らくがき帳

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  • ヘン主 16

    20260916(水)05:58
    明け方から出発し、半日ほど歩いて辿り着いた海辺の修道院で、花壇の世話をしていた一人の修道女が振り返り、驚いた顔をした。

    「まあ!あなたたちはいつぞやの……。よくぞおいでくださいました。マリアもきっとよろこびますわ」
    「覚えててくれたの?嬉しいな。少し聞きたいことがあってね」

    故郷を無くしたような自分たちを歓迎してくれる場所があることが嬉しくて、思わずリュカの肩を軽く叩いた。
    快く出迎えてくれた彼女が開いた扉を通り奥へと向かう。中では女性たちが静かに机を磨いていたり本を読んでいたり、相変わらず時間の流れがゆったりと感じられた。規則的に並べられた長机の間を抜けると、それぞれがこちらに気付いて笑いかけてくれる。端の席でまだ幼い少女に本を読み聞かせていた一人の女性がこちらを向いて、目を丸くした。

    「まあ…!神さまが私の願いを聞き届けてくださったのかしら……リュカさまとヘンリーさまにはまたお会いしたいと……」
    「マリアさん、久しぶり。元気にしてた?」

    立ち上がり駆け寄ってくれたのは、かつて同じ境遇を生きここで別れたマリアだった。マリアはオレとリュカの顔を見るなり嬉しそうに頬を染めてはにかんだ。

    「ええ。私は元気です。皆さんとてもよくしてくださるし……」
    「でもマリアお姉ちゃん、ずうっとお祈りばかりしてて寂しそうだったんだよ」
    「あ、いえ……!えっと、お二人はどうされたのですか?」

    マリアの返答に少女が口を挟んだが、マリアは誤魔化すようにこちらに問い掛けた。南の塔について聞きたいのだと答えると、修道院長の元へと案内してくれた。

    「あら。思いがけぬお客さまだこと。でもお顔が……。なにかお困りですか?」
    「お久しぶりです、マザー。単刀直入ですまないが、真実の姿を映す鏡ってのがある南の塔に入りたくてさ。修道僧が鍵を持ってるって聞いたんだが、何か知らないかな」
    「まあ、ふしぎな鏡がまつられている南の塔に入りたいと……。それは困りましたね。あの塔の入口は神につかえる乙女にしか開くことはできないのです。とはいえ魔物の出るなか女の足であそこまで行くのは……」
    「私に行かせてください!」
    「マリア……!」

    マリアが決心したように胸を叩き前へ出る。院長は目を丸くするが、マリアの芯の通った声は揺るがなかった。

    「この人たちは私にとても親切にしてくださいました。今度は私の番です。それに試したいのです。この私にもあの神の塔の扉が開かれるかどうかを……」
    「……わかりました。そこまで言うならもう止めません。リュカさん、ヘンリーさん。どうかマリアを連れて行ってくださいましね」
    「ああ。ありがとうマリアさん。よろしく頼むよ」

    マリアは優しく微笑んで、力強く頷いた。

    DQ5

  • 兄弟パロ 18

    20260912(土)02:53
    すぐるは別にバスケが好きなわけでもないのに、中学の頃からバスケ部に所属している。あまりにしつこい勧誘に断るのも面倒になって入部したのをきっかけに、今でも惰性で続けているらしい。やる気なんてないくせにやたら上手いし身長もあるし、1年にして早くもエース的なポジションにいる。明確な目標があるわけでもないし、練習だって誰よりも遅く来て誰よりも早く帰るもんだから、先輩たちに度々注意されているらしい。中学の時もそうだったなぁとふと思い出して笑ってしまった。すぐるのふてぶてしい態度にキレた3年生に呼び出された時、義務教育で先輩語ってんなよと一蹴して、逆にビビらせていたっけ。あの頃より物腰は柔らかくなったかもしれないが、格下と見做した相手への態度の悪さはあまり変わっていない気がする。

    今日もダルそうに体育館へ向かったすぐるを見送って、俺はまた図書室へと足を運んだ。早く帰りたいけれど、先週借りた本を返さなくてはならない。図書室のある西校舎へ続く渡り廊下を歩いていると、向かいから歩いてきた見覚えのない男に呼び止められた。

