らくがき帳

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  • hrhn夏五

    20260716(木)00:03
    悟はゆっくりと私に向かって手を伸ばす。触れるか触れないか、微妙な距離まで伸ばしかけた手はぽたりとシーツに落ちた。悟の青い瞳が湖面のように揺らいで不安げにこちらを見上げる。

    「……手、握ってもいい?」
    「……ん」

    ほんの少し間を置いて、悟が小さく頷いた。ひんやりとした手にそっと触れると、一瞬だけびくりと震えて、でも拒絶はされなかった。

    「怖いことしないからね…大丈夫…」
    「……だい、じょうぶ……」
    「うん……ね、ほら、泣かないで」

    ぽろぽろと涙が零れ、繋いだ手に降ってくる。抱きしめていい?撫でていい?ひとつひとつ執拗いほど声を掛けて、悟の体を抱きしめた。痩せてしまった背中を擦って宥めながら、痛くなるほど強く目を瞑る。誰からも何からも護りたいと想う気持ちだけは嫌ほど強い。こんな風に、泣いている悟を抱きしめることしかできないくせに。
    悟の濡れた睫毛が肌に触れ、心臓を突き破って怒号を上げる後悔を抑え込んだ両手が震える。泣かないでとか言いながら、自分が泣いているんじゃどうしようもない。

    「すぐるっ……すぐ……あ、ぁぁ……」
    「うん……大丈夫……大丈夫だから、」

    何がだよ。大丈夫じゃないから泣いているのに。あぁクソ。クソ野郎。殺したいのは私自身だ。

    夏五

  • 月後スゼ 2

    20260702(木)22:11
    ゼノはトランクを床に置き、立ち上がって腕を広げた。どちらともなく抱きしめるとゼノの白い首筋からは清潔な石鹸の匂いがした。俺の肩にすりすりと額を寄せて、ゼノは跳ねるように喋り出す。柔らかなプラチナブロンドの髪を撫でながら、聞き心地の良い声に体を委ねた。

    「かつて幾度も説得を試みては衆愚に踏み潰されてきた宇宙開発計画もついに日の目を浴びるだろう。何せタイムマシン開発にヘリウム3は必要不可欠だ。素材もエネルギーも地球規模では収まらない。おお、21世紀を超える科学!実にエレガントだよ。まぁ尤も、当面はラボの建設と各国の科学者へ向けたブリーフィングに奔走するのだろうがね」
    「ん。移動と護衛は俺ん任せな」
    「おお、実に頼もしいナイトだ」

    指揮を執るように手を振り上げ語るゼノの薄い背中をより強く抱きしめた。きっと流れるように上手くはいかないだろう。目を輝かせ未来科学のロードマップを突き進むゼノの足を掴んで引きずり倒そうとする手は、この新世界にも蛆のように蠢いている。しかしもう、瞳から光を失い弱っていくゼノを見ながらもどうすることも出来なかったあの頃とは違うのだ。今はこんなにもそばにいる。ゼノの手足を縛るものから、美しい科学の光を閉ざそうとするものから、今度こそ俺の手で護ってやれる。タイムマシンか。たった一人で戦わせてしまった5年間も取り戻せるなら、あぁ、マジでエレガントな科学だな。

    「暫くは宿舎での生活になるが、落ち着いたら向こうにも家を建てたいね。せっかくだ、日本らしい和風建築にしようじゃあないか」
    「あー、シンデンヅクリ?」
    「何かのアニメでも見たのかい?それは昔の貴族の邸宅だね。確かに魅力的ではあるが、二人で暮らすには広大過ぎるな。維持費や管理の手間に見合わない。非合理的だ」
    「ちっちゃい家でいいよ。あんたとずっとくっついていられるくらい」
    「おおスタン、日本の気候は温暖多湿だ。家の作り様は夏を旨とすべし、が古くからの日本家屋の基本でね。木材、漆喰、和紙、い草と通気性と調湿生に優れたエレガントな自然素材で作られている。その分冬の寒さには弱いんだ。僕はあまり寒さに強くないから小さな家なら、」
    「OKゼノ、結論は?」
    「冬は君と囲炉裏を囲んで魚を食べたい」
    「いいね、ピザも焼ける?」
    「おお、焼けるとも。少々ミスマッチではあるがね」

