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死の恋

「こんにちは。突然お邪魔してごめんなさい。私は高橋さんの同僚の荒井と申します」

 玄関で皺の目立つおじさんは会釈をし、律儀に名刺まで渡してきた。名刺には大手会社の名前が書いてある。親父はよく会社の自慢をしていたが、本当に勤めていたんだぁと実感した。

「早速本題に入りますが、高橋さんとは一週間連絡が取れなく心配になり、訪問という形をとらせていただきました。えっと貴方は......」

「僕は父の息子です」

 息子と口にすると気分が悪くなった。

「息子さんですか。なるほど。お父さんとよく似ていますね」

 嫌いな奴と似ている以上の侮辱はあるのだろうか。親父は整ってる顔立ちの方だが目が死んでいた。
 親父は性格は陽気だからそれを誤魔化せるけど、自分は明るくないので顔と同じく陰湿と言われていた。

「お父さんは今どうしていますか?」

「し......」

死んでいる。その言葉がどうしてか喉の辺りで詰まって出てこなかった。怖いのか。殺した事よりバレることに。
 いやもしバレたら俺もだが最悪先生も捕まる。嘘を突き通せる自信はあるが、先生が俺を庇いそうで......。

「......お父さんは何処かへ行きました。よくある話なんです。急にふらっと僕が知らない内に消えてまた急に帰ってくること」

「それはありません。高橋さんは無断欠勤を一度もしたことがない大変真面目な方ですので」

 おじさんは少し不快そうに眉間に皺を寄せた。親父の方を信用するのは当然だが、こう全否定されると自分の存在は親父の下なんだなと思い知らされる。クソ野郎より下ねぇ。

「多分何か事件に巻き込まれたのでは?」

「いえそれはありえません」

「何故言い切れるんですか? 一週間も家に帰ってこないのは事件ですよ? どうして君は普段通りに過ごせるんですか」

 責め立てるように言った。ウザい。おじさんも、奴が会社の中で大変素晴らしき仕事振りをしているのも、好かれているのも、存在が大きいのも全てがとてもうざかった。

「警察に連絡をした方が良いです」

「......それは僕が必ずしますんで。今日は帰ってください」

「私も何か手伝いを」

「大丈夫ですから。今凄く体調が悪いでもう話したくないんです」

冷たく言い放すと、おじさんは怪訝にした。何かを察っしたようだがどうでもいい。とにかく帰れ。

 おじさんは俺と話が出来ないと思ったのか、あっさり帰っていった。
 

リビングに戻りカーテンを閉め切ってソファに座る。スマホが鳴る。きっと先生からだと画面をろくに見ずにタップをした。

「先生聞いてくださいよー。俺、親父よりポンコツ野郎みたいですよ。どうしてか奴の同僚は俺に警戒しているから多分勝手に通報するだろう。なんでかなー。まぁそれは別に良いんです。素人の隠蔽なぞ警察からしたら茶番みたいなもんで捕まるのは分かっています。何故自首しないのかは先生のせいですよ。先生は好きとかくだらない告白のせいで迷ってるんです。俺を庇うつもりじゃないかって。迷惑です。恋とか愛とかマジで興味が無いんで消えてくださいよ先生」

 投げやりに喋ったらなんだかスッキリしたけど、怒られるんじゃないかと不安にもなった。いや怒るなら怒ってみろ。そして俺に構うな。

ーー恋でもそうゆうのじゃないわ。ドラマみたいな禁断の恋愛じゃなくてもっと平凡な恋心だよ。貴方と私は何処か似ているなと思って、そしたら殺人も同じ動機で......。つまり既視感恋愛? 構っていたい好きなの。

「意味分からない」

ーー私も本当のところはよく分かってないんだけど。恋って色んな形を持っていいものだと思うよ。好きだから恋人になりましょうじゃないの、少なくとも私は。

「なら、最後に恋人らしいことしないの? セックスぐらいならしてあげるよ」

ーーもう。大人をからかってはいけないのよ!

俺はふっと笑う。きっと画面先で顔を真っ赤にしている。半分冗談ではあったがそれも良いかなと思った。何もかも滅茶苦茶にして終わりたかった。

「どう言ったって世間からしたら三十代の痛い先生が人殺しの男子高校生を好きになったが認識なんだよ。折角教師で頑張ってるのに俺なんかで全部捨てるつもりなの」

ーーどうして貴方はそう自分を大事にしないの? 先生凄く悲しい。

 今更先生振らないでよ。もう三井先生は三井由美子っていうただの殺人鬼の死体処理した女だよ。それ以上もそれ以下もない。これからもその見えない名札をぶら下げて生きなければいけない。

「三井さんはとっても馬鹿だね」

 俺は断りなく電話を切った。

 冬休みが終わる頃には逮捕まで行かなくても事情聴取が入るだろう。その前に家宅捜査に入るかな?それとも死体が先に見つかるかな。

 他人事のように淡々と思いを巡らせた。
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