小さな双子の親指姫



 その夜ガッシュは眠れずに起き上がり、寝床の干し草を引き出して大きな毛布を編み始めた。そして毛布を両手に抱えて通路の奥へ運んでいくと、燕の上にふわりと広げて掛けてやった。凍えて冷たい燕の身体は、よく乾いた干し草の毛布で温かそうに包まれた。
 これが無意味であるとは分かっている。死んだ者には飢えも寒さもない、とブラゴは言っていた。だが、せめて弔いはしてやりたいとガッシュは燕を抱きしめた。
「美しい歌声をありがとう。貴方が楽しくうたってくれて、私はいつも慰められていたのだ」
 燕の胸に頭を乗せたガッシュの耳に驚くような音が聞こえた。とくとくと動く心臓の音だ。燕は死んではいなかった。寒さに弱って地面に落ちて雪で凍りついていただけだった。
 ガッシュは急に怖くなった。燕はとても大きくて、小さなガッシュの背丈の何倍もある。けれど燕の心臓の音はまだ弱く、息は微かで、ほんのわずかな温もりもすぐに消えてしまいそうだった。ガッシュは思い切って自分の寝床の上掛けを持ってくると、燕がしっかりと温まるように気を付けて掛けなおし、身体ごとぴたりと寄り添った。
 次の朝、ガッシュが様子を窺うと燕はうっすらと目を開けていた。
「ありがとう。小さな方」
 燕はまた目を閉じて、力のこもらない声で囁いた。
「おかげで私は助かりました。力が戻れば、すぐ日差しの中を飛んでいけるでしょう」
「良かったの。でも外は寒くて雪もあるのだ。今しばらく休まれるがよい」
 ガッシュが運んできた水を飲むと、燕は少しずつ話ができるようになった。翼の片方を茂みで傷つけたこと、皆と同じ速さで飛べず、南へ旅立てずにいたこと。寒さに震えているうちに地面に落ちて、身体を強く打ち付けたこと。それからどうしていたか分からないと。
 冬の間に燕はだんだんと元気を取り戻した。傷が治って羽根が揃うと羽ばたく力も強くなった。ただ地面に落ちたときに忘れてしまった名前だけは、いつまでたっても思い出せなかった。
 長い冬が終わった頃、ガッシュはもう少しこの家に住まわせてほしいとシェリーにお願いした。ガッシュと暮らして、ひとりを寂しく思うようになったシェリーは喜んで承知してくれた。

 春が来た。太陽のお陰で地面は温まり、土竜の硬い爪でなくとも掘れるくらいに軟らかくなった。燕とガッシュはさよならの挨拶をした。
「お別れだの」
「一緒に行きませんか。貴方なら私の背中に乗ることができます。緑の森へご案内しましょう」
 燕は熱心に誘ったが、ガッシュは首を横に振る。
「ありがとう。だが私はここで冬の間にお世話になったシェリー殿にお礼をしたいのだ。燕殿、もし恩を感じてくれるなら、代わりに兄のゼオンを探してほしい。きっと兄も、私を探している」
「わかりました。貴方の兄上は必ず私が見つけましょう。お約束します」
「うぬ。頼む」
「では私に名前を付けてくださいませんか」
「名を?」
「はい。私は貴方から名をいただき、誓いたいのです。大切な約束を忘れないように」
 燕の眼差しは真剣だった。名を願うのも今の思いつきではないとガッシュもわかっていた。燕が息を吹き返したときに感じた怖さは、身体の大きさのせいではなかったからだ。存在の大きさ、命の重みを背負う怖さだ。その怖さは決して消えないが、ガッシュの鼓動と重なって、心の内に力強さをくれるものだと感じていた。
「わかったのだ」
 顔を引き締め、燕の瞳を覗き込んだガッシュの脳裏に光が閃き、ふと思いついた名が口から零れ出た。
「強き翼の者、バオウというのはどうだろう」
「バオウ、よい名ですね」
 嬉しそうに繰り返す燕にガッシュはあらためて向き合った。
「では……お主の名は、バオウ。翼ある強き者にて金の稲妻、バオウ・ザケルガ」
 ガッシュがその名を呼んだ途端に、燕の口から金色の閃光が迸り、気づくと眼前の壁は崩れて穴が大きく開いていた。何が起きたかはよくわからない。だが穴の向こうから差し込んだ光と頬に当たる風に誘われてガッシュとバオウは外に出た。辺りはいっせいに撒かれた麦が青々と芽吹いていて、風にそよいで揺れていた。
「キィヴィット!」
 一声鳴くとバオウは地面を蹴って飛び立った。大きな力が解き放たれたように羽音と風が巻き起こる。空を駆け上がるバオウの姿はすぐに小さな影となり、光に混じって見えなくなった。
6/8ページ
スキ