リコロイ
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広い平原に、その巨大な物体が天空より舞い降りる。近くの木々がなぎ倒されそうな勢いで風にざわめき、鳥ポケモンたちが泡を食って逃げ出していくのが見えた。
この世界の飛行技術は目を見張るものがあるなぁとぼんやり思っていたけれど、こうもまざまざと見せつけられるともう言葉も出ない、ただただ圧巻、である。これから私がこれに乗船する。この、大変立派な、海賊船のような、素晴らしい飛行船に。またもや替え玉、もとい、スオウ博士の代理として。
いやいやおかしい、相手はぜひスオウ博士をと誘っているのに何故私が乗船するのか。頭を抱えそうになるのを必死に押さえて、静かに目を閉じた。
旅費を全て負担する、いま気になっている地方の遺跡やらポケモンやらまで連れて行ってやる、この大変魅力的なお誘いに、なぜスオウ博士は自ら乗らずに私を差し出したのか。
決まっている。
「(閉鎖空間で他人と生活するのが嫌だったからだ絶対……)」
☆
風がレースのカーテンを押しのけて、頬をくすぐったその温度にふと顔を上げた。生ぬるい温かみを含んだ風はもうすぐ季節が変わることを知らせている。そういえば最近上着の要らない気温になってきている。
「(あと少しやったら休憩にしようかな)」
手元の本を抱え直し、小さく息を吐く。この本の山は先ほどまで虫干ししていたもので、引き上げて本棚へ戻している最中だった。ほんのり温かい表紙に指を滑らせ、口元を綻ばせる。
目を通し、今日中に返信すべきメールは全て対応済。スオウ博士から預かっていた資料の打ち込みも終わっているし、森のポケモンたちも今日は穏やかだった。うんうん、素晴らしく完璧な1日だった。
「(今日のインテレオンのご飯なんだろうな〜)」
最後の1冊の本を棚へしまい、そのトン!という気持ちのいい音と共に、思わず「よし!」と声が漏れた。インテレオンの夕食の仕込みを手伝いに行こうっと。
「ハル!」
「えっ!?はい!?」
本を持っていたら確実取り落としていたと思う。バン!と大きな音をたてて現れたのはスオウ博士だった。眉を寄せ、目を細めてなにやらあまり良い状況では無さそうだ。嫌な予感がするものの、恐る恐る話しかける。
「あの……?なにかありましたか?」
「……臨時ボーナス欲しくないか」
「要らないです!!!!!」
最早、臨時ボーナ、の時点で叫ぶように拒否した。スオウ博士の表情は変わらない。私は負けないように意志を強く持ち、きっと博士を睨みつける。
「また事前説明も無しに今度はどこに私を放り込むつもりですか!!?もうお偉い方のパーティーにはぜっつっっっっつったい行きませんから!!」
「……ほう、拒否するか」
「うっ……た、たしかにスオウ博士にはたいっへんにお世話になっております!おりますけれど、だからといってその、私に人権は無いんですかねえ!?」
もはや悲鳴に近い訴えにさえも、スオウ博士はぴくりとも眉を動かさない。なんてことだ、いや長く付き合ってわかっていたはずだけれど、この人本当に血も涙もない。
やれやれどう料理してやろうかという余裕さえ感じるのだ。全くもって納得できない。
「まあ話だけ聞け、話を聞くだけ」
「……聞くだけですか?」
「そうだ」
「ま、まあそれくらいでしたら……」
うむ、と1つ頷いてスオウ博士は白衣の両ポケットに手を突っ込みつつ口を開く。
「俺の古い知り合いになんとかかんとかという、チームを組んでいるやつがいてな」
「1文字も出ていませんが……」
「久しぶりに連絡が来たと思ったら、一緒にフィールドワークをしないかという誘いでな、俺はまあ、2つ返事で断ったんだが」
「(本当に血も涙もない……)」
いけしゃあしゃあと語るスオウ博士はやはり無表情である。
「あいつはどこで情報を手に入れたのか、俺がチェックを付けている遺跡やら、ポケモンやらを話題に出してそこまでの旅費をカバー出来ると言ってきた」
「え!?それって最近見つかったパルデア地方のあれやこれやとか、カントー地方のあれやこれやとかのことですか!?全部行ったらとんでもない日数と旅費になりますよね!?」
相手は大富豪か社長だろうか?