    「……五条くん」
    「んぁ?なに?」

    名前も顔も何一つ知らないそいつは俺の名前を呼んで、俺の目の前で立ち止まる。まじまじと上から舐めまわすように見下ろしてくる体格の良い男。赤いジャージを着ているその姿から体育教師か何かかとは思うが、だったら俺に何の用だ。

    「……バスケ部に興味はないかい?」
    「はぁ?今更勧誘?興味ねえよ。すぐるがいるんだし、十分強いでしょ」
    「夏油くんと随分仲が良いんだな」
    「まぁね。あんたは何?バスケ部の顧問か何か?」
    「あぁ、指導員だよ。少し話をしないか?」
    「いや興味ないって言ってんじゃん。俺はやく帰りたいんだけど」

    変な奴に遭遇してしまった不運を呪いつつ、話半分で図書室まで再び歩き始めたが、部活指導員だという男は離れる様子もなく隣を無遠慮に付き纏う。男はまた、すぐると少しだけ似ている柔らかな口調で、聞いてもないのにぶつぶつと喋り始めた。

    「夏油くんのことでね、少し困ってるんだ」
    「はぁ…?別に普通にやってるでしょ」

    何で俺に聞くんだよ。溜息すら溢れるが、すぐるの話となると少し気になる。部活でのことはあまり喋らないから俺は知らないことが多いのだ。変なところで考え過ぎてしまいがちだし、悩みなんて素直に打ち明けられる奴じゃないだろうし。何かあったのなら聞いておきたい。
    隣を見上げると、男は俺の顔を食い入るようにじっと見ていた。思わず目を逸らして少し足速に歩き出す。なんとなく、少しだけ、気味が悪かった。

    夏五兄弟パロ

  • 軍なさスゼ

    20260910(木)21:13
    ガコン、と鈍く響いた物音に反射的に跳ね起きて枕元の銃を掴んで一秒。瞬きもせず空間を睨んでいた目をゆっくり閉じて、深く長い息を吐き出した。なんてことはない。不安定に立てかけられていた分厚い本が倒れただけだ。腕の中で眠るゼノの熱と小さく身動ぐ感触が冷静に現実へと導いてくれる。伏せていた目を開くと、俺の胸元を緩く掴んだままゼノは心地良さそうに眠っていた。
    無防備に晒されたいつまで経っても幼さの残る寝顔が愛しくてたまらなくて、全身で存在を確かめるように抱きしめた。

    数日前まで身を置いていた紛争地とのギャップに体が切り替えられないままでいる。あれほど会いたくてたまらなかったゼノの顔を見て、声を聞いて、腕の中に閉じこめていても眠りは浅く、僅かな物音で飛び起きる。帰省する度にこれだからもうお互い慣れたものだ。3日もすれば俺もぐっすり寝転けている。

    ゼノの髪を撫でても、んん、とちいさく唸るのみでまだ起きる様子はない。ゼノもまた満足に眠れやしない日々だっただろう。本人は何も言わないが、以前より痩せた体と目の下の色濃い隈が物語っている。夢の中だけでも、俺のいる間だけでも、何の不安もなく眠ってくれたらいい。
    手にしている銃はゼノ先生自作のトイガンだ。見た目も重みも感触も昔から慣れ親しんだS&WのJフレームそのものだが、引き金を引いたところで飛び出すのは弾丸ではなくバネとスポンジで出来たアヒルの人形。本物の銃はクローゼット内のガンセーフに保管されている。
    「無いなら無いで不安だろうと思ってね、君の部屋にあったものを簡単に改造したよ。これなら寝ぼけた君に撃たれてしまっても飛び出た小さなアヒルのクチバシにボヨンとつつかれるだけで済む」
    そう言って、ありもしない脅威に身構えて眠ろうとしない俺のために作ってくれたそれを、再び枕の下に潜り込ませた。
    間違ってもアンタを撃ち抜くなんて考えたくもないけどね。帰省の度にこんな調子では有り得なくはない話だ。なんでこんな間抜けな顔したアヒルにしたのかは知んねえが、有難く受け取ってお守りのように持っている。人の部屋から勝手に持ち出して勝手に改造してるのは、別に今更とやかく言うことではない。

