小さな双子の親指姫

黄金虫

 その時「リグロン!」と声がして、どこからかガッシュの腰にロープが巻き付き、ものすごい勢いで引っ張り上げた。とっさに伸ばしたゼオンの手も空を切り、ガッシュは軽々と宙に舞い上げられた。白い蝶々も、睡蓮の葉も、流れる川も、あっという間に見えなくなった。
 ガッシュを振り回したロープの先には、大きな黄金虫がいた。小さな鉤爪がついたロープをすぐに外すのは難しそうで、外しても空中に放り出されてはたまらない。どこへ行くのかガッシュは不安になりながら、飛んでいる黄金虫がとまるのをじっと待つ。
 黄金虫はやがて大きな古い木の枝に降りてロープを外すと、気さくに話しかけてきた。
「やあ、こんにちは。僕はアポロ。君は?」
「こんにちは、なのだ。我が名はガッシュというのだ」
「ねえ君とっても光っていたね。ひょっとして僕の仲間かと思ったんだけど、違うかい?」
 ガッシュがぶんぶんと頭を横に振ると、アポロは少し笑って言った。
「うん、君は黄金虫とは違う。でも僕は君にとても強い力を感じた。だから君が輝いて見えたんだ」
「強い力?」
「そう。僕は勘が鋭くてね。姿とは別にわかるのさ。ほらロップスも」
「かうかーう!」
 声を上げたのはアポロの肩に乗った小さな天道虫だ。
「可愛いだろ、僕の仲間だ。この子も強い力を持ってるよ。もちろん黄金虫じゃないけど一緒に暮らしてるんだ」
 お近づきのしるしにと、アポロは花の蜜を取ってきてガッシュにご馳走してくれた。初めて食べた花の蜜はとても甘くて美味しくて、すぐにお腹はいっぱいになった。
 しばらくするとこの木に住んでいる他の黄金虫がわらわらと集まってきた。そして皆でガッシュを取り囲むと、この子はいったい何の生き物なの、とアポロに尋ねた。
「新しい僕の仲間だよ。ロップスと同じように見つけたんだ」
 すると黄金虫達は口々に言い立てた。
「この子、足が二本しかない。足りないよ」
「それに触覚もないなんて変じゃない」
「ずいぶん細い身体だこと。みっともないね。人間みたいだ」
 アポロは困った顔をした。確かにガッシュは黄金虫でも天道虫でもないが、こんなに煩く言われるとは思わなかった。けれど周りの黄金虫は、渋い表情のアポロに構わず、ますます勝手な言い分をまくし立てる。もう何を誰が言っているのか区別もつかない。
 騒ぎの中で立ち竦むガッシュをふいにアポロは抱き上げた。そして黄金虫達に背を向けて、ふらりと枝から飛び立った。
「ロップスのときは皆もわかってくれたんだけどね」
 森から野原に飛んだアポロは、綺麗に咲いた雛菊の花にガッシュを降ろした。
「君と一緒にいるのは無理みたいだね」
 残念そうにアポロは言った。
「僕は本当は旅人になりたいんだ。だけどどこに行っても、そこらの黄金虫に囲まれる。これも力があるってことだけど、どうやら僕は黄金虫の王様らしい」
 ごめんね怖い思いをさせてとアポロは謝ると、ロップスを連れてどこか遠くへ行ってしまった。

 日が暮れるまで、ガッシュはぼんやりと座っていた。雛菊が咲く広い野原は静かでよいところだけれど、辺りには誰もいなかった。
「ここは……どこなのだろうな」
 朝から次々と起きた出来事に、もう頭がついていかなかった。知らない所で目を覚ましたら、いきなり蛙から結婚を迫られて、困っていたのを魚達が助けてくれて、素敵な蝶々と知り合いになったら、また黄金虫に攫われて、何だか追い出されるみたいに置き去りにされた。
「たくさん泣いたの」
 疲れを感じて、ガッシュは倒れるように突っ伏した。兄のゼオンは今どうしているのだろう。これから、どうしたらいいのだろう。
「独りぼっちになったのだ」
 じわりと涙がこみあげても拭ってくれる者はもういない。ガッシュは声を飲み込んで、小さくぎゅっと身体を丸めた。
4/8ページ
スキ