一般士官学院生A
拝啓、Ⅶ組のやつらへ。
このページを読んでいるということは、きちんと最後まで読んでくれたんだな。ありがとう。
一つ謝ります。勝手に学院を退学してごめん。
オレは勝手に押しつぶされて、勝手に逃げた。器の小さいクソみたいなやつだ。
お前らの方がもっといっぱい抱えてたんだろう。もっと重いもんをいっぱいもってたんだろう。
ユーシスに一緒に背負わせて欲しいとか馬鹿みたいなことほざいたくせにこれだ。背負すらせずに雰囲気だけでオレは逃げた。
ごめん。一緒に戦えばよかった。今、戦場で一人戦ってて初めてそう思った。
多分、オレは死んだんじゃないか。じゃなかったらオレは必死にリベールに逃げてでもコレを隠すと思うし、その前にこのページをビリビリに破いてゴミ箱に捨ててるかもしれない。
直接謝れないのは正直悔しいな。どうやらこの戦争を乗り切れないくらいオレは弱かったらしい。どうか盛大に笑ってくれ。
それか、みんなオレのことは忘れ
インクを溢した。書き直す。オレのことは忘れて生きてくれ。こんなクソ雑魚なんぞ、お前らの優秀な脳みそからすっ飛ばしてくれ。
最後に色々お礼とか言わせてもらうけど、コレもオレの自己満だから。見なくていいからな。
アリサ、機械いじりの助言いつもありがとう。
エリオット、お前のバイオリン好きだったよ。
委員長、中間の面倒見てくれてありがとな。
マキアス、どっかのページにおすすめのインスタントコーヒー挟んでるから。
ユーシス、オレ先にラーメン一人で食っちまった。ごめん。
ガイウス、お前の故郷行けなくてごめん。
フィー、雑誌はそのまま持ってっていいぞ。
ラウラ、もう迷うなよ。
オライオン、あんまちゃんと話せなくてごめんな。
クロウ先輩、あんたのお古、死ぬほど活躍したよ。
リィン、お前はいつもオレの■■だったよ。
ごめん、ちょっと窓から雨入ってきた。
もうこんだけ書いたし、書き直すのはやめとく。
ちょっと小っ恥ずかしいし。
この手帳はミリーに預けてるから、きっとお前らはミリーの目の前にいるんだろ。
その子を頼む。オレの大事な大事なたった一人の妹なんだ。
父さんが庇って、母さんが死ぬ直前まで守ってた希望なんだ。
オレが死んだらミリーは一人になる。頼む、どうか、どうかこいつを守ってやってくれ。
自分勝手でごめん。じゃあな。
「おい、やるぞ」
紡績町パルム、その片隅に佇む小さな雑貨屋の扉を夕暮れ時にガンと勢いよく開いたのは田舎町が全く似合わない端正な顔をした金髪の青年だった。
店の中はパルムの街中でたくさん織られている大人しい色の、されど何処か可愛らしい雰囲気を持った布をメインに据えた小物の数々で溢れている。
眼帯で隠れていない右目を見開いた黒髪の少年は、数秒黙ってぽかんとアホ面を晒した後、旧友の手に下がったものに視線を向けてくしゃりと破顔した。
「覚えてたん? 律儀だな、ユーシス」
「忘れるわけが無いだろう。男子組には連絡したからな」
「マジ?みんな来んの? オレ部屋片付いてねーんだけど」
それくらい手伝ってやる、と青年────ユーシスは店裏へ続く暖簾をくぐった。
少年は縫い掛けの巾着袋から半分刺しっぱなしだった針を糸ごと丁寧に引き抜き、ぷすりと針山に刺し、旧友を追いかける。
布だらけでごちゃついた生活スペースを見て絶句しているユーシスの顔を覗き込みぷっと吹き出し、少年は父親とよく似た顔でだははと笑いながら近くにあった布束を持ち上げ、隣の部屋にある本来置くべき場所にどんと積む。
やがて意識を取り戻したユーシスはため息と共に頭を抱え、近くから手当たり次第に片付けを始める。
「店は順調なのか」
「まぁ、ぼちぼち?生きてけるし、悪くはねーな。ジェロームおじさんにも色々ノウハウとか教えてもらえたし」
ちょうど試作品見つけたわ、と少年はユーシスに向かってひとつ作品を投げつける。
眉を顰めつつもキャッチしたユーシスの手の中には、可愛らしいウサギを模った白い人形がくてんとくたびれている。
