巨体の人外に助けられて世話される話
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休日の夕方、結界師ゲインは酒瓶を抱え、あなた達の前に現れた。
「よっ。今日はお招きありがとうな」
「こちらこそ〜どうぞどうぞ! あっ、さっそく部屋の結界見ますか」
「おうよ。分かってんじゃねえか嬢ちゃん」
友好的なムードで居間に向かう。
ゲインは革ジャケットを脱ぎ、袖をまくって入れ墨の文様を見せた。
そして部屋に手をかざし、結界の状態を調べている。
「完璧なままだな。防音魔法もちゃんと効いてるから、安心していいぜ」
「そうか。よかった。俺達はプライバシーを重視しているからな。なぁ名無し」
「う、うん。そうそう」
ヒヤヒヤしながら頬を染める。獣の彼は最近言葉を選べるようになってきたようだ。
ついでにゲインから聞いた話によると、ゼイランが以前ここに見舞いに来たとき、結界をすべて壊してしまったのだという。
介助者の男性がそれを報告してくれて、ゲインはその後再びこっそり張り直していた。
「ええ! そんなことまで……すみませんほんとに、お世話になって!」
「いやまあ俺にとっては情けねえ話だよ。さすがゼイラン様だよな。一発で俺の集大成が破られるとは…」
ベテラン魔術師は悔しそうに苦笑していた。
「嬢ちゃん、あんたも色々大変だろうけど、ゼイラン様も獣の兄ちゃんもいてくれるしよ。俺らだってそうだ。あんま心配しすぎんなよ」
突然そう励まされ、あなたは心に染み入る。
守護者の側近デシエの件があってから、この問題は周知の事実となっていた。
それなのに誰も責めず、皆が一丸となり職務に取り組んでくれている。
「ありがとうございます…! 私も解決に向けて頑張ります!」
そう言うと、ルドガーが背に手を添えてくれて、二人は微笑み頷きあった。
「はあ~いいなあんたら、見てるほうが照れるぐらい甘酸っぱいカップルだぜ。独り身には堪えるわ」
けらけらと笑いながら、「よっこらせ」と居間のローテーブル前に彼は腰を下ろした。
すでに料理が並んでおり、彼が持参してくれたお酒を注ぎながら、宴会が始まった。
「ゲインさんって、独身なんですか?」
「そりゃあな。こんな仕事やってて円満な家庭は築けねえよ」
彼はグラスを飲みほしながら、気持ちよさそうに言った。
だがあなたは胸に引っかかり、前のめりになる。
「ど、どういう意味ですか? 別に幸せな結婚はできますよね」
「結婚はな。でも続けるのが難しいんだ。俺はバツ15だぜ」
「15!?」
あなたは衝撃を受けて、現在200歳だという魔族の彼の人生にくぎ付けになった。
ゲインはのらりくらりな自由人で妙に色気の滲む男であるが、恋愛は熱しやすいタイプらしい。
本気になってのめりこむも、いつも愛想を尽かされて一人になってしまうという。
理由は結界命で仕事と趣味どちらでも、全国各地に回って調べまわっているからのようだ。
「俺の仕事を理解してくれる女なんていないよな。俺だってこんな男と結婚生活なんてごめんだ」
乾いた笑いを出しながら、ゲインは酒が進む。
ルドガーも自分の酒瓶から彼に注いでいた。
「おう、ありがとよルドガー。あんたも酒いけるんだな」
「ああ、俺は底なしのザルと言われてるんだ。お前も日ごろのストレスが溜まっているんじゃないか。今日は最後まで付き合うぞ」
台詞を読んだみたいに棒読みだったが、ルドガーは口元に笑みを浮かべて酒を勧めた。
二人の間であなたはジュースを飲みながら、楽しく歓談する。
世代や種族の違う三人だけれど、ゲインの周りには自然と力が抜けてしまう空気感が流れていた。
「兄ちゃんよ。あんたに聞きたい事がある。新婚生活って、なにがいいんだ?」
「そうだな⋯⋯何もかもだが、しいて言うなら⋯⋯朝起きたときに名無しが「おはよう」と言ってくれて、帰ってきたときには「おかえり」と言ってくれることだな」
