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閃光を超えて行け

一日目

ぎん、と鋭い音がした。

 

七耀暦1201年のとある夏の日、二人の少年少女はオーロックス渓谷道で激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。

少年はダブルセイバーを、少女は細身の刀を片手で操り、何度も何度も渓谷の岩壁に金属音を反響させていた。

 

「そろそろッ、疲れてきたんじゃねぇ──のッ!」

「バカ言うんじゃないわよッ!」

 

まだまだやれる、と少女は息まき、腰の鞘に刀を仕舞い込み居合の構えを取る。

次の瞬間、咄嗟に前に突き出したダブルセイバーの柄になかなか深い切り傷が付く。

少女の刀はとっくに鞘から抜き放たれており、そのまま遠心力を利用して何度かくるくる回りながら切り掛かってきた。

 

少年はぐ、と己の双刃に力を込めて振り払うことで少女を思い切り吹き飛ばした。

少女の細い肢体が岩壁に叩きつけられる。かは、と渇いた咳を吐き出した少女は、それでも刀を杖に立ち上がる。

 

「ふふっ……!まだまだ!」

 

自分が叩きつけられた岩壁を蹴り付け、少女は好戦的に口角を上げ、再び切り掛かる。

左手を前に突き出し、照準代わりに利用。狙うは一点、少年の腕だ。

 

「おっと」

 

しかし少年はひらりと軽やかに避け、ダブルセイバーを突き出すことで少女の勢いを止める。

慌てて受け身を取った少女は少年と向き合い、じっと見つめ合う。

そして少女は刀を上段に構え、少年は双刃を自身の左後ろへと落とし、

 

「八葉一刀流、惨ノ型 奥義────」

「受けてみろ────」

 

刀には炎が、双刃には闘気が宿り。

 

「龍炎烈波!!」

「デッドリー・クロス!!」

 

大地を蹴り、飛び出した少年を迎えるように、龍を模った炎が振り下ろされた。

即座に少年が繰り出した十字の斬撃と相殺されるように、炎の龍は盛大に火を吹き上げながら大気中に霧散する。

 

全力を出し切った二人の子供は同時に岩の大地へと倒れ込み、透き通るような青空を共にその目へと映した。双刃も刀も手放し、大の字で仰向けに寝っ転がる。

 

「……っはぁ……い、いいかげんに……おとなしく、捕まりなさいよ……」

「オレたち、は……テロリストだぞ……ンな、簡単に……大人しくする、かよ……」

 

ぽこ、と少女の小さな手が少年の銀髪に当たると同時に、少年の黒手袋は少女の赤ジャケットの肩口へと乗り上げた。

 

「……へへ、んふふふ……」

「何笑ってんだよ……クク、ふ、はは……」

 

ふと、少女がクスリと笑い出す。それに釣られるかのように少年も小さな声で笑い出し、内緒話のような音量の笑い声がオーロックス渓谷道に響き出す。

ようやく息切れが治ってきたのか、少女は空に視線を向けたまま少しずつ喋り出した。

 

「どう?あたし、強くなったでしょ」

「そーだな。正直もうちょい弱いと思ってた」

「老師が昨日まで稽古つけてくれててね。聞いて驚け、惨ノ型中伝よ」

「げぇっ、成長スピードえげつね……やっぱ八葉怖ぇわ」

 

気心の知れた友人のようにそう告げた少年に、少女も「なによ失礼ね」と頭突きを喰らわせる。ふわ、と彼に染みついた海の香りが周囲に広がった。

こうやって激闘を繰り広げた後、立ち上がる体力も残っていないうちはいつもただの友人のように会話するのが二人の暗黙の了解だった。

 

「もうこうするの、何回目だっけ」

「あー……わかんね……」

「えっと、まず最初がザクセン鉱山で……」

「1から数えてたら日ぃ暮れるぞ」

 

指折り数え始めた少女の肩を裏拳でトントンと叩く。

少女は片手の指を全部折り終えてから、バカらしくなったのかぱたんと手を地面へと放り出した。

ここ1年間、顔を合わせなかった週などなかった。

少年にとっては大事な作戦の下準備。少女にとっては家族が暮らすこの帝国を守るため。そんな名分で、二人は何度も刃を交え。いつしか少年は形だけだったテロ組織のリーダーに、少女は正遊撃士目前になっていた。

 

「で?次はどこかしら、テロリストさん」

「言うわけねーだろバカ遊撃士。いい加減ちったぁ休みやがれ、この戦闘狂仕事バカ」

「あんた達が悪いことするから休めてないのよ。そっちこそあたしに休暇をくれるつもりで休みなさい」

 

ぴ、と空中に突き立てられた少女の手をぱしりと少年の黒手袋が弾く。

雲ひとつない晴天に似合わぬ真っ黒なヘリコプターがやってくるのを眺めつつ、二人はこの穏やかな時間の終わりを察していた。

あの黒ヘリは少年の迎えである。彼の仲間が気遣って、少女と少し話をさせてからよこしてきたものだ。

 