「|ミリアム《お前の嫁》モチーフ。あげる」
「〜〜〜っ……!!……!!!!」
「だはは、すげー顔してら」
怒りと羞恥と少しの嬉しさで百面相するユーシスを見て笑い、少年は片付けを続ける。
片付けといっても、最低限友人達が座れるスペースを開けるだけなので、重なった布や趣味の導力器などを軽くどかすだけだ。故に木造りの綺麗な壁にひっかかった縄跳びやら物置の上にとっ散らかったトランプは見ないふりである。
一通り布ものなど匂いをつけてはいけないものは隣の部屋へと避難させた。扉をタンと閉め、少年は台所へと向かう。
「何個持ってきたん?」
「人数分だ」
「はいよ。んじゃお湯沸かしときますかね」
湯沸かし器に水を入れ、導力に繋いでボタンをぽちりと押す。そうこうしているうちに日はすっかりとぽんと沈み、コンコンと店の扉が叩かれた。
「開いてるから勝手に入れ〜!」
そう入口に向かって叫べば、がチャリと扉が開く音と共に数人の足音が店を素通りし、真っ直ぐ暖簾を押して生活スペースへひょこりと顔を出す。
「ふふ、元気そうでよかった」
「そっちこそ。こないだのセントアーク公演、村のおばさん達が良かったって喜んでたぜ」
えへへ、と照れ笑いをしながら慣れたように着席する旧友の一人であるエリオット。彼に続いてす、と現れたのは、ユーシスの喧嘩相手であるマキアスだった。
「少しは片付けたまえ、この面倒くさがりめ」
「どこに何があるかはオレがわかってるからいーの」
マキアスは呆れたように少年の額にデコピンをけしかける。大袈裟にわざとらしくヨタついた少年に、旧友はひどく大きなため息をつく。
「あと来てないのは……3人か。エリオット、そこの導力器とって」
「はいはい……って、何これ」
「ん?びっくりおもちゃ箱。開けたら背面につけたクォーツに応じて殺傷力無くしたアーツが出てくるって仕組み」
説明を聞きながらパカリと箱を開くと、手元で極小のシャドウスピアがぴょこぴょこ底面から飛び出てきた。攻撃用のものと比べると確かにデフォルメされてぷにぷにした雰囲気で、殺傷力は全くなさそうだ。
「まだ機械いじりも続けてるんだね」
「おう。片っぽ見えなくても弄れるっちゃ弄れるからな」
とん、と店の商品と同じ素材で作られた眼帯を手で突く少年。どうやら中に固い厚紙のようなものが入っているらしく、突いても布がへこむことはなかった。
「この前そう言ってハンダコテで火傷したのを忘れたわけではないだろうな」
「あーあー、聞こえなーい」
「ちょっとユーシスそれ詳しく!どこやったのさ!?」
「君達、戯れてないで片付けを手伝いたまえ!」
マキアスの一喝でそれぞれが動き始め、なんとか3人分の席が確保できた頃。再び入り口の戸がノックされる。先ほどと同じように少年が開いていると叫ぶと、ちょうど3人分の声と足音が店内に響いた。
「来たなオカルト集団」
「おう、ゾンビさんだぞ。こっちは鬼さんと神父さん」
「神父さんだ」
「やめてくれないかそのジョーク」
オカルト集団筆頭であるクロウがふざけ、それにガイウスが乗り、リィンが突っ込む。
相変わらず元気そうでよかったと少年はホッと肩を撫で下ろした。
「これ、龍來土産」
「うお〜っ!抹茶アイス!絶対美味いやつ!」
「そういえば行ったって言ってたね。でもこれ流石に買すぎじゃない?」
リィンの持ってきた紙袋を机の上に置き、中身をもりもりと取り出していく。
どうやらたくさん買ってきたらしく、あっという間に机の上は人数分のアイスで埋まってしまった。
「女子達の分は?」
「郵送した。持ち運んでる間に溶けたら悪いし」
「それならば遠慮なく行かせてもらおうじゃないか」
「龍來土産もいいけどお前ら早くラーメンの味決めなよ。そろそろお湯沸くぜ」
真っ先にシーフードを掻っ攫って行った少年が旧友達に呼びかける。
リィンがすんなり醤油を手に入れたり、ユーシスとマキアスが同時に塩を手に取り軽く喧嘩になったり。
各々勝ち取った……あるいは残った味を手に、それぞれのスープの素を入れ、湯沸かし器の中のお湯をコポコポと注ぎ込む。