まっすぐと語るルドガーに、あなたはぼっと赤くなる。
「はぁ〜なんだそりゃ。聞くんじゃなかった。独身のおっさんには堪えるぜ⋯⋯」
ゲインは酒に染まりながらも、わざとらしくうなだれた。だがすぐに顔を上げる。
「でもな、よく聞けよ。俺にも実はそう言ってくれる奴がいるんだよ」
「⋯⋯えっ!? もしかして若ギャルとかですか?」
「ちげえよ、どんなイメージだ。猫だよ猫。すげえ可愛いんだ。もう30年の付き合いになるんだがな」
そう言って彼は、後ろポケットの財布から写真を取り出した。
テーブルの上に気高く立っている長耳のその雄猫は、ミーシャという名だと教えてくれた。
「かっわいい〜! ていうか格好いい! ミーシャくぅーん!」
「⋯⋯名無し? どこから出したその声」
「あっごめんごめんついテンションが」
写真を数枚見せてもらい、こんなに愛くるしい猫の家族がいるゲインを羨ましく思った。
「そうだろう、可愛いだろ。俺は今こいつと生きてる最中なのさ。だから十分幸せなんだよな」
彼は本当にメロメロのようで、もう会いたくなっているようにも見えた。
「名無し、あんたはいいよなぁ。獣と話が出来るんだから。俺も一度でいいからミーシャと意思疎通したいもんだ。⋯⋯ルドガー、この写真から奴の気持ちが何か分からねえか?」
「⋯⋯お前、酔ってるのか? そうだな⋯⋯」
横目で訝しむも、ルドガーはじっと写真を見つめた。
「これは怒ってるな」
「はっ? 嘘だろ? なんでだよ。俺なんかしたか?」
「えーっ、どうしてだろう。⋯⋯もしかして、ゲインさん忙しいから寂しくて拗ねてるんじゃないですか?」
あなたがルドガーの言葉を信じて言うと、ゲインは腕を組んで唸る。毎日家に帰ってじゃれあっているし、長期遠征のときは一緒に連れてくそうだ。
「わあ〜かわいい〜じゃあミーシャちゃんもきっと嬉しいですよね」
「だろ? ⋯でもなんかそわそわしてきたぜ。あいつが心配だよ」
あなたはそんな彼の様子が、少しだけ微笑ましくも感じた。
一人が淋しいのは本当らしいが、ゲインは充実してそうだ。
「じゃあ今度あんたらも会ってくれよな。そんでミーシャと喋ってくれ、兄ちゃん」
「俺は小動物と喋る能力なんてないぞ」
「いいんだよ、ざっくりで」
ゲインは嬉しそうにルドガーにも酒をつぐ。
気づけば彼が持ってきてくれた瓶は空になり、ルドガーが用意したものも半分になっていた。
男同士仲良く喋っていて、あなたは時折つまみを足してテーブルに戻ってくる。
こんなふうにのどかな雰囲気でやっているが、もちろん使命は忘れていない。
台所からちらりとゲインを盗み見し、いつ仕掛けようかと目論んでもいる。
だがルドガーはさすがだ。
平常心だし、あれだけ酒を飲んでも言動は普通で、むしろ水みたいに飲み干している。
今は人化しているけれど、大型の獣の体は、やはり人知を超えた存在なのだ——。
「は〜なんか眠くなってきちまったな」
「そうですか〜? ちょっと横になってもいいんですよ。明日も休日だし」
「いやいや、悪いってそれはな。新婚さんの家に⋯⋯」
そういう言うゲインの瞳はやや虚ろで、確実に酔っ払ってきている。
あなたは背後から近づき、手をかざそうとした。
しかし、その時だった。
ゲインはゆっくりと振り向く。
そのときの彼の瞳は、完全にシラフに見えた。
「ひっ」
「⋯⋯んー? どうした嬢ちゃん。あんた何も飲んでないよなぁ? 顔が赤いぞ」
「そうですか? 気分が上がっちゃって、ははは」
あなたは舌打ちを噛み殺し、やはり格上すぎる彼の油断を誘うことなど出来ないかも、と絶望する。
そのままルドガーを見やると、彼は大変なことになっていた。
「あれ? ルドガー?」
この一分ぐらいのうちに、彼の精悍な顔立ちがほんのり赤くなっている気がした。