ぱちくりと目を瞬かせる私に、スオウ博士もまあそうだなと曖昧に頷く。
「大変魅力的なお誘いだ。だが俺は行きたくない。よってお前を行かせることにした」
「え……」
「俺の助手を代わりに行かせると先方には伝えてある。了承も得ている。出発は明後日」
「明後日!?」
「素早く荷物をまとめろ、インテレオンに引き継ぎも忘れるな」
「ま、まって!話を聞くだけっていいませんでした!!?」
だくりゅうのように一切の抵抗を許さない畳み掛けに、慌てて待ったをかけるが、そんな私にお構いなくスオウ博士はどこ吹く風で腕を組み直す。
「これらの調査に本来かかる予定だった金額の半分を給与として出すと言ったら?」
「……!??」
「こちらに掛かっているこれまでの生活費を差し引いても、残るはずだ。お前、貯蓄について悩んでいただろう」
「う、ああ」
なんてことだ。
スオウ博士は半額で欲しかった研究結果を得て、私はその半分をお給料として受け取れる。これまで費用に関してはスオウ博士におんぶにだっこだったところを、青天の霹靂である。
お金っ……結局お金なの……!?1人の大人として、人間として、その価値観ってどうなの……!?と、必死に冷静に考えようとするが、考えがまとまらない。結局、スオウ博士はポンと私の肩に手を置くと、「行ってくれるな?」と囁き、私はそれにこくこくと頷くしか無かったのだった。
こうして話は冒頭へと戻る。
いつものリュックにはいつものインテレオン手製のサンドイッチと、温かいハーブティーがいれられた水筒が入っている。気持ち程度に整えた前髪はこの暴風に為す術なく崩れ、もはや整えることさえ諦めた。
「(一昨日の私に説教してやりたい……「1度持ち帰り検討します」となぜ言えなかった、と)」
いや、持ち帰ったところで私の上司はこの横で、「研究所を吹き飛ばす気か??」と目を細めながら文句を言っているこの人なので逃げ場は無いのだけれども。
やがて大袈裟な機械音をたてて、ゆっくりと飛行船が着陸する。というか、ここ地盤とか大丈夫なんだろうか。
「よぉ!スオウ!」
開いた扉から、明るく元気な呼び声がする。その人は親しげにこちらへ手を振るが、スオウ博士は白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま動かない。
「研究所を潰す気かと思ったぞ」
「ハハ!悪い悪い、早く迎えに来たくてなぁ。おいおい、本当に久しぶりだな」
「お前に最後いつ会ったか覚えていない」
「相変わらずだなぁ!」
カラカラと笑いながらこちらへと降りてきたのは、太陽にきらりと綺麗に映える銀髪の男の人だった。どことなく、雰囲気がキバナさんに似ている気がする。
「お!こっちがスオウのイチオシ助手か?」
「(イチオシ!?)い、いえ、ただの雑用係です。初めまして、ハルと言います」
「ハル!会えて嬉しいよ、俺はフリード!フリードでいいぜ」
「はい、よろしくお願い、します」
「そんなに緊張しなくても、取って食ったりしないさ」
「ハハハ……」
からりと気持ちよく笑うその人に私はぎこちなく笑みを返す。申し訳ない。ぐいぐい来られるとどうしたら良いのか分からなくなるのが、一生直らない私の欠点である。
ポケモンなら両手を広げて迎え入れるんだけど、人相手だとこうも上手くできない。
「しかし本当に行かないのか?お前と旅できるの楽しみにしてたんだけどな?」
「行かない。それに」
ちらりとスオウ博士の視線がこちらに向くのを感じ、きょとんと受け止める。
「こいつは役に立つ。存分に使え」
「(まじで私をなんだと思って???)」
「へーえ、お前にそこまで言わせるか。ますます気になるねぇ」
「お手柔らかにお願します…」
フリードさんはまじまじと私を見つめ、やがて傍らに置かれたカバンに気がつくとそれを持ってくださった。遠慮しようとする間もなく、いいから!行こうぜ!と飛行船を親指で指さす。
[レオ……!]
