そのつぎ
何があっても、俺は何も変わらない。
* * *
昨夜、ゼオンはガッシュに口づけた。
何の前触れもなく、唇を奪われて舌を入れられ掻き回されて。ただ驚いて身体を強ばらせ、息をするのもままならぬのに、為されるままに顔を赤くして。いつもとは逆に、一方的に。揺らぐ眼差しも、覚束ない足取りも、まるで容易い絡繰り仕掛け。
ガッシュは明らかに未経験で、ほとんど予想通りの反応が楽しかった。
* * *
仕掛けたゼオンには、それはあくまで悪戯だ。どうということはない。
いつもと変わらずにゼオンは目覚め、いつもと同じように支度をして、いつもの通りに私室から食事室へ向かう。
階段を降りているところで、カチャリと扉の開く音がした。
廊下を歩くもう一つの足音は、踊り場に来て立ち止まり、それから少ししてガッシュの声がゼオンを呼んだ。
「兄上、おはようございますなのだ」
ちらりとガッシュを見上げたゼオンは、ああ、とだけ答えて素っ気なく前を向く。その後を軽快な足音がついてくる。
前を歩くゼオンに後ろのガッシュの姿は見えない。けれど、ゼオンと相まみえた一瞬の、ガッシュの素振りには覚えがある。
あれは、どちらにも非がない小さな行き違いや諍いのとき、互いに歩み寄ろうとするものだ。
つまりは喧嘩のあとの仲直り。
いつもの態度をとることで何もなかったかのように。
変わらないのか、と少し驚いた。
何も?
それは懐が深いのか、悪意に対して鈍いのか。
ガッシュは優しく温かく、そして素直な心の持ち主だ。誰にでも笑顔を向けて、親しげに手を伸ばす。敵も味方もわけへだてなく、出会う者すべてに善意で接する。
それも考えてのことではなく、無意識にそうするのだ。
階段を降りると執事が控えていて、廊下の先にはこの私邸でガッシュとゼオンに仕える者達が揃っている。
「おはようございますなのだ」
ゼオンの横からガッシュが皆に朝の挨拶をすると、食事室の扉が開いてそれぞれが席に着く。朝の食事は、皆で一緒にとるのがここの決まり事だ。
昨夜から今朝。
自分から仕掛けたゼオンが変わらないのは当然だ。だが、ガッシュが変わらず接してくるとは思っていなかった。
ゼオンの行為をどう受け取ったのか。
ガッシュは時折、不可解な存在になる。
容姿だけはよく似ているが、ガッシュとゼオンはまるきり違う。それでもゼオンとガッシュはただの兄弟ではなく、魂を分けた双子だ。
この世で魔物が生を受ける時、父と母より与えられる魔力の球。ゼオンとガッシュはその球が割れたが故に、一つの魂を分け合った。例えるならば陰と陽、二つの性質に分かたれた、相反する双子。