    ゼノは黒水晶の瞳をキラキラさせて楽しそうに笑っている。堪らなくなって抱き上げて、額に刻まれたままのXの中心にキスをした。俺の大好きなその顔が二度と曇らないでいてほしい。アメリカでも日本でも深海でも宇宙でも、ゼノはその自由な翼でどこへだって飛んで、やりたいようにやって。ゼノのくれた翼で俺も全力でついていくから。もう二度と離さないから。

    スゼ

  • 月後スゼ 1

    20260702(木)21:12
    フライト業務を終えて帰宅すると、いつもの出迎えが無く少しばかり気落ちした。家の中に気配はするが本人は見当たらず、煙草を燻らせながら二階へ上がる。書斎と資料室を通り過ぎた先のクローゼットルームから光が漏れているのを見つけ、煙草の火を消してドアノブに手を掛けた。ドアを開けて中を覗くと、ゼノはこちらに背を向けて丁寧に畳んだジャケットをトランクに詰めていた。

    「ゼノ、ただいま」
    「おお、おかえりスタン。気が付かなくてすまなかったね。君は物音がしないから」
    「ドタバタ暴れながら上がってくりゃよかったね。出張?」
    「いや、拠点を日本に移すよ」
    「は?」
    「千空からのお誘いでね。タイムマシンの開発チームに加わることになったんだ」
    「Time Machine……」

    ゼノはネクタイとシャツを数枚トランクに仕舞い、淡々と旅の支度を整える。凡そ現実的とは思えないプロジェクトだが、ゼノの脳内では完成までのロードマップも既に組み上がっているのだろう。未知に挑むゼノの表情はいつだって俺の胸を掻き立てる。

    「できんの?」
    「難しいだろうね。だが時間逆行の根幹原理はホワイマンのヒッグス場コントロールだ。スタンも知っての通り物質はヒッグス場というプールの中に沈んでいるから質量がある。ホワイマン…石化装置はそのプールの水圧を変化させる装置といったところかな。生物の分子がヒッグス場から受ける抵抗を増やすことで石化が-」
    「OKわかった、石化装置使えばワンチャンあんだな。いつ出発よ?」
    「各所調整は済んでいるからね、今後は僕の手が離れても問題は無い。明日にでも出発できるよ。スタンリー、タイムマシン開発には数少ないホワイマン遭遇者である君の助言も必要になる。一緒に来てくれるかい?」

    要請を受け米国本土の復興助力に従事し、幾度となく行ってきた人工衛星の打ち上げもどうやら区切りがついたらしい。天才ゼノ先生のスピード感は昔から尋常じゃない。とてつもない速度で宇宙までぶっ飛ばしてしまうゼノに置いていかれないようにと鍛え上げてきた肉体だ。答えなどわかりきっているくせにそれを欲しがってこちらを見上げてくる期待に満ちた表情が可愛くて、つい口を噤んでしまった。沈黙が長引いたのが気に入らなかったか、ゼノは首を傾げて唇を尖らせた。

    「おや、日本は嫌いかな?」
    「好きでも嫌いでもねぇよ。俺はあんたが居んならどこだっていい。あんたがホントにやりてぇんならな」
    「あぁ…君は心配性だね。大丈夫。僕の意思だよ」
    「ならいいけどよ」

    スゼ

  • でかけも

    20260629(月)04:52
    と、ちみけも

    夏五

  • 平浦

    20260627(土)04:26
    惹かれ合って、想いが届いたとして、きっとすぐに離れていく。何百年と続く人生で、人を好きになることなどないと思っていた。最後に人と抱き合ったのが何時だったかも、もう思い出せないのに。

    気付けば目で追っている。金色の髪と自分よりも薄いのにやたら頼もしい背中。丸まった彼の背を見つめる度、針を飲むよう息苦しさと、醜い欲望がずんと澱んで身体の深くに留まっていく。
    平子は時折、何かを内に飲み込むような仕草を見せる。彼の中に踏み込めない領域がある。踏み入れてしまったら、今のようにはいられなくなるのだろうか。誰も何も変わらないで、このままでいたいのに、彼を助けたいとも思ってしまう。

    「またろくに寝てへんのやろ、隈ひどいで」
    「……やりたいことが多くて。時間がいくらあっても足りないんスよ」
    「時間なんていくらでもあるやろ、繁忙期でもないに。頭ええくせに予定組むん下手やねん」

    若木のように細い体と、わしゃわしゃと髪を撫で回してくる大きな手。見上げてくる切れ長の目と細い首。しゃーない奴やなと悪戯に笑う口元。特有のアンバランスさが、どうしようもない気持ちにさせる。 髪をぐしゃぐしゃに乱す彼の手を退かそうとして、触れられなかった。言葉が出なくて、静かに唇を噛み、目を伏せる。やはりボクは、彼を愛してしまっている。

