巨体の人外に助けられて世話される話
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あれから十九年の歳月が流れ、ゼイランの前には、立派に成長した褐色肌の青年がいる。
ミザロの部屋で語り終えた彼は、ルドガーを見つめた。
「これが事の真相だ。施設からお前を救い出したと、俺はずっと嘘をついていた。俺はお前の尊敬を手放したくなかった。⋯⋯お前の英雄でいたかったんだ。……すまん」
正直に吐露した表情は、苦悩をにじませている。
彼は獣の反応を恐れていた。
この二十年が、ひょっとしたら消えてしまうのではないかと。
しかしルドガーは、勢いづいて立ち上がった。
切迫した表情で、主人のもとに近づいていく。
椅子に座る彼の前にひざまずくと、すぐさま主人を無遠慮に抱きしめた。
「……あなたはずっと俺にとっての英雄だ! この二十年、そうじゃなかった時はない! 俺を施設から救ってくれて、名前をくれて、鍛えてくれた! 誕生日を毎年祝ってくれて、俺をあなたのために戦わせてくれた! ……これが俺の真実だ!」
ルドガーは主人の肩を抱いたまま、ぐっと力をこめて吐きだす。
「ゼイラン様、俺はあなたを親のように愛している! あなたは俺の、最高の主人なんだ! それは一生変わらない!」
そう言って、顔を離した。
ルドガーは瞳を赤くしていたが、ゼイランは目を開け放ったまま微動だにせず獣を見つめた。
しかしやがて、彼の銀色の瞳は解き放たれたように緩む。
「……ルドガー、ありがとうな。俺もお前を愛しているぞ。……お前は俺が認めた、唯一で最高の闘獣だ」
そう言って、主人は彼の首を抱いて自分へと引き寄せた。
がっしりと抱きしめ、男同士の抱擁を交わした。
周りの反応は様々だ。
騎士ジュリスは固唾をのんで見守り、ミザロは穏やかに佇んでいた。
セロは号泣し、ナザルも少し安心したように見つめている。
そしてあなたも、ぽろぽろと涙が止まらなかった。
——よかった。本当によかった。
ルドガーのことを考え、それしか思い浮かばなかった。
するとゼイランは、近くにひざまずいたままのルドガーと、あなたを交互に見やる。
「俺はな、ルドガー。お前の幸せを願っているぞ。だから自分がやっと見つけた番のことを、大事にしろ。それが強いオスとしての、最後の使命だ」
「…………ああっ!」
主人がそう言うと同時にルドガーは固く頷き、あなたにバッと振り向いた。
「俺は強いオスとして、一生名無しを愛し抜くぞ!」
そう力強く宣言され、あなたは彼に手を伸ばされる。
立ち上がり、二人のもとに向かった。
膝をついてルドガーの腕の中にしまわれ、ゼイランがその上から腕を回してくる。
自分が彼らの輪に入っていいのだと言われたようで、あなたは涙ながらにうつむいた。
「ううっ、よかったねえ、ルドガーっ、嬉しいよぅ」
「ああ⋯⋯っ……名無し……」
感極まる二人を静寂が包む。
じっと待ってくれている皆のことを忘れているわけではない。
ただこの場の、感じたことのないような温かな新しい雰囲気に、しばらく浸っていたかった。
「さあでは……本当によかったです。水を差したくないのですがね、ゼイラン……」
「……ふっ。なんだよ、お前にしては珍しく遠慮がちじゃないか」
彼は二人の背中をぽんぽんと叩き、元の場所に戻らせる。
あなたとルドガーは、照れくさくなりながらも、目元をぬぐって微笑みを合わせた。
ミザロが声をかけたあと、ゼイランはもうすでに、次の事柄へと鋭い視線を向けていた。
遠くの水槽の中に立つ、魔術師デシエだ。
彼は女をにらみつけ、再び苛立ちを浮かべた。
「それで? 俺と使役獣の話はどうだった。満足したか。……お前、どこから施設の話を嗅ぎつけた。当時の俺の行いを知るのは、俺が親しくしていた貴族だけのはずなんだがな」