「こっから3分待機〜」
「うお、アイスうめぇ」
「あっクロウずるい! リィン、僕もアイスちょうだい!」
「全員分あるから焦らないでくれ」
ぐぐ、と紙袋から一番遠い席に座るエリオットが手を伸ばし、その手に土産の主がアイスと紙スプーンを持たせる。嬉しそうにパカリと蓋を開けたエリオットは早速スプーンでアイスをつついた。
少年の隣でタイマーがぴぴぴと時間を告げる。
それぞれがワクワクとした表情で蓋を押さえていた箸を取り、ぺりぺりと完全に蓋を捲る。
ラーメンの香ばしい香りが室内に広がる。布を避けていてよかった、と少年は心底安堵した。
「よし、食べるとするか」
「一気に啜るとキマるのだったな」
「そこまで覚えてんのやばくね? いただきま〜」
それぞれが目の前の食事に手をつけ始めると、ずるずると男たちがひたすら無心で麺を啜る奇妙な空間が出来上がる。
しかし数口麺を啜った少年の口から話題の種が飛び出ると、たちまち周囲の青年たちも話を始める。
「そういやパイセン、黄昏の時なんかヤバい状況からヤバい状況だったんでしょ。大丈夫なん?」
「ふわっとしてんな、オイ。大丈夫だよ」
「っていうか、アルバートこそどうなの?目もそうだけど、2年も霊脈彷徨ってたでしょ」
エリオットがそう尋ねると、次の一口に挑んでいた少年────アルバートが口をあ、と開けたままこくりと頷く。
そしてずるると慣れたように啜り、思い出すように喋り始めた。
「えーっと、なんだっけ。目の方はちょっと弱視入っちまっただけで。レイミャク彷徨ってたクセにやたらピンピンしてるってロゼさんに言われた」
「出た、妙にしぶとい体質」「実技テストの時本当に面倒だったな」
「おい喧嘩なら買うぞ。……ま、少しずつ回復してきてるし心配すんな」
ぐっと眼帯がわりの布を持ち上げちらりと覗いた、変わらない薄金の瞳。本人曰く視界を開けていたらピントが合わないらしい。
弱視の“原因”となったリィンがこっそり安心したような顔をしたのをチラリと見て満足したアルバートは、ナルトを掴んだ箸を集まったメンツへ向け、ジトっと睨む。
「というか、お前ら全員バベルの後始末でてんてこ舞いだろーが。こんな片田舎でラーメンパーティーしてる暇あんの?」
「あれから結構経ったし、今後始末で大変なのこの中じゃユーシスだけじゃない?」
「……考えたくないな……」
「主催が一番忙しいのどうかしているだろ」
呆れたようなクロウの言葉にユーシスは「なんとでも言え!」とやけになって貴族にあるまじき啜りっぷりを披露する。パスタ式もちゃ食いをしていた時とは比べ物にならない見事な食べっぷりだ。相当ストレスが溜まっているらしい。
「……ん、ごっそさん! アイスありがとな、美味かったわ」
「まだあるから置いていこうか?」
「どれだけ買ってきているんだ君」
マキアスの冷静なツッコミにリィンはイイ笑顔で「いっぱいだ!」と告げる。どうやら相当龍來旅行がたのしかったらしい。
大方皆食べ終わりぐだついている頃、手元でちくちくと縫い物の続きをしていたアルバートが思い出したように口を開く。
「そういやオレも共和国行くんだった」
「えぇっ!?いいなぁ」
「土産頼んだぜコーハイ」
「土産っつってもなぁ、多分布になるぜ。クルガ一族の布造りを教えてもらえることになってさ」
玉留めをして、仕上げと残った糸を切り、針山に縫い針を刺してからアルバートは薄黄色地に黒と赤のワンポイントが入ったうさぎのぬいぐるみをリィンへ投げてよこした。|お前の嫁《アリサ》モチーフだ受け取れ、と。ちなみにこれの前作はアリサによこしたリィンモチーフの犬のぬいぐるみだ。白兎のぬいぐるみはⅦ組シリーズの初回である。
反射でアルバートのこめかみにぐりぐりと拳を捩じ込みながら、リィンは何もなかったかのように話し始める。
「クルガって言うと……猟兵の?」
「あだだだだだっ!! そうっ!!そうだけど!!」
「確かにあそこの民族衣装は見事なものだと聞く」
