巨体の人外に助けられて世話される話
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真っ暗な視界にさえぎられた後、あなたは目を開けた。
体が、騎士団の上空に高く浮いている。
「ひっ、なにこれ、飛んでる!?」
足がすくむあなたを、ルドガーががっちりと抱き留める。
「……ほう。これは壮観だな、見てみろ。必要ないと言ったのだがな⋯⋯」
ため息まじりにネメニアが言い、彼女はゆっくりと自分達を地面に下ろす。
気づけば、すっかり夜になった広場に、自分達を取り囲むように騎士達がひざまずいていた。
その中には、騎士団長と幹部達、そしてミザロもいて、あなたは引きつる。
「――ヴェルガロン様。ようこそ、ゼイラン公爵領騎士団へお越しくださいました」
こちらへ歩いてきて、軍人のように彼女の前で片膝をついたのは、ゼイランである。
彼は身なりを一段と整え、視線を完全に下に落としていた。
「ゼイラン殿。突然の訪問を詫びよう。……さあ、楽にしてくれ。私は隠居した身なのでな、その名を使って威張るつもりはない」
笑みを乗せたネメニアにより、ゼイランは立ち上がり礼をし、騎士達もその場に整列した。
あなただけは異常なまでの緊迫感に目を泳がせる。
そんな様子をゼイランは見つめた。
「大丈夫か、名無し。ルドガー、お前も」
「……あっはい! 元気ですよ! 二人して、お世話になっちゃって」
普通に話しかけられたことが嬉しく、ルドガーと手を握り合って返事をする。
主人のゼイランも、ほっとした表情を浮かべた。
「ヴェルガロン様。このたびのご無礼の数々を、どうぞお許しください」
銀髪の美しい男は、胸に手を当てて深々と頭を下げる。
するとネメニアはふっと口元を上げた。
「構わん。私の側近が迷惑をかけてしまったな。それに君もきっと動揺させたはずだ。書簡で告げたように、二人のことは見守っている。君達に敵対する意思もないから、安心してくれ」
「はっ」
ルドガーはまるで一軍人のような主人の姿に、困惑していた。
頭ではヴェルガロン家がどのくらい格上なのかも、分かっている。
ただ、獣としての本能が、主人に一言いいたくなっていた。
「ゼイラン様。これを見てくれ」
「なんだ、ルドガー。今お前は、あまり喋るな」
ぴしゃりと言われたが、懐から黒い布に包まれた短剣を見せた。
ゼイランは顔を引きつらせる。
ネメニア自身の紋章もだが、ヴェルガロン家の家紋が柄にはっきりと刻まれていたからだ。
「なっ……なぜお前がそれを持っているんだ」
「私が贈ったのだよ」
「……えっ!」
ネメニアもルドガーも、それ以上は語らなかった。
二人の納得した顔つきにゼイランも何も言えなかった。
あなたはそろそろ皆に打ち解けてほしいと、パンと手を叩く。
「じゃあこうなったらもう、親戚みたいなものですよね~ねえルドガー、守護者さま!」
「ああ、そうだな。俺の家とお前の家、みたいなものだ」
「……くくっ、まったくお前達というやつは。…まあそうだな、否定はしない」
二人のなれなれしさを終始不問にしているネメニアに、ゼイランは真顔を崩せない。
「お……畏れ多いことです、ヴェルガロン様」
「ふふふ、すまんな。この二人の朗らかさには、私も勝てそうにないのだよ。……ではそろそろ帰ろう。後日、私の城に来てくれるか。皆でまた話したい」
ネメニアは手を差しだした。
ドレスから伸びる白い肌に、黒く塗られた美しい爪。
ゼイランは緊張を抑えながら、握手を交わした。
「光栄です、ヴェルガロン様。喜んでお伺いいたします」
彼の覚悟した声音は、真剣そのものだった。
◆
約束の日。
あなたとルドガーは、騎士団本部の廊下にいた。
神妙な顔つきのゼイランに、整列させられている。
「いいかお前達。今日は一生に一度しかない特別な訓練だと思え。絶対にあの方の前で粗相をするんじゃないぞ」
主人は今日、全身黒づくめの衣装で銀髪も美しく整えている。
