巨体の人外に助けられて世話される話
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ディスターが眠っている間、あなたはその姿を見ながら、考え事をしていた。
資料によると、彼は何の記憶が抜け落ちているのかさえ、知らないらしい。
ただ大人になってから、自分はなにか大事なことを忘れていると、ぼんやり感じ始めたという。
その時期は、彼の父親が亡くなった頃だった。
鍵はそこに隠されていると思われ、これまでの魔術師らも父親との記憶を探ったのだが、彼は扉を閉ざしたように催眠は失敗に終わっていた。
「……ん……」
公爵の彼が身をよじり、静かに目を覚ます。
寝入ってしまってから、3時間が経っていた。
「ディスター様。お目覚めになられますか」
「……ああ。君、ずっとそこにいたのか」
「はい。あなたはぐっすり眠っておられましたよ」
丁寧に告げると、執事に頼んでいたお茶のポットを火魔法で温め、彼に入れた。
寝起きの公爵はやや清々しい顔つきで、背を屈めそれを口に含んでいる。
「今、なぜか頭がすっきりしているよ。人前で寝たのは久しぶりだ。……しかも君のような初対面の者の前でね。名無し」
自分をふっと笑い、美しい男性がこちらを興味深そうに見ている。
その顔つきが、少し曇った。
「さっき、夢を見たようだ」
「夢?」
「そうだ。だが、思い出せない。……なにか、父に関するものだった気がするんだが……」
彼は真面目な顔で悩んでしまった。
それを探りたい気もしたが、彼が金髪をくしゃりと掴み、大きくため息をついたのを見て、あなたはこう言った。
「それは大きな一歩だと思いますよ。ディスター様は、普段は夢を見ないんですよね?」
「ああ。見ないようにしている、といったほうが正しいか。意識的にね」
悪魔族はそんなことも可能なのかと思いつつ、夢の話題をそれ以上広げることはやめた。
「また思い出したら教えるよ」
「はい、そうしてください」
「ふっ……君は本当に僕を急かさないな。気に入ったよ。そうだ、今度から昼寝のときは、君がついていてくれないかい?」
「うーん。それは分かりません。私、結構日々忙しいんですよ」
明るく告げると、公爵はまた素の顔つきで笑い声を出した。
1日目は夕食を3人で頂いた。
上機嫌に社交について話す公爵と、もてなされる客人のあなた、少し離れて座る護衛のルドガー。
滞りなく終えたが、問題は寝る時だった。
公爵は二階の自室に行き、あなたとルドガーはそれぞれ三階の客室をあてがわれた。
あなたは綺麗にベッドメイクされた部屋で就寝の準備をし、ロングワンピースの寝間着をまとった。
ベッドに入り、ルドガーのことを考える。
仕事とはいえ、まったく会話らしい会話をしていない。
なんて味気なく、寂しいのだろう。
これなら違う騎士でも変わらないんじゃないかと自分勝手に思ってしまったが、そうではないと思い返す。
ルドガーがそばにいてくれるから、これだけ公爵に集中できるのだ。
自分らしく、落ち着いて向き合うことが出来ていると感じた。
——でも、寂しいな。一人で寝るなんて。
そう頭の中で思いを巡らせながら、眠りに落ちた。
数時間後、夜も更けた頃。部屋の外から音がした。
「——何か御用ですか、公爵様」
「……え? 君、なんでまだ起きているんだ。こんな時間だぞ」
「私の職務ですから」
「いや寝ろよ、そこにずっと立っていたのか? 真面目すぎだろうっ」
二人の声にあなたは目をこすり、むくりと起きる。
扉の下の隙間から、明かりが漏れていた。
「もうすぐ夢の内容を思い出せそうなんだよ。彼女と少し二人で過ごしたい」
「魔術師は睡眠と回復が必要です。どうか明日になさってください」
「今がいいんだって! 邪魔しないでくれ!」
押し問答をしており、あなたは廊下に出ようと立ち上がる。
しかし、その時だった。
