巨体の人外に助けられて世話される話
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古城へ帰ると、ネメニアはあなたを誰も使っていない部屋へ連れていった。
黒い天蓋の中のベッドに、そっと寝かせる。
そしてふと思った。
「私はなぜこんなことを……」
しばらく眺めていたが、暖炉に火を入れ、椅子に座った。
物思いに耽っていると、廊下の足音が部屋の前で止まった。
扉が静かに開く。
黒いレースの服をまとった、紫髪の女が立っていた。
「閣下。こちらにいらっしゃったのですね。……んっ? その女性はいったい……」
ゆるやかな髪を揺らし、驚いた表情で近づいてくる。
彼女もまた同じ吸血族で、魔術に長ける者だ。
「デシエ。この子に合った服を着せろ。しばらく世話を頼む」
「ええ。かしこまりました。……人間界からお連れになったのですか?」
顔に汚れがついたまま眠っている少女を、注意深く眺めた。
主人は「そうだ」としか言わなかったが、側近のデシエにはそれで充分であった。
それから数日しても、あなたは眠ったまま目覚めないようにされていた。
ネメニアには理由が必要だった。
他人嫌いの自分が、わざわざ人間界から魔界へ連れてきた理由が。
「閣下」
そんな折、男が尋ねてくる。
金髪をオールバックにし、ヴェルガロン家の銀の刺繡が入った黒いローブを、身を隠すように常にまとっている。
おもしろい冗談ひとつも言えないお堅い魔術師の男だ。
「どうしたのだ、ダーリス。新しい獣を保護したか」
「はい。どうぞ、ご確認を」
部下と一緒に施設の本部へと転移した。
ネメニアは、魔界にいる魔獣の希少種を保護、育成する施設の創始者だ。
違法なハンターに狙われ、不当な扱いを受ける恐れのある獣たちを保護し、身分の確かな貴族へ里親に出すことが目的だった。
「ふむ、問題ないな。奴らをきちんと訓練させ、世話をしろ」
「かしこまりました」
昔は直接触れたり、可愛がって育てていたネメニアだが、施設の規模や数が大きくなるにつれ、距離を保った実務的な運営に変化させていた。
里親のもとでうまくやっていくには、情が移りすぎてもよくない。
生きていくために必要な訓練を与え、責任を果たすのが使命である。
「魔術師の管理もきちんと行っているだろうな? 二十年前のあの事件は二度と起こしてはならん。間違った行いをする者は即処罰しろ」
「もちろんです、閣下。適切な指導を行うよう、徹底しております」
ダーリスは胸に手を当て、忠実に答えた。
彼はこの家の現当主の側近であり、ネメニアとは普段関わることはない。だが仕事の面では、任せられる男だった。
彼女はそれから、またあなたの様子を見に戻っていった。
部屋のカーテンは薄ピンクに差し替えられ、家具も女の子らしいものが増えていた。
黒い天蓋は開かれ、そばのクローゼットに服を詰める側近を発見した。
「お前……服を買いすぎではないか、デシエ」
「閣下。おかえりなさいませ。……ええ、でも名無しさんに似合うと思いませんか?」
側近はくるりと振り返り、楽しそうに微笑む。
天蓋の中には髪も衣服も綺麗に整えられて眠る、あなたがいた。
クローゼットがいっぱいになるほど、若い女性の色とりどりの服が並べられている。
ネメニアはため息をついた。
「名無しさん、ですよね? 彼女の名前」
「……ああ、そうだ」
「仲間にされないのですか?」
最近どこか思案顔の主人の姿に、デシエは率直に尋ねる。
「仲間か……」
ネメニアは答えきれず、椅子に腰を下ろした。
その後、従者に茶を入れさせ、あなたの部屋で過ごした。
夜はここにいることが多く、考えをまとめようとする。
「お前を仲間にすれば、私のよき理解者になってくれるかもしれんな……」
彼女は孤独だ。
これだけ長く生きても、まだ寿命の半分にも達していない。
今このヴェルガロン家にいる者達が全員死んでも、自分は生きている。
愛しい者に出会ったこともあったが、いつも自ら去る運命だった。
そんな中で、獣を世話することだけが、彼女の癒やしとなっていた。
あなたが獣を大事にしていた姿に、共感がわいたのも事実だ。
「だが、お前を仲間にしたとして……そこにお前の幸せがあるのだろうか」
ネメニアは天蓋ごしに、あなたの無垢な寝顔を見つめた。
「お前は私とは違い、きっと家族が必要なのだろうな⋯⋯」
そして自分には、それを与えることが出来ない。
村で一生懸命に、他人のために生きていた少女。
