巨体の人外に助けられて世話される話
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騎士ジュリスは魔術師とのにらみ合いの後、部屋を出て行こうとした。公爵ゼイランを呼ぶためだ。
だがタイミングよく、ミザロの監禁部屋の扉が開いた。一同は皆絶句する。
ひときわ背が高く美しい、銀髪の男が現れたからだ。
彼は静かな表情で部屋に足を踏み入れた。
「ゼイラン様⋯⋯!」
「別室で尋問の様子を見ていた。俺を所望しているようだな、魔女め」
ざらついた声音が、空間に緊張を走らせる。
魔術師デシエは歪んだ口元と瞳で、ゼイランをうっすら笑っていた。
ゼイランは、あなたの隣にいたルドガーに視線を合わせる。
二人はすぐには言葉を交わさなかったが、ルドガーはいつもと違う主人の様子に気づいていた。
「……話は少し長くなる。皆、そこに座れ」
奥にある対面ソファへと促された。
誰も何も言えず、大人しく腰を下ろした。
あなたはルドガーの隣に座る。彼は膝を掴み、主人から目を離せないでいる。
聞きたいのに、聞くのを恐れている。そんなふうに見えた。
不気味に透明の檻から女が眺める中、セロやナザル、ミザロ、ジュリスも一点を見つめた。ゼイランが語りだすのを。
「ルドガー、お前に話していないことがある。……幼い頃にお前がいたのは、戦闘施設ではない。あれは、本当は……希少種の保護、育成をする施設だったんだ」
そう苦渋の顔つきで教えられた瞬間、ルドガーは瞳を大きく見開き震わせた。
彼の信じていた過去が、根本から揺らいだ瞬間だった。
◆
ルドガーは生後間もなく、獣の親に森に捨てられた。
彼らの種族は本能で戦闘を生業とし、繁殖のあとも子育てをするタイプと、しないタイプに分けられた。
ルドガーは後者だった。
生き方も分からなかった頃に、その青い小さな獣は、魔術師の小隊に拾われる。
彼らに人里離れた施設へと持ち帰られ、保護された。
ルドガーはその後、施設で暮らし始める。
一日の大半は訓練場で過ごし、専門の魔術師たちに戦術をしこまれた。
自分より大きい獣と戦わされたり、魔術師の攻撃魔法を受けたりした。
ひどいときは、身を縛るような拘束魔法を当てられ、必死に抗った。
「おらおら! そんなんじゃもっとでかい獣に食われちまうぞ!」
「くう……っ…………」
「魔族に捕まったらこんなもんじゃねえ! 腹に力入れろオラ!」
彼がぱたりと地面に倒れると、ローブを着た屈強な男がぞんざいに拾い上げる。
また戦闘に戻したり、場合によっては獣たちの寝床がある部屋に連れて行った。
ルドガーは毎日二回ご飯を与えられたが、部屋の真ん中に大釜が二つあり、一斉に大小様々な獣たちが押し寄せてきたため、小さいルドガーは吹っ飛ばされたりもした。
「うぐ、ぅっ……」
だが彼はめそめそ泣くタイプではなく、うめきながらも黒い瞳の目力だけは強かった。
いつかここから出てやる。そして、自由になってやる。
そう思いながら、歯を食いしばって生きていた。
それから数か月が経ち、施設に一人の貴族の男がやって来た。
魔族の中でもひときわ目を引く、華やかな男だ。
銀髪を短く整え、白のコートを羽織った彼は、魔術師に案内をされて廊下を歩いていた。
「ここにいるのは魔界のあちこちから集められた希少種ばかりなんですよ。使っても良し、売っても良し。きっと旦那のお気に入りが見つかるはずです、へへへ」
「ああそうか。俺は戦場で戦える獣を探してるんだ。即戦力をな」
品のない職員に眉をひそめつつ、公爵ゼイランの足取りは確かだ。
彼はここに他の貴族の紹介でやって来た。
希少種の魔獣だけを集めた特別な保護育成施設であり、きちんとした検査と教育を受けているのだと聞いている。
ゼイランはローブ姿の魔術師に、ある大きなホールに連れられた。
檻や獣の寝床が並んでいたが、ずらりと魔獣たちが取り囲むように集められていた。
「躾られているので安全ですよ。では私は書類のほうを作成してきますので。ごゆっくりどうぞ」
入り口付近で小声で話し、魔術師は彼を一人にした。
こんな部屋に残されれば、普通は怯えるものだ。
だがここでは、猛獣たちのほうが彼を警戒した。
ゼイランはただ真ん中で立ち止まり、涼やかな瞳で見渡す。
「……お前達、俺が分かるか?」
