巨体の人外に助けられて世話される話
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翌日の朝食後、あなたとルドガーは公爵の姿を探した。
彼は庭園を望めるテラスで、珈琲を飲んでいた。
「やあ、昨日は大変だったな。よく眠れたかい」
「いえそれが……」
あなたは同席し、護衛のルドガーは後ろに立って控えた。
昨夜起きた金縛りの件と、与えられたメッセージを公爵に伝える。
すると彼は、また眉をひそめた。
「屋根裏……? ここのことか。この屋敷は、父が生前建てたものなんだ。彼も私的な空間に使っていた」
公爵ディスターは遠い目をして、ふっとため息を吐く。
そして古い使用人から聞いた話を教えてくれた。
「君が見た女の霊は、僕の乳母だったようだ。僕の世話を終えた後も、使用人として君が泊まった部屋に住んでいたらしい。……老執事によれば、彼女も父とそういう関係だったのだと。……まったく、乳母にまで手を出すとは……」
呆れ顔で語られて、あなたも驚き考えを巡らせた。
「ではその乳母の方が、私を通してディスター様に伝えたいことがあるのかもしれないですね」
「さあ……とにかく、屋根裏を探してみるか。ああ面倒くさい。二人とも、手伝ってくれ」
彼は、父親の女絡みの話に辟易していた。
それでも自ら探ろうとしているのは、どこかで意味のあることだと、感じている可能性もあった。
老執事の案内で屋根裏へのはしごを使い、上に登った。
物置には光が差し込み、棚など多くの物が置かれているが、整理整頓されている。
三人で手分けして探していると、ルドガーが「これでは」と差し出してきた。
小さな木彫りの箱で、女性の香水のような匂いがしたらしい。
ディスターは箱を手に取り、怪訝に見下ろす。だが、それを無造作に開けると、彼の顔つきが変わった。
「……これは……耳飾りだ。母のもの、かもしれない」
宝石と真珠がちりばめられた装飾具を、彼はよく眺めた。
そして頭を押さえ、ふいに苦し気な顔をする。
「どうしました、ディスター様」
「この木箱は、僕は見たことがある。父が僕に渡したんだ。でも、何を言っていたのか……思い出せない」
そう呟いたのを見て、あなたは長身の彼をそっと見上げた。
「大丈夫ですよ、きっと思い出せます。私がお手伝いしますからね」
それだけを伝えると、公爵は覚悟したように、こくりと頷いた。
彼が自ら記憶に触れたいと願うことは、術の助けにもなる。
たとえば師のミザロは、強制的に記憶や思考を読み取れるが、それは彼の凄まじい力量あってのことだ。
でもそんなミザロでも、以前こう言っていた。
本人の前向きな意思は、術に大きな影響を与えるのだと。
そして、それはあなたの施術と相性がよさそうだとも。
昨日過ごした書斎室で、公爵ディスターは自らソファに寝そべり、リラックスできる体勢を取った。
一度昼寝がうまくいっていたので、彼も肩の力が抜けている。
「ディスター様。ルドガーさんもそばに控えていますがよろしいですか」
「ああ、いいよ。彼も役に立ってくれたからな」
公爵はあくびをしながら、目を閉じて自由にしている。
遠くに座っているルドガーと、ソファのそばの椅子に腰かけるあなたは視線を合わせた。
さっそく彼の額に手を伸ばして呪文を詠唱し、術に取り掛かった。
「こんにちは、ディスターさん。私は名無しです。今日はあなたと、お父様の思い出についてお話したいと思っています。……よろしいですか?」
「……ああ……わかった……」
彼の唇がわずかに動き、表情は平坦なままだ。
術式は成功したようだ。
了承を得て、あなたは話を続けた。
「あなたは今、お父様と一緒にいます。自分の手や足元を見てください。何歳ぐらいの自分だと思いますか?」
「……幼い少年だ……父上は、僕と一緒に、屋根裏にいる……」
「わかりました。隣にいるお父様は、どんな表情をしているんでしょう」
「…………緊張している。……言いづらそうに、僕に…木箱を渡した……」
彼の意識がすでに向けられていたのか、ピンポイントでその場面にたどり着き、あなたは深呼吸をする。
