巨体の人外に助けられて世話される話
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ルドガーとゼイランの過去を知って以来、あなたは心がほっと温かくなっていた。
隠されていた真実を、覆せるほどの愛がこの世にはあるのだ。
「よかったなぁ……」
あの時のルドガーを思い出すたびに、目がうるっと来る。
しかし同時に、心にはひとつの疑問が浮かんだ。
自分の過去は、まだ分からないままだ。
守護者に会えば、きっと何かを知らされるかもしれない。
もし自分が悪い人間だったら——ルドガーは、それでも受け入れてくれるのだろうか。
「はあ……怖いな」
朝の居間で全身鏡に映った自分を見ながら、あなたは呟いた。
セロが言っていた「守護者たちは化け物だ」という言葉。
公爵の話題が出たときの、ジュリスの反応とゼイランの動揺した目つき。
ひょっとしたら、自分もとんでもない存在なのか——。
「名無し、行ってくる。お前ももうすぐ出発か?」
「……あっうん、そうだよ!」
慌てて振り向き、玄関先で制服をまとったルドガーのもとに向かう。
「見てみて、今日はこれを着ていくんだ」
「おお、ピンクのローブか。可愛いな。これなら遠くからでもお前だとすぐに分かる」
彼は服の裾を持ち、瞳を柔らかくして眺めた。
そんな様子を前に照れながらも、自分の胸はきゅっとなる。
ルドガーのこんな笑顔を、ずっと見ていたい。
一生懸命生きてきた彼のことを、悲しませたくない。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「名無しもな。夕飯は一緒に食べよう。頑張れよ、お前ならやれる」
太い腕に抱きしめられて、彼の胸下に横顔を埋める。
そうして癒された気分で、あなたは元気を分け与えられていた。
今日は初めて都市部にあるルラ・パルセ魔術師団本部を訪れる。
馬車の迎えが来て、あなたは一人で乗り込んだ。
窓から街並みを見ていると、ドキドキする。
完全に単独で見知らぬ場所へ向かい、人々と会うのは初めてだからだ。
三十分ほどの道のりで、周りにも建物が多い一帯に到着した。
横に広いレンガ造りの洋館で、魔術師塔のように薄暗い雰囲気ではない。
「わあ……ここが魔術師団……。美術館みたいに綺麗だなぁ」
口を開けて見上げていると、馬車が去り、あなたを迎えに来た男がいた。
革ジャケットを着た三十代後半の、知っている人だ。
長めの茶髪に無精ひげ、含みのある笑みを浮かべていたが、あなたは「あっ」と笑顔になる。
「ゲインさんじゃないですか! お久しぶりです~」
「よお嬢ちゃん。まさかあんたがここまでやって来るとはな。ほんとに魔術師になっちまったのか」
彼は相変わらず煙草を吸っていて、豪快に煙を吐き出した。
「ぶふぅっ。ちょっと、ここも禁煙じゃないんですか?」
「いいんだよ俺は、特別待遇だから。あんたみたいにな」
にやっと笑いかけ、今日はあなたの案内役の彼は、一緒に建物内へと入っていった。
ゲインは結界師で、騎士団の防護結界を管理したりと、いつも忙しいベテラン魔術師だ。
わざわざ新人の自分のために今日はここへ寄ってくれたようで、あなたはお礼を言った。
「気にすんな。俺もどんなもんかと興味あったしな。……ほら見てみろよ、あいつらもこっちを見てるぜ」
エントランスホールの向こうに、深い青のローブの集団がいた。
彼らは全員男で、十代から三十前後の若者たちのようだ。
あなたのことを興味津々にちらちらと伺っていた。
「あの……皆さん団員の方ですよね。女性はどこにいるんですか?」
「女? そんなのあんた以外いないよ。ここは騎士団と連携する魔術師団なんだから」
「え!? じゃあ私入っちゃだめでしょう! ていうか女に見えてますよね私?」
「おう。そのど派手なピンクのローブも紅一点って感じだな」
服装までからかわれ、あなたは頬を染めたが、団員たちを見ると汗が出てくる。
しかしなんと、彼らのうちの一人が、こちらに向かって来た。
背の高いしっかりした感じの青年だ。
「すみません、ゲインさん。よろしいでしょうか」
