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青く澄んだ空の向こうに、北の空からやってきたスバメたちが列を成して飛んでいるのが見えた。洗濯物がみんな出払って空になった編みかごを手にもち、何となしにそれを眺める。
午前中に済ませたいものは大方片付いた。あとは夕方にインテレオンと買い物に出て、夕食を作ったら、その後は少し勉強をして。
「ハルちゃん」
「! リイチさん」
ぼんやりと予定を頭の中で組み立てていると、ひょっこり裏庭の出入口から現れたのは、白いパーカーの青年だった。深めの青のジーパンに、真っ白なパーカーをラフに着こなす彼はどう見ても大学生にしか見えないが、私よりも歳上のスオウ博士と同い年である。
お医者さんのいないこの小さな村で、希少な医学の知識のある人だ。
「やっほー。どう?具合」
「はい、随分良くなりました。夜も眠れますし、ご飯もちゃんと食べてますよ」
「またインテレオンが無理やり食べさせてない?あの子、この間スオウの口に無理やりサンドイッチ突っ込もうとして投げ飛ばされてるの見たよ」
けらけらと笑うリイチさんに、私はくすりと苦笑する。その様子をみて、リイチさんはふわ、と目尻を和らげた。
「笑顔が出るようになったね、ハルちゃん」
「あ・・・」
「いいこといいこと。ここのポケモンたちは君にとても親切だし、いくらスオウが無骨で頑固者でデリカシーが無くてもへっちゃらだね」
「どこの誰が無骨で頑固者でデリカシーが無いって?」
芝生に混ざった砂利を踏むざり、と音がして、振り向くと眉間に皺を寄せたスオウ博士がこちらへと近づいて来ているところだった。リイチさんから「げっ」と思わずといったような声が漏れる。
「すおーいたの?」
「ふん、たまたまだ。ハル、頼みたいことができたから来い」
「あっはい!」
「お前は用がないならさっさと行け、暇人め」
「そういうとこなんだけど、すおーってほんとすおーだね。いーもん、インテレオンに珈琲いれてもらおっと」
マイペースにパーカーのポケットに両手をいれ、家主のスオウ博士の横を悠々すり抜けると、そのまま勝手口から中へと入ってしまった。思わずもれた私の苦笑と、スオウ博士のため息が重なる。
「資料をまとめるのを手伝ってくれ」
「はい、スオウ博士」
やれやれといった様子でスオウ博士がリイチさんの背中に、「あと2人分追加でお前がもってこい!」と傍若無人に声掛けた。
「今度はなんの資料ですか?」
「セレビィの遺跡の件だ。それに関するあれやこれや、オーキド博士に送らないといけない」
「セレビィ!えっと、確か時渡りポケモンですね」
「ふん、俺が貸し与えた本をちゃんと読んでいるようだな」
「はい、スオウ博士から借りる本はどれも面白いので」
元々、本を読むのは嫌いではないしこちらの歴史書やそういった本は私の元の世界の伝承と絡めてあったりして読んでて面白い。こちらの世界のことも知ることができるし、私からすれば一石二鳥というわけだ。
「・・・」
「?」
ちらと横目で私を見やったスオウ博士とぱちりと目が合う。思わずきょとんとするが、スオウ博士は相変わらず何を考えてるか分からないポーカーフェイスで視線を逸らした。
「今日は森のポケモンたちの様子は?」
「昨日入り込んだトレーナーさんとバトルしたときに、オオタチが怪我をしてしまって。その子の治療が経過観察中って感じです。あとはいつも通り、特に変わりありません。あ、ムクバードに珍しい木の実のなる木を教えてもらったので、後で図鑑で調べようかなって」
「・・・・・・全くお前のそれは本当になんなのか分からんな」
そうなのだ。
自分からこの能力をプレゼン、ゴリ押ししてスオウ博士の助手の座へ転がり込んだものの、私自身この異様にポケモンに好かれる体質の原因が良く分からない。
「さあ・・・・・・なんかフェロモン的なのが出てるんですかね・・・・・・・・・」
「解剖でもしてみるか」
「え!?冗談ですよね」
「6割な」
「あとの4割は!?」
