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小学校のとき、通知表に【少し注意力が欠けてしまっているところがある】と書かれてしまったことがある。
基本的にはしっかりこなすものの、なぜ??といううっかりミスを稀にしてしまう。後々考えれば避けられたミスも、なぜかうっかり、やってしまう。
”ゆめちゃん、おかしいなと思ったら、まあいっかじゃなくて1回ちょっと考えてみましょうね”
「‥‥」
もう顔も覚えていない、担任の先生のそんな忠告が浮かんで消えた。余計な記憶を頭から追い出して、必死に声を押し殺す。身を隠した木の向こうには先ほど私とうっかり視線の合ってしまったリングマが、グルル、と唸り声を上げながら草木をかき分けている。
ポポちゃんを探して私が踏み込んでしまったこの地では、どうやら虫除けスプレーもなにも効かないようで唯一の命綱のピッピ人形もこのリングマから逃れるために最後の1つを使ってしまった。
「(どうしようどうしようどうしよう)」
パニックでなにも考えられない。
どうしよう、あのリングマに襲われたら私なんてひとたまりもないだろう。こんな深い山の中じゃ救助も見込めない、それに。
このまま私が戻らなかったら、あの子はずっとあそこに。
能力もないくせに、安請け合いをしたせいだ。
少しずつ分かることが、出来ることが増えたからって調子に乗ったから。私は所詮、この世界の人間ではないのに。
「(おちついて、諦めたらだめ、冷静に、パニックにならないで)」
1個ずつ、ゆっくりやりましょうね、という担任の先生の助言も一緒に思い出して、小さく深呼吸をする。そうだ、諦めたらダメだ。マイナスなことをうじうじ考えても仕方がない。1個ずつ、とにかくここから離れないと。
幸いにもリングマは今私に背を向けて、奥の草木へと進んでいこうとしている。このままゆっくり後退して、離れたらすぐに走って、さっきの門のところまで戻ろう。
「あ、?」
冷静に頭を動かせていると思っていた。けれど思ったよりもパニックに陥っていたらしい私の体は、足が上手く上がらずに無様にも大きな音を立てて、転がってしまう。
見なくても、リングマがこちらを振り向いたのがわかった。すぐに起き上がって逃げなければいけないのに、まるでなにかに体を上から押さえつけられているみたいに動けない。なのに首だけがそちらを振り向く。
リングマが私を見下ろしていた。
「(おかあさん)」
置いてきてしまった母の顔が、思い出せない。
「ピカチュウ、でんこうせっか」
静かな声がとん、と跳ねた。
そのまま黄色い小さな体が、何倍も大きなリングマの体を吹き飛ばす。そこでようやく目を閉じて、きゃあ!と声を上げることができた。
「10まんボルト」
[ピカ!]
私の混乱なんてお構いなしに、静かな声は淡々と技の指示を出し、それにポケモンが応えている。リングマはよろけながらもポケモンをはじき飛ばそうと腕を振り上げたが、そのポケモン、ピカチュウの方が早く技を繰り出して決着がついてしまった。
巨体が後ろに倒れ、ドオッ!と大きな音がする。
その巨体の前に華麗に着地したピカチュウが、くるりとこちらを振り向いた。
[ピカピカァ?]
「あ‥‥」
まるで大丈夫?とでも問いかけられているようだ。
ぽかんとする私の横にストッと、誰かが膝を折る。
「怪我、した?」
「え、あ、してない、です‥‥」
「そう」
まだ幼い少年にみえる。
それこそ、サトシくんと同じくらいの年齢に見えた。けれど口調も態度もひどく落ち着いていて、それがアンバランスでなんだか奇妙で。
「立たないの」
「あ‥‥」
そう言われてまだ自分が地面に転がっていることに気がついた。慌てて腕と足を動かそうとするが、上手く力が入らない。まるで生まれたての小鹿みたいにもがく。
「え、え、なん、で」
[ピカア]
ピカチュウがひょこひょこと私の元にやってきて、小さな手でぺち、と頬を触った。
[ピカチュウ]
「‥‥!」
眉を下げ、思案げに私をのぞき込むその子にぶわっと胸内から、恐怖や安堵が湧き出て、息が詰まった。ぼたぼたとそのまま零れ落ちてしまう。
「う、うえ、」
ああここに来てから私、子供みたいに泣いてばかりだ。
大人なのに、子供の前でこんなわんわん泣くだなんて。
「すみ、すみませ、たまご、ぶじ、ですか」
「‥‥え?」
「わたし、たまご、ひくっ持ってて、うう、割れてたら、どうし、っ」
「‥‥そのポシェット?見せて」
「あう‥‥」
震える手で抱えていたポシェットを差し出す。
上手く立てなかったの、このポシェットを抱えていたせいだ、と差し出してから気が付いた。
男の子はポシェットを受け取ってから、私に手を差し出した。ぐちゃぐちゃの視界のまま、恐る恐る手を取る。なんとかしゃがみ込むような体制で、体を起こすことはできた。
「うん、大丈夫。ほら」
ポシェットから卵を取り出して、傷がないか見てくれたようだ。しゃがみ込む私の腕にそっと抱かせてくれる。わずかな温度、傷がない、という言葉に死ぬほど安堵してまた少し泣いてしまった。
「‥‥どうしてここにきたの?」
「あ‥‥」
「あなた、バッジ持っているように見えないし、ポケモンも持ってない?どうしてここに?」
「その‥‥ここに来るときに、女の子が、たぶんポッポ?を逃がしてしまったらしくて」
「‥‥ポッポ?」
「はい‥‥私が代わりに探しに来たんですけど‥‥」
なにか言いたげな男の子の表情にうぐ、と口を噤んでしまう。ポケモンも持っていないのに?という言葉が聞こえてくるようだ。
「あの‥‥助けてくださってありがとうございました。あ、ピカチュウも」
私の側にちょこんと座っていたピカチュウがピコッと耳を上げて、首をかしげる。
[ピィカ?]
