死の恋
遮断機と共に電車が通過する音が聞こえる。先生は踏切の近くに居るのだろうか。なんだか今からでも自殺をしますといった場所に居るんだな。暗くて雪も降っているからそれに影響受けて......。少し心労をしてしまう。
「......先生。俺......」
ーー先に私の話を最後まで聞いてくれる?お願い。
珍しく強気に出ている。最後のお願い?やめて欲しいな。本当に死んでしまいそうじゃないか。
「先生、その、やめてよ。早まることは」
ーーやだ。何を早まるの?私はいつもの私だよ。
先生は笑った。
ーー高橋君。警察のところに行ったでしょ。
「え。なんでし......」
ーーもう限界があるぐらい分かるよ。私はそんなに馬鹿じゃないわ。いえ馬鹿ではあるけど、きちんと準備は出来るのよ。
準備?先生の意図がつかめない。
ーーそれにしても寒いね。今年の大晦日はとても寒くなるね。この頃はコタツに入って試験のテストの用意をしていたわ。生徒は数学とか英語は頑張るのに国語はまるで無かったかのように勉強しないんだよね。どうしてかなと思っていたらある日高橋君は国語なんて勘だよって言って百点を取っていたね。勘か。そうか、国語は勘でするもんだと先生の方が感心したな。覚えている?
何の話か。勘も何も勉強なんてまずあまりしない。百点はきっと偶然だろ。国語自体特別な想いは無いのだから。
ーー私はずっと、なんでも勉強すれば何とかなると思っていた。でも駄目ね。勉強は所詮勉強で肝心な事はさっぱりで。空っぽなの。人として必要な心が無いの。
「それは俺もですよ。だから人を殺せるんです」
ーー私もかな。それでも何かを掴みたくて、何かが欲しくて色々頑張るんだけどね。掴んだ物は指の隙間からさらさらと飛んでいくばかりで、最後はいつも何も無いの。貴方もそうなの?
「さぁどうだろう。この頃は調子が狂っているけど、それまではいつも生きていくことに疲れていたから掴むとか掴まないとかまず考えた事が無いです。先生は多分まだ余裕があるんだよ。だから色々考えて悩んで病むんじゃないんの」
ーーそっかぁ。そうね、そうかもしれない。もっと夢中に生きなきゃいけないね。それは最近思うよ。
どうやら納得した様子だ。そろそろ自分のターンで良いかな。時間が無いし。
「先生。俺は自首します。先生は黙っていてください。もしかしたら先生に迷惑かける場面が出るかもしれないけど、なんとかしますんで大丈夫です」
ーーどうして私を庇うの?
「庇うというか巻き込んでしまったから。先生は普通の人間なんです。先生は人を殺して平気とか、死体処理が簡単とか思うかもしれないけど、後にきっと後悔する。俺は違うんです。もうそろそろ理解してください。好きなら尚更」
先生はまた笑った。次は上品に。
ーー男の子だね。好きな子を守りたい気持ちがひしひし伝わってくる。
「そういうつもりじゃないし。ふざけないでちゃんと聞いてくだ」
ーー高橋君に先生からのお願いがあります。
こんな時でも先生の威厳を使いやがる。ほんと大人っていうのは。
ーーどうか。どうか自分を責めないでください。罪を犯したからと堂々としてください。罪悪感など持たないでください。それを持つなら初めから罪を犯さないで。罪悪感や後悔はただの骨折りの無駄な感情です。罪悪感を、後悔を抱くなら強く、逞しい人になって欲しいです。そんなもので貴方が苦しむ必要はありません。
「......せんっ」
ーーそれに画家になって欲しいな。高橋君は空っぽな自分と言い張るけど、絵を描く人に空っぽな人は居ないわ。苦しいから悲しいから助けて欲しいから、それを絵にぶつけて表現していたと思うよ。貴方の絵はいつも暗くて、でもとても綺麗だった。
「それは先生だけだよ。他には気持ち悪いと言われたから」
ーーそんな事ないわ。きっとみんな、まだ未熟なのよ心が。怖いことを知らないからだよ。知れば高橋君の絵は素敵だと気づけるから。
雲行きが怪しくなってきたような。先生の饒舌がとても奇妙過ぎた。
俺が問う前に、なにかサイレンの音が聞こえてくる。警察?救急車?どっちだろう。どっちもありそうだが。
ーータイムリミットね。
「何しでかしたんですか」
ーーごめんなさい。私は自首をします。貴方には罪がいかないように、私だけ。
「は、はぁ?」
ーー貴方が虐待されているところを私は訪問で偶然みかけ、助けようとした。しかし貴方のお父さんがビール瓶で私に殴りかかろうとしたから包丁で刺して殺した。貴方は死体の片付けを私の命令でやらされた。けど罪にはならないわ。だって怖がっていたから。
