Short Story

Happy Birthday

「誕生日?」
「うぬ。私達の生まれた日というやつだ!」
 ガッシュがニコニコと笑いながらゼオンに訊いた。
「なんでまた?」とゼオンは聞き返す。
 どうやら先日ガッシュが学校へ行かない日に、友達の誕生日パーティーがあったという。だが新年とともに魔物の年齢を繰り上げる魔界で、わざわざ個別に祝うとは。
「誰だ? そんな頓狂なことするなんて」
「ウマゴンなのだ!」
「珍しいな」
「そうなのか? 人間界でもそういう事はあったのだが」
「まあ、人間はな」
 直接に子を産む人間ならではだとゼオンは思う。親と子が初めから別で当たり前の魔物は、魔力の球を与えられてすぐ目覚めることもあれば、そうでないこともある。目覚めが遅く、失敗したと思って捨てた魔物の子が、絡繰と混じって働いていたと後で気づかれたこともあるらしい。
「ウマゴンは、生まれたときに母上殿から初めての挨拶をいただいて、それを毎年お祝いに歌っているのだそうだ」
「挨拶?」
「うぬ!『♪こんにちは、赤ちゃん。私がママよ~』とな。素敵な歌なのだ!」
 茶番に付き合うのもご苦労なことだ、とゼオンは呆れる。
「それで、私達はいつなのだ?」
「さあ? 知らん」
 ふたりの最も幼い記憶といえば、戦いの最中に共有したガッシュのものだ。
「日付まではな。冬、とはわかるが」
 さらに正確にいうなら、それはガッシュがバオウを受け継いだ日で、生まれた日とは限らないとゼオンは言う。
「ではゼオンも覚えておらぬのか?」
 前に、一度でも見聞きしたことは忘れないと言ったから期待したのに、とガッシュは言う。
「覚える必要のある事と、興味引かれた事だけだ」
 ファウードを記した書物のように。だが意識もしない事を覚えてなどいられない。まして生まれた直後など。
「俺は別に、今さら」
「それでも頼む、なんとか思い出したいのだ!」
 ガッシュは諦めず、ゼオンに協力してくれと食い下がる。
「それで何をするんだ?」
「目をつぶってほしいのだ」
 目を閉じて、向かい合わせとなったゼオンがどうする気だと思えば、ガッシュがそっと手を握ってきて、コツンと額があてられた。
「こうして、ふたりで考えたら、分かる気がするのだ」
 何の根拠もなく断言するガッシュは、もう既に記憶を探る態勢だ。それに気圧され、ゼオンも言われたようにする。覚えてない記憶を思い出せるはずもないが、暫く付き合えばガッシュも気が済むだろう。
 無音の室内で身じろぎもせずにいると、やがて触れた額がこそばゆくなり、ゼオンはそっと薄目を開ける。ガッシュは変わらず真剣に目を閉じており、その集中は途切れそうにない。
 こんなに近く、ふたりでいたことなど記憶にもないと思うが、ふと閃くものがあった。
 ……パチン!

「ゼオン!?」
 弾く放電に叩かれ、驚いたガッシュが目を剥いた。
「今、なにか、頭に」
「俺の記憶をお前に送った」
 受け取ったなら分かるだろうが、たぶんあれが初めの記憶。ただ傍らの温もりと微睡んでいた感覚だけの。ふたりだけの記憶など、過去にあるとするならあれだけだ。
「というか、その日付くらい、母上に訊けば分かるだろうが」
「いや。それでは、驚かせてあげられぬし」
「ふーん?」
「誕生日は、私達のお祝いではあるが、父上と母上にもありがとうと伝える日だ、と聞いての」
「だったら、日付など関わりなく伝えればいい」
「あ!」
 考えもつかなかったさすがゼオンだ、などと言われ、かえって振り回された感にゼオンが目まいすら覚えていると。
「では、まずはゼオンに。私と一緒に生まれてきてくれて、ありがとうなのだ。それに、私の兄上でいてくれて、誰よりもありがとうなのだ!」
 ガッシュの真っ直ぐな喜びが、ゼオンの胸を突いてくる。
 私達の誕生日だからの、と得意げな笑顔にしてやられたと悔しくもあるが、それに勝るものがないではない。
「ああ。それなら、お前も」
「うぬ!」
「「お誕生日おめでとう」」
 互いが互いに感謝する。そんな誕生日の祝い方はきっと世界広しといえども、このふたりにしかできないだろう。
 日付など分からなくても、これからは。
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