    スゼ

  • ワタニャルニア

    20260822(土)02:29
    山が一つ消し飛んだ。
    見事に更地になったそこに立ち尽くし、両手に抱えた杖をぽとりと落とした。

    大きなワニシシは罠を破壊して逃げ出した。深追いすることなく傑たちは空中を飛び交う魚を捕まえている。あんな大きなワニシシは見たことが無かったから、どうにか捕まえたいと思ってしまった。臭いを頼りに追いかけて、杖を振るった。少し風を操って転ばせでもすれば、あとは傑たちが素早く仕留めてくれるだろう。そんな算段だったのだけど。
    意図せず暴走した魔力は巨大な竜巻を引き起こし、気付けば山を丸ごと吹き飛ばしていた。

    「みゃ………?」

    あれほど生い茂っていた木々も草花も消え去って、土埃が立ち込める広大な更地を目前に呆然としていると、山に住んでいた動物たちがぐるぐると空を飛んで目を回しているのに気が付いた。

    「ぢぃっ!」

    上手く制御できない杖は放り投げ、短い両手を空に翳した。精一杯の力を込めて、空中に飛ばされていた動物たちをゆっくりと地面に下ろす。くったりしていた動物たちはやがて目眩から回復すると勢いよく起き上がり、キョロキョロと辺りを見回して更に奥地を目指して駆け出した。

    「………みゃー…」

    目を回している隙に全て捕らえて一網打尽……なんて事をする気には到底なれず、未だに地面にへたり込んでいる青い兎に近づいた。兎はきゅうきゅうと小さく鳴いて、長い耳は弱って垂れてしまっている。

    「みぅみ、みゃうぅ……」

    突然住居も自分も吹っ飛んで、さぞびっくりしたことだろう。回復魔法を施そうとしてもやっぱり上手くいかなくて項垂れた。ごめんねと気持ちを込めてふわふわの毛を撫でていると、遠くから傑の声がした。

    「悟っ!大丈夫かい!?怪我してない!?」
    「みぅ……」
    「一体何が………あ、悟がやったの?」

    封印が解かれてからというもの、魔力操作がぐずぐずなのだ。傑と釣りに出掛けた時は焚き火に火をつけることすらできなかったのに、その翌日には火力が強過ぎて小屋を一つ全焼させた。今日はきっとうまくいくなんて励ましてくれたのに、ワニシシも逃すし山は消えるし、全然だめだとしょぼくれる。傑は更地になった地面を見渡して苦く笑うと、優しく頭を撫でてくれた。

    夏五

  • 転生夏五

    20260815(土)20:56
    様子を見に寝室へ入ると、悟は薄く目を開けていた。退屈しないようにとサイドテーブルに置いていたタブレットから、小さく音楽が聞こえる。

    「具合はどう?」
    「今朝よりマシだよ、起き上がれるし」
    「それならよかった。映画見てたの?」
    「うん、」

    画面を覗き込むと、そこに映っていたのは悟にしては珍しい、何かのアニメ映画だった。小さな黒猫が窓を突き破って外に飛び出す。体を翻してストンと地面に着地したところで、悟はタブレットの電源を切ってしまった。
    熱を確かめるために額に手を当てると、悟は私のその手を取って、包むように握り込んできた。

    「ごめんね、寂しかった?」
    「………」
    「悟……?」
    「………」

    ベッドに座った私の手を黙って揉んでいる悟が可愛くてそのままにしていたが、悟は何かを言いたげに口をむにむに動かして、眠たげな目で私を見上げた。そしてゆっくりと手を離し、枕元を軽く叩いた。

    「ふふ、私も寝るの?」
    「……ん、寝る」
    「暑くない?」
    「いいから、はやく来て」

    悟に誘われるままに布団に潜り込むと、甘えるように擦り寄ってくるから堪らない。向かい合って抱きしめて、火照った悟の頬を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。長い睫毛の影が青い瞳を美しく揺らす。この他と無い幻想的な色彩が、私は昔から好きだった。