「本当にありがとう、とっても強いんだね」
[チャァ!]
ピカチュウがトトト、と私の膝へと乗ってきゅうっと目を細めた。撫でてほしいのかな、耳の後ろをちょこちょこと掻いてあげれば、気持ちよさそうな声が上がる。
「‥‥ぼくのピカチュウに、さわってる」
「え!?あ、すみません!」
トレーナーに許可も取らずに触ってしまった。
さーっと血の気が引いて、すぐに手を離す。ピカチュウが[ピィカ!]と不満そうな声を上げるが、私は必死に男の子に謝った。
「ごめ、ごめんなさい。あなたの大切なピカチュウに勝手に‥‥!」
「‥‥おねえさん、おもしろい」
「は‥‥え?」
「ふふ、ぼくはレッド。おねえさんは?」
今までポーカーフェイスだった男の子の表情がふわりと解れる。笑うと少し幼く見えた。レッドくん?聞いたことが無い名前だ、私のポケットモンスターの知識はそれこそ一般人程度にしかないので、もしかしたらゲームに出てくる人なのかもしれない。
「私は、ハルです。本当に、助けてくれてありがとう。レッドくん」
「ううん、いいよ。あ‥‥ポッポ、ぼくも探すの手伝ってあげる」
「え!?いいの!?」
「うん、ぼくといっしょにいこう?」
「あ、ありがとう!」
助けてもらってばかりで消えてしまいたいくらい申し訳ないが、またリングマのような狂暴なポケモンに襲われてはたまらない。ピカチュウも嬉しそうにニコニコと笑って歓迎してくれる。
「ピカチュウも、よろしくね」
「ピッカ!」
→
基本的にはしっかりこなすものの、なぜ??といううっかりミスを稀にしてしまう。後々考えれば避けられたミスも、なぜかうっかり、やってしまう。
”ゆめちゃん、おかしいなと思ったら、まあいっかじゃなくて1回ちょっと考えてみましょうね”
「‥‥」
もう顔も覚えていない、担任の先生のそんな忠告が浮かんで消えた。余計な記憶を頭から追い出して、必死に声を押し殺す。身を隠した木の向こうには先ほど私とうっかり視線の合ってしまったリングマが、グルル、と唸り声を上げながら草木をかき分けている。
ポポちゃんを探して私が踏み込んでしまったこの地では、どうやら虫除けスプレーもなにも効かないようで唯一の命綱のピッピ人形もこのリングマから逃れるために最後の1つを使ってしまった。
「(どうしようどうしようどうしよう)」
パニックでなにも考えられない。
どうしよう、あのリングマに襲われたら私なんてひとたまりもないだろう。こんな深い山の中じゃ救助も見込めない、それに。
このまま私が戻らなかったら、あの子はずっとあそこに。
能力もないくせに、安請け合いをしたせいだ。
少しずつ分かることが、出来ることが増えたからって調子に乗ったから。私は所詮、この世界の人間ではないのに。
「(おちついて、諦めたらだめ、冷静に、パニックにならないで)」
1個ずつ、ゆっくりやりましょうね、という担任の先生の助言も一緒に思い出して、小さく深呼吸をする。そうだ、諦めたらダメだ。マイナスなことをうじうじ考えても仕方がない。1個ずつ、とにかくここから離れないと。
幸いにもリングマは今私に背を向けて、奥の草木へと進んでいこうとしている。このままゆっくり後退して、離れたらすぐに走って、さっきの門のところまで戻ろう。
「あ、?」
冷静に頭を動かせていると思っていた。けれど思ったよりもパニックに陥っていたらしい私の体は、足が上手く上がらずに無様にも大きな音を立てて、転がってしまう。
見なくても、リングマがこちらを振り向いたのがわかった。すぐに起き上がって逃げなければいけないのに、まるでなにかに体を上から押さえつけられているみたいに動けない。なのに首だけがそちらを振り向く。
リングマが私を見下ろしていた。
「(おかあさん)」
置いてきてしまった母の顔が、思い出せない。
「ピカチュウ、でんこうせっか」
静かな声がとん、と跳ねた。
そのまま黄色い小さな体が、何倍も大きなリングマの体を吹き飛ばす。そこでようやく目を閉じて、きゃあ!と声を上げることができた。
「10まんボルト」
[ピカ!]