いざ出発となるとやはりインテレオンが愚図った。すらりとした両腕でしっかり私の身体を抱き込み、すりすりと頬に擦り寄る。ひんやり冷たい。
「インテレオン、ありがとう。大丈夫だよ、こまめに連絡入れるからね」
[レオレオ!!]
「うんうん、そんなに泣かないで。サンドイッチも紅茶もありがとうね、美味しく食べるね」
[レオレ〜〜〜〜!!]
「すげーなー……?」
「いつもこんなんだぞ」
おいおい泣くインテレオンの涙で、私の肩口が湿ってきたころ、強制的にスオウ博士がボールへインテレオンを戻して事態は収まる。苦笑しつつ、スオウ博士へ一礼してようやく私は飛行船へと足を踏み入れた。
乗船してすぐ窓の外のスオウ博士に手を振ろうとしたけど、スオウ博士はさっさと研究所へ戻り扉が閉まるところだった。きっともう鍵も閉まることだろう。
「……」
「どうした?忘れ物か?」
「いえ……」
気を取り直して、曖昧な笑みをフリードさんへ返した。
「わあ」
外から見てとても大きな船だと思ったが、中に入ってその大きさが更に分かる。内装も素敵だった。バトルフィールドまである。一体いくらするんだろう、フリードさんがどういった人なのか調べる暇さえ無かったので、全く未知のままに乗り込んでしまった。
「それじゃあみんなに紹介するぜ」
「は、はい!」
通されたのは食堂のようなところだった。扉が開くなり、中にいた人たちが一斉にこちらを振り向く。
「フリード、おかえり」
ピンクの髪のお姉さんがフリードさんへ声をかけ、後ろの私に気がついておや、と目を細めた。
「その子が?」
「ああ!俺の旧友のイチオシ助手だ」
「(違う!違う!)はは、イチオシというわけでは……ハルと言います。これからしばらくお世話になります」
「あたしはモリー、よろしくね。この船で医療面担当って感じかな」
ピンクの髪のお姉さん、モリーさんの隣でラッキーがにこりと微笑んで私に手を振った。かわいい!ラッキー久しぶりに見たなぁ。まさに聖母、白衣の天使ポケモン(私命名)
「オリオだよ!この船の整備をしてる、よろしく!」
ぱっと手を挙げ、ウインクしてくれたのはポニーテールのお姉さん、ラフにツナギを着崩している様子にメカニックと自己紹介されたのにも納得がいく。私は機械にとんと疎いので尊敬の域だ。
「最後に、俺はマードックだ。ここで料理を作ったりしてる。あと1人、姪がいるんだが人見知りでな、挨拶はまたの機会に」
体の大きさに見合わず、物腰柔らかで下げた眉からも人あたりの良さが感じ取れた。手を緩く出されて、それを握れば嬉しげに笑みも見せてくれる。
「よろしくお願いします」
女性もいるし、皆さん優しそうで心底安心した。ほっと気を少し緩めると、みんなの後ろにこちらを窺う影がいくつか見える。
「あ、」
「この子たちは各地を旅してるうちに居着いたポケモンたちなの!ちょーっと人見知りな子もいるけど、みんないい子だからすぐに仲良く……」
オリオさんが紹介してくれようと、道を開けた瞬間にぱちりと視線がかち合う。1番手前にいたユキワラシがぱあっと表情を輝かせた。あ、これは。
[ユッキ!]
あっという間にたたたーっと走り出し、みんなが止める間もなくユキワラシはそのまま私のお腹に体当たりした。
「うぐ!?」
いくら小さいといえど17kgもあるユキワラシに、まあまあの勢いで体当たりされれば私も受け切れずに尻もちをつく。荷物を持っていたし、避けたりしたらユキワラシが壁にぶつかってしまいそうだったし、もうなんて言うか、私が犠牲になるしか無い状況だった。
「え!?え!?」
目を丸くしたオリオさんが初めに口を開いた。それを皮切りに、モリーさんとマードックさんも慌てて駆け寄ってくれる。モリーさんがフリードさんになんで受け止めてやらない!と理不尽に叱りつけているのが見えた。
「き、にしなで、」
ひらひらと手を振り、みんなが慌てているのを見てパニックになりかけているユキワラシをゆっくり撫で付ける。
「大丈夫、落ち着いて」
[ユッキ……!]
