巨体の人外に助けられて世話される話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ゼイランの屋敷は広大な土地にあった。
周囲を庭園と私有地の森に囲まれ、少し歩けば川もある、見晴らしのいい場所だ。
大きな門の内外には強力な防護結界が張られていたが、有力公爵家の当主であるゼイランを攻撃する者はいない。
「今日からここがお前の家だ。自由に過ごせ」
玄関扉の前で執事に迎えられ、ゼイランが長い大理石の通路に獣を下ろすと、彼は目を輝かせた。
豪華な屋内を物珍しそうに歩き出し、徐々に駆けだしていく。
そんな青い幼獣の姿を見送ったゼイランは、老齢の執事にこう言った。
「あいつを風呂に入れろ。そのあとは何か食わせろ」
「かしこまりました」
制服姿の執事が仕事に取り掛かると、あとは自分の時間だ。
今日は一日休みを取っているため、彼は普通の家一つ分もあろうかという白いリビングで過ごす。
ガウンを羽織り、優雅にワインを飲んでいた。
すると向こうから獣ではない二足歩行の軽い足音が響いてきた。
「ゼイランさま!」
怪訝に振り向くと、黒髪に黒い角を生やした褐色肌の少年が立っていた。
まだ髪も体も濡れていて、腰にタオルを巻いた状態で、駆け寄ってくる。
ゼイランは顔をしかめ、グラスをゆっくりとサイドテーブルに置いた。
「へえ。お前、人化できるのか。俺はガキが苦手なんでな。早く大きくなれ」
淀みなく告げて、ソファの後ろに佇んでいた執事に手をやった。
タオルを受け取り、少年の頭にぱさりとかけてやる。
「わかった!」
少年は黒い瞳をぱっちりと開けて元気に頷く。彼はそれ以来、ゼイランのように大きな男になると決めた。
その後、衣服を着せて食事をさせ、少年に部屋を割り当てた。
深夜には何か大きな音がすることもあったが、ゼイランは躾はこれからすればいいと考えていた。
それから数日経つも、獣はやはり獣の姿がいいようで、屋敷の中で暴れまわった。
ゼイランが起きてリビングに行くたびに、調度品や床のラグは無残な姿になり、彼は引きつった顔で立ち止まる。
「はあ。元気なやつだ。……おい、ルドガー。止まれ」
そう命じても、青い獣は聞こえない様子でラグやカーテンを噛みちぎっている。
「ルドガー! お前のことだ!」
そう言ってやっと、幼獣は動きを止めて振り向いた。
黒目を興味深そうに丸くし、銀髪の男のもとへ来る。
「ルドガー……ってなんだ?」
「お前の名前だよ。…どうだ、強そうでかっこいいだろ?」
数日考えてゼイランが編み出した響きのよい男の名である。
黒く波打つ硬質な角からイメージがわき、気に入っていた。
「俺の名前……うれしいぞ、ゼイランさま!」
「ふっ。よかったな。ではその名に恥じぬ振る舞いをしろ」
「わかった!」
ルドガーはまた持ち場に戻り、部屋中を壊しまくった。
肩がずり落ちたゼイランだが、それを見てため息を吐く。
「確かに自由に過ごしているな。俺が悪い」
口元をわずかに上げ、その部屋はルドガーの遊び場に作り替えることにした。
◆
それから数日、まだ本格的な訓練は開始していないが、ルドガーは屋敷の匂いや周辺の自然を覚え始めていた。
空き時間にルドガーに付き合っていたゼイランに、ある日客が訪れる。
書斎室に通されたのは、銀の刺繍が入った黒いローブ姿の男三人だ。
リーダー格の真ん中はひときわ体格がよく、金髪のオールバックに透けるような肌をし、いかつい精悍な顔立ちの男だった。
彼はあの施設の管理者で、硬い表情を崩さないでいる。
「ゼイラン公爵殿。あなたが我々のひとつの施設を壊滅させたことは分かっています。こちらが損害賠償を請求する書類です。ご確認を」
対面の席から男に紙を渡され、仏頂面で眺める。
このことは個人的なやり取りのため、弁護士すらつけていなかった。