「なんだよ」
「——あの、あなたが名無しさんですか? あのゼイラン様の使役獣の使い手の!」
「……はっ?」
言ってる意味が分からず、興奮気味の青年を見返す。
「いや、違います。それルドガーのことですよね? 私は彼の番なんです!」
必死に説明するも、青年もゲインも首をかしげている。
獣との関係性のことを言っても理解されなかった。
「とにかく、あなたはすごい方だ! ご活躍を楽しみにしています!」
「え、ちょっ」
一人で納得して青年は帰っていき、あなたは伸ばした手の行き場がなくなった。
団員達は持ち帰った話に盛り上がり、ゲインはけらけらと笑っている。
「ど……どうすればいいんですか。私、全然すごくないし新人なのに。今更ですけど、場違いですよね……」
「そんなことねえよ。ちなみにあいつらは、俺らの下の奴らだからな? 普段一緒に仕事することはない」
彼は煙草を吹かしながら集団を見つめる。
ゲインが上の立場そうなのは分かるが、あなたは余計に混乱した。
なんでも魔術師団の精鋭は五十名以上いるらしく、彼らは任務や戦場に駆り出される、いわば何でもこなすオールラウンダーの魔術師なのだそうだ。
そして、その上にいるのが七名の専門的な魔術師たちだ。特定の分野に秀でた彼らは、精鋭たちより実力も格も上で、立場もさらに高いらしい。
「嬢ちゃんと、あの新しい獣と人間の二人組入れて、十人になったな。ははは、大所帯だぜ! 俺はほとんど顔は出さねーけど。ま、頑張れよ」
彼は呑気に微笑みかけ、真顔のあなたは返事が出来なかった。
そしてそれぞれの研究室があるという二階へと向かう。
木彫りの格式高い内装を血の気の薄い顔で進んでいくと、突き当りの壁の前にとんでもないものを発見した。
「きゃっ、きゃああッ」
真っ黒い光沢のある筋肉質な肌の男が、頭に角を生やして立っている。
瞳は金色で、まるで絵本の中にいる悪魔のようだった。
「な、なんだ。彫像か。びっくりしたぁ」
近くまで歩くと微動だにしない物体だったので、あなたは安心して見上げた。
さすが悪魔族のゼイランが所有する魔術師団だ。像もリアルに凝っている。
そう思っていたら、その像の目がじろりとこちらを向いた。
「えっ……」
「……はじめまして。名無しさん」
あなたは叫ぶのをこらえて、思わずゲインの背の後ろに隠れた。
大人のゲインは笑っていたが、その彫像は普通に喋っている。
「怖がらせるなよ。お前、いつか魔術師長に出禁くらうぞ」
「もう食らってますよ。どうしてだろう。僕はただ、自分らしくいたいだけなのに」
優しい声音を確認すると、やはりあの悪魔の口から出ている。
「も、もしかして、団員の方でしょうか」
「そうですよ。すみません、驚かせてしまって。今日は新メンバーのあなたに挨拶したかっただけなんです。許してくれますか」
丁寧に言われて、目がぴかっと見開き口が裂けるような恐ろしい笑顔を向けられた。
どうしてこんな姿なのか、聞いちゃいけない気がしたため、あなたは漏らしそうになるのをこらえて震える手で握手をした。
すると満足したのか、彼は去っていった。
「……あ、名前聞くの忘れた……」
「安心しろよ、誰も知らねえから。皆悪魔って呼んでるんだ」
さらりと言われ、衝撃が襲ったけれど、あなたはもうスルーすることにした。
そして一通り誰もいない研究室を見たあと、また別の人物があなたのそばを通りかかった。
黒髪に眼鏡の、スタイルのよい魔族の青年だ。
そういえばあなたは今日は耳当てをせず、堂々と人間としてここに居た。
ちらっと見かけたこの男性も、耳さえ尖っていなければ、あなたやセロと同じ仲間にすら見える。
そのぐらい、驚異的なオーラを感じない一般人のようだった。
「こんにちは」
彼は立ち止まり、あなたに挨拶をした。
ほっとして見上げ、微笑んで「こんにちは」と返す。
すると彼はなぜか、あなたの前からどこうとしなかった。
職員なのだろうか。観察するような眼差しで黒い瞳に見つめられ、だんだんと気まずくなってくる。
「おい。どうした?」
横で大人しくしていたゲインが腕を組み声をかけると「いえ」と眼鏡の男性は返事した。
