巨体の人外に助けられて世話される話
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任務が無事に終わり、最終日にあなた達は応接間で別れのお茶をしていた。
公爵ディスターはあなたに良い評価を与えてくれた。
「君の施術は素晴らしかった。魔術師団にはそう報告しておくよ。……僕もこれから、父について色々知ろうと思う。何を考えていたかとか、何に興味があったのかとかね。他の兄弟とも話をしてみるよ」
前向きに語ってくれて、あなたも嬉しい気持ちになった。
数日前とはすっかり顔つきが異なっている公爵のことを、勝手ながら応援したいと思う。
「名無し、君にはこれからも、個人的に面談を頼みたいな」
「ええっ? 私がですか?」
「そうさ。いいだろう? 君のセラピーのファンになってしまったよ。自己の解放というのか……ああ、癖になりそうでね」
ただの催眠術なのだが、乗り気になっている公爵にあなたはお茶を濁し、微笑みを浮かべておいた。
「あとな。それとは別に、君達にもう少し頼みたいことがある。ちょっとしたことなんだが」
ディスターは無表情で後方に控えている護衛のルドガーを見やった。
「父との過去の断片を、ひとつ思い出してね。この周辺の森のことなんだ。家族三人だった頃、僕と父で時折散歩をしていた。そのとき、父が言ったんだよ。この先はたまに、異形の存在が出るって。だから森を大切にするようにとね」
真面目な顔で告げられて、あなたも驚く。
公爵は、父親が子供に悪戯をしないように告げただけだと思ったらしいが、父についてこの数日考えていたら、森のことが気になってきたようだ。
ルドガーは真剣に彼の疑問を捉えた。
「それを、我々が調べればよいのですね?」
「ああ、出来たら頼むよ。帰り際に少し見てくれるだけでいい。小さい森だし散歩できる距離だ。⋯⋯異形というのは奇妙に聞こえるが、僕も何度も歩いているけれど、何も起こらなかったからな」
しかし、あの乳母の幽霊を見た、感受性豊かなあなたならば、何か感じるかもしれないと公爵は考えたという。
「じゃあ帰りに寄ってみましょうか。ルドガーさん」
「わかりました」
あなた達は頷き合い、その追加の依頼を了承した。
そして身支度をし、邸宅をあとにする。
公爵は最後まであなたに感じよく、彼が取ってしまった耳当ても返してくれた。
玄関口で美しい金髪男性が、笑みを浮かべ壁に寄りかかっている。
「そういえば、君自身の話は、いつ教えてくれるんだい?」
「ええと、また今度ということで。何かありましたら、ルラ・パルセ魔術師団のほうにご依頼くださいね。ディスター様」
きっちりと答えると、彼はくすくすと楽しそうに笑った。
そして後方にルドガーが直立不動でいるのを見やり、こっそりあなたの耳元に囁く。
「あの護衛の彼。絶対に君のことが好きだよ。気をつけるといい」
それだけ告げて、意味深に口元を上げられたが、そんなことは知っているとあなたは苦笑した。
二人で公爵に会釈し、馬に乗って邸宅を去る。
走り出していくと、後ろにはまた大きなルドガーの上半身を感じて、「はああ~」とあなたは安心の声で寄りかかった。
◆
二人きりになり、ルドガーは自然に囲まれ、馬を引いて歩く。
そんな彼にあなたは手を繋がれ、ぴたっと寄り添って離れなかった。
散歩して回ると、紫色の空に照らされた、のどかで綺麗な森の中だ。
「ねえねえ、キスしようよ、ルドガ~」
甘い声を出して誘ったら彼は立ち止まり、あなたを抱き上げる。
そして片腕で抱え、唇を重ねてくれた。
「⋯もっとがいいな。ねえ少し休もう?」
「ああ……そうしよう、名無し」
彼も仕事モードを一旦解除し、瞳を細めた。
二人は静かな水辺を見つけた。
周辺の安全を確認すると、木のそばで馬を休ませて、自分達も座る。
あなたはルドガーの内側にまた腰を下ろし、抱えられるようにした。
口づけを何度か交わし、この数日間の寂しさを埋めていった。
