ガラル地方
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☆
「はじめまして!貴方がスオウ博士の助手の、ハルさんよね?」
降り立ったガラルの飛行場の保安所を抜けて、さて研究所のある街へはどの電車かなと駅を目指そうとしていた私へ声をかけたのは、茶色の髪の若い女性だった。
頭に付けられたオシャレなサングラスと、ラフに着崩された白衣がなんともアンバランスで格好いい。
「は、はい!私がハルです。え、と貴方は……」
「やっぱり!ごめんなさいね突然。私はソニア、おばあちゃん……マグノリア博士の孫で同じ研究員よ!」
「マグノリア博士の……!よろしくお願い致します!」
「アハハ!そんなに固くならないで。同じ歳くらいよね?同年代の同じ博士助手!仲間ができるってすごく楽しみにしてたの!ぜひソニアって呼んで!」
「!」
ぱちんっとウインクしてくれるソニアさんに、ぱあっと心が明るくなってしまう。初対面からこんなに歓迎してもらえるだなんて、大変有難い。しかも同い年!女の子!
「じゃあ私のこともハルって」
「もちろん!よろしくね、ハル!」
手を取り合い笑いあって、いつもは何だかんだとトラブルに巻き込まれるスオウ博士の代打フィールドワークだけれど、楽しくなりそう!と胸を弾ませた。
「それにしてもハル、随分と軽装ね?荷物は宅配してるとか?」
「ううん、これだけだよ」
「あら、そうなの?じゃ、こっちで揃えるつもりだったのね。そっちで流行りのドレスも見てみたかったケド……残念」
「ドレス……???」
「それなら今から見に行かない?パーティーは明日からで、あたしもパーティーが終わるまで休み貰ってるから!」
「え?え?」
なんだ?なんだ?
話が噛み合わない。
混乱してついていけない私に構わず、ソニアはスマホロトム(おお、これが)を取り出し、近くに好きなブランドの店があったはず、とマップを操作し始める。
「あ、あのごめんね、ソニア。パーティーって?」
「え?ヤダ、何言ってるの?オーキド博士研究所設立周年の記念パーティーよ!それに出席するために来たんでしょ?」
「は!?し、知らない……!」
「えええ?ハルはなんて言われてガラルまで来たわけ?」
「私はフィールドワークって……!」
オーキド博士のパーティーだなんて初耳だ。大いに慌て狼狽える私に、ソニアも大きな目をぱちぱちと瞬かせる。
だ、だだだ、騙した!?
騙したな!!スオウ博士!!
「しん、信じられない……!いくらなんでもそんな大事そうなパーティーに私を!?」
「まま、でもでもスオウ博士って、公の場には元々出ない人でしょ?それでハルが代わりに来たんじゃないの?」
「私が受け持つのはあくまで出張だったり、ほんとフィールドワークだったりよ……!!そんな、要は重役の人たちの集まりってことだよね……!!?」
「そうねぇ、」
えーとたしか、とソニアが細くて長い指を顎へ当てて、なにかを思い出すような仕草を取る。
「チャンピオンから、ジム関係者は勿論、各地方の研究員やら、ローズ会長が有力企業も呼んだって話だったかな?あたしはおばあさまの付き添いで行く予定なの。周年記念パーティーにかこつけた懇親会っていうか、そういう目的のパーティーみたいね!」
「……ソニア、スマホロトム借りてもいいかな……?通信代金はあとで支払うから」
「え?う、うん」
私の鬼気迫る表情に、気圧されながらおそるおそるソニアがスマホロトムを貸してくれる。もはや確認するまでもなく暗記済みの研究所の電話番号をタップして、無機質なコール音を聞きながらふつふつと怒りを募らせた。
【レオレ〜?】
呑気な声のインテレオンが電話口に出た。うちの優秀なインテレオン、もちろん電話対応だってお手の物だ。私はそれはもう普段出したこともないような大声で、電話口のインテレオンを怒鳴りつけた。
「インテレオン!!!今すぐスオウ博士にかわって!!!!」
☆
「大丈夫だってハル〜!髪もメイクもすごく似合ってるわよ、素敵!」
「……」
ソニアの見立ててくれたドレスやアクセサリー、ヘアメイクはとても素敵で舌を巻くものばかりだった。もちろん、普段こんなに着飾る機会なんてないわけで、ときめく気持ちがない訳では無い。
【フィールドワークみたいなものだろ】
あの後、私に怒鳴られたことなんて無い可哀想なくらいに慌てたインテレオンが、半狂乱で博士を電話口まで引っ張り出してくれた。フィールドワークと聞いていたのに一体どういうことかと続いて怒鳴りつければ、さらっと返ってきたのがこの台詞だ。
「なにがみたいなもんですか!?各界の重役が集まるパーティーですよ!?」
【ああ。人間のフィールドワークみたいなものだ。面倒極まりない】
「私はただのスオウ博士のパシリじゃないですかぁ!」
【……お前は自覚がないかもしれないが、その方面に関しては、俺はお前の才能を認めている】
「意味が分かりません!今すぐスオウ博士もこっちへ来てくださいよぉ!」
【断る。報酬は弾むし、そっちの地方で興味の湧くものがあったら調べまで来てくれ。必要なものがあったら送るから】
「あ!?ちょっと切らっ……ない……で」
ツーツーと無情な電子音が、この通話はすでに打ち切られたことを知らせてくる。私は震える手で耳に当てていたロトムを下げ、渾身の力で「もう!!!」と叫んだところで理不尽が過ぎるこの回想はおしまいだ。
明るいソニアの声とトントンと軽く叩かれる肩に、意識が現実へと戻ってくる。
「ほらほらハル!あたしもパーティー中は側にいてあげるわよ!ね?ね?」
「ソニア……」
「泣かないの!せっかくのアイメイクが取れちゃうわ」
ソニアに会えてよかった。
滲む視界を頭を振って払い、もう来てしまったものは仕方ない、と腹を括った。履きなれないヒールが頼りないけれど、短い丈のドレスに不安が募るけれど覚悟を決めるしかない。
「あ、きたきた!おばあさま!」
1人で拳を握り意気込む私の隣で、ソニアがぱっと顔と声を輝かせて大きく手を振った。
視線の先を追えば、杖を付きながらも凛とした瞳の女性がこちらへと小さく手を振り返している。
おばあさま、こちらがスオウ博士の」
「あ、ハルと申します!マグノリア博士の文献いくつか拝見しました、直接お話できて嬉しいです……!」
