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列車に乗れる町まで車で30分強(リイチさんの車)、飛行機が出る町まで片道列車でガタゴト1時間半ほど、私ははじめてあの村の外へ出ていた。出る際にインテレオンがまるで今生の別れのように大泣きするものだから、宥めるのに時間が掛かったが、なんとか出発できたのだ。
「……」
しかし、顔面真っ青、緊張で表情は引き攣りっぱなし、ジュンサーさんに職質を受けても納得の挙動不審っぷりである。
飛行機に搭乗するシステムだったり、飛行機内だったりは私が暮らしていた世界と変わりはなかった。CAさんも変わらず、美人なお姉さん揃いである(採用に基準でもあるんだろうか)。いざカントー地方の地へ降り立つと、やはりわくわくよりも緊張と恐怖が私を支配した。
「(何かあったらポケモンセンター、ポケモンセンター、青い制服のジュンサーさん、青い制服、青い制服・・・・・・野生のポケモンが出たらピッピ人形・・・・・・ストック5・・・・・・)」
あの森のポケモンたちは私へは何故か攻撃してこなかったが、それはあの森での話。ここでは私はただの丸腰の一般人。野生のポケモンに襲われたらひとたまりもない。
「(虫除けスプレーもある、よし、大丈夫、オーキド博士の研究所へ着けばあとは人と一緒に行動できるし、とにかく無事にマサラタウンまで・・・!!!)」
荷物確認を済ませ、リイチさんが貸してくれた黒いリュックを背負う。空港を出て、列車に乗りマサラタウンの近くの街まで向かう。ここからはマサラタウンまで歩きでの旅だ。
空港から列車まではすぐで、タイミングよくマサラタウン方面行きへと乗り継ぐことができた。席に腰掛けると、向かい合った席にフシギダネを連れたお姉さんが座っている。
「(あっちでは見ないポケモンだ・・・・・・フシギダネ、だよね。かわいい・・・)」
[ダネー?]
「あ」
お姉さんと顔を見合わせにこにこしていたフシギダネと、ぱちんと視線が合う。自然とお姉さんもこちらへ視線を向け、あらと微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「人見知りなこの子が他の人に興味を持つなんて珍しいわ、よかったら撫でてあげてください」
「え!?」
[ダネダネ]
お姉さんの膝元にいたフシギダネが、ぴょんと私の席へと移動した。慌てる私とは対照的に、お姉さんはにこにこと微笑んでいる。
「本当に珍しいわ、この子人見知りなのに」
目を瞬かせて片手で口を押さえるお姉さんは人見知りだというが、そんな感じは微塵もしない。フシギダネはすんすんと私の手の匂いを嗅いで、すりすりと手に擦り寄ってくる。
「えっと・・・・・・本当に撫でても?」
「ええもちろん!」
「・・・触るね?」
フシギダネにも一応断りをいれて、そっと頭に手を添える。おそるおそるといった様子の私に、物足りないというようにフシギダネは頭に置かれた私の手に自分から擦り寄ってくれる。思わず頬が緩んだ。
「かわいい・・・」
「うふふ、良かったわねえフシギダネ」
[ダネー]
「あ!あの、よかったらフシギダネの写真を撮っても構いませんか?」
「写真?」
「わ、わたし片田舎から来ましてフシギダネが珍しくて」
まあ!そうなのね、とお姉さんは快く撮影を許可してくれた。フシギダネにも、首から下げていた黒いカメラを見せて、撮ってもいい?とジェスチャーで尋ねる。
フシギダネは首を傾げていたが、やがてこくんと頷いてくれた。伝わったようだ。ポケモンは本当に賢い。
「(正面、上、横‥‥あ、足もうちょっとアップで)」
このカメラはなんか良さげなもんは何でも撮ってこいとスオウ博士に雑に手渡されたものだった。フシギダネを色々な角度で撮らせてもらい、肌触りや気がついたこともメモしていく。
研究員なのかとお姉さんに問われて、まだなったばかりの助手で、と答えるとお姉さんはにこにこしながら頑張ってねと手作りのクッキーを持たせてくれた。
「あの、クッキーありがとうございました!」
「ええ、ハナダシティに来たらぜひうちの店に寄ってね」
[ダネダネー!]
