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「やりません」
思ったよりも冷たい声が出て、画面に少しだけ反射した自身の表情もそれはそれは冷たいものだった。画面に写し出された通話画面の相手は苦笑している。
【そう邪険にしないで、もう一度考えてみてはくれんかのぅ】
「オーキド博士、何度仰られても俺はやりません。提出はしますが発表は別の方をたてて頂ければ」
【ふーむ、困ったのぅ】
からから笑うその人が本当はそんなに困ってないことを俺は知っている。最終的にはあの手この手で俺をメディアへと引っ張り出すつもりだろう。
ちらりとデスク上の今回提出した研究発表の資料へ視線を移し、バレないようにため息をつく。オーキド博士の催促はこれでもう何度目になるだろうか、一研究者から小さいながらもこうして自身の研究所を持てたことにはオーキド博士に大いに感謝している。
しかしそれとこれとは話は別だ。
「メディアに出ない、新人トレーナーへポケモンの受け渡しを免除する代わりに様々な学会へ提出する何やら云々、博士から指示のあったもの俺は最大限やっています。話が違います」
【しかしなぁ、メディアも我々も君に興味があるのだよ。みんなが君を知りたがっておる】
「アリガタイカギリデスネ」
【せめて棒読みをやめんか・・・】
今度こそ、隠すことなくため息をついた。オーキド博士は変わらずに片眉を下げ、まるで反抗期の子供でも相手にするように余裕綽々な表情で肩をすくめている。
「博士、そろそろ時間なので」
【むっ・・・まあ今日のところは仕方ないかのぅ。また今度、美味しいものでの食べながら話すとしよう。一度、マサラタウンにも来るといい】
「・・・前向きに検討します」
【うむ!ではな】
辟易した俺の表情を全スルーして、オーキド博士は呑気ににこにこと笑顔で手を振り、やがて通話画面はぷつんと切れた。
「・・・」
これで催促は何度目だ。
俺が進捗報告の連絡を入れる度にじゃないか?もう一度ため息をついて椅子の背もたれに体重を預けると、控えていたインテレオンがそっと傍らに珈琲カップを置く。
「ああ、悪い」
執事さながらににっこりと笑みを浮かべて、また部屋の清掃へと戻る相棒の背中を見送り、有難く珈琲カップへと口をつける。インテレオンの珈琲を淹れる腕が日に日に上達しているように感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
そんなことよりもオーキド博士のこの催促だ。どうにかしなければ。メディアやら世間の目から逃れるために、こんな僻地へと研究所を構えたというのにこれではなんの意味もない。
「(まあとりあえず・・・大きな案件は終わったし、次の指示があるまで暫くはゆっくり出来るか)」
だらしない体勢のまま、カチカチとマウスを操作してスケジュールを開けば、しばらくオフの時間がゆっくりと取れそうだ。インテレオンを連れて何処か遠くまでフィールドワークにでも行くか?いや、めんどくさい・・・。出来れば外には出たくない。
「インテレオン、ここの清掃はいいから買い物に・・・・・・インテレオン?」
日も傾いてきた、そろそろ夕飯の買い物に行かなければと先ほどまで部屋で本棚の本を整理整頓していたインテレオンに声をかけたが、返事がない。背もたれに預けていた身体を起こせば、いつの間にかインテレオンの姿はなかった。
「?」
立ち上がって書斎を出る。
名前を呼ぶが、インテレオンの応答はない。階段を降り、キッチンの方へと足を向ければインテレオンが慌てた様子で勝手口から室内へと飛び込んできた。
[ウォレン!]
