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ひと繋ぎの空を見上げて

ぴちゃり、と5つの靴が水音を立てた。

「……プレロマ草がこんなに……」

太り気味の青年が周囲を見渡し眉を顰める。
咲き誇る紅い花々は、この地下空間に吹くはずもない風を受けて揺れている。天井があるはずの場所には青空が広がっており、なんなら太陽の光すら差し込んでいた。なお、本日の天気は曇りである。
つくづくこの空間はおかしい、と頭を抱えた。いくら暗黒時代の遺跡とはいえ、いくらなんでも無茶苦茶すぎる。

「クソ、何人犠牲にしたというんだ……ッ!」

男装の麗人は己の拳と手のひらをたたきつけて悔しそうに吐き捨てた。
透き通った水の下に映るのは、根に絡め取られた無数の死体。中には完全に覆われその姿が見えないものも存在している。皆恐怖に歪んだ顔のまま、時が止まったように静止していた。
通常、このプレロマという名の花は青色をしているはずだが、非常に気味悪いことに血を吸ったせいか赤黒い色に変化している。しかし色が変わったくせに美しいのだから困ったものだ。

「……今は進もうぜ。これ以上犠牲を出さねぇためにもな」

白髪の青年は他の4人よりも先に足を踏み出した。
湖面が揺れる。花も揺れる。
青年の瞳は、まっすぐと奥に佇む異様な雰囲気の扉へと向けられていた。
扉の後ろにはまだまだプレロマの花畑が広がっているだけだ。部屋なんてないし、壁だってない。
しかしたった今降りてきた階段も空間にぽっかり穴が空いたような気味悪い惨状なので、恐らくあの仰々しい扉にも“奥の部屋”が存在するのだろう。

「……いちいち、弱ってなんかいられないよねっ」

小柄な少女は顔色を悪くしながらも、白髪の青年の後をついて走り出す。
麗人が「無理はしないでおくれよ」と背を叩き、太り気味の青年は穏やかに笑って歩き始める。

4つの靴音が、水音を立てた。

「……ハクナちゃん?」

ひとつ、黒いローファーだけが、動けなかった。























は、と目を覚ます。
……懐かしくて、嫌な夢だ。全くタチが悪い。
癖で昔の導力器を開きかけ、それに触れたところで、手を引っ込めた。……また着信が入っている。開けたらおしまいだ。
久々にあの夢を見たせいだろうか。最近はだいぶ慣れてきた筈だったけど。
一度深呼吸してから落ち着いて、職場から支給された方の導力器────ENIGMAを開く。

時刻は6:28。少し早い気もするが、まぁ鍛錬もするには少し短いが、いい時間だろう。
着替えてから、壁に立てかけていた木刀を手に取り、ルームメイトの幼い少女を起こさぬようそっと扉を開いた。
ゴソゴソとジャケットを羽織り、いつも通りなるべく静かに廊下を渡り、階段を登って屋上に出る。

「おっ、ハクナじゃねぇか」
「……なんだ、ランディか」

なんだとはなんだ!と寄ってきた同僚────ランディ・オルランドに結んだばかりの頭をぐりぐりと拳でめちゃめちゃにされる。
やめろと木刀でしばけば、彼は全く悪いと思っていなさそうな顔で悪いと告げ、ニヤリと笑う。

「そういやいっつもここで鍛錬してたな。邪魔だったか?」
「いっつもコッペにじゃれつかれて鍛錬にならないから、べつにいいさ」

ねー?とすり寄ってきた子猫……コッペを持ち上げれば、みぃと鳴いてすりすりと頬を擦り寄せてくる。
このビルの住人ならば誰でも好きと言わんばかりのこの子猫だが、やはり一番懐いているのはリーダー……ロイドだろうか。流石いつも牛乳をやってるだけある。

「どうせ今日は大暴れするかもしれねぇんだ、ここは一つお兄さんとお話ししようぜ?」
「……まだ確定じゃないけど。ま、良いよ。きみの話も聞きたかったし」

木刀を腰のホルダーに下げ、屋上の柵に体重をかける。隣にランディがでんともたれかかり、ポツポツと話し始めた。

「確か、一度共和国方面に帰ってたんだったな」
「あぁ。姉さんが一回帰ってこいってウルサイから」
「お前の姉っつーと……あのお姫さんか。駄々こねられちゃ敵わんなそりゃ」

姉を間接的に、きっと噂等で知っているのであろうランディはクツクツと他人事のように笑う。実際他人事だから何も言えないけど。
苛烈な性格をしている姉はよりによって手紙で呼び戻してきた挙句「遅い!」と目があった瞬間に技で切り込んできた。ふざけるなと思う。
そもそも学院を中退したのだって、姉さんが仕事を押し付けてきたからで。あれがなかったら、今頃わたしは……

「ハクナ?」
「……ごめん。なんでもない」
「そんな酷かったのか、しごき」
「なはは……思い出したくない程度には……」

ヒュウ、と口笛を鳴らす右隣の元同業者現同僚に小さくため息をついて、木刀にじゃれついてくるコッペを適当にいなす。

「そっちこそ、昨日は大変だったらしいな」
「……ま、そーだな。お前さんにも迷惑をかけるかもしれねぇ」

昨日の深夜にビルへと帰ってきたハクナは、たまたま水を飲みに起きていたエリィから事のあらましを聞いた。
これは前から知っていた事だが、ランディが赤い星座の先代トップ……闘神の息子だという事。
今になって、赤い星座が彼にちょっかいをかけてきた事。そして、復帰を持ちかけてきた事。