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、私は君に思いっきり体当たりされると倒れちゃうんだ」
眉を下げ苦笑すると、ユキワラシが身体を離そうとしてくる。それを両手で阻んで、赤子を抱え込むようによしよし、と更に撫で回した。
「でも、歓迎してくれたのは嬉しいな。これからよろしくね」
ユキワラシと視線を合わせてにこ、と笑みを返すとユキワラシはようやく落ち着いて、今度は力を加減してくれながら私のお腹に擦り寄った。
「やるなぁ!ポケモンの扱いに随分慣れてる」
「あ、スオウ博士の代理で色んな地方に行ってたので……色々ありまして」
「いい子連れてきたね、フリード」
駆け寄ってくれたマードックさんと、モリーさんが手放しに褒めてくれるので慌てて謙遜する。へへ、と照れ笑いながら顔を上げると今度はぱちりとフリードさんと視線が合った。
「……」
「?」
フリードさんの瞳の奥に、何か力が籠り、光が宿った気がしてきょとんと見つめ返す。
「はは!やっぱりイチオシ助手だ」
からりと笑ったフリードさんに、ユキワラシが元気な声で返事をした。
☆
立派な飛行船の立派な一室を与えられた。ベッドにデスク、クローゼットまで備え付けられているので十分過ぎるほどに設備は整っている。飛行船なので窓にはガラスがはめ込まれていて開けられないけれど、甲板に出られるので問題ないだろう。
洗濯、シャワーにご飯の時間まで、皆さんは手取り足取り丁寧に教えてくれた。お陰様で快適に過ごせそうである。
粗方荷解きも済み、よし、とクローゼットの扉を閉じる。荷解きが済むころには夕飯ができるとマードックさんが仰っていたので、食堂へ戻ろう。
足元で私の後を着いてはわっせわっせと一緒に移動していたユキワラシも、ふーと息を吐いている。んふふ、かわいい。
「あ」
扉を開けると、モリーさんがちょうど歩いてくるところだった。私の姿を見て、緩く微笑んでくれる。
「ハル、ちょうど良かった」
「モリーさん」
「モリーでいいのに」
「あはは、癖で……すみません」
「謝ることじゃないけどさ。あれ、ユキワラシここにいたの」
[ユッキ!]
「ふふ、すっかり懐いたわね」
「有難いことです」
どこか得意げな様子のユキワラシを見て
思わずというように吹き出すモリーさんに私も笑って返す。そういえば、何か?とご用事がある様子のモリーさんへ首を傾げる。
「食事が出来たから呼びに来たの。まだ部屋の場所とか不安なんじゃないかと思ってね。もう行ける?」
「助かります!閉めるよ〜ユキワラシ」
[ユッキユッキ!]
またまたわっせわっせとユキワラシがしっかり廊下に出たのを見て、扉を閉める。モリーさんは来た道を引き返して、こっちよ、と指さしてくれた。
「ハル、しばらく他の地方へ到着するのに時間があるけど、何して過ごすの?」
「特に何も持ってきていなくて……なにせ2日前に搭乗を知らされまして……」
「2日前!?あんたのとこの博士むちゃくちゃね!?」
「言ってやってください……私の生活を握られているのもあって、逆らう権利がありませんもので……」
「なにそれ……その博士に借金でもしてるの?」
「似たようなものですね……」
色々複雑なのね……とモリーさんは眉を下げ、まあ何かあったらなんでも頼って、と言ってくださった。普通に好きになりそうだ。もう好きかも。
項垂れる私をユキワラシが心配そうに見ている。癒される。
「まあ振り回されているっていう点ではうちも似たようなものね」
「そうなんですか?フリードさん、とても良い方に見えますが……」
「良いやつなのは違いないけど、いつも説明が足りないっていうか大雑把っていうか?尻拭いも大変よ?」
「ふふ、お互い苦労しますねえ」
「えー!モリー抜け駆けじゃない?」
ぱっと食堂の扉が開いて、オリオさんが顔を出した。私もモリーさんも驚いて目を瞬かせる。
「びっくりした!何よ急に」