反対側の庭園に面した窓に、人影が写る。
あなたはおかしいと思い、ゆっくりそこに向かって、カーテンを開いた。
すると、三階のはずなのに、自分と目線が同じ高さの、女性の白い影が浮かんだのだ。
「きゃーーーーーっ」
全身が鳥肌に覆われ、叫び声を上げた。
すると女性はこちらを見て、さあっと消えてしまった。
同時に扉を蹴破るように入ってきたのは、部屋着をまとったルドガーだ。
「どうした!」
「今っ、人がっ、女の人が! 窓の外に!」
あなたが恐れおののいて指をさすと、ルドガーはすぐに窓へ向かい、カーテンも窓も開け放った。
夜の涼しい風が吹き込み、不気味に音がびゅううと入り込む。
腰が抜けたようにベッドに座りこむと、ルドガーは「誰もいない」と告げた。
公爵が後ろから入って来て、窓を不可解そうに見やっている。
そしてあなたに視線を移した。
「……女だと? どんな者だった」
「ええと……髪を上にまとめた、細身の感じの大人の女性、だったかも……」
そう伝えるが、全体が白く光っているような影で、服装は分からなかった。
公爵は首をひねったが、ルドガーも窓を閉めきって近づいてくる。
「ここは安全な部屋ですか」
「もちろんさ。侵入者を防ぐ結界は万全だし、ましてや幽霊なんて、いわくつきの屋敷ではないよ。……名無し、君は魔術師だから、感受性が豊かなんじゃないか? 死霊術を嗜んだことは?」
「はい? いえ、ないですよ」
むしろ幽霊やホラーは苦手なのだと今分かった。
「とにかく、他の使用人にも明日聞いてみよう。移りたかったら別室に移動するといい」
「そうしましょう」
二人に促されるが、あなたは首を横に振った。
ルドガーの眉根がぐっと寄せられる。
しかし、怖くてもここに居るとあなたは決めた。
「なぜですか、危険だ」
「大丈夫です。何か手がかりになるかもしれないし。いいですかディスター様」
「僕は構わないが。……ああ、なんだか気分が中断されたな。今日はゆっくり休んでくれ」
彼も衣服を直しながら、疑問をもった顔つきで踵を返していった。
公爵がいなくなるのを確認すると、ルドガーに見下ろされた。
二人きりだし、あんなことがあったのだから、抱きしめてくれたっていいのに。
だが彼はあなたが思うよりも、筋金入りの軍人だった。
「では私もここにいます」
「……いやいいです。自分の部屋で寝てください」
「出来ません。私のことはお構いなく」
それが番に対する態度なの?
あなたはむっとしたものの、もういいやと思い、扉の前で椅子を出して座るルドガーを好きにさせた。
彼のほうを見て横になり、あなたはまた眠ろうと努める。
でも、こんな感じで寝れるわけもない。
「ねえ、もういいから。もうちょっと椅子こっちにしなよ」
誘っても、彼は座ったまま不動であなたから目を離さない。
大型獣の彼は何日か寝ないでいられると以前言っていたが、こちらの心配は消えないのだ。
「ばか……おやすみの挨拶ぐらいしてよ」
文句を言いながら、あなたは目を閉じていった。
ルドガーはその後、本当にあなたから目を離さなかった。
時折窓の外や部屋の周囲に注意を配り、全身を研ぎ澄ませている。
立ち上がり、あなたを見下ろし、そっと髪をはらったりもした。
その場にひざまずき、呼吸を確かめて安堵し、また椅子に戻る。
そんなことを当然のように繰り返し、彼は職務を——もとい、あなたを守るという使命をただ順守していた。
あなたは何も知らず、すやすやと仰向けに眠っている。
だが、数時間したときに、体に異変が起きた。
夢か幻か、ベッドの枕元に女性の影が立ったのだ。
あなたは瞳を実際閉じているが、その幻想の中では開けていた。
体が金縛りで封じられる中、横目で女性をじろりと見やると、白い影の彼女は顔を覗き込んできた。
(…………くっ……)
あなたが恐怖で見つめ返していると、女性は何かを呟いた。
(……なに? ……何を言っているの……っ?)
