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ひまわり/mt


「はぁ……」
全くいつだってアイツは、本当に腹が立つ。やり場のない怒りを抱え、俺はただ一人楽屋にいた。ちょうど番組収録が始まる頃なのだろうか、楽屋の外では何やら慌ただしいような声が聞こえる。
だいたい、今回のことは俺は悪くない。ただ最近の仕事が忙しくて、そんでもって知らぬ間に溜まっていたのであろう疲労が一気に出てきて、だからアイツへの返信を怠っていたことくらい許されてもいいはずだ。ほんの一週間くらいなのに。それなのにアイツときたら、現場までの移動時間使ってくらい返せるだろって、確かに言いたいことはわかるけど、でも全然俺の立場になってくれないじゃないか。
確かに彼は、彼自身がドラマやらバラエティーやらに引っ張りだこになっていようが大先輩に食事に誘われようが、俺が寂しがらないように適度なペースで返信はしてくれていた。彼が優しいのはわかっているし、俺がその立場になっていて彼の偉大さはもう充分理解したつもりだった。けど、彼と俺は違う。
なんでも器用にこなせる奴だから俺にそんなこと言えるんだと思う。

「あれ、手越?」
アイツへの愚痴をだらだらと頭の中で再生していると、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。いきなりだったからびっくりして、近くに置いてあったペットボトルを思わず倒した。それを起こしてやって振り向くと、別番組でいたらしいシゲの姿があった。
「あれ、シゲちゃんじゃん」
「やっほ。入っていい?」
「ん、どーぞー」
シゲは履いていた靴を脱ぎ、丁寧に揃えた。その横には、俺が脱いで散らばった靴が見える。こういうところに普段の生活の差はよく出ているんだろうな、なんて考えていた。2週間前に歌番組で顔を合わせて以来、シゲとは会っていなかった。今はあんまり外に出られるような状況でもないし、なんだかすごく久しぶりに見る気がした。
「…っと、あれ」
「うん?」
「シゲちゃん、もしかしてそれ」
シゲの顔にどこか新鮮味を感じながらもジロジロと凝視していると、ふと、首元が光ったのが見えた。シゲは最近アクセサリーをするようなタイプでもなかったし、自分から好んで買うということはまずない。だとすると思い当たることといえば、恋人からもらった、ということくらいだ。
「…あぁ、そうそう。小山さんがくれたのよ」
「えー、慶ちゃんが?いーいなぁぁ」
シゲはどこか照れくさそうにはにかんで、俺に向かい合う形で座った。
…うらやましい。俺は今どうしようもなくこの男が、うらやましい。
「…いいなぁ、慶ちゃんは優しくて」
はぁ、とため息をついた俺を見て、シゲは何かを察したようだった。すると、ゴソゴソとカバンを漁り始め、スマホを取りだした。シゲに促され、少し億劫な気持ちでスマホの画面を覗いた。
「……なにこれ、ペアリング?」
「そうそう」
「これがなにさ」
「分かってんだろ。まっすーと一緒に、どう?」
「…どう、って言われたって………」
そこで俺は言葉を濁した。シゲは絶対に察していると思うし、バレていないわけがないのだろうけど、何となく自分から白状するのは躊躇われた。頭のどこかで浮かんできた彼の顔を、無理やり消した。
「今度は何したんだよ」
「…」
「…なぁ、手越?」
「……言っとくけど、俺は悪くねぇから!」
自分でも想定した以上の声が出てしまい、思わず口を噤んだ。ごめん、と小さく吐き、優しい笑みを浮かべているシゲを見つめた。同い年で、軽く15年は超えているシゲに、俺はまともに嘘をつけたことがなかった。何を言っても、その顔を見ると、なんだか言い表せないようなほんの胸苦しさが俺を襲う。
「…仕事が忙しくても、タカはちゃんと俺が寂しがらないようにって、連絡くれてた」
「うん」
「けど俺は、…いざ自分がその立場になって、同じことしてあげられなくて……そんで軽く揉めて」
「うーん、そっか」
シゲはそう言って、俺の頭をポンと軽く叩いた。シゲに話して、さっきまでの怒りが嘘みたいにどこかに消えた。確かに、返信をしない俺も俺だったと思う。いくら俺が不器用だからって、俺なりのやり方でいくらでも連絡をする方法はあったはずなのに。それを怠ったのは、他の誰でもない、俺自身だ。
「別にさ、手越がそこまで気負いすることもないと思うけど。」
「まっすーも誤解してるだけなんじゃない?向こうが忙しかったとき、手越は寂しかった?」
「…いや、ちゃんと連絡くれたし、疲れてるんだろうなってときも時間見つけて会いに来たりしてくれてたから」
いつもの元気がなくボソボソと喋る俺に、シゲは少しだけ笑った。
「うん、じゃあそういうことじゃん。まっすーも、寂しくてなんか勘違いしてるだけなんじゃね」
慰めるようにしてもう一度俺の頭を叩くシゲを見て、俺は大事なことを思い出した。
そうだ、たしか俺が忙しくなり始めだったときに、彼は、
『別に無理して連絡とる必要ないからさ、ちょっとくらいは俺にも構ってね?』
そう言って優しく笑って、俺を抱きしめた。あの全てを包み込んでしまうような大きなからだで、俺をそっと抱きしめてくれたんだっけ。
「…ねぇシゲ、タカ今日収録あるって言ってたよね」
「ん?あー、確かそんなような」
「わかった、ごめん、ありがと!」
慌ただしく帰りの準備をする俺に、シゲは呆れたように笑みを浮かべ、思いっきり背中を叩いてきた。
「いってえ!!!!」
一瞬シゲを睨もうと思ったけど、それはやめた。
「ははっ、わりぃわりぃ、頑張ってこいよ」
そうやって、こいつはいつだって俺の背中を押してくれる。俺は何度こいつに助けられたんだろう。シゲがいなかったら、きっと俺はこんなにいろいろ乗り越えてこられなかった。
「…うん、ありがと、ごめん」
「今度飯連れてけよー」
「おけ、もちろん!」
そう言って俺は、勢いよく楽屋を出て、タカがいるであろうフロアに向かった。






