死の恋
五ヶ月前の夏休み前。進路希望の話の為、俺と三井先生は教室で面談をした。
古い机にガタガタする椅子を気にしながら、先生の話を聞く。窓の外では蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「最近また学校に来るようになりましたね」
先生はニコッと笑う。
「高橋君は学校に行かない割には成績が良いですし、もっとちゃんと来たら良いところに進学」
「進学は考えてません」
サラッと言うと、先生は悲しそうにした。
「もったいないわ。貴方なら奨学金受けれると思う。先生が調べて」
「学校も別に好きで行ってないんです。単に就職しにくいから。成績もそのために頑張っているだけなんで、進学は全く考えていません」
「全くなの? 美術室でたまに絵を描いているのを見かけるから、高橋君は絵の大学に行きたいのかなと思いました。とても上手だし」
いつの間に見ていたのだろう。先生はたまにストーカーのように俺が何をして何を喋っていた事を恥じらいなく話す。
だから面談は嫌だったけど、面談をしないと夏休み中に補習をするというので仕方がなく受けた。はやく終わって欲しい。
「絵は気まぐれで描いていただけで。俺には才能は無いしそこまで関心が無いです」
「気まぐれでも楽しいとは思うでしょ?」
「楽しいのかな......。まぁとにかく進学はしません」
「本当に将来の夢は無いの?」
先生は真剣な目を向ける。それにむず痒くなって画家と適当に告げた。
そしたら先生は花が咲いたような笑顔を振る舞う。少し可愛いと思ってしまったと同時に、複雑な気分にもなった。
「もう一つ聞きたいことがあってね」
「はい」
「高橋君。家庭環境悪かったりする?」
「なんでですか?」
「あまり笑わないしよく独りで行動しているから」
「それが家庭環境とどう繋がるんです?」
先生は黙り込む。数分後に口を開いた。
「痣を見たの。たまたま」
「痣?」
「見えないところに痣があるよね。だから夏でも長袖なんだよね」
「日焼けをしたくないだけです」
「嘘でしょ」
先生の分かったような言い方に苛立った。
確かに親父のせいで出来た痣があるから長袖で隠している。だけどそれが?先生に関係ないことだし、こんなのに首突っ込んでどうすんの。面倒臭いだけじゃん。
「じゃ、あるとしてどうします? 親に会って話してみます? きっと父親は笑ってそれは無いですよ、優斗はよく転んだり物にぶつかるからって普通に言いますよ。そして俺は後でどんな目に遭うか」
先生はまた黙り込む。黙るなら話題にするなよと想いを込めて鼻で笑った。
「多分これからも休みがちになりますが、単位は取るつもりなんで大丈夫です」
「た、単位を取れば良いってものじゃないんですよ!」
「あの先生。俺よりもさ。もっと面倒な生徒居ますよね。ヤンキーとかほら、売春している生徒も居るそうじゃないですか。俺は別に不登校生じゃないし成績良いし、来たら授業も受けているし。そこまで親身になる必要ありますかね? 変に虐められますよ。過剰に関わるのは良くないですよ」
軽くお説教みたいな事をした後に席を立ち、帰ろうとしたところを「何かあればいつでも相談しに来てね!」と言われた。俺は敢えて返事をしなかった。
ーどうしてこんなにも心配するのか今は分かるが、あの時はとても鬱陶しかった。
そして今も。とても鬱陶しいのに、何処か頼りたい気持ちもあった。それは独りになってしまった寂しさからだろう。きっとそうだ。
ただ、失うものが無くなってしまったのに寂しいなんてあるのだろう。今まで寂しいと思ったことが無かったのに、今更気持ち悪い感情が浮き出ていて不愉快だ。
ずっと隠し通してたもの?親父が死んだから解放されたものか。分からないけど、それならこれから出てくる感情はきっと面倒くさく、酷く困難だろう。
その前に何処かへ消えてしまった方が良いのかもしれない。何処へ?自殺?自殺は全く考えてないし、寧ろ今からが人生のスタートなのに。
「どうしたら良いんだろうなぁ」
昼間のリビングにあるソファに座って呟いてみた。解答は降りてこない。
親父が死んでから一週間が経ったが、まだ血の匂いが残っている。
ああ、先生のせいで自分がやらなければいけない事が出来なくなった。捕まりたくない言葉を覚えてしまった。それもなんでかなと思うけど、色々疲れて分析したくない。
「先生は俺とどうなりたいの」
大きめの声を出してみる。スマホをスピーカー式にしている為、先生に声が届いているはずだ。なのに先生は何も言わない。
毎日アホみたいに先生からくだらない電話が来る。簡単な話、好きな人と喋りたいからだろう。割と鈍い俺でも分かる。分かりたくないけど。後々面倒なので、三回に一回は電話に出るようにしていた。
インターホンが鳴った。
「先生聞こえた? 多分親父の同僚か社長だよ。意外と遅かったね」
ーー出てはいけませんよ。
「無理があるよ。だって今、窓からスーツを着たおっさんが一人見えているし、俺も見えてるもん」
ーーどうしてカーテンを閉めなかったの!