そして去り際に地面から何かを拾う。
あなたにそれを手渡した。
「これ、どうぞ」
「あっどうも、すみません」
まさかまたハンカチを落としてしまったかと焦り受け取ると、それは名刺だった。
紙を見やると、眼鏡の男は去っていった。
「なにこれ……ティル・ヴァンガー24歳。趣味は料理と栽培。特技は氷漬けとクローン培養。彼女募集中。……」
あなたが目を凝らして読んでいると、ゲインがそれを取った。
「なんだぁ? 名無し、あんたあいつにナンパされてんじゃねえか? 獣の兄ちゃんの女なのにな、恐れてないのかねえ。やっぱ団一番の異常者は違うぜ」
なぜか褒めるように衝撃的なことを連ね、あなたは青ざめだ。
「えっ……? あの普通そうな人も、おかしいんですか?」
「おう。嬢ちゃん、いっとくがな、ここに普通の奴はいねえ」
「……私は普通ですよ! 見てくださいよ、普通の女の子です!」
必死の形相で訴えるけれど、ゲインは「どこが?」という疑いの顔つきで聞いてくれなかった。
確かに自分の境遇を考えると、かなりぶっ飛んではいるが。
「おっ。魔術師長の部屋ついたぜ。じゃあ俺はこの辺で——」
「ご苦労様です、ゲイン。あなたもどうぞ」
タイミングを見計らったかのように黒ローブのミザロが執務室から出てきた。
あなたはいつもと違う場で会う新鮮な彼の姿に、瞳を明るくする。
「師匠! こんなところにいたんですか」
「当たり前でしょう。私はこの団のトップですよ。最近は多く騎士団にいるのは、ほとんどあなたのためなんです」
「本当ですか、嬉しいです~」
へへへ、と頬がにやけるとゲインは驚いた様子だった。
「あんたすげえな。俺は師長と二人きりでは過ごしたくないぜ。この人が一番やべえんだぞ」
「いやさっき会った人たちのほうが絶対ヤバいですって!」
好き勝手喋る年齢差のある男女を、呆れ顔のミザロは中に通した。
茶を出してもらい、格調高い家具に囲まれた応接間のソファに、三人は向かい合った。
「それで、名無しさん。印象はどうですか」
「いやあの……はっきり言わせてもらいますけど、師匠。私、本当にここにいていいんですか? 実力も立場も……まったく皆さんのレベルじゃないと思うんです!」
今更だが、それを目の当たりにしてプレッシャーに押しつぶされそうになる。
ミザロは淡々とした表情のまま、カップを口につけた。
「この間のゼイランじゃありませんがね、私がいいと言ったらいいんですよ。あなた、私を疑うつもりですか」
「い、いえ、滅相もございません。でも……」
「名無しさん。魔術師にはね、二つの価値があるんです。一つはその人自身に特別な能力がある場合。そしてもう一つは、その人物が価値あるものを引き寄せてくる場合です」
「⋯⋯あのー、それってつまり、私に価値ないってことですよね…? ひどいですよ師匠、そんなはっきり!!」
あなたが涙ぐんで反応しても、ミザロは落ち着いている。
「刺激的な副産物を連れてくる存在は、私は好きです。わくわくしませんか? それに価値がないなんて、とんでもない。本当に無価値ならば、皆あなたを無視しますよ。……でも私はそれが出来ません。あなたの才能に惹かれているからです」
「……えっ? ほっ、本当ですか? 私才能あります?」
師に穏やかに頷かれ、単純なあなたは飛び上がるほど喜ぶ。
ミザロが言うのならそうなのだろう、ともう納得することにした。
「そうですよね、信じますよ師匠! いざとなればあなたの責任にしますから!」
「それは甘すぎます。自分で責任取ってください」
「そんなぁ〜」
仲良く話していると、ゲインは頭を掻いて所在なさそうにしていた。
だがミザロはとたんに表情を変え、真面目にあなたを見やる。
「とはいえ、本格的な任務に入る前に、あなたの不安を師である私が見過ごすわけにはいきません。私から久々にテストしてあげましょう」
突然厳し目のことを言われて唖然とする。
「名無しさん。また催眠魔法をやってみましょうか。対象はあなたの隣にいるゲインです。時期と期間は問いません。どんな手を使ってもいいですよ。彼の秘密をなにかひとつ、暴露してみてください」