    ×浦

  • ヘン主 14

    20260625(木)04:43
    「あ゛ー……目が回る……どこだよここ……」
    「……塔だ……」

    なかなかに無茶な移動をさせられた気がする。前屈みに嘔気づくオレの隣でリュカは逞しくも平然としていた。旅の扉を囲うようにいくつか石柱が立てたれているが、どれも相当古いものなのか殆どが朽ちて倒れている。鬱蒼とした森の中。小さく呟いたリュカの見上げている先に視線を向けると、高く聳え立つ石造りの塔が木々の合間から確かに見えた。

    「あの塔か……真実を映し出す鏡なんて本当にまだあんのかな、ずいぶん古い日記だったが」
    「………」

    リュカは黙って塔を見据えると、吸い寄せられるように歩き出す。まだ地面が歪むような感触がしてふらつく足を叩き直し、リュカの後を追いかけた。

    塔を目前にして、二人して見えない壁に阻まれた。高い塀で囲まれた塔は、その門に手を掛けるとバチッと弾かれてしまい触れることができない。

    「……入れないね」
    「だな。日記に書いてあっただろ。カギを持ってるのは修道僧だとかなんとかって。オレたちじゃ無理ってこった」
    「修道僧……修道女なら知り合いがいるね」
    「……修道院に戻るか。話聞いてみようぜ」

    リュカはこくりと頷き、懐から地図を取り出した。旅立ちの日に修道女から貰った地図で、海辺の修道院の位置に印が付けられている。こんな塔の場所までわかるものなのかと疑いながらも覗き込むと、リュカが紙面に指を滑らせた。

    「修道院がここで……これ、旅の扉のあった祠と、この塔のことじゃない?」
    「だとすると余裕で歩ける距離だな……なんか仕組まれてないか?」
    「?」

    大いなる力で用意された盤面を歩かされている感覚だ。いつから、と考え出すとまるで最初からそうだった気がして怖気がした。リュカは言葉を無くしたオレの顔を見ると不思議そうに首を傾げて地図を畳んだ。

    「暗くなってきたね。野営する?ラインハットに戻る?」
    「野営にしても荷物積んだ馬車は向こうに置いてきちまったしな…。でも城から出たらまた入るの面倒だぜ?あの倉庫でこっそり寝るってか?」
    「あ、面白そう。そうしようよ、ヘンリー」
    「言わなきゃよかった…」

    リュカの一時も変わらない声色は時に恐ろしくもあるが心強くもある。旅の扉を使えば嘔気はしても一瞬でラインハットだ。周囲が魔物だらけなのはここも城も変わらないのが残念だが、まあ屋根と壁があるだけマシなのだろうか。何が面白いのか、妙にご機嫌なリュカの背中を見つめて肩を竦めた。

    DQ5

  • スタゼノ

    20260621(日)04:46
    ベッドに倒され、頭の後ろを支えていた手がゆっくりと離される。声にならない吐息が漏れた。

    「いい…?ゼノ」

    彼の揺れる瞳に見つめられたら、もう目は逸せない。流れる一房の金髪が頬を擽った。低く呟いたスタンの言葉に喉が微かに鳴るだけで、まともに返事もできなかった。ふ、と息を吐いたスタンが乱暴な手つきで自身のシャツを脱ぎ捨てて跨ってくる。生きる彫刻かと思うような、逞しく美しい肉体のどこに触れるべきかわからず、行き場を失った手は投げられたシャツをぎこちなく掴んだ。いつまでも不慣れな姿を笑うでもなく、スタンは目を細めて愛おしそうに頬を撫でてくる。

    「怖くねぇ…?力加減とか、わかんなくなるかも」
    「……おかしなことを聞くね」

    君が僕の脅威になるわけがないのに。傷がついたっていいよ、君が僕に触れてくれるなら。スタンリー、君の全てが好きだ。

    「君の全てが僕のものだ。愛してるよ、スタン」

    君の囁く愛の言葉も、唇も、伝わる体温も、君から溢れたものなら痛みだってなんだって手に入れる。僕は欲張りなんだ。今更何を怖気付くことがある。全部寄越したまえ。
    スタンは目を丸くすると喉の奥で笑って、キスを深めた。熱い舌が歯列をこじ開け、シャツを握っていた手に手が重なった。迷いを溶かすように指と指が絡まって、ゆっくりと唇が離される。うっとりと見つめられると力が抜ける。人と肌を合わせるなど得意ではないのに、スタンと抱き合うのはなんと心地が良い。滞っていた血が巡る。月を覆い隠す雲が散る。君に侵食されることで、きっとはじめて正しい形になるのだと思った。