「うわっ!?どうした」
いつも紳士的で冷静沈着なインテレオンがわたわたと慌て、何かを伝えようとするが生憎俺には全くなにを言っているのかわからない。やがて痺れを切らしたらしく、ついてこいというジェスチャーをしてまた勝手口から外へと飛び出した。
「なんなんだ・・・」
でも意味もなく悪戯にこういったことをするやつではない。もしかしたらまた裏手の森でなにかあったのかもしれない。
この森は俺がこの場所に研究所を構えることになった理由の1つだった。森は深く、緑も濃く、中央には大きな川も流れ自然豊かな場所だが、森に住むポケモンたちは気性が荒く、レベルの高いものが多い。
たまに無謀なトレーナーが入り込んで、すこぼこにされては放り出されるので門番のような役目を仰せつかっている。新人トレーナーを相手にするよりは些か乱暴に扱ってもいいので、気楽だった。
「(けどインテレオンもそれには慣れてるはずなのになにをそんな・・・)」
取り乱して、と訝しげにインテレオンの背中に追いついた俺の目に飛び込んできたのは、いつも一切研究所には寄り付かないポケモンたちが何十頭かずらっと森の入口に揃っている異様な光景だった。
「は・・・?」
この森のポケモンたちは気性が荒いやつらが多い上に、警戒心も強く滅多に森の外へ出てくることは無い。そんなポケモンたちが森の入口へと集まり静かにこちらを見つめている。
「(なんだ?こいつらにこの研究所と俺の存在の認識はあったと思うが、向こうから接触してきたことなんて・・・)」
[ウォレン!]
インテレオンが惚けている俺に向かって、また鋭く鳴いた。はっと我に返り、よくよくポケモンたちを見ればこいつらは何かを守るように取り囲んでいる。
ポケモンたちの間に細く白い人の足が見えた。
「・・・?」
ますますわからない。
ここ森のポケモンたちがわざわざトレーナーを森の入口まで連れてきた?手持ちポケモンが全て瀕死になったトレーナーは森から転がり出てきてこの研究所に助けを求めてくるのが常で、ポケモンたちは相手に戦意が無くなればもう相手にはしなくなる。今までこんなこと1回も。
[レオ、]
インテレオンまでもがおろおろと心配そうにそのポケモンたちの輪を見つめている。はやく様子を見てほしいとでも言いたげに。
「・・・」
そっと足をポケモンたちへと向けたが、ポケモンたちは一切動かない。戦闘態勢を取るでもなく、ただ僅かな警戒心を含んで静かにこちらを見つめているだけだ。
「・・・俺になにか用か」
ゆっくりと足を進めれば、ポケモンたちはささっとその輪を広げた。俺にその輪の中心を見せるように。
「・・・」
やはり人間だ。
ポケモンたちに守られるように、輪の中心に横たわっているのは黒髪の女だった。トレーナーかと思ったが、格好が些か安易すぎる。薄手の白いシャツに黒いスラックス、しかも靴を履いておらずその足は土で汚れてしまっている。
「こいつは?」
ポケモンたちは答えず、やがて1匹のギャロップが鼻先で女の肩の辺りを押した。俺に託すような仕草だった。
「・・・」
女の傍らにしゃがみこんで、首の辺りに指を当てる。脈は静かだが確かに動いている。遺体を不憫に思って運んできたのかと思いついたが、どうやら違うようだ。
助けて欲しい。
ポケモンたちは変わらずに静かな瞳で俺の様子を見守る。言葉なんてわからないが、そう訴えられているように感じた。
「・・・わかった。こいつは預かる。おい、インテレオン」
命ずるよりも早くインテレオンはさっと腕を女の体の下へ通し、抱え上げようとする。それを見たギャロップを筆頭に何匹ものポケモンたちが別れを惜しむように鼻先を擦りつけたり、女の手に触れたりした。
動きを阻まれたインテレオンが困ったように小さく鳴く。
「・・・おい!もう連れてくぞ!」
痺れを切らし、しっしっと腕を振ってポケモンたちから女を引き離す。そこで初めてポケモンたちは抗議の鳴き声を上げたのだった。
「やかましい!インテレオン!早く連れてこい!」
それから丸1日ほど経ってもその女は懇々と眠り続けた。この近くの村には医者は擬きしかいないし、どうしたもんかと辟易している俺を置いて、インテレオンは甲斐甲斐しく女の面倒をみた。
汗を拭いてやり、水を飲ませてやり、布団をかけてやり、それはそれは女を花よ喋よと大切に世話をしたが、女は目を覚まさない。
「(家出・・・こんな僻地まで家出?それになにか妙というか・・・あの森のポケモンたちがえらく執着してるような・・・)」
女の傍らに椅子を引き寄せ座り、ぼんやり考えながら鬱陶しそうな前髪をなんとなしに指先で退けてやる。すると今までインテレオンがなにをしても目を覚まさなかったのが、身動ぎし、ゆっくりと瞼が開いた。
「・・・いま起きるのか」
「・・・ぁ、・・・?」
あれだけせっせと丹精込めて世話をしていたインテレオンが少し不憫になり、思わずそう呟いたが女はそれには答えずに掠れた声が小さな唇から漏れた。
「え、・・・こ・・・」
「俺のポケモン研究所だ。俺はスオウ、ここの責任者」
「・・・?? ぽけ・・・?」
「起きたのならなにか食べた方がいいな」
まだ意識がぼんやりしているようで、拙い返答にこれ以上なにを言っても有益な情報は得られないと判断して立ち上がる。インテレオンに声をかけてくるか、と部屋を出た俺の背後で女はさーっと表情を青くさせていた。
「ぽけもん・・・?」
☆
[レオレーー!!]