そう呟き、彼は体の内側から外へと、黒く膨れ上がるようなオーラを放った。
殺気を感じた猛獣たちは誰も動かず、ただ息を殺して様子をうかがっている。
けれどそんな中で、壁の端にいる一匹の幼獣に、ゼイランは気づいた。
青い毛をした狼の子供に似た顔つきで、こちらを睨みつけている。
「ふっ」
ゼイランは薄笑みを浮かべ、そいつを見た。
しばし見つめ合い、静かに威嚇してみたが、その青い獣は引かなかった。
「おいお前。お前だけか? この俺と目を合わせる根性がある奴は。……小さいのにな」
そう言って彼が瞳をふっと柔らかくすると、青い獣は四つ足で立ち上がった。
ゼイランのもとに、ゆっくりと近づいてくる。
足元までたどり着くと、男の銀色の瞳に興味深く見下ろされた。
「どうした。やはり俺が怖いか」
獣は首を振った。
三角の小さな耳をピンと立てたまま、黒いまっすぐな瞳がゼイランを映す。
そして上質な靴に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
一瞬困惑するほど、強く気高い香りだ。
青毛の獣は、突然しゃがんだゼイランに抱き上げられた。
「……ッ」
両手で脇を持たれ、じいっと見られると、獣は初めて瞳を怯えさせた。
そんな様子を見てもゼイランは笑わず、獣の瞳をぎろりと自身の鋭い眼差しで捕らえた。
ゼイランの瞳孔が縦に開き、舐めまわすように探っている。
悪魔族の彼の、もはや獣的な本能からくる確かめ方だった。
「ふん。漏らさないのは偉いな」
からかうように言うと、もうゼイランはその獣が気に入っていた。
本当は最初から強い大型の猛獣を買おうとしていたが、気が変わった。
「ふふふ。お前にするか。よし、もう一度立ってみろ。俺にアピールしろ」
地面に置き、さっそく上から命じる。
すると獣は、精一杯恐ろしい顔つきで、彼に向かって吠えた。
唸り声で威嚇するが、半分はもうゼイランに魅せられていた。
この男は明らかに、強いオスだと。
周りの猛獣たちをまったく意に介さず、なにより獣たちが、彼に手出しできないでいる。
そんな孤高の存在に、自分がこうして興味を持たれていることが誇らしく感じた。
初めて獣の自分という存在を認識された瞬間であった。
「さあ行くぞ。ついてこい」
獣は彼の足元に喜び勇んでついていこうとするが、ふと立ち止まった。
周りの獣たちは共に戦わされてきた者たちだ。
自分だけ抜け出して、いいのだろうか。
ゼイランは振り返り、ポケットに手をいれたまま首を傾げた。
「どうした。早く来い」
「……皆が、いじめられている……」
小さな獣は、初めて言葉を喋った。頭の中にあった怒りや苦悩から出た感情を、初めて外に発した。
ゼイランは眉をひそめ、獣の言葉をよく聞く。
「皆、ひどいことをされてるんだ。助けたい……」
そう言われて、ゼイランは眉を下げた。
この小さな生き物の、振り絞るような願いに。
「そうか。分かった。俺がなんとかしてやる。行くぞ」
「…………ああ!」
獣は顔をぱっと上向かせ、男の頼もしい背についていった。
そして一緒に猛獣たちの部屋を出て行く。
ゼイランは外の敷地の木陰に、獣を置いた。
魔法で彼の気配を隠しておく。
それからゼイランは一人施設に戻り、猛獣たちが集められた部屋の裏口を開け放った。
「さあお前達、自由になるといい! 悪徳魔術師らはもういないぞ!」
ゼイランは気持ちよく腕を広げ、勢いよく出て行く獣たちを見送る。
そして自ら建物を壊し始めた。最初は素手で破壊していたが、面倒になってきたので魔法で木っ端みじんにする。
焼け野原になった施設を見て、彼は満足気に腕を組んだ。
別棟からさきほどのローブの魔術師が口をあんぐりと開けて出てくるのを見て、ゼイランは自らの姿を消した。
そして手に入れた小さな獣の元へ戻る。
木の下で獣は、尻尾を丸めて横になっていた。
「済んだぞ。……あ? 寝てるのか。お前、将来が楽しみな男だな。……おい起きろ!」
「……うっ⋯?」
日々の戦闘で疲れていた獣は、ゼイランに抱き起されて目を開ける。
この銀髪の男に救われたのは、夢ではなかったようだ。
「俺はゼイランだ。様づけで呼べよ。俺は偉いんだからな」
「……ゼイラン、さま……」
「そうだ、家に帰るぞ! 掴まれ!」
彼は目の前で背中から大きな黒い翼を羽ばたかせた。