「わかったよ。金は払う。……だがな、おたくの育成方法はおかしいんじゃないか? 聞いていた話と違ったぞ。行き過ぎた訓練をしていたらしいな」
ゼイランが厳しく問うと、リーダーの男は彼の目を見返す。
「我々の指導は妥当です。ですが、管理においては厳重に確認を重ね、是正します。——そしてこれが、逃げ出した猛獣たちの被害額です。こちらも支払いをお願いします」
「あぁ? またか? …ったく……猛獣にはどうせ追跡魔法つけてたんだろ? 全部捕らえたんじゃないのか」
詰問すると、男は頷いた。
腑に落ちなかったが、仕方なくゼイランは署名をし、小切手も切って渡した。
あの獣たちを思うと不憫としか言えないが、ここからは自分の関与することではない。
「あいつらもきちんとした里親に行き渡るんだろうな?」
「ええ。大半は。ご心配なく」
そう言って仕事が済んだ男達は立ち上がった。
手を差し出され、ゼイランは仕事上の握手を交わした。
「また機会があれば、よろしくお願いします」
「おいおい、正気かよ。トラブルを起こした顧客にまた営業かけるとはな」
「あなたは信頼のおける公爵ですから。……彼は元気でしょうか。様子を見ても?」
影のある薄気味悪い赤い瞳が、じっと見据えてくる。
ゼイランは眉間を寄せ、首を振って拒否した。
「やめてくれ。お前達に会わせたくない。俺たちのことは放っておいてくれ」
ルドガーの世話は自分が責任を持ってする。そう伝えた。
それに、ゼイランはわざわざ本当のことを、ルドガーに言う必要はないと考えていた。
もう自分のことを十分に慕っているのだから。
彼らが帰り、ようやく問題がひと段落つく。
ゼイランは庭を駆けまわっている獣を見に行く前に、ある場所へ向かった。
屋敷の一階の隅にある、真っ白で静かな部屋だ。
ひんやりとした石床に座り、ひとり前を見つめ過ごす。
そうして彼は心を落ち着かせたあと、扉からそっと出た。
すると、足元にやや大きくなった青毛の幼獣がいた。
「うわっ。なんだお前、どうした」
「ゼイランさまの匂いを辿ったんだ。どこにいたんだ?」
「……いや、仕事さ」
遥か高所から見下ろしたまま、ゼイランはルドガーに声をかける。
「この部屋には入るなよ。俺の大事な場所だ」
「……大事な、場所?」
「そうだ」
多くは語らず、ゼイランはきちんと扉をしめてルドガーを引き連れていった。
頭の中は、まだ少し整理が必要だった。
翌日。
昼に一時的に屋敷に帰ってきたゼイランは、ルドガーの姿を探した。
夜は私有地の森で狩りを教える予定だったが、どこにも見つからない。
一人が好きなゼイランは、使用人も執事や料理人など、最低限しか置いていなかった。
彼らに聞いてもルドガーの居所が分からず、頭を悩ませる。
「……はっ。まさか、あいつ……!」
嫌な予感がしたゼイランは、急いで昨日自分が過ごしていた大切な空間へと向かった。
そして、奥まっていく廊下を進み、扉がわずかに開いていることに気づいた。
しまった、という悔いる表情でゆっくり入っていくと、予期せぬ姿を発見した。
「……ルドガー…?」
小さな青い毛の獣は、丸いクッションの上で、尻尾を丸めて眠っていた。
近くにいくと、すやすやと寝息を立てている。
「…………お前」
ゼイランは呆気に取られ、寝ているルドガーの正面にあった、白い棚と祭壇に目を向けた。
鮮やかな花が飾られ、肖像画も綺麗に立てかけられたままだ。
ここは自分の母親の霊廟である。
幼い頃に亡くなった母親が、温かな雰囲気で祀られている場所だった。
ゼイランはルドガーを見下ろし、静かに隣に腰を下ろす。
そっと毛に手を伸ばして撫でると、ぴくっと一瞬だけ反応し、快く眠っている。
まるで、小さな頃の自分に重なった。
「お前もここが好きか。……ふっ。気が合うな」
ゼイランは少し悲し気に瞳を揺らし、しばらく獣を見つめていた。
こいつにも、親のような存在が必要なのかもしれない。