「ア、ア、ア」
「インテレオン、離してやれ」
冷蔵庫を開けると、夕食の残りのシチューがあったので温めて女の元へ戻れば、いつの間にやってきたのかインテレオンが体を起こした女をしっかりと抱きしめているところだった。
女はといえば、青い顔で固まっている。大事に世話した彼女が目を覚ましたので嬉しい気持ちは察せるが、あんまりな表情で震える女を見兼ねて助け舟を出した。
「ほら、食べられるか」
「あ・・・」
器を手渡すと女は少し躊躇ったが素直に受け取った。受け取った際に香りが鼻をかすめたのか、あ、という顔をしてぱちくりと目を瞬かせながら器の中身のシチューを見つめている。
「なんだ、牛乳アレルギーだったりするか」
「あっ、い、いえ」
ぶんぶん首を振り、おそるおそる木のスプーンを口へと運ぶ。すると、さっきみたいな顔をしてやがて悲痛に顔を歪めた。口に合わなかったか?
「シチュー、だ」
「? ああ」
「・・・」
なにかを深刻に考え込むように、女は器の中のシチューへ再び視線を落とす。インテレオンはにこにこと彼女の傍らに寄り添った。
「あの、ここはポケモン研究所、なんですか」
「そうだ」
「・・・ここって、なんという街ですか」
「ここはイッシュ地方寄りの土地だが・・・ま、端の端、僻地の田舎町だよ」
「と、東京という場所はここから近いですか」
「トウキョー?」
そんな地方あったかな、とポケットから端末を取り出し操作する。特にピンとくる検索結果は出なかった。
「俺は聞いたことないが・・・検索結果も特に出ないな・・・地名は合っているか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
顔に影を落として、女は俯いた。
ゆっくり何度も瞬きして、意味もなく器のシチューをスプーンでかき混ぜている。
「あの、わ、たし」
「なんだ」
「け、警察とかに引き渡されるんでしょうか」
「ん?」
突然出てきた単語に思わず訝しげに眉をひそめてしまう。女はこちらに視線はやらないまま、シチューを一点に見つめて顔を青くして震えていた。
「・・・」
やはりなにか、訳アリか。
警察に引き渡されるのをひどく恐れている。俺からの回答を待つ女をそのままに、ふむと思案した。たしかに警察に引き渡した方が安全策というか安牌というか、何より俺にこの女を引き止めるメリットも理由も無いのでそうするのがいいだろう。
「ああ、」
頷いてその通りだ、と同意しようとした俺の言葉をさっきまでにこにこと笑みを浮かべていたインテレオンが鋭く鳴き声をあげ、遮った。
[ウォレン!!]
「ひっ!?」
女の肩がびくっと震える。
インテレオンは何やら怒りを浮かべた表情で、俺を見つめていた。
「インテレオン?」
[レオ、ウォレオン!]