「変なとこで気まわすなよな、あいつらも」

「愛されてるじゃない」

「……うるせ」

「やーい、照れ隠し」

 

のそりと起き上がった二人は近寄ってくるヘリを見上げ、適当なやり取りを交わす。

耳をぼんやり赤くさせた少年の背を小突き、少女は改めて軋む体に鞭打って立ち上がった。

見ようによっては少年に援軍が来て、少女に勝ち目は無くなったのだ。大人しくバリアハート支部の受付に報告するとしよう。

 

「次こそ捕まえてやるわ、≪C≫。それまでくたばらないでよね」

「できるモンならやってみろ、リンネ」

 

少年の赤い瞳と、少女の青い瞳が交差する。

降りてきた縄梯子に捕まり、少年は少しだけ名残惜しそうにヘリへと登っていく。

それを、トレードマークの紅蓮のジャケットをたなびかせながら、少女は眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

七曜暦1202年、帝国最南端・紡績町パルム郊外。

遊撃士協会連続襲撃事件がようやく解決した数ヶ月後、リンネは空を見上げて目を細めた。

昨日まで降り続いていた雨はすっかり止んで、美しい太陽が遥か遠くからキラキラと輝いている。青空は突き抜けるように透き通っているし、浮かぶ羊雲はぷかぷかと気持ちよさそうに泳いでいる。

 

だが、遠くに見えるタイタス門を越えれば、今まさに大勢の帝国兵が行進している。気持ちのいい空には不釣り合いなガタガタと蒸気式戦車の無骨な音が、遠くから飛んできていた。

 

サッと導力器のラインをなぞっても、出るはずの回復魔法は出そうにない。

今、このパルム周辺では導力器が全て停止してしまっている。帝国兵がリベールへと軍を送り込んでいるのもこの現象をリベールの軍事行動だと断じたからだ。

その渦中に飛び込もうなど、無謀だとは思っている。だが、リンネにはどうしても行かねばならない理由があった。

 

八葉一刀流、惨ノ型奥伝。それが昨日、自身の師である老人から貰い受けた称号。その紅蓮のジャケットに映える炎を操る様子は準遊撃士の頃と比べれば随分様になっていた。

そしてその師からリベールへと行けと言われたのだ。何が待っているかは知らないが、未来視に近い目を持つ人のことだ。きっと己の成長につながる何かが彼の地にあるのだろう。

 

鍔迫り合いを繰り返したせいか表面が軽く擦り切れた鍔をそっと撫でる。手つきは酷く優しく、空色の瞳はゆるりと愛おしそうに細められた。

 

(アイツを捕まえられなかったことだけは残念だけど)

 

空を見上げて思い浮かべたのは、一隻の真黒な飛空艇。たしかあれはラインフォルト製だったはず。

帝国解放戦線。最初はそんな名前すらついていなかった彼らがそう名乗り始めたのはいつだっただろうか。彼らの最初の作戦行動を邪魔した時から、ずっと悪縁が繋がって、顔馴染みになっていた。

 

互いに敵同士だと言うのに、≪S≫はリンネを妹のように可愛がり、≪V≫は戦場で生き残るための知恵を授けてきた。≪G≫はそんな二人の尻を引っ叩いて作戦を進めて。

そしていつも、最後の仕上げとして≪C≫とリンネの一騎打ちが恒例だった。

……結局いつも引き分けだった。勝ったことも負けたこともない。彼はいつも八葉の成長速度はバケモノだと言っていたが、リンネに言わせれば彼のそれも異常なものだ。

 

最後にあったのはいつだっただろうか。タイタス門へ近づくにつれ、足取りが重くなる。

 

(確か、オルディスだったっけ)

 

妙な夢を見て、起きたらアイツが居た。

巨大な影と戦う夢。それも≪C≫と肩を並べて、だ。

ありえない夢を見たせいで酷い冷や汗をかき目覚めたリンネに、少年はもう会うことはないと残酷なことを言ってのけた。

 

『何言ってんのよ、まだ勝負はついてないじゃないの!』

『こっちの私怨に巻き込みたくねーんだよ。これはオレ達みんなの意思……お前がなんと言おうと、もうここでサヨナラだ』

 

彼の宣言通り、あれからリンネは帝国解放戦線には出会っていない。それに、これから会うこともないだろう。

 

他ならぬアイツが……そう言ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1206年、1月。

紅蓮のジャケットを羽織った少女は、とある墓石の前で俯いていた。普段から佩いている刀に片手を置き、紅蓮のジャケットが風に煽られヒラヒラと靡く。

リンネは手に持った花束を乱暴に墓石へ投げ置き、ぐっと強く拳を握った。

 

「……」

 