怒鳴るから心臓に悪かった。もしスマホを耳に当てていたらソファから転げ落ちていただろう。
あれからよく怒られている気がする。本当に親のようで何だかしんどくなる。
「だってその場その場で生きているからね」
俺は意地悪に通話を一方的に切り、玄関へ向かった。
不思議と足音には緊張があった。
古い机にガタガタする椅子を気にしながら、先生の話を聞く。窓の外では蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「最近また学校に来るようになりましたね」
先生はニコッと笑う。
「高橋君は学校に行かない割には成績が良いですし、もっとちゃんと来たら良いところに進学」
「進学は考えてません」
サラッと言うと、先生は悲しそうにした。
「もったいないわ。貴方なら奨学金受けれると思う。先生が調べて」
「学校も別に好きで行ってないんです。単に就職しにくいから。成績もそのために頑張っているだけなんで、進学は全く考えていません」
「全くなの? 美術室でたまに絵を描いているのを見かけるから、高橋君は絵の大学に行きたいのかなと思いました。とても上手だし」
いつの間に見ていたのだろう。先生はたまにストーカーのように俺が何をして何を喋っていた事を恥じらいなく話す。
だから面談は嫌だったけど、面談をしないと夏休み中に補習をするというので仕方がなく受けた。はやく終わって欲しい。
「絵は気まぐれで描いていただけで。俺には才能は無いしそこまで関心が無いです」
「気まぐれでも楽しいとは思うでしょ?」
「楽しいのかな......。まぁとにかく進学はしません」
「本当に将来の夢は無いの?」
先生は真剣な目を向ける。それにむず痒くなって画家と適当に告げた。
そしたら先生は花が咲いたような笑顔を振る舞う。少し可愛いと思ってしまったと同時に、複雑な気分にもなった。
「もう一つ聞きたいことがあってね」
「はい」
「高橋君。家庭環境悪かったりする?」
「なんでですか?」
「あまり笑わないしよく独りで行動しているから」
「それが家庭環境とどう繋がるんです?」
先生は黙り込む。数分後に口を開いた。
「痣を見たの。たまたま」
「痣?」
「見えないところに痣があるよね。だから夏でも長袖なんだよね」
「日焼けをしたくないだけです」
「嘘でしょ」
先生の分かったような言い方に苛立った。
確かに親父のせいで出来た痣があるから長袖で隠している。だけどそれが?先生に関係ないことだし、こんなのに首突っ込んでどうすんの。面倒臭いだけじゃん。
「じゃ、あるとしてどうします? 親に会って話してみます? きっと父親は笑ってそれは無いですよ、優斗はよく転んだり物にぶつかるからって普通に言いますよ。そして俺は後でどんな目に遭うか」
先生はまた黙り込む。黙るなら話題にするなよと想いを込めて鼻で笑った。
「多分これからも休みがちになりますが、単位は取るつもりなんで大丈夫です」
「た、単位を取れば良いってものじゃないんですよ!」
「あの先生。俺よりもさ。もっと面倒な生徒居ますよね。ヤンキーとかほら、売春している生徒も居るそうじゃないですか。俺は別に不登校生じゃないし成績良いし、来たら授業も受けているし。そこまで親身になる必要ありますかね? 変に虐められますよ。過剰に関わるのは良くないですよ」
軽くお説教みたいな事をした後に席を立ち、帰ろうとしたところを「何かあればいつでも相談しに来てね!」と言われた。俺は敢えて返事をしなかった。
ーどうしてこんなにも心配するのか今は分かるが、あの時はとても鬱陶しかった。
そして今も。とても鬱陶しいのに、何処か頼りたい気持ちもあった。それは独りになってしまった寂しさからだろう。きっとそうだ。
ただ、失うものが無くなってしまったのに寂しいなんてあるのだろう。今まで寂しいと思ったことが無かったのに、今更気持ち悪い感情が浮き出ていて不愉快だ。
ずっと隠し通してたもの?親父が死んだから解放されたものか。分からないけど、それならこれから出てくる感情はきっと面倒くさく、酷く困難だろう。
その前に何処かへ消えてしまった方が良いのかもしれない。何処へ?自殺?自殺は全く考えてないし、寧ろ今からが人生のスタートなのに。
「どうしたら良いんだろうなぁ」
昼間のリビングにあるソファに座って呟いてみた。解答は降りてこない。
親父が死んでから一週間が経ったが、まだ血の匂いが残っている。
ああ、先生のせいで自分がやらなければいけない事が出来なくなった。捕まりたくない言葉を覚えてしまった。それもなんでかなと思うけど、色々疲れて分析したくない。
「先生は俺とどうなりたいの」
大きめの声を出してみる。スマホをスピーカー式にしている為、先生に声が届いているはずだ。なのに先生は何も言わない。
毎日アホみたいに先生からくだらない電話が来る。簡単な話、好きな人と喋りたいからだろう。割と鈍い俺でも分かる。分かりたくないけど。後々面倒なので、三回に一回は電話に出るようにしていた。
インターホンが鳴った。
「先生聞こえた? 多分親父の同僚か社長だよ。意外と遅かったね」
ーー出てはいけませんよ。
「無理があるよ。だって今、窓からスーツを着たおっさんが一人見えているし、俺も見えてるもん」
ーーどうしてカーテンを閉めなかったの!
怒鳴るから心臓に悪かった。もしスマホを耳に当てていたらソファから転げ落ちていただろう。
あれからよく怒られている気がする。本当に親のようで何だかしんどくなる。
「だってその場その場で生きているからね」
俺は意地悪に通話を一方的に切り、玄関へ向かった。
不思議と足音には緊張があった。