楽しい時間はあっという間で、お姉さんとフシギダネはハナダシティへ向かう乗り継ぎのために降りていった。もらったポケモンの形をしたクッキーに、胸が暖かくなる。
あとで、送るデータからは抜こうと決めてそのポケモンのクッキーも撮影した。
☆
ついに私はマサラタウンの地を踏みしめた。列車を降り、なんとマサラタウンへ向かうという業者さんの車に乗せてもらい(風で飛ばされてきたプリンを保護したら、お礼にと乗せてもらえてしまった。有難い)、少しの草むらを抜けようやくだ。
「(ピッピ人形のストック2・・・!!ギリギリ・・・・・・あとで補充できるところ聞こう・・・・・・)」
マサラタウンは長閑な町だった。目立った施設や建物は見えないが、土地が広く人とポケモンたちが伸び伸びと暮らしているのが見える。
「(気持ちいい風の吹くところだな)」
あの村もこじんまりとしながら青々とした木々や小川が美しい場所だったけれどマサラタウンはどちらかというと開けた土地だ。通っていく風に髪を遊ばれるのが気持ちいい。
あ、
「(風がきもちいって思ったのなんて、何年ぶりだろ)」
「おーい!」
「!」
心地良い風に目を細めていると、ふいに遠くから誰かに声をかけられた。白衣を着た男の人、まとめられた白髪ときりりとした黒い眉には見覚えがある。
「オーキド博士!こ、こんにちは!」
緊張して少々声が上擦ってしまった。思わず冷や汗をかくが、博士は気にした様子なく人好きのする笑みを浮かべてこちらへ手を振る。
「よく来たのう!待っていたぞ!」
「は、はい!はじめまして、スオウ博士の元から参りました。ハルと申します!」
「うんうん、話は聞いておる。ワシはオーキド、ここまで迷わなかったかな?」
「はい、親切な方に送って頂いたりして何とか・・・・・・結局上手い時間に着けなくて、こんな早い時間になってしまって申し訳ないです」
飛行機は夜行便だったし、列車移動はほぼ始発のになってしまい、更に草むらでポケモンと出くわしたりで思いのほか時間が掛かってしまった。しかしオーキド博士は特に気にした様子なくカラカラと笑う。
「なぁに長い人生思い通りにいくことの方が少ないさ。さて研究所はこっちじゃよ」
「はい!」
オーキド博士は歩きながらあちこちにいるポケモンたちの名前や特徴なんかを簡単に教えてくれた。私はもう無我夢中でそれを片っ端から撮影してメモを取っていく。
意欲的な姿勢のおかげか、オーキド博士はうんうんと嬉しそうに楽しそうに話してくださるので研究所へはあっという間にたどり着いた。
「さあ、入りなさい」
「お邪魔しま、っ、わ!?」
[カゲカゲ!!]
恐れ多くも博士に研究所の入り口の扉を開けていただいて、中に踏み入れ瞬間になにかに飛びつかれた。反応が遅れてそのまま後ろに倒れ込む。
「っ!?え!?」
「おお、ヒトカゲ。いきなり飛び付いたりしたら危ないじゃろう」
[カゲ?]
私のお腹にくっついた、オレンジ色の体。つやつやとした肌触りは、以前スオウ博士から借りたことのある図鑑で見覚えがあった。オーキド博士の言った通り、この子はトカゲポケモンのヒトカゲだ。
「この子は、博士の?」
「ワシのというよりは、新人トレーナー用に預かっている子でな。こいつは甘えん坊でのう」
その言葉を体現するように、ヒトカゲは私のお腹にすりすりと擦り寄っている。ほんのり暖かいこの子の体温が心地よい。可愛らしい子だ。さっきのフシギダネもとっても可愛かったけど、ヒトカゲも可愛いなあ。
「ヒトカゲ、初めまして。私はハル、よろしくお願いします」
[カゲー!]
私の挨拶にもにっこり笑顔で応える。それにくすりと笑うと、触りますねと一言断って頭を撫でた。
「・・・ふむ。ハルくんはポケモンの扱いに慣れているのう」
「え。あ、いえ私は、ポケモンの扱いに慣れているわけでは・・・・・・友好的に接してもらっているだけというか・・・・・・」
「それも才能じゃ。こりゃスオウくんも優秀な弟子を取ったのう!」
「でっ・・・!?そんな、私はただの助手兼雑用係みたいなもので・・・!」
「はっはっはっ!謙遜を!」
「いや、あの、」
[カゲカゲ〜]
手をぶんぶん振りながら慌てる私にはお構い無しに、ヒトカゲはすりすりとお腹に抱きついて甘えている。その様子に思わず頬が緩んで、私も更に頭を撫でてあげた。
「おっといかん、すまんなハルくん、実は今日新人トレーナーが何人か旅立つ日でな。ワシはまだ少し準備があってのぅ、待っていてくれるか?」
「え!?あ、は、はい。もちろん」
そんな大事な日にいいんだろうか。私みたいな部外者が立ち入って。ヒトカゲの相手をそのまま頼むと言付けて、オーキド博士は部屋を出て行ってしまった。2人きりになった室内で、ヒトカゲは一層私へと甘い声をだして擦り寄る。
[カゲカゲ〜]
「ん?どうしたの、だっこ?」
[カゲ!]