死ぬなと言ったのに、と勝手に憤るのはお門違いだ。だって彼は彼の道を進んで、満足して逝ったのだから。

それでも、考えてしまうのだ。なぜ呼ばなかったのか。なぜ話さなかったのか。

……そんなの簡単だ。

 

(あいつを負かしたⅦ組と違って、あたしはただの敵対者だったから)

 

A級遊撃士、リンネ・アルストロ。

帝国解放戦線リーダー、≪C≫。

ゆらめく戦火の中見出した道は、どう足掻いても二人が交わらない道だった。

表面に見える悪行だけを見て、その理由も問わずに、ただただ争い続けただけ。刀と双刃の打ち合いに深い意味などなかった。相手を知ろうともしなかった。その結果の拒絶。

ただただ真っ直ぐなリンネの性根が裏目に出た瞬間だった。

 

「ばかだなぁ、あたし。初恋、こんなヤツにあげちゃった」

 

彼は、きっとヴィータ・クロチルダに恋していた。

たまに彼の仲間と共に行動していた妖艶な魔女。どうやら彼が年上に弱いらしいと気づいたのはいつだっただろうか。やたら優しい瞳で彼女を見上げ、声色だって随分優しかった。

だとすれば同い年のこんなチンチクリンなんかに振り向いてくれるはずもないと夜な夜な枕を濡らしたのを覚えている。

 

(別にもともと諦めてた恋だし。普通よりダメージは少ない、はず)

 

リンネだってもういい歳だ。いつまでも子供の頃の初恋を引きずらずにいい加減歩き出せと同僚にも言われている。

穏やかに微笑み、リンネはくるりと墓に背を向けた。

 

「……ちゃんとお別れしなきゃ」

 

彼のことは思い出にしよう。きっと彼もそれが望みだ。あの競い合った日々は過去のもので、蘇ることはないのだから。

こんなガキっぽい女に惚れられて災難だったね、と吐き捨て、少女は歩き始めた。

 

真っ直ぐと東へ伸びる、炎ゆらめく、剣の道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあお姉さん、今は遊撃士じゃないの〜?」

 

目の前の少女の問いに、リンネは「大雑把に言えばね」と頷いた。

七耀暦1207年、3月17日。共和国の遊撃士ギルドでバリバリ働いていたリンネは、ついに働きすぎだと有休消化を命じられ、久々に帝都へと帰ってきていた。

 

「あたしもまさか紋章まで没収されるとは思ってなかったの。だって有事の際にちゃんと動けないじゃない」

「でも没収されちゃったんでしょ? 有事なのに」

「そう! 本当にタイミングが悪いったらありゃしないわっ」

 

不満げにチョコレートケーキを口に運び、舌に大好きな甘さを感じながらも眉をしかめる。

 

遊撃士の証、支える籠手の紋章。アレがなければ遊撃士として動けないし、身分の証明も面倒になる。だというのに、なんと無情にも同僚のエレインに没収されてしまったのだ。「あなたこれがあったら出先でも働くでしょう」と。

 

実際事実だ。今巻き起こっているクロスベルの再占領……紋章を持っていたら遊撃士として動いていた。間違いなく。このリンネという女は困っている人がいたら見逃せない、生粋のお人よしで馬鹿みたいな甘ちゃん(≪C≫の発言より抜粋)なのだ。

 

「うぅ……今のあたしは無力な一般人……」

「A級遊撃士って時点で無力じゃないと思うけどね〜」

「でもねナーディアちゃん、アレがなかったら“民間人の保護”の名目で現場に乗り込めないのよ」

 

現場にすら入れてもらえない。だからここで燻っているのだ。食べ切ったチョコレートケーキの皿を眺め、無力な一般人はため息をつく。

正面に座る旅行客の少女────ナーディアもショートケーキを食べ切ったようで、可愛らしい笑顔でご馳走様でした、と告げた。

 

「すっごく美味しかった〜! いいの?奢ってもらっちゃって〜」

「あぁ、うん。いいよいいよ。こう見えて稼いでるから。愚痴も聞いてもらっちゃったし」

「おぉ!さすがA級〜!」

 

では遠慮なく、とナーディアは満足げに小さく頭を下げた。

彼女とはたまたまドライケルス広場で出会ったのだ。休暇とは何をすればいいかわからず、かと言って少し歩けば元々所属していた上に、ついこの間再開した帝都支部に足が向かってしまいそうで困っていたところ、何かあったのかと声をかけられた。

 

そうしてしばらく話しているうちにスイーツの話題で意気投合し、こうしてリンネの馴染みだった店にやってきたというわけだ。彼女は随分と聞き上手で、馬鹿みたいにド正直のアホ(≪C≫の発言より抜粋)であるリンネの口が滑る滑る。

なんとか業務上の秘密は死守したが、それでも己の身分やら境遇やらは全て吐いてしまった。かなりのやり手である。

 

会計を終え店の外へと出たリンネは、透き通るような青空をその目に映してため息をつく。

 

