Short Story

Same as you, half with me.

 ある秋の日。
 ガッシュはゼオンと一緒に城下の街まで買い物に来た。
 しばらく前に友達となったムームがガッシュの口添えで学校へ通えるようになり、その学用品を買うためだ。

「小遣いをたまには使うかと思えば、他の者にばかりだな」
「そうはいっても、私に欲しい物があまりなくなってしまったからの。服も靴も、学用品も。おまけにゼオンは自分の物と一緒に、たいてい私の分まで買ってくるし」
 お陰で部屋がちっとも片付かぬ、とガッシュは軽く口を尖らせて小さく笑う。
 欲しいものがない、というのも幸せなのだ。

 それは私邸で共に暮らすことになったとき、王宮から運ばれたゼオンのわずかな私物を見たガッシュが、その美しさや珍しさに目が輝かせたことから始まった。
 例えば、ゼオンの手のひらに収まる懐中時計は、小さな歯車が精緻に噛み合い動くさまはまるで万華鏡のようだとか。またゼオンが私事の書きものによく使うインクは、書いた者以外には読めないように勝手に文字が歪んでみえる秘密保持用のものだとか。あるいは一見ありきたりの、けれどやたらと切れ味のよい薄刃のナイフが、竜の鱗から研ぎ出されてるだとか。

 目を見張り、これはどういうものかと聞いてきたり、じっと見つめて頬を緩めて、よいと言われてそっと手にしたり。ガッシュは、綺麗だのう、見事なのだと褒めそやしたが、それ以上は言わなかった。
 だがすぐにゼオンは自分の持ち物でガッシュが持っていない物、それらを全て購入した。

 ゼオンの私物は必要不可欠な実用品で、吟味を重ねて厳選された品々ではあるものの、贅沢品の類は一切ない。いくつか機を逸して手に入れられない物はあっても概ね揃えることができた。

 育ちのため、欲しいと思っても手に入らないのが常であったせいか、ガッシュはあまり物を欲しがらない。
 無欲というわけではない。ただ与えられることが少なかったから、欲しがる気持ちが少ないだけだ。
 それからも、ゼオンは自分が何かしら物を手に入れるなら、よほど特殊な物を別として、ガッシュの分も入手するのが常となった。

 ガッシュも、ゼオンとのお揃いは嬉しい。
 ただ、欲しいと思うより先に与えられるのには、なかなか慣れない。何だか申し訳ないような気がしてしまう。
 俺と同じにしてるだけだ、とゼオンは当然のように言うけれど。いつかお返しをしたいなとガッシュはなんとなく考えている。

 学校にほど近く学用品を扱う店で、ガッシュはムームへ贈る品々を選んだ。
 貧しいムームが持っていてもおかしくないような、地味で目立たない、ありふれた文房具類。
 王として、物を贈るときはよく考えろ、とゼオンに言われた。何が相手のためになるのか。与えるものが施しにならぬよう。友達として、ガッシュもそう思う。
 だからお返しを考えなくてもいいように、一つ一つは高いものではなく、それでも品質には気を配り、いくらか数は多めにした。

 数が揃ったら届けてもらえるように頼んで店を出ると、どこからか軽快な音楽が聞こえてきた。
 来るときに気づかなかったのは、風の具合か距離のせいか。
 何だろうと音をたどって行ってみると、街の広場が移動遊園地となっていた。
 小さなオルガンが音楽を奏で、それに合わせて曲芸を見せる者がいる。回転する木馬や観覧車、大きなブランコやシーソーなどの遊具があり、その合間に食べ物と飲み物の出店、玩具や風船を売る者がそぞろ歩いている。
 たちどまり、二人はそれを眺めてからゆっくりと歩いて回った。

 ずっと昔の幼い頃にも、ガッシュはこんな催しを村で見たことがある。狭い広場に小さな遊具と出店がいくつか並び、たくさんの大人と子供達が親しく笑っていた。そしてその時、ガッシュは自分が本当に一人なのだと気がついた。

 全体を一巡りして、ガッシュは小遣いの残りを確かめた。ちょうど小腹の空く頃合いでもある。
 買ってもよいか、と控えめに聞かれてゼオンはややためらった。
「大きくないか?」
 そこにあるのは菓子の類いで、腹にはあまりたまらない。だが、どれも並みより大きくて、大体1.5倍のかさがある。
「見栄えがいいだろう?」
 すかさず二人に声をかけたのは、すぐ傍の綿菓子の売り子だ。
 確かに、大きければそれだけで目を引く。そして値段も切りのいい数字で割高というほどではない。
「うぬ。一つ、お願いするのだ」
 そうしてガッシュは、頭よりも大きな綿菓子を受け取ると、笑顔でゼオンに差し出した。
「半分こにしようぞ!」
 思いがけずゼオンは瞬いた。が、そこかしこで同じように分け合っている者達に気づき、なるほどと笑って頷いた。
「ああ、そうだな」

 綿菓子はただ大きいだけでなく、いろいろな色と味が混じっていて、食べ始めたらあっという間になくなった。
 それを皮切りに、砂糖をまぶした揚げ菓子の伸ばした腕より長いのとか、粒選りの果実のつやつや光る飴がけを並べて串にさしたのとか、噛りついたり、指で摘んだり、あれこれと目に付いたのを口にする。
 どれも半分こでは一人前にはならなくて、ほんの少しの物足りなさがある。それで、いくらでも欲しくなってしまい、次々と二人で分け合っていくのが、ただ楽しくてならなかった。

 青みを帯びた空に灯りがついて、気づけば夕方までずっとそこにいた。
 手をつなぎ、踵を返すと、夜の暗がりへと伸びていく影と、街の明かりの輝きが帰り道の上に交錯した。

 二人が帰り着いたのはいつもより遅く、もちろん夕食はろくに入らずに、賄いの者の肩を落とさせた。小遣いはさっぱり消え去って、顧みれば、後には何も残っていない。
 と、ガッシュは反省しきりだが、ゼオンに咎めるつもりはない。
 それはまったく理屈には合わない上に、考えてもよく分からないのだが、気持ちはずっと満たされていた。

end.
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