    「ゼノ、ゼノ……かわいい、ゼノ。愛してる」
    「おお、スタン。そう食いつかなくても、どこにも行かないよ」
    「ん……どこも行かせない。誰にもやんない。俺のゼノだ」

    愛してる。可愛いゼノ。俺の全て。スタンは耳元に唇を寄せて、証を刻むように何度も呟く。厚い背中に精一杯の力で抱きつくと、嬉しそうに微笑んで抱き返してくれた。ああ、君が幸せなことが嬉しい。

    スゼ

  • 兄弟パロ 16

    20260621(日)02:46
    さとると抱き合っていたらおかしなくらい安心して、いつの間にかうとうと眠ってしまっていた。突然勢い良く向きを変えたさとるの寝相の悪さに巻き込まれて、2人してソファから転がり落ちた。びっくりして目が覚めて、床に転がったまま笑い合って。そんな姿をいつからそこに居たのか、離れたところで寛いでいた傑にまで笑われた。

    「いって~…!兄ちゃん大丈夫?」
    「いったぁ…あれ…傑いつ帰ってたの?」
    「ふふ、ついさっきだよ」
    「え~、起こしてよ~」
    「気持ちよさそうに寝てるんだもの、起こせないよ」

    席を立って近づいてきた傑に抱き起こされて、もう一度ソファに腰掛けた。狭いところでさとるを乗っけて寝ていたからか、体のあちこちが痛かった。さとるはぴょん、と起き上がって、喉乾いた~!とキッチンへ駆けていく。若いっていいなぁ。
    パキパキ音を立てる関節をぐいと伸ばして解していたら、体は痛くてもずっしりと重かった頭の痛みは消えているのに気がついた。傑が寝癖を直すように僕の髪を優しく撫でる。

    「悟、具合悪かった?大丈夫?」
    「ちょっと頭痛かっただけ…。もう平気だよ」
    「そう?無理しないでね」
    「うん、すぐるくんは?帰ってる?」
    「ああ、2階に居るよ」
    「兄ちゃんこれ食おうぜ~」
    「あ、こら、もうご飯にするから、お菓子はダメだよ」
    「え~~」

    跳ねるようにキッチンのお菓子ボックスからコンビニで買ったチョコシューを取り出してきたさとるに釘を刺すと、さとるはわかりやすく肩を落とした。しゅん、と垂れた耳が見えた気がしたのは僕だけじゃないようで、苦笑した傑にヨシヨシと頭を撫でられていた。

    今日は卵の期限が近いからオムライスを作ろうと決めていた。こんな時間まで寝てしまうつもりはなかったけれど、傑も手伝ってくれたおかげで全て完成するまでそう時間はかからなかった。
    特製きのこソースをかけてお皿に盛り付け、食卓へ並べるとすぐるくんも降りてきてみんなで手を合わせて食べ始める。この時間が好きだった。
    狭いマンションの一室で、帰りの遅い母を僕は一人でカップ麺を食べて待っていた。
    さとるが生まれてからは、さとるのために本で調べて見よう見まねで作った柔らかいご飯を少しだけつまんでいて、父はそんな僕を冷めた目で見下ろしていた。
    夏油家に引き取られて、傑のお母さんの手料理を初めて食べさせてもらった時、何故だか泣いてしまったのを思い出した。

    相変わらず別にそんなに上手なわけでもない僕の料理を、みんな嬉しそうに食べてくれる。こんな事しかできない僕に、いつだって愛されている実感をくれる。ぺろりと平らげて、美味しかったと笑う家族に、僕はいつも救われている。
    明日は何をつくろうかなって、そんなことを思うようになるなんて。明日が来るのが楽しみになるなんて、あの頃には考えもしなかった。

    夏五兄弟パロ

  • スタゼノ

    20260608(月)03:34
    なかなか困ったことになった。拘束されるのも攫われるのも趣味ではないのに、どうしてか僕の身には度々こういう事態が起こる。縄で入念に手足を縛られ、口には猿轡を押し込まれ、視界は黒い布で覆われて何も見えない。息苦しさと苦手な圧迫感に眉を顰める。どこへ向かうも何をしようも状況に不安は無いが、今頃鬼神の如き形相で猛追しているであろう彼の気苦労を思うと可哀想で泣きたくなった。僕だって好きで攫われているわけではない。