私の混乱なんてお構いなしに、静かな声は淡々と技の指示を出し、それにポケモンが応えている。リングマはよろけながらもポケモンをはじき飛ばそうと腕を振り上げたが、そのポケモン、ピカチュウの方が早く技を繰り出して決着がついてしまった。
巨体が後ろに倒れ、ドオッ!と大きな音がする。
その巨体の前に華麗に着地したピカチュウが、くるりとこちらを振り向いた。
[ピカピカァ?]
「あ‥‥」
まるで大丈夫?とでも問いかけられているようだ。
ぽかんとする私の横にストッと、誰かが膝を折る。
「怪我、した?」
「え、あ、してない、です‥‥」
「そう」
まだ幼い少年にみえる。
それこそ、サトシくんと同じくらいの年齢に見えた。けれど口調も態度もひどく落ち着いていて、それがアンバランスでなんだか奇妙で。
「立たないの」
「あ‥‥」
そう言われてまだ自分が地面に転がっていることに気がついた。慌てて腕と足を動かそうとするが、上手く力が入らない。まるで生まれたての小鹿みたいにもがく。
「え、え、なん、で」
[ピカア]
ピカチュウがひょこひょこと私の元にやってきて、小さな手でぺち、と頬を触った。
[ピカチュウ]
「‥‥!」
眉を下げ、思案げに私をのぞき込むその子にぶわっと胸内から、恐怖や安堵が湧き出て、息が詰まった。ぼたぼたとそのまま零れ落ちてしまう。
「う、うえ、」
ああここに来てから私、子供みたいに泣いてばかりだ。
大人なのに、子供の前でこんなわんわん泣くだなんて。
「すみ、すみませ、たまご、ぶじ、ですか」
「‥‥え?」
「わたし、たまご、ひくっ持ってて、うう、割れてたら、どうし、っ」
「‥‥そのポシェット?見せて」
「あう‥‥」
震える手で抱えていたポシェットを差し出す。
上手く立てなかったの、このポシェットを抱えていたせいだ、と差し出してから気が付いた。
男の子はポシェットを受け取ってから、私に手を差し出した。ぐちゃぐちゃの視界のまま、恐る恐る手を取る。なんとかしゃがみ込むような体制で、体を起こすことはできた。
「うん、大丈夫。ほら」
ポシェットから卵を取り出して、傷がないか見てくれたようだ。しゃがみ込む私の腕にそっと抱かせてくれる。わずかな温度、傷がない、という言葉に死ぬほど安堵してまた少し泣いてしまった。
「‥‥どうしてここにきたの?」
「あ‥‥」
「あなた、バッジ持っているように見えないし、ポケモンも持ってない?どうしてここに?」
「その‥‥ここに来るときに、女の子が、たぶんポッポ?を逃がしてしまったらしくて」
「‥‥ポッポ?」
「はい‥‥私が代わりに探しに来たんですけど‥‥」
なにか言いたげな男の子の表情にうぐ、と口を噤んでしまう。ポケモンも持っていないのに?という言葉が聞こえてくるようだ。
「あの‥‥助けてくださってありがとうございました。あ、ピカチュウも」
私の側にちょこんと座っていたピカチュウがピコッと耳を上げて、首をかしげる。
[ピィカ?]
「本当にありがとう、とっても強いんだね」
[チャァ!]
ピカチュウがトトト、と私の膝へと乗ってきゅうっと目を細めた。撫でてほしいのかな、耳の後ろをちょこちょこと掻いてあげれば、気持ちよさそうな声が上がる。
「‥‥ぼくのピカチュウに、さわってる」
「え!?あ、すみません!」
トレーナーに許可も取らずに触ってしまった。
さーっと血の気が引いて、すぐに手を離す。ピカチュウが[ピィカ!]と不満そうな声を上げるが、私は必死に男の子に謝った。
「ごめ、ごめんなさい。あなたの大切なピカチュウに勝手に‥‥!」
「‥‥おねえさん、おもしろい」
「は‥‥え?」
「ふふ、ぼくはレッド。おねえさんは?」
今までポーカーフェイスだった男の子の表情がふわりと解れる。笑うと少し幼く見えた。レッドくん?聞いたことが無い名前だ、私のポケットモンスターの知識はそれこそ一般人程度にしかないので、もしかしたらゲームに出てくる人なのかもしれない。
「私は、ハルです。本当に、助けてくれてありがとう。レッドくん」
「ううん、いいよ。あ‥‥ポッポ、ぼくも探すの手伝ってあげる」
「え!?いいの!?」
「うん、ぼくといっしょにいこう?」
「あ、ありがとう!」
助けてもらってばかりで消えてしまいたいくらい申し訳ないが、またリングマのような狂暴なポケモンに襲われてはたまらない。ピカチュウも嬉しそうにニコニコと笑って歓迎してくれる。
「ピカチュウも、よろしくね」
「ピッカ!」
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