「あなたはそれを開けましたか」
「……開けて、僕は怒った」
「なぜですか」
「……父上が……母に渡してくれと言ったからだ……」
催眠にかかったディスターの声は、本当に怒りを滲ませていた。
あなたは彼の心に負荷をかけないように注意する。
「なるほど……。どうしてあなたの気持ちが、怒りに向いてしまったのだと思います?」
「……三人目の弟が生まれたばかりで……父は母に会うことが……なくなっていたから」
それを知って、あなたの心は揺れた。
話を聞いていくと、弟や妹が産まれるたびに、父は長男の自分に会いにきたのだという。
ご機嫌取りのように感じて、普段距離のある父に対し、ディスターは冷たい態度を取っていた。
そしてこの耳飾りも、自分で渡せばいいと突っ返し、そのままどこかに置き去りにした。
「……僕は……母に渡さなかった。……渡せばよかったのに。……どうして無視してしまったんだろう……あんなに愛情深かった方に……」
彼は悔いるように、声が弱弱しくなった。
あなたは心配し、彼の表情を見つめる。
「きっと、ディスターさんはお母様の心も、ご自分の心も、守りたかっただけですよ。少年だったあなたには、お父様の気持ちまで背負うことは、出来なかったと思います」
優しく声をかけると、彼は泣きそうな顔をして、言葉に詰まった。
「……でも父は、あれ以来、僕に母の話をしなかった……いつも優しかったけれど、距離が出来てしまった……」
そして母が亡くなり、何十年後に父が亡くなる。
彼は成長するにつれ、この記憶を少年の頃の思い出として、心の隅に追いやっていた。
「父上……うっ……うぅっ……」
すると突然ディスターが子供のように泣き始めたので、あなたは動揺する。
意図せず彼の深い心理に達してしまったようだ。
「ディスターさん、大丈夫ですよ。さあ、もうすぐ目覚めましょうか。……私がそばにいますからね」
仰向けで寝ている彼の首下に手を差し入れ、楽にさせようとした。
すると様子を見ていたルドガーも、心配そうに近づいてくる。
「……さあ、ゆっくりです。目を覚まして……」
公爵は目元を赤くし、幼げな顔つきで瞳を開いた。
そして徐々に体を起こすと、あなたに突然、腕を回し体を引き寄せてきた。
「ちょっ、わあっ」
「……父上っ」
小柄な体はまったく男性とは似つかないが、ディスターに抱きつかれてあなたは衝撃を受ける。
ルドガーは彼の肩を掴み、引きはがそうとしたが、あなたは今この瞬間だけは、これでいいと認めることにした。
「大丈夫です、もう少しだけ」
そうルドガーに伝えて、そっと公爵の背中をさすった。
「……ッ……私がやります」
護衛の騎士はひざまずき、公爵の背中を代わりに大きくさする。
あなたは目を見開いたが、彼の手のほうが父親の手に近いかも、そう思って任せた。
「……ああ、父上っ……」
不可思議な光景に包まれ、二人で公爵をなだめる形になった。
しばらくして、彼は覚醒した。
ディスターは恥ずかしそうに片手で頭を押さえ、ソファに足を開いて座っている。
「……なんという恥だ……あんな威厳のない姿を見せてしまうとは……」
あなたは彼に紅茶を入れ、書斎室で微笑みを浮かべていた。
「恥ではありませんよ。記憶が無事に見つかったじゃないですか」
「……それはそうだが……」
顔を上げた公爵はまだ目が赤くなっていたので、あなたは冷たいタオルを渡した。
顔を覆ったあと、肩で一度息をし、彼はこちらをじっと見つめる。
「君は末恐ろしい魔術師だな。……さっきのは、いったいなんだったのだろう。僕は、ずっと夢を見ていたんだ」
「本当ですか?」
「ああ。……だが、あまりに鮮明で……あれは本当に現実の過去か? ……君が見せていた幻影ではないよな?」
とんでもないことを言われ、あなたは勢いよく首を振る。
「師匠じゃあるまいし、そんなこと出来ませんよ。ディスター様、私は基本的な催眠魔法を使用しただけです」
「……そうか。ならいいんだが」
テーブルの上に置いてあった耳飾りの木箱を、彼はまた手にとって眺めた。