自分はただ強く戦える獣を欲していたはずだが。
こんな小さな生き物に、心が動かされる予兆がした。
周囲を庭園と私有地の森に囲まれ、少し歩けば川もある、見晴らしのいい場所だ。
大きな門の内外には強力な防護結界が張られていたが、有力公爵家の当主であるゼイランを攻撃する者はいない。
「今日からここがお前の家だ。自由に過ごせ」
玄関扉の前で執事に迎えられ、ゼイランが長い大理石の通路に獣を下ろすと、彼は目を輝かせた。
豪華な屋内を物珍しそうに歩き出し、徐々に駆けだしていく。
そんな青い幼獣の姿を見送ったゼイランは、老齢の執事にこう言った。
「あいつを風呂に入れろ。そのあとは何か食わせろ」
「かしこまりました」
制服姿の執事が仕事に取り掛かると、あとは自分の時間だ。
今日は一日休みを取っているため、彼は普通の家一つ分もあろうかという白いリビングで過ごす。
ガウンを羽織り、優雅にワインを飲んでいた。
すると向こうから獣ではない二足歩行の軽い足音が響いてきた。
「ゼイランさま!」
怪訝に振り向くと、黒髪に黒い角を生やした褐色肌の少年が立っていた。
まだ髪も体も濡れていて、腰にタオルを巻いた状態で、駆け寄ってくる。
ゼイランは顔をしかめ、グラスをゆっくりとサイドテーブルに置いた。
「へえ。お前、人化できるのか。俺はガキが苦手なんでな。早く大きくなれ」
淀みなく告げて、ソファの後ろに佇んでいた執事に手をやった。
タオルを受け取り、少年の頭にぱさりとかけてやる。
「わかった!」
少年は黒い瞳をぱっちりと開けて元気に頷く。彼はそれ以来、ゼイランのように大きな男になると決めた。
その後、衣服を着せて食事をさせ、少年に部屋を割り当てた。
深夜には何か大きな音がすることもあったが、ゼイランは躾はこれからすればいいと考えていた。
それから数日経つも、獣はやはり獣の姿がいいようで、屋敷の中で暴れまわった。
ゼイランが起きてリビングに行くたびに、調度品や床のラグは無残な姿になり、彼は引きつった顔で立ち止まる。
「はあ。元気なやつだ。……おい、ルドガー。止まれ」
そう命じても、青い獣は聞こえない様子でラグやカーテンを噛みちぎっている。
「ルドガー! お前のことだ!」
そう言ってやっと、幼獣は動きを止めて振り向いた。
黒目を興味深そうに丸くし、銀髪の男のもとへ来る。
「ルドガー……ってなんだ?」
「お前の名前だよ。…どうだ、強そうでかっこいいだろ?」
数日考えてゼイランが編み出した響きのよい男の名である。
黒く波打つ硬質な角からイメージがわき、気に入っていた。
「俺の名前……うれしいぞ、ゼイランさま!」
「ふっ。よかったな。ではその名に恥じぬ振る舞いをしろ」
「わかった!」
ルドガーはまた持ち場に戻り、部屋中を壊しまくった。
肩がずり落ちたゼイランだが、それを見てため息を吐く。
「確かに自由に過ごしているな。俺が悪い」
口元をわずかに上げ、その部屋はルドガーの遊び場に作り替えることにした。
◆
それから数日、まだ本格的な訓練は開始していないが、ルドガーは屋敷の匂いや周辺の自然を覚え始めていた。
空き時間にルドガーに付き合っていたゼイランに、ある日客が訪れる。
書斎室に通されたのは、銀の刺繍が入った黒いローブ姿の男三人だ。
リーダー格の真ん中はひときわ体格がよく、金髪のオールバックに透けるような肌をし、いかつい精悍な顔立ちの男だった。
彼はあの施設の管理者で、硬い表情を崩さないでいる。
「ゼイラン公爵殿。あなたが我々のひとつの施設を壊滅させたことは分かっています。こちらが損害賠償を請求する書類です。ご確認を」
対面の席から男に紙を渡され、仏頂面で眺める。
このことは個人的なやり取りのため、弁護士すらつけていなかった。
「わかったよ。金は払う。……だがな、おたくの育成方法はおかしいんじゃないか? 聞いていた話と違ったぞ。行き過ぎた訓練をしていたらしいな」
