどこに行ってたんですか」
「その……だな」
「なんで急にいなくなったんですか」
言葉が詰まる。ただでさえ、彼はたいせつなものを失っているというのに。これ以上、苦しませて良い訳がない。
イルーガはラドヴァンの背に回した腕に、さらに力を込めた。離さない、とでも言うかのように。
「言っておきますけど、君を心配していたのはフリンズさんだけじゃないんですからね。僕だって、君のことは大切な親友だって思ってるんですよ」
「……ごめん、私が時間を稼げばフリンズが助かるって思って……ライトキーパーの責務を果たすのが優先で……」
「それとこれとは話が別です! 君の精神状態は理解していますが、僕の知らないところで死ぬなんて絶対に許しません。勝手にいなくなるくらいなら僕の部隊で戦ってもらいます。僕がずっと監視しますから」
「えぇ……もっとやだ……おいフリンズお前もなんか言えよ!!」
助けを求めるようにフリンズを見るが、当の本人は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せるだけだ。仕方ない、こうなったら頭を下げてでも頼み込むしか、そう思い息を吸ったと同時にフリンズの手がラドヴァンの頭に添えられた。そのまま慈しむように撫でられてしまうと、頭の中が真っ白になる。
「おいどういうつもりだテメェ!?」
「今回ばかりはイルーガ坊っちゃまが正しいですし、僕も相当心配しましたので」
「そう言うフリンズさんもですからね。君も……もっと僕達を頼ってください。大切な仲間なんですから」
「ええ、善処しますよ」
「うわぜってぇ善処しねぇやつじゃん。ウケるんだけど」
「ラドヴァンくん」
「アッハイなんでしょう」
視線を落とすと、イルーガと目が合った。目尻に光るものが見える。
「……おかえりなさい」
震える声でそう言われて、ようやくはっとした。一番大切なことを失念していた。たいせつなひとと交わす、一番大切なこと。
ようやく覚悟を決めて、ラドヴァンはその腕をイルーガの背に回した。――しばらく見ないうちに、なんだか逞しくなった気がする。
「うん……ただいま」
「……お前のせいで私まで説教喰らったんだけど」
ことの発端はと言えば、先日対応した『月の狩人』の事変である。ラドヴァンは一ヶ月ほど行方不明となっていたし、フリンズもレンポ島で発生した大規模なワイルドハント以降一切の音沙汰がないまま西風騎士団と行動を共にしていたとのことだ。
そのことについて、マスター・ライトキーパーのニキータから直接呼び出され、事情を洗いざらい全て吐かされたところで今に至る。『月の狩人』を退けたことと双方とも無事であったことを鑑みて「次からは私やイルーガを頼るように」とだけ告げられて帰されたのは幸いと言うべきだろう。
「いえ、あなたもいずれ招集はかかっていたと思いますよ。むしろなぜ今まで帰還報告しなかったんです?」
「それはこっちのセリフだっつーの。お前が事前に本部に報告してりゃここまでめんどくせぇことになんなかっただろうが」
ラドヴァンは大きくため息を吐いた。そういえば、この男はスターダストビーチで発生したワイルドハントについても本部に報告していなかったとか。自分が行方不明になっても、一人で解決しようとした男だ。そんな奴に頼ったのが間違いだろうか。
いずれにせよ、もう終わったことだ。素行不良の銘を打たれているとはいえ、流石に自分も態度を改めるべきなのだろう。
「とにかく、もうすぐ祈月の夜だろ。私今回もパスすっから、お前は好きなように過ごしてろよ」
私はそのまま夜警に向かうからよ、そう続く文節はあっけなく飲み込まれた。フリンズが何か信じられないような顔でこちらを見つめているのが原因だが、何をそんなに驚く必要があるのだろう。
「なんだよその顔は」
「本気で言っているのですか」
「え? 何がよ」
「いたいけな恋人に一人寂しく祝祭を過ごせだなんて、酷い人だ」
「え何この変な空気」
「やはり僕とは遊びだったというわけですね。それとも体が目当てでしたか」
「バカお前やめろガチで勘違いされたらどうすんだよニキータさんの部屋近ぇんだぞここ!!」
いや恋人というのは間違っていない。先日紆余曲折あって、ようやく交際を始めたのは確かなのだ。でもいくらなんでも言い方ってもんがあるだろうが!!