「母上の部屋に、これは飾っておこう。……それにしても、僕の乳母がこのことを教えてくれたとはな。父上が、そんな話までしていたのだろうか」
彼らが実際にどの程度の関わりがあったのかは、今となっては知る由もない。
だが、乳母は彼ら親子のそれぞれの後悔を、近くで感じ取っていたのかもしれない。
あなたは一連の話を知り、そんなふうに思った。
公爵には休息を勧め、ひとまず任務を無事に終えたあなたとルドガーは、自室へ戻った。
あなたの部屋に入ると、なぜか窓が開け放っていた。
爽やかな昼の風が入り、吹き抜けて頬を撫でる。
「わっ……!」
後ろからついてきたルドガーも、今度は窓をすぐに閉めずに、一緒に見つめていた。
「……解決、したのかな」
「……そうですね」
まだ敬語を使っている彼に向かって、あなたはむっと拗ねた顔つきで振り向こうとした。
すると、目の前が騎士の制服の分厚い胸に覆われる。
「んむっ」
ぎゅううっと力強く抱きしめられて、苦しくなったが、ようやくあなたは落ち着くことが出来た。
「⋯⋯もう! 遅いよ騎士さん!」
「悪い。名無し」
そう言って彼は抱擁しながら、あなたの頭のてっぺんに優しく口づけを落とした。
静かな部屋の中で見つめ合う。
「……きっと解決したよね」
「ああ、したと思うぞ。お前の術は初めて見たが、見事だった」
まだ顔つきは仕事モードが抜けていない彼に、そう褒められて嬉しくなる。
「ほんと?」
「本当だ。だが俺には、何をしているのか、よくわからなかった、正直」
「…はあっ? それどういう意味っ?」
「俺が見てきた魔術師共の強制的な催眠術とは、かけ離れていたからだ。……あんなふうに、会話するように出来るものなんだな」
ルドガーは瞳を揺らし、あなたの頬をもどかしげになぞる。
大きな手の温もりを、あなたも上から握って確かめた。
「そっか。正直、私も人の見たことないから分からないんだ。ただお話してるだけだよ」
「……そうか…? なら、それがお前のやり方なんだな。いいと思うぞ。……ただ」
髪をそっと梳きながら、ルドガーは困惑の瞳を向けている。
「護衛は必ずつけろ。対象との距離が近すぎる」
そこだけははっきり主張されて、あなたは吹き出してしまった。
そして彼に、「笑い事じゃない」と真摯に怒られた。
あなたは笑みを浮かべながら謝り、可能なら必ずつけると約束をする。
それから二人でベッドに座り、少し休んでいた。
まだうっすらと術の余韻が広がっていたあなたはふと、彼に尋ねる。
「ねえ、公爵様のお母さんって、彼のことを愛していたんだろうね」
「……そうだろうな」
「お父さんも、彼なりに愛してたんだろうね」
「ああ」
二人でとりとめもなく話すが、親の愛情というものが、あなたにはなぜかしっくりこなかった。
頭では分かるし、いい話だとも思う。
でも、どこか自分とは遠い世界の話に聞こえた。
「ルドガーにはゼイラン様がいるけど、本当の親のこと知りたいとか、思ったりする?」
隣を純粋に見つめると、彼は首を振った。
「いいや、思わないな。……俺にはもともと、備わった情とかはないのかもな。向こうもそうだろう」
あっさりと告げて、彼は主人のゼイランの愛情があるから十分だとも話した。
今の二人を見て、過去の話も聞いたあなたは納得する。
「お前は……」
ルドガーは、あなたに視線を移し、少し臆病な眼差しで言いかけた。
「……私もそうかも。どうしてだろうね。あんまり、何も感じないの」
そう呟いたときの感情は、別に悲しくも暗くもない。
最初から何もないかのように、空洞な感じだ。
すると、ルドガーにまた、きつく抱きしめられた。
あなたは瞳をつぶり、この温もりさえあればいいのだと、心から思う。
「でもね、ルドガー。あなたへの愛を知ってるから。あなたからの愛も知ってるから。……私、愛情にかけては、エキスパートだよ」
そうにこりと微笑む。
すると彼も、あなたにつられたように頷いて、あなたの大好きな微笑みを見せてくれた。
「知っている、名無し。俺もお前に愛を教わった。だからそれさえあれば、構わないんだ」
