ガラル地方
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男の人が取っているという部屋に入るなり、アタシ着替え調達してくるから!と物凄い勢いでバスルームへ私を放り投げ、そのまま扉はガチャン!と閉められた。
粘液で汚れてしまったドレスはもう着れそうになく、仕方ない事とは言えようやく申し訳ない気持ちが起こってしゅんとした。床に放ることができないので、手洗いの流しへと置く。
「(それにしても……)」
お洒落で広いバスルームに感動したのもつかの間、レバーを押してシャワーを全身に受けながら、私は恍惚と頬を緩めた。
ヌメラ、可愛かったなぁ。
ひんやりぷるぷる、感触は水餅みたいであのつぶらな瞳が、ぴょこぴょこ揺れる触覚がもう本当に可愛らしい。あれでドラゴンタイプなんだよねぇ、可愛くて強いなんて大変素晴らしい。ドラゴンタイプはカイリューが可愛い枠かなと思っていたけれど、確かヌメラは最終進化はヌメルゴンになるはず。ヌメルゴンも可愛いよなぁ。
はっ、と我に返り慌てて備え付けのアメニティを拝借する。ここ、お借りしている身だった!暢気にお風呂に入っている場合では!
粘液や化粧も余すところなく落とし、慌てて脱衣場へと転がり出る。ソニアはまだ戻っていないようで、流し台のドレスもそのままになっていた。う、困った。仕方ない、バスローブを借りてしまおう。
「えっと……」
バスルームのドアの向こうは静まり返っている。ソニアと私に声を掛けてくれた上に、タオルをくれた親切な男性のことをソニアは”ダンデ”と呼んでいた。
外にいらっしゃるだろうか……ドライヤーをお借りしたい所存だけれど、悲しいことにドライヤーが何故かバスルームのどこにも見当たらないのだ。おそるおそるドアノブに手をかける。
「(あれ、いない?ソニアと一緒に外へ出たのかな、どうしよう、さっと出てドライヤーを……)」
「温まったか?」
「!?」
突然降って湧いた問いかけに、驚いて声も出ず引っかかって喉の奥へ落ちた。んぐっと空気だけが吐き出されて、目を瞬かせながら外開きの扉の向こう側を見やれば、にこっと微笑むその人と視線が合う。
「あ、え」
「すまない、驚かせたか?ちょうど前を通るところを開いたものだから」
「あっ!?そうですよね!?」
「ふふ……ん?髪がまだ濡れているぞ?」
そのままじゃ風邪を引く、と思案げに眉を歪めて、私の肩に掛かっていたフェイスタオルをふわりと被せてくれた。
「もう時期ソニアも戻るだろうから。なにか飲むか?」
「い、いえそんな!お構いなく!」
「うーん、じゃあ俺も飲むから、一緒に飲もう!ここのアメニティの紅茶、かなり濃く出るから一緒に飲んでくれ」
「は、はいっ!」
にこにこと上機嫌なその人は、手に持っていたミネラルウォーターを開けて、すぐ近くのミニバーに置かれたケトルへと注いだ。何かお手伝いをとそわそわしたが、お湯はケトルが沸かしてくれるし、割って入ってポットを用意するのもお節介なような?
