巨体の人外に助けられて世話される話
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書斎室には上質なカーペットが敷かれ、長いカーテンや格式ある家具が並んでいた。
公爵ディスターは一人掛けの椅子に腰かけ、あなたは斜め前のソファに座っている。
「ディスター様は、こちらで普段おひとりで過ごされてるんですか?」
「いいや、ここは別邸だ。最小限の使用人を置いて、一人で過ごしたいときに来るんだ。自宅は都市部にあってね。いろんな女を連れ込むには、そっちのほうが都合がいい」
あっけらかんと語られ、まだ若いあなたは作り笑いを浮かべるしかなかった。
でも落ち着きたいときに使う別邸に今回は招かれたと知り、彼の記憶に対する真剣な思いも少し感じられた。
公爵は独身で、まだ結婚に興味がないようだ。
理由を尋ねると、彼は口端を上げて肩をすくめた。
「魔族なんてそんなものだろう。僕も兄弟は多いが、全員母親が違う。父はとびきりの美形で優しい人だったから、当然なんだがね。だが僕は、そうはなりたくない。こう見えて、ただ一人の女性を探しているんだよ」
あなたを見てにやりと笑まれ、こちらも神妙に頷いていた。
すると彼の形良い瞳は、後方の入り口付近に向けられる。
やや顔をしかめてこう指摘した。
「——ところで君。いつまでこの部屋にいるつもりだ? 男の君がいると、こちらはリラックスして彼女に心が開けないんだよな。出てってくれないか」
振り向くと、騎士の装いのルドガーが、背をまっすぐにして椅子に腰かけている。
「ですが、私は護衛なので。規則です」
「そんなチンケなものよりも、この屋敷の当主である僕に従え。さあ」
彼が厳しい声で命じると、あなたは慌てて立ち上がった。
ルドガーのもとへ歩いていく。そしてまっすぐと見つめた。
「大丈夫ですよ、ルドガーさん。何かあったらすぐに呼びますから。部屋のすぐ外で待っていてもらえますか」
優しく声をかけて、彼の瞳を見た。
ルドガーは一瞬眉をぴくっと寄せたが、態度には示さない。
二人だけのアイコンタクトをしたつもりで、頷きを交わした。
「わかりました。では私は外で待機しています」
彼の抑揚のない声に、あなたの背筋までぴんと伸びた。
他人のふりをすることは本当に苦しいが、今は任務中だ。まっとうしなければ。
書斎室に静かに残され、公爵は満足げだった。
「ふふっ、ようやく二人きりだね。名無し。さあ、他に何が聞きたい? なんでも答えよう」
彼はそう言うと、流れで同じソファに腰かけてくる。
あなたは一瞬「ん?」と思ったが、間をあけて座り直し、彼に微笑みかけた。
「そうですね……ではさっきのお話の続きをしましょうか。ただ一人の女性を待っているというお話を——」
「ああ、それか。そんなくだらない話、どうでもいいじゃないか。なぜなら、この魔界では夢物語だからさ」
彼はそう言って、あなたの耳当てに手を伸ばし、そっと取り払ってしまった。
「あっ! 返してください!」
「やっぱり。……ふふっ。僕の目がごまかせると思ったかい? 公爵家というのはな、ほぼ悪魔族が占めてるんだ。人間の違いと魔族の違いは、感覚的に分かるものだよ」
瞳が意味深に細められ、あなたは愕然とする。
そうか。この人はゼイランの一族より少し格が落ちるものの、悪魔族の公爵なのだ。
「あら~バレちゃいましたか、すみません。隠していたつもりは…あるんですけど。私はまだまだ新人なので、すこしでも自分を大きく見せたかったんです」
「ははっ。素直な娘だな。……構わないよ。僕も自分をさらけ出す覚悟だからね。じゃあまず君のことを教えてくれないか。なぜ人間がここにいるのか、興味がそそるよ」
あなたはむしろやりやすくなった思いがしたが、彼の要求を受け入れるわけにはいかなかった。
「すみません、ディスター様。そう簡単にプライバシーを明かせないんです。魔術師って、謎に秘めてないといけませんから。
……でもそうですね。あなたの記憶が無事に思い出せるようになって、任務が成功したら……お話しますよ」
にっこりと笑むと、彼は目を瞬かせる。
「驚いたな。この僕に交渉する気かい? 君、なぜ僕を怖がらない? 指一本で簡単にクビに出来るんだよ」
美形がぎらりと瞳を一瞬光らせるものの、ゼイランに慣れているあなたは怖くはなかった。
それに自分には、なによりルドガーがいてくれるのだ。
ミザロも守護者も、他の人たちだって。
