小さな双子の親指姫
はじまり
昔々ある所に、独り身で寂しく暮らしている人がいた。そして心から子どもがほしいと願っていた。
高嶺清麿というその人は、とても賢い人だった。たくさんの本を読んでいて、いろいろなことを知っていて、考えることも得意だった。けれど、この願いだけは、どうしたら叶えられるのかも分からなかった。
日々をすごすうち、清麿はついにいてもたってもいられなくなり、どんな答えも出せるという魔法使いのところへ行くことにした。
「聞きたいことがある。どうしたら子どもを授かるのか、教えてほしい」
突然のことに魔法使いのデュフォーは大きく目を見開いて困惑したように聞き返した。
「なぜ俺に聞く? お前、頭は悪くないはずだが」
「ああ。難しいことじゃないんだと俺にも見当はついている。本のどこにも書かれてないのも、誰も教えてくれないのも、それが当たり前すぎるんだろう。それに俺も誰かにものを尋ねるのは初めてだから」
清麿は気まずそうに言ってつけたした。
「俺の知らない答えを出せるのは、お前だけだ」
「……なるほど。お前がそれを知らないだなんて、誰も思わなかったんだな」
デュフォーは呆れまじりのため息をついて答えた。
「確かに難しいことじゃない。ここに大麦が一粒ある。だが当然、そこらの大麦と同じではない。畑にまいたり鶏に食べさせたりするものとは別物だ。これを植木鉢に埋めるといい。それで何かが起こるはずだ」
清麿は銀貨十二枚を支払って、デュフォーから大麦を受け取った。お礼を言って家へ帰ると、すぐに植木鉢を用意して大麦の粒を埋めてみた。すると湿らせた土をゆすぶって、たちまちのうちに芽が出てきた。そして見る間に伸びていき、チューリップのような花のつぼみもつけられた。
つぼみは固く閉じている。これからどうなるかは教えてもらっていなかった。ただ「子どもを授かるには愛し方さえ思い出せばいい」と帰り際に言われただけだった。
それで清麿は花のつぼみにキスをした。幼い頃、父と母から貰ったキスだ。愛し方といえば、それしか知らなかったからだった。
けれどそれで十分だった。つぼみは鮮やかに開かれた。開いてみると、それは確かにチューリップで真っ赤な花びらは王冠のように黄色く縁取られていた。そして開いた花の真ん中にはとても小さな子どもがふたり、寄り添うように眠っていた。可愛らしい、親指くらいの大きさだ。
「子ども……親指、姫?」
その声が聞こえたというのではないようだが、子どものひとりが目を開けた。白くて薄い服を着て、銀色の髪と煌めく紫の瞳をしている子だ。そして隣に、もうひとりの子がいるのを見つけて、とても幸せそうに微笑んだ。
すると促されたようにその子も目を覚まし、見合わせた顔に笑みを返して起き上がる。初めに目覚めた子とは対照的に黒を纏った金色の髪の子は、大きな琥珀の瞳であたりを見渡すと、清麿へ向けてにっこりと笑って手を振った。
ふたりは双子の兄弟だ、というのは見ているうちにすぐに分かった。そして彼らの声は小さくてまた高すぎるのか人には聞こえず、大きいはずの人の声は彼らには低すぎて聞き取れないようだった。それでも身ぶり手ぶりで言いたいことは伝わるし、これで独り暮らしではなくなったのは確かだった。
清麿は胡桃の殻を二つに割って、きれいに磨いて双子の寝台にした。ふたりが生まれたチューリップの葉を敷いて花びらを掛ければ、大きさも柔らかさもちょうどいい。双子は夜にはそこで眠り、昼間は日がいっぱいに差す机の上で遊んでいた。
机の上には花模様の飾りがついたお皿が置かれて、水がたっぷりと入れられていた。双子の弟はそこにチューリップの花びらを浮かべて船遊びをする。白馬の毛を櫂にして漕ぐと、ゆらゆらと花びらは進んでいった。舳先で水をはねさせて、上機嫌に歌をうたっている。
人の耳には残念ながら聞こえないが、さっきまで清麿の本を広げて熱心に読んでいた双子の兄は、手をとめて耳を傾けていた。声と歌いぶりのやさしさに、つい聴き惚れているようだった。
話ができないのは仕方ないが、訊けば名前くらいは分かるかもしれないと思い、清麿は双子の紹介とお礼を兼ねて食事でもどうかと手紙を送った。デュフォーから戻ってきた返事には、明日とだけ書かれていた。読んで清麿はくすりと笑い、久しぶりに家に人を招く支度をして眠りについた。
ところがその夜、虫達の声も聞こえなくなった真夜中に、大きな蛙が一匹、この家の中に入ってきた。丸い目玉をぎょろりと回した蛙は、床の上から机に向かって大きく飛び跳ねて、双子がすやすやと眠っている胡桃の寝台のすぐそばに、ペタンと着地した。
仲良く並んだ二つの寝台を見て蛙は、はてな?と首をひねった。だがすぐにポンと手を打つと、双子が眠っている寝台を両方ともに持ち上げる。そしてそのまま窓を蹴り開けると、庭までピョーンと飛び降りた。
朝になり、清麿が見たのは机の上に散らばった萎れた花びらだけだった。せっかく授かった双子がいなくなり清麿はとても悲しんだ。けれどそこに訪ねてきたデュフォーは清麿に悲しまなくてもいいと言い、やがて双子がどうなったのかを教えてくれた。