ようやく食べ終わったガイウスが思い出すように告げ、こめかみグリグリから解放されたアルバートはこくりと頷く。
ちょっとしたツテだ。知り合いがそこの人間と仲良くなったようで、話を通してくれたのだ。持つべきものは遊撃士の友である。
「そーゆーわけで、明後日からオレここにいないから。用事あったらARCUSにお願いな」
「つまり次のラーメン会は共和国っつーことだな」
「阿呆、流石に次回はこいつが帰ってきてからだ」
どこからともなく取り出した酒をコップに注ぎ、ぐいっと煽るユーシス。どうやらカップラーメンを詰め込んだ袋の底にこっそり入れていたらしい。
こりゃ朝まで飲み会コースだと察したアルバートは冷蔵庫からビールを取り出し、自分のマグカップに注ぐ。
だってもう精神は21だし。体だって19なんだから、ちょっとくらい早酒してもいいだろう。
平和な日常だ。
血の匂いも、呻き声もしない。あの地獄からようやく帰ってきたのだと、たった今自覚した。
クロウに貰ったお古の銃は、傷だらけながらも綺麗にピカピカと壁掛け時計の下で鈍く輝いている。もうあまり使うことはないだろう。
だんだん酒に弱い組が潰れつつある中、自分もぐいっと、マグカップの中の酒を飲み込んだ。
七耀暦1208年、1月7日。
久々に日記をつける。ほぼ昨日のだけど。しばらくサボってたが、仕方がないので自分で自分を許すことにする。
久々にⅦ組の男子どもに会って、一緒にラーメン食った。美味かった。リィンの龍來アイスも美味かった。酒も美味かった。
内戦で死んだと思ったのに、なんやかんやまだみんな生きてる。空の女神に感謝しなくちゃな。
とにかく、明日からはトワイニングさんとこだ。色々準備しなきゃだし、そろそろ切り上げる。
「……うわ、オレ遺書とか書いてんじゃん。はっず……破っとこ……」
────兄ちゃん!!もう時間でしょ!!
「だぁっわかったわかった!今行くからンな叫ぶなミリー!!」
このページを読んでいるということは、きちんと最後まで読んでくれたんだな。ありがとう。
一つ謝ります。勝手に学院を退学してごめん。
オレは勝手に押しつぶされて、勝手に逃げた。器の小さいクソみたいなやつだ。
お前らの方がもっといっぱい抱えてたんだろう。もっと重いもんをいっぱいもってたんだろう。
ユーシスに一緒に背負わせて欲しいとか馬鹿みたいなことほざいたくせにこれだ。背負すらせずに雰囲気だけでオレは逃げた。
ごめん。一緒に戦えばよかった。今、戦場で一人戦ってて初めてそう思った。
多分、オレは死んだんじゃないか。じゃなかったらオレは必死にリベールに逃げてでもコレを隠すと思うし、その前にこのページをビリビリに破いてゴミ箱に捨ててるかもしれない。
直接謝れないのは正直悔しいな。どうやらこの戦争を乗り切れないくらいオレは弱かったらしい。どうか盛大に笑ってくれ。
それか、みんなオレのことは忘れ
インクを溢した。書き直す。オレのことは忘れて生きてくれ。こんなクソ雑魚なんぞ、お前らの優秀な脳みそからすっ飛ばしてくれ。
最後に色々お礼とか言わせてもらうけど、コレもオレの自己満だから。見なくていいからな。
アリサ、機械いじりの助言いつもありがとう。
エリオット、お前のバイオリン好きだったよ。
委員長、中間の面倒見てくれてありがとな。
マキアス、どっかのページにおすすめのインスタントコーヒー挟んでるから。
ユーシス、オレ先にラーメン一人で食っちまった。ごめん。
ガイウス、お前の故郷行けなくてごめん。
フィー、雑誌はそのまま持ってっていいぞ。
ラウラ、もう迷うなよ。
オライオン、あんまちゃんと話せなくてごめんな。
クロウ先輩、あんたのお古、死ぬほど活躍したよ。
リィン、お前はいつもオレの■■だったよ。
ごめん、ちょっと窓から雨入ってきた。
もうこんだけ書いたし、書き直すのはやめとく。
ちょっと小っ恥ずかしいし。
この手帳はミリーに預けてるから、きっとお前らはミリーの目の前にいるんだろ。