「……ナーディアちゃん、お休みって何すればいいのかな……」

「おぉ、ワーカーホリックの発言だぁ」

「だってあたし、仕事が生き甲斐だし……」

 

するとナーディアは数秒考え込み、ニヤリと悪い顔でリンネを覗き込み、こう告げた。

 

「じゃあ、遊撃士にはできないこと……やってみない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンネ・アルストロは、剣士だ。

もちろん剣士である前に遊撃士ではあるのだが、その蓋は今、完全に取っ払われてしまっている。

 

剣士という生き物は強敵と戦いたがるものだ。

それはもちろんリンネとて例外ではなく。準遊撃士時代は≪C≫と切磋琢磨の真似事をし、正遊撃士になってからも上の階級の人々や兄弟子達に“手合わせ”と称して打ち合わせてもらったりもした。

そんな人間に効く甘言が、ひとつ。

 

「一緒に来れば強い人と戦えるよ」

 

剣士の生態を完全に理解しているナーディアによって囁かれたその一言は、遊撃士という蓋が外れたリンネにとって何よりも甘い甘い餌であることは間違いない。

────強敵。その言葉だけで、か弱い乙女心、その端にある剣士の部分が踊り出す。もっと強く、楽しい戦いを。己が師に嗜められた好戦的な性格が表にまろび出た瞬間だった。

 

夜中にマーテル公園集合。それだけ教えられて、リンネはまんまとその足を公園へと向けていた。

夜中と言っても何時くらいかはわからないので、とりあえず己の基準である深夜1時、誰もいない街の中に高いヒールが地面を叩く音を響かせる。

 

(……剣戟にアーツの駆動音)

 

間違いない、戦闘の音だ。

かの少女の宣言通り、リンネの“観の目”はマーテル公園でその騒ぎが起こっていると叫んだ。公園の入り口を潜れば、実際にアーツの光が視界に映る。

近づけば近づくほどに逸る心臓がドクドクと激しく鼓動する。意識していなければ上がりそうになる口角に遊撃士失格だと己に叱咤し、意を決して戦場へと飛び込み、鞘から刀を振り抜く。

 

「あ〜っ!よかった、来てくれた〜!」

 

そんな呑気なナーディアの言葉に小さくため息をつき、打ち上げた黒髪の青年の“刀”を回転の延伸力に乗ってさらに弾き飛ばす。

 

「来てくれた〜、じゃないわよ……人数が足りないなら最初からそう言いなさい」

「えへへ〜、なーちゃんもまさかここまで人数差があるとは思ってなくって〜」

 

昼間に愚痴を聞いてくれた少女の頭を乱暴に撫で、その少女が他の仲間の元へ応戦しに行った後、剣士は正面の“同類”に視線を戻した。

構え、警戒、気配。何もかもが“同じ”。同派であり────間違いなく、強い。

向こうも考え込むような素振りを見せているうちに、リンネは頭の中で彼の正体を弾き出し、ぱぁと笑う。

 

「なるほど、末っ子くんか!」

「え、は? す、末っ子……!?」

「そう、末っ子! ちょっと前まであたしがそうだったから、下の子ができて嬉しいのよね〜!」

「俺の、前?……まさかあなたは、」

「ふふ、多分お察しの通り! ちょっと相手してよ────弟くん!」

 

下段の居合い。紅葉切り、と流派で称する技を青年に浴びせる。

突然の剣にも見事に対応して見せた青年に機嫌を良くしたリンネはそのまま打ち込みを続ける。防戦一方だった青年が反撃する頃には刀に炎を纏わせ、豪快に地面ごと切り上げた。

青年が間一髪で避けたその場には石畳に焦げた深い切り傷が残され、その鋭さを物語っている。それを見てサァっと顔を青くした彼は理不尽に耐えかねたようにリンネへと叫んだ。

 

「“紅蓮の剣聖”である貴女がどうしてそっちに味方してるんですか!」

「強い人と戦えるって言われたからッ!」

「遊撃士の義務は!?」

「今有給中だから♡」

「〜〜〜っ……!! まったくもう、老師の言った通り滅茶苦茶だ!!」

 

話しながらも青年の螺旋を纏った刃を受け止め、反撃を繰り返す。紅蓮の名に相応しい炎とそれによく似た紅のジャケットを翻し、少女は笑う。

実を言うとそんなに期待していなかったのだ。か弱い観光客の少女のいう強い人間、なんて高が知れていると。それがどうだ。蓋を開ければ、可愛い可愛い弟弟子がいる。

 

ならば、可愛がってやらねばならないだろう!