「あら」
きつい印象を受けるマグノリア博士の目元が少し和らぐ。ゆるやかな仕草で右手を差し出してくださり、緊張しながらその手を握った。
「嬉しいわ。よろしく、ハルさん。スオウ博士の助手さんのお話は噂に聞いていたけれど、こんな若くて愛らしいお嬢さんだったなんて」
「い、いえ、そんな」
「ふふ、さて行きましょうかソニア、ハルさん。遅れて入るのはいけないわ」
「そうね!ほら、行きましょ!」
そろそろ、と2人へ続いてパーティー会場へと足を踏み入れる。大判のテーブルが何台か、端にはビュッフェ形式で料理が並べられている。
着飾り、煌びやかな面々が楽しげに会話を弾ませている様子が見えた。みれば窓が大きく開けられて、庭にもテーブルが出されているのも見える。なんともお洒落な造りだ。
「わぁ……」
「さすがに大規模ね!私もちょっと緊張しちゃう」
「この機会に各地方の博士と見聞を広めるのも悪くありませんよ、ソニア。それを忘れて浮かれてお酒を飲みすぎないこと」
「うっ、わ、分かってます……」
マグノリア博士とソニアのやり取りに思わずくすっと笑みを零してしまう。大規模だけれど、参加者はみんな思い思いに語らいでいて、思ったよりも堅苦しくなさそうなパーティーだ。これもオーキド博士の人徳の賜物だろうな。
「私は少し挨拶に行ってくるわね、ソニアとハルさんは……」
「私たちはパーティー会場を回るわ。ハルにダンデくんやホップを紹介しようと思うの」
「それはいいわね、じゃあまた」
軽く手を挙げ、顔見知りらしい研究員さんへ声をかけるマグノリア博士の背中を見送り、さて!とソニアが荷物からモンスターボールを取り出す。
「ソニア、ポケモン持ってるの?」
「もちろん!この子もパーティー楽しみにしてたから、そろそろ出してあげないと拗ねちゃう」
ぽん!と軽い音をたてて現れたのはぽっちゃり愛らしいフォルムのポケモン、ワンパチだ。思わずわぁっと声を上げてしまう。
「かわいい!ワンパチだね!」
「流石!見るのは初めて?」
「うん!」
目をキラキラさせてパーティー会場を見回すワンパチへとしゃがみこんで、右手を差し出す。ワンパチはそれを見て首をひねりながら、私へと視線を合わせくれた。
「はじめまして、ワンパチ。私はハルって言います。よろしくね」
〈! ワンパー!〉
「わっ!?」
「あら!早速懐かれたわね」
私の膝へと突進して頭をすりすり擦り付けるワンパチに、笑みを零してしまう。いいこいいこ、と頭を撫でるとトロリと目元を蕩けさせた。可愛らしい。
「さーてとりあえず食べましょ!飲みましょ!」
〈ワンパ!ワンパ!〉
「あっワンパチ!走ったら危ないよ!」
ソニアの掛け声に同調して、2人してぱたぱたとビュッフェ台へ意気揚々向かうのを慌てて追いかけようと立ち上がると、背中から声をかけられた。
「ハル!ハルじゃないか?」
聞き覚えのある声だ。振り向いて、あ!と目をぱちくり瞬かせる。
「えっ、ダイゴさん?」
「やぁ!嬉しいな、こんなところで会えるなんて」
いつもよりもシックなスーツに身を包んだダイゴさんが、嬉しげに目元を緩めてこちらへと歩み寄ってくれる。しかし、周りを取り囲んでいた女性群を割ってくるものだから、私は内心「(ヒッ)」と声を上げてしまった。
女性陣から冷ややかな視線を頂戴してしまう。
「お、お久しぶりですね」
「ああ!最近はずっとメールでのやり取りだったからね。まさかこんな素敵なドレス姿の君に会えるなんて、嬉しいよ」
「えっあっいや、これはこちらの地方のソニア……さんにアドバイスいただいて」
「……ソニア、というのは確かマグノリア博士のお孫さんだね?女性だったかな?」
「ええ、私と同い年くらいの……」
「そう、なら良かった」
「(なら良かった???)ダイゴさんもいらしてたなんて驚きました。私もお会いできて嬉しいです」
私の言葉にダイゴさんもにっこり微笑んでくれる。
「君が参加すると分かっていたらドレスか何かアクセサリーを贈ったのに」
「え!?いや、そんな受け取れません!」
「ふふ、良かったら外へ出ない?ここは騒がしいから」
「あ、でもわたし……」
口篭りながら振り返ったがいつの間にかソニアもワンパチも忽然と姿を消していた。え!?あれ!?とビュッフェ台へ視線を右往左往するが、するっとダイゴさんの手が背中へ滑って阻まれてしまう。
「……もしかして連れがいるの?」
「あっ、さ、さっき話した、ソニアが」
「彼女ならこっちの知り合いに挨拶しているんじゃないかな?広い会場だけど、必要なら人を使ってあげるから少し話さない?」
「え、あ、」
「ココドラもハルに会いたがってる」
「! ココドラが?」
ダイゴさんのココドラには私もたくさんお世話になった。思わず顔を輝かせると、ダイゴさんは少しだけ複雑そうに片眉をあげて、苦笑を漏らす。
「ココドラに負けるとは」
「?」
「いや、いいよ。さあ外へ」
そっと背中に添えられた手に、ダイゴさんは外国の方だからか妙に距離が近いんだよね‥‥と緊張しつつ導かれる。大きく両方開け放たれた窓の外も、会場内ほどでは無いもののかなり広く、人やポケモンたちがのびのびとパーティを楽しんでいた。
「ココドラ」
呼びかけながらボールを放つと白い光とともにココドラが現れた。私とぱちんと視線が合い、ぱっと表情が明るくなる。大変可愛らしい。
〈ココ!〉
「わあココドラ!久しぶり!」
しゃがみこんで手を広げようとすると、慌てた様子でダイゴさんに腕を掴まれた。
「ハル?君はいまドレスだろう?無防備にしゃがみ込まないで」
「あっ」
厳しい声音のダイゴさんにぴたっと動きが止まった。さっきワンパチを撫でるのに思いっきりしゃがみこんでしまったが、言わない方が良さそうだ。でも嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねるココドラを思いっきり抱きしめたい。
「そこまで短い丈じゃありませんし、あ、ほら足を斜めにすれば大丈夫そうです!」
「……はぁ、私の後ろでならいいよ」
「はい!」
いそいそとダイゴさんの後ろへ回り、ココドラの前へしゃがみこむ。というか膝をついてしまえばいいやと途中で思い立ち、そのままよく手入れされた芝生へ膝をついた。
「……ハル、君って子は本当に」