なにかを訴え、説得するような鳴き方だった。なにを言っているかはさっぱりだが。
「落ち着け、インテレオン。彼女のためにもきちんと家に・・・」
立ち上がって、インテレオンを宥めようとした俺の視線にふっと光がよぎる。ふいにそちらに目をやれば、森の入口が見えた。
「・・・!」
その入口にはあのギャロップが1匹だけで佇んでいた。あの時と同じ静かな瞳でこちらを見つめているのがわかる。
「(何なんだ。こいつに一体なんでそこまで固執する?)」
冷や汗が伝う感覚。
それなのに、いつの間にか自分の口元に笑みが宿るのがわかる。
「おもしろい」
「え・・・?」
困惑した女の声につられ、窓から視線を移す。はじめて真正面から見た女の、少し色素の薄い瞳が揺れている。
「事情は分からないが、体が完治するまでここにいても構わない」
「えっ・・・」
[ウォレン!]
先程までの威嚇するような(主に向ける態度としては全くもって不遜である)様子から一変して、インテレオンは「流石!」とでもいいたげなキラキラした瞳でこちらに飛びかかってこようとする。それをさっと避け、言葉を続けた。
「まだ所々に怪我もあるし、顔色も良くないしな。それにここは小さな村で警察署も無ければ医者も擬きしかいない。残念ながらきちんとした病院へ連れていくには少々骨も折れる」
「・・・」
「とにかく包帯が取れるまでは安静にしていろ。歩けるなら研究所の周りやらどこに出てもいいが、ラボと俺の書斎には入るなよ。大事な資料やらデータやらがあるからな」
「あ、え、えっと、はい」
「インテレオンはこのままこいつの面倒をみろ。俺は必要最低限しかやらないぞ。お前がごねたのだからお前が責任をもて」
[レオレオッ!!]
「寄るな」
「あ、あの」
女がなにか言いたげに口を開いた瞬間に、ピピピと電子音が鳴りそれを遮った。ポケットから端末を取り出し、思わずぐっと眉間に皺を寄せる。
「はぁ、本当にしつこい」
[ウレオン?]
「またあの爺だ。俺は仕事に戻る」
パッと踵を返し、さっさと部屋を出る。引き止めるような声が聞こえたが、俺は足をとめなかった。
→
思ったよりも冷たい声が出て、画面に少しだけ反射した自身の表情もそれはそれは冷たいものだった。画面に写し出された通話画面の相手は苦笑している。
【そう邪険にしないで、もう一度考えてみてはくれんかのぅ】
「オーキド博士、何度仰られても俺はやりません。提出はしますが発表は別の方をたてて頂ければ」
【ふーむ、困ったのぅ】
からから笑うその人が本当はそんなに困ってないことを俺は知っている。最終的にはあの手この手で俺をメディアへと引っ張り出すつもりだろう。
ちらりとデスク上の今回提出した研究発表の資料へ視線を移し、バレないようにため息をつく。オーキド博士の催促はこれでもう何度目になるだろうか、一研究者から小さいながらもこうして自身の研究所を持てたことにはオーキド博士に大いに感謝している。
しかしそれとこれとは話は別だ。
「メディアに出ない、新人トレーナーへポケモンの受け渡しを免除する代わりに様々な学会へ提出する何やら云々、博士から指示のあったもの俺は最大限やっています。話が違います」
【しかしなぁ、メディアも我々も君に興味があるのだよ。みんなが君を知りたがっておる】
「アリガタイカギリデスネ」
【せめて棒読みをやめんか・・・】
今度こそ、隠すことなくため息をついた。オーキド博士は変わらずに片眉を下げ、まるで反抗期の子供でも相手にするように余裕綽々な表情で肩をすくめている。
「博士、そろそろ時間なので」