その子を頼む。オレの大事な大事なたった一人の妹なんだ。
父さんが庇って、母さんが死ぬ直前まで守ってた希望なんだ。
オレが死んだらミリーは一人になる。頼む、どうか、どうかこいつを守ってやってくれ。
自分勝手でごめん。じゃあな。
「おい、やるぞ」
紡績町パルム、その片隅に佇む小さな雑貨屋の扉を夕暮れ時にガンと勢いよく開いたのは田舎町が全く似合わない端正な顔をした金髪の青年だった。
店の中はパルムの街中でたくさん織られている大人しい色の、されど何処か可愛らしい雰囲気を持った布をメインに据えた小物の数々で溢れている。
眼帯で隠れていない右目を見開いた黒髪の少年は、数秒黙ってぽかんとアホ面を晒した後、旧友の手に下がったものに視線を向けてくしゃりと破顔した。
「覚えてたん? 律儀だな、ユーシス」
「忘れるわけが無いだろう。男子組には連絡したからな」
「マジ?みんな来んの? オレ部屋片付いてねーんだけど」
それくらい手伝ってやる、と青年────ユーシスは店裏へ続く暖簾をくぐった。
少年は縫い掛けの巾着袋から半分刺しっぱなしだった針を糸ごと丁寧に引き抜き、ぷすりと針山に刺し、旧友を追いかける。
布だらけでごちゃついた生活スペースを見て絶句しているユーシスの顔を覗き込みぷっと吹き出し、少年は父親とよく似た顔でだははと笑いながら近くにあった布束を持ち上げ、隣の部屋にある本来置くべき場所にどんと積む。
やがて意識を取り戻したユーシスはため息と共に頭を抱え、近くから手当たり次第に片付けを始める。
「店は順調なのか」
「まぁ、ぼちぼち?生きてけるし、悪くはねーな。ジェロームおじさんにも色々ノウハウとか教えてもらえたし」
ちょうど試作品見つけたわ、と少年はユーシスに向かってひとつ作品を投げつける。
眉を顰めつつもキャッチしたユーシスの手の中には、可愛らしいウサギを模った白い人形がくてんとくたびれている。
「|ミリアム《お前の嫁》モチーフ。あげる」
「〜〜〜っ……!!……!!!!」
「だはは、すげー顔してら」
怒りと羞恥と少しの嬉しさで百面相するユーシスを見て笑い、少年は片付けを続ける。
片付けといっても、最低限友人達が座れるスペースを開けるだけなので、重なった布や趣味の導力器などを軽くどかすだけだ。故に木造りの綺麗な壁にひっかかった縄跳びやら物置の上にとっ散らかったトランプは見ないふりである。
一通り布ものなど匂いをつけてはいけないものは隣の部屋へと避難させた。扉をタンと閉め、少年は台所へと向かう。
「何個持ってきたん?」
「人数分だ」
「はいよ。んじゃお湯沸かしときますかね」
湯沸かし器に水を入れ、導力に繋いでボタンをぽちりと押す。そうこうしているうちに日はすっかりとぽんと沈み、コンコンと店の扉が叩かれた。
「開いてるから勝手に入れ〜!」
そう入口に向かって叫べば、がチャリと扉が開く音と共に数人の足音が店を素通りし、真っ直ぐ暖簾を押して生活スペースへひょこりと顔を出す。
「ふふ、元気そうでよかった」
「そっちこそ。こないだのセントアーク公演、村のおばさん達が良かったって喜んでたぜ」
えへへ、と照れ笑いをしながら慣れたように着席する旧友の一人であるエリオット。彼に続いてす、と現れたのは、ユーシスの喧嘩相手であるマキアスだった。
「少しは片付けたまえ、この面倒くさがりめ」
「どこに何があるかはオレがわかってるからいーの」
マキアスは呆れたように少年の額にデコピンをけしかける。大袈裟にわざとらしくヨタついた少年に、旧友はひどく大きなため息をつく。
「あと来てないのは……3人か。エリオット、そこの導力器とって」
「はいはい……って、何これ」
「ん?びっくりおもちゃ箱。開けたら背面につけたクォーツに応じて殺傷力無くしたアーツが出てくるって仕組み」
説明を聞きながらパカリと箱を開くと、手元で極小のシャドウスピアがぴょこぴょこ底面から飛び出てきた。攻撃用のものと比べると確かにデフォルメされてぷにぷにした雰囲気で、殺傷力は全くなさそうだ。