「ココドラ久しぶりだね!?覚えていてくれて嬉しい!元気だった?」
「……」
〈ココ!ココ!〉
「ふふ、ココドラは可愛いね。そんなに慌てなくても私は逃げないから大丈夫だよ」
「……これ程までにココドラを羨ましいと思ったことは無いな」
「羨ましい??ええと、確かにココドラってとっても可愛いですよね?」
「そうだね……」
なんだか辟易した様子のダイゴさんに、やはり膝をつくのは少しはしたなかったかなとココドラを一撫でして立ち上がる。
「ありがとうございます、ダイゴさん。ココドラに会わせてくれて」
「いや、こちらこそ。メールではよくやり取りしていたけど元気にしていた?スオウ博士もお元気かな?」
「はい!私はお陰様で元気です。スオウ博士は相変わらずですが……あ、聞いてくださいダイゴさん!スオウ博士、私にフィールドワークだと嘘をついてこのパーティへ放り投げたんです!」
スオウ博士を知っている人にこの事を聞いて欲しかった。するとダイゴさんは目を瞬かせたが、やがてくすっと笑みを零して「本当に相変わらずのようだね」と目を細めた。
「本当に信じられない……せめて何か一言……」
「でもそのお陰で僕はハルに会えたよ」
「う……いや、はい……」
久々に眩い笑顔を真正面から受けてしまい、思わずぎゅっと強く両目を瞑ってしまう。視線の所在がなくふ、と落とせば、足元のココドラが私の様子を見て、不思議そうに首を傾げていた。癒される。
「ハルはもうホウエンには来ないのかい?来るときはぜひ連絡してほしいな。また新しい遺跡の発掘調査も進んでいてね」
「基本的にスオウ博士の要請での出張なんです……でもまたぜひホウエンにはお邪魔したいです!新しい遺跡も気になります!それとなくスオウ博士に話せばたぶん……興味をそそられると思うので向こうから……」
「ふふ、スオウ博士をそんな野生のポケモン観察のように言うのはこの世でハルだけだろうね」
「え゛っ!?あ、ど、どうかスオウ博士には内密に……」
「はは、わかったよ。ハルはなにか飲むかな?取りに行こうか?」
「そうですね、それにしてもソニア……どこに行ったのかな……」
「もう少しいいだろう?向こうにテーブルを取っているから……」
「あら!ハルじゃない!」
奥にテーブルがと促してくれようとするダイゴさんの動きが、ぴたりと止まる。聞き覚えのある、低め声音に色気が滲み、私を呼んだその人はシンオウチャンピオンだった。
「シロナさん!」
黒色のドレスがシックで大人っぽく、いつもよりすこし崩したヘアセットがとてもよく似合っている。思わず頬を紅潮させると、その様子をみてぱちっと追い打ちのウインクを飛ばされた。心臓に悪い。
「久しぶりね!まさかこのパーティに来ていただなんて、もしかしてスオウ博士の付き添い?」
「付き添いだったらどんなに良かったか……替え玉みたいなものです……」
「あら、じゃあスオウ博士はいらっしゃらないのね。残念、直接お話してみたかったわ。ね、ハル!あっちで少し話さない?」
ぱっとシロナさんが私の手を取って引き寄せた。周りから小さくきゃあっと悲鳴が上がる。
「し、シロナさん」
「シロナ?いま僕がハルをエスコートしようとしていたんだけど?」
人目が、と言葉をこぼそうとした私をダイゴさんが遮った。今までにこにこだったシロナさんの表情がさあっと曇る。怖い。
「嫌がる女性に言い寄るだなんてとても紳士の行動とは思えないわね?」
「嫌がってなんて無いさ。これが嫌がっているように見えるだなんて、君こそ彼女の様子がよく見えていないようだ」
「まあ、そうなのね。その素晴らしいレディファースト精神で私にハルと話す機会も譲って下さるのよね」
「あの、あの、よろしければ3人でお話を……」
「シロナ様!」
「ダイゴさーん!」
ヒートアップする2人を必死に宥めようとすると、またまた第三者に発言を阻まれた。振り向けば男女がそれぞれお2人を呼んでいる。
「こんなところでダイゴさんに会えるなんて光栄だわ!良かったらお話させてください!」
「前に講習会でバトルさせてもらった者です!覚えてますか!?」
その2人の突撃(といっても過言ではないくらいの勢いだ)を皮切りに遠巻きに眺めていた人達が、一気にダイゴさんとシロナさんの元へ押し寄せた。チャンピオンが2人並んでいるのだ、致し方ないことだとは思う。
「あ、あ、」
人の流れに押されて、いつの間にか2人の側から遠くへと追いやられる。2人には申し訳ないが、これ幸いと流れに逆らわず失礼することにした。
「(ソニア、傍にいてくれるって言ったのに!どこに行ったのかな……)」
外にはいないようだから、恐らく屋内のどこかにいるはずだ。きっと向こうもこちらを探しているだろう。はやく合流しなければ。
「きゃああ!」
「?」
屋内へと戻ろうとした私の足を、誰かの悲鳴が止めた。振り向けば庭先の隅で女性が悲鳴を上げ、慌てた様子でこちらへ逃げてくる。
「どうした!?」
「きゅ、急にヌメラがっ……!」
「ええ?」
「誰か呼んで!ヌメラがたくさん…!」
「(ヌメラ、って確か)」
この地方に生息しているドラゴンタイプのポケモンだったはずだ。みれば女の人の後ろに何人か、粘液を被ったらしいお客さんたちが泡を食って逃げ出している。
心配になり、ホールへ戻ろうとした足がみんなとは反対方向へ駆け出した。
「ええ?」
辿り着いたそこには、何体ものヌメラが椅子を倒し、テーブルの上に乗り、皿やグラスを好き勝手散らかしていた。お客さんたちは飛んでくる粘液から逃げようと、パニックになっている。
しかし何人かの若いトレーナーが果敢にも怯まずに、モンスターボールを放り投げた。ゴウカザルや、エレキッドが場に現れる。
「ゴウカザル!ヌメラたちにかえんほうしゃ!」
「エレキッド、ほうでん!」
「! ま、まって!」
慌ててなにも考えずにヌメラたちの前へ飛び出した。これではまたスオウ博士に怒られてしまう(あまり怒らせると減給になるのだ)が、咄嗟にとった行動だった。
驚いたゴウカザルとエレキッドはすんでのところで攻撃を引っ込めてくれる。よく育てられたポケモンだ。
「お、おい!なに考えてるんだよ!?」
「危ないじゃない!」
「ご、ごめんなさい、でも状況を見ずにいきなり攻撃を仕掛けるのは何かなぁというか」
[ヌメ!]