 

 

「あたしの好敵手を超えたんだ、これくらい受け止めてよ……ッ!!」

 

青年を剣圧で吹き飛ばし、刀を大きく上段に構える。

輝く玉鋼に巻き付くように巨大な炎龍が姿を表し、己の体をも包み、“吠えた”。

惨ノ型、業炎撃を極めし者の名に相応しい炎が辺りを包み、熱気が立ち込める。

これは、“彼”に届くように作り上げた最初の剣。

 

(紅蓮の、龍)

 

天まで届くその龍を見上げ青年は震えた吐息を吐く。

破天荒で、メチャクチャで、その癖職務には大真面目な矛盾を抱えた大馬鹿弟子。それが二人の師であるユン老師が青年への手紙に残した、紅蓮の剣聖の評価であった。

女の腕力で惨ノ型という力任せな型を極め、火力なら弟子一番と太鼓判を押された姉弟子の集大成が、この龍だというのか。

これは防御しなくてはまずい。いや、できるのか? そんな本能に従い、青年は刀を構え、冷や汗をたらりと垂らした。

そうしていよいよ、刀が振り下ろされようと動き、

 

「惨ノ型、奥義────「お姉さん、そろそろ撤退だよ〜!」ちょっと、今いいとこなんだけど!?」

 

青年を照らしていた業炎がはたと消える。どうやら目の前の姉弟子は集中を欠いたらしい。気が抜けたように両腕と刀が下ろされ、ふわりとクセのついた栗毛が揺れた。

 

「大体撤退ってどこに、」

「はい、すーちゃんについていってくださいっ!じゃあね、お兄さんたち♪」

「待って、リンネさ────うわっ!?」

 

手を伸ばした青年の足元に鋭い針が投擲され、その先にくくりつけてあったらしい煙玉から一気に煙が湧き出る。

 

「おいアンタ、こっちだ!」

「ちょっと! まだ弟弟子との決着ついてないんですけど!」

『そんなもの後回しにしたまえ』

「ハァ!?今そんなものって言った!?いくらあなたでもぶち転がしますよ!!」

 

そんなわちゃわちゃやかましい彼らの声が消えた頃、ようやく煙が霧散する。

青年の目の前に残されたのは、チロチロ火の残る広く焼け焦げた地面と、真っ黒になった斬撃の跡のみ。

 

「リィン、大丈夫……?」

「……あぁ……」

 

後方で幼い少女と戦っていた青年の友人が心配そうに駆け寄ってくる。

続けて生徒たちも駆け寄ってくる気配を感じながら、姉弟子の剣技を思い出す。

 

女性特有の細腕から繰り出される力任せの振り下ろし。それでいてきっと無意識だろう、確実に“急所を狙う”ような太刀筋。

気を燃やして型取られる業炎撃。しかも、ありえない威力で燃え盛るそれは、アリオスの風やカシウスの螺旋……それらと同じ、一つをただただ極めた者の技だ。

そんな真っ赤な景色の中、透き通るような蒼天の瞳がきらりと輝くあの光景。

 

(……あれが紅蓮……クロウの憧れの人……)

 

彼女をずっと見てきたと話す悪友の顔を思い出し、ほうとため息をつく。

一瞬の光なんてものじゃない。もっと煌々と輝く、どうしようもなく綺麗で、暖かで、直視できないもの。

 

太陽。

なるほど、アイツの言った通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ遊撃士だろ。俺たちに協力していいのかよ」

 

煙に紛れ逃げ込んだ地下水道。その中に響く少年の声に、リンネは目を丸くした。

ブスッとしてずっと警戒をとかない彼────スウィンから投げかけられた初めての問いだったからだ。

 

「えーっと……今は遊撃士じゃないしいいかなって」

「……はぁ……こっちの事情どんだけ知ってるんだ?」

 

何にも、とトボけた顔をする女にスウィンは頭を抱える。猪突猛進にも程がある。こちらが犯罪者だったらどうするんだ。

 

「さっきシメた奴ら、居るだろ。アイツらをⅦ組に引き渡すのが目的」

「だったらそのまま突き出した方が早くない?」

「どうやら俺たちの雇い主殿は正体をバラすのが嫌らしくてな」

 

ナーディアと幼い少女────ラピスが戯れつくのをBGMに、スウィンはじぃと雇い主を睨む。

仮面の男……便宜上≪C≫と名乗ってはいるが、その本性は謎に包まれている。自分たちに殺しをさせないことを条件に依頼を吞みはしたが、正直まだ気は許していない。

そんなスウィンに、リンネはきょとんとその蒼天の瞳を向けた後、こう呟いた。

 

「もしかしてあの人、アレで変装してるつもりなの?」

 

一瞬、少年の脳は理解を拒んだ。

どう考えても正体不明だろう。フルフェイスの仮面な上にボイスチェンジがかかっているんだぞ。

 

「……答えは聞かないでおくが、その……確信に至った証拠は?」

「一番は太刀筋のクセと流派かな。あと振る舞い、喋り方、気配。顔と声以外何にも隠してないじゃん」

 

会ったことない君たちだから隠し通せてるんだよ、と規格外は宣う。それはお前の見分け方がおかしいだけだとスウィンは声を大にして叫びたくなった。

 