「ふふっ。ルドガーの敬語、もう聞けないのかな」
「聞かなくていい。あれは疲れるんだ」
肩をすくめて彼が話し、あなたは笑った。
「だが、お疲れ様だな、名無し。うまくいってよかった」
「うん。本当だね。……なんだか、信じられないね。最初の小屋を出て、まだ半年ほどなのに。私達の状況、変わったよねえ」
ふと呟くと、彼は少し考えた様子で「ああ」と頷いた。
自分が今の状況をもたらしてしまっているのだが、ルドガーはいつもあなたを支えてくれている。
自分は、わがままだと思うことも多々あった。魔術だってそうだし、守護者のことだってそうだ。
それになにより、自分について説明できないことも、ずっと引っかかっている。
「ルドガー。最近催眠術を使ってみて、記憶について考えることがあるんだ」
あなたが切り出すと、背後のルドガーが、静かに喉を鳴らす音が聞こえた。
あなたは彼の瞳を見ずに、正面の水辺を眺めながら告げた。
「前に求婚してもらったときにも、聞いたけど。……私の過去がもし……あなたを驚かせることになったら……」
そう言うと、自分のお腹を支えるたくましい腕に、少し力が加わった。
「もしあなたを悲しませたら……どうしよう」
昨日話したときとは違い、胸が苦しくなっていく。
ルドガーは居ても立ってもいられず、あなたの体を自分に向かせた。
そして金色の透き通った瞳が、まっすぐと一人だけを映してくる。
「前にも言ったな。俺はお前がどんな奴でも、構わない。それは今でも変わっていない。ずっと変わることはない」
あなたの瞳が頼りなさげに揺れる。
「……本当? ものすごい悪い奴でも?」
「どうしてそう思う? お前は悪い奴じゃないぞ。俺には確信がある。……それに記憶を失う前のお前がもし、悪人だとしても関係ない。俺はお前を愛している。そんなことでこの愛は、誰にも取り上げられないんだ」
ルドガーがそこまで切迫した表情で断言してくれて、あなたはまた徐々に安堵を得る。
「あなたを失うのが怖いの」
「……お前は俺を失ったりしない! 絶対にだ、名無し!」
ぐっと抱きしめられて、彼の不安も伝わってきた。
最近はずっと、どこかで互いにそんな思いが過っていたのかもしれない。
「わかった……信じるよ」
「ああ。俺を信じろ。それでいいんだから。いつも一緒だぞ、俺たちの合言葉だろう?」
頭を優しく触られて、彼の胸元に顔をこすりつける。
あなたはただ静かになった胸騒ぎを、胸の奥深くにしまいこんだ。
「へへっ。なんだか恥ずかしいな。真面目な話しちゃったね」
「別にいいさ。どんな話でもしたっていい。番だからな」
あなたを守るように、彼は胸を張って森を歩く。
公爵ディスターはああ言っていたが、あなたの魔術師としての感覚を使っても、この森にとくに何も感じなかった。
だがルドガーが、ある地点でピタリと足を止める。
深い森林の向こうをじっと彼は見つめた。
「どうしたの?」
「……いや……ここから向こうだけ、やけに静かだ。動物の声もしない」
彼はあなたと手を繋ぎ、ゆっくりと足を踏み入れた。
だが、魔術による特殊な結界や封印物などの気配はなく、いたって普通の森だ。
ただ自然はあるのに、中に住んでいるはずの生き物の物音が、異様に静かだった。
「どういうこと…? ……うーん確かに……なんか、虫の音とかも聞こえないね…」
あなたが注意を払って、だんだんと鬱蒼としてくる木々の間を通り抜ける。
するとルドガーが、突然体を強張らせた。
つないだ手を強く握り、痛いほどで見上げる。
彼の視線を追うと、木々の向こうから、男の影が見えた。
「誰……?」
目を凝らすと、かなり大柄な金髪の男で、髪をオールバックにして流している。
肌は透けるほどに白く、凛々しい眉と冷たい精悍な顔立ちだ。
そして、黒く長いローブで全身を覆っていた。
「お前、誰だ……?」
ルドガーは、混乱を浮かべた表情で、そう発した。
男は明らかに魔術師のようだ。近くまで物音を立てずに歩いてくると、不気味な赤い瞳をしていた。