「わっ!?」
背後からヌメラが私に飛びかかった。男女のトレーナーがああ!と驚いた声を上げる。
「わ、わ、ちょっ、ちょっと」
[ヌメ〜!]
1匹のヌメラは肩に飛び乗ったかと思うと、そのまま私の頬にすりすりと擦り寄った。何匹かテーブルをぐしゃぐしゃにしていたヌメラたちも、足に擦り寄ってくる。
「(しまった、いつものやつ……)」
「ち、ちょっとあんた大丈夫なのか!?」
「い、一応、大丈夫、わ、わ、わぷっ」
顔に飛びかかられてはさすがに息が出来ずに後ろに倒れ込んだ。きゃあっと女の子の方のトレーナーが悲鳴をあげて、慌ててエレキッドに指示を出そうとしているのが聞こえてくる。
「だ、大丈夫、うぷ、傷つけないで!」
「で、でもっ」
「(あれ、ヌメラから甘い匂い、これ…)」
「何事だ!?」
また誰かの声がして、私の顔からヌメラが引き剥がされた。粘液で目が開けられない。大丈夫か!?と知らない声に声をかけられたが、果たして大丈夫なんだろうかと妙に冷静になってしまってあはは、と苦笑だけが漏れた。
「これで顔を」
「え、あ、」
握らされたのはタオルだった。助かる、すごく助かる。有難く受け取って顔の粘液を拭き取り、周りに集まってきた人たちに声を上げる。
「まって、待ってください!ヌメラに攻撃しないで!」
「? 君……」
タオルを渡してくれた人が困惑した声で、私の肩を支えてくれた。すみません、と断って私の膝に乗っているヌメラを落ち着かせるように撫でる。
「ヌメラ、あまいミツ誘われて来たんだよね?」
「え?」
「どうしてか分からないですけど、このテーブルにだけ、料理か……飲み物か、テーブル自体かにあまいミツが大量に混入しているかもしれません。ヌメラの身体からあまいミツの香りがして」
「ああっもしかして……」
人だかりの隅で眼鏡をかけた女性が顔面蒼白で、震えている。彼女の傍らにはアゲハントがきょとんした様子でひらひらと飛び回っていた。
「わ、わたしのアゲハントかもしれませんっ!ここに来るまでたくさん花の蜜を集めててっ、さっきもこのテーブルの装飾のお花が気に入ったみたいで、擦り寄ったりしててっ……」
「あー!なるほど!!」
「あ、君、」
ぱちんと手を打って、思わず立ち上がった。ヌメラが器用に私の肩へとよじ登って、落下を免れる。
「素晴らしいです!これだけのポケモンを魅了するあまいミツなんて、私、初めて見ましたよ!」
「ご、ごめんなさい、本当にっ」
「どうしてですか!?本当にこれは素晴らしいアゲハントの才能ですよ!」
「あ、え、で、でも皆さんにご迷惑を」
「あ、そうか、確かに騒ぎにはなってしまいましたね……で、でも大丈夫!オーキド博士のところへ私も行って事情を説明しますよ!それに怪我人だっていませんし!」
だから、と私は苦笑しながら彼女の背に隠れて申し訳無さそうにするアゲハントへ目を向けた。
「アゲハントを叱らないでくださいね」
「あ……」
ぱちくりと眼鏡の女性が目を瞬かせる。アゲハントはただ、私たちが息をするのと同じ、伸びをするのと同じように花の蜜を集めていただけだ。ヌメラたちだって、私たちが美味しそうなご飯の匂いに惹かれてしまうように、釣られてしまっただけ。
それを人間に都合が悪いからといって叱るのは、攻撃するのはなんだか、何だかとても悲しい事のようだから。
「ち、ちょっとハル!」
「あれ、ソニア」
「だいっ、大丈夫!?あんたすごい格好だけど!?」
「あ、これはその……」
「今すぐシャワー!ど、どうしよ、アタシおばあさまのとこにっ」
「この上に部屋を取ってる」
私以上にパニックになるソニアを落ち着かせるように、誰かの手がソニアの肩を抑えた。はっとソニアが顔を上げて、ぱちくりと目を丸くする。
「ダンデくん!?」
「(あ、タオルの)」
「久しぶりだな、ソニア。再会の挨拶は後で、この会場の上に部屋を取ってるからそこへ」
「あっ、そ、そうね!ほらハル!早く来て!」
→
「はじめまして!貴方がスオウ博士の助手の、ハルさんよね?」
降り立ったガラルの飛行場の保安所を抜けて、さて研究所のある街へはどの電車かなと駅を目指そうとしていた私へ声をかけたのは、茶色の髪の若い女性だった。
頭に付けられたオシャレなサングラスと、ラフに着崩された白衣がなんともアンバランスで格好いい。
「は、はい!私がハルです。え、と貴方は……」
「やっぱり!ごめんなさいね突然。私はソニア、おばあちゃん……マグノリア博士の孫で同じ研究員よ!」
「マグノリア博士の……!よろしくお願い致します!」
「アハハ!そんなに固くならないで。同じ歳くらいよね?同年代の同じ博士助手!仲間ができるってすごく楽しみにしてたの!ぜひソニアって呼んで!」
「!」
ぱちんっとウインクしてくれるソニアさんに、ぱあっと心が明るくなってしまう。初対面からこんなに歓迎してもらえるだなんて、大変有難い。しかも同い年!女の子!