だが無表情で、まっすぐ前を見つめている。
「大丈夫?」
ルドガーは何も答えない。
かと思ったら、そのまま横にどさっとぶっ倒れた。
「きゃーっ!」
あなたは焦り彼のもとに飛んでいく。
ゲインも何事かと立ち上がり、そばへ来た。
「どうしよう、ルドガーがっ!!」
「落ち着け。⋯⋯寝てるだけだ。ははっ、飲みすぎたな。当然だろ、見てみろよこの度数。90℃だぜ」
ゲインが平然と酒瓶のラベルを見せてきた。
普通の酒だと思っていたあなたはショックのあまり、ふらふらとルドガーに抱きつき揺さぶる。
「起きて、起きてぇっ、死なないでぇっ」
「いや大丈夫だって。こんぐらいで殺れるんなら皆これで狙うぞ」
ゲインはすっかり普通の様子であぐらをかき、煙草に火をつけて一服している。
確かにルドガーは静かに寝息を立てており、心配ないようだ。
強い酒を用意し、身を挺して戦ってくれたルドガーに、あなたは感謝の念で祈った。
そして行き場のない感情が、だらんと床に座りソファに両腕をかけてくつろぐ中年に向かった。
「くっ⋯⋯ルドガーがこんなになっちゃってるのに、あなたはなんともないんですか⋯」
「まあな。一応酔い止めの防護張っといたから」
「なんですかそれ! 卑怯ですよ!」
「オイオイ。こんなの普通だろ。ちなみに俺は全身耐性盛り盛りだからな。舐めんなよ。あんたはともかく、この獣相手に油断なんかするか」
豹変したように煙草をフカし、にやりと髭面の男が笑った。
あなたも無理やり微笑みを浮かべる。
「なーんだ。やっぱりそうですよねぇ。負けを認めます。敵うわけないもん、こんな全身結界マニアに」
「そうそう。俺はあんたら二人とも気に入ってるけどな、勝負となりゃ別の話だ。新人だからってもうルラ・パルセの魔術師なんだからよ」
あなたは立ち上がり、ゲインの前に困ったように佇む。
「分かりました先輩〜。でもひとつだけ最後にいいですか? ルドガー、重すぎて私一人じゃ持てないです。ベッドに運んでくれませんかね⋯?」
弱々しい表情で手を合わせて頼み込むと、ゲインは温かな笑みを見せ、うなづいてくれた。
そして立ち上がるとき、ふらっと横によろける。
「あーくそ。やっぱ少しは酔ったな。もう俺も年か。⋯⋯ちょっと待てよ⋯」
ゲインがルドガーの脇を持ち上げ、肩にかけて起こそうとする。
だがどれだけ踏ん張っても完全に起こせなかった。
「⋯⋯ハァッ、ハァッ、どんだけ重いんだよこの兄ちゃんは! くそっ、意識のない150キロ厳しいだろ、俺は体育会系じゃねえんだよ!」
すごい頑張ってるがルドガーは215センチ120キロである。
そんな巨体をゲイン一人では運べなかった。
「仕方ねえ、体力増強魔法使うぞ⋯⋯」
ゲインが自らの防御を一度解き、新たに魔法をかけるのをあなたは見ていた。
そして同時に、距離を保ちながらあなたは口元で微かに詠唱を行う。
するとゲインはルドガーの腕を肩にかけて持ち上げた。「腰いてぇ」と言いながら寝室に歩き出すが、だんだんとふらついていく。
そして彼は、ベッドに彼を運んだ瞬間、前から倒れた。
「⋯⋯⋯⋯」
あなたは鼓動が鳴りながら、近くへ行く。
そうして大きなベッドの上に、二人の男がばらばらに倒れ伏せたのを確認した。
「寝てる⋯⋯ゲインさん?」
声をかけるが、起きない。
そこであなたは呼吸を整え、催眠術を継続した。
高揚感を鎮めながら、中年の結界師を見下ろして口を動かす。
「ゲインさん、こんばんは。私は名無しです。今日はどうでしたか? 楽しかったですか?」
「⋯⋯⋯⋯ああ。⋯⋯楽しめた⋯⋯」
「ふふ。それはよかったです。私達もとても面白かったですよ」
確かな手応えを感じ、質問を考える。
ミザロに命じられたのは、彼の秘密をひとつ暴露しろというものだ。
しかし今回、催眠術をかけるまでもなく、いろいろな話をしてくれた。
彼の意外な一面や感情、ペットに対する愛情などもだ。