    「………あしたは、おきる、から」
    「うん」
    「きょうだけ、だから」
    「うん……じゃあ今日は、いっぱい甘えて」

    目を閉じたまま呟く悟をぎゅうと抱きしめて、背中をぽんぽんと優しく撫でた。
    ぽんぽんぽんと、3回触れたら眠りについて、もう一度触れたら幸せな夢を見る。そんな風にできていたらいいのに。悟は何かを我慢するように目をきつく瞑って、私の胸に擦り寄った。

    夏五

  • 平浦

    20260814(金)04:48
    「ふふ、んふふ」
    「なんや、ご機嫌やね」

    オレの下で呼吸を整えていた喜助の手が、オレの胸元にそっと伸びてきた。目が合うとぼんやりしていた表情をふにゃりととろけさせて微笑んだ。

    「平子サンの体……綺麗っスね」
    「そ?めっちゃ傷あるけど」
    「いいじゃないスか、格好良いスよ」

    喜助の指先が肩に、胸に、腹にと残る瘢痕を優しくなぞる。こうもド直球に褒めてくるのは珍しい。何を企んでいるのかと身構えそうになるが、未だぽやぽやした喜助の目を見て余韻に揺蕩っているだけと察した。

    「……喜助のがええ身体してるやん。筋肉も骨格も肌ン色も、あー、髪も好きやな。……ちょお細すぎるんが気になるけど」
    「平子サンだって細い…いや、薄いっス」

    「オレは何も変わらへんやん。どう見ても細なってるから言うてんねん。ほんまちょお目ェ離すとすぐこれやで」

    大きく見える割に掴んでしまえばギョッとするほど細い腰を擦ってやると、喜助は拗ねたように目を伏せた。今日だって一緒に食事をしたのに思い返せば殆どオレばかり食べていた気がする。
    目を合わせてくれなくなった喜助の肌に仕返しみたく手を滑らせて、白すぎる首筋に口付けた。

    「ん……もう一回?」
    「……いや、もうあかんな。変なデレ方すんなや喜助」
    「……いいっスよ、思うようにして」
    「だーもう煽んな。寝るで。ふにゃふにゃやんか」

    もう既に布団にぺったりくっついているくせに。これ以上は明日に響くし、犬みたいにがっつくよりも余裕のある大人でいたいし、ああもうそんなかわいい顔で見上げるな。
    裸の体が冷えてしまわないように汗を拭って布団を掛け直す。腕の中に包むと嬉しそうに頬を緩ませた。まったく、いちいち可愛い顔をする。ずっとこのまま、その表情を曇らせることがなければいい。明日からまた暫く会えなくなるから、その間にこれ以上喜助が減ってしまわないようにテッサイにも話をしておこうと、喜助の薄い背中を撫でて思った。

    ×浦

  • 兄弟パロ 17

    20260803(月)00:04
    風呂から上がりリビングへ戻ると、先に入浴を済ませていたさとるが大型のソファを一人で陣取り、棒付きアイスを口に咥えていた。肘置きに頭をのせて、長い足を組み横になっている。

    「ちょっと、邪魔だよ。普通に座って」
    「あ、すぐるぅ、リモコン取って」
    「聞いてる?」

    全く聞く耳を持たず寝転がったままこちらに手を伸ばしてくるさとるに呆れつつ、テーブルに置かれたままのテレビのリモコンを手渡した。向かいに置かれたテレビを点けるとザッピングの末、特に興味があるとも思えないクイズ番組が映ったところでボタンを押す手を止めた。

    「俺これ答え知ってる。オカピだろ」
    「はぁ、どっこいしょ」
    「おわっ!乗るな!どけ!重いんだよこの筋肉馬鹿!」
    「さとるが退かないんだから、さとるに座るしかないじゃないか」
    「俺は椅子じゃねえ!だァー!重いー!」
    「なんだよ、自分は悟さんの上で寝てたくせに」
    「俺は羽のように軽いからいいんだよ!」
    「いや、さとるも普通に重かったよ」
    「ちょ、兄ちゃん裸で出てくんなよ風邪ひくだろ!」
    「下は履いてるよ」