あの子供たちの後を、ネメニアがその後思い付きで辿ったら、他の街の教会に保護されていた。
この少女にはこれから、愛し愛される存在がいるといい。
それがきっと、この子に幸せをもたらすだろう。
ネメニアは勝手にそう思うようになった。
後日、デシエを呼び出す。普段は行かない魔界の社交場へ、ともに降り立った。
一般の貴族には顔を出さず、裏口から特別室へ入り、重鎮たちと会話を交わす。
魔王へ謁見できる五大有力公爵家とは、また別格の家柄として、ヴェルガロン家は古くから知られている。
ネメニア自身も、古代の吸血族の血が入っている魔王一族と、古くから面識があった。
「デシエ。あいつを見てみろ」
彼女は舞踏会が行われているホールを、ガラス張りの特別室から見下ろしていた。
「どなたですか? ……ああ、もしかしてゼイラン公爵にもらわれた彼ですね」
「そうだ。まだ女の扱いが分かってないらしい」
呆れたように笑い、そのひと際体格の良い褐色肌の軍人を見やった。
ルドガーだ。
主人の護衛をする彼は直立し、ときおり貴族の女性にダンスを誘われても、無表情で断っていた。
そこを銀髪の美しい主人に注意され、不本意な様子で従う様子が見られる。
「元気そうですね。二十年前は、どうなることかと思いましたが」
「本当だな。あの若造の公爵め、突拍子もないことをしおって」
恨み節のネメニアだが、施設側の行き過ぎた指導という不手際があったため、当時は穏便に済ませた。
しかし獣たちの回収にかかった手間と費用は莫大なものとなり、同様の事態を二度と招かぬよう、職員らに徹底させている。
「あいつを名無しの番にしてはどうか」
「…………はっ?」
デシエに無礼に聞き返されたが、ネメニアは不問とした。
「そ、それは……いったいどういうお考えでしょうか、閣下」
「あの男をよく見ろ。外見も中身も立派に成長しているようだが、まるで情緒を感じられない。戦闘種族だから仕方ないとはいえ……」
ネメニアが幼獣だったルドガーを見たとき、小さいながらも誇りと光るものがあると感じた。
なのでこうして時々、成長を遠くから観察することがあった。
「そうですね……でも名無しさん、大丈夫でしょうか。あんな大男の獣を見ても……」
人間の少女であるあなたのことを、デシエは心配する。
だが主人のほうは、良い案であると思い始めていた。
黒い天蓋の中のベッドに、そっと寝かせる。
そしてふと思った。
「私はなぜこんなことを……」
しばらく眺めていたが、暖炉に火を入れ、椅子に座った。
物思いに耽っていると、廊下の足音が部屋の前で止まった。
扉が静かに開く。
黒いレースの服をまとった、紫髪の女が立っていた。
「閣下。こちらにいらっしゃったのですね。……んっ? その女性はいったい……」
ゆるやかな髪を揺らし、驚いた表情で近づいてくる。
彼女もまた同じ吸血族で、魔術に長ける者だ。
「デシエ。この子に合った服を着せろ。しばらく世話を頼む」
「ええ。かしこまりました。……人間界からお連れになったのですか?」
顔に汚れがついたまま眠っている少女を、注意深く眺めた。
主人は「そうだ」としか言わなかったが、側近のデシエにはそれで充分であった。
それから数日しても、あなたは眠ったまま目覚めないようにされていた。
ネメニアには理由が必要だった。
他人嫌いの自分が、わざわざ人間界から魔界へ連れてきた理由が。
「閣下」
そんな折、男が尋ねてくる。
金髪をオールバックにし、ヴェルガロン家の銀の刺繡が入った黒いローブを、身を隠すように常にまとっている。
おもしろい冗談ひとつも言えないお堅い魔術師の男だ。
「どうしたのだ、ダーリス。新しい獣を保護したか」
「はい。どうぞ、ご確認を」
部下と一緒に施設の本部へと転移した。
ネメニアは、魔界にいる魔獣の希少種を保護、育成する施設の創始者だ。
違法なハンターに狙われ、不当な扱いを受ける恐れのある獣たちを保護し、身分の確かな貴族へ里親に出すことが目的だった。
「ふむ、問題ないな。奴らをきちんと訓練させ、世話をしろ」
「かしこまりました」
昔は直接触れたり、可愛がって育てていたネメニアだが、施設の規模や数が大きくなるにつれ、距離を保った実務的な運営に変化させていた。
里親のもとでうまくやっていくには、情が移りすぎてもよくない。
生きていくために必要な訓練を与え、責任を果たすのが使命である。
「魔術師の管理もきちんと行っているだろうな? 二十年前のあの事件は二度と起こしてはならん。間違った行いをする者は即処罰しろ」
