巨体の人外に助けられて世話される話
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それからしばらくして、黒服をまとった女主人と側近は、あなたをじっと見下ろしていた。
天蓋つきのベッドに眠る少女は、黒のワンピースを着て目を閉じている。
「いよいよだな」
「はい……本当によいのですね」
「ああ。あの獣のほうはどうなっている」
「深い森でのパトロールのため、小屋に常駐しています。いつも独りのようです」
隠密調査を済ませていたデシエの報告を受け、ネメニアは頷いた。
「名無しを綺麗に清めろ。一切の匂いも残すな。森の香りだけでよい」
「わかりました。防護魔法のほうはいかがしますか」
「私がやろう」
そう言うと彼女は手をかざし、あなたにどのような傷もつかないように、赤い膜のようなバリアを張った。
色あせて消えていき、ネメニア以外には痕跡がわからないようにする。
「私とこの子は、細い一本の糸で無意識に繋がっている。あらゆる感情を私はうっすらと感じ取ることができる」
だから、もしあなたが本当につらい思いをした時には――すぐに助ける準備が出来ていた。
そしてもうひとつネメニアにとって重要だったのは、記憶に関することだった。
「名無しの過去の記憶はすべて消す。この魔界で生かそうとするのなら、やむを得ん」
「……ええ。そうですね。そのほうがいいでしょう。新しい人生を送るために」
二人はそう頷き合い、覚悟のいる決断をしたのだった。
◆
ルドガーの森の小屋に置いてくるのは、側近の仕事だ。
指示通りにあなたの身を清め、防寒着に包んで出発準備をした。
「閣下。本当に裸でよいのですか。風邪をひかぬよう魔法はかけましたが」
「それでいい。あやつの鼻は鋭いぞ。違和感をもたせてはならぬ」
ネメニアは最後に、デシエが抱えるあなたの髪を、さらりと払った。
「……もしうまくいかなければ、我らの仲間にすればいい。名無しは獣の世話が上手だ。きっと大きな助けになってくれるだろう」
施設の管理者の一人として起用しようと、微笑む。
勝手に命を救い、魔界へ連れてきて、獣の大男と番わせようとする。
ネメニアのしていることは一般的な倫理から、大きく外れたものであった。
だがここは魔界で、彼女は人ならざるものだ。
それでもあなたの幸せが形づくれるように、望みをかけていた。
「さあ、行け」
「……はい!」
デシエは闇のケープをまとい、目的地へと向かった。
深い森は本来、魔物が多く出る危険な場所だ。
この地の管轄であるゼイラン軍の兵士たちが、交代で治安維持をしている。
その夜、ルドガーが仕事に出ているのを確認したデシエは、彼が戻ってくる頃合いを見ていた。
あなたを小屋からそう遠くない場所の地面へ置く。
安全に注意を払い、遠くから気配を消してじっと見つめていた。
赤い月がふたつ輝く夜に、ルドガーは帰ってきた。
「…………?」
人化した彼の服はところどころ破れ、体にも血がついている。
剣を携えた軽装備の彼は、あなたを発見した。
立ち止まり、周囲をうかがう。
鋭い視線を走らせ、嗅覚を働かせたあと、彼はあなたのそばにしゃがみこんだ。
そして上体を曲げて覆うように、裸のあなたの匂いを鼻で確かめている。
「…………」
彼は警戒する表情のまま、起き上がった。
そして立ち去る。
デシエは息を呑んで見守っていたが、失敗に終わったかと落胆した。
しかし、ほどなくして走る音が聞こえた。
視線を向けると、小屋から戻ってきたルドガーが、服を着替え、体も簡単に洗った様子なのが分かった。
黒髪に黒角の生えた大柄な青年が、息を切らしてそばに立つ。
手に毛布を抱え、あなたを見下ろしたかと思うと、それを使ってくるみ、抱き上げた。
「……くぅっ!」
微かにあなたが目覚める音が聞こえ、デシエははらはらと伺う。
ルドガーは無言で、あなたを持ち帰ろうとしていた。
少女が喋る声が聞こえたが、見守っていた魔術師は静かにその場を離れた。
吸血族の胸の鼓動は、久々に鳴り続けていた。
側近が古城に戻って来たのは、そのすぐあとだ。
「閣下⋯⋯! 名無しさんが、無事に拾われましたよ!」
「ほう、そうか。ふふふ、いい知らせだ」
二人の美女の間に、ほっとした微笑みが広がり、胸まで高揚している。
デシエの報告を受け、ネメニアも満足していた。
あなたの感情も落ち着いているし、今のところは大丈夫そうだ。
もちろん当面は細心の注意を払うつもりだが、ここから先はもう、行く末を見守るしかない。
「うまくいってくれますかね」
「わからんが……私達には手が届かない未来だ」
侘しさが漂うものの、ネメニアの表情は不思議と朗らかだった。
まだ喋ったこともないあなたの、居場所が見つかることを願う。
まだ何も知らないあなたが、いつか愛を見つけることを願う。
「でも、きっと大丈夫な予感がするのだ」