「……侵入者か」
男は一言、そう呟いた。
そしてわずかに顔を傾け、不可解そうにルドガーのことを見つめた。
公爵ディスターはあなたに良い評価を与えてくれた。
「君の施術は素晴らしかった。魔術師団にはそう報告しておくよ。……僕もこれから、父について色々知ろうと思う。何を考えていたかとか、何に興味があったのかとかね。他の兄弟とも話をしてみるよ」
前向きに語ってくれて、あなたも嬉しい気持ちになった。
数日前とはすっかり顔つきが異なっている公爵のことを、勝手ながら応援したいと思う。
「名無し、君にはこれからも、個人的に面談を頼みたいな」
「ええっ? 私がですか?」
「そうさ。いいだろう? 君のセラピーのファンになってしまったよ。自己の解放というのか……ああ、癖になりそうでね」
ただの催眠術なのだが、乗り気になっている公爵にあなたはお茶を濁し、微笑みを浮かべておいた。
「あとな。それとは別に、君達にもう少し頼みたいことがある。ちょっとしたことなんだが」
ディスターは無表情で後方に控えている護衛のルドガーを見やった。
「父との過去の断片を、ひとつ思い出してね。この周辺の森のことなんだ。家族三人だった頃、僕と父で時折散歩をしていた。そのとき、父が言ったんだよ。この先はたまに、異形の存在が出るって。だから森を大切にするようにとね」
真面目な顔で告げられて、あなたも驚く。
公爵は、父親が子供に悪戯をしないように告げただけだと思ったらしいが、父についてこの数日考えていたら、森のことが気になってきたようだ。
ルドガーは真剣に彼の疑問を捉えた。
「それを、我々が調べればよいのですね?」
「ああ、出来たら頼むよ。帰り際に少し見てくれるだけでいい。小さい森だし散歩できる距離だ。⋯⋯異形というのは奇妙に聞こえるが、僕も何度も歩いているけれど、何も起こらなかったからな」
しかし、あの乳母の幽霊を見た、感受性豊かなあなたならば、何か感じるかもしれないと公爵は考えたという。
「じゃあ帰りに寄ってみましょうか。ルドガーさん」
「わかりました」
あなた達は頷き合い、その追加の依頼を了承した。
そして身支度をし、邸宅をあとにする。
公爵は最後まであなたに感じよく、彼が取ってしまった耳当ても返してくれた。
玄関口で美しい金髪男性が、笑みを浮かべ壁に寄りかかっている。
「そういえば、君自身の話は、いつ教えてくれるんだい?」
「ええと、また今度ということで。何かありましたら、ルラ・パルセ魔術師団のほうにご依頼くださいね。ディスター様」
きっちりと答えると、彼はくすくすと楽しそうに笑った。
そして後方にルドガーが直立不動でいるのを見やり、こっそりあなたの耳元に囁く。
「あの護衛の彼。絶対に君のことが好きだよ。気をつけるといい」
それだけ告げて、意味深に口元を上げられたが、そんなことは知っているとあなたは苦笑した。
二人で公爵に会釈し、馬に乗って邸宅を去る。
走り出していくと、後ろにはまた大きなルドガーの上半身を感じて、「はああ~」とあなたは安心の声で寄りかかった。
◆
二人きりになり、ルドガーは自然に囲まれ、馬を引いて歩く。
そんな彼にあなたは手を繋がれ、ぴたっと寄り添って離れなかった。
散歩して回ると、紫色の空に照らされた、のどかで綺麗な森の中だ。
「ねえねえ、キスしようよ、ルドガ~」
甘い声を出して誘ったら彼は立ち止まり、あなたを抱き上げる。
そして片腕で抱え、唇を重ねてくれた。
「⋯もっとがいいな。ねえ少し休もう?」
「ああ……そうしよう、名無し」
彼も仕事モードを一旦解除し、瞳を細めた。
二人は静かな水辺を見つけた。
周辺の安全を確認すると、木のそばで馬を休ませて、自分達も座る。
あなたはルドガーの内側にまた腰を下ろし、抱えられるようにした。
口づけを何度か交わし、この数日間の寂しさを埋めていった。
「ふふっ。ルドガーの敬語、もう聞けないのかな」
「聞かなくていい。あれは疲れるんだ」
肩をすくめて彼が話し、あなたは笑った。