「包丁、持っている?」
ーーええ。今鞄の中に入ってるわ。持ち手のところを貴方の指紋じゃなくて私の指紋に変えて。
やられた。そこまでするとは。先生は初めから捕まるつもりで居たんだ。
「ど......どうしてだよ。先生の気持ちが全く分からない」
ーー好きってね。一方的な愛だと思うの。もし貴方が私を想うのであれば、私のやったことを許して欲しいし止めないで欲しい。貰った愛を受け止めるのが本当の愛じゃないかしら?あは、これも本に書いてあったけど、どうなのかは自分達次第だね。私はとりあえずそれに従うけど。
「馬鹿......」
ーー馬鹿だよね。良いよ。馬鹿でもこれは本望よ。最後まで主役にさせてよ。......高橋君今までありがとう。次会う時はお互い何か成長していたら良いね!
先生は元気に笑いながら言う。今まで、全て演じていたかのような......笑い方だった。
急にスマホからグシャッと壊れた音と一緒に悲鳴のようなものが響いた。思わず耳からスマホを離す。多分来た電車へスマホを投げ捨てたのだろう。遮断機の音が微かに聞こえていたから。
計っていた。俺より上を越え準備をしていたのだ。誤算だ。悔しい。でももう遅い。今、先生は捕まっているだろう。そしてスマホを壊す事は貴方もLINEのデータを消せと示唆しているのだろう。
早速スマホをLINE画面にする。通話しかないシンプルな画面だ。通話をしてないと騙すのか?警察は騙されるのだろうか?
バレたとしても虐待を受けた加害者と虐待を受けた加害者の助手だ。世間では後ろ指さされるまではいかないだろう。
いやそうじゃない。俺が思っていたのはもっとそんなつまらないことじゃない。
......先生のアカウントをブロックして、それからアカウントを消した。消したと同時に生温い涙?が、スマホの画面に落ちる。
涙なのか。なんの?捕まらなかった安堵からなのか、先生が捕まる悲しみからなのか。もしや今頃になって殺してしまった恐怖心が芽生えたのか。とてつもなくモヤモヤとする。
俺はモヤっとした霧の中から出ていけるのだろうか。霧の先は明るい未来があるのか。
未来。未来ってそういえば描くものだと先生に教わった。どんな困難な事があっても未来を信じる。薄っぺらい話だなと感じていたがなんかそうか、そうなんだと感慨する。
「未来はきっと明るいんです」
鼻を啜りながら、ポツリと言う。
ある日教壇に立って真っ直ぐな姿勢ではっきりと、先生はそう告げた。誰もが分からない未来に明るいと表す意味深な先生。
その台詞は先生に対して解答したのかもしれない。先生は生徒より教えてもらいたい事がたくさんあったのだ。
あの電話では多分そうゆうの伝えたかったのだろう。伝えた所で俺にはよく分からないが。残念だな。
「......描こうかな」
涙を拭いてからソファにスマホを投げつけ、スクールバックからノートと鉛筆を取り出し机に置く。パラパラとページを捲ると落書きらしきもの、絵になってないものがたくさん描かれていた。
汚らしい色合い、線でも綺麗と先生は言ってくれたがやはり綺麗じゃないし素敵でもない。とても感性が変わっているのだろうな。やっぱり病んでいたのだろうか。
椅子に座り、白紙のノートに向かって思案する。鉛筆をノートの上でトントンと叩いても、頭を根気よく搾っても何も生み出されなかった。
成長をしたんだな。胸の内が少し淋しくなった気がした。
「......先生。俺......」
ーー先に私の話を最後まで聞いてくれる?お願い。
珍しく強気に出ている。最後のお願い?やめて欲しいな。本当に死んでしまいそうじゃないか。
「先生、その、やめてよ。早まることは」
ーーやだ。何を早まるの?私はいつもの私だよ。
先生は笑った。
ーー高橋君。警察のところに行ったでしょ。
「え。なんでし......」
ーーもう限界があるぐらい分かるよ。私はそんなに馬鹿じゃないわ。いえ馬鹿ではあるけど、きちんと準備は出来るのよ。
準備?先生の意図がつかめない。
ーーそれにしても寒いね。今年の大晦日はとても寒くなるね。この頃はコタツに入って試験のテストの用意をしていたわ。生徒は数学とか英語は頑張るのに国語はまるで無かったかのように勉強しないんだよね。どうしてかなと思っていたらある日高橋君は国語なんて勘だよって言って百点を取っていたね。勘か。そうか、国語は勘でするもんだと先生の方が感心したな。覚えている?