肩に乗り掴まった青い獣は、初めて紫色の空を飛ぶ。
彼の肩越しに見た光景は、生涯忘れられないものとなった。
だがタイミングよく、ミザロの監禁部屋の扉が開いた。一同は皆絶句する。
ひときわ背が高く美しい、銀髪の男が現れたからだ。
彼は静かな表情で部屋に足を踏み入れた。
「ゼイラン様⋯⋯!」
「別室で尋問の様子を見ていた。俺を所望しているようだな、魔女め」
ざらついた声音が、空間に緊張を走らせる。
魔術師デシエは歪んだ口元と瞳で、ゼイランをうっすら笑っていた。
ゼイランは、あなたの隣にいたルドガーに視線を合わせる。
二人はすぐには言葉を交わさなかったが、ルドガーはいつもと違う主人の様子に気づいていた。
「……話は少し長くなる。皆、そこに座れ」
奥にある対面ソファへと促された。
誰も何も言えず、大人しく腰を下ろした。
あなたはルドガーの隣に座る。彼は膝を掴み、主人から目を離せないでいる。
聞きたいのに、聞くのを恐れている。そんなふうに見えた。
不気味に透明の檻から女が眺める中、セロやナザル、ミザロ、ジュリスも一点を見つめた。ゼイランが語りだすのを。
「ルドガー、お前に話していないことがある。……幼い頃にお前がいたのは、戦闘施設ではない。あれは、本当は……希少種の保護、育成をする施設だったんだ」
そう苦渋の顔つきで教えられた瞬間、ルドガーは瞳を大きく見開き震わせた。
彼の信じていた過去が、根本から揺らいだ瞬間だった。
◆
ルドガーは生後間もなく、獣の親に森に捨てられた。
彼らの種族は本能で戦闘を生業とし、繁殖のあとも子育てをするタイプと、しないタイプに分けられた。
ルドガーは後者だった。
生き方も分からなかった頃に、その青い小さな獣は、魔術師の小隊に拾われる。
彼らに人里離れた施設へと持ち帰られ、保護された。
ルドガーはその後、施設で暮らし始める。
一日の大半は訓練場で過ごし、専門の魔術師たちに戦術をしこまれた。
自分より大きい獣と戦わされたり、魔術師の攻撃魔法を受けたりした。
ひどいときは、身を縛るような拘束魔法を当てられ、必死に抗った。
「おらおら! そんなんじゃもっとでかい獣に食われちまうぞ!」
「くう……っ…………」
「魔族に捕まったらこんなもんじゃねえ! 腹に力入れろオラ!」
彼がぱたりと地面に倒れると、ローブを着た屈強な男がぞんざいに拾い上げる。
また戦闘に戻したり、場合によっては獣たちの寝床がある部屋に連れて行った。
ルドガーは毎日二回ご飯を与えられたが、部屋の真ん中に大釜が二つあり、一斉に大小様々な獣たちが押し寄せてきたため、小さいルドガーは吹っ飛ばされたりもした。
「うぐ、ぅっ……」
だが彼はめそめそ泣くタイプではなく、うめきながらも黒い瞳の目力だけは強かった。
いつかここから出てやる。そして、自由になってやる。
そう思いながら、歯を食いしばって生きていた。
それから数か月が経ち、施設に一人の貴族の男がやって来た。
魔族の中でもひときわ目を引く、華やかな男だ。
銀髪を短く整え、白のコートを羽織った彼は、魔術師に案内をされて廊下を歩いていた。
「ここにいるのは魔界のあちこちから集められた希少種ばかりなんですよ。使っても良し、売っても良し。きっと旦那のお気に入りが見つかるはずです、へへへ」
「ああそうか。俺は戦場で戦える獣を探してるんだ。即戦力をな」
品のない職員に眉をひそめつつ、公爵ゼイランの足取りは確かだ。
彼はここに他の貴族の紹介でやって来た。
希少種の魔獣だけを集めた特別な保護育成施設であり、きちんとした検査と教育を受けているのだと聞いている。
ゼイランはローブ姿の魔術師に、ある大きなホールに連れられた。
檻や獣の寝床が並んでいたが、ずらりと魔獣たちが取り囲むように集められていた。
「躾られているので安全ですよ。では私は書類のほうを作成してきますので。ごゆっくりどうぞ」
入り口付近で小声で話し、魔術師は彼を一人にした。
こんな部屋に残されれば、普通は怯えるものだ。
だがここでは、猛獣たちのほうが彼を警戒した。
ゼイランはただ真ん中で立ち止まり、涼やかな瞳で見渡す。
「……お前達、俺が分かるか?」
そう呟き、彼は体の内側から外へと、黒く膨れ上がるようなオーラを放った。
殺気を感じた猛獣たちは誰も動かず、ただ息を殺して様子をうかがっている。