対して軍人らしく立っているルドガーも、黒スーツで凛々しい風貌だ。
「わかった。ゼイラン様。だが守護者は、俺が失礼なことを言っても怒らないぞ。安心してくれ」
「安心できるか。そもそも失礼なことを言うんじゃない、分かったな」
「了解だ」
噛みあっていない主人と獣の会話に、あなたはぷっと吹き出す。
「もう大丈夫ですってばゼイラン様。緊張しすぎですよ~。優しい人ですよ、守護者さまって」
「ああそうか。俺はまだ死にたくないんだよ。いいかお前ら、とにかく頼んだぞ」
めずらしくゼイランは己の胃を撫でながらぼやいた。
しかしそんな彼の眼差しが、ふっとあなたに向けられる。
「真面目な話だ。名無し、俺はもう覚悟を決めている」
「……へっ?」
「お前がどちらを選ぼうが、構わないからな。変な遠慮をするなよ」
儚げな美男子にそんなことを言われ、あなたは目が点になる。
しかし、ルドガーも気になる様子でじっと見てきて、合点がいった。
大事なことを、きっと今日決めなければならない。
だからこんなにもぴりっとした空気なのだろう。
守護者もそうなのだろうか。
ふと考えたものの、あなたはしっかりと頷いて見せた。
「わかりました。では二人とも、行きましょう!」
「ああ、行くぞ、名無し!」
ルドガーが元気よく答え、三人は同じ方向を向いて進んでいった。
ネメニアのいる古城は、この間訪れた赤い森の奥深くにあるという。
特殊な結界に守られ、隔絶された場所に存在した。
長く黒いローブの従者が迎えに来て、転移魔法で連れていってくれた。
「わあ、城の外はこんな風になってるんだ。素敵な中庭……あっ、守護者さま!」
向こうから歩いてくる、長身の黒髪ロングの美女に、あなたは手を振って近づく。
彼女も妖艶な笑みを浮かべ、四人はまた相対した。
「よく来てくれた、こちらだ。かしこまる必要はない。ただの茶会だからな」
ネメニアは優雅に皆を招き入れる。
ホールはまるで儀式を行うための大広間のように広く、重厚な造りだった。
絵画や彫像が飾られ、赤と黒を基調とした家具やソファが置かれている。
ピアノや鳥かごに入った鳥までいて、なんだかおとぎ話に迷い込んだようだ。
「お美しい……独特の世界ですね」
「くく⋯⋯古めかしいだろう、吸血族らしく生きるのは、まことに窮屈なものさ」
率直なゼイランに対し、ネメニアは小気味よく笑った。
あなたはソファに座り、美しい従者や執事らに給仕され、はっとなる。
彼らも透き通るように白く、ついその首筋に目がいってしまう。
「あの……守護者さまって、やっぱり血を吸うんですか?」
そう尋ねると、斜め向かいに座ったゼイランが激しくせき込んだ。
そしてすごい形相で「失礼なことを聞くな」と口を動かしてくる。
すぐに反省したあなただが、ネメニアは赤い瞳を妖しく細めた。
「ふふ。怖いかい、名無し」
「い、いえ、そんなことは。⋯⋯ただ何食べてるのかなぁって」
内緒話みたいに美しい顔を近づけられ、ドキリとする。
「私はな、人の血は長いこと飲んでおらん。だから怖がらなくてよい。普段何を食しているかは……お前のために教えないでおこう」
「ええっ! でも、お酒とかお茶飲んでますよね? もし私がケーキ作ったら、食べれますか?」
あなたの素朴な疑問に、ネメニアだけでなく、隣のルドガーも笑みをこぼす。
「…そんなに失礼だったかな?」
「いや、いいんじゃないか。悪くない質問だ。ちなみに俺は食う」
「私もひとつもらおう。ゼイラン、君はどうだ」
「ええ……いただきます。名無しは腕がいいんですよ⋯」
がくりと諦めたように、公爵は肩を落とす。
ネメニアは、若い者達のやり取りを、ただ優し気な瞳で眺めている。
彼女からすれば、それは遠い昔にあった思い出に似た景色だった。
「この子の前では、皆が素になれる。それでいいのではないかな」
「そうですね……貴方にお許しいただけるのであれば」