「なぜですか?」
「私は名無しの、守護者だからさ」
ネメニアはそう告げて、その言葉の響きにも口元がほころんでいた。
天蓋つきのベッドに眠る少女は、黒のワンピースを着て目を閉じている。
「いよいよだな」
「はい……本当によいのですね」
「ああ。あの獣のほうはどうなっている」
「深い森でのパトロールのため、小屋に常駐しています。いつも独りのようです」
隠密調査を済ませていたデシエの報告を受け、ネメニアは頷いた。
「名無しを綺麗に清めろ。一切の匂いも残すな。森の香りだけでよい」
「わかりました。防護魔法のほうはいかがしますか」
「私がやろう」
そう言うと彼女は手をかざし、あなたにどのような傷もつかないように、赤い膜のようなバリアを張った。
色あせて消えていき、ネメニア以外には痕跡がわからないようにする。
「私とこの子は、細い一本の糸で無意識に繋がっている。あらゆる感情を私はうっすらと感じ取ることができる」
だから、もしあなたが本当につらい思いをした時には――すぐに助ける準備が出来ていた。
そしてもうひとつネメニアにとって重要だったのは、記憶に関することだった。
「名無しの過去の記憶はすべて消す。この魔界で生かそうとするのなら、やむを得ん」
「……ええ。そうですね。そのほうがいいでしょう。新しい人生を送るために」
二人はそう頷き合い、覚悟のいる決断をしたのだった。
◆
ルドガーの森の小屋に置いてくるのは、側近の仕事だ。
指示通りにあなたの身を清め、防寒着に包んで出発準備をした。
「閣下。本当に裸でよいのですか。風邪をひかぬよう魔法はかけましたが」
「それでいい。あやつの鼻は鋭いぞ。違和感をもたせてはならぬ」
ネメニアは最後に、デシエが抱えるあなたの髪を、さらりと払った。
「……もしうまくいかなければ、我らの仲間にすればいい。名無しは獣の世話が上手だ。きっと大きな助けになってくれるだろう」
施設の管理者の一人として起用しようと、微笑む。
勝手に命を救い、魔界へ連れてきて、獣の大男と番わせようとする。
ネメニアのしていることは一般的な倫理から、大きく外れたものであった。
だがここは魔界で、彼女は人ならざるものだ。
それでもあなたの幸せが形づくれるように、望みをかけていた。
「さあ、行け」
「……はい!」
デシエは闇のケープをまとい、目的地へと向かった。
深い森は本来、魔物が多く出る危険な場所だ。
この地の管轄であるゼイラン軍の兵士たちが、交代で治安維持をしている。
その夜、ルドガーが仕事に出ているのを確認したデシエは、彼が戻ってくる頃合いを見ていた。
あなたを小屋からそう遠くない場所の地面へ置く。
安全に注意を払い、遠くから気配を消してじっと見つめていた。
赤い月がふたつ輝く夜に、ルドガーは帰ってきた。
「…………?」
人化した彼の服はところどころ破れ、体にも血がついている。
剣を携えた軽装備の彼は、あなたを発見した。
立ち止まり、周囲をうかがう。
鋭い視線を走らせ、嗅覚を働かせたあと、彼はあなたのそばにしゃがみこんだ。
そして上体を曲げて覆うように、裸のあなたの匂いを鼻で確かめている。
「…………」
彼は警戒する表情のまま、起き上がった。
そして立ち去る。
デシエは息を呑んで見守っていたが、失敗に終わったかと落胆した。
しかし、ほどなくして走る音が聞こえた。
視線を向けると、小屋から戻ってきたルドガーが、服を着替え、体も簡単に洗った様子なのが分かった。
黒髪に黒角の生えた大柄な青年が、息を切らしてそばに立つ。
手に毛布を抱え、あなたを見下ろしたかと思うと、それを使ってくるみ、抱き上げた。
「……くぅっ!」
微かにあなたが目覚める音が聞こえ、デシエははらはらと伺う。
ルドガーは無言で、あなたを持ち帰ろうとしていた。
少女が喋る声が聞こえたが、見守っていた魔術師は静かにその場を離れた。
吸血族の胸の鼓動は、久々に鳴り続けていた。
側近が古城に戻って来たのは、そのすぐあとだ。
「閣下⋯⋯! 名無しさんが、無事に拾われましたよ!」
「ほう、そうか。ふふふ、いい知らせだ」
二人の美女の間に、ほっとした微笑みが広がり、胸まで高揚している。
デシエの報告を受け、ネメニアも満足していた。
あなたの感情も落ち着いているし、今のところは大丈夫そうだ。
もちろん当面は細心の注意を払うつもりだが、ここから先はもう、行く末を見守るしかない。
「うまくいってくれますかね」
「わからんが……私達には手が届かない未来だ」
侘しさが漂うものの、ネメニアの表情は不思議と朗らかだった。
まだ喋ったこともないあなたの、居場所が見つかることを願う。
まだ何も知らないあなたが、いつか愛を見つけることを願う。
「でも、きっと大丈夫な予感がするのだ」
「なぜですか?」
「私は名無しの、守護者だからさ」
ネメニアはそう告げて、その言葉の響きにも口元がほころんでいた。