「これだから八葉は〜〜っ……!!」

「あ、それ≪C≫にも言われた。先代の方」

 

襲いかかってきた地下水道に蔓延る化け物をノールックで切り捨て、リンネはケラケラと笑った。

すると、もう取り繕わずに頭を抱えたスウィンの背後にぬぅ、と黒い影が生える。

 

『私の話かね』

「うわっ!?」

「うん。変装がヘタクソって話」

『……これでも上手くできた方だとは思うのだが』

「一人称くらい変えた方がいいですよ。ただでさえ声の抑揚とか特徴的なんだから」

 

しかしクセになっているのだ、という仮面の男の言葉に、一人驚かされたスウィンは冷や汗をかきため息をついた。この二人に付き合っていると心臓がいくつあっても足りない。仮面の男はともかく、わずか数分の付き合いでそう思わせるこの女を本当にとんでもないなとジトリと睨む。

 

「すーちゃんご機嫌斜め〜?」

 

ほんわかとしたいつもの相棒の声がスウィンの鼓膜を揺らす。

その少し下にはいつの間にか随分と仲良くなったらしい白髪の人形も一緒で、オッドアイをキョトンとさせてスウィンを見つめていた。

 

「あぁそうだ、ご機嫌斜めだ。だからそうくっつくな」

「そういう時こそなーちゃんパワーで癒されるのだ〜」

「ナーディアってくっつくだけで人を癒せるの?」

「そんなわけないだろ。ほら、年頃の女子がはしたないぞ」

 

おじさんみたいなこと言う、などと宣ったナーディアの頬をむにと伸ばしてから、スウィンは二人を進行方向へと促す。

正面には相変わらずスタスタ歩く全身真っ黒な不審者と、長く伸びた栗毛がふわふわ揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてここに出るって教えてくれなかったんですか」

『教えたら君は花束でも持ってきていたのかね。そんな柄でもないだろうに』

 

じっと仮面の奥にある瞳を睨み、リンネは「……いえ、それでも」と静かに呟いた。

下水道の出口、ヒンメル霊園。なるほど此処ならば下水道の出口に陣取っていた悪魔が出るのも納得できる。苦しむ心を押さえ込むように、女は見当違いなことを考え、墓の前にしゃがみ込んだ。

 

「心の準備くらいはさせてください」

 

しかもよりによって場所が悪い。“彼”の墓の目の前ではないか、と導力の明かりが灯る帝都を見つめながら眉を顰めた。リンネはこれが嫌いだ。“彼”の死の事実を突きつけられているようで、いい気分は全くしない。

だって、生きていて欲しかった。生きて罪を償って、いつか夜闇に紛れなくとも、青空の下堂々と帝都を歩けるようになって欲しかった。

 

「……それに」

 

後ろで年少組がわいわいと下水道からまろび出てきたと同時に、リンネの斬撃が近くの木を焼いた。緋空斬と惨ノ型の合わせ技だ。

煌々と燃え上がる木から慌てて飛び降りた下手人に一切視線を向けることなく、正確に刀を向ける。

 

「アイツの前で戦うなんて不快にも程があるわ」

『……それはすまないね』

 

あからさまな八つ当たりだ。男は仮面の下で僅かな冷や汗と共に、目の前の女の殺気に心臓がきゅうと締め上がる感覚を覚え、随分成長したものだと彼女の準遊撃士時代を思い出す。

再び刀身に紅蓮が灯る。普段ならば溌剌と輝いているはずの蒼天の瞳は冷たく細められ、今地面に転がっている夜闇へ映える銀髪を睨みつけた。

 

「アンタ、あたしが来てから慌ててそこに逃げたわね。何かやましい事でもあるのかしら」

「……」

 

下手人の青年は黙って取り落としかけていた双銃を構え直し、見覚えのある赤眼を真っ直ぐリンネへと向ける。

 

垂れ気味の瞼に挟まれているのは綺麗な赤色だ。彼は血のようであまり好きではないと言っていたが、リンネにとっては見るだけで何よりも安心できる、大切な色。

……は、と息が詰まった。だって、これは、あまりにも。

 

「リンネ?」

 

くい、と裾を引くラピスの声でふと我に帰る。

まだ心は落ち着いていないが、ひとまず心配そうなラピスに大丈夫だと無理やり笑って見せた。

さっきまでの楽しい気分が嘘みたいに冷えていく。悪趣味な敵だと割り切ろうとしても、生気のある紅玉の瞳がそれを許さない。

 

「……んだよ、そんな幽霊でも見たみてーな」

 

あぁ、声までそっくりじゃないか。

じとりと半目で睨んでくるところも、不機嫌になるとガシガシと頭を描くところも、何もかも昔のままだ。

記憶よりずっと成長しているが、それでもリンネの知る彼をそのまま大きくしただけの、懐かしさすら覚える気配、動き、喋り方。

 

「見たみたいって……実際見てるじゃない」

 