二人はこの屋敷に来て、初めて口づけを交わす。
つかの間の時間だったが、それは二人の象徴だった。
彼は庭園を望めるテラスで、珈琲を飲んでいた。
「やあ、昨日は大変だったな。よく眠れたかい」
「いえそれが……」
あなたは同席し、護衛のルドガーは後ろに立って控えた。
昨夜起きた金縛りの件と、与えられたメッセージを公爵に伝える。
すると彼は、また眉をひそめた。
「屋根裏……? ここのことか。この屋敷は、父が生前建てたものなんだ。彼も私的な空間に使っていた」
公爵ディスターは遠い目をして、ふっとため息を吐く。
そして古い使用人から聞いた話を教えてくれた。
「君が見た女の霊は、僕の乳母だったようだ。僕の世話を終えた後も、使用人として君が泊まった部屋に住んでいたらしい。……老執事によれば、彼女も父とそういう関係だったのだと。……まったく、乳母にまで手を出すとは……」
呆れ顔で語られて、あなたも驚き考えを巡らせた。
「ではその乳母の方が、私を通してディスター様に伝えたいことがあるのかもしれないですね」
「さあ……とにかく、屋根裏を探してみるか。ああ面倒くさい。二人とも、手伝ってくれ」
彼は、父親の女絡みの話に辟易していた。
それでも自ら探ろうとしているのは、どこかで意味のあることだと、感じている可能性もあった。
老執事の案内で屋根裏へのはしごを使い、上に登った。
物置には光が差し込み、棚など多くの物が置かれているが、整理整頓されている。
三人で手分けして探していると、ルドガーが「これでは」と差し出してきた。
小さな木彫りの箱で、女性の香水のような匂いがしたらしい。
ディスターは箱を手に取り、怪訝に見下ろす。だが、それを無造作に開けると、彼の顔つきが変わった。
「……これは……耳飾りだ。母のもの、かもしれない」
宝石と真珠がちりばめられた装飾具を、彼はよく眺めた。
そして頭を押さえ、ふいに苦し気な顔をする。
「どうしました、ディスター様」
「この木箱は、僕は見たことがある。父が僕に渡したんだ。でも、何を言っていたのか……思い出せない」
そう呟いたのを見て、あなたは長身の彼をそっと見上げた。
「大丈夫ですよ、きっと思い出せます。私がお手伝いしますからね」
それだけを伝えると、公爵は覚悟したように、こくりと頷いた。
彼が自ら記憶に触れたいと願うことは、術の助けにもなる。
たとえば師のミザロは、強制的に記憶や思考を読み取れるが、それは彼の凄まじい力量あってのことだ。
でもそんなミザロでも、以前こう言っていた。
本人の前向きな意思は、術に大きな影響を与えるのだと。
そして、それはあなたの施術と相性がよさそうだとも。
昨日過ごした書斎室で、公爵ディスターは自らソファに寝そべり、リラックスできる体勢を取った。
一度昼寝がうまくいっていたので、彼も肩の力が抜けている。
「ディスター様。ルドガーさんもそばに控えていますがよろしいですか」
「ああ、いいよ。彼も役に立ってくれたからな」
公爵はあくびをしながら、目を閉じて自由にしている。
遠くに座っているルドガーと、ソファのそばの椅子に腰かけるあなたは視線を合わせた。
さっそく彼の額に手を伸ばして呪文を詠唱し、術に取り掛かった。
「こんにちは、ディスターさん。私は名無しです。今日はあなたと、お父様の思い出についてお話したいと思っています。……よろしいですか?」
「……ああ……わかった……」
彼の唇がわずかに動き、表情は平坦なままだ。
術式は成功したようだ。
了承を得て、あなたは話を続けた。
「あなたは今、お父様と一緒にいます。自分の手や足元を見てください。何歳ぐらいの自分だと思いますか?」
「……幼い少年だ……父上は、僕と一緒に、屋根裏にいる……」
「わかりました。隣にいるお父様は、どんな表情をしているんでしょう」
「…………緊張している。……言いづらそうに、僕に…木箱を渡した……」
彼の意識がすでに向けられていたのか、ピンポイントでその場面にたどり着き、あなたは深呼吸をする。
「あなたはそれを開けましたか」
「……開けて、僕は怒った」