「私はあなたを怖がったりしませんよ。ただ、もっとディスター様を知りたいんです。あなたが望んでいるという、記憶を探すお手伝いがしたいだけなんです」
魔術師としての成長と、自分という確立。そして人助け。
与えられた仕事の中でそれらが叶うならば、なんだってする勢いだ。
強固な人間の瞳に芯を見た公爵は、視線をわざとらしくさまよわせ、ふうとため息を吐く。
「ああそうかい。なんだか、牙が一瞬だけ抜かれた気がするな。……少し眠気が襲ってきたよ。……ああ、君との会話がつまらないわけじゃない。最近疲れていてな」
あくびをしながら、彼の表情が一瞬緩んで見えた。
あなたは彼に、少し横になったらどうかと提案する。
「ふっ。それで催眠を始めるか? のんびりしているように見えたが、案外仕事熱心なんだな」
「いえ、まだかけませんよ。あなたにリラックスしてほしいだけです」
腰を上げて、抵抗感のないディスターをソファに寝そべらせた。
彼は公務続きで、今回の短い休暇に入るまで、実際に疲れが溜まっていたようだ。
片手を上げて優雅にあおむけになる男に、遠くにあったブランケットをかける。
そうして温かく接していると、公爵は素に近い面持ちで笑った。
「眠くなってきたな。仕事を続けても構わないよ」
「いえいえ。これが私のやり方なんです。緊急時を除いて、まだそれほど親しくない人にいきなり催眠をかけて、何かを聞き出そうとするのは、あまり気が進まないんですよね」
そう話すと、ディスターはゆっくり目を閉じていく。
「なので、催眠は明日にしましょうか。まだ時間はありますし、ここはあなたのお家なんですから。ディスター様」
「……僕の、家……?」
「ええ、そうですよ。あなたがゆっくりとくつろげる、安らげるお家です。……何も心配せず、お休みになってくださいね」
ブランケットに、優しく手を重ねて告げると、彼はそのまま眠ってしまった。
あなたはしばらく見つめていたが、静かになった室内を歩き、扉へと向かう。
そしてそっと開けると、ルドガーがすぐに振り向き立ち上がった。
「今、眠ってしまったみたいです。私はしばらく見守っていますから」
「……はい。大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ」
瞳が揺れ動いている護衛の彼に、あなたは穏やかに笑む。
本当はぎゅっと服の袖を握りたい気持ちはあったが、そのままゆっくり扉を閉じた。
公爵ディスターは一人掛けの椅子に腰かけ、あなたは斜め前のソファに座っている。
「ディスター様は、こちらで普段おひとりで過ごされてるんですか?」
「いいや、ここは別邸だ。最小限の使用人を置いて、一人で過ごしたいときに来るんだ。自宅は都市部にあってね。いろんな女を連れ込むには、そっちのほうが都合がいい」
あっけらかんと語られ、まだ若いあなたは作り笑いを浮かべるしかなかった。
でも落ち着きたいときに使う別邸に今回は招かれたと知り、彼の記憶に対する真剣な思いも少し感じられた。
公爵は独身で、まだ結婚に興味がないようだ。
理由を尋ねると、彼は口端を上げて肩をすくめた。
「魔族なんてそんなものだろう。僕も兄弟は多いが、全員母親が違う。父はとびきりの美形で優しい人だったから、当然なんだがね。だが僕は、そうはなりたくない。こう見えて、ただ一人の女性を探しているんだよ」
あなたを見てにやりと笑まれ、こちらも神妙に頷いていた。
すると彼の形良い瞳は、後方の入り口付近に向けられる。
やや顔をしかめてこう指摘した。
「——ところで君。いつまでこの部屋にいるつもりだ? 男の君がいると、こちらはリラックスして彼女に心が開けないんだよな。出てってくれないか」
振り向くと、騎士の装いのルドガーが、背をまっすぐにして椅子に腰かけている。
「ですが、私は護衛なので。規則です」
「そんなチンケなものよりも、この屋敷の当主である僕に従え。さあ」
彼が厳しい声で命じると、あなたは慌てて立ち上がった。
ルドガーのもとへ歩いていく。そしてまっすぐと見つめた。
「大丈夫ですよ、ルドガーさん。何かあったらすぐに呼びますから。部屋のすぐ外で待っていてもらえますか」
優しく声をかけて、彼の瞳を見た。
ルドガーは一瞬眉をぴくっと寄せたが、態度には示さない。
二人だけのアイコンタクトをしたつもりで、頷きを交わした。
「わかりました。では私は外で待機しています」
彼の抑揚のない声に、あなたの背筋までぴんと伸びた。
他人のふりをすることは本当に苦しいが、今は任務中だ。まっとうしなければ。