最初の何日かは眠れない日が続き、元の世界が恋しくて枕を濡らした日々だった私も、この博士の傍若無人っぷりの鞭とインテレオンの過剰なくらい過保護の飴にすっかり慣らされていた。
インテレオンはもちろん優しくて親切で、スオウ博士は無愛想で厳しい人だけれどそれでも能力のある人だった。
軽口を叩き合いながら博士の書斎へと踏み込めば、デスクパソコンがチカチカっと光って着信を知らせている。分かりやすく博士が顔をしかめた。最近知ったのだが、赤く光るのはオーキド博士からの着信だ。
「はー・・・・・・・・・」
「私、隅で大人しくしてますね」
「いや、いい。いろ。早く通話を終わらせるのに使う」
「と、とんでもないこと言わないでください」
「はい、スオウです」
私の言葉を完全に無視して、博士は椅子に座るとさっさと応答のスイッチをクリックしてしまった。隠れる暇もなく、博士の背景に私まで映し出される。
【おお!スオウくん】
「どうも」
【いやーよかったよかった。あと10回くらいで諦めようと思っとったが】
ぴくっとスオウ博士の口の端が動く。思わず心の中で悲鳴を上げてしまった。オーキド博士、頼むからスオウ博士の機嫌を損ねないで・・・・・・!
「何か急ぎの用でしたか?」
【そうじゃそうじゃ、実はなあ、たまたま知り合いの伝手でそっちからカントー方面行きの飛行機が格安で取れそうでなあ!例のセレビィの遺跡、やはり1度見に来ないか?】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・写真と動画と文献を送って頂きましたし、またの機会に検討します」
「(行きたいけど出不精のが勝ってる感じだなあ・・・・・・)」
【そう言って、いつも先延ばしじゃろう!ん?おお!君は!】
そこで背景の1部と貸していた私と、オーキド博士の視線がぱちりと合った。思わずしゃきっと背筋が伸びる。
【本当に助手を取ったのか!ワシが何度推薦しても断っていたスオウくんがなぁ】
「余計なことは仰らないでください」
【話は聞いていたが、こうして話すのは初めてじゃな。ワシはオーキドという。君は、ハルくんだったかな?】
「は、はい、初めまして」
【ふむふむ、素直そうで良いじゃないか。ハルくんもスオウくんを説得してくれんか?頑固者でのう】
「えっ」
初対面でなんという無茶振りをする方だろうか。いや実質初対面ではないけど、もっとこう面倒見のいい感じのおじいさんだったような、なんだか印象が違う?
【ハルくんもこちらに1度見に来た方がいいと思うじゃろう?】
「え、あ、あはは、そうですよね!そちらはとても良いところだと聞きますし、遺跡を生で見られるのは魅力的ですし・・・・・・可能なら私が行きたいくらいで」
「・・・」
【お、本当かい?】
「え」
社交辞令、その場のノリ、口が滑って?様々な言い回しが頭の中を転がった。オーキド博士はにこっと笑みを浮かべて目を細め、それなら!と画面になにかのチケットを突きつけた。
【もちろん!君でも歓迎じゃ!】
「あっ!?えっ!?」
「・・・・・・」
はーっとスオウ博士は深いため息をつくばかりで、私を助ける素振りを見せてはくれなかった。私とは目を合わせずに呆れ顔でオーキド博士を見やる。
「こいつは事情があって預かっているだけで、死ぬほど世間知らずでして。まだ外に出すには未熟ですが」
【なぁにを言っておる!10歳でポケモンを持ち、旅に出る子供たちはたくさんいるぞ!そうじゃ!ポケモントレーナーになりなさい!】
「ア、ア、アノ‥‥」
キラキラと瞳を輝かせるオーキド博士に、私はひええと肩を跳ねさせ慄く。頭をフル回転させてスオウ博士の面子を保ちつつ、かつオーキド博士の提案をなんとかして無下にしないような穏便な断り文句を探す。
しかし子供のような純粋な眼差しを受け、言葉が出てこない。
【そちらでは最初のポケモンはもらえないからな、こちらに来て受け取るといい!】
「・・・・・・おい、お前が選べ」
「え!?」
おそらく考えることが面倒になったスオウ博士が、全くもって興味なさそうな表情でようやく私と視線を合わせてくれた。本人の意思確認は別室でやってくれないかなぁ!?