【むっ・・・まあ今日のところは仕方ないかのぅ。また今度、美味しいものでの食べながら話すとしよう。一度、マサラタウンにも来るといい】
「・・・前向きに検討します」
【うむ!ではな】
辟易した俺の表情を全スルーして、オーキド博士は呑気ににこにこと笑顔で手を振り、やがて通話画面はぷつんと切れた。
「・・・」
これで催促は何度目だ。
俺が進捗報告の連絡を入れる度にじゃないか?もう一度ため息をついて椅子の背もたれに体重を預けると、控えていたインテレオンがそっと傍らに珈琲カップを置く。
「ああ、悪い」
執事さながらににっこりと笑みを浮かべて、また部屋の清掃へと戻る相棒の背中を見送り、有難く珈琲カップへと口をつける。インテレオンの珈琲を淹れる腕が日に日に上達しているように感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
そんなことよりもオーキド博士のこの催促だ。どうにかしなければ。メディアやら世間の目から逃れるために、こんな僻地へと研究所を構えたというのにこれではなんの意味もない。
「(まあとりあえず・・・大きな案件は終わったし、次の指示があるまで暫くはゆっくり出来るか)」
だらしない体勢のまま、カチカチとマウスを操作してスケジュールを開けば、しばらくオフの時間がゆっくりと取れそうだ。インテレオンを連れて何処か遠くまでフィールドワークにでも行くか?いや、めんどくさい・・・。出来れば外には出たくない。
「インテレオン、ここの清掃はいいから買い物に・・・・・・インテレオン?」
日も傾いてきた、そろそろ夕飯の買い物に行かなければと先ほどまで部屋で本棚の本を整理整頓していたインテレオンに声をかけたが、返事がない。背もたれに預けていた身体を起こせば、いつの間にかインテレオンの姿はなかった。
「?」
立ち上がって書斎を出る。
名前を呼ぶが、インテレオンの応答はない。階段を降り、キッチンの方へと足を向ければインテレオンが慌てた様子で勝手口から室内へと飛び込んできた。
[ウォレン!]
「うわっ!?どうした」
いつも紳士的で冷静沈着なインテレオンがわたわたと慌て、何かを伝えようとするが生憎俺には全くなにを言っているのかわからない。やがて痺れを切らしたらしく、ついてこいというジェスチャーをしてまた勝手口から外へと飛び出した。
「なんなんだ・・・」
でも意味もなく悪戯にこういったことをするやつではない。もしかしたらまた裏手の森でなにかあったのかもしれない。
この森は俺がこの場所に研究所を構えることになった理由の1つだった。森は深く、緑も濃く、中央には大きな川も流れ自然豊かな場所だが、森に住むポケモンたちは気性が荒く、レベルの高いものが多い。
たまに無謀なトレーナーが入り込んで、すこぼこにされては放り出されるので門番のような役目を仰せつかっている。新人トレーナーを相手にするよりは些か乱暴に扱ってもいいので、気楽だった。
「(けどインテレオンもそれには慣れてるはずなのになにをそんな・・・)」
取り乱して、と訝しげにインテレオンの背中に追いついた俺の目に飛び込んできたのは、いつも一切研究所には寄り付かないポケモンたちが何十頭かずらっと森の入口に揃っている異様な光景だった。
「は・・・?」
この森のポケモンたちは気性が荒いやつらが多い上に、警戒心も強く滅多に森の外へ出てくることは無い。そんなポケモンたちが森の入口へと集まり静かにこちらを見つめている。
「(なんだ?こいつらにこの研究所と俺の存在の認識はあったと思うが、向こうから接触してきたことなんて・・・)」
[ウォレン!]