何の話か。勘も何も勉強なんてまずあまりしない。百点はきっと偶然だろ。国語自体特別な想いは無いのだから。
ーー私はずっと、なんでも勉強すれば何とかなると思っていた。でも駄目ね。勉強は所詮勉強で肝心な事はさっぱりで。空っぽなの。人として必要な心が無いの。
「それは俺もですよ。だから人を殺せるんです」
ーー私もかな。それでも何かを掴みたくて、何かが欲しくて色々頑張るんだけどね。掴んだ物は指の隙間からさらさらと飛んでいくばかりで、最後はいつも何も無いの。貴方もそうなの?
「さぁどうだろう。この頃は調子が狂っているけど、それまではいつも生きていくことに疲れていたから掴むとか掴まないとかまず考えた事が無いです。先生は多分まだ余裕があるんだよ。だから色々考えて悩んで病むんじゃないんの」
ーーそっかぁ。そうね、そうかもしれない。もっと夢中に生きなきゃいけないね。それは最近思うよ。
どうやら納得した様子だ。そろそろ自分のターンで良いかな。時間が無いし。
「先生。俺は自首します。先生は黙っていてください。もしかしたら先生に迷惑かける場面が出るかもしれないけど、なんとかしますんで大丈夫です」
ーーどうして私を庇うの?
「庇うというか巻き込んでしまったから。先生は普通の人間なんです。先生は人を殺して平気とか、死体処理が簡単とか思うかもしれないけど、後にきっと後悔する。俺は違うんです。もうそろそろ理解してください。好きなら尚更」
先生はまた笑った。次は上品に。
ーー男の子だね。好きな子を守りたい気持ちがひしひし伝わってくる。
「そういうつもりじゃないし。ふざけないでちゃんと聞いてくだ」
ーー高橋君に先生からのお願いがあります。
こんな時でも先生の威厳を使いやがる。ほんと大人っていうのは。
ーーどうか。どうか自分を責めないでください。罪を犯したからと堂々としてください。罪悪感など持たないでください。それを持つなら初めから罪を犯さないで。罪悪感や後悔はただの骨折りの無駄な感情です。罪悪感を、後悔を抱くなら強く、逞しい人になって欲しいです。そんなもので貴方が苦しむ必要はありません。
「......せんっ」
ーーそれに画家になって欲しいな。高橋君は空っぽな自分と言い張るけど、絵を描く人に空っぽな人は居ないわ。苦しいから悲しいから助けて欲しいから、それを絵にぶつけて表現していたと思うよ。貴方の絵はいつも暗くて、でもとても綺麗だった。
「それは先生だけだよ。他には気持ち悪いと言われたから」
ーーそんな事ないわ。きっとみんな、まだ未熟なのよ心が。怖いことを知らないからだよ。知れば高橋君の絵は素敵だと気づけるから。
雲行きが怪しくなってきたような。先生の饒舌がとても奇妙過ぎた。
俺が問う前に、なにかサイレンの音が聞こえてくる。警察?救急車?どっちだろう。どっちもありそうだが。
ーータイムリミットね。
「何しでかしたんですか」
ーーごめんなさい。私は自首をします。貴方には罪がいかないように、私だけ。
「は、はぁ?」
ーー貴方が虐待されているところを私は訪問で偶然みかけ、助けようとした。しかし貴方のお父さんがビール瓶で私に殴りかかろうとしたから包丁で刺して殺した。貴方は死体の片付けを私の命令でやらされた。けど罪にはならないわ。だって怖がっていたから。
「包丁、持っている?」
