巨体の人外に助けられて世話される話
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翌日、関係者が魔術師塔に集められた。
あなたとルドガーがくすんだ灰壁の螺旋階段を上っていくと、廊下に出たところで金髪の騎士に出会った。
幹部の制服を着た色男のジュリスだ。
久々に見た彼は、手を上げて苦笑を浮かべた。
「やあ二人とも。大変なことになったね」
「ああ。領内の警備はどうだ」
「万全の体勢さ。守護者がいつ現れてもいいように、騎士も魔術師も配置している」
物々しい知らせを聞き、あなたは焦って見上げる。
「えっ。そんなに……。皆、守護者さまが来ると思ってるんですか?」
「そうだよ、名無し。捕らえた魔術師デシエは、守護者の側近なんだろう? かつてない好機だ」
一瞬だけ青い瞳がきらりと光り、彼の沸き立つ闘志を感じた。
あなたは反対に、事態の大きさに震えた。
すると向こうから、ナザルとセロが歩いてきた。
いつもは飄々とのんきな二人組だが、昨日に続き怒ったような険しい顔つきだった。
「よお、準備できたかお前ら。今日はあいつの息の根を止める記念日になるぞ」
「……ちょっ、言いすぎですよ、もう少し友好的に行きましょうよ」
怯えたあなたがセロに駆け寄ると、ナザルが無情にも首を振った。
「名無し、あの女にはな。そんぐらいの息込みで対峙するのがちょうどいいんだ。俺らに任せとけ、なあルドガー、金髪のナンバー2」
赤髪の獣は、ハッと不敵に笑んだあと、頷くルドガーとは反対に、ジュリスに怪訝に見られる。
「ナンバー2って俺のことか? 確かに俺は第二部隊長だが……」
「それもだがこの騎士団で二番目にイケメンってことだな。一位は俺」
「……えっ? なんですかそのランキング、一位はルドガーですよ!」
あなたがつい首を突っ込むと、大柄な男達に囲まれるように見下ろされた。
ルドガーだけは軽く頬を染め「そ、そうか?」と照れていたが、ナザルは「はぁ!?」と口を曲げる。
そしてジュリスはあなたに向かってくすくすと微笑んだ。
「そうだね。じゃあ俺はナンバー2でいい。ご苦労だったな、ナザル」
「おいふざけんな! じゃあ俺が2でいいわ。お前圏外な」
「いや君はナンバー4にいろよ。3は団長だから」
「あの不愛想クールをいれんじゃねえ、卑怯だろっ」
年上の男たちが幼稚な口論をしていると、セロの堪忍袋の緒が切れた。
「うっせんだよてめえら緊張感はねえのかッ! 俺が入れねえ話を延々とすんじゃねえッッ」
平凡な風貌の彼が怒号を散らすと、皆は同情的にしんとなった。
そしてちょうどたどり着いた深紅の分厚い扉が、ゆっくりと重い音を出して開く。
中から冷たい顔で現れたのは、黒ローブのミザロである。
白肌に深い隈をのせ、皆をじろりと見渡した。
「ほんとうに騒がしい人達ですね。今日が何の日か分かっているんですか? 自覚のある者だけ私の部屋に入りなさい」
厳しい声でたしなめられ、皆は大人しく背を縮こませるようにして扉をくぐり抜けた。
そして、彼のいつもの応接間の奥にある部屋に通され、全員が唖然とする。
暗がりに蝋燭がたくさん灯った部屋に、大きな水槽のようなガラスケースがあった。
縦長で、中央にゆるやかな紫髪の女が、黒ドレス姿のまま頭を垂れて浮いている。
「し、師匠……これはいったい……なんでしょうか」
「私が拘束具チームと特別に作った監禁用ケースです。あらゆる魔法、結界、通信を遮断しています」
水槽を見つめながら、不気味に笑う師を見てあなたは口を引きつらせる。
ものすごい力の入れようだ。
「でも、ここまでやる必要あるんですかね……デシエさん、トイレいけます⋯?」
「彼女は眠っているのではありません。時間を止めてるんですよ」
現実的な心配に対し、ミザロはさらりと恐ろしいことを言った。
引いているのはあなただけではなく、装備をまとった男達もだ。
とくにあれだけ息巻いていたセロも焦りを浮かべていた。
「いやー、さすがミザロ先輩っすね。⋯でもこうなると、さすがに守護者の報復が怖くありませんかね」
「何を言うんです。さっきあなた、息の根を止めるって言ってましたよね。さあどうぞ。今ならあなたでも殺せますよ」
「いやいやいや」
覚悟のなかったセロが数歩下がり、ナザルの横に大人しく戻る。
すると女への警戒を解かないルドガーが口を開いた。
「ミザロ。お前を敵に回したくはないな。見事な拘束だ」
「ありがとうございます」
「だが、このあとはどうする。この女が欲しい情報を渡すかどうか…」
彼は身構えながらも、あなたの傍らから離れず、考え込む。
「とりあえず、目覚めさせましょう。ですが名無しさん。最初は私に任せてくださいね。彼女はまだあなたの手には負えませんから」
「は、はい師匠」
そこは大人しく了承した。
正直、このレベルの尋問になると、自分が当事者でありながら、同席するだけでも身震いがした。
そしてあなたはこんな場面になっても、なぜか直感的に、守護者が突然現れるような気はしていなかった。
自分の感覚なのか、彼女はまだ遠くにいるような気配があったのだ。
「ではいきます。皆さん、気をつけて」
ミザロが長い詠唱を行い、ガラスケースが紫の光に包まれる。
一瞬だけまばゆく光ったかと思うと、辺りは静まり返った。
中にいた魔術師のデシエが、肩をぴくりと動かす。
ゆっくり顔を上げて、うつろな瞳で左右を眺めた。
「目覚めましたか、デシエ。私はミザロといいます。あなたを捕獲した者です」
「…………ミザロ魔術師団長。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。あなた、私に怒っていないんですか。あんなことをしたのに」
「いいえ……当然の対処だと思います。私はあなた方に敵対するつもりはありません」
二人が冷静に喋っているのを、全員が警戒心たっぷりに見つめていた。
デシエは疲れた様子だったが、この状況を諦めにも似た形で受け入れているようだった。
「それで、あなたの目的は? 本当に名無しさんに守護者の加護を願うだけだったのですか」
「……はい、そうです……! 私が彼女に接触をしたのは、それをお願いしに来ただけなのです……!」
急に眼に強い光を宿し、デシエはすがるようにあなたを見つめた。
嘘を言っているようには見えない。
あなたのポケットに今日も忍ばせているハンカチを、優しく渡してくれたのも彼女だったのだ。
出番ではないと言われたが、あなたは彼女に引