「ふふ。いいよ、おいで」
「あなたは‥‥?」
「!」
ヒトカゲの腕の下へ指を滑り込ませたところで、突然背後から声をかけられた。決してやましい事をしていたわけではないけれど、びくりと大袈裟に肩が跳ねてしまう。
振り向けば茶色の髪の男の子が立っている。利発そうな顔立ちは大人びて見えるけれど、おそらくまだ未成年であろうことは見て取れた。若い研究員さん?学生さんとか?
「あ、こんにちは…」
「……どなたですか?うちのヒトカゲに何を?」
「!?」
男の子の声音に疑念が含まれたのが言葉の端に感じ取れた。思わず慌ててしまう。もしかしてポケモン泥棒だと思われている!?
「わ、私はオーキド博士の知り合いの博士の、えっと、助手、でっ……こちらに、その、お邪魔しておりましてっ……!」
「助手…?ヒトカゲ、こっちに」
[カゲーー!!]
この慌てっぷりを見れば仕方ないのだけれど、男の子は私の必死の説明にさらに眉をひそめてヒトカゲを呼んだ。しかし、ヒトカゲは私の足首に抱きついて、ぶんぶんと首を振る。
「なっ、ヒトカゲ!ボクだぞ!」
[カゲっ]
「あなた!どうやってヒトカゲを誑かして……」
「たぶ!?ごご誤解です!あっ、」
ここでようやく、スオウ博士からもらったトレーナーカードの存在を思い出した。無くさないようにパスポートケースにしまってある。慌てて荷物から取り出して、男の子へ差し出す。
「本当に研究員なんです!」
「……スオウ研究所、ってあの!?じゃ、じゃあ本当に……」
[カゲ!カゲ!]
ヒトカゲが私の代わりだとでも言うように、足首に抱きついたまま男の子へ非難の声をあげた。それに苦笑して、大丈夫だよと言うと納得いかない様子のままぐりぐり頭を擦りつけている。
「……そのヒトカゲはここで飼われてるポケモンなのに」
「え?」
「こんなにすぐ人に懐くのは初めて見ました。確かに初心者用で飼育しやすくはありますが……勘違いしてすみません、ボクはシゲル。オーキドの孫です」
「え!?オーキド博士の!?し、失礼しました!私はハルと言います、スオウ博士の研究所で助手をしていて、今回はオーキド博士に招待を」
ペコペコ頭を下げる私を、ヒトカゲが不思議そうに見上げている。男の子、シゲルくんは片眉を上げてそんなに畏まらなくても、とそのお辞儀を制した。うう、私よりも何倍も大人っぽい。
「ええとそれでシゲルくんはどうしてこちらに?」
「今日からポケモントレーナとして、旅立つんてすよ。なのでポケモンを貰いに」
「そうなんですね、おめでとうございます。もしかして、このヒトカゲを?」
「いえ、ボクはもうゼニガメを貰いました。そのヒトカゲは別のトレーナーと旅立つでしょうね。おっと、もう行かないと」
肩をすくめて鼻を鳴らすシゲルくんは、とても10歳には見えないくらいに大人びている。そうか、このヒトカゲにも迎えが来るんだね。
「勘違いとはいえすみませんでした。怒っていますか」
「い!?いえ!滅相もないです!」
「ふ、変な人」
「へ」
変!?
くすりと自分よりもいくつも年下の男の子に笑われてしまい、恥ずかしさやら情けないやらで言葉に詰まってしまう。若い男の子とのコミュニケーション難しい……!