「なぜですか」
「……父上が……母に渡してくれと言ったからだ……」
催眠にかかったディスターの声は、本当に怒りを滲ませていた。
あなたは彼の心に負荷をかけないように注意する。
「なるほど……。どうしてあなたの気持ちが、怒りに向いてしまったのだと思います?」
「……三人目の弟が生まれたばかりで……父は母に会うことが……なくなっていたから」
それを知って、あなたの心は揺れた。
話を聞いていくと、弟や妹が産まれるたびに、父は長男の自分に会いにきたのだという。
ご機嫌取りのように感じて、普段距離のある父に対し、ディスターは冷たい態度を取っていた。
そしてこの耳飾りも、自分で渡せばいいと突っ返し、そのままどこかに置き去りにした。
「……僕は……母に渡さなかった。……渡せばよかったのに。……どうして無視してしまったんだろう……あんなに愛情深かった方に……」
彼は悔いるように、声が弱弱しくなった。
あなたは心配し、彼の表情を見つめる。
「きっと、ディスターさんはお母様の心も、ご自分の心も、守りたかっただけですよ。少年だったあなたには、お父様の気持ちまで背負うことは、出来なかったと思います」
優しく声をかけると、彼は泣きそうな顔をして、言葉に詰まった。
「……でも父は、あれ以来、僕に母の話をしなかった……いつも優しかったけれど、距離が出来てしまった……」
そして母が亡くなり、何十年後に父が亡くなる。
彼は成長するにつれ、この記憶を少年の頃の思い出として、心の隅に追いやっていた。
「父上……うっ……うぅっ……」
すると突然ディスターが子供のように泣き始めたので、あなたは動揺する。
意図せず彼の深い心理に達してしまったようだ。
「ディスターさん、大丈夫ですよ。さあ、もうすぐ目覚めましょうか。……私がそばにいますからね」
仰向けで寝ている彼の首下に手を差し入れ、楽にさせようとした。
すると様子を見ていたルドガーも、心配そうに近づいてくる。
「……さあ、ゆっくりです。目を覚まして……」
公爵は目元を赤くし、幼げな顔つきで瞳を開いた。
そして徐々に体を起こすと、あなたに突然、腕を回し体を引き寄せてきた。
「ちょっ、わあっ」
「……父上っ」
小柄な体はまったく男性とは似つかないが、ディスターに抱きつかれてあなたは衝撃を受ける。
ルドガーは彼の肩を掴み、引きはがそうとしたが、あなたは今この瞬間だけは、これでいいと認めることにした。
「大丈夫です、もう少しだけ」
そうルドガーに伝えて、そっと公爵の背中をさすった。
「……ッ……私がやります」
護衛の騎士はひざまずき、公爵の背中を代わりに大きくさする。
あなたは目を見開いたが、彼の手のほうが父親の手に近いかも、そう思って任せた。
「……ああ、父上っ……」
不可思議な光景に包まれ、二人で公爵をなだめる形になった。
しばらくして、彼は覚醒した。
ディスターは恥ずかしそうに片手で頭を押さえ、ソファに足を開いて座っている。
「……なんという恥だ……あんな威厳のない姿を見せてしまうとは……」
あなたは彼に紅茶を入れ、書斎室で微笑みを浮かべていた。
「恥ではありませんよ。記憶が無事に見つかったじゃないですか」
「……それはそうだが……」
顔を上げた公爵はまだ目が赤くなっていたので、あなたは冷たいタオルを渡した。
顔を覆ったあと、肩で一度息をし、彼はこちらをじっと見つめる。
「君は末恐ろしい魔術師だな。……さっきのは、いったいなんだったのだろう。僕は、ずっと夢を見ていたんだ」
「本当ですか?」
「ああ。……だが、あまりに鮮明で……あれは本当に現実の過去か? ……君が見せていた幻影ではないよな?」
とんでもないことを言われ、あなたは勢いよく首を振る。
「師匠じゃあるまいし、そんなこと出来ませんよ。ディスター様、私は基本的な催眠魔法を使用しただけです」
「……そうか。ならいいんだが」
テーブルの上に置いてあった耳飾りの木箱を、彼はまた手にとって眺めた。
「母上の部屋に、これは飾っておこう。……それにしても、僕の乳母がこのことを教えてくれたとはな。父上が、そんな話までしていたのだろうか」