「私だってハルと話したいのに!もう仲良くなってるなんて!待ってたよ、こっち座って!」
「は、はい!」
→
この世界の飛行技術は目を見張るものがあるなぁとぼんやり思っていたけれど、こうもまざまざと見せつけられるともう言葉も出ない、ただただ圧巻、である。これから私がこれに乗船する。この、大変立派な、海賊船のような、素晴らしい飛行船に。またもや替え玉、もとい、スオウ博士の代理として。
いやいやおかしい、相手はぜひスオウ博士をと誘っているのに何故私が乗船するのか。頭を抱えそうになるのを必死に押さえて、静かに目を閉じた。
旅費を全て負担する、いま気になっている地方の遺跡やらポケモンやらまで連れて行ってやる、この大変魅力的なお誘いに、なぜスオウ博士は自ら乗らずに私を差し出したのか。
決まっている。
「(閉鎖空間で他人と生活するのが嫌だったからだ絶対……)」
☆
風がレースのカーテンを押しのけて、頬をくすぐったその温度にふと顔を上げた。生ぬるい温かみを含んだ風はもうすぐ季節が変わることを知らせている。そういえば最近上着の要らない気温になってきている。
「(あと少しやったら休憩にしようかな)」
手元の本を抱え直し、小さく息を吐く。この本の山は先ほどまで虫干ししていたもので、引き上げて本棚へ戻している最中だった。ほんのり温かい表紙に指を滑らせ、口元を綻ばせる。
目を通し、今日中に返信すべきメールは全て対応済。スオウ博士から預かっていた資料の打ち込みも終わっているし、森のポケモンたちも今日は穏やかだった。うんうん、素晴らしく完璧な1日だった。
「(今日のインテレオンのご飯なんだろうな〜)」
最後の1冊の本を棚へしまい、そのトン!という気持ちのいい音と共に、思わず「よし!」と声が漏れた。インテレオンの夕食の仕込みを手伝いに行こうっと。
「ハル!」
「えっ!?はい!?」
本を持っていたら確実取り落としていたと思う。バン!と大きな音をたてて現れたのはスオウ博士だった。眉を寄せ、目を細めてなにやらあまり良い状況では無さそうだ。嫌な予感がするものの、恐る恐る話しかける。
「あの……?なにかありましたか?」
「……臨時ボーナス欲しくないか」
「要らないです!!!!!」
最早、臨時ボーナ、の時点で叫ぶように拒否した。スオウ博士の表情は変わらない。私は負けないように意志を強く持ち、きっと博士を睨みつける。
「また事前説明も無しに今度はどこに私を放り込むつもりですか!!?もうお偉い方のパーティーにはぜっつっっっっつったい行きませんから!!」
「……ほう、拒否するか」
「うっ……た、たしかにスオウ博士にはたいっへんにお世話になっております!おりますけれど、だからといってその、私に人権は無いんですかねえ!?」
もはや悲鳴に近い訴えにさえも、スオウ博士はぴくりとも眉を動かさない。なんてことだ、いや長く付き合ってわかっていたはずだけれど、この人本当に血も涙もない。
やれやれどう料理してやろうかという余裕さえ感じるのだ。全くもって納得できない。
「まあ話だけ聞け、話を聞くだけ」
「……聞くだけですか?」
「そうだ」
「ま、まあそれくらいでしたら……」
うむ、と1つ頷いてスオウ博士は白衣の両ポケットに手を突っ込みつつ口を開く。
「俺の古い知り合いになんとかかんとかという、チームを組んでいるやつがいてな」
「1文字も出ていませんが……」
「久しぶりに連絡が来たと思ったら、一緒にフィールドワークをしないかという誘いでな、俺はまあ、2つ返事で断ったんだが」
「(本当に血も涙もない……)」
いけしゃあしゃあと語るスオウ博士はやはり無表情である。
「あいつはどこで情報を手に入れたのか、俺がチェックを付けている遺跡やら、ポケモンやらを話題に出してそこまでの旅費をカバー出来ると言ってきた」
「え!?それって最近見つかったパルデア地方のあれやこれやとか、カントー地方のあれやこれやとかのことですか!?全部行ったらとんでもない日数と旅費になりますよね!?」
相手は大富豪か社長だろうか?