「お互い、災難だ」
「あぁ……本当に」

心底といった様子でそう吐き出したランディは、柵にもたれかかって、静かに空を見上げていた。
帝国。エレボニア帝国。
わたしの青春。わたしの半分。わたしの光。
その名を聞くと、どうしてもわたしの底から未練が湧き上がってくるのだ。まだ、もう一度、もう一回、と。

(ほんと、嫌になる)

今のハクナ・ミスルギには、必要のないものだというのに。












「ねぇハクナ、なんだか今日ゲンキないね」

思わずハクナは「へ?」と抱き上げた同行者の少女……キーアに間抜けヅラを晒した。
先程彼女の友達であるシズクと別れた後、抱き上げろとせがむからよっこらせと抱き上げて、それからすぐのことだ。

「別に、普段通りだけど」
「ウソ! なんかションボリしてる。ランディとおんなじかんじ!」
「おー、そうか。おんなじ括りかぁ……参った」

あのしょぼくれた同僚と同じ括りにされてはたまらない。だって、自分よりも彼の方がよっぽど深刻だろう。ハクナはただ仲のいい姉に扱かれただけであり、ランディは家族全員と仲違いしている状態なのだから。

「……それより。さっきの凄かったな!」
「あ!ごまかした! 確かにスゴかったけど」

キーアを抱えたまま、先ほど青いベールを脱いだ超高層ビルの方向へと体を向ける。
オルキスタワー。世界一高い建造物であり、このクロスベルの新たなランドマークとなるビルだ。
小さな手が高いビルへと向けられる。黒い指貫の皮手袋が、少女の小さな手に追従して、反射した太陽の光を遮るように広げられた。

「今からあのビルでお偉いさん達が会議するんだとさ」
「知ってる!ロイドたちもいっしょにオシゴトなんでしょ?」
「あぁ、そうだよ」
「ハクナは?」
「今日のキーア当番」

そんなのないでしょ、と笑う少女に、そりゃあそうだと返す。今咄嗟にハクナが考えたものだもの。

「ま、私も朝飯食べたらロイドたちと一緒に出るさ」

キーアに合わせる必要のなくなったハクナの長い足はズンズンと支援課のビルへと近づいていく。キーアの足元で金色の鎖に吊るされた刀が、夏の暑い気温を下げるような涼しい音を立てた。
元々雑居ビルだった我らがアジトの扉に手をかける。

「ただいまー」
「タダイマー!」
「おっと……おかえり、二人とも」

ロイドの声に呼応するように、入り口付近で寝そべっていたツァイトも軽く「ヴォン」と鳴く。
キーアを降ろしてやれば、トテトテと食卓へと駆け寄り、スゴかったね、と嬉しそうに話し始める。
それを横目に、自分のいつもの席について、隣……というか、右斜め前のエリィに一つ問いかけた。

「サラダ残ってる?」
「あら、キーアちゃんと一緒に食べたんじゃなかったの?」
「お腹すいちゃった。一口食わんとやる気出ない」

しょうがないわね、とエリィがスプーンで差し出してくれたサラダにかぶりつく。シャキシャキ食感がおいしい。

「そういえば。ハクナちゃんって、トールズの出だったわよね」
「んぐ……まぁ、そうだな。中退だけど」

言葉にされたことで、寝室に置いている昔の導力器が脳裏をよぎる。
まさか。朝の着信は……

「居たわよ、トールズの子。キーアちゃんと同じくらい小さかったから、飛び級の子じゃないかしら」

天を仰いだ。

『ハクナちゃん』

きっと二年生になっても背が伸びていないであろう彼女が頭の中でニッコリ笑っている。

『いつまで逃げてるの?情けないよ、ハクナちゃん』

大量のレポートと共に、辛辣な言葉を吐きながら。

「ハクナちゃん?ハクナちゃん、しっかり!?」
「ロイド、ハクナが壊れたみたいだよ」
「えっ」

面白そうにこちらを指差すワジに誘導され、こっちを見たロイドの頭の上で揺れる、彼女によく似た茶髪を視界に収めた、その時。

「ォァ────……」
「ハクナさん!?」
「ハクナーーーーーーッ!!」

ハクナは、真っ白に燃え尽きたのだった。









オルキスタワー、35階────控室前。

「待て待て待て待てまだ心の準備が!!」
「今更何言ってるんですか!」
「話すって決めたんだろ、腹括りやがれ!」
「それとこれとは話が別なんだなぁ!?」

先ほど合流したばかりのティオと、それに協力するランディに引っ張られながらも、持ち前の体力と筋力でなんとか踏ん張るハクナ。道ゆくメイドや職員に避けられる物体の出来上がりである。

「嫌だーッ!絶対今までのこと根掘り葉掘り聞かれる!レポート提出させられる!!」
「全部吐きに来たんですから当然でしょう!」
「立派に警察やってんだから吐いて恥ずかしいことねぇだろ!!」
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