きっかけ


 その切っ掛けは、些細なことだ。
 ささやかなそれが何だったのか、もう、わからないくらいに。 
 あまりにも当たり前で、何でもないようなこと。

 仕掛けたのはどちらなのか。

 どちらでも、よかった。試して、確かめて。することは一緒だと思っていた。互いのことは、よく知っているのだから。何をしても、いい。

 先のことなどわからないのに。


 * * *


 それまでにも幾度かあったことだが、ガッシュが「さびしいから一緒に寝てほしいのだ」とゼオンの私室を訪れた。

 ようやく10歳を迎えたばかりの魔界の王ガッシュと、それを支えるべく宰相府に務める王兄ゼオン。
 双子の兄弟は、それまでと反転して仲良くなった。

 ガッシュは素直な親愛の情を示す。姿を見れば走り寄り、遊びに誘って腕を引き、歩くときには手を繋ぐ。
 初めのうちこそゼオンも戸惑い、その手を振り払うこともあったのだが、いつの間にか抱きつかれてもそのまま、となっていた。
 頼られると叱りつけながらも世話をする、というのがゼオンの性質だったらしい。

 寂しいから一緒に寝ようとやって来るのは、もう幾度目か。温もりと柔らかさが、己にも快いものだと知ったのは、そんなことがあってからだ。

 いつもなら苦笑しつつもガッシュを部屋に入れてやる。
 だがその夜、ゼオンには思うことがあって、独りでいたいという気分だった。
 微かな苛立ち、儘ならぬものを持て余していて、ただ捨て去ることもできない。
 それは、自分だけの物思いだという自覚。

「今夜は駄目だ。そっちで寝ろ」
 だから素っ気なく扉を閉めようとした。やつあたりの断りを聞いて、しゅんと萎んだのを憐れんだ。
 だがその隙に、ガッシュは強引に踏みこんで、ゼオンがとめる間もなく、寝室まで入ってしまった。

 兄としての自分が、弟のガッシュに甘い自覚はある。
 それでこの弟が時折このような傍若無人な振る舞いをするのもわかっている。
 兄はきっと許してくれるという前提は、信頼してくれているのか、舐められているのか。

 ちゃっかりと寝台に腰を預けて、屈託のない笑顔をこちらに向けているのに、少しだけ腹がたった。

 今夜は追い出す。

 そう決めてガッシュを捕まえようと歩み寄る。
 摘まみ出すのは簡単だ。知識や身体の使い方などは、未だ兄が弟を圧倒している。

 だが、その前に……。
 他人の物思いを邪魔したことは、しっかりと思い知らせて、仕返ししてやる。
 兄弟だから、遠慮なく。兄弟であっても、こちらの都合を少しは考え遠慮しろ、と。

 ……つまり、切っ掛けは些細なことだ。
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