「じゃあ行きます。ヒトカゲ、お前ももう旅立つんだから甘えたは卒業だぞ」
[カーゲ]
「全く。それじゃあハルさん、失礼します」
「あ、はい……」
前髪をさらりとかき上げ、シゲルくんはでは、と部屋を出て行った。なんかどっと疲れたな……こんなんで私本当にやっていけるんだろうか……。
[カゲ]
「?ヒトカゲ?どうしたの?」
ヒトカゲがぺちぺちとおもむろに私の足首を叩き、どこかを指さした。その先にはモンスターボールが並ぶ棚が見える。
「取って欲しいの?だめだよ、ヒトカゲ。私はここの人じゃないから勝手には……」
[カーゲカゲ]
「あっ」
ヒトカゲは棚の横の低い本棚に飛び乗ると、棚にあったモンスターボールのうちのひとつを抱え上げた。それを私へ渡そうとする。
「ち、ちょっとまって、ヒトカゲ」
[カゲ〜]
「わ、わ!?」
まだ小さなヒトカゲの両腕ではまんまるのモンスターボールは上手く抱えられないようで、よろよろと私のいる方へ方向転換しようとする。しかし、つるっとその腕からボールを離してしまった。
「わー!」
慌ててモンスターボールをしっかり両手で受け止める。モンスターボールは無事に受け取ったが、その拍子にパカン!とボールの蓋が開いてしまった。背中に冷たいものがおりる。
[……]
白い光とともに中から現れたのは、黄色い少しだけぽっちゃりフォルム、赤いほっぺはこちらで読んだ図鑑はおろか、私の元いた世界でも何度も目にしたことがある。
「(ピカチュウ、だー!?)」
[ピィカ……]
私の目の前に現れたピカチュウは、不機嫌そうに表情を歪めている。あれ?こんな光景、どこかで?
[ピィ……]
ギロッと私を睨み、ピカチュウが前足を地面について歯を剥き出して威嚇した。好戦的なピカチュウ、そして、手元に雷のマークがついたモンスターボール。
これ、って、
「(主人公、サトシのピカチュウ!?)」
まずい、まずいよ、え?まずいよね!?なんでこんなところで、あ、そういえばシゲルくんってサトシの幼馴染ライバルだったはず。旅立つ日、彼は寝坊をして、このピカチュウと出会うお話だったと思う。
「(ここでボールから出ちゃうなんて、絶対にまずい!何とかして戻さないと……!)」
[カゲー!]
事の犯人であるヒトカゲがにこにことピカチュウの前へと飛び降りる。そして遊ぼうよ〜と誘うように、無防備にピカチュウへ近づいた。
「ひ、ヒトカゲ」
突然の登場に驚いたピカチュウが止めようとする間もなく、ヒトカゲに飛びかかろうと後ろ足を蹴った。間に合わない。
「っ!」
ほとんど反射でヒトカゲを抱き抱える。棚に肩をぶつけ、二の腕にピカチュウの牙が突き刺さった。悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。これ以上、ピカチュウを刺激してはいけない。
「う、ぐ、」
ググッと牙を押し込むように力が入るのを感じて、ふと祖母の家で飼っていた噛み癖のある猫を思い出した。徐々に力を入れていくんだよね。いやいやそんなこと考えている場合では。
[チ゛ュゥ……!]
[カゲッ!?]
「ごめん、ごめんなさい、おどろいたよね?」
もう片方の手を必死に動かして、ピカチュウの後ろ頭を撫でた。指先が震えている、痛みで涙が滲む。ピカチュウ、ピカチュウ、と名前を何度も呼んだ。
ぴくっ、とピカチュウの耳が動く。
[ピィカ……?]
「ごめんなさい、ヒトカゲに悪気はないんだよ、ヒトカゲもごめんなさいできる?」
[カ、カゲカゲ……]
「大丈夫、大丈夫、2人ともお利口だね……」
ふう、ふう、と息を吐きながら、震える手で何度もピカチュウを撫でる。これで合っているのかわからない、けれど、私の指がピカチュウの毛の間を滑る度、噛む力が弱まっていくのが分かった。
[…ピカ……]
呆然とした様子でピカチュウが口を離した。私は傍らに転がっていたモンスターボールに手をかけ、眉を下げる。
「おどろかせて、ほんとにごめんね」
ピカチュウへモンスターボールを向けた。赤い光とともになにか言いたげなピカチュウが、モンスターボールへと吸い込まれていく。
[カゲ……!]