拘束に抗っていると、耳元で「屋根裏の、箱」という静かな声がした。
心臓がドッドッと音を立て、金縛りを解こうとする。
すると突然、声がした。
「おい、どうした、名無し!」
目を閉じたあなたの胸がかすかに上下し、苦しそうに息が短くなったのを、ルドガーは察知したのだ。
あなたは瞳をこじあけ、横目で彼に助けを求める。
彼は、ベッドに乗り上げてあなたを抱きかかえた。
頬を撫でて呼吸を確かめ、胸を優しくさする。
すると、だんだんと金縛りがとけて、体が脱力していった。
「しっかりしろ、大丈夫か……!」
「……だ……大丈夫、大丈夫。……金縛りに、あった……」
完全に覚醒したあなたは、気づいて助けてくれたルドガーに感謝した。
ほっとして肩の力が緩んだ彼にぐっと抱きしめられる。
温もりが、さらに安心感を与えてくれた。
「またさっきの幽霊か」
「そうみたい……こんなこと、言われたよ」
あなたは奇妙な出来事を伝えた。
そうして頭の中で、きっとこれは、公爵の記憶にも関係のあることなのではないかと、どこかで結びつけようとしていた。
資料によると、彼は何の記憶が抜け落ちているのかさえ、知らないらしい。
ただ大人になってから、自分はなにか大事なことを忘れていると、ぼんやり感じ始めたという。
その時期は、彼の父親が亡くなった頃だった。
鍵はそこに隠されていると思われ、これまでの魔術師らも父親との記憶を探ったのだが、彼は扉を閉ざしたように催眠は失敗に終わっていた。
「……ん……」
公爵の彼が身をよじり、静かに目を覚ます。
寝入ってしまってから、3時間が経っていた。
「ディスター様。お目覚めになられますか」
「……ああ。君、ずっとそこにいたのか」
「はい。あなたはぐっすり眠っておられましたよ」
丁寧に告げると、執事に頼んでいたお茶のポットを火魔法で温め、彼に入れた。
寝起きの公爵はやや清々しい顔つきで、背を屈めそれを口に含んでいる。
「今、なぜか頭がすっきりしているよ。人前で寝たのは久しぶりだ。……しかも君のような初対面の者の前でね。名無し」
自分をふっと笑い、美しい男性がこちらを興味深そうに見ている。
その顔つきが、少し曇った。
「さっき、夢を見たようだ」
「夢?」
「そうだ。だが、思い出せない。……なにか、父に関するものだった気がするんだが……」
彼は真面目な顔で悩んでしまった。
それを探りたい気もしたが、彼が金髪をくしゃりと掴み、大きくため息をついたのを見て、あなたはこう言った。
「それは大きな一歩だと思いますよ。ディスター様は、普段は夢を見ないんですよね?」
「ああ。見ないようにしている、といったほうが正しいか。意識的にね」
悪魔族はそんなことも可能なのかと思いつつ、夢の話題をそれ以上広げることはやめた。
「また思い出したら教えるよ」
「はい、そうしてください」
「ふっ……君は本当に僕を急かさないな。気に入ったよ。そうだ、今度から昼寝のときは、君がついていてくれないかい?」
「うーん。それは分かりません。私、結構日々忙しいんですよ」
明るく告げると、公爵はまた素の顔つきで笑い声を出した。
1日目は夕食を3人で頂いた。
上機嫌に社交について話す公爵と、もてなされる客人のあなた、少し離れて座る護衛のルドガー。
滞りなく終えたが、問題は寝る時だった。
公爵は二階の自室に行き、あなたとルドガーはそれぞれ三階の客室をあてがわれた。
あなたは綺麗にベッドメイクされた部屋で就寝の準備をし、ロングワンピースの寝間着をまとった。
ベッドに入り、ルドガーのことを考える。
仕事とはいえ、まったく会話らしい会話をしていない。
なんて味気なく、寂しいのだろう。
これなら違う騎士でも変わらないんじゃないかと自分勝手に思ってしまったが、そうではないと思い返す。
ルドガーがそばにいてくれるから、これだけ公爵に集中できるのだ。
自分らしく、落ち着いて向き合うことが出来ていると感じた。
——でも、寂しいな。一人で寝るなんて。
そう頭の中で思いを巡らせながら、眠りに落ちた。
数時間後、夜も更けた頃。部屋の外から音がした。
「——何か御用ですか、公爵様」
「……え? 君、なんでまだ起きているんだ。こんな時間だぞ」
「私の職務ですから」
「いや寝ろよ、そこにずっと立っていたのか? 真面目すぎだろうっ」
二人の声にあなたは目をこすり、むくりと起きる。
扉の下の隙間から、明かりが漏れていた。
「もうすぐ夢の内容を思い出せそうなんだよ。彼女と少し二人で過ごしたい」
「魔術師は睡眠と回復が必要です。どうか明日になさってください」
「今がいいんだって! 邪魔しないでくれ!」
押し問答をしており、あなたは廊下に出ようと立ち上がる。
しかし、その時だった。
反対側の庭園に面した窓に、人影が写る。
あなたはおかしいと思い、ゆっくりそこに向かって、カーテンを開いた。