*_____________________*







もう何回目だろうか、些細なことですれ違っては彼と喧嘩をする日々だ。俺だって喧嘩をしたくてしてる訳ではない。ましてや、距離を置くことなんて尚更だ。
ただ、なんていうか、やっぱり俺と手越は根本的に合わないんだろうなと思う。もちろん、それだけで別れようと思うのならとっくにそうしているし、だからといって俺は手越と別れるつもりもない。心の底から愛おしいと思えるのも、ずっとこの腕の中で抱いていたいと思うのも、手越が初めてだった。お互いに好きだからこそ、好きすぎるからこそ、すれ違っているんだって、俺たちはちゃんとわかってるつもりだった。けど、やっぱりどうしても、付き合いが長い分遠慮なんてないし、気遣いもだんだんできなくなっていったのだと思う。俺は手越を大切にしたい、その気持ちだけは、もちろんずっと変わるはずがなかった。そのうち自分のことで精一杯になって、俺よりも明らかに不器用な手越に、少し要領が悪い手越に、同じようなことを求め続けてしまった。好きだから仕方ないだろ、応えてくれない手越が悪いんだ、なんて自分に言い訳して、自分の気持ちを黒く塗りたくった。
「はぁ……」
……俺は、なんて最低な彼氏なんだろう。手越が傷つきやすいのだって、ちょっと面倒くさいのだって、すぐ泣くのだって全部わかってた。どんな手越でも愛おしいと思ってしまったのは、この俺だ。どうしようもなく好きで、愛おしくて、だからこそ不安になることも多くて。俺の前では儚くて今にも消えてしまいそうなくらい、それだけ弱く見える手越を支えなければいけないのは俺だ。今までのことを思い出したって、たくさん喧嘩もしたけれど、その二倍は深く愛し合った。俺の前だけでしか見られない手越を、俺は見ることができている、それはなんて幸せなことなのかということから、最近の俺はずっと目を背けていたんだと思う。やっぱり甘えすぎていたのかもしれない。手越に、俺は。
「…か、たか!」
「……へ?」
「たか!」
そう言って、俺の胸に飛び込んできた、ふわふわの金髪。紛れもない、手越だった。
「……て、ごし、なんでここに…」
「…会いたくて、来ちゃった、へへ」
そう言ってあどけなく笑う。何も反応しない俺を不思議に思ってか、それとも自分の言ったことに照れてか分からないけど、手越は俺の顔を見てそっと微笑んだ。…あぁ、俺は、お前のことがどうしようもなく愛おしいよ。
「……ごめん、ごめんな、手越」
「……え、いやそんな、元はといえば俺が…」
「本当にごめん、ごめん……っ」
そうやってもう一度つよく、腕の中で小さく震えだした手越を抱きしめた。どこにも行かないように、どこにも行けないように。
どれくらい経っただろうか、手越が俺の胸をトントンと叩いて、ぷはぁ、と顔を上げた。タカ、と小さく呼ばれて、ん?と聞き返す。
「…なぁタカ、俺さ、もっと強くなるよ、小さなことじゃ泣かないように、俺、守られてばっかりじゃなくて、タカが安心できるように、もっともっと、好きになってくれるようにさ」
「……そんなんしなくたって、俺はもうどうしようもなく手越が好きだけど」
「ちがうっ、……ごめんなさい、俺、自分が情けなくて……ごめんなさい、タカのこと、誰よりも大好きなのに、タカの優しさに甘えてばっかで……ほんとにごめん」
柄にもなく震え声で謝り倒す手越を前にして、どうしようもなく愛おしさと申し訳なさが込み上げてきて、俺は何度手越を泣かせてしまうんだって、自分に腹が立った。
違う、違うんだよ手越。きっと俺たちは、やっぱりお互いに不器用すぎたんだよ。頑固だし、素直じゃないし、全然俺の思い通りにいかないし、全てを惹きこんでしまうようなその笑顔で、俺をいとも簡単に振り回すんだ。きっと手越に自覚はないし、その上で踊らされてる自分も嫌いじゃないのが不思議だった。
「…なぁ、手越」
「うん?」
「帰ったらさ、久しぶりに酒でも飲もっか」
一週間の埋め合わせしろよ、って小さくつぶやくと、隣にいる手越は、向日葵のような笑顔で笑った。
「…うん!ねぇねぇ、タカ」
「ん?どした?」
「あのさ、大好きだよ……俺、たぶんどうしようもないくらいタカが好き」
うっすらと彼の目に張った水の膜を右手でそっと拭い、左の頬にそっとキスをした。
そんなこと言われなくたってわかってるよ、って可愛げもない返事をする。顔を真っ赤に染め上げている手越を見て、俺はきっと何度でも、俺にはこいつしかいないって思うんだ。
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