話を元に戻し、うかがうような目つきをする。
あの保護施設は、紹介でしか猛獣を入手できないようになっていた。
デシエは質問には答えず、ゼイランを悔しさがにじむ表情で睨み返している。
ゼイランはそのままセロを見やる。平凡な魔術師だが、さっきの話に胸を打たれたようで目が腫れていた。
「お前はいったい何なんだ。この場でも異様な異物感だな」
「あっ⋯すみません。俺のことは気にせず。ただ感動しただけなんで」
「……おい。お前はさっき守護者を公爵の一人だと言ったな」
「ま、まあそうっすけど」
そこにはなぜか触れてほしくなさそうに、セロは挙動不審になった。
「俺の家も含めて、魔王に謁見できるほどの力のある公爵家は、五つしかない。俺は彼らと親しいが、その中にいるのか」
ゼイランの一族は軍人一家であるが、長年懇意にしている公爵家も同じく軍人を輩出したり、医学や芸術に秀でた家だったりと、歴史的にも血筋的にも突出した名門だ。
「それに、お前のような人間からしたら、悪魔族も化け物だよな?」
脅すように、口元を吊り上げてゼイランはセロを見つめる。
「ヒッ……あの……それはそうなんですが……上には上がいるもんで……」
恐ろしさのあまり口走ったセロの脇腹を、ナザルが小突いた。
その一部始終を皆は目撃した。
黙っていた騎士ジュリスは、焦りを浮かべて上官を見た。
「ゼイラン様。まさか……」
「いや、黙れ。そんなはずはない」
部下の言葉を一蹴し、彼は考え込んでしまった。
その時間があまりに長く、じっと見ていたあなたにも不安が募る。
守護者の正体が、謎に包まれたまま、おかしなところにいっているのではないかと。
「ルドガー……」
あなたの揺れる眼差しを、ルドガーは手をぎゅっと握って和らげようとした。
「心配はいらない、名無し」
そう言って繋いでくれるが、彼も焦燥したふうに主人を見やって答えを探そうとしている。
ゼイランは立ち上がった。
皆の注目を集める中、水槽で不気味に静まるデシエに近づく。
二人はガラス越しに視線を交わし、彼は息を吐き出した。
「くだらん。そんなことがあるはずがない。俺はくまなく確かめたんだ。怪しそうな貴族はな」
そう言って、ゼイランはあなたを振りかえった。
突然まっすぐ貫くような目つきをされ、鼓動が跳ね上がる。
さっきまでの抱擁が隅に追いやられるほど、不気味にあなたの心臓が音を立てた。
「あの……ゼイラン様?」
か細い声が漏れ出てしまうと、ゼイランは混乱した顔つきになり、銀髪を振った。
その様子にただごとじゃないと汗がにじむ。
「ミザロ。この女を解放しろ」
「いいんですか?」
「ああ。……おい、魔術師。次はお前らの番だぞ。ここまで引っ掻き回したんだ、俺を失望させるな」
ゼイランが瞳孔を開かせて睨みつけると、デシエは背筋が強張り黙る。
しかし彼女は息を整え、口を開いた。
「はい、分かりました。守護者さまは、必ずや……名無しさんの前に姿を現すでしょう」
そう言って、皆の前で約束をした。
あなた達はミザロの監禁部屋を後にした。
魔術師塔の廊下を戻る間、ルドガーはふと赤髪の獣の隣に行った。
「ナザル」
「ああ、ルドガー。今日はすげえ日だったな」
「⋯そうだな」
セロとあなたが喋っている後ろのほうで、二人は会話を交わす。
ルドガーは少しぎこちなく、言葉を続けた。
「なあ。⋯⋯お前もあの施設に、いたのか⋯⋯?」
そう尋ねると、互いに立ち止まった。
ナザルは振り返り、やがてふっと笑みを浮かべる。
「俺のことはいいんだよ。⋯⋯お前の主人、中々いいやつじゃねえか。今日はいいもんを見させてもらったぜ。大事にしてやれよ」
そう言って、赤髪の獣はルドガーの肩に自分の腕をかけ、引き寄せる。
ナザルの瞳は晴れやかで、祝いを浮かべているようだった。
ルドガーは少し戸惑ったものの、しっかりと頷いて受け止める。