インテレオンが惚けている俺に向かって、また鋭く鳴いた。はっと我に返り、よくよくポケモンたちを見ればこいつらは何かを守るように取り囲んでいる。
ポケモンたちの間に細く白い人の足が見えた。
「・・・?」
ますますわからない。
ここ森のポケモンたちがわざわざトレーナーを森の入口まで連れてきた?手持ちポケモンが全て瀕死になったトレーナーは森から転がり出てきてこの研究所に助けを求めてくるのが常で、ポケモンたちは相手に戦意が無くなればもう相手にはしなくなる。今までこんなこと1回も。
[レオ、]
インテレオンまでもがおろおろと心配そうにそのポケモンたちの輪を見つめている。はやく様子を見てほしいとでも言いたげに。
「・・・」
そっと足をポケモンたちへと向けたが、ポケモンたちは一切動かない。戦闘態勢を取るでもなく、ただ僅かな警戒心を含んで静かにこちらを見つめているだけだ。
「・・・俺になにか用か」
ゆっくりと足を進めれば、ポケモンたちはささっとその輪を広げた。俺にその輪の中心を見せるように。
「・・・」
やはり人間だ。
ポケモンたちに守られるように、輪の中心に横たわっているのは黒髪の女だった。トレーナーかと思ったが、格好が些か安易すぎる。薄手の白いシャツに黒いスラックス、しかも靴を履いておらずその足は土で汚れてしまっている。
「こいつは?」
ポケモンたちは答えず、やがて1匹のギャロップが鼻先で女の肩の辺りを押した。俺に託すような仕草だった。
「・・・」
女の傍らにしゃがみこんで、首の辺りに指を当てる。脈は静かだが確かに動いている。遺体を不憫に思って運んできたのかと思いついたが、どうやら違うようだ。
助けて欲しい。
ポケモンたちは変わらずに静かな瞳で俺の様子を見守る。言葉なんてわからないが、そう訴えられているように感じた。
「・・・わかった。こいつは預かる。おい、インテレオン」
命ずるよりも早くインテレオンはさっと腕を女の体の下へ通し、抱え上げようとする。それを見たギャロップを筆頭に何匹ものポケモンたちが別れを惜しむように鼻先を擦りつけたり、女の手に触れたりした。
動きを阻まれたインテレオンが困ったように小さく鳴く。
「・・・おい!もう連れてくぞ!」
痺れを切らし、しっしっと腕を振ってポケモンたちから女を引き離す。そこで初めてポケモンたちは抗議の鳴き声を上げたのだった。
「やかましい!インテレオン!早く連れてこい!」
それから丸1日ほど経ってもその女は懇々と眠り続けた。この近くの村には医者は擬きしかいないし、どうしたもんかと辟易している俺を置いて、インテレオンは甲斐甲斐しく女の面倒をみた。
汗を拭いてやり、水を飲ませてやり、布団をかけてやり、それはそれは女を花よ喋よと大切に世話をしたが、女は目を覚まさない。
「(家出・・・こんな僻地まで家出?それになにか妙というか・・・あの森のポケモンたちがえらく執着してるような・・・)」
女の傍らに椅子を引き寄せ座り、ぼんやり考えながら鬱陶しそうな前髪をなんとなしに指先で退けてやる。すると今までインテレオンがなにをしても目を覚まさなかったのが、身動ぎし、ゆっくりと瞼が開いた。
「・・・いま起きるのか」
「・・・ぁ、・・・?」
あれだけせっせと丹精込めて世話をしていたインテレオンが少し不憫になり、思わずそう呟いたが女はそれには答えずに掠れた声が小さな唇から漏れた。
「え、・・・こ・・・」
「俺のポケモン研究所だ。俺はスオウ、ここの責任者」
「・・・?? ぽけ・・・?」
「起きたのならなにか食べた方がいいな」
まだ意識がぼんやりしているようで、拙い返答にこれ以上なにを言っても有益な情報は得られないと判断して立ち上がる。インテレオンに声をかけてくるか、と部屋を出た俺の背後で女はさーっと表情を青くさせていた。
「ぽけもん・・・?」
☆
[レオレーー!!]
「ア、ア、ア」
「インテレオン、離してやれ」
冷蔵庫を開けると、夕食の残りのシチューがあったので温めて女の元へ戻れば、いつの間にやってきたのかインテレオンが体を起こした女をしっかりと抱きしめているところだった。
女はといえば、青い顔で固まっている。大事に世話した彼女が目を覚ましたので嬉しい気持ちは察せるが、あんまりな表情で震える女を見兼ねて助け舟を出した。
「ほら、食べられるか」
「あ・・・」
器を手渡すと女は少し躊躇ったが素直に受け取った。受け取った際に香りが鼻をかすめたのか、あ、という顔をしてぱちくりと目を瞬かせながら器の中身のシチューを見つめている。
「なんだ、牛乳アレルギーだったりするか」
「あっ、い、いえ」
ぶんぶん首を振り、おそるおそる木のスプーンを口へと運ぶ。すると、さっきみたいな顔をしてやがて悲痛に顔を歪めた。口に合わなかったか?