すると、三階のはずなのに、自分と目線が同じ高さの、女性の白い影が浮かんだのだ。
「きゃーーーーーっ」
全身が鳥肌に覆われ、叫び声を上げた。
すると女性はこちらを見て、さあっと消えてしまった。
同時に扉を蹴破るように入ってきたのは、部屋着をまとったルドガーだ。
「どうした!」
「今っ、人がっ、女の人が! 窓の外に!」
あなたが恐れおののいて指をさすと、ルドガーはすぐに窓へ向かい、カーテンも窓も開け放った。
夜の涼しい風が吹き込み、不気味に音がびゅううと入り込む。
腰が抜けたようにベッドに座りこむと、ルドガーは「誰もいない」と告げた。
公爵が後ろから入って来て、窓を不可解そうに見やっている。
そしてあなたに視線を移した。
「……女だと? どんな者だった」
「ええと……髪を上にまとめた、細身の感じの大人の女性、だったかも……」
そう伝えるが、全体が白く光っているような影で、服装は分からなかった。
公爵は首をひねったが、ルドガーも窓を閉めきって近づいてくる。
「ここは安全な部屋ですか」
「もちろんさ。侵入者を防ぐ結界は万全だし、ましてや幽霊なんて、いわくつきの屋敷ではないよ。……名無し、君は魔術師だから、感受性が豊かなんじゃないか? 死霊術を嗜んだことは?」
「はい? いえ、ないですよ」
むしろ幽霊やホラーは苦手なのだと今分かった。
「とにかく、他の使用人にも明日聞いてみよう。移りたかったら別室に移動するといい」
「そうしましょう」
二人に促されるが、あなたは首を横に振った。
ルドガーの眉根がぐっと寄せられる。
しかし、怖くてもここに居るとあなたは決めた。
「なぜですか、危険だ」
「大丈夫です。何か手がかりになるかもしれないし。いいですかディスター様」
「僕は構わないが。……ああ、なんだか気分が中断されたな。今日はゆっくり休んでくれ」
彼も衣服を直しながら、疑問をもった顔つきで踵を返していった。
公爵がいなくなるのを確認すると、ルドガーに見下ろされた。
二人きりだし、あんなことがあったのだから、抱きしめてくれたっていいのに。
だが彼はあなたが思うよりも、筋金入りの軍人だった。
「では私もここにいます」
「……いやいいです。自分の部屋で寝てください」
「出来ません。私のことはお構いなく」
それが番に対する態度なの?
あなたはむっとしたものの、もういいやと思い、扉の前で椅子を出して座るルドガーを好きにさせた。
彼のほうを見て横になり、あなたはまた眠ろうと努める。
でも、こんな感じで寝れるわけもない。
「ねえ、もういいから。もうちょっと椅子こっちにしなよ」
誘っても、彼は座ったまま不動であなたから目を離さない。
大型獣の彼は何日か寝ないでいられると以前言っていたが、こちらの心配は消えないのだ。
「ばか……おやすみの挨拶ぐらいしてよ」
文句を言いながら、あなたは目を閉じていった。
ルドガーはその後、本当にあなたから目を離さなかった。
時折窓の外や部屋の周囲に注意を配り、全身を研ぎ澄ませている。
立ち上がり、あなたを見下ろし、そっと髪をはらったりもした。
その場にひざまずき、呼吸を確かめて安堵し、また椅子に戻る。
そんなことを当然のように繰り返し、彼は職務を——もとい、あなたを守るという使命をただ順守していた。
あなたは何も知らず、すやすやと仰向けに眠っている。
だが、数時間したときに、体に異変が起きた。
夢か幻か、ベッドの枕元に女性の影が立ったのだ。
あなたは瞳を実際閉じているが、その幻想の中では開けていた。
体が金縛りで封じられる中、横目で女性をじろりと見やると、白い影の彼女は顔を覗き込んできた。
(…………くっ……)
あなたが恐怖で見つめ返していると、女性は何かを呟いた。
(……なに? ……何を言っているの……っ?)
拘束に抗っていると、耳元で「屋根裏の、箱」という静かな声がした。
心臓がドッドッと音を立て、金縛りを解こうとする。
すると突然、声がした。
「おい、どうした、名無し!」
目を閉じたあなたの胸がかすかに上下し、苦しそうに息が短くなったのを、ルドガーは察知したのだ。
あなたは瞳をこじあけ、横目で彼に助けを求める。
彼は、ベッドに乗り上げてあなたを抱きかかえた。
頬を撫でて呼吸を確かめ、胸を優しくさする。
すると、だんだんと金縛りがとけて、体が脱力していった。
「しっかりしろ、大丈夫か……!」
「……だ……大丈夫、大丈夫。……金縛りに、あった……」
完全に覚醒したあなたは、気づいて助けてくれたルドガーに感謝した。
ほっとして肩の力が緩んだ彼にぐっと抱きしめられる。
温もりが、さらに安心感を与えてくれた。
「またさっきの幽霊か」
「そうみたい……こんなこと、言われたよ」
あなたは奇妙な出来事を伝えた。
そうして頭の中で、きっとこれは、公爵の記憶にも関係のあることなのではないかと、どこかで結びつけようとしていた。