にこりと命じられて、あなた達は口をあんぐりと開けたまま固まる。
しかし魔術師長ミザロの言うことは、絶対であった。
隠されていた真実を、覆せるほどの愛がこの世にはあるのだ。
「よかったなぁ……」
あの時のルドガーを思い出すたびに、目がうるっと来る。
しかし同時に、心にはひとつの疑問が浮かんだ。
自分の過去は、まだ分からないままだ。
守護者に会えば、きっと何かを知らされるかもしれない。
もし自分が悪い人間だったら——ルドガーは、それでも受け入れてくれるのだろうか。
「はあ……怖いな」
朝の居間で全身鏡に映った自分を見ながら、あなたは呟いた。
セロが言っていた「守護者たちは化け物だ」という言葉。
公爵の話題が出たときの、ジュリスの反応とゼイランの動揺した目つき。
ひょっとしたら、自分もとんでもない存在なのか——。
「名無し、行ってくる。お前ももうすぐ出発か?」
「……あっうん、そうだよ!」
慌てて振り向き、玄関先で制服をまとったルドガーのもとに向かう。
「見てみて、今日はこれを着ていくんだ」
「おお、ピンクのローブか。可愛いな。これなら遠くからでもお前だとすぐに分かる」
彼は服の裾を持ち、瞳を柔らかくして眺めた。
そんな様子を前に照れながらも、自分の胸はきゅっとなる。
ルドガーのこんな笑顔を、ずっと見ていたい。
一生懸命生きてきた彼のことを、悲しませたくない。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「名無しもな。夕飯は一緒に食べよう。頑張れよ、お前ならやれる」
太い腕に抱きしめられて、彼の胸下に横顔を埋める。
そうして癒された気分で、あなたは元気を分け与えられていた。
今日は初めて都市部にあるルラ・パルセ魔術師団本部を訪れる。
馬車の迎えが来て、あなたは一人で乗り込んだ。
窓から街並みを見ていると、ドキドキする。
完全に単独で見知らぬ場所へ向かい、人々と会うのは初めてだからだ。
三十分ほどの道のりで、周りにも建物が多い一帯に到着した。
横に広いレンガ造りの洋館で、魔術師塔のように薄暗い雰囲気ではない。
「わあ……ここが魔術師団……。美術館みたいに綺麗だなぁ」
口を開けて見上げていると、馬車が去り、あなたを迎えに来た男がいた。
革ジャケットを着た三十代後半の、知っている人だ。
長めの茶髪に無精ひげ、含みのある笑みを浮かべていたが、あなたは「あっ」と笑顔になる。
「ゲインさんじゃないですか! お久しぶりです~」
「よお嬢ちゃん。まさかあんたがここまでやって来るとはな。ほんとに魔術師になっちまったのか」
彼は相変わらず煙草を吸っていて、豪快に煙を吐き出した。
「ぶふぅっ。ちょっと、ここも禁煙じゃないんですか?」
「いいんだよ俺は、特別待遇だから。あんたみたいにな」
にやっと笑いかけ、今日はあなたの案内役の彼は、一緒に建物内へと入っていった。
ゲインは結界師で、騎士団の防護結界を管理したりと、いつも忙しいベテラン魔術師だ。
わざわざ新人の自分のために今日はここへ寄ってくれたようで、あなたはお礼を言った。
「気にすんな。俺もどんなもんかと興味あったしな。……ほら見てみろよ、あいつらもこっちを見てるぜ」
エントランスホールの向こうに、深い青のローブの集団がいた。
彼らは全員男で、十代から三十前後の若者たちのようだ。
あなたのことを興味津々にちらちらと伺っていた。
「あの……皆さん団員の方ですよね。女性はどこにいるんですか?」
「女? そんなのあんた以外いないよ。ここは騎士団と連携する魔術師団なんだから」
「え!? じゃあ私入っちゃだめでしょう! ていうか女に見えてますよね私?」
「おう。そのど派手なピンクのローブも紅一点って感じだな」
服装までからかわれ、あなたは頬を染めたが、団員たちを見ると汗が出てくる。
しかしなんと、彼らのうちの一人が、こちらに向かって来た。
背の高いしっかりした感じの青年だ。
「すみません、ゲインさん。よろしいでしょうか」
「なんだよ」
「——あの、あなたが名無しさんですか? あのゼイラン様の使役獣の使い手の!」
「……はっ?」