「まだ機械いじりも続けてるんだね」
「おう。片っぽ見えなくても弄れるっちゃ弄れるからな」
とん、と店の商品と同じ素材で作られた眼帯を手で突く少年。どうやら中に固い厚紙のようなものが入っているらしく、突いても布がへこむことはなかった。
「この前そう言ってハンダコテで火傷したのを忘れたわけではないだろうな」
「あーあー、聞こえなーい」
「ちょっとユーシスそれ詳しく!どこやったのさ!?」
「君達、戯れてないで片付けを手伝いたまえ!」
マキアスの一喝でそれぞれが動き始め、なんとか3人分の席が確保できた頃。再び入り口の戸がノックされる。先ほどと同じように少年が開いていると叫ぶと、ちょうど3人分の声と足音が店内に響いた。
「来たなオカルト集団」
「おう、ゾンビさんだぞ。こっちは鬼さんと神父さん」
「神父さんだ」
「やめてくれないかそのジョーク」
オカルト集団筆頭であるクロウがふざけ、それにガイウスが乗り、リィンが突っ込む。
相変わらず元気そうでよかったと少年はホッと肩を撫で下ろした。
「これ、龍來土産」
「うお〜っ!抹茶アイス!絶対美味いやつ!」
「そういえば行ったって言ってたね。でもこれ流石に買すぎじゃない?」
リィンの持ってきた紙袋を机の上に置き、中身をもりもりと取り出していく。
どうやらたくさん買ってきたらしく、あっという間に机の上は人数分のアイスで埋まってしまった。
「女子達の分は?」
「郵送した。持ち運んでる間に溶けたら悪いし」
「それならば遠慮なく行かせてもらおうじゃないか」
「龍來土産もいいけどお前ら早くラーメンの味決めなよ。そろそろお湯沸くぜ」
真っ先にシーフードを掻っ攫って行った少年が旧友達に呼びかける。
リィンがすんなり醤油を手に入れたり、ユーシスとマキアスが同時に塩を手に取り軽く喧嘩になったり。
各々勝ち取った……あるいは残った味を手に、それぞれのスープの素を入れ、湯沸かし器の中のお湯をコポコポと注ぎ込む。
「こっから3分待機〜」
「うお、アイスうめぇ」
「あっクロウずるい! リィン、僕もアイスちょうだい!」
「全員分あるから焦らないでくれ」
ぐぐ、と紙袋から一番遠い席に座るエリオットが手を伸ばし、その手に土産の主がアイスと紙スプーンを持たせる。嬉しそうにパカリと蓋を開けたエリオットは早速スプーンでアイスをつついた。
少年の隣でタイマーがぴぴぴと時間を告げる。
それぞれがワクワクとした表情で蓋を押さえていた箸を取り、ぺりぺりと完全に蓋を捲る。
ラーメンの香ばしい香りが室内に広がる。布を避けていてよかった、と少年は心底安堵した。
「よし、食べるとするか」
「一気に啜るとキマるのだったな」
「そこまで覚えてんのやばくね? いただきま〜」
それぞれが目の前の食事に手をつけ始めると、ずるずると男たちがひたすら無心で麺を啜る奇妙な空間が出来上がる。
しかし数口麺を啜った少年の口から話題の種が飛び出ると、たちまち周囲の青年たちも話を始める。
「そういやパイセン、黄昏の時なんかヤバい状況からヤバい状況だったんでしょ。大丈夫なん?」
「ふわっとしてんな、オイ。大丈夫だよ」
「っていうか、アルバートこそどうなの?目もそうだけど、2年も霊脈彷徨ってたでしょ」
エリオットがそう尋ねると、次の一口に挑んでいた少年────アルバートが口をあ、と開けたままこくりと頷く。
そしてずるると慣れたように啜り、思い出すように喋り始めた。
「えーっと、なんだっけ。目の方はちょっと弱視入っちまっただけで。レイミャク彷徨ってたクセにやたらピンピンしてるってロゼさんに言われた」
「出た、妙にしぶとい体質」「実技テストの時本当に面倒だったな」
「おい喧嘩なら買うぞ。……ま、少しずつ回復してきてるし心配すんな」
ぐっと眼帯がわりの布を持ち上げちらりと覗いた、変わらない薄金の瞳。本人曰く視界を開けていたらピントが合わないらしい。
弱視の“原因”となったリィンがこっそり安心したような顔をしたのをチラリと見て満足したアルバートは、ナルトを掴んだ箸を集まったメンツへ向け、ジトっと睨む。