「だが、お疲れ様だな、名無し。うまくいってよかった」
「うん。本当だね。……なんだか、信じられないね。最初の小屋を出て、まだ半年ほどなのに。私達の状況、変わったよねえ」
ふと呟くと、彼は少し考えた様子で「ああ」と頷いた。
自分が今の状況をもたらしてしまっているのだが、ルドガーはいつもあなたを支えてくれている。
自分は、わがままだと思うことも多々あった。魔術だってそうだし、守護者のことだってそうだ。
それになにより、自分について説明できないことも、ずっと引っかかっている。
「ルドガー。最近催眠術を使ってみて、記憶について考えることがあるんだ」
あなたが切り出すと、背後のルドガーが、静かに喉を鳴らす音が聞こえた。
あなたは彼の瞳を見ずに、正面の水辺を眺めながら告げた。
「前に求婚してもらったときにも、聞いたけど。……私の過去がもし……あなたを驚かせることになったら……」
そう言うと、自分のお腹を支えるたくましい腕に、少し力が加わった。
「もしあなたを悲しませたら……どうしよう」
昨日話したときとは違い、胸が苦しくなっていく。
ルドガーは居ても立ってもいられず、あなたの体を自分に向かせた。
そして金色の透き通った瞳が、まっすぐと一人だけを映してくる。
「前にも言ったな。俺はお前がどんな奴でも、構わない。それは今でも変わっていない。ずっと変わることはない」
あなたの瞳が頼りなさげに揺れる。
「……本当? ものすごい悪い奴でも?」
「どうしてそう思う? お前は悪い奴じゃないぞ。俺には確信がある。……それに記憶を失う前のお前がもし、悪人だとしても関係ない。俺はお前を愛している。そんなことでこの愛は、誰にも取り上げられないんだ」
ルドガーがそこまで切迫した表情で断言してくれて、あなたはまた徐々に安堵を得る。
「あなたを失うのが怖いの」
「……お前は俺を失ったりしない! 絶対にだ、名無し!」
ぐっと抱きしめられて、彼の不安も伝わってきた。
最近はずっと、どこかで互いにそんな思いが過っていたのかもしれない。
「わかった……信じるよ」
「ああ。俺を信じろ。それでいいんだから。いつも一緒だぞ、俺たちの合言葉だろう?」
頭を優しく触られて、彼の胸元に顔をこすりつける。
あなたはただ静かになった胸騒ぎを、胸の奥深くにしまいこんだ。
「へへっ。なんだか恥ずかしいな。真面目な話しちゃったね」
「別にいいさ。どんな話でもしたっていい。番だからな」
あなたを守るように、彼は胸を張って森を歩く。
公爵ディスターはああ言っていたが、あなたの魔術師としての感覚を使っても、この森にとくに何も感じなかった。
だがルドガーが、ある地点でピタリと足を止める。
深い森林の向こうをじっと彼は見つめた。
「どうしたの?」
「……いや……ここから向こうだけ、やけに静かだ。動物の声もしない」
彼はあなたと手を繋ぎ、ゆっくりと足を踏み入れた。
だが、魔術による特殊な結界や封印物などの気配はなく、いたって普通の森だ。
ただ自然はあるのに、中に住んでいるはずの生き物の物音が、異様に静かだった。
「どういうこと…? ……うーん確かに……なんか、虫の音とかも聞こえないね…」
あなたが注意を払って、だんだんと鬱蒼としてくる木々の間を通り抜ける。
するとルドガーが、突然体を強張らせた。
つないだ手を強く握り、痛いほどで見上げる。
彼の視線を追うと、木々の向こうから、男の影が見えた。
「誰……?」
目を凝らすと、かなり大柄な金髪の男で、髪をオールバックにして流している。
肌は透けるほどに白く、凛々しい眉と冷たい精悍な顔立ちだ。
そして、黒く長いローブで全身を覆っていた。
「お前、誰だ……?」
ルドガーは、混乱を浮かべた表情で、そう発した。
男は明らかに魔術師のようだ。近くまで物音を立てずに歩いてくると、不気味な赤い瞳をしていた。
「……侵入者か」
男は一言、そう呟いた。
そしてわずかに顔を傾け、不可解そうにルドガーのことを見つめた。