    後部座席に転がされているが、あまりにも雑な運転のせいで体がシートの上を滑り至る箇所に痛みが走る。運転席の男は先程から何度も舌打ちを繰り返し相当に苛立っている。カーブの度に遠心力で体が反対側へと転がるのが非常に不快だ。誰かの運転する車に乗っているというより、暴れる獣の背中にでもしがみついているかのようだった。発進も停止も柔らかく、路面の凹凸など感じさせない絹の上を滑るようなスタンの運転ではこんな思いはしたことがない。込み上げる吐き気を堪えて目を瞑るとじわりと布地に水滴が染み込んだ。

    舌打ちと怒鳴り声が鼓膜を揺する。おお、なんと愚かしい人間だろう。僕を拘束し拉致した時点で君の行く先は地獄しかないというのに。縛られた手足が痺れる。気休めに身を捩ると同時に大きく車体が揺れて、犯人の終わりを悟った。恐らく後部フェンダーを別車両に衝突されたのだろう。リアタイヤのトラクションを奪われた車体がぐるんとスピンして停止した。瞬間にドアガラスが撃ち抜かれ、男が醜い悲鳴を上げた。

    「ゼノ、」

    リアドアが破壊されそうな勢いで開け放たれて、生温い風が車内に吹き込む。動作と声色の不一致に笑いそうになった。一瞬の間を置いてスタンが静かに煙を吐いた。何も見えないがどんな顔をしているのかまでわかってしまう。毒ガスの臭いに安心するなど僕も相当汚染されているのかもしれない。愛しい気配のする方へ顔を向けようとすると頬にそっと手を添えられた。吹き飛ばす勢いでドアを開けたのと同じ手が、今度はシャボン玉の膜でも撫でるかのような手つきで後頭部の結び目を解いていく。ようやく解放された口で深く息を吐くと肩まで震えた。強く瞑っていた目を開くと、星が散るように煌びやかな琥珀色の目がじっと見ていた。

    スゼ

  • ヘン主 13

    20260603(水)06:17
    倉庫の扉はデールから受け取った鍵で開いた。本棚をひっくり返す勢いで片っ端から漁っていくがそれらしい記述は見当たらない。長らく換気もされていなかった室内の淀んだ空気が纏わりつく額を手で拭い、分厚い図録と歴史書の間に挟まれていた古びた日記を手に取った。

    『○月✕日。
    今日この城の旅の扉より南の地におもむく。南の地には古き塔あり。真実の姿をうつしだす鏡がまつられていると聞く。しかし塔の扉は我には開かれず。そのカギは修道僧が持てり。』

    「……あった!これだ!」
    「え、はやいね」

    リュカは手にしていた本を閉じてオレの手元を覗き込む。誰が書いたかもわからない古い日記だ。リュカは口元に手を添えて首を傾げた。

    「この城の旅の扉…?そんなものある?」
    「……この奥にさ、もう一つ部屋があるんだよ。臭うのはそこだな」
    「旅の扉に臭いがあるの?」
    「お前さぁ……」

    閉じた日記を懐に仕舞い、黒く丸い目を瞬かせるリュカの頭をぽんと叩いた。納得していない顔のリュカを背に、乱雑に置かれた物の合間を縫って部屋の奥へと踏み込んだ。城の兵士相手にかくれんぼを繰り返した悪ガキの記憶も少しは役に立つ。思った通り、木の扉が棚の後ろに隠されていた。鍵を差し込み慎重に扉を開けると、青い光が差した。

    「うわ、本当にあったよ、旅の扉」
    「これがそうなの?」
    「ああ。こんなもんが城の中にあるなんて不思議だよな、誰が作ったんだか」

    それは扉というよりも泉のようだ。転移魔法の魔法陣が描かれた床が青白い光を放ち波打っている。

    「行こうぜ、リュカ」
    「うん、」

    魔物相手には物怖じしないくせに、妙に訝しげな顔をして杖の先で床をつついているリュカの手を引いて泉に足を踏み入れた。途端に目を開けていられないほど眩しい光が渦を巻いて全身を包み込む。咄嗟にぎゅっと目を瞑り、ぐわんと脳が揺れる衝撃に足が縺れる。つんのめった体をどうにか支えて目を開けると、そこは森の中だった。

    DQ5