ぱちくりと目を瞬かせる私に、スオウ博士もまあそうだなと曖昧に頷く。
「大変魅力的なお誘いだ。だが俺は行きたくない。よってお前を行かせることにした」
「え……」
「俺の助手を代わりに行かせると先方には伝えてある。了承も得ている。出発は明後日」
「明後日!?」
「素早く荷物をまとめろ、インテレオンに引き継ぎも忘れるな」
「ま、まって!話を聞くだけっていいませんでした!!?」
だくりゅうのように一切の抵抗を許さない畳み掛けに、慌てて待ったをかけるが、そんな私にお構いなくスオウ博士はどこ吹く風で腕を組み直す。
「これらの調査に本来かかる予定だった金額の半分を給与として出すと言ったら?」
「……!??」
「こちらに掛かっているこれまでの生活費を差し引いても、残るはずだ。お前、貯蓄について悩んでいただろう」
「う、ああ」
なんてことだ。
スオウ博士は半額で欲しかった研究結果を得て、私はその半分をお給料として受け取れる。これまで費用に関してはスオウ博士におんぶにだっこだったところを、青天の霹靂である。
お金っ……結局お金なの……!?1人の大人として、人間として、その価値観ってどうなの……!?と、必死に冷静に考えようとするが、考えがまとまらない。結局、スオウ博士はポンと私の肩に手を置くと、「行ってくれるな?」と囁き、私はそれにこくこくと頷くしか無かったのだった。
こうして話は冒頭へと戻る。
いつものリュックにはいつものインテレオン手製のサンドイッチと、温かいハーブティーがいれられた水筒が入っている。気持ち程度に整えた前髪はこの暴風に為す術なく崩れ、もはや整えることさえ諦めた。
「(一昨日の私に説教してやりたい……「1度持ち帰り検討します」となぜ言えなかった、と)」
いや、持ち帰ったところで私の上司はこの横で、「研究所を吹き飛ばす気か??」と目を細めながら文句を言っているこの人なので逃げ場は無いのだけれども。
やがて大袈裟な機械音をたてて、ゆっくりと飛行船が着陸する。というか、ここ地盤とか大丈夫なんだろうか。
「よぉ!スオウ!」
開いた扉から、明るく元気な呼び声がする。その人は親しげにこちらへ手を振るが、スオウ博士は白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま動かない。
「研究所を潰す気かと思ったぞ」
「ハハ!悪い悪い、早く迎えに来たくてなぁ。おいおい、本当に久しぶりだな」
「お前に最後いつ会ったか覚えていない」
「相変わらずだなぁ!」
カラカラと笑いながらこちらへと降りてきたのは、太陽にきらりと綺麗に映える銀髪の男の人だった。どことなく、雰囲気がキバナさんに似ている気がする。
「お!こっちがスオウのイチオシ助手か?」
「(イチオシ!?)い、いえ、ただの雑用係です。初めまして、ハルと言います」
「ハル!会えて嬉しいよ、俺はフリード!フリードでいいぜ」
「はい、よろしくお願い、します」
「そんなに緊張しなくても、取って食ったりしないさ」
「ハハハ……」
からりと気持ちよく笑うその人に私はぎこちなく笑みを返す。申し訳ない。ぐいぐい来られるとどうしたら良いのか分からなくなるのが、一生直らない私の欠点である。
ポケモンなら両手を広げて迎え入れるんだけど、人相手だとこうも上手くできない。
「しかし本当に行かないのか?お前と旅できるの楽しみにしてたんだけどな?」
「行かない。それに」
ちらりとスオウ博士の視線がこちらに向くのを感じ、きょとんと受け止める。
「こいつは役に立つ。存分に使え」
「(まじで私をなんだと思って???)」
「へーえ、お前にそこまで言わせるか。ますます気になるねぇ」
「お手柔らかにお願します…」
フリードさんはまじまじと私を見つめ、やがて傍らに置かれたカバンに気がつくとそれを持ってくださった。遠慮しようとする間もなく、いいから!行こうぜ!と飛行船を親指で指さす。
[レオ……!]