「じゃあ私のこともハルって」
「もちろん!よろしくね、ハル!」
手を取り合い笑いあって、いつもは何だかんだとトラブルに巻き込まれるスオウ博士の代打フィールドワークだけれど、楽しくなりそう!と胸を弾ませた。
「それにしてもハル、随分と軽装ね?荷物は宅配してるとか?」
「ううん、これだけだよ」
「あら、そうなの?じゃ、こっちで揃えるつもりだったのね。そっちで流行りのドレスも見てみたかったケド……残念」
「ドレス……???」
「それなら今から見に行かない?パーティーは明日からで、あたしもパーティーが終わるまで休み貰ってるから!」
「え?え?」
なんだ?なんだ?
話が噛み合わない。
混乱してついていけない私に構わず、ソニアはスマホロトム(おお、これが)を取り出し、近くに好きなブランドの店があったはず、とマップを操作し始める。
「あ、あのごめんね、ソニア。パーティーって?」
「え?ヤダ、何言ってるの?オーキド博士研究所設立周年の記念パーティーよ!それに出席するために来たんでしょ?」
「は!?し、知らない……!」
「えええ?ハルはなんて言われてガラルまで来たわけ?」
「私はフィールドワークって……!」
オーキド博士のパーティーだなんて初耳だ。大いに慌て狼狽える私に、ソニアも大きな目をぱちぱちと瞬かせる。
だ、だだだ、騙した!?
騙したな!!スオウ博士!!
「しん、信じられない……!いくらなんでもそんな大事そうなパーティーに私を!?」
「まま、でもでもスオウ博士って、公の場には元々出ない人でしょ?それでハルが代わりに来たんじゃないの?」
「私が受け持つのはあくまで出張だったり、ほんとフィールドワークだったりよ……!!そんな、要は重役の人たちの集まりってことだよね……!!?」
「そうねぇ、」
えーとたしか、とソニアが細くて長い指を顎へ当てて、なにかを思い出すような仕草を取る。
「チャンピオンから、ジム関係者は勿論、各地方の研究員やら、ローズ会長が有力企業も呼んだって話だったかな?あたしはおばあさまの付き添いで行く予定なの。周年記念パーティーにかこつけた懇親会っていうか、そういう目的のパーティーみたいね!」
「……ソニア、スマホロトム借りてもいいかな……?通信代金はあとで支払うから」
「え?う、うん」
私の鬼気迫る表情に、気圧されながらおそるおそるソニアがスマホロトムを貸してくれる。もはや確認するまでもなく暗記済みの研究所の電話番号をタップして、無機質なコール音を聞きながらふつふつと怒りを募らせた。
【レオレ〜?】
呑気な声のインテレオンが電話口に出た。うちの優秀なインテレオン、もちろん電話対応だってお手の物だ。私はそれはもう普段出したこともないような大声で、電話口のインテレオンを怒鳴りつけた。
「インテレオン!!!今すぐスオウ博士にかわって!!!!」
☆
「大丈夫だってハル〜!髪もメイクもすごく似合ってるわよ、素敵!」
「……」
ソニアの見立ててくれたドレスやアクセサリー、ヘアメイクはとても素敵で舌を巻くものばかりだった。もちろん、普段こんなに着飾る機会なんてないわけで、ときめく気持ちがない訳では無い。
【フィールドワークみたいなものだろ】
あの後、私に怒鳴られたことなんて無い可哀想なくらいに慌てたインテレオンが、半狂乱で博士を電話口まで引っ張り出してくれた。フィールドワークと聞いていたのに一体どういうことかと続いて怒鳴りつければ、さらっと返ってきたのがこの台詞だ。
「なにがみたいなもんですか!?各界の重役が集まるパーティーですよ!?」
【ああ。人間のフィールドワークみたいなものだ。面倒極まりない】
「私はただのスオウ博士のパシリじゃないですかぁ!」
【……お前は自覚がないかもしれないが、その方面に関しては、俺はお前の才能を認めている】
「意味が分かりません!今すぐスオウ博士もこっちへ来てくださいよぉ!」
【断る。報酬は弾むし、そっちの地方で興味の湧くものがあったら調べまで来てくれ。必要なものがあったら送るから】
「あ!?ちょっと切らっ……ない……で」
ツーツーと無情な電子音が、この通話はすでに打ち切られたことを知らせてくる。私は震える手で耳に当てていたロトムを下げ、渾身の力で「もう!!!」と叫んだところで理不尽が過ぎるこの回想はおしまいだ。
明るいソニアの声とトントンと軽く叩かれる肩に、意識が現実へと戻ってくる。
「ほらほらハル!あたしもパーティー中は側にいてあげるわよ!ね?ね?」
「ソニア……」
「泣かないの!せっかくのアイメイクが取れちゃうわ」
ソニアに会えてよかった。
滲む視界を頭を振って払い、もう来てしまったものは仕方ない、と腹を括った。履きなれないヒールが頼りないけれど、短い丈のドレスに不安が募るけれど覚悟を決めるしかない。
「あ、きたきた!おばあさま!」
1人で拳を握り意気込む私の隣で、ソニアがぱっと顔と声を輝かせて大きく手を振った。
視線の先を追えば、杖を付きながらも凛とした瞳の女性がこちらへと小さく手を振り返している。
おばあさま、こちらがスオウ博士の」
「あ、ハルと申します!マグノリア博士の文献いくつか拝見しました、直接お話できて嬉しいです……!」
「あら」
きつい印象を受けるマグノリア博士の目元が少し和らぐ。ゆるやかな仕草で右手を差し出してくださり、緊張しながらその手を握った。
「嬉しいわ。よろしく、ハルさん。スオウ博士の助手さんのお話は噂に聞いていたけれど、こんな若くて愛らしいお嬢さんだったなんて」
「い、いえ、そんな」
「ふふ、さて行きましょうかソニア、ハルさん。遅れて入るのはいけないわ」
「そうね!ほら、行きましょ!」
そろそろ、と2人へ続いてパーティー会場へと足を踏み入れる。大判のテーブルが何台か、端にはビュッフェ形式で料理が並べられている。
着飾り、煌びやかな面々が楽しげに会話を弾ませている様子が見えた。みれば窓が大きく開けられて、庭にもテーブルが出されているのも見える。なんともお洒落な造りだ。