「シチュー、だ」
「? ああ」
「・・・」
なにかを深刻に考え込むように、女は器の中のシチューへ再び視線を落とす。インテレオンはにこにこと彼女の傍らに寄り添った。
「あの、ここはポケモン研究所、なんですか」
「そうだ」
「・・・ここって、なんという街ですか」
「ここはイッシュ地方寄りの土地だが・・・ま、端の端、僻地の田舎町だよ」
「と、東京という場所はここから近いですか」
「トウキョー?」
そんな地方あったかな、とポケットから端末を取り出し操作する。特にピンとくる検索結果は出なかった。
「俺は聞いたことないが・・・検索結果も特に出ないな・・・地名は合っているか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
顔に影を落として、女は俯いた。
ゆっくり何度も瞬きして、意味もなく器のシチューをスプーンでかき混ぜている。
「あの、わ、たし」
「なんだ」
「け、警察とかに引き渡されるんでしょうか」
「ん?」
突然出てきた単語に思わず訝しげに眉をひそめてしまう。女はこちらに視線はやらないまま、シチューを一点に見つめて顔を青くして震えていた。
「・・・」
やはりなにか、訳アリか。
警察に引き渡されるのをひどく恐れている。俺からの回答を待つ女をそのままに、ふむと思案した。たしかに警察に引き渡した方が安全策というか安牌というか、何より俺にこの女を引き止めるメリットも理由も無いのでそうするのがいいだろう。
「ああ、」
頷いてその通りだ、と同意しようとした俺の言葉をさっきまでにこにこと笑みを浮かべていたインテレオンが鋭く鳴き声をあげ、遮った。
[ウォレン!!]
「ひっ!?」
女の肩がびくっと震える。
インテレオンは何やら怒りを浮かべた表情で、俺を見つめていた。
「インテレオン?」
[レオ、ウォレオン!]
なにかを訴え、説得するような鳴き方だった。なにを言っているかはさっぱりだが。
「落ち着け、インテレオン。彼女のためにもきちんと家に・・・」
立ち上がって、インテレオンを宥めようとした俺の視線にふっと光がよぎる。ふいにそちらに目をやれば、森の入口が見えた。
「・・・!」
その入口にはあのギャロップが1匹だけで佇んでいた。あの時と同じ静かな瞳でこちらを見つめているのがわかる。
「(何なんだ。こいつに一体なんでそこまで固執する?)」
冷や汗が伝う感覚。
それなのに、いつの間にか自分の口元に笑みが宿るのがわかる。
「おもしろい」
「え・・・?」
困惑した女の声につられ、窓から視線を移す。はじめて真正面から見た女の、少し色素の薄い瞳が揺れている。
「事情は分からないが、体が完治するまでここにいても構わない」
「えっ・・・」
[ウォレン!]
先程までの威嚇するような(主に向ける態度としては全くもって不遜である)様子から一変して、インテレオンは「流石!」とでもいいたげなキラキラした瞳でこちらに飛びかかってこようとする。それをさっと避け、言葉を続けた。
「まだ所々に怪我もあるし、顔色も良くないしな。それにここは小さな村で警察署も無ければ医者も擬きしかいない。残念ながらきちんとした病院へ連れていくには少々骨も折れる」
「・・・」
「とにかく包帯が取れるまでは安静にしていろ。歩けるなら研究所の周りやらどこに出てもいいが、ラボと俺の書斎には入るなよ。大事な資料やらデータやらがあるからな」
「あ、え、えっと、はい」
「インテレオンはこのままこいつの面倒をみろ。俺は必要最低限しかやらないぞ。お前がごねたのだからお前が責任をもて」
[レオレオッ!!]
「寄るな」
「あ、あの」
女がなにか言いたげに口を開いた瞬間に、ピピピと電子音が鳴りそれを遮った。ポケットから端末を取り出し、思わずぐっと眉間に皺を寄せる。
「はぁ、本当にしつこい」
[ウレオン?]
「またあの爺だ。俺は仕事に戻る」
パッと踵を返し、さっさと部屋を出る。引き止めるような声が聞こえたが、俺は足をとめなかった。
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