それに、過去や隠したがってる事を勝手に探るのは気が進まなかった。
だからあなたはこんなことを言った。
「ゲインさん。ミーシャちゃん、可愛いですね」
「⋯⋯ああ⋯⋯すごく愛らしいやつだ⋯⋯」
「今、ゲインさんがミーシャちゃんを抱っこしてると思ってください。⋯⋯そして彼が、あなたのことをくりっと丸い黒目で見上げています。⋯⋯ミーシャちゃんは、あなたにどんなことを喋っていると思いますか?」
そう尋ねると、ゲインはすぐには答えなかった。
しかししばらくして、こう言った。
「⋯⋯⋯⋯お父さん、ありがとう」
その言葉を聞いたとき、あなたは目を丸くした。
一瞬どう反応しようかと思ったが、でもすぐに、そうなのだと頷く。
いつも余裕綽々な感じのゲインだが、黒猫ミーシャを家族として心から愛しているのだと。
「ありがとうございました。お疲れ様です、ゲインさん⋯⋯ゆっくりと、目覚めてくださいね⋯⋯」
あなたはそのまま、彼にブランケットをかけた。
ルドガーもゲインも、大きなベッドに離れて寝ている。
あなたも集中したら眠気が襲ってきて、食卓を綺麗にしたあと、居間のソファへ横になった。
そしてしばらく、眠ってしまった。
一時間ほどが経ち、ゲインが目覚めた。
彼は隣に巨体が倒れているのを見て「あぁッ」と飛び起きた。
「あれ⋯? 寝ちまったのか⋯⋯」
そう言って寝室を出ると、あなたがソファに丸まっていた。
笑いをもらし、寝室からブランケットを持ってきて、かけてやった。
部屋を見回し、首をひねる。
「あんな話してたからか、妙な夢見たな。⋯⋯まあいいか」
ゲインは茶髪を掻きながら、温かい気分で口元を上げる。
そして二人にメモを残した。
『ごちそうさま。楽しかったぜ、また飲もうな。今度はうちに来いよ』
そう書き留め、自分はあくびをしながら部屋を出ていく。
「あいつもう寝てるかな。はあ、飲みすぎたから転移魔法はやめとくか。⋯⋯馬車呼ぶか、めんどくせえが」
煙草に火をつけて、ゆっくりとした足取りで帰っていった。
「よっ。今日はお招きありがとうな」
「こちらこそ〜どうぞどうぞ! あっ、さっそく部屋の結界見ますか」
「おうよ。分かってんじゃねえか嬢ちゃん」
友好的なムードで居間に向かう。
ゲインは革ジャケットを脱ぎ、袖をまくって入れ墨の文様を見せた。
そして部屋に手をかざし、結界の状態を調べている。
「完璧なままだな。防音魔法もちゃんと効いてるから、安心していいぜ」
「そうか。よかった。俺達はプライバシーを重視しているからな。なぁ名無し」
「う、うん。そうそう」
ヒヤヒヤしながら頬を染める。獣の彼は最近言葉を選べるようになってきたようだ。
ついでにゲインから聞いた話によると、ゼイランが以前ここに見舞いに来たとき、結界をすべて壊してしまったのだという。
介助者の男性がそれを報告してくれて、ゲインはその後再びこっそり張り直していた。
「ええ! そんなことまで……すみませんほんとに、お世話になって!」
「いやまあ俺にとっては情けねえ話だよ。さすがゼイラン様だよな。一発で俺の集大成が破られるとは…」
ベテラン魔術師は悔しそうに苦笑していた。
「嬢ちゃん、あんたも色々大変だろうけど、ゼイラン様も獣の兄ちゃんもいてくれるしよ。俺らだってそうだ。あんま心配しすぎんなよ」
突然そう励まされ、あなたは心に染み入る。
守護者の側近デシエの件があってから、この問題は周知の事実となっていた。
それなのに誰も責めず、皆が一丸となり職務に取り組んでくれている。
「ありがとうございます…! 私も解決に向けて頑張ります!」
そう言うと、ルドガーが背に手を添えてくれて、二人は微笑み頷きあった。
「はあ~いいなあんたら、見てるほうが照れるぐらい甘酸っぱいカップルだぜ。独り身には堪えるわ」
けらけらと笑いながら、「よっこらせ」と居間のローテーブル前に彼は腰を下ろした。
