小さな双子の親指姫
蛙
さて人でなくとも小さい者でも、声あるものは話をする。
双子の兄はゼオンといい、双子の弟はガッシュという。ふたりは互いをそう呼んでいた。
宵の口にゼオンがふと呟いた。
「俺達はどこから来たのだろうな」
胡桃の殻の縁に座って、思いつく歌を口ずさんでいたガッシュは目をぱちくりと瞬きさせた。
「どこ? あの花から生まれたのであろう?」
だが指さされたチューリップを見て、ゼオンは花から子が生まれるなんて有り得ない、おまけにあれは枯れない花だ、と半ば呟くように言う。そんな俺達を大きい者どもは妖精と呼ぶらしいが、いるはずない生き物だとも書かれていたな、と話すのは昼間に読んだ本の話らしかった。
「お前は考えないか? 俺達が何故ここにいるのか、何者なのか」
「ぬう。それは……少し難しいのだ」
ゼオンの話を目を丸くして聞いたガッシュは、ひっくり返って頭から寝床に潜りこむ。
「私は自分が、どこから来ても、何者でも構わないのだ。どこでも私は私だからの」
くすくすと笑いながらガッシュは言い、それにゼオンは優しく笑う。
「ああ、お前のそういうところは、強くてまったく揺らぎがないな」
双子が眠りについたその夜更け、大きな蛙がふたりを連れ去った。この蛙はビョンコといい、大きな川の浅い岸辺の泥沼にパティという娘と住んでいた。パティは甘やかされたお嬢様で、高飛車で我儘な娘だった。もちろんビョンコはいつでも何でも言いなりだ。
ビョンコが双子を攫ったのは、歌の上手なとても可愛らしい子がいるという噂を聞いて、パティが遊び相手にしたいと言い出したからだ。ところが胡桃の寝台を覗いて、すやすやと眠るガッシュを見つけたパティは「ああ素敵! 私、この子と結婚するわ! この出会いは運命なのね!」と声を上げた。これにはビョンコもびっくり仰天。
「しー! 静かにしないと起きるゲロよ!」
「あら、起きたらうっかり逃げちゃうかしら。そうね川に睡蓮の葉っぱがあったわ。その上に乗せておいてちょうだい。こんなに小さくて軽いんだから、大きな葉っぱは島みたいなものよ。あそこなら絶対に逃げられないわ。それと急いで部屋をつくらなくっちゃね。ふたりのための新しくて特別な部屋よ!」
川の底からはたくさんの睡蓮が生えていて、厚みのある緑の葉が一面に水に浮かんでいた。岸から一番遠いところに、一番大きな葉があった。ビョンコは胡桃の殻を持って泳いでいって、双子を起さないように葉っぱの上にそっと置いた。
朝になり、目を覚ましたふたりは驚いた。いつもの家の中ではなく、川に浮かんだ大きな睡蓮の葉っぱの上にいたのだから。どこを見てもまわりは水ばかり。ガッシュはしくしくと泣き出した。
その頃、泥沼の中のビョンコは部屋中を黄色い睡蓮の花と葦で飾りつけるので、てんてこ舞いになっていた。新しい部屋をもっともっと綺麗にしたいとパティが言い張ったからだ。やっとのこと飾り終えたビョンコはパティを連れて、双子を乗せた睡蓮の葉まで泳いでいった。新居の仕上げに胡桃の寝台を寝室に置いて、それから結婚式を上げるのだ。
しかし川に浮かんだ睡蓮の葉では、すでにゼオンが待ち構え、ビョンコ達を鋭く睨みつけてきた。
「俺達をここへ連れてきたのは、お前か。何のつもりだ」
「オイラはカッコいい蛙のビョンコ。こっちの娘はパティだゲロ! まあ早い話が一目惚れゲロ! パティとその子は結婚して、この沼で幸せに暮らすゲロ!」
見せかけばかりは威勢よくビョンコの舌は滑らかだった。
「そいつとガッシュが結婚だと?」
突然のことにガッシュは目を丸くした。さっきまで泣いていた瞳は潤み、睫毛は涙で濡れている。
「ええそうよ。さあガッシュちゃん? 私、私と……け、結、ケコッ、ケコッ、ケコッ」
パティは自信満々に話しかけたはいいけれど、泣き濡れていてもきらきら輝くようなガッシュに見惚れ、声もまともに出なくなる。熱い視線にガッシュがたじろぐと、ゼオンが前に出て目を吊り上げた。
「失せろ。不細工」
「な、なんですって!」
瞬間に沸騰したパティとゼオンが睨み合った隙に「ギガロロ・ニュルルク!」とビョンコが手を伸ばし、ガッシュの寝台を掴み取る。そして川の中ならとこっちのものとばかりに、どうせここから逃げられないゲロと言い放ち、荒ぶるパティを連れて泳いでいってしまった。
蛙達がいなくなったのは良かったが、ここが何処かもわからないのに気づいてガッシュはぽろぽろと涙を零した。ゼオンは涙を拭いてはやれても帰る算段がつけられず、慰めようにも言葉がなくて臍を噛む。