「わぁ……」
「さすがに大規模ね!私もちょっと緊張しちゃう」
「この機会に各地方の博士と見聞を広めるのも悪くありませんよ、ソニア。それを忘れて浮かれてお酒を飲みすぎないこと」
「うっ、わ、分かってます……」
マグノリア博士とソニアのやり取りに思わずくすっと笑みを零してしまう。大規模だけれど、参加者はみんな思い思いに語らいでいて、思ったよりも堅苦しくなさそうなパーティーだ。これもオーキド博士の人徳の賜物だろうな。
「私は少し挨拶に行ってくるわね、ソニアとハルさんは……」
「私たちはパーティー会場を回るわ。ハルにダンデくんやホップを紹介しようと思うの」
「それはいいわね、じゃあまた」
軽く手を挙げ、顔見知りらしい研究員さんへ声をかけるマグノリア博士の背中を見送り、さて!とソニアが荷物からモンスターボールを取り出す。
「ソニア、ポケモン持ってるの?」
「もちろん!この子もパーティー楽しみにしてたから、そろそろ出してあげないと拗ねちゃう」
ぽん!と軽い音をたてて現れたのはぽっちゃり愛らしいフォルムのポケモン、ワンパチだ。思わずわぁっと声を上げてしまう。
「かわいい!ワンパチだね!」
「流石!見るのは初めて?」
「うん!」
目をキラキラさせてパーティー会場を見回すワンパチへとしゃがみこんで、右手を差し出す。ワンパチはそれを見て首をひねりながら、私へと視線を合わせくれた。
「はじめまして、ワンパチ。私はハルって言います。よろしくね」
〈! ワンパー!〉
「わっ!?」
「あら!早速懐かれたわね」
私の膝へと突進して頭をすりすり擦り付けるワンパチに、笑みを零してしまう。いいこいいこ、と頭を撫でるとトロリと目元を蕩けさせた。可愛らしい。
「さーてとりあえず食べましょ!飲みましょ!」
〈ワンパ!ワンパ!〉
「あっワンパチ!走ったら危ないよ!」
ソニアの掛け声に同調して、2人してぱたぱたとビュッフェ台へ意気揚々向かうのを慌てて追いかけようと立ち上がると、背中から声をかけられた。
「ハル!ハルじゃないか?」
聞き覚えのある声だ。振り向いて、あ!と目をぱちくり瞬かせる。
「えっ、ダイゴさん?」
「やぁ!嬉しいな、こんなところで会えるなんて」
いつもよりもシックなスーツに身を包んだダイゴさんが、嬉しげに目元を緩めてこちらへと歩み寄ってくれる。しかし、周りを取り囲んでいた女性群を割ってくるものだから、私は内心「(ヒッ)」と声を上げてしまった。
女性陣から冷ややかな視線を頂戴してしまう。
「お、お久しぶりですね」
「ああ!最近はずっとメールでのやり取りだったからね。まさかこんな素敵なドレス姿の君に会えるなんて、嬉しいよ」
「えっあっいや、これはこちらの地方のソニア……さんにアドバイスいただいて」
「……ソニア、というのは確かマグノリア博士のお孫さんだね?女性だったかな?」
「ええ、私と同い年くらいの……」
「そう、なら良かった」
「(なら良かった???)ダイゴさんもいらしてたなんて驚きました。私もお会いできて嬉しいです」
私の言葉にダイゴさんもにっこり微笑んでくれる。
「君が参加すると分かっていたらドレスか何かアクセサリーを贈ったのに」
「え!?いや、そんな受け取れません!」
「ふふ、良かったら外へ出ない?ここは騒がしいから」
「あ、でもわたし……」
口篭りながら振り返ったがいつの間にかソニアもワンパチも忽然と姿を消していた。え!?あれ!?とビュッフェ台へ視線を右往左往するが、するっとダイゴさんの手が背中へ滑って阻まれてしまう。
「……もしかして連れがいるの?」
「あっ、さ、さっき話した、ソニアが」
「彼女ならこっちの知り合いに挨拶しているんじゃないかな?広い会場だけど、必要なら人を使ってあげるから少し話さない?」
「え、あ、」
「ココドラもハルに会いたがってる」
「! ココドラが?」
ダイゴさんのココドラには私もたくさんお世話になった。思わず顔を輝かせると、ダイゴさんは少しだけ複雑そうに片眉をあげて、苦笑を漏らす。
「ココドラに負けるとは」
「?」
「いや、いいよ。さあ外へ」
そっと背中に添えられた手に、ダイゴさんは外国の方だからか妙に距離が近いんだよね‥‥と緊張しつつ導かれる。大きく両方開け放たれた窓の外も、会場内ほどでは無いもののかなり広く、人やポケモンたちがのびのびとパーティを楽しんでいた。
「ココドラ」
呼びかけながらボールを放つと白い光とともにココドラが現れた。私とぱちんと視線が合い、ぱっと表情が明るくなる。大変可愛らしい。
〈ココ!〉
「わあココドラ!久しぶり!」
しゃがみこんで手を広げようとすると、慌てた様子でダイゴさんに腕を掴まれた。
「ハル?君はいまドレスだろう?無防備にしゃがみ込まないで」
「あっ」
厳しい声音のダイゴさんにぴたっと動きが止まった。さっきワンパチを撫でるのに思いっきりしゃがみこんでしまったが、言わない方が良さそうだ。でも嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねるココドラを思いっきり抱きしめたい。
「そこまで短い丈じゃありませんし、あ、ほら足を斜めにすれば大丈夫そうです!」
「……はぁ、私の後ろでならいいよ」
「はい!」
いそいそとダイゴさんの後ろへ回り、ココドラの前へしゃがみこむ。というか膝をついてしまえばいいやと途中で思い立ち、そのままよく手入れされた芝生へ膝をついた。
「……ハル、君って子は本当に」
「ココドラ久しぶりだね!?覚えていてくれて嬉しい!元気だった?」
「……」
〈ココ!ココ!〉
「ふふ、ココドラは可愛いね。そんなに慌てなくても私は逃げないから大丈夫だよ」
「……これ程までにココドラを羨ましいと思ったことは無いな」
「羨ましい??ええと、確かにココドラってとっても可愛いですよね?」