昔々ある所に、独り身で寂しく暮らしている人がいた。そして心から子どもがほしいと願っていた。
高嶺清麿というその人は、とても賢い人だった。たくさんの本を読んでいて、いろいろなことを知っていて、考えることも得意だった。けれど、この願いだけは、どうしたら叶えられるのかも分からなかった。
日々をすごすうち、清麿はついにいてもたってもいられなくなり、どんな答えも出せるという魔法使いのところへ行くことにした。
「聞きたいことがある。どうしたら子どもを授かるのか、教えてほしい」
突然のことに魔法使いのデュフォーは大きく目を見開いて困惑したように聞き返した。
「なぜ俺に聞く? お前、頭は悪くないはずだが」
「ああ。難しいことじゃないんだと俺にも見当はついている。本のどこにも書かれてないのも、誰も教えてくれないのも、それが当たり前すぎるんだろう。それに俺も誰かにものを尋ねるのは初めてだから」
清麿は気まずそうに言ってつけたした。
「俺の知らない答えを出せるのは、お前だけだ」
「……なるほど。お前がそれを知らないだなんて、誰も思わなかったんだな」
デュフォーは呆れまじりのため息をついて答えた。
「確かに難しいことじゃない。ここに大麦が一粒ある。だが当然、そこらの大麦と同じではない。畑にまいたり鶏に食べさせたりするものとは別物だ。これを植木鉢に埋めるといい。それで何かが起こるはずだ」
清麿は銀貨十二枚を支払って、デュフォーから大麦を受け取った。お礼を言って家へ帰ると、すぐに植木鉢を用意して大麦の粒を埋めてみた。すると湿らせた土をゆすぶって、たちまちのうちに芽が出てきた。そして見る間に伸びていき、チューリップのような花のつぼみもつけられた。
つぼみは固く閉じている。これからどうなるかは教えてもらっていなかった。ただ「子どもを授かるには愛し方さえ思い出せばいい」と帰り際に言われただけだった。
それで清麿は花のつぼみにキスをした。幼い頃、父と母から貰ったキスだ。愛し方といえば、それしか知らなかったからだった。
けれどそれで十分だった。つぼみは鮮やかに開かれた。開いてみると、それは確かにチューリップで真っ赤な花びらは王冠のように黄色く縁取られていた。そして開いた花の真ん中にはとても小さな子どもがふたり、寄り添うように眠っていた。可愛らしい、親指くらいの大きさだ。
「子ども……親指、姫?」
その声が聞こえたというのではないようだが、子どものひとりが目を開けた。白くて薄い服を着て、銀色の髪と煌めく紫の瞳をしている子だ。そして隣に、もうひとりの子がいるのを見つけて、とても幸せそうに微笑んだ。
すると促されたようにその子も目を覚まし、見合わせた顔に笑みを返して起き上がる。初めに目覚めた子とは対照的に黒を纏った金色の髪の子は、大きな琥珀の瞳であたりを見渡すと、清麿へ向けてにっこりと笑って手を振った。
ふたりは双子の兄弟だ、というのは見ているうちにすぐに分かった。そして彼らの声は小さくてまた高すぎるのか人には聞こえず、大きいはずの人の声は彼らには低すぎて聞き取れないようだった。それでも身ぶり手ぶりで言いたいことは伝わるし、これで独り暮らしではなくなったのは確かだった。
清麿は胡桃の殻を二つに割って、きれいに磨いて双子の寝台にした。ふたりが生まれたチューリップの葉を敷いて花びらを掛ければ、大きさも柔らかさもちょうどいい。双子は夜にはそこで眠り、昼間は日がいっぱいに差す机の上で遊んでいた。
机の上には花模様の飾りがついたお皿が置かれて、水がたっぷりと入れられていた。双子の弟はそこにチューリップの花びらを浮かべて船遊びをする。白馬の毛を櫂にして漕ぐと、ゆらゆらと花びらは進んでいった。舳先で水をはねさせて、上機嫌に歌をうたっている。
人の耳には残念ながら聞こえないが、さっきまで清麿の本を広げて熱心に読んでいた双子の兄は、手をとめて耳を傾けていた。声と歌いぶりのやさしさに、つい聴き惚れているようだった。
話ができないのは仕方ないが、訊けば名前くらいは分かるかもしれないと思い、清麿は双子の紹介とお礼を兼ねて食事でもどうかと手紙を送った。デュフォーから戻ってきた返事には、明日とだけ書かれていた。読んで清麿はくすりと笑い、久しぶりに家に人を招く支度をして眠りについた。
ところがその夜、虫達の声も聞こえなくなった真夜中に、大きな蛙が一匹、この家の中に入ってきた。丸い目玉をぎょろりと回した蛙は、床の上から机に向かって大きく飛び跳ねて、双子がすやすやと眠っている胡桃の寝台のすぐそばに、ペタンと着地した。
仲良く並んだ二つの寝台を見て蛙は、はてな?と首をひねった。だがすぐにポンと手を打つと、双子が眠っている寝台を両方ともに持ち上げる。そしてそのまま窓を蹴り開けると、庭までピョーンと飛び降りた。
朝になり、清麿が見たのは机の上に散らばった萎れた花びらだけだった。せっかく授かった双子がいなくなり清麿はとても悲しんだ。けれどそこに訪ねてきたデュフォーは清麿に悲しまなくてもいいと言い、やがて双子がどうなったのかを教えてくれた。
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