ゼイランはあなたと、そして自由気ままなルドガーを見て、ようやく安堵の息を吐いた。
しかし彼もここへ来た理由が分かっている。だからまっすぐと正面のネメニアに、こう告げた。
「ヴェルガロン様。今回私共を呼ばれたのは、やはり名無しに授ける加護の件でしょうか」
そうはっきりとうかがうと、ネメニアも表情がすっと変化した。
場の空気が一瞬で静まり、緊張感が走る。
和やかな雰囲気は嘘ではない。
だが、これもまた、彼女が真剣に望むことなのである。
「そうだ。この話は避けては通れん。率直に問おう。――名無しよ。お前の口から、どちらの加護を求めるのか。聞かせてくれ」
急に訪れた究極の選択に、あなたが飲んでいた紅茶の手が止まる。
もう明るく笑える状況ではなく、三人の緊迫した様子が伝わってきた。
「わ、わかりました。……では今から、発表します」
あなたは背筋をただし、その前にルドガーを見やる。
すると彼も、すべての結果を受け止めるというふうに、あなたに答えを委ね、見守っていてくれた。
「加護は…………ゼイラン様にお願いしたいと思っています!」
言い切ってから、長く時間が止まった気がした。
守護者は一瞬呆然とし、ゼイランは口を開けたまま反応が薄い。
ルドガーは、瞳を見開きあなたに釘付けになっていた。
「すっ……すみません、しんとさせてしまって。でもこれが、私の正直な気持ちです。⋯⋯前から決めていたことではあるんですが、ゼイラン様は、ルドガーの主人で大切な人だからです。私は二人のつながりがとても大事で、そこに私も入れてもらえるなら嬉しいなって。ここに来てから、ずっと支えてくれた人達だから」
照れくさくて笑うと、ゼイランは瞳を揺らす。
そしてルドガーは、胸がつまった表情であなたを見つめている。
ゼイランは前に乗り出した。
「おい。本当にいいのか? 俺には、ヴェルガロン様ほどの力は――」
そんなふうに自信を欠いた姿を見せるのは、彼にはないことだった。
しかしその姿は、誠実そのものだ。
「力とかで決めてないんです。繋がりの問題なので。……でも」
あなたは、守護者にも目を向けた。
彼女はせつない表情だが、静かに受け止めているように見えた。
「守護者さまも、そうなんですよ。この世界で、一番最初に家族になってくれた人だと思ってますから。私に家族を作ってくれた人でもあります。⋯⋯そしてまだ時間はそんなに経ってないかもしれないけど、私達二人の絆は、もうあると思ってます。だから、これでいいんじゃないかなって」
守護者の加護は、まるで最初から持っているみたいに感じているのだ。
「ふっ……正直な。少し悔しい。だがお前の気持ちは通じている。それほど、この二人との強いつながりを作ったのだな。私にも嬉しいことさ」
彼女はわずかな寂しさの中に、確かな安堵をにじませた。
「お前は一人でこの魔界に落とされて、ここまでやって来た。普通はできないことだ」
「皆が助けてくれたからです。なにより、ルドガーがそばにいてくれたから。私のことを大切にして、愛してくれたから。この前も言ったけど、出会ったのがルドガーじゃなかったら、こうなってないですよ」
あなたはルドガーと向き合い、微笑み合う。
本当に、加護というのは、もうすでに皆からもらっていると思った。
心にはすでに存在しているのだ。
生まれて初めて、誰かに寄り添ってもらっているという、温かで大切な気持ちが。
ゼイランもあなたに対し、ルドガーにやるように、親のような眼差しを向けていた。
そんな彼はネメニアに尋ねた。
「ヴェルガロン様。⋯⋯なぜ名無しに前もって加護を授けなかったのですか? あなたの力なら、誰にも気づかせずにそうすることも出来たはずでは」
ネメニアは当然のように、穏やかに答える。
「加護とは、その者が心から願い、欲し、選択することで価値が生まれるのだ。⋯⋯だからゼイラン、君が名無しに選ばれたそれは、君が授けた加護以上の価値があるのだよ」
長く生きた経験のあるネメニアの言葉は重く、情に満ちていた。