「そうだね……」
なんだか辟易した様子のダイゴさんに、やはり膝をつくのは少しはしたなかったかなとココドラを一撫でして立ち上がる。
「ありがとうございます、ダイゴさん。ココドラに会わせてくれて」
「いや、こちらこそ。メールではよくやり取りしていたけど元気にしていた?スオウ博士もお元気かな?」
「はい!私はお陰様で元気です。スオウ博士は相変わらずですが……あ、聞いてくださいダイゴさん!スオウ博士、私にフィールドワークだと嘘をついてこのパーティへ放り投げたんです!」
スオウ博士を知っている人にこの事を聞いて欲しかった。するとダイゴさんは目を瞬かせたが、やがてくすっと笑みを零して「本当に相変わらずのようだね」と目を細めた。
「本当に信じられない……せめて何か一言……」
「でもそのお陰で僕はハルに会えたよ」
「う……いや、はい……」
久々に眩い笑顔を真正面から受けてしまい、思わずぎゅっと強く両目を瞑ってしまう。視線の所在がなくふ、と落とせば、足元のココドラが私の様子を見て、不思議そうに首を傾げていた。癒される。
「ハルはもうホウエンには来ないのかい?来るときはぜひ連絡してほしいな。また新しい遺跡の発掘調査も進んでいてね」
「基本的にスオウ博士の要請での出張なんです……でもまたぜひホウエンにはお邪魔したいです!新しい遺跡も気になります!それとなくスオウ博士に話せばたぶん……興味をそそられると思うので向こうから……」
「ふふ、スオウ博士をそんな野生のポケモン観察のように言うのはこの世でハルだけだろうね」
「え゛っ!?あ、ど、どうかスオウ博士には内密に……」
「はは、わかったよ。ハルはなにか飲むかな?取りに行こうか?」
「そうですね、それにしてもソニア……どこに行ったのかな……」
「もう少しいいだろう?向こうにテーブルを取っているから……」
「あら!ハルじゃない!」
奥にテーブルがと促してくれようとするダイゴさんの動きが、ぴたりと止まる。聞き覚えのある、低め声音に色気が滲み、私を呼んだその人はシンオウチャンピオンだった。
「シロナさん!」
黒色のドレスがシックで大人っぽく、いつもよりすこし崩したヘアセットがとてもよく似合っている。思わず頬を紅潮させると、その様子をみてぱちっと追い打ちのウインクを飛ばされた。心臓に悪い。
「久しぶりね!まさかこのパーティに来ていただなんて、もしかしてスオウ博士の付き添い?」
「付き添いだったらどんなに良かったか……替え玉みたいなものです……」
「あら、じゃあスオウ博士はいらっしゃらないのね。残念、直接お話してみたかったわ。ね、ハル!あっちで少し話さない?」
ぱっとシロナさんが私の手を取って引き寄せた。周りから小さくきゃあっと悲鳴が上がる。
「し、シロナさん」
「シロナ?いま僕がハルをエスコートしようとしていたんだけど?」
人目が、と言葉をこぼそうとした私をダイゴさんが遮った。今までにこにこだったシロナさんの表情がさあっと曇る。怖い。
「嫌がる女性に言い寄るだなんてとても紳士の行動とは思えないわね?」
「嫌がってなんて無いさ。これが嫌がっているように見えるだなんて、君こそ彼女の様子がよく見えていないようだ」
「まあ、そうなのね。その素晴らしいレディファースト精神で私にハルと話す機会も譲って下さるのよね」
「あの、あの、よろしければ3人でお話を……」
「シロナ様!」
「ダイゴさーん!」
ヒートアップする2人を必死に宥めようとすると、またまた第三者に発言を阻まれた。振り向けば男女がそれぞれお2人を呼んでいる。
「こんなところでダイゴさんに会えるなんて光栄だわ!良かったらお話させてください!」
「前に講習会でバトルさせてもらった者です!覚えてますか!?」
その2人の突撃(といっても過言ではないくらいの勢いだ)を皮切りに遠巻きに眺めていた人達が、一気にダイゴさんとシロナさんの元へ押し寄せた。チャンピオンが2人並んでいるのだ、致し方ないことだとは思う。
「あ、あ、」
人の流れに押されて、いつの間にか2人の側から遠くへと追いやられる。2人には申し訳ないが、これ幸いと流れに逆らわず失礼することにした。
「(ソニア、傍にいてくれるって言ったのに!どこに行ったのかな……)」
外にはいないようだから、恐らく屋内のどこかにいるはずだ。きっと向こうもこちらを探しているだろう。はやく合流しなければ。
「きゃああ!」
「?」
屋内へと戻ろうとした私の足を、誰かの悲鳴が止めた。振り向けば庭先の隅で女性が悲鳴を上げ、慌てた様子でこちらへ逃げてくる。
「どうした!?」
「きゅ、急にヌメラがっ……!」
「ええ?」
「誰か呼んで!ヌメラがたくさん…!」
「(ヌメラ、って確か)」
この地方に生息しているドラゴンタイプのポケモンだったはずだ。みれば女の人の後ろに何人か、粘液を被ったらしいお客さんたちが泡を食って逃げ出している。
心配になり、ホールへ戻ろうとした足がみんなとは反対方向へ駆け出した。
「ええ?」
辿り着いたそこには、何体ものヌメラが椅子を倒し、テーブルの上に乗り、皿やグラスを好き勝手散らかしていた。お客さんたちは飛んでくる粘液から逃げようと、パニックになっている。
しかし何人かの若いトレーナーが果敢にも怯まずに、モンスターボールを放り投げた。ゴウカザルや、エレキッドが場に現れる。
「ゴウカザル!ヌメラたちにかえんほうしゃ!」
「エレキッド、ほうでん!」
「! ま、まって!」
慌ててなにも考えずにヌメラたちの前へ飛び出した。これではまたスオウ博士に怒られてしまう(あまり怒らせると減給になるのだ)が、咄嗟にとった行動だった。
驚いたゴウカザルとエレキッドはすんでのところで攻撃を引っ込めてくれる。よく育てられたポケモンだ。
「お、おい!なに考えてるんだよ!?」
「危ないじゃない!」
「ご、ごめんなさい、でも状況を見ずにいきなり攻撃を仕掛けるのは何かなぁというか」
[ヌメ!]