いざ出発となるとやはりインテレオンが愚図った。すらりとした両腕でしっかり私の身体を抱き込み、すりすりと頬に擦り寄る。ひんやり冷たい。
「インテレオン、ありがとう。大丈夫だよ、こまめに連絡入れるからね」
[レオレオ!!]
「うんうん、そんなに泣かないで。サンドイッチも紅茶もありがとうね、美味しく食べるね」
[レオレ〜〜〜〜!!]
「すげーなー……?」
「いつもこんなんだぞ」
おいおい泣くインテレオンの涙で、私の肩口が湿ってきたころ、強制的にスオウ博士がボールへインテレオンを戻して事態は収まる。苦笑しつつ、スオウ博士へ一礼してようやく私は飛行船へと足を踏み入れた。
乗船してすぐ窓の外のスオウ博士に手を振ろうとしたけど、スオウ博士はさっさと研究所へ戻り扉が閉まるところだった。きっともう鍵も閉まることだろう。
「……」
「どうした?忘れ物か?」
「いえ……」
気を取り直して、曖昧な笑みをフリードさんへ返した。
「わあ」
外から見てとても大きな船だと思ったが、中に入ってその大きさが更に分かる。内装も素敵だった。バトルフィールドまである。一体いくらするんだろう、フリードさんがどういった人なのか調べる暇さえ無かったので、全く未知のままに乗り込んでしまった。
「それじゃあみんなに紹介するぜ」
「は、はい!」
通されたのは食堂のようなところだった。扉が開くなり、中にいた人たちが一斉にこちらを振り向く。
「フリード、おかえり」
ピンクの髪のお姉さんがフリードさんへ声をかけ、後ろの私に気がついておや、と目を細めた。
「その子が?」
「ああ!俺の旧友のイチオシ助手だ」
「(違う!違う!)はは、イチオシというわけでは……ハルと言います。これからしばらくお世話になります」
「あたしはモリー、よろしくね。この船で医療面担当って感じかな」
ピンクの髪のお姉さん、モリーさんの隣でラッキーがにこりと微笑んで私に手を振った。かわいい!ラッキー久しぶりに見たなぁ。まさに聖母、白衣の天使ポケモン(私命名)
「オリオだよ!この船の整備をしてる、よろしく!」
ぱっと手を挙げ、ウインクしてくれたのはポニーテールのお姉さん、ラフにツナギを着崩している様子にメカニックと自己紹介されたのにも納得がいく。私は機械にとんと疎いので尊敬の域だ。
「最後に、俺はマードックだ。ここで料理を作ったりしてる。あと1人、姪がいるんだが人見知りでな、挨拶はまたの機会に」
体の大きさに見合わず、物腰柔らかで下げた眉からも人あたりの良さが感じ取れた。手を緩く出されて、それを握れば嬉しげに笑みも見せてくれる。
「よろしくお願いします」
女性もいるし、皆さん優しそうで心底安心した。ほっと気を少し緩めると、みんなの後ろにこちらを窺う影がいくつか見える。
「あ、」
「この子たちは各地を旅してるうちに居着いたポケモンたちなの!ちょーっと人見知りな子もいるけど、みんないい子だからすぐに仲良く……」
オリオさんが紹介してくれようと、道を開けた瞬間にぱちりと視線がかち合う。1番手前にいたユキワラシがぱあっと表情を輝かせた。あ、これは。
[ユッキ!]
あっという間にたたたーっと走り出し、みんなが止める間もなくユキワラシはそのまま私のお腹に体当たりした。
「うぐ!?」
いくら小さいといえど17kgもあるユキワラシに、まあまあの勢いで体当たりされれば私も受け切れずに尻もちをつく。荷物を持っていたし、避けたりしたらユキワラシが壁にぶつかってしまいそうだったし、もうなんて言うか、私が犠牲になるしか無い状況だった。
「え!?え!?」
目を丸くしたオリオさんが初めに口を開いた。それを皮切りに、モリーさんとマードックさんも慌てて駆け寄ってくれる。モリーさんがフリードさんになんで受け止めてやらない!と理不尽に叱りつけているのが見えた。
「き、にしなで、」
ひらひらと手を振り、みんなが慌てているのを見てパニックになりかけているユキワラシをゆっくり撫で付ける。
「大丈夫、落ち着いて」
[ユッキ……!]