そう割り切るしかないのだ。

だって、本物はそこの墓の下で眠っているはずだから。埋められるシーンが撮られた記事だって見た。墓参りだってした。

だと言うのに、こんな……残酷なことって。

 

「なんでだよ! 目の前にいるだろ」

「じゃあそこの墓は何よ!?」

「あー……説明長くなるから今度な」

「〜〜っ……!! 埒が開かないっ!」

 

なんだかはぐらかされた気がするところまで似せなくて良いじゃないか。大体≪C≫はいつもそうだ。話は後、とか。今度ちゃんと話す、とか。そう言ってきちんとリンネに話してくれたことなんて一回もなかった。

 

「おいアンタ、まさか一人でやるつもりじゃ……」

「当たり前よ……いつもそうだったんだから。背後からⅦ組の気配もするし、キミたちはそっちに集中なさい」

 

刀を正面に構え、想い人の幻影へと切先を向け、闘志を燃やす。

その様子を見ていた彼はやれやれとでも言いたげに肩をすくめた後、腰のホルダーに銃を仕舞い、どこからともなく現れた双刃を握る。魔女の武具召喚────5年前の当時から彼が愛用していた、便利な魔法だ。

見慣れていた姿に思わず緩みそうになる気を引き締め、ぎりと奥歯を噛み締める。

そんなリンネの様子も気にせずにおちゃらけた調子でぐるぐると双刃を回し、彼は柔らかに笑う。

 

「やっぱお前とやる時はこっちじゃねーとな」

「……上等ッ! 叩きのめして地獄に送ってあげる!!」

 

地獄かよ!と抗議する青年に肉薄し、炎を纏う刀を振り上げる。

慣れた手つきで防御した青年に遠心力を利用して何度かくるくると回りながら切り付け、同時に何度か足払いを仕掛ける。

青年はリンネの横っ腹にダブルセイバーの峰を押し付け、思い切り跳ね返す。予測して空中で受け身を取ったリンネに襲いかかるのは一発の銃弾だ。

 

「甘いッ!!」

 

しかし居合いで切り上げを行い、縦に真っ二つとなった銃弾はそのまま背後の岩山へと飛んでいき、リンネにはかすり傷ひとつない。

そして大地を蹴り上げたリンネは左手を前に突き出し、人差し指と中指の隙間を照準として利用し、青年の首を狙う。

 

「甘いのはお前だろッ!!」

 

ひらりと避けた青年はそのまま膝を思い切り上げ、リンネの鳩尾へと強い衝撃を与える。

そのまま勢いで上空へと飛ばされたリンネは腹の痛みを堪え、お返しと言わんばかりに踵下ろしを青年の脳天へと振りかぶる。

楽しいのかニィと笑う青年に釣られ、リンネの口角も僅かに上がる。青年の左手を掠った踵下ろしはそのまま大地を割り、さらに攻撃を加えようと左手に持った鞘を横から振りかざす。

それを双刃で弾き、青年は反撃と打って出る。片方の刃で鞘を弾いた後、そのまま薙刀のようにリンネへと叩きつけようと大きく振り下ろした。

 

「ぐっ……!!」

「ハッ、やっぱり受け止めるよな!!」

 

思わず鍔迫り合いに持ち込んでしまい、上からの重力にどんどん押しつぶされていく。

 

「向こうも始まったみたいだぜ。加勢に行かなくていいのか?」

「アンタこそ……ッ! そうやって油断してると────」

 

ギチギチとなり続けていた互いの武器が上に弾き飛ばされ、細身の刀に炎の龍が巻き付く。

 

「────痛い目見るわよ!!」

 

炎に照らされ、見開いた蒼天の瞳が光を反射しカッと輝く。

そうして刀を振り上げ、二人を中心に立ち上った火柱はかろうじて防御したらしい青年の頬に火傷を残す。

 

「……ふーっ……ふーっ……」

「はぁっ……はぁっ……」

 

刀を天に翳し。

双刃は後ろ手に。

 

「惨ノ型……弐ノ太刀……ッ」

「切り刻め……ッ」

 

二対の炎龍が夜空を照らし。

二対の光刃が大地を照らす。

 

「────炎龍天昇!!」

「────ヴォーパル・スレイヤー!!」

 

リンネを狙い突き立てようとされたダブルセイバーに向かって、振り下ろされた二対の炎龍が襲いかかる。

空の星は二人を中心に立ち上った煌々と輝く光に負けて消え行き、まるで昼のような有様を見せる。

柱は数秒の後消え、その場にはチロチロと雑草を燃料として燃える残火と、二人を中心に大きな十字の斬撃だけが残っていた。

 

「……なんで……生きてるって……教えて……くれなかったのよ……」

「やっと……信じたか……」

 

満身創痍な二人は互いの武器を地面に突き立て、再び瞬き出した星を見上げるように大の字で倒れ込む。

 

