Raifojio



『春の光』


 初めて会ったのは王様になったガッシュの戴冠式だった。

 その日、コルルが王城の門をくぐると、すぐに見慣れない銀色をした言伝の小鳥が飛んできた。小鳥は、案内が来るから待つように、と告げてコルルの肩に憩うようにとまる。
 しばらくして重さのない繊細な銀細工のような小鳥は、ついと持ち主に向かって飛び立った。コルルが目で追ったその先、小鳥はひらりと差し出された持ち主の手にふれて形を崩すと、はかなく元の紙切れに戻っていく。

 そこには煌めく白銀の髪と鮮やかな紫電の瞳をした少年がいた。雷帝とも称される王族の雷、ゼオン。彼が真正面からコルルを見据えていた。
「コルルというのは、お前か」
 その視線の鋭さにたじろいで、コルルは無言のまま頷き返すことしかできない。けれどゼオンは、どうかすると不躾なコルルの態度はまるで意に介さないようで、くるりと背を向けて歩き出す。
「こっちだ」
 拍子抜けして、その姿をつい見送りかけてコルルは慌てて後を追った。

 王城の門から大広間、さまざまな建物を繋ぐ廊下を進むうちに、張りつめていた気持ちも落ちついてくる。幸いゼオンの歩調はコルルと同じで、ゆったりとした動きに合わせて白い外套がふわりと柔らかく翻る。
 眩しくて、でも目が離せないほど惹きつけられるのは、堂々とした立ち振る舞いのせいか。それとも同じ年頃とは思えない存在感か。
  
 やがてゼオンは室内から外へと歩みを向けて、ふたりは王城の建物を巡る回廊から中庭へ降りた。
 明るい光に満ち、手入れの行き届いた庭には早くも春の花が咲き始めている。その片隅の小さな四阿で待っていたのは、魔界の王の衣装を着たガッシュだった。
「コルル、来てくれてありがとうなのだ!」
 輝くような笑顔で再会を喜ぶガッシュに手を取られ、はにかみながらもコルルは微笑み返した。
「おめでとう、ガッシュ。王様になれてよかったね」

 ささやかにお茶の用意がされた四阿の席にコルルが着くと、いきなりガッシュは「すまぬ!」と頭を下げた。
「王様になることはできたが、私は、戦いをなくすことができないのだ」
 すまない、と重ねて謝るガッシュを驚いたように見つめてから、コルルはゆっくりと首を振った。
「ううん。……もう、いいの。
 あの戦いはつらかったけど、魔界のためには必要なもので、王様でもやめさせられない」
 そういうものだから、とコルルが呟くのを、窺うようにガッシュが問う。
「コルルは、よいのか? それで悔いはないのか」
「うん。戦いが嫌で逃げた私を、ガッシュがやさしいって言ってくれて王様になって。もう、それで十分」
 もともと許しを求めて謝ったのではなかったが、その答えを聞いたガッシュは気持ちを和らげて息をつく。
「ありがとうコルル。あの戦い、力を貸してくれた皆のためにも、私はやさしい王様として頑張るのだ」
「うん。がんばってね。私もね、金色の夢、あの夢を叶えるために、シン・ライフォジオのために頑張るから」

 笑顔で互いを励まし合うふたりに、同席していたゼオンも口の端をほころばせた。
 金色の夢、とはガッシュがクリアとの戦いで本を金色に輝かせた時の記憶のことだ。それは本来なら、夢のように消えるはずの魂の記憶。
 神の試練で、魔界の民は身体のないただの魂となり、王を決める戦いの決着を待つことになる。そして王の特権によって、身体と魂が元に戻されることで目が覚める。
 その間、身体を失っては記憶など留めておけるものではないから、漂う魂となった魔物の意識は朧なものだ。だが、ゼオンなどガッシュの戦いに力を貸した者達には、それを覚えている者がいる。
 現実にはかなわないような、魔物が宿す真実の力が具現したようなシンの呪文は、そう忘れられるものではない。
 ガッシュ達を包みこんだシン・ライフォジオは、透明で、優しい光だった。
 修羅の心を持ち、冷酷で争いを厭わないゼオンですら、コルルの手から放たれたその光に安らぎを感じ、そして叶うものならもう一度と思うほどには――。

 そこに刻限を告げる空色の言伝の小鳥が飛んで来た。戴冠式に臨むガッシュとゼオンが席を立ち、続いてコルルもまた案内に連れられて四阿を後にする。

 もし、あの優しい光が使えたら。

 願いは穏やかな春の光のように、心の奥に温もりとなって広がっていく。優しく撫でられるような感触が、どこか懐かしくて嬉しくて、もう一度、コルルは胸の中で願いを繰り返した。
 いつか、あのシン・ライフォジオの、優しい光が使えますように。
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