    容赦なく蹴り飛ばしてくるさとるとの攻防は悟さんの声で中断された。悟さんの細く白い肌が目に飛び込んできて思わず半歩後ろに仰け反った。眩し過ぎないか。入浴後のはずなのに、悟さんの肌はさとるより少し冷たい陶器のような印象を持つ。私の言葉は無視したくせに、さとるは途端にガバッと起き上がって悟さんに駆け寄ると、黒い綿のパジャマを羽織らせた。

    「ん、さとる、いい匂いするね」
    「シャンプー買い換えたじゃん。兄ちゃんも同じ匂いしてるよ」
    「ほんと?でもなんか甘いよ」
    「アイス食ったからかな……っン、兄ちゃん、くすぐったいって」

    甲斐甲斐しくパジャマのボタンを留めてやっているさとるの髪に鼻先をうずめる悟さんに、さとるは笑って身を捩る。子猫のじゃれ合いのような仕草なのになんとなく直視できないような背徳的な雰囲気が出てしまうのは、二人が黙っていれば天使のように綺麗だからか。ぽっかり空いたソファに崩れ落ち、両手で顔をおさえて肺の底から漏れ出すような息を吐く。尊い……と漏らした声は聞こえていないといい。

    夏五兄弟パロ

  • 平浦

    20260725(土)00:15
    「調子良さそうっスね」
    「どこがやねん……目ェ腐っとんかオマエ…」
    「あらら……」

    ナイトウェアのボタンを開けて汗ばんだ胸を晒した平子は布団に仰向けのまま咳き込んだ。傍らに座り彼の胸に薬を塗ってやると、平子はふぅ、と表情を緩ませた。

    「あ゛ー…さっきよりは楽ンなったわ…」
    「よかった……これで眠れるといいんスけど」

    ぱらぱらと枕に散る金色の髪を指で梳くように触れ、額に張り付いた前髪も払ってやると、平子はその手を取って自身の頬に当て目を閉じた。

    「きもちーわ、冷たァて」
    「……タオル替えますから、」
    「ん……」

    名残惜しそうに手を離される。ボタンを一つずつ留めて薄い胸をしまう浦原の指先を、平子はぼんやりと見つめていた。
    頭上に置いた桶の中に溜めた氷水にタオルを漬けてきつく絞っている間も、平子は時折体を丸めて苦しそうに咳き込んでいた。

    「……風邪とか何年振りやろ……情けな……」
    「疲れが溜まってたんでしょう、まともにご飯も食べてなかったんじゃないスか」
    「……かき氷ばっか食っとったせいか…」
    「隊長サンがそんなんでどうするんスか」
    「桃キレとるやろなァ…帰りたないわ……」

    平子は乾いた笑いを溢してまた小さく咳き込んだ。薬の瓶の蓋も閉めて枕元に置き、立ち上がろうとして動きを止めた。

    「…………」
    「………喜助?」

    平子の胸にぺたりと顔を乗せて、頬を擦り寄せた。余計に息苦しくさせてしまうから体重をかけてはいけないと思いつつ、そのまま離れる気にもならなくて張り付いていた。平子の手が浦原のぴょんと跳ねる癖毛を撫でた。

    「……伝染るで、離れときや」
    「……嫌っス」
    「嫌て……もう、なんやねん」

    子どもみたいに駄々を捏ねて見上げてみると、平子は口角を釣り上げて笑っていた。いつもより眠たげな目と赤い頬、汗ばんだ長い首。見慣れた彼の見慣れない姿に胸が騒つく。なんだか色っぽくも見えるせいでときめいてるとか、そんな可愛いものじゃない、もっと不愉快な方だ。髪を撫でてくる手を取って指を絡めると、ぎゅっと握られた。