いつか自分が話したいときに、話すかもしれない。
同じ種族の獣として、そんなふうに考えることにした。
ミザロの部屋で語り終えた彼は、ルドガーを見つめた。
「これが事の真相だ。施設からお前を救い出したと、俺はずっと嘘をついていた。俺はお前の尊敬を手放したくなかった。⋯⋯お前の英雄でいたかったんだ。……すまん」
正直に吐露した表情は、苦悩をにじませている。
彼は獣の反応を恐れていた。
この二十年が、ひょっとしたら消えてしまうのではないかと。
しかしルドガーは、勢いづいて立ち上がった。
切迫した表情で、主人のもとに近づいていく。
椅子に座る彼の前にひざまずくと、すぐさま主人を無遠慮に抱きしめた。
「……あなたはずっと俺にとっての英雄だ! この二十年、そうじゃなかった時はない! 俺を施設から救ってくれて、名前をくれて、鍛えてくれた! 誕生日を毎年祝ってくれて、俺をあなたのために戦わせてくれた! ……これが俺の真実だ!」
ルドガーは主人の肩を抱いたまま、ぐっと力をこめて吐きだす。
「ゼイラン様、俺はあなたを親のように愛している! あなたは俺の、最高の主人なんだ! それは一生変わらない!」
そう言って、顔を離した。
ルドガーは瞳を赤くしていたが、ゼイランは目を開け放ったまま微動だにせず獣を見つめた。
しかしやがて、彼の銀色の瞳は解き放たれたように緩む。
「……ルドガー、ありがとうな。俺もお前を愛しているぞ。……お前は俺が認めた、唯一で最高の闘獣だ」
そう言って、主人は彼の首を抱いて自分へと引き寄せた。
がっしりと抱きしめ、男同士の抱擁を交わした。
周りの反応は様々だ。
騎士ジュリスは固唾をのんで見守り、ミザロは穏やかに佇んでいた。
セロは号泣し、ナザルも少し安心したように見つめている。
そしてあなたも、ぽろぽろと涙が止まらなかった。
——よかった。本当によかった。
ルドガーのことを考え、それしか思い浮かばなかった。
するとゼイランは、近くにひざまずいたままのルドガーと、あなたを交互に見やる。
「俺はな、ルドガー。お前の幸せを願っているぞ。だから自分がやっと見つけた番のことを、大事にしろ。それが強いオスとしての、最後の使命だ」
「…………ああっ!」
主人がそう言うと同時にルドガーは固く頷き、あなたにバッと振り向いた。
「俺は強いオスとして、一生名無しを愛し抜くぞ!」
そう力強く宣言され、あなたは彼に手を伸ばされる。
立ち上がり、二人のもとに向かった。
膝をついてルドガーの腕の中にしまわれ、ゼイランがその上から腕を回してくる。
自分が彼らの輪に入っていいのだと言われたようで、あなたは涙ながらにうつむいた。
「ううっ、よかったねえ、ルドガーっ、嬉しいよぅ」
「ああ⋯⋯っ……名無し……」
感極まる二人を静寂が包む。
じっと待ってくれている皆のことを忘れているわけではない。
ただこの場の、感じたことのないような温かな新しい雰囲気に、しばらく浸っていたかった。
「さあでは……本当によかったです。水を差したくないのですがね、ゼイラン……」
「……ふっ。なんだよ、お前にしては珍しく遠慮がちじゃないか」
彼は二人の背中をぽんぽんと叩き、元の場所に戻らせる。
あなたとルドガーは、照れくさくなりながらも、目元をぬぐって微笑みを合わせた。
ミザロが声をかけたあと、ゼイランはもうすでに、次の事柄へと鋭い視線を向けていた。
遠くの水槽の中に立つ、魔術師デシエだ。
彼は女をにらみつけ、再び苛立ちを浮かべた。
「それで? 俺と使役獣の話はどうだった。満足したか。……お前、どこから施設の話を嗅ぎつけた。当時の俺の行いを知るのは、俺が親しくしていた貴族だけのはずなんだがな」
話を元に戻し、うかがうような目つきをする。
あの保護施設は、紹介でしか猛獣を入手できないようになっていた。