書斎室に静かに残され、公爵は満足げだった。
「ふふっ、ようやく二人きりだね。名無し。さあ、他に何が聞きたい? なんでも答えよう」
彼はそう言うと、流れで同じソファに腰かけてくる。
あなたは一瞬「ん?」と思ったが、間をあけて座り直し、彼に微笑みかけた。
「そうですね……ではさっきのお話の続きをしましょうか。ただ一人の女性を待っているというお話を——」
「ああ、それか。そんなくだらない話、どうでもいいじゃないか。なぜなら、この魔界では夢物語だからさ」
彼はそう言って、あなたの耳当てに手を伸ばし、そっと取り払ってしまった。
「あっ! 返してください!」
「やっぱり。……ふふっ。僕の目がごまかせると思ったかい? 公爵家というのはな、ほぼ悪魔族が占めてるんだ。人間の違いと魔族の違いは、感覚的に分かるものだよ」
瞳が意味深に細められ、あなたは愕然とする。
そうか。この人はゼイランの一族より少し格が落ちるものの、悪魔族の公爵なのだ。
「あら~バレちゃいましたか、すみません。隠していたつもりは…あるんですけど。私はまだまだ新人なので、すこしでも自分を大きく見せたかったんです」
「ははっ。素直な娘だな。……構わないよ。僕も自分をさらけ出す覚悟だからね。じゃあまず君のことを教えてくれないか。なぜ人間がここにいるのか、興味がそそるよ」
あなたはむしろやりやすくなった思いがしたが、彼の要求を受け入れるわけにはいかなかった。
「すみません、ディスター様。そう簡単にプライバシーを明かせないんです。魔術師って、謎に秘めてないといけませんから。
……でもそうですね。あなたの記憶が無事に思い出せるようになって、任務が成功したら……お話しますよ」
にっこりと笑むと、彼は目を瞬かせる。
「驚いたな。この僕に交渉する気かい? 君、なぜ僕を怖がらない? 指一本で簡単にクビに出来るんだよ」
美形がぎらりと瞳を一瞬光らせるものの、ゼイランに慣れているあなたは怖くはなかった。
それに自分には、なによりルドガーがいてくれるのだ。
ミザロも守護者も、他の人たちだって。
「私はあなたを怖がったりしませんよ。ただ、もっとディスター様を知りたいんです。あなたが望んでいるという、記憶を探すお手伝いがしたいだけなんです」
魔術師としての成長と、自分という確立。そして人助け。
与えられた仕事の中でそれらが叶うならば、なんだってする勢いだ。
強固な人間の瞳に芯を見た公爵は、視線をわざとらしくさまよわせ、ふうとため息を吐く。
「ああそうかい。なんだか、牙が一瞬だけ抜かれた気がするな。……少し眠気が襲ってきたよ。……ああ、君との会話がつまらないわけじゃない。最近疲れていてな」
あくびをしながら、彼の表情が一瞬緩んで見えた。
あなたは彼に、少し横になったらどうかと提案する。
「ふっ。それで催眠を始めるか? のんびりしているように見えたが、案外仕事熱心なんだな」
「いえ、まだかけませんよ。あなたにリラックスしてほしいだけです」
腰を上げて、抵抗感のないディスターをソファに寝そべらせた。
彼は公務続きで、今回の短い休暇に入るまで、実際に疲れが溜まっていたようだ。
片手を上げて優雅にあおむけになる男に、遠くにあったブランケットをかける。
そうして温かく接していると、公爵は素に近い面持ちで笑った。
「眠くなってきたな。仕事を続けても構わないよ」
「いえいえ。これが私のやり方なんです。緊急時を除いて、まだそれほど親しくない人にいきなり催眠をかけて、何かを聞き出そうとするのは、あまり気が進まないんですよね」
そう話すと、ディスターはゆっくり目を閉じていく。
「なので、催眠は明日にしましょうか。まだ時間はありますし、ここはあなたのお家なんですから。ディスター様」
「……僕の、家……?」
「ええ、そうですよ。あなたがゆっくりとくつろげる、安らげるお家です。……何も心配せず、お休みになってくださいね」
ブランケットに、優しく手を重ねて告げると、彼はそのまま眠ってしまった。
あなたはしばらく見つめていたが、静かになった室内を歩き、扉へと向かう。
そしてそっと開けると、ルドガーがすぐに振り向き立ち上がった。
「今、眠ってしまったみたいです。私はしばらく見守っていますから」
「……はい。大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ」
瞳が揺れ動いている護衛の彼に、あなたは穏やかに笑む。
本当はぎゅっと服の袖を握りたい気持ちはあったが、そのままゆっくり扉を閉じた。
