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死の恋

 先生は当たり前のように家に上がりこみ、当たり前のように俺の部屋に入る。

 自分の部屋は無機質のようで最低限の家具しか無かった。家具の所々に親父による暴れた跡が付いていた。

「疲れたね」

 どうしたらそんな呑気な顔が出来るのだろう。この顔何処かで見た事があるなと思えば確か文化祭の準備だったけ。クラスのみんなは文化祭の準備をサボる間、先生だけは一生懸命に準備を進めていたらしい。

自分はサボるどころかまずあまり学校に行っていなかったので詳しい事は知らないが、喫茶店の準備だったから相当苦労したのだろう。
 その時の顔を今している。正にやり終えた達成感。マジで大丈夫かな?ちょっと死体で病んでしまってるのかなと少し心配する。


「片付けが終わるとなんだかホッとするね」


「そうですかね? まだ安心は出来ませんよ。一応親父は一流大企業に勤めているので多分社長とか同僚が心配して連絡したり家に訪問してきますよ。だから自首しようと思ったんです」

「諦めたら駄目」

 逆に何の根拠があってそのような自信満々な表情が出来るのだろう。

「何か策でもあるんですか?」

「今はまだ......」

「もうやめましょうよ。今ならまだ間に合います。はやく帰ってください。俺は自首をし、先生は知らなかったふりをする。これが纏まった楽な終わり方だと思うんです。何故それが分からないんですか?」

「わ、私だってそうしたら良いのかなとは一理思うよ。でもやっぱり可哀想なのよ」

「......はぁ」

 何を言っても聞いてくれないようだ。話せば話すほど先生の雰囲気に呑まれそう。

「お互い落ち着きましょう。お茶でも淹れて」

「あ、俺が淹れてきます」

「いえ私が」

「一応ここ俺の家なんで、先生に権限は無いんですよ」

先生はムッとしていた。何に怒るのかもう予想がつかない。

落ち着いていないのは先生だけだ。が、変に争いになるのも嫌だしこのままヒートアップして怒鳴られたく無い。親父のせいで怒鳴り声が嫌いなんだ。




 一階へ行き、リビングに入る。

 血の匂いは片付けた甲斐があってかなり無くなっていた。まだ新しい血液だからもあって。今はちょっと鉄棒の匂いみたいのが仄かにする。

 よく血を嗅げば、ああ自分は人殺しなんだとか感傷に浸るらしいが全く無かった。本当に小さな虫を殺したぐらいの感覚。あれは人間じゃない怪物だからね。

 キッチンへ入る。何か違和感がある。

 ......包丁だ。先生が包丁を直したと思ったのに無い。何処へと思ったが多分死体と共に埋めたのだろう。見てないけど多分。

白いティーカップに紅茶を淹れた。安いやつ。家は立派なのに食べ物は比較的安く仕入れていた。自分の部屋の家具も。高い物の価値にあまり執着していない。
親父はいつも朝昼夜と外食で済ませていたので、買った食べ物には興味が無かった。ある意味俺にも興味が無かった。

ただ酒を飲むと暴力野郎になるので、俺の体はいつも痣だらけだ。今日は今まで分の痛みを発散させたのかもしれない。




 俺は紅茶を部屋に持っていった。

「ありがとう」

 先生は飲んだあと、深い息を吐いて美味しいと大袈裟に喜んだ。

「高橋君は淹れるの上手いね」

「普通に淹れたんですが。それより帰らないんですか? 先生は仕事あるんでしょ」

「冬休み期間は自由出勤よ」

 あーそう。つまり長時間居るのかなと思ったが、先生は急に帰りますと言って立ち上がった。

「あ。LINE交換しましょう」

「なんで?」

「何かあった時一人で対処出来ないでしょ?」


「本当に関わる気なんですか? てかなんで本当にここまでするんですか」


 先生は少し口を開けようとしたがすぐに閉じ、でもまた開けた。

「私......殺したの。八歳のときにお父さんを」

「嘘」

「嘘じゃない。貴方と同じでちょっとお父さんとは上手くいってなかったの。だけどお母さんは居なかったからずっと我慢してて、それである日お父さんがまた暴力を振ろうとしたから突き飛ばして、それで壁にぶつかって頭を打ってそれで」

それでが多すぎて話がしっかり入ってこなかったが。つまり八歳の時に嫌いな親父を殺したから貴方の気持ちは大変理解すると言いたいのだろう。
 まぁ多分嘘だろうなとは思いも、今までの心情からしたら合点にはなる。


どんどん混乱していったので一先ずLINE交換をし、先生には帰ってもらった。


先生は過保護の母親のみたいに色々言ってから帰っていった。
 
 もし母親が居たらこう世話焼きだったら良かった。



 ー自分が幼少期の頃に母親は離婚を切り出し、俺を置いて出て行った。今でも裏切られたような、空っぽの心は無くならない。母親からしたら親父と似た顔の子供なんていらないのだろう。

 俺も親父から離れたかったのに。表面では紳士的で優しく、経済力があるからヒステリーで経済力も無い母親より親父の方が良いだろうと決められた。
 
 勿論母親は賛成し親父も賛成した。裁判官は俺の意見は全く聞いてくれなかった。

経済力がなんだよ。それはそんなに大事なのか?それよりもっと大事な何かがあるはずなのに。大人は本当に身勝手で、それからさらに大人が嫌いになった。

大人は信じてはいけない。小さい頃に学んだのだ。
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