    「……あかん、めっちゃキスしたい」
    「伝染るじゃないスか、嫌っスよ」
    「悪魔か……はー……死ぬ気で治すわ」

    この人のせいで、自分の中にまだ知らない感情があることを知る。重ねられない唇の代わりに指で触れると、がぶりと甘く爪を噛まれた。

    ×浦

  • ヘン主 15

    20260721(火)02:40
    適当に埃を掃いた床に地図を広げ、修道院へのルートを確認しながら硬いパンを貪った。何年も放置されていた形跡の残る倉庫だ。そう誰も近寄ることはないだろう。
    床に座りリュカと肩を合わせて声を潜めながら過ごしていると、あの頃に戻ったような気になった。布団代わりにリュカのマントを引っ張って包まると、リュカは子どものように笑った。

    「ちょうどいいなこれ、あったかいし」
    「ふふ、楽しいね、ヘンリー」
    「何がだよ…バレたら地下牢ぶち込まれるぜ?」
    「王子様なのに」
    「もう王子でもなんでもないって。ただの侵入者だよ」

    リュカはオレの肩に頭を乗せて目を閉じた。ターバン越しに頭を撫でてやるとくすくす笑う。昔はよくこうして眠れないでいるこいつの頭を撫でてやったのを思い出した。泣きもせず嘆きもせず、真っ黒な目でじっと前を見据えているこいつがあまりにも危うくて、こいつの中の欠落してしまったものを取り戻してやりたくて、あの頃はきっとオレも必死だった。

    「……ごめんなリュカ。オレの都合に付き合わせて、またオマエを巻き込んじまう。ラインハットがどうなろうがリュカには関係ないのに」
    「関係なくないよ。ビスタの港に船が来ないんじゃボクも海を渡れないし」
    「まぁ、そりゃそうだけど…」
    「それに言ったはずだ。ボクだって怒ってるんだよ。ニセモノもホンモノも、どっちもぶん殴らなきゃ気が済まない」
    「ホンモノは勘弁してやってくれよ…」
    「どうして?そもそもあの女が悪いんじゃないか。キミはもっと怒るべきだ」
    「いやオレだって怒ってはいるけどさ……あぁ…もう寝ようぜ。明日朝イチで出発するからな」

    せっかく微睡んでいたのに体を起こしてぷりぷりと怒り出してしまったリュカを宥めて、もう一度肩に寄りかからせる。リュカは不満そうに息を吐き、やがて諦めたように目を閉じた。眠りに落ちる寸前、かき消えそうな小さな声がした。

    「ヘンリー、キミは……アイツを倒したら……その……」
    「ん…?」
    「……いや、なんでもない」

    リュカは眉間に皺を寄せ、俯いた。先を考えるのは決着がついてからだろう。オレはまだ何も選べないでいる。

    DQ5

  • 転生夏五

    20260720(月)22:15
    デザインが浮かばず頭を悩ませていた棘は、突然僕の手を引いて外へと連れ出した。すぐそこの路地裏で、棘はたった一枚だけ写真を撮った。
    日の当たらない狭い通路に佇む赤い自販機。隣の電柱に凭れて空を見上げて、と指示されるままに顔を上げた。雲の切れ間を見て、「午後は晴れそうだね」なんて言った途端にシャッターを切られた。棘は得意気に頷くと、また僕を引っ張ってアトリエへ戻った。
    あんな一枚の写真で何を掴めたのかは知らないけれど、棘は黙々と作業を始めた。新たに手に取ったのは、風に揺れるほど軽く、透けるような生地だった。ミシンの練習をしながら静かに出番を待っているだけの時間も、心地よくて好きだった。

    「わかんないけど、何か良いの浮かんだみたいだったよ」
    「そっか、悟のおかげだね」
    「何もしてないけどなぁ」
    「ふふ、そんなことないよ」

    曇りへの憂いと、晴れの予感にほんの僅かに微笑んだ悟の姿。棘が撮ってくれたというそれを見せられて、無意識に写真の悟に指を這わせていた。

    「うん…すごく綺麗……」
    「そう?影になっててよくわかんないけど…」

    きっと華やかな装飾も、複雑な細工も必要ない。悟の存在、生き様の美しさに見合う形が、きっと棘の中に見えたんだろう。またいいのができるね、そう言って隣に座る悟の髪を撫でた。

    夏五