「うっさい……生きてるくせに葬式やるんじゃないわよ。あたしのセンチメンタル返しなさい」

「アレは不可抗力だっつの……一回死んだのは事実だし」

「じゃあ何、ゾンビ?」

「それもちょっとちげーんだわ」

 

ごつ、と互いの黒手袋が互いの頭を拳で叩く。

ころんと顔を横へ向け、リンネはじぃと青年を睨む。

 

「……なんだよ」

「いや……ふふ、生きててよかったぁって」

「んだそれ……ククっ」

 

微笑み細められる紅玉に酷く安心する自分に小さく驚き、リンネもゆるゆると頬が緩む。

 

「ホンット強くなったな。紅蓮の剣聖だったか」

「そ。惨ノ型極めたの。地の底のアンタに届くように頑張ったんだから褒めなさい」

「やっぱオレ地獄行きかよ! 仕方ねーっちゃ仕方ねーけど」

 

懐かしい感覚だ。そう、この時間がリンネは大好きだったのだ。穏やかで、楽しくて、二人だけの声が響く静かな……

 

「……あれ? 静か……?」

「お?確かに……」

 

むくりと痛む体を持ち上げ、二人揃って周囲を見渡し、固まる。

まぁ、当然そこには気まずそうな残りのメンツが居るわけで。

真っ先に言葉を発したのは、勇気ある弟弟子だ。

 

「……えっと、そろそろいいか?」

 

まず最初に行動を起こしたのはリンネだった。

耳まで顔を真っ赤にして、照れ隠しをするように青年の頭を地面へと叩きつける。

何すんだよ、と転がり頭を押さえながら抗議する青年を無視して刀を右手で乱雑に引き抜き、肩へと担ぐ。

 

「末っ子」

「はい」

「アンタは何も見ていない。末っ子の仲間たちも、いいわね」

 

先ほどのような炎を一瞬ちらつかせて言うものだから、リィンは引き気味にはいと答え、背後の生徒たちをこっそり庇った。

しかしそこに空気を読まない男が一人。

 

「てっきり君と彼は恋人同士と思っていたのだが」

「んなわけ無いでしょッ!!……って、あれ?」

 

金髪を短く切りそろえた男が、氷色の瞳を細めてリンネを見ている。

きょとんと蒼天の瞳を丸くした剣聖がトントンと頭を叩くと、彼は後ろの黒いものが割れた破片を指差す。

そうしてふぅん、と口の中でもごついた後、リンネは今度はきちんと口を開いて物を言う。

 

「あのねルーファスさん、あたしとアイツは敵同士です。大体アイツには他に好きな人が……」

「そのあたりの言い訳は後にしてもらおう。────撤収だ」

 

その声と共に、バラバラと音を立てながら光灯る帝都を背に飛空艇が現れる。

風圧にやられることなく立ち尽くすリンネの視界の端に、想い人がふらりと立ち上がるのが見えた。

 

「……リンネさん、彼らについて行くんですか」

 

背後から弟弟子がそう問うてくる。

 

「そうね……うん。面白そうだし」

 

蒼天の瞳を細めて、ここ数年見せることなかった無邪気な笑顔を披露した少女は、パフォーマンスのようにクルクルと刀を鞘ごと回し、恭しくお辞儀してみせる。

 

「あたし、今遊撃士じゃないし。人道外れなきゃちょっとくらいハメ外してもいいでしょ?」

「老師が泣きますよ」

「あんな鬼畜爺さんなんざ泣かせとけ!」

 

顔を上げてパチンとウィンクし、ルーファスに続いて劇の演技のように紅蓮のジャケットを翻し、飛空艇へと乗り込んだ。

そうして我らがリーダーが愛しの弟君と会話している間に年少二人を引き上げ、手すりに体重を預ける。

なんとなしに地上を見下ろしていると、赤毛の青年に肩を借りる好敵手がその赤い瞳を不満気にじとりと細めている。意趣返しのようにリンネはあっかんべ、と舌を出した。

 

今度は逆の立場だ。せいぜい捕まえてみなさい、 なんて、考えたりして。

 

 

ごぉ、と音を立てて飛空艇が飛び立った後。

 

「上等だ……とっ捕まえてやる……!!」

 

「うわっ! 見てリィン、クロウが今まで見たことないくらい変な顔してる」

「どう言う感情の顔なんだそれ」

 

耳まで真っ赤にして、飛空艇が飛び去った後をじいと睨み、怒りと喜びと悲しみが一緒くたに混ざって割らなかったみたいな眉の動きに、後から彼の顔を見たユーシスは「異形の者だな」との評価を下すのだった。

 

 

 

 

 

「リンネさん、本当に先代さんと付き合ってないの〜?」

「えっそうだけど。テロリストと遊撃士が恋人っておかしくない?」

「や、だって先代さん、リンネさんと話してる時にね、完全に恋してる顔してたから」

「……はえ?」
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