「もちろんです、閣下。適切な指導を行うよう、徹底しております」
ダーリスは胸に手を当て、忠実に答えた。
彼はこの家の現当主の側近であり、ネメニアとは普段関わることはない。だが仕事の面では、任せられる男だった。
彼女はそれから、またあなたの様子を見に戻っていった。
部屋のカーテンは薄ピンクに差し替えられ、家具も女の子らしいものが増えていた。
黒い天蓋は開かれ、そばのクローゼットに服を詰める側近を発見した。
「お前……服を買いすぎではないか、デシエ」
「閣下。おかえりなさいませ。……ええ、でも名無しさんに似合うと思いませんか?」
側近はくるりと振り返り、楽しそうに微笑む。
天蓋の中には髪も衣服も綺麗に整えられて眠る、あなたがいた。
クローゼットがいっぱいになるほど、若い女性の色とりどりの服が並べられている。
ネメニアはため息をついた。
「名無しさん、ですよね? 彼女の名前」
「……ああ、そうだ」
「仲間にされないのですか?」
最近どこか思案顔の主人の姿に、デシエは率直に尋ねる。
「仲間か……」
ネメニアは答えきれず、椅子に腰を下ろした。
その後、従者に茶を入れさせ、あなたの部屋で過ごした。
夜はここにいることが多く、考えをまとめようとする。
「お前を仲間にすれば、私のよき理解者になってくれるかもしれんな……」
彼女は孤独だ。
これだけ長く生きても、まだ寿命の半分にも達していない。
今このヴェルガロン家にいる者達が全員死んでも、自分は生きている。
愛しい者に出会ったこともあったが、いつも自ら去る運命だった。
そんな中で、獣を世話することだけが、彼女の癒やしとなっていた。
あなたが獣を大事にしていた姿に、共感がわいたのも事実だ。
「だが、お前を仲間にしたとして……そこにお前の幸せがあるのだろうか」
ネメニアは天蓋ごしに、あなたの無垢な寝顔を見つめた。
「お前は私とは違い、きっと家族が必要なのだろうな⋯⋯」
そして自分には、それを与えることが出来ない。
村で一生懸命に、他人のために生きていた少女。
あの子供たちの後を、ネメニアがその後思い付きで辿ったら、他の街の教会に保護されていた。
この少女にはこれから、愛し愛される存在がいるといい。
それがきっと、この子に幸せをもたらすだろう。
ネメニアは勝手にそう思うようになった。
後日、デシエを呼び出す。普段は行かない魔界の社交場へ、ともに降り立った。
一般の貴族には顔を出さず、裏口から特別室へ入り、重鎮たちと会話を交わす。
魔王へ謁見できる五大有力公爵家とは、また別格の家柄として、ヴェルガロン家は古くから知られている。
ネメニア自身も、古代の吸血族の血が入っている魔王一族と、古くから面識があった。
「デシエ。あいつを見てみろ」
彼女は舞踏会が行われているホールを、ガラス張りの特別室から見下ろしていた。
「どなたですか? ……ああ、もしかしてゼイラン公爵にもらわれた彼ですね」
「そうだ。まだ女の扱いが分かってないらしい」
呆れたように笑い、そのひと際体格の良い褐色肌の軍人を見やった。
ルドガーだ。
主人の護衛をする彼は直立し、ときおり貴族の女性にダンスを誘われても、無表情で断っていた。
そこを銀髪の美しい主人に注意され、不本意な様子で従う様子が見られる。
「元気そうですね。二十年前は、どうなることかと思いましたが」
「本当だな。あの若造の公爵め、突拍子もないことをしおって」
恨み節のネメニアだが、施設側の行き過ぎた指導という不手際があったため、当時は穏便に済ませた。
しかし獣たちの回収にかかった手間と費用は莫大なものとなり、同様の事態を二度と招かぬよう、職員らに徹底させている。
「あいつを名無しの番にしてはどうか」
「…………はっ?」
デシエに無礼に聞き返されたが、ネメニアは不問とした。
「そ、それは……いったいどういうお考えでしょうか、閣下」
「あの男をよく見ろ。外見も中身も立派に成長しているようだが、まるで情緒を感じられない。戦闘種族だから仕方ないとはいえ……」
ネメニアが幼獣だったルドガーを見たとき、小さいながらも誇りと光るものがあると感じた。
なのでこうして時々、成長を遠くから観察することがあった。
「そうですね……でも名無しさん、大丈夫でしょうか。あんな大男の獣を見ても……」
人間の少女であるあなたのことを、デシエは心配する。
だが主人のほうは、良い案であると思い始めていた。