デシエは質問には答えず、ゼイランを悔しさがにじむ表情で睨み返している。
ゼイランはそのままセロを見やる。平凡な魔術師だが、さっきの話に胸を打たれたようで目が腫れていた。
「お前はいったい何なんだ。この場でも異様な異物感だな」
「あっ⋯すみません。俺のことは気にせず。ただ感動しただけなんで」
「……おい。お前はさっき守護者を公爵の一人だと言ったな」
「ま、まあそうっすけど」
そこにはなぜか触れてほしくなさそうに、セロは挙動不審になった。
「俺の家も含めて、魔王に謁見できるほどの力のある公爵家は、五つしかない。俺は彼らと親しいが、その中にいるのか」
ゼイランの一族は軍人一家であるが、長年懇意にしている公爵家も同じく軍人を輩出したり、医学や芸術に秀でた家だったりと、歴史的にも血筋的にも突出した名門だ。
「それに、お前のような人間からしたら、悪魔族も化け物だよな?」
脅すように、口元を吊り上げてゼイランはセロを見つめる。
「ヒッ……あの……それはそうなんですが……上には上がいるもんで……」
恐ろしさのあまり口走ったセロの脇腹を、ナザルが小突いた。
その一部始終を皆は目撃した。
黙っていた騎士ジュリスは、焦りを浮かべて上官を見た。
「ゼイラン様。まさか……」
「いや、黙れ。そんなはずはない」
部下の言葉を一蹴し、彼は考え込んでしまった。
その時間があまりに長く、じっと見ていたあなたにも不安が募る。
守護者の正体が、謎に包まれたまま、おかしなところにいっているのではないかと。
「ルドガー……」
あなたの揺れる眼差しを、ルドガーは手をぎゅっと握って和らげようとした。
「心配はいらない、名無し」
そう言って繋いでくれるが、彼も焦燥したふうに主人を見やって答えを探そうとしている。
ゼイランは立ち上がった。
皆の注目を集める中、水槽で不気味に静まるデシエに近づく。
二人はガラス越しに視線を交わし、彼は息を吐き出した。
「くだらん。そんなことがあるはずがない。俺はくまなく確かめたんだ。怪しそうな貴族はな」
そう言って、ゼイランはあなたを振りかえった。
突然まっすぐ貫くような目つきをされ、鼓動が跳ね上がる。
さっきまでの抱擁が隅に追いやられるほど、不気味にあなたの心臓が音を立てた。
「あの……ゼイラン様?」
か細い声が漏れ出てしまうと、ゼイランは混乱した顔つきになり、銀髪を振った。
その様子にただごとじゃないと汗がにじむ。
「ミザロ。この女を解放しろ」
「いいんですか?」
「ああ。……おい、魔術師。次はお前らの番だぞ。ここまで引っ掻き回したんだ、俺を失望させるな」
ゼイランが瞳孔を開かせて睨みつけると、デシエは背筋が強張り黙る。
しかし彼女は息を整え、口を開いた。
「はい、分かりました。守護者さまは、必ずや……名無しさんの前に姿を現すでしょう」
そう言って、皆の前で約束をした。
あなた達はミザロの監禁部屋を後にした。
魔術師塔の廊下を戻る間、ルドガーはふと赤髪の獣の隣に行った。
「ナザル」
「ああ、ルドガー。今日はすげえ日だったな」
「⋯そうだな」
セロとあなたが喋っている後ろのほうで、二人は会話を交わす。
ルドガーは少しぎこちなく、言葉を続けた。
「なあ。⋯⋯お前もあの施設に、いたのか⋯⋯?」
そう尋ねると、互いに立ち止まった。
ナザルは振り返り、やがてふっと笑みを浮かべる。
「俺のことはいいんだよ。⋯⋯お前の主人、中々いいやつじゃねえか。今日はいいもんを見させてもらったぜ。大事にしてやれよ」
そう言って、赤髪の獣はルドガーの肩に自分の腕をかけ、引き寄せる。
ナザルの瞳は晴れやかで、祝いを浮かべているようだった。
ルドガーは少し戸惑ったものの、しっかりと頷いて受け止める。
いつか自分が話したいときに、話すかもしれない。
同じ種族の獣として、そんなふうに考えることにした。