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、私は君に思いっきり体当たりされると倒れちゃうんだ」
眉を下げ苦笑すると、ユキワラシが身体を離そうとしてくる。それを両手で阻んで、赤子を抱え込むようによしよし、と更に撫で回した。
「でも、歓迎してくれたのは嬉しいな。これからよろしくね」
ユキワラシと視線を合わせてにこ、と笑みを返すとユキワラシはようやく落ち着いて、今度は力を加減してくれながら私のお腹に擦り寄った。
「やるなぁ!ポケモンの扱いに随分慣れてる」
「あ、スオウ博士の代理で色んな地方に行ってたので……色々ありまして」
「いい子連れてきたね、フリード」
駆け寄ってくれたマードックさんと、モリーさんが手放しに褒めてくれるので慌てて謙遜する。へへ、と照れ笑いながら顔を上げると今度はぱちりとフリードさんと視線が合った。
「……」
「?」
フリードさんの瞳の奥に、何か力が籠り、光が宿った気がしてきょとんと見つめ返す。
「はは!やっぱりイチオシ助手だ」
からりと笑ったフリードさんに、ユキワラシが元気な声で返事をした。
☆
立派な飛行船の立派な一室を与えられた。ベッドにデスク、クローゼットまで備え付けられているので十分過ぎるほどに設備は整っている。飛行船なので窓にはガラスがはめ込まれていて開けられないけれど、甲板に出られるので問題ないだろう。
洗濯、シャワーにご飯の時間まで、皆さんは手取り足取り丁寧に教えてくれた。お陰様で快適に過ごせそうである。
粗方荷解きも済み、よし、とクローゼットの扉を閉じる。荷解きが済むころには夕飯ができるとマードックさんが仰っていたので、食堂へ戻ろう。
足元で私の後を着いてはわっせわっせと一緒に移動していたユキワラシも、ふーと息を吐いている。んふふ、かわいい。
「あ」
扉を開けると、モリーさんがちょうど歩いてくるところだった。私の姿を見て、緩く微笑んでくれる。
「ハル、ちょうど良かった」
「モリーさん」
「モリーでいいのに」
「あはは、癖で……すみません」
「謝ることじゃないけどさ。あれ、ユキワラシここにいたの」
[ユッキ!]
「ふふ、すっかり懐いたわね」
「有難いことです」
どこか得意げな様子のユキワラシを見て
思わずというように吹き出すモリーさんに私も笑って返す。そういえば、何か?とご用事がある様子のモリーさんへ首を傾げる。
「食事が出来たから呼びに来たの。まだ部屋の場所とか不安なんじゃないかと思ってね。もう行ける?」
「助かります!閉めるよ〜ユキワラシ」
[ユッキユッキ!]
またまたわっせわっせとユキワラシがしっかり廊下に出たのを見て、扉を閉める。モリーさんは来た道を引き返して、こっちよ、と指さしてくれた。
「ハル、しばらく他の地方へ到着するのに時間があるけど、何して過ごすの?」
「特に何も持ってきていなくて……なにせ2日前に搭乗を知らされまして……」
「2日前!?あんたのとこの博士むちゃくちゃね!?」
「言ってやってください……私の生活を握られているのもあって、逆らう権利がありませんもので……」
「なにそれ……その博士に借金でもしてるの?」
「似たようなものですね……」
色々複雑なのね……とモリーさんは眉を下げ、まあ何かあったらなんでも頼って、と言ってくださった。普通に好きになりそうだ。もう好きかも。
項垂れる私をユキワラシが心配そうに見ている。癒される。
「まあ振り回されているっていう点ではうちも似たようなものね」
「そうなんですか?フリードさん、とても良い方に見えますが……」
「良いやつなのは違いないけど、いつも説明が足りないっていうか大雑把っていうか?尻拭いも大変よ?」
「ふふ、お互い苦労しますねえ」
「えー!モリー抜け駆けじゃない?」
ぱっと食堂の扉が開いて、オリオさんが顔を出した。私もモリーさんも驚いて目を瞬かせる。
「びっくりした!何よ急に」
「私だってハルと話したいのに!もう仲良くなってるなんて!待ってたよ、こっち座って!」
「は、はい!」
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