言ってる意味が分からず、興奮気味の青年を見返す。
「いや、違います。それルドガーのことですよね? 私は彼の番なんです!」
必死に説明するも、青年もゲインも首をかしげている。
獣との関係性のことを言っても理解されなかった。
「とにかく、あなたはすごい方だ! ご活躍を楽しみにしています!」
「え、ちょっ」
一人で納得して青年は帰っていき、あなたは伸ばした手の行き場がなくなった。
団員達は持ち帰った話に盛り上がり、ゲインはけらけらと笑っている。
「ど……どうすればいいんですか。私、全然すごくないし新人なのに。今更ですけど、場違いですよね……」
「そんなことねえよ。ちなみにあいつらは、俺らの下の奴らだからな? 普段一緒に仕事することはない」
彼は煙草を吹かしながら集団を見つめる。
ゲインが上の立場そうなのは分かるが、あなたは余計に混乱した。
なんでも魔術師団の精鋭は五十名以上いるらしく、彼らは任務や戦場に駆り出される、いわば何でもこなすオールラウンダーの魔術師なのだそうだ。
そして、その上にいるのが七名の専門的な魔術師たちだ。特定の分野に秀でた彼らは、精鋭たちより実力も格も上で、立場もさらに高いらしい。
「嬢ちゃんと、あの新しい獣と人間の二人組入れて、十人になったな。ははは、大所帯だぜ! 俺はほとんど顔は出さねーけど。ま、頑張れよ」
彼は呑気に微笑みかけ、真顔のあなたは返事が出来なかった。
そしてそれぞれの研究室があるという二階へと向かう。
木彫りの格式高い内装を血の気の薄い顔で進んでいくと、突き当りの壁の前にとんでもないものを発見した。
「きゃっ、きゃああッ」
真っ黒い光沢のある筋肉質な肌の男が、頭に角を生やして立っている。
瞳は金色で、まるで絵本の中にいる悪魔のようだった。
「な、なんだ。彫像か。びっくりしたぁ」
近くまで歩くと微動だにしない物体だったので、あなたは安心して見上げた。
さすが悪魔族のゼイランが所有する魔術師団だ。像もリアルに凝っている。
そう思っていたら、その像の目がじろりとこちらを向いた。
「えっ……」
「……はじめまして。名無しさん」
あなたは叫ぶのをこらえて、思わずゲインの背の後ろに隠れた。
大人のゲインは笑っていたが、その彫像は普通に喋っている。
「怖がらせるなよ。お前、いつか魔術師長に出禁くらうぞ」
「もう食らってますよ。どうしてだろう。僕はただ、自分らしくいたいだけなのに」
優しい声音を確認すると、やはりあの悪魔の口から出ている。
「も、もしかして、団員の方でしょうか」
「そうですよ。すみません、驚かせてしまって。今日は新メンバーのあなたに挨拶したかっただけなんです。許してくれますか」
丁寧に言われて、目がぴかっと見開き口が裂けるような恐ろしい笑顔を向けられた。
どうしてこんな姿なのか、聞いちゃいけない気がしたため、あなたは漏らしそうになるのをこらえて震える手で握手をした。
すると満足したのか、彼は去っていった。
「……あ、名前聞くの忘れた……」
「安心しろよ、誰も知らねえから。皆悪魔って呼んでるんだ」
さらりと言われ、衝撃が襲ったけれど、あなたはもうスルーすることにした。
そして一通り誰もいない研究室を見たあと、また別の人物があなたのそばを通りかかった。
黒髪に眼鏡の、スタイルのよい魔族の青年だ。
そういえばあなたは今日は耳当てをせず、堂々と人間としてここに居た。
ちらっと見かけたこの男性も、耳さえ尖っていなければ、あなたやセロと同じ仲間にすら見える。
そのぐらい、驚異的なオーラを感じない一般人のようだった。
「こんにちは」
彼は立ち止まり、あなたに挨拶をした。
ほっとして見上げ、微笑んで「こんにちは」と返す。
すると彼はなぜか、あなたの前からどこうとしなかった。
職員なのだろうか。観察するような眼差しで黒い瞳に見つめられ、だんだんと気まずくなってくる。
「おい。どうした?」
横で大人しくしていたゲインが腕を組み声をかけると「いえ」と眼鏡の男性は返事した。
そして去り際に地面から何かを拾う。
あなたにそれを手渡した。
「これ、どうぞ」
「あっどうも、すみません」