すでに料理が並んでおり、彼が持参してくれたお酒を注ぎながら、宴会が始まった。
「ゲインさんって、独身なんですか?」
「そりゃあな。こんな仕事やってて円満な家庭は築けねえよ」
彼はグラスを飲みほしながら、気持ちよさそうに言った。
だがあなたは胸に引っかかり、前のめりになる。
「ど、どういう意味ですか? 別に幸せな結婚はできますよね」
「結婚はな。でも続けるのが難しいんだ。俺はバツ15だぜ」
「15!?」
あなたは衝撃を受けて、現在200歳だという魔族の彼の人生にくぎ付けになった。
ゲインはのらりくらりな自由人で妙に色気の滲む男であるが、恋愛は熱しやすいタイプらしい。
本気になってのめりこむも、いつも愛想を尽かされて一人になってしまうという。
理由は結界命で仕事と趣味どちらでも、全国各地に回って調べまわっているからのようだ。
「俺の仕事を理解してくれる女なんていないよな。俺だってこんな男と結婚生活なんてごめんだ」
乾いた笑いを出しながら、ゲインは酒が進む。
ルドガーも自分の酒瓶から彼に注いでいた。
「おう、ありがとよルドガー。あんたも酒いけるんだな」
「ああ、俺は底なしのザルと言われてるんだ。お前も日ごろのストレスが溜まっているんじゃないか。今日は最後まで付き合うぞ」
台詞を読んだみたいに棒読みだったが、ルドガーは口元に笑みを浮かべて酒を勧めた。
二人の間であなたはジュースを飲みながら、楽しく歓談する。
世代や種族の違う三人だけれど、ゲインの周りには自然と力が抜けてしまう空気感が流れていた。
「兄ちゃんよ。あんたに聞きたい事がある。新婚生活って、なにがいいんだ?」
「そうだな⋯⋯何もかもだが、しいて言うなら⋯⋯朝起きたときに名無しが「おはよう」と言ってくれて、帰ってきたときには「おかえり」と言ってくれることだな」
まっすぐと語るルドガーに、あなたはぼっと赤くなる。
「はぁ〜なんだそりゃ。聞くんじゃなかった。独身のおっさんには堪えるぜ⋯⋯」
ゲインは酒に染まりながらも、わざとらしくうなだれた。だがすぐに顔を上げる。
「でもな、よく聞けよ。俺にも実はそう言ってくれる奴がいるんだよ」
「⋯⋯えっ!? もしかして若ギャルとかですか?」
「ちげえよ、どんなイメージだ。猫だよ猫。すげえ可愛いんだ。もう30年の付き合いになるんだがな」
そう言って彼は、後ろポケットの財布から写真を取り出した。
テーブルの上に気高く立っている長耳のその雄猫は、ミーシャという名だと教えてくれた。
「かっわいい〜! ていうか格好いい! ミーシャくぅーん!」
「⋯⋯名無し? どこから出したその声」
「あっごめんごめんついテンションが」
写真を数枚見せてもらい、こんなに愛くるしい猫の家族がいるゲインを羨ましく思った。
「そうだろう、可愛いだろ。俺は今こいつと生きてる最中なのさ。だから十分幸せなんだよな」
彼は本当にメロメロのようで、もう会いたくなっているようにも見えた。
「名無し、あんたはいいよなぁ。獣と話が出来るんだから。俺も一度でいいからミーシャと意思疎通したいもんだ。⋯⋯ルドガー、この写真から奴の気持ちが何か分からねえか?」
「⋯⋯お前、酔ってるのか? そうだな⋯⋯」
横目で訝しむも、ルドガーはじっと写真を見つめた。
「これは怒ってるな」
「はっ? 嘘だろ? なんでだよ。俺なんかしたか?」
「えーっ、どうしてだろう。⋯⋯もしかして、ゲインさん忙しいから寂しくて拗ねてるんじゃないですか?」
あなたがルドガーの言葉を信じて言うと、ゲインは腕を組んで唸る。毎日家に帰ってじゃれあっているし、長期遠征のときは一緒に連れてくそうだ。
「わあ〜かわいい〜じゃあミーシャちゃんもきっと嬉しいですよね」
「だろ? ⋯でもなんかそわそわしてきたぜ。あいつが心配だよ」
あなたはそんな彼の様子が、少しだけ微笑ましくも感じた。