ゼイランは、はっとなる。
彼は贈られた大事な気づきを、静かにその胸へと刻み込んだ。
体が、騎士団の上空に高く浮いている。
「ひっ、なにこれ、飛んでる!?」
足がすくむあなたを、ルドガーががっちりと抱き留める。
「……ほう。これは壮観だな、見てみろ。必要ないと言ったのだがな⋯⋯」
ため息まじりにネメニアが言い、彼女はゆっくりと自分達を地面に下ろす。
気づけば、すっかり夜になった広場に、自分達を取り囲むように騎士達がひざまずいていた。
その中には、騎士団長と幹部達、そしてミザロもいて、あなたは引きつる。
「――ヴェルガロン様。ようこそ、ゼイラン公爵領騎士団へお越しくださいました」
こちらへ歩いてきて、軍人のように彼女の前で片膝をついたのは、ゼイランである。
彼は身なりを一段と整え、視線を完全に下に落としていた。
「ゼイラン殿。突然の訪問を詫びよう。……さあ、楽にしてくれ。私は隠居した身なのでな、その名を使って威張るつもりはない」
笑みを乗せたネメニアにより、ゼイランは立ち上がり礼をし、騎士達もその場に整列した。
あなただけは異常なまでの緊迫感に目を泳がせる。
そんな様子をゼイランは見つめた。
「大丈夫か、名無し。ルドガー、お前も」
「……あっはい! 元気ですよ! 二人して、お世話になっちゃって」
普通に話しかけられたことが嬉しく、ルドガーと手を握り合って返事をする。
主人のゼイランも、ほっとした表情を浮かべた。
「ヴェルガロン様。このたびのご無礼の数々を、どうぞお許しください」
銀髪の美しい男は、胸に手を当てて深々と頭を下げる。
するとネメニアはふっと口元を上げた。
「構わん。私の側近が迷惑をかけてしまったな。それに君もきっと動揺させたはずだ。書簡で告げたように、二人のことは見守っている。君達に敵対する意思もないから、安心してくれ」
「はっ」
ルドガーはまるで一軍人のような主人の姿に、困惑していた。
頭ではヴェルガロン家がどのくらい格上なのかも、分かっている。
ただ、獣としての本能が、主人に一言いいたくなっていた。
「ゼイラン様。これを見てくれ」
「なんだ、ルドガー。今お前は、あまり喋るな」
ぴしゃりと言われたが、懐から黒い布に包まれた短剣を見せた。
ゼイランは顔を引きつらせる。
ネメニア自身の紋章もだが、ヴェルガロン家の家紋が柄にはっきりと刻まれていたからだ。
「なっ……なぜお前がそれを持っているんだ」
「私が贈ったのだよ」
「……えっ!」
ネメニアもルドガーも、それ以上は語らなかった。
二人の納得した顔つきにゼイランも何も言えなかった。
あなたはそろそろ皆に打ち解けてほしいと、パンと手を叩く。
「じゃあこうなったらもう、親戚みたいなものですよね~ねえルドガー、守護者さま!」
「ああ、そうだな。俺の家とお前の家、みたいなものだ」
「……くくっ、まったくお前達というやつは。…まあそうだな、否定はしない」
二人のなれなれしさを終始不問にしているネメニアに、ゼイランは真顔を崩せない。
「お……畏れ多いことです、ヴェルガロン様」
「ふふふ、すまんな。この二人の朗らかさには、私も勝てそうにないのだよ。……ではそろそろ帰ろう。後日、私の城に来てくれるか。皆でまた話したい」
ネメニアは手を差しだした。
ドレスから伸びる白い肌に、黒く塗られた美しい爪。
ゼイランは緊張を抑えながら、握手を交わした。
「光栄です、ヴェルガロン様。喜んでお伺いいたします」
彼の覚悟した声音は、真剣そのものだった。
◆
約束の日。
あなたとルドガーは、騎士団本部の廊下にいた。
神妙な顔つきのゼイランに、整列させられている。
「いいかお前達。今日は一生に一度しかない特別な訓練だと思え。絶対にあの方の前で粗相をするんじゃないぞ」
主人は今日、全身黒づくめの衣装で銀髪も美しく整えている。
対して軍人らしく立っているルドガーも、黒スーツで凛々しい風貌だ。