「あ・・・・・・わたし、は・・・・・・・・・」
喘ぐように言葉をこぼしながらも、必死に考えをかき集める。どうしたらいい?私はどうしたい?ポケモントレーナー、ポケモンを育て戦わせ、旅をする。そういう人たち。けれど、それって。
「・・・・・・」
ギャロップの体を撫でたときに、指先から伝わった僅かな熱を思い出す。血潮の流れる、滑らかな首元を、轟々と燃え盛る鬣の紅蓮を。
「・・・・・・私は、ポケモントレーナーには、なれない、かなと」
【んん?】
「・・・・・・ごめんなさい、研究は手伝います。けれど自分のポケモンを持つのは」
「・・・」
スオウ博士が相変わらずのポーカーフェイスで私を見つめているのが、視線を下げていてもわかった。やがていつもよりかは控えめなため息が聞こえる。
「研究員の権限でも、ポケモンセンターだとかの利用は可能ですよね?」
「え?」
【ん?】
「特別な権限をもつ研究員なら、トレーナーと同じ施設の利用なりの資格を与えられたはずです。俺のを助手としてこいつに委託する。手続きを踏めば可能ですよね?」
【んん、ああ、そうだなあ】
「というかそれで通してください。この間のまとめの期限、だいぶ無理やり早めに上げた貸しはそれでいいです」
【うぐっ・・・・・・君というやつは相変わらず・・・・・・】
「なにか文句が?」
オーキド博士はぐぐぐと潰されたカエルのように唸っていたが、まあそれくらいなら・・・と頷いてくれた。まるでテニスのラリーのようにぽんぽんと交わされた会話に、私だけが取り残される。
「あ、あの・・・」
【うむ、そうしたら近いうちに君のトレーナーカードを発行しよう。チケットと一緒に送るからこちらへ来る日取りを打ち合わせしようじゃないか】
「あ、え?え?」
「分かりました。じゃあ俺は忙しいのでこれで」
【え!?待ちなさい今からこの間君が送ってくれt】
まだオーキド博士がなにか話されているというのに、スオウ博士は容赦なく回線を切断した。私はといえばまだ思考が追いついてない。きょとんと目を瞬かせている。
「間抜け面だな」
「す、スオウ博士!?なにか私がカントー地方へ向かうみたいな話になってたような気がするんですが!!?」
「気がするというかそうなったんだよ」
「は!?」
「珈琲おまたー」
「どういうことですか!?」
「え!?なに!?」
呑気にデスクの椅子にもたれ掛かるスオウ博士へ思わず怒鳴りつける形になってしまった私に、スオウ博士でなく珈琲カップを持ってきてくれたキイチさんが肩を跳ねさせた。後ろのインテレオンもきょとんとしている。
[レオレー!?]
「どーしたの、大きい声出して」
「わた、わたし・・・・・・」
「お前が言ったんだろ」
動揺で呆然とする私に対して、スオウ博士はキイチさんから珈琲カップを受け取り、マイペースに口をつける。
「人間の自分の手が必要になる部分もあるんじゃないか、そこで役に立てる」
「うっ」
「お前の有難い申し出を受けただけだ」
「そ、それはたしかに・・・・・・言いましたが・・・・・・」
「ハルちゃんどっか行くの?」
[レオ!?]
インテレオンが元より青い顔を更に真っ青にして、持っていたトレイから手を離す。ぎゃー!?と悲鳴を上げ、素晴らしい反射神経でリイチさんがトレイを受け止めた。
[レオレ!?レオ!!!?]
「うっ、インテレオン‥‥揺らさないで‥‥」
「インテレオン、荷造りを手伝ってやれ」
パニックに陥るインテレオンに、スオウ博士は全く説明する気がないらしく珈琲をリイチさんのトレイから取るとさっさと部屋を出ていってしまった。
「とりあえずインテレオン!落ち着いて!!ハルちゃん離しなさい!!」
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