彼らが実際にどの程度の関わりがあったのかは、今となっては知る由もない。
だが、乳母は彼ら親子のそれぞれの後悔を、近くで感じ取っていたのかもしれない。
あなたは一連の話を知り、そんなふうに思った。
公爵には休息を勧め、ひとまず任務を無事に終えたあなたとルドガーは、自室へ戻った。
あなたの部屋に入ると、なぜか窓が開け放っていた。
爽やかな昼の風が入り、吹き抜けて頬を撫でる。
「わっ……!」
後ろからついてきたルドガーも、今度は窓をすぐに閉めずに、一緒に見つめていた。
「……解決、したのかな」
「……そうですね」
まだ敬語を使っている彼に向かって、あなたはむっと拗ねた顔つきで振り向こうとした。
すると、目の前が騎士の制服の分厚い胸に覆われる。
「んむっ」
ぎゅううっと力強く抱きしめられて、苦しくなったが、ようやくあなたは落ち着くことが出来た。
「⋯⋯もう! 遅いよ騎士さん!」
「悪い。名無し」
そう言って彼は抱擁しながら、あなたの頭のてっぺんに優しく口づけを落とした。
静かな部屋の中で見つめ合う。
「……きっと解決したよね」
「ああ、したと思うぞ。お前の術は初めて見たが、見事だった」
まだ顔つきは仕事モードが抜けていない彼に、そう褒められて嬉しくなる。
「ほんと?」
「本当だ。だが俺には、何をしているのか、よくわからなかった、正直」
「…はあっ? それどういう意味っ?」
「俺が見てきた魔術師共の強制的な催眠術とは、かけ離れていたからだ。……あんなふうに、会話するように出来るものなんだな」
ルドガーは瞳を揺らし、あなたの頬をもどかしげになぞる。
大きな手の温もりを、あなたも上から握って確かめた。
「そっか。正直、私も人の見たことないから分からないんだ。ただお話してるだけだよ」
「……そうか…? なら、それがお前のやり方なんだな。いいと思うぞ。……ただ」
髪をそっと梳きながら、ルドガーは困惑の瞳を向けている。
「護衛は必ずつけろ。対象との距離が近すぎる」
そこだけははっきり主張されて、あなたは吹き出してしまった。
そして彼に、「笑い事じゃない」と真摯に怒られた。
あなたは笑みを浮かべながら謝り、可能なら必ずつけると約束をする。
それから二人でベッドに座り、少し休んでいた。
まだうっすらと術の余韻が広がっていたあなたはふと、彼に尋ねる。
「ねえ、公爵様のお母さんって、彼のことを愛していたんだろうね」
「……そうだろうな」
「お父さんも、彼なりに愛してたんだろうね」
「ああ」
二人でとりとめもなく話すが、親の愛情というものが、あなたにはなぜかしっくりこなかった。
頭では分かるし、いい話だとも思う。
でも、どこか自分とは遠い世界の話に聞こえた。
「ルドガーにはゼイラン様がいるけど、本当の親のこと知りたいとか、思ったりする?」
隣を純粋に見つめると、彼は首を振った。
「いいや、思わないな。……俺にはもともと、備わった情とかはないのかもな。向こうもそうだろう」
あっさりと告げて、彼は主人のゼイランの愛情があるから十分だとも話した。
今の二人を見て、過去の話も聞いたあなたは納得する。
「お前は……」
ルドガーは、あなたに視線を移し、少し臆病な眼差しで言いかけた。
「……私もそうかも。どうしてだろうね。あんまり、何も感じないの」
そう呟いたときの感情は、別に悲しくも暗くもない。
最初から何もないかのように、空洞な感じだ。
すると、ルドガーにまた、きつく抱きしめられた。
あなたは瞳をつぶり、この温もりさえあればいいのだと、心から思う。
「でもね、ルドガー。あなたへの愛を知ってるから。あなたからの愛も知ってるから。……私、愛情にかけては、エキスパートだよ」
そうにこりと微笑む。
すると彼も、あなたにつられたように頷いて、あなたの大好きな微笑みを見せてくれた。
「知っている、名無し。俺もお前に愛を教わった。だからそれさえあれば、構わないんだ」
二人はこの屋敷に来て、初めて口づけを交わす。
つかの間の時間だったが、それは二人の象徴だった。