「わかった。ゼイラン様。だが守護者は、俺が失礼なことを言っても怒らないぞ。安心してくれ」
「安心できるか。そもそも失礼なことを言うんじゃない、分かったな」
「了解だ」
噛みあっていない主人と獣の会話に、あなたはぷっと吹き出す。
「もう大丈夫ですってばゼイラン様。緊張しすぎですよ~。優しい人ですよ、守護者さまって」
「ああそうか。俺はまだ死にたくないんだよ。いいかお前ら、とにかく頼んだぞ」
めずらしくゼイランは己の胃を撫でながらぼやいた。
しかしそんな彼の眼差しが、ふっとあなたに向けられる。
「真面目な話だ。名無し、俺はもう覚悟を決めている」
「……へっ?」
「お前がどちらを選ぼうが、構わないからな。変な遠慮をするなよ」
儚げな美男子にそんなことを言われ、あなたは目が点になる。
しかし、ルドガーも気になる様子でじっと見てきて、合点がいった。
大事なことを、きっと今日決めなければならない。
だからこんなにもぴりっとした空気なのだろう。
守護者もそうなのだろうか。
ふと考えたものの、あなたはしっかりと頷いて見せた。
「わかりました。では二人とも、行きましょう!」
「ああ、行くぞ、名無し!」
ルドガーが元気よく答え、三人は同じ方向を向いて進んでいった。
ネメニアのいる古城は、この間訪れた赤い森の奥深くにあるという。
特殊な結界に守られ、隔絶された場所に存在した。
長く黒いローブの従者が迎えに来て、転移魔法で連れていってくれた。
「わあ、城の外はこんな風になってるんだ。素敵な中庭……あっ、守護者さま!」
向こうから歩いてくる、長身の黒髪ロングの美女に、あなたは手を振って近づく。
彼女も妖艶な笑みを浮かべ、四人はまた相対した。
「よく来てくれた、こちらだ。かしこまる必要はない。ただの茶会だからな」
ネメニアは優雅に皆を招き入れる。
ホールはまるで儀式を行うための大広間のように広く、重厚な造りだった。
絵画や彫像が飾られ、赤と黒を基調とした家具やソファが置かれている。
ピアノや鳥かごに入った鳥までいて、なんだかおとぎ話に迷い込んだようだ。
「お美しい……独特の世界ですね」
「くく⋯⋯古めかしいだろう、吸血族らしく生きるのは、まことに窮屈なものさ」
率直なゼイランに対し、ネメニアは小気味よく笑った。
あなたはソファに座り、美しい従者や執事らに給仕され、はっとなる。
彼らも透き通るように白く、ついその首筋に目がいってしまう。
「あの……守護者さまって、やっぱり血を吸うんですか?」
そう尋ねると、斜め向かいに座ったゼイランが激しくせき込んだ。
そしてすごい形相で「失礼なことを聞くな」と口を動かしてくる。
すぐに反省したあなただが、ネメニアは赤い瞳を妖しく細めた。
「ふふ。怖いかい、名無し」
「い、いえ、そんなことは。⋯⋯ただ何食べてるのかなぁって」
内緒話みたいに美しい顔を近づけられ、ドキリとする。
「私はな、人の血は長いこと飲んでおらん。だから怖がらなくてよい。普段何を食しているかは……お前のために教えないでおこう」
「ええっ! でも、お酒とかお茶飲んでますよね? もし私がケーキ作ったら、食べれますか?」
あなたの素朴な疑問に、ネメニアだけでなく、隣のルドガーも笑みをこぼす。
「…そんなに失礼だったかな?」
「いや、いいんじゃないか。悪くない質問だ。ちなみに俺は食う」
「私もひとつもらおう。ゼイラン、君はどうだ」
「ええ……いただきます。名無しは腕がいいんですよ⋯」
がくりと諦めたように、公爵は肩を落とす。
ネメニアは、若い者達のやり取りを、ただ優し気な瞳で眺めている。
彼女からすれば、それは遠い昔にあった思い出に似た景色だった。
「この子の前では、皆が素になれる。それでいいのではないかな」
「そうですね……貴方にお許しいただけるのであれば」
ゼイランはあなたと、そして自由気ままなルドガーを見て、ようやく安堵の息を吐いた。
しかし彼もここへ来た理由が分かっている。だからまっすぐと正面のネメニアに、こう告げた。