「というか、お前ら全員バベルの後始末でてんてこ舞いだろーが。こんな片田舎でラーメンパーティーしてる暇あんの?」
「あれから結構経ったし、今後始末で大変なのこの中じゃユーシスだけじゃない?」
「……考えたくないな……」
「主催が一番忙しいのどうかしているだろ」
呆れたようなクロウの言葉にユーシスは「なんとでも言え!」とやけになって貴族にあるまじき啜りっぷりを披露する。パスタ式もちゃ食いをしていた時とは比べ物にならない見事な食べっぷりだ。相当ストレスが溜まっているらしい。
「……ん、ごっそさん! アイスありがとな、美味かったわ」
「まだあるから置いていこうか?」
「どれだけ買ってきているんだ君」
マキアスの冷静なツッコミにリィンはイイ笑顔で「いっぱいだ!」と告げる。どうやら相当龍來旅行がたのしかったらしい。
大方皆食べ終わりぐだついている頃、手元でちくちくと縫い物の続きをしていたアルバートが思い出したように口を開く。
「そういやオレも共和国行くんだった」
「えぇっ!?いいなぁ」
「土産頼んだぜコーハイ」
「土産っつってもなぁ、多分布になるぜ。クルガ一族の布造りを教えてもらえることになってさ」
玉留めをして、仕上げと残った糸を切り、針山に縫い針を刺してからアルバートは薄黄色地に黒と赤のワンポイントが入ったうさぎのぬいぐるみをリィンへ投げてよこした。|お前の嫁《アリサ》モチーフだ受け取れ、と。ちなみにこれの前作はアリサによこしたリィンモチーフの犬のぬいぐるみだ。白兎のぬいぐるみはⅦ組シリーズの初回である。
反射でアルバートのこめかみにぐりぐりと拳を捩じ込みながら、リィンは何もなかったかのように話し始める。
「クルガって言うと……猟兵の?」
「あだだだだだっ!! そうっ!!そうだけど!!」
「確かにあそこの民族衣装は見事なものだと聞く」
ようやく食べ終わったガイウスが思い出すように告げ、こめかみグリグリから解放されたアルバートはこくりと頷く。
ちょっとしたツテだ。知り合いがそこの人間と仲良くなったようで、話を通してくれたのだ。持つべきものは遊撃士の友である。
「そーゆーわけで、明後日からオレここにいないから。用事あったらARCUSにお願いな」
「つまり次のラーメン会は共和国っつーことだな」
「阿呆、流石に次回はこいつが帰ってきてからだ」
どこからともなく取り出した酒をコップに注ぎ、ぐいっと煽るユーシス。どうやらカップラーメンを詰め込んだ袋の底にこっそり入れていたらしい。
こりゃ朝まで飲み会コースだと察したアルバートは冷蔵庫からビールを取り出し、自分のマグカップに注ぐ。
だってもう精神は21だし。体だって19なんだから、ちょっとくらい早酒してもいいだろう。
平和な日常だ。
血の匂いも、呻き声もしない。あの地獄からようやく帰ってきたのだと、たった今自覚した。
クロウに貰ったお古の銃は、傷だらけながらも綺麗にピカピカと壁掛け時計の下で鈍く輝いている。もうあまり使うことはないだろう。
だんだん酒に弱い組が潰れつつある中、自分もぐいっと、マグカップの中の酒を飲み込んだ。
七耀暦1208年、1月7日。
久々に日記をつける。ほぼ昨日のだけど。しばらくサボってたが、仕方がないので自分で自分を許すことにする。
久々にⅦ組の男子どもに会って、一緒にラーメン食った。美味かった。リィンの龍來アイスも美味かった。酒も美味かった。
内戦で死んだと思ったのに、なんやかんやまだみんな生きてる。空の女神に感謝しなくちゃな。
とにかく、明日からはトワイニングさんとこだ。色々準備しなきゃだし、そろそろ切り上げる。
「……うわ、オレ遺書とか書いてんじゃん。はっず……破っとこ……」
────兄ちゃん!!もう時間でしょ!!
「だぁっわかったわかった!今行くからンな叫ぶなミリー!!」
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