さて人でなくとも小さい者でも、声あるものは話をする。
双子の兄はゼオンといい、双子の弟はガッシュという。ふたりは互いをそう呼んでいた。
宵の口にゼオンがふと呟いた。
「俺達はどこから来たのだろうな」
胡桃の殻の縁に座って、思いつく歌を口ずさんでいたガッシュは目をぱちくりと瞬きさせた。
「どこ? あの花から生まれたのであろう?」
だが指さされたチューリップを見て、ゼオンは花から子が生まれるなんて有り得ない、おまけにあれは枯れない花だ、と半ば呟くように言う。そんな俺達を大きい者どもは妖精と呼ぶらしいが、いるはずない生き物だとも書かれていたな、と話すのは昼間に読んだ本の話らしかった。
「お前は考えないか? 俺達が何故ここにいるのか、何者なのか」
「ぬう。それは……少し難しいのだ」
ゼオンの話を目を丸くして聞いたガッシュは、ひっくり返って頭から寝床に潜りこむ。
「私は自分が、どこから来ても、何者でも構わないのだ。どこでも私は私だからの」
くすくすと笑いながらガッシュは言い、それにゼオンは優しく笑う。
「ああ、お前のそういうところは、強くてまったく揺らぎがないな」
双子が眠りについたその夜更け、大きな蛙がふたりを連れ去った。この蛙はビョンコといい、大きな川の浅い岸辺の泥沼にパティという娘と住んでいた。パティは甘やかされたお嬢様で、高飛車で我儘な娘だった。もちろんビョンコはいつでも何でも言いなりだ。
ビョンコが双子を攫ったのは、歌の上手なとても可愛らしい子がいるという噂を聞いて、パティが遊び相手にしたいと言い出したからだ。ところが胡桃の寝台を覗いて、すやすやと眠るガッシュを見つけたパティは「ああ素敵! 私、この子と結婚するわ! この出会いは運命なのね!」と声を上げた。これにはビョンコもびっくり仰天。
「しー! 静かにしないと起きるゲロよ!」
「あら、起きたらうっかり逃げちゃうかしら。そうね川に睡蓮の葉っぱがあったわ。その上に乗せておいてちょうだい。こんなに小さくて軽いんだから、大きな葉っぱは島みたいなものよ。あそこなら絶対に逃げられないわ。それと急いで部屋をつくらなくっちゃね。ふたりのための新しくて特別な部屋よ!」
川の底からはたくさんの睡蓮が生えていて、厚みのある緑の葉が一面に水に浮かんでいた。岸から一番遠いところに、一番大きな葉があった。ビョンコは胡桃の殻を持って泳いでいって、双子を起さないように葉っぱの上にそっと置いた。
朝になり、目を覚ましたふたりは驚いた。いつもの家の中ではなく、川に浮かんだ大きな睡蓮の葉っぱの上にいたのだから。どこを見てもまわりは水ばかり。ガッシュはしくしくと泣き出した。
その頃、泥沼の中のビョンコは部屋中を黄色い睡蓮の花と葦で飾りつけるので、てんてこ舞いになっていた。新しい部屋をもっともっと綺麗にしたいとパティが言い張ったからだ。やっとのこと飾り終えたビョンコはパティを連れて、双子を乗せた睡蓮の葉まで泳いでいった。新居の仕上げに胡桃の寝台を寝室に置いて、それから結婚式を上げるのだ。
しかし川に浮かんだ睡蓮の葉では、すでにゼオンが待ち構え、ビョンコ達を鋭く睨みつけてきた。
「俺達をここへ連れてきたのは、お前か。何のつもりだ」
「オイラはカッコいい蛙のビョンコ。こっちの娘はパティだゲロ! まあ早い話が一目惚れゲロ! パティとその子は結婚して、この沼で幸せに暮らすゲロ!」
見せかけばかりは威勢よくビョンコの舌は滑らかだった。
「そいつとガッシュが結婚だと?」
突然のことにガッシュは目を丸くした。さっきまで泣いていた瞳は潤み、睫毛は涙で濡れている。
「ええそうよ。さあガッシュちゃん? 私、私と……け、結、ケコッ、ケコッ、ケコッ」
パティは自信満々に話しかけたはいいけれど、泣き濡れていてもきらきら輝くようなガッシュに見惚れ、声もまともに出なくなる。熱い視線にガッシュがたじろぐと、ゼオンが前に出て目を吊り上げた。
「失せろ。不細工」
「な、なんですって!」
瞬間に沸騰したパティとゼオンが睨み合った隙に「ギガロロ・ニュルルク!」とビョンコが手を伸ばし、ガッシュの寝台を掴み取る。そして川の中ならとこっちのものとばかりに、どうせここから逃げられないゲロと言い放ち、荒ぶるパティを連れて泳いでいってしまった。
蛙達がいなくなったのは良かったが、ここが何処かもわからないのに気づいてガッシュはぽろぽろと涙を零した。ゼオンは涙を拭いてはやれても帰る算段がつけられず、慰めようにも言葉がなくて臍を噛む。