「ヴェルガロン様。今回私共を呼ばれたのは、やはり名無しに授ける加護の件でしょうか」
そうはっきりとうかがうと、ネメニアも表情がすっと変化した。
場の空気が一瞬で静まり、緊張感が走る。
和やかな雰囲気は嘘ではない。
だが、これもまた、彼女が真剣に望むことなのである。
「そうだ。この話は避けては通れん。率直に問おう。――名無しよ。お前の口から、どちらの加護を求めるのか。聞かせてくれ」
急に訪れた究極の選択に、あなたが飲んでいた紅茶の手が止まる。
もう明るく笑える状況ではなく、三人の緊迫した様子が伝わってきた。
「わ、わかりました。……では今から、発表します」
あなたは背筋をただし、その前にルドガーを見やる。
すると彼も、すべての結果を受け止めるというふうに、あなたに答えを委ね、見守っていてくれた。
「加護は…………ゼイラン様にお願いしたいと思っています!」
言い切ってから、長く時間が止まった気がした。
守護者は一瞬呆然とし、ゼイランは口を開けたまま反応が薄い。
ルドガーは、瞳を見開きあなたに釘付けになっていた。
「すっ……すみません、しんとさせてしまって。でもこれが、私の正直な気持ちです。⋯⋯前から決めていたことではあるんですが、ゼイラン様は、ルドガーの主人で大切な人だからです。私は二人のつながりがとても大事で、そこに私も入れてもらえるなら嬉しいなって。ここに来てから、ずっと支えてくれた人達だから」
照れくさくて笑うと、ゼイランは瞳を揺らす。
そしてルドガーは、胸がつまった表情であなたを見つめている。
ゼイランは前に乗り出した。
「おい。本当にいいのか? 俺には、ヴェルガロン様ほどの力は――」
そんなふうに自信を欠いた姿を見せるのは、彼にはないことだった。
しかしその姿は、誠実そのものだ。
「力とかで決めてないんです。繋がりの問題なので。……でも」
あなたは、守護者にも目を向けた。
彼女はせつない表情だが、静かに受け止めているように見えた。
「守護者さまも、そうなんですよ。この世界で、一番最初に家族になってくれた人だと思ってますから。私に家族を作ってくれた人でもあります。⋯⋯そしてまだ時間はそんなに経ってないかもしれないけど、私達二人の絆は、もうあると思ってます。だから、これでいいんじゃないかなって」
守護者の加護は、まるで最初から持っているみたいに感じているのだ。
「ふっ……正直な。少し悔しい。だがお前の気持ちは通じている。それほど、この二人との強いつながりを作ったのだな。私にも嬉しいことさ」
彼女はわずかな寂しさの中に、確かな安堵をにじませた。
「お前は一人でこの魔界に落とされて、ここまでやって来た。普通はできないことだ」
「皆が助けてくれたからです。なにより、ルドガーがそばにいてくれたから。私のことを大切にして、愛してくれたから。この前も言ったけど、出会ったのがルドガーじゃなかったら、こうなってないですよ」
あなたはルドガーと向き合い、微笑み合う。
本当に、加護というのは、もうすでに皆からもらっていると思った。
心にはすでに存在しているのだ。
生まれて初めて、誰かに寄り添ってもらっているという、温かで大切な気持ちが。
ゼイランもあなたに対し、ルドガーにやるように、親のような眼差しを向けていた。
そんな彼はネメニアに尋ねた。
「ヴェルガロン様。⋯⋯なぜ名無しに前もって加護を授けなかったのですか? あなたの力なら、誰にも気づかせずにそうすることも出来たはずでは」
ネメニアは当然のように、穏やかに答える。
「加護とは、その者が心から願い、欲し、選択することで価値が生まれるのだ。⋯⋯だからゼイラン、君が名無しに選ばれたそれは、君が授けた加護以上の価値があるのだよ」
長く生きた経験のあるネメニアの言葉は重く、情に満ちていた。
ゼイランは、はっとなる。
彼は贈られた大事な気づきを、静かにその胸へと刻み込んだ。