「ヒトカゲ?人のものは勝手に触ったらだめだよ、分かった……かな……」
ヒトカゲと目を合わせようと下に向いた視線が、ピカチュウに噛み付かれた腕へと流れる。キイチさんにもらった白のパーカーが、じわじわと赤く染まっていくのが見えてしまった。
アドレナリンが出ているのか、痛みはさほど感じないがそれを見て痛みまで遅れてやってくる。
「……とりあえず、オーキド博士呼んで来られる……?ヒトカゲ……」
→
「……」
しかし、顔面真っ青、緊張で表情は引き攣りっぱなし、ジュンサーさんに職質を受けても納得の挙動不審っぷりである。
飛行機に搭乗するシステムだったり、飛行機内だったりは私が暮らしていた世界と変わりはなかった。CAさんも変わらず、美人なお姉さん揃いである(採用に基準でもあるんだろうか)。いざカントー地方の地へ降り立つと、やはりわくわくよりも緊張と恐怖が私を支配した。
「(何かあったらポケモンセンター、ポケモンセンター、青い制服のジュンサーさん、青い制服、青い制服・・・・・・野生のポケモンが出たらピッピ人形・・・・・・ストック5・・・・・・)」
あの森のポケモンたちは私へは何故か攻撃してこなかったが、それはあの森での話。ここでは私はただの丸腰の一般人。野生のポケモンに襲われたらひとたまりもない。
「(虫除けスプレーもある、よし、大丈夫、オーキド博士の研究所へ着けばあとは人と一緒に行動できるし、とにかく無事にマサラタウンまで・・・!!!)」
荷物確認を済ませ、リイチさんが貸してくれた黒いリュックを背負う。空港を出て、列車に乗りマサラタウンの近くの街まで向かう。ここからはマサラタウンまで歩きでの旅だ。
空港から列車まではすぐで、タイミングよくマサラタウン方面行きへと乗り継ぐことができた。席に腰掛けると、向かい合った席にフシギダネを連れたお姉さんが座っている。
「(あっちでは見ないポケモンだ・・・・・・フシギダネ、だよね。かわいい・・・)」
[ダネー?]
「あ」
お姉さんと顔を見合わせにこにこしていたフシギダネと、ぱちんと視線が合う。自然とお姉さんもこちらへ視線を向け、あらと微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「人見知りなこの子が他の人に興味を持つなんて珍しいわ、よかったら撫でてあげてください」
「え!?」
[ダネダネ]
お姉さんの膝元にいたフシギダネが、ぴょんと私の席へと移動した。慌てる私とは対照的に、お姉さんはにこにこと微笑んでいる。
「本当に珍しいわ、この子人見知りなのに」
目を瞬かせて片手で口を押さえるお姉さんは人見知りだというが、そんな感じは微塵もしない。フシギダネはすんすんと私の手の匂いを嗅いで、すりすりと手に擦り寄ってくる。
「えっと・・・・・・本当に撫でても?」
「ええもちろん!」
「・・・触るね?」
フシギダネにも一応断りをいれて、そっと頭に手を添える。おそるおそるといった様子の私に、物足りないというようにフシギダネは頭に置かれた私の手に自分から擦り寄ってくれる。思わず頬が緩んだ。
「かわいい・・・」
「うふふ、良かったわねえフシギダネ」
[ダネー]
「あ!あの、よかったらフシギダネの写真を撮っても構いませんか?」
「写真?」
「わ、わたし片田舎から来ましてフシギダネが珍しくて」
まあ!そうなのね、とお姉さんは快く撮影を許可してくれた。フシギダネにも、首から下げていた黒いカメラを見せて、撮ってもいい?とジェスチャーで尋ねる。
フシギダネは首を傾げていたが、やがてこくんと頷いてくれた。伝わったようだ。ポケモンは本当に賢い。
「(正面、上、横‥‥あ、足もうちょっとアップで)」
このカメラはなんか良さげなもんは何でも撮ってこいとスオウ博士に雑に手渡されたものだった。フシギダネを色々な角度で撮らせてもらい、肌触りや気がついたこともメモしていく。
研究員なのかとお姉さんに問われて、まだなったばかりの助手で、と答えるとお姉さんはにこにこしながら頑張ってねと手作りのクッキーを持たせてくれた。
「あの、クッキーありがとうございました!」
「ええ、ハナダシティに来たらぜひうちの店に寄ってね」
[ダネダネー!]