一人が淋しいのは本当らしいが、ゲインは充実してそうだ。
「じゃあ今度あんたらも会ってくれよな。そんでミーシャと喋ってくれ、兄ちゃん」
「俺は小動物と喋る能力なんてないぞ」
「いいんだよ、ざっくりで」
ゲインは嬉しそうにルドガーにも酒をつぐ。
気づけば彼が持ってきてくれた瓶は空になり、ルドガーが用意したものも半分になっていた。
男同士仲良く喋っていて、あなたは時折つまみを足してテーブルに戻ってくる。
こんなふうにのどかな雰囲気でやっているが、もちろん使命は忘れていない。
台所からちらりとゲインを盗み見し、いつ仕掛けようかと目論んでもいる。
だがルドガーはさすがだ。
平常心だし、あれだけ酒を飲んでも言動は普通で、むしろ水みたいに飲み干している。
今は人化しているけれど、大型の獣の体は、やはり人知を超えた存在なのだ——。
「は〜なんか眠くなってきちまったな」
「そうですか〜? ちょっと横になってもいいんですよ。明日も休日だし」
「いやいや、悪いってそれはな。新婚さんの家に⋯⋯」
そういう言うゲインの瞳はやや虚ろで、確実に酔っ払ってきている。
あなたは背後から近づき、手をかざそうとした。
しかし、その時だった。
ゲインはゆっくりと振り向く。
そのときの彼の瞳は、完全にシラフに見えた。
「ひっ」
「⋯⋯んー? どうした嬢ちゃん。あんた何も飲んでないよなぁ? 顔が赤いぞ」
「そうですか? 気分が上がっちゃって、ははは」
あなたは舌打ちを噛み殺し、やはり格上すぎる彼の油断を誘うことなど出来ないかも、と絶望する。
そのままルドガーを見やると、彼は大変なことになっていた。
「あれ? ルドガー?」
この一分ぐらいのうちに、彼の精悍な顔立ちがほんのり赤くなっている気がした。
だが無表情で、まっすぐ前を見つめている。
「大丈夫?」
ルドガーは何も答えない。
かと思ったら、そのまま横にどさっとぶっ倒れた。
「きゃーっ!」
あなたは焦り彼のもとに飛んでいく。
ゲインも何事かと立ち上がり、そばへ来た。
「どうしよう、ルドガーがっ!!」
「落ち着け。⋯⋯寝てるだけだ。ははっ、飲みすぎたな。当然だろ、見てみろよこの度数。90℃だぜ」
ゲインが平然と酒瓶のラベルを見せてきた。
普通の酒だと思っていたあなたはショックのあまり、ふらふらとルドガーに抱きつき揺さぶる。
「起きて、起きてぇっ、死なないでぇっ」
「いや大丈夫だって。こんぐらいで殺れるんなら皆これで狙うぞ」
ゲインはすっかり普通の様子であぐらをかき、煙草に火をつけて一服している。
確かにルドガーは静かに寝息を立てており、心配ないようだ。
強い酒を用意し、身を挺して戦ってくれたルドガーに、あなたは感謝の念で祈った。
そして行き場のない感情が、だらんと床に座りソファに両腕をかけてくつろぐ中年に向かった。
「くっ⋯⋯ルドガーがこんなになっちゃってるのに、あなたはなんともないんですか⋯」
「まあな。一応酔い止めの防護張っといたから」
「なんですかそれ! 卑怯ですよ!」
「オイオイ。こんなの普通だろ。ちなみに俺は全身耐性盛り盛りだからな。舐めんなよ。あんたはともかく、この獣相手に油断なんかするか」
豹変したように煙草をフカし、にやりと髭面の男が笑った。
あなたも無理やり微笑みを浮かべる。
「なーんだ。やっぱりそうですよねぇ。負けを認めます。敵うわけないもん、こんな全身結界マニアに」
「そうそう。俺はあんたら二人とも気に入ってるけどな、勝負となりゃ別の話だ。新人だからってもうルラ・パルセの魔術師なんだからよ」
あなたは立ち上がり、ゲインの前に困ったように佇む。
「分かりました先輩〜。でもひとつだけ最後にいいですか? ルドガー、重すぎて私一人じゃ持てないです。ベッドに運んでくれませんかね⋯?」
弱々しい表情で手を合わせて頼み込むと、ゲインは温かな笑みを見せ、うなづいてくれた。