まさかまたハンカチを落としてしまったかと焦り受け取ると、それは名刺だった。
紙を見やると、眼鏡の男は去っていった。
「なにこれ……ティル・ヴァンガー24歳。趣味は料理と栽培。特技は氷漬けとクローン培養。彼女募集中。……」
あなたが目を凝らして読んでいると、ゲインがそれを取った。
「なんだぁ? 名無し、あんたあいつにナンパされてんじゃねえか? 獣の兄ちゃんの女なのにな、恐れてないのかねえ。やっぱ団一番の異常者は違うぜ」
なぜか褒めるように衝撃的なことを連ね、あなたは青ざめだ。
「えっ……? あの普通そうな人も、おかしいんですか?」
「おう。嬢ちゃん、いっとくがな、ここに普通の奴はいねえ」
「……私は普通ですよ! 見てくださいよ、普通の女の子です!」
必死の形相で訴えるけれど、ゲインは「どこが?」という疑いの顔つきで聞いてくれなかった。
確かに自分の境遇を考えると、かなりぶっ飛んではいるが。
「おっ。魔術師長の部屋ついたぜ。じゃあ俺はこの辺で——」
「ご苦労様です、ゲイン。あなたもどうぞ」
タイミングを見計らったかのように黒ローブのミザロが執務室から出てきた。
あなたはいつもと違う場で会う新鮮な彼の姿に、瞳を明るくする。
「師匠! こんなところにいたんですか」
「当たり前でしょう。私はこの団のトップですよ。最近は多く騎士団にいるのは、ほとんどあなたのためなんです」
「本当ですか、嬉しいです~」
へへへ、と頬がにやけるとゲインは驚いた様子だった。
「あんたすげえな。俺は師長と二人きりでは過ごしたくないぜ。この人が一番やべえんだぞ」
「いやさっき会った人たちのほうが絶対ヤバいですって!」
好き勝手喋る年齢差のある男女を、呆れ顔のミザロは中に通した。
茶を出してもらい、格調高い家具に囲まれた応接間のソファに、三人は向かい合った。
「それで、名無しさん。印象はどうですか」
「いやあの……はっきり言わせてもらいますけど、師匠。私、本当にここにいていいんですか? 実力も立場も……まったく皆さんのレベルじゃないと思うんです!」
今更だが、それを目の当たりにしてプレッシャーに押しつぶされそうになる。
ミザロは淡々とした表情のまま、カップを口につけた。
「この間のゼイランじゃありませんがね、私がいいと言ったらいいんですよ。あなた、私を疑うつもりですか」
「い、いえ、滅相もございません。でも……」
「名無しさん。魔術師にはね、二つの価値があるんです。一つはその人自身に特別な能力がある場合。そしてもう一つは、その人物が価値あるものを引き寄せてくる場合です」
「⋯⋯あのー、それってつまり、私に価値ないってことですよね…? ひどいですよ師匠、そんなはっきり!!」
あなたが涙ぐんで反応しても、ミザロは落ち着いている。
「刺激的な副産物を連れてくる存在は、私は好きです。わくわくしませんか? それに価値がないなんて、とんでもない。本当に無価値ならば、皆あなたを無視しますよ。……でも私はそれが出来ません。あなたの才能に惹かれているからです」
「……えっ? ほっ、本当ですか? 私才能あります?」
師に穏やかに頷かれ、単純なあなたは飛び上がるほど喜ぶ。
ミザロが言うのならそうなのだろう、ともう納得することにした。
「そうですよね、信じますよ師匠! いざとなればあなたの責任にしますから!」
「それは甘すぎます。自分で責任取ってください」
「そんなぁ〜」
仲良く話していると、ゲインは頭を掻いて所在なさそうにしていた。
だがミザロはとたんに表情を変え、真面目にあなたを見やる。
「とはいえ、本格的な任務に入る前に、あなたの不安を師である私が見過ごすわけにはいきません。私から久々にテストしてあげましょう」
突然厳し目のことを言われて唖然とする。
「名無しさん。また催眠魔法をやってみましょうか。対象はあなたの隣にいるゲインです。時期と期間は問いません。どんな手を使ってもいいですよ。彼の秘密をなにかひとつ、暴露してみてください」
にこりと命じられて、あなた達は口をあんぐりと開けたまま固まる。
しかし魔術師長ミザロの言うことは、絶対であった。