楽しい時間はあっという間で、お姉さんとフシギダネはハナダシティへ向かう乗り継ぎのために降りていった。もらったポケモンの形をしたクッキーに、胸が暖かくなる。
あとで、送るデータからは抜こうと決めてそのポケモンのクッキーも撮影した。
☆
ついに私はマサラタウンの地を踏みしめた。列車を降り、なんとマサラタウンへ向かうという業者さんの車に乗せてもらい(風で飛ばされてきたプリンを保護したら、お礼にと乗せてもらえてしまった。有難い)、少しの草むらを抜けようやくだ。
「(ピッピ人形のストック2・・・!!ギリギリ・・・・・・あとで補充できるところ聞こう・・・・・・)」
マサラタウンは長閑な町だった。目立った施設や建物は見えないが、土地が広く人とポケモンたちが伸び伸びと暮らしているのが見える。
「(気持ちいい風の吹くところだな)」
あの村もこじんまりとしながら青々とした木々や小川が美しい場所だったけれどマサラタウンはどちらかというと開けた土地だ。通っていく風に髪を遊ばれるのが気持ちいい。
あ、
「(風がきもちいって思ったのなんて、何年ぶりだろ)」
「おーい!」
「!」
心地良い風に目を細めていると、ふいに遠くから誰かに声をかけられた。白衣を着た男の人、まとめられた白髪ときりりとした黒い眉には見覚えがある。
「オーキド博士!こ、こんにちは!」
緊張して少々声が上擦ってしまった。思わず冷や汗をかくが、博士は気にした様子なく人好きのする笑みを浮かべてこちらへ手を振る。
「よく来たのう!待っていたぞ!」
「は、はい!はじめまして、スオウ博士の元から参りました。ハルと申します!」
「うんうん、話は聞いておる。ワシはオーキド、ここまで迷わなかったかな?」
「はい、親切な方に送って頂いたりして何とか・・・・・・結局上手い時間に着けなくて、こんな早い時間になってしまって申し訳ないです」
飛行機は夜行便だったし、列車移動はほぼ始発のになってしまい、更に草むらでポケモンと出くわしたりで思いのほか時間が掛かってしまった。しかしオーキド博士は特に気にした様子なくカラカラと笑う。
「なぁに長い人生思い通りにいくことの方が少ないさ。さて研究所はこっちじゃよ」
「はい!」
オーキド博士は歩きながらあちこちにいるポケモンたちの名前や特徴なんかを簡単に教えてくれた。私はもう無我夢中でそれを片っ端から撮影してメモを取っていく。
意欲的な姿勢のおかげか、オーキド博士はうんうんと嬉しそうに楽しそうに話してくださるので研究所へはあっという間にたどり着いた。
「さあ、入りなさい」
「お邪魔しま、っ、わ!?」
[カゲカゲ!!]
恐れ多くも博士に研究所の入り口の扉を開けていただいて、中に踏み入れ瞬間になにかに飛びつかれた。反応が遅れてそのまま後ろに倒れ込む。
「っ!?え!?」
「おお、ヒトカゲ。いきなり飛び付いたりしたら危ないじゃろう」
[カゲ?]
私のお腹にくっついた、オレンジ色の体。つやつやとした肌触りは、以前スオウ博士から借りたことのある図鑑で見覚えがあった。オーキド博士の言った通り、この子はトカゲポケモンのヒトカゲだ。
「この子は、博士の?」
「ワシのというよりは、新人トレーナー用に預かっている子でな。こいつは甘えん坊でのう」
その言葉を体現するように、ヒトカゲは私のお腹にすりすりと擦り寄っている。ほんのり暖かいこの子の体温が心地よい。可愛らしい子だ。さっきのフシギダネもとっても可愛かったけど、ヒトカゲも可愛いなあ。
「ヒトカゲ、初めまして。私はハル、よろしくお願いします」
[カゲー!]
私の挨拶にもにっこり笑顔で応える。それにくすりと笑うと、触りますねと一言断って頭を撫でた。
「・・・ふむ。ハルくんはポケモンの扱いに慣れているのう」
「え。あ、いえ私は、ポケモンの扱いに慣れているわけでは・・・・・・友好的に接してもらっているだけというか・・・・・・」
「それも才能じゃ。こりゃスオウくんも優秀な弟子を取ったのう!」
「でっ・・・!?そんな、私はただの助手兼雑用係みたいなもので・・・!」
「はっはっはっ!謙遜を!」
「いや、あの、」
[カゲカゲ〜]
手をぶんぶん振りながら慌てる私にはお構い無しに、ヒトカゲはすりすりとお腹に抱きついて甘えている。その様子に思わず頬が緩んで、私も更に頭を撫でてあげた。
「おっといかん、すまんなハルくん、実は今日新人トレーナーが何人か旅立つ日でな。ワシはまだ少し準備があってのぅ、待っていてくれるか?」
「え!?あ、は、はい。もちろん」
そんな大事な日にいいんだろうか。私みたいな部外者が立ち入って。ヒトカゲの相手をそのまま頼むと言付けて、オーキド博士は部屋を出て行ってしまった。2人きりになった室内で、ヒトカゲは一層私へと甘い声をだして擦り寄る。
[カゲカゲ〜]
「ん?どうしたの、だっこ?」
[カゲ!]