ーーええ。今鞄の中に入ってるわ。持ち手のところを貴方の指紋じゃなくて私の指紋に変えて。
やられた。そこまでするとは。先生は初めから捕まるつもりで居たんだ。
「ど......どうしてだよ。先生の気持ちが全く分からない」
ーー好きってね。一方的な愛だと思うの。もし貴方が私を想うのであれば、私のやったことを許して欲しいし止めないで欲しい。貰った愛を受け止めるのが本当の愛じゃないかしら?あは、これも本に書いてあったけど、どうなのかは自分達次第だね。私はとりあえずそれに従うけど。
「馬鹿......」
ーー馬鹿だよね。良いよ。馬鹿でもこれは本望よ。最後まで主役にさせてよ。......高橋君今までありがとう。次会う時はお互い何か成長していたら良いね!
先生は元気に笑いながら言う。今まで、全て演じていたかのような......笑い方だった。
急にスマホからグシャッと壊れた音と一緒に悲鳴のようなものが響いた。思わず耳からスマホを離す。多分来た電車へスマホを投げ捨てたのだろう。遮断機の音が微かに聞こえていたから。
計っていた。俺より上を越え準備をしていたのだ。誤算だ。悔しい。でももう遅い。今、先生は捕まっているだろう。そしてスマホを壊す事は貴方もLINEのデータを消せと示唆しているのだろう。
早速スマホをLINE画面にする。通話しかないシンプルな画面だ。通話をしてないと騙すのか?警察は騙されるのだろうか?
バレたとしても虐待を受けた加害者と虐待を受けた加害者の助手だ。世間では後ろ指さされるまではいかないだろう。
いやそうじゃない。俺が思っていたのはもっとそんなつまらないことじゃない。
......先生のアカウントをブロックして、それからアカウントを消した。消したと同時に生温い涙?が、スマホの画面に落ちる。
涙なのか。なんの?捕まらなかった安堵からなのか、先生が捕まる悲しみからなのか。もしや今頃になって殺してしまった恐怖心が芽生えたのか。とてつもなくモヤモヤとする。
俺はモヤっとした霧の中から出ていけるのだろうか。霧の先は明るい未来があるのか。
未来。未来ってそういえば描くものだと先生に教わった。どんな困難な事があっても未来を信じる。薄っぺらい話だなと感じていたがなんかそうか、そうなんだと感慨する。
「未来はきっと明るいんです」
鼻を啜りながら、ポツリと言う。
ある日教壇に立って真っ直ぐな姿勢ではっきりと、先生はそう告げた。誰もが分からない未来に明るいと表す意味深な先生。
その台詞は先生に対して解答したのかもしれない。先生は生徒より教えてもらいたい事がたくさんあったのだ。
あの電話では多分そうゆうの伝えたかったのだろう。伝えた所で俺にはよく分からないが。残念だな。
「......描こうかな」
涙を拭いてからソファにスマホを投げつけ、スクールバックからノートと鉛筆を取り出し机に置く。パラパラとページを捲ると落書きらしきもの、絵になってないものがたくさん描かれていた。
汚らしい色合い、線でも綺麗と先生は言ってくれたがやはり綺麗じゃないし素敵でもない。とても感性が変わっているのだろうな。やっぱり病んでいたのだろうか。
椅子に座り、白紙のノートに向かって思案する。鉛筆をノートの上でトントンと叩いても、頭を根気よく搾っても何も生み出されなかった。
成長をしたんだな。胸の内が少し淋しくなった気がした。
8/8ページ