そして立ち上がるとき、ふらっと横によろける。
「あーくそ。やっぱ少しは酔ったな。もう俺も年か。⋯⋯ちょっと待てよ⋯」
ゲインがルドガーの脇を持ち上げ、肩にかけて起こそうとする。
だがどれだけ踏ん張っても完全に起こせなかった。
「⋯⋯ハァッ、ハァッ、どんだけ重いんだよこの兄ちゃんは! くそっ、意識のない150キロ厳しいだろ、俺は体育会系じゃねえんだよ!」
すごい頑張ってるがルドガーは215センチ120キロである。
そんな巨体をゲイン一人では運べなかった。
「仕方ねえ、体力増強魔法使うぞ⋯⋯」
ゲインが自らの防御を一度解き、新たに魔法をかけるのをあなたは見ていた。
そして同時に、距離を保ちながらあなたは口元で微かに詠唱を行う。
するとゲインはルドガーの腕を肩にかけて持ち上げた。「腰いてぇ」と言いながら寝室に歩き出すが、だんだんとふらついていく。
そして彼は、ベッドに彼を運んだ瞬間、前から倒れた。
「⋯⋯⋯⋯」
あなたは鼓動が鳴りながら、近くへ行く。
そうして大きなベッドの上に、二人の男がばらばらに倒れ伏せたのを確認した。
「寝てる⋯⋯ゲインさん?」
声をかけるが、起きない。
そこであなたは呼吸を整え、催眠術を継続した。
高揚感を鎮めながら、中年の結界師を見下ろして口を動かす。
「ゲインさん、こんばんは。私は名無しです。今日はどうでしたか? 楽しかったですか?」
「⋯⋯⋯⋯ああ。⋯⋯楽しめた⋯⋯」
「ふふ。それはよかったです。私達もとても面白かったですよ」
確かな手応えを感じ、質問を考える。
ミザロに命じられたのは、彼の秘密をひとつ暴露しろというものだ。
しかし今回、催眠術をかけるまでもなく、いろいろな話をしてくれた。
彼の意外な一面や感情、ペットに対する愛情などもだ。
それに、過去や隠したがってる事を勝手に探るのは気が進まなかった。
だからあなたはこんなことを言った。
「ゲインさん。ミーシャちゃん、可愛いですね」
「⋯⋯ああ⋯⋯すごく愛らしいやつだ⋯⋯」
「今、ゲインさんがミーシャちゃんを抱っこしてると思ってください。⋯⋯そして彼が、あなたのことをくりっと丸い黒目で見上げています。⋯⋯ミーシャちゃんは、あなたにどんなことを喋っていると思いますか?」
そう尋ねると、ゲインはすぐには答えなかった。
しかししばらくして、こう言った。
「⋯⋯⋯⋯お父さん、ありがとう」
その言葉を聞いたとき、あなたは目を丸くした。
一瞬どう反応しようかと思ったが、でもすぐに、そうなのだと頷く。
いつも余裕綽々な感じのゲインだが、黒猫ミーシャを家族として心から愛しているのだと。
「ありがとうございました。お疲れ様です、ゲインさん⋯⋯ゆっくりと、目覚めてくださいね⋯⋯」
あなたはそのまま、彼にブランケットをかけた。
ルドガーもゲインも、大きなベッドに離れて寝ている。
あなたも集中したら眠気が襲ってきて、食卓を綺麗にしたあと、居間のソファへ横になった。
そしてしばらく、眠ってしまった。
一時間ほどが経ち、ゲインが目覚めた。
彼は隣に巨体が倒れているのを見て「あぁッ」と飛び起きた。
「あれ⋯? 寝ちまったのか⋯⋯」
そう言って寝室を出ると、あなたがソファに丸まっていた。
笑いをもらし、寝室からブランケットを持ってきて、かけてやった。
部屋を見回し、首をひねる。
「あんな話してたからか、妙な夢見たな。⋯⋯まあいいか」
ゲインは茶髪を掻きながら、温かい気分で口元を上げる。
そして二人にメモを残した。
『ごちそうさま。楽しかったぜ、また飲もうな。今度はうちに来いよ』
そう書き留め、自分はあくびをしながら部屋を出ていく。
「あいつもう寝てるかな。はあ、飲みすぎたから転移魔法はやめとくか。⋯⋯馬車呼ぶか、めんどくせえが」
煙草に火をつけて、ゆっくりとした足取りで帰っていった。