けれどそんな中で、壁の端にいる一匹の幼獣に、ゼイランは気づいた。
青い毛をした狼の子供に似た顔つきで、こちらを睨みつけている。
「ふっ」
ゼイランは薄笑みを浮かべ、そいつを見た。
しばし見つめ合い、静かに威嚇してみたが、その青い獣は引かなかった。
「おいお前。お前だけか? この俺と目を合わせる根性がある奴は。……小さいのにな」
そう言って彼が瞳をふっと柔らかくすると、青い獣は四つ足で立ち上がった。
ゼイランのもとに、ゆっくりと近づいてくる。
足元までたどり着くと、男の銀色の瞳に興味深く見下ろされた。
「どうした。やはり俺が怖いか」
獣は首を振った。
三角の小さな耳をピンと立てたまま、黒いまっすぐな瞳がゼイランを映す。
そして上質な靴に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
一瞬困惑するほど、強く気高い香りだ。
青毛の獣は、突然しゃがんだゼイランに抱き上げられた。
「……ッ」
両手で脇を持たれ、じいっと見られると、獣は初めて瞳を怯えさせた。
そんな様子を見てもゼイランは笑わず、獣の瞳をぎろりと自身の鋭い眼差しで捕らえた。
ゼイランの瞳孔が縦に開き、舐めまわすように探っている。
悪魔族の彼の、もはや獣的な本能からくる確かめ方だった。
「ふん。漏らさないのは偉いな」
からかうように言うと、もうゼイランはその獣が気に入っていた。
本当は最初から強い大型の猛獣を買おうとしていたが、気が変わった。
「ふふふ。お前にするか。よし、もう一度立ってみろ。俺にアピールしろ」
地面に置き、さっそく上から命じる。
すると獣は、精一杯恐ろしい顔つきで、彼に向かって吠えた。
唸り声で威嚇するが、半分はもうゼイランに魅せられていた。
この男は明らかに、強いオスだと。
周りの猛獣たちをまったく意に介さず、なにより獣たちが、彼に手出しできないでいる。
そんな孤高の存在に、自分がこうして興味を持たれていることが誇らしく感じた。
初めて獣の自分という存在を認識された瞬間であった。
「さあ行くぞ。ついてこい」
獣は彼の足元に喜び勇んでついていこうとするが、ふと立ち止まった。
周りの獣たちは共に戦わされてきた者たちだ。
自分だけ抜け出して、いいのだろうか。
ゼイランは振り返り、ポケットに手をいれたまま首を傾げた。
「どうした。早く来い」
「……皆が、いじめられている……」
小さな獣は、初めて言葉を喋った。頭の中にあった怒りや苦悩から出た感情を、初めて外に発した。
ゼイランは眉をひそめ、獣の言葉をよく聞く。
「皆、ひどいことをされてるんだ。助けたい……」
そう言われて、ゼイランは眉を下げた。
この小さな生き物の、振り絞るような願いに。
「そうか。分かった。俺がなんとかしてやる。行くぞ」
「…………ああ!」
獣は顔をぱっと上向かせ、男の頼もしい背についていった。
そして一緒に猛獣たちの部屋を出て行く。
ゼイランは外の敷地の木陰に、獣を置いた。
魔法で彼の気配を隠しておく。
それからゼイランは一人施設に戻り、猛獣たちが集められた部屋の裏口を開け放った。
「さあお前達、自由になるといい! 悪徳魔術師らはもういないぞ!」
ゼイランは気持ちよく腕を広げ、勢いよく出て行く獣たちを見送る。
そして自ら建物を壊し始めた。最初は素手で破壊していたが、面倒になってきたので魔法で木っ端みじんにする。
焼け野原になった施設を見て、彼は満足気に腕を組んだ。
別棟からさきほどのローブの魔術師が口をあんぐりと開けて出てくるのを見て、ゼイランは自らの姿を消した。
そして手に入れた小さな獣の元へ戻る。
木の下で獣は、尻尾を丸めて横になっていた。
「済んだぞ。……あ? 寝てるのか。お前、将来が楽しみな男だな。……おい起きろ!」
「……うっ⋯?」
日々の戦闘で疲れていた獣は、ゼイランに抱き起されて目を開ける。
この銀髪の男に救われたのは、夢ではなかったようだ。
「俺はゼイランだ。様づけで呼べよ。俺は偉いんだからな」
「……ゼイラン、さま……」
「そうだ、家に帰るぞ! 掴まれ!」
彼は目の前で背中から大きな黒い翼を羽ばたかせた。
肩に乗り掴まった青い獣は、初めて紫色の空を飛ぶ。
彼の肩越しに見た光景は、生涯忘れられないものとなった。