ゼイランが厳しく問うと、リーダーの男は彼の目を見返す。
「我々の指導は妥当です。ですが、管理においては厳重に確認を重ね、是正します。——そしてこれが、逃げ出した猛獣たちの被害額です。こちらも支払いをお願いします」
「あぁ? またか? …ったく……猛獣にはどうせ追跡魔法つけてたんだろ? 全部捕らえたんじゃないのか」
詰問すると、男は頷いた。
腑に落ちなかったが、仕方なくゼイランは署名をし、小切手も切って渡した。
あの獣たちを思うと不憫としか言えないが、ここからは自分の関与することではない。
「あいつらもきちんとした里親に行き渡るんだろうな?」
「ええ。大半は。ご心配なく」
そう言って仕事が済んだ男達は立ち上がった。
手を差し出され、ゼイランは仕事上の握手を交わした。
「また機会があれば、よろしくお願いします」
「おいおい、正気かよ。トラブルを起こした顧客にまた営業かけるとはな」
「あなたは信頼のおける公爵ですから。……彼は元気でしょうか。様子を見ても?」
影のある薄気味悪い赤い瞳が、じっと見据えてくる。
ゼイランは眉間を寄せ、首を振って拒否した。
「やめてくれ。お前達に会わせたくない。俺たちのことは放っておいてくれ」
ルドガーの世話は自分が責任を持ってする。そう伝えた。
それに、ゼイランはわざわざ本当のことを、ルドガーに言う必要はないと考えていた。
もう自分のことを十分に慕っているのだから。
彼らが帰り、ようやく問題がひと段落つく。
ゼイランは庭を駆けまわっている獣を見に行く前に、ある場所へ向かった。
屋敷の一階の隅にある、真っ白で静かな部屋だ。
ひんやりとした石床に座り、ひとり前を見つめ過ごす。
そうして彼は心を落ち着かせたあと、扉からそっと出た。
すると、足元にやや大きくなった青毛の幼獣がいた。
「うわっ。なんだお前、どうした」
「ゼイランさまの匂いを辿ったんだ。どこにいたんだ?」
「……いや、仕事さ」
遥か高所から見下ろしたまま、ゼイランはルドガーに声をかける。
「この部屋には入るなよ。俺の大事な場所だ」
「……大事な、場所?」
「そうだ」
多くは語らず、ゼイランはきちんと扉をしめてルドガーを引き連れていった。
頭の中は、まだ少し整理が必要だった。
翌日。
昼に一時的に屋敷に帰ってきたゼイランは、ルドガーの姿を探した。
夜は私有地の森で狩りを教える予定だったが、どこにも見つからない。
一人が好きなゼイランは、使用人も執事や料理人など、最低限しか置いていなかった。
彼らに聞いてもルドガーの居所が分からず、頭を悩ませる。
「……はっ。まさか、あいつ……!」
嫌な予感がしたゼイランは、急いで昨日自分が過ごしていた大切な空間へと向かった。
そして、奥まっていく廊下を進み、扉がわずかに開いていることに気づいた。
しまった、という悔いる表情でゆっくり入っていくと、予期せぬ姿を発見した。
「……ルドガー…?」
小さな青い毛の獣は、丸いクッションの上で、尻尾を丸めて眠っていた。
近くにいくと、すやすやと寝息を立てている。
「…………お前」
ゼイランは呆気に取られ、寝ているルドガーの正面にあった、白い棚と祭壇に目を向けた。
鮮やかな花が飾られ、肖像画も綺麗に立てかけられたままだ。
ここは自分の母親の霊廟である。
幼い頃に亡くなった母親が、温かな雰囲気で祀られている場所だった。
ゼイランはルドガーを見下ろし、静かに隣に腰を下ろす。
そっと毛に手を伸ばして撫でると、ぴくっと一瞬だけ反応し、快く眠っている。
まるで、小さな頃の自分に重なった。
「お前もここが好きか。……ふっ。気が合うな」
ゼイランは少し悲し気に瞳を揺らし、しばらく獣を見つめていた。
こいつにも、親のような存在が必要なのかもしれない。
自分はただ強く戦える獣を欲していたはずだが。
こんな小さな生き物に、心が動かされる予兆がした。