「どうした?寒いか?」
「いえ!ちょうどいいです。あ!あの、助けて頂いてありがとうございました!」
そうだお礼が先!!!と勢いづいて深く頭を下げた。ぽたりと足元に水滴が落ちる。
「いや、俺は本当に大したことはしていない。あのヌメラたちは君が助けたんだ」
「あ……」
そっと頭に被せられたタオルで毛先を拭ってくれる。思わず顔に熱が集まると、その人は目尻を更に優しく緩めてすぐに手を離してくれた。
「俺は間に合わなかったからな。君が止めてくれなかったら、ヌメラたちは怪我をしていただろう。もしかしたら、パーティ会場の人たちも。あのアゲハントのトレーナーはきっと泣き出してしまっていたかもな」
「い、いえ、良かった」
「怖くなかったか?」
「え?」
なんて完璧なフォローだろう。もしこの事がスオウ博士とインテレオンに知られて、すこぼこに怒られる事があったらこのように弁明しよう、とぼんやり考えていて真剣な声音にすぐ気が付けなかった。
顔を上がれば、怒っているというよりは純粋に興味深けな真っ直ぐな紫の瞳が私を射抜く。
「……おも、い返せば怖かったですね」
かえんほうしゃ、ほうでん。
よく育てられた優秀なポケモンたちで、咄嗟に起動を逸らしたり、技を引っ込めたりしてくれたけれど。当たって私が怪我をする可能性は十分すぎるほどにあった。
「でも、ポケモンが傷つく方が、動かなかった自分の方が、後悔するのを、その、知っているので……」
気づけたのに、動けたのに、私はそこにいたのに。救えなかった救えなかったって、嘆くことの方が怪我よりも何倍も重くて、苦しいことを私は知っている。
私はいいから、ポケモンたちは。
「……君、名前は?」
「あ、ハル、です」
「ハル、ハルか。俺はダンデ」
差し出された右手に、もうさすがにこちらの挨拶に慣れた私も自然とその手を取る。大きくて暖かい、けれど鍛えられたトレーナーの手。
あれ、このひと、
「…………ダンデ、さん」
「ああ!よろしくな、ハル」
ダンデ、ダンデ、って。
「(It's チャンピオンタイムのひと……)」
落ち着いて、それは若干デントくんだ。
けれどニュアンスは間違っていない。ガラルについて調べるとまあ出てくる出てくる、このチャンピオンの関連トピックス。無敵のチャンピオンダンデ、相棒はリザードン。
ガラルの顔と言っても過言では無いほどの有名人。さあっと血の気が引く。
「? どうした、ハル」
「あっ……の、わたし、」
「やっぱり寒いか?ドライヤーはこっちのドレッサーにあるんだ。おいで、乾かしてやろう」
「!? いやっ!大丈夫です…!」
「風邪を引いたら大変だぞ?こっちに座って」
チャンピオンという人は誰も彼もがこう押しが強いものなのだろうか。にっこり人好きのする笑みで、恐縮する私を見ないふりをしてくる。善意なのは分かっている、けれど…!
「ハルーー!!とりあえずこれスタッフさんからTシャツ借りてきたわ!!」
ばたーん!と勢いよく扉が開いて、せっかくの綺麗なセットのすっかり乱れたソニアが部屋に飛び込んできた。知り合った私のためにここまでしてくれるなんて、涙で視界が歪む。
「ソニア…!」
「!? ちょっとダンデくん!?その手は何!?ハルに何しようとしてるの!?」
「え?髪が濡れてるから、乾かしてやろうと」
「あのねぇ!?人にはパーソナルスペースってのがあるの!ましてや若い女性に対してそれはセクハラだから!」
「セクハラ……!?」
ダンデさんの純粋な善意で輝く瞳が、がーんという効果音を背負いながらくすむ。私から恐る恐る手を離し、必死に首を振った。
「すまないハル…!そんなつもりは…!」
「いえ!いえいえ!すみません!すみません!」
「なぜ謝るんだ!?俺が悪かったんだ、ハルの気持ちも考えず…!」
「あ、え、あ」
ぱっと両手を掴まれてしまった。ぐるぐる回る既視感と顔に集まる熱が、私の思考を鈍らせていく。ソニアがああもう!と痺れを切らしながら、ささっと私の肩を抱いて奪い返してくれた。
「なんでそういう!ハルは今ねぇ!」
ソニアが私を腕の中にぎゅうっと閉じ込めた。
「下着つけてないんだからね!?察しなさいよ!!」
「!!!???」
「あ……」
言い切ってから、ソニアもあっという顔をして、腕の中の沸騰し切った私とダンデさんの視線が合う。褐色の肌に赤が浮くのが見え、耐えきれなくて叫び声が喉を突き破った。
「2人とも出てって!!!!」
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