しくしく、と泣いてもいないくせに泣き真似をするフリンズの
徐に音源に視線を向けると、思いもよらず心臓が高く跳ねた。
「……フリンズさん? ラドヴァンくん?」
銀と赤のふわふわした髪、不思議な青色の瞳。しっかりと視界に映り込んでしまった。自分がずっと敬愛してやまない親友――イルーガと目が合ってしまった。
そういえば、行方不明になる直前から一切顔を合わせていなかった。その間に何度かフリンズを訪ねていたら、自分がどうしていないのか当然疑問に持つはず。仮にフリンズにはぐらかされても、彼のことだ、痺れを切らしてナシャタウンを探したのだろう。だが、いくら探しても見つからず何かに巻き込まれたのだと悟ったイルーガの心情を考えると――。
ラドヴァンは目を逸らした。これ以上あの真っ直ぐな瞳を見つめるのは無理がある。見ないでくれ頼む。
「い、イルーガくん……」
漏れ出た声はあまりに弱々しかった。フリンズに悪態をついたものの、今思えばあれはフリンズなりの気遣いだったのかもしれない。この気まずさ、どうしようか。帰ってきて相当時間が経っているというのに、一切顔を出さなかったことへの言い訳も考えられていない。ではこの後どうすれば良いのか、答えは一つしかない。
ラドヴァンがイルーガに背を向けて走り出すのと、フリンズがその腕を咄嗟に掴んだのはほぼ同時の出来事だった。
「テメェどういうつもりだ離せこの野郎!!」
「さすがにあの件だけは看過できませんので。僕も一緒に怒られますから、逃げないでください。あなたの悪い癖ですよ」
なんとかフリンズを振り払おうともがくが離される気配がない。片腕で拘束しているだけだというのに、あまりにも酷い。もはや悲しさすら覚えるほどだ。
「勝手に体が動くんだから仕方ねぇだろ!! 嫌だこんな所で死にたかねぇ!!」
「ラドヴァンくん」
切実に呼びかける声がして、反射的に目を向けてしまった。イルーガはいつの間にか二人の前まで距離を詰め、困っているような、悲しんでいるような、怒っているような、とても難しい表情で見つめていた。わからない、どれが今のイルーガに当てはまる感情なのか。
ラドヴァンはもう一度目を逸らした。体だけはちゃんと向き合ったものの、あの目をもう一度直視する気にはなれない。
「あー……その、久しぶりだなイルーガくん。えっと……なんつーか、その……」
ぎゅ、と、ふれあう感覚。ふわふわしている銀髪が目の前に、視線の少し下にあって肌をくすぐる。
抱きつかれたのだと気がついた時には、凍結反応でも起きたのではと勘違いしてしまうほどに、体が動かなくなった。
「……今までどこに行ってたんですか」
「その……だな」
「なんで急にいなくなったんですか」
言葉が詰まる。ただでさえ、彼はたいせつなものを失っているというのに。これ以上、苦しませて良い訳がない。
イルーガはラドヴァンの背に回した腕に、さらに力を込めた。離さない、とでも言うかのように。
「言っておきますけど、君を心配していたのはフリンズさんだけじゃないんですからね。僕だって、君のことは大切な親友だって思ってるんですよ」
「……ごめん、私が時間を稼げばフリンズが助かるって思って……ライトキーパーの責務を果たすのが優先で……」
「それとこれとは話が別です! 君の精神状態は理解していますが、僕の知らないところで死ぬなんて絶対に許しません。勝手にいなくなるくらいなら僕の部隊で戦ってもらいます。僕がずっと監視しますから」
「えぇ……もっとやだ……おいフリンズお前もなんか言えよ!!」
助けを求めるようにフリンズを見るが、当の本人は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せるだけだ。仕方ない、こうなったら頭を下げてでも頼み込むしか、そう思い息を吸ったと同時にフリンズの手がラドヴァンの頭に添えられた。そのまま慈しむように撫でられてしまうと、頭の中が真っ白になる。
「おいどういうつもりだテメェ!?」
「今回ばかりはイルーガ坊っちゃまが正しいですし、僕も相当心配しましたので」
「そう言うフリンズさんもですからね。君も……もっと僕達を頼ってください。大切な仲間なんですから」
「ええ、善処しますよ」
「うわぜってぇ善処しねぇやつじゃん。ウケるんだけど」
「ラドヴァンくん」
「アッハイなんでしょう」
視線を落とすと、イルーガと目が合った。目尻に光るものが見える。
「……おかえりなさい」
震える声でそう言われて、ようやくはっとした。一番大切なことを失念していた。たいせつなひとと交わす、一番大切なこと。
ようやく覚悟を決めて、ラドヴァンはその腕をイルーガの背に回した。――しばらく見ないうちに、なんだか逞しくなった気がする。
「うん……ただいま」
1/1ページ