「わっ!?」
背後からヌメラが私に飛びかかった。男女のトレーナーがああ!と驚いた声を上げる。
「わ、わ、ちょっ、ちょっと」
[ヌメ〜!]
1匹のヌメラは肩に飛び乗ったかと思うと、そのまま私の頬にすりすりと擦り寄った。何匹かテーブルをぐしゃぐしゃにしていたヌメラたちも、足に擦り寄ってくる。
「(しまった、いつものやつ……)」
「ち、ちょっとあんた大丈夫なのか!?」
「い、一応、大丈夫、わ、わ、わぷっ」
顔に飛びかかられてはさすがに息が出来ずに後ろに倒れ込んだ。きゃあっと女の子の方のトレーナーが悲鳴をあげて、慌ててエレキッドに指示を出そうとしているのが聞こえてくる。
「だ、大丈夫、うぷ、傷つけないで!」
「で、でもっ」
「(あれ、ヌメラから甘い匂い、これ…)」
「何事だ!?」
また誰かの声がして、私の顔からヌメラが引き剥がされた。粘液で目が開けられない。大丈夫か!?と知らない声に声をかけられたが、果たして大丈夫なんだろうかと妙に冷静になってしまってあはは、と苦笑だけが漏れた。
「これで顔を」
「え、あ、」
握らされたのはタオルだった。助かる、すごく助かる。有難く受け取って顔の粘液を拭き取り、周りに集まってきた人たちに声を上げる。
「まって、待ってください!ヌメラに攻撃しないで!」
「? 君……」
タオルを渡してくれた人が困惑した声で、私の肩を支えてくれた。すみません、と断って私の膝に乗っているヌメラを落ち着かせるように撫でる。
「ヌメラ、あまいミツ誘われて来たんだよね?」
「え?」
「どうしてか分からないですけど、このテーブルにだけ、料理か……飲み物か、テーブル自体かにあまいミツが大量に混入しているかもしれません。ヌメラの身体からあまいミツの香りがして」
「ああっもしかして……」
人だかりの隅で眼鏡をかけた女性が顔面蒼白で、震えている。彼女の傍らにはアゲハントがきょとんした様子でひらひらと飛び回っていた。
「わ、わたしのアゲハントかもしれませんっ!ここに来るまでたくさん花の蜜を集めててっ、さっきもこのテーブルの装飾のお花が気に入ったみたいで、擦り寄ったりしててっ……」
「あー!なるほど!!」
「あ、君、」
ぱちんと手を打って、思わず立ち上がった。ヌメラが器用に私の肩へとよじ登って、落下を免れる。
「素晴らしいです!これだけのポケモンを魅了するあまいミツなんて、私、初めて見ましたよ!」
「ご、ごめんなさい、本当にっ」
「どうしてですか!?本当にこれは素晴らしいアゲハントの才能ですよ!」
「あ、え、で、でも皆さんにご迷惑を」
「あ、そうか、確かに騒ぎにはなってしまいましたね……で、でも大丈夫!オーキド博士のところへ私も行って事情を説明しますよ!それに怪我人だっていませんし!」
だから、と私は苦笑しながら彼女の背に隠れて申し訳無さそうにするアゲハントへ目を向けた。
「アゲハントを叱らないでくださいね」
「あ……」
ぱちくりと眼鏡の女性が目を瞬かせる。アゲハントはただ、私たちが息をするのと同じ、伸びをするのと同じように花の蜜を集めていただけだ。ヌメラたちだって、私たちが美味しそうなご飯の匂いに惹かれてしまうように、釣られてしまっただけ。
それを人間に都合が悪いからといって叱るのは、攻撃するのはなんだか、何だかとても悲しい事のようだから。
「ち、ちょっとハル!」
「あれ、ソニア」
「だいっ、大丈夫!?あんたすごい格好だけど!?」
「あ、これはその……」
「今すぐシャワー!ど、どうしよ、アタシおばあさまのとこにっ」
「この上に部屋を取ってる」
私以上にパニックになるソニアを落ち着かせるように、誰かの手がソニアの肩を抑えた。はっとソニアが顔を上げて、ぱちくりと目を丸くする。
「ダンデくん!?」
「(あ、タオルの)」
「久しぶりだな、ソニア。再会の挨拶は後で、この会場の上に部屋を取ってるからそこへ」
「あっ、そ、そうね!ほらハル!早く来て!」
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