「ふふ。いいよ、おいで」
「あなたは‥‥?」
「!」
ヒトカゲの腕の下へ指を滑り込ませたところで、突然背後から声をかけられた。決してやましい事をしていたわけではないけれど、びくりと大袈裟に肩が跳ねてしまう。
振り向けば茶色の髪の男の子が立っている。利発そうな顔立ちは大人びて見えるけれど、おそらくまだ未成年であろうことは見て取れた。若い研究員さん?学生さんとか?
「あ、こんにちは…」
「……どなたですか?うちのヒトカゲに何を?」
「!?」
男の子の声音に疑念が含まれたのが言葉の端に感じ取れた。思わず慌ててしまう。もしかしてポケモン泥棒だと思われている!?
「わ、私はオーキド博士の知り合いの博士の、えっと、助手、でっ……こちらに、その、お邪魔しておりましてっ……!」
「助手…?ヒトカゲ、こっちに」
[カゲーー!!]
この慌てっぷりを見れば仕方ないのだけれど、男の子は私の必死の説明にさらに眉をひそめてヒトカゲを呼んだ。しかし、ヒトカゲは私の足首に抱きついて、ぶんぶんと首を振る。
「なっ、ヒトカゲ!ボクだぞ!」
[カゲっ]
「あなた!どうやってヒトカゲを誑かして……」
「たぶ!?ごご誤解です!あっ、」
ここでようやく、スオウ博士からもらったトレーナーカードの存在を思い出した。無くさないようにパスポートケースにしまってある。慌てて荷物から取り出して、男の子へ差し出す。
「本当に研究員なんです!」
「……スオウ研究所、ってあの!?じゃ、じゃあ本当に……」
[カゲ!カゲ!]
ヒトカゲが私の代わりだとでも言うように、足首に抱きついたまま男の子へ非難の声をあげた。それに苦笑して、大丈夫だよと言うと納得いかない様子のままぐりぐり頭を擦りつけている。
「……そのヒトカゲはここで飼われてるポケモンなのに」
「え?」
「こんなにすぐ人に懐くのは初めて見ました。確かに初心者用で飼育しやすくはありますが……勘違いしてすみません、ボクはシゲル。オーキドの孫です」
「え!?オーキド博士の!?し、失礼しました!私はハルと言います、スオウ博士の研究所で助手をしていて、今回はオーキド博士に招待を」
ペコペコ頭を下げる私を、ヒトカゲが不思議そうに見上げている。男の子、シゲルくんは片眉を上げてそんなに畏まらなくても、とそのお辞儀を制した。うう、私よりも何倍も大人っぽい。
「ええとそれでシゲルくんはどうしてこちらに?」
「今日からポケモントレーナとして、旅立つんてすよ。なのでポケモンを貰いに」
「そうなんですね、おめでとうございます。もしかして、このヒトカゲを?」
「いえ、ボクはもうゼニガメを貰いました。そのヒトカゲは別のトレーナーと旅立つでしょうね。おっと、もう行かないと」
肩をすくめて鼻を鳴らすシゲルくんは、とても10歳には見えないくらいに大人びている。そうか、このヒトカゲにも迎えが来るんだね。
「勘違いとはいえすみませんでした。怒っていますか」
「い!?いえ!滅相もないです!」
「ふ、変な人」
「へ」
変!?
くすりと自分よりもいくつも年下の男の子に笑われてしまい、恥ずかしさやら情けないやらで言葉に詰まってしまう。若い男の子とのコミュニケーション難しい……!
「じゃあ行きます。ヒトカゲ、お前ももう旅立つんだから甘えたは卒業だぞ」
[カーゲ]
「全く。それじゃあハルさん、失礼します」
「あ、はい……」
前髪をさらりとかき上げ、シゲルくんはでは、と部屋を出て行った。なんかどっと疲れたな……こんなんで私本当にやっていけるんだろうか……。
[カゲ]
「?ヒトカゲ?どうしたの?」
ヒトカゲがぺちぺちとおもむろに私の足首を叩き、どこかを指さした。その先にはモンスターボールが並ぶ棚が見える。
「取って欲しいの?だめだよ、ヒトカゲ。私はここの人じゃないから勝手には……」
[カーゲカゲ]
「あっ」
ヒトカゲは棚の横の低い本棚に飛び乗ると、棚にあったモンスターボールのうちのひとつを抱え上げた。それを私へ渡そうとする。
「ち、ちょっとまって、ヒトカゲ」
[カゲ〜]
「わ、わ!?」
まだ小さなヒトカゲの両腕ではまんまるのモンスターボールは上手く抱えられないようで、よろよろと私のいる方へ方向転換しようとする。しかし、つるっとその腕からボールを離してしまった。
「わー!」
慌ててモンスターボールをしっかり両手で受け止める。モンスターボールは無事に受け取ったが、その拍子にパカン!とボールの蓋が開いてしまった。背中に冷たいものがおりる。
[……]
白い光とともに中から現れたのは、黄色い少しだけぽっちゃりフォルム、赤いほっぺはこちらで読んだ図鑑はおろか、私の元いた世界でも何度も目にしたことがある。
「(ピカチュウ、だー!?)」
[ピィカ……]
私の目の前に現れたピカチュウは、不機嫌そうに表情を歪めている。あれ?こんな光景、どこかで?
[ピィ……]
ギロッと私を睨み、ピカチュウが前足を地面について歯を剥き出して威嚇した。好戦的なピカチュウ、そして、手元に雷のマークがついたモンスターボール。
これ、って、
「(主人公、サトシのピカチュウ!?)」
まずい、まずいよ、え?まずいよね!?なんでこんなところで、あ、そういえばシゲルくんってサトシの幼馴染ライバルだったはず。旅立つ日、彼は寝坊をして、このピカチュウと出会うお話だったと思う。
「(ここでボールから出ちゃうなんて、絶対にまずい!何とかして戻さないと……!)」
[カゲー!]
事の犯人であるヒトカゲがにこにことピカチュウの前へと飛び降りる。そして遊ぼうよ〜と誘うように、無防備にピカチュウへ近づいた。
「ひ、ヒトカゲ」
突然の登場に驚いたピカチュウが止めようとする間もなく、ヒトカゲに飛びかかろうと後ろ足を蹴った。間に合わない。
「っ!」
ほとんど反射でヒトカゲを抱き抱える。棚に肩をぶつけ、二の腕にピカチュウの牙が突き刺さった。悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。これ以上、ピカチュウを刺激してはいけない。
「う、ぐ、」
ググッと牙を押し込むように力が入るのを感じて、ふと祖母の家で飼っていた噛み癖のある猫を思い出した。徐々に力を入れていくんだよね。いやいやそんなこと考えている場合では。
[チ゛ュゥ……!]
[カゲッ!?]
「ごめん、ごめんなさい、おどろいたよね?」
もう片方の手を必死に動かして、ピカチュウの後ろ頭を撫でた。指先が震えている、痛みで涙が滲む。ピカチュウ、ピカチュウ、と名前を何度も呼んだ。
ぴくっ、とピカチュウの耳が動く。
[ピィカ……?]
「ごめんなさい、ヒトカゲに悪気はないんだよ、ヒトカゲもごめんなさいできる?」
[カ、カゲカゲ……]
「大丈夫、大丈夫、2人ともお利口だね……」
ふう、ふう、と息を吐きながら、震える手で何度もピカチュウを撫でる。これで合っているのかわからない、けれど、私の指がピカチュウの毛の間を滑る度、噛む力が弱まっていくのが分かった。
[…ピカ……]
呆然とした様子でピカチュウが口を離した。私は傍らに転がっていたモンスターボールに手をかけ、眉を下げる。
「おどろかせて、ほんとにごめんね」
ピカチュウへモンスターボールを向けた。赤い光とともになにか言いたげなピカチュウが、モンスターボールへと吸い込まれていく。
[カゲ……!]
「ヒトカゲ?人のものは勝手に触ったらだめだよ、分かった……かな……」
ヒトカゲと目を合わせようと下に向いた視線が、ピカチュウに噛み付かれた腕へと流れる。キイチさんにもらった白のパーカーが、じわじわと赤く染まっていくのが見えてしまった。
アドレナリンが出ているのか、痛みはさほど感じないがそれを見て痛みまで遅れてやってくる。
「……とりあえず、オーキド博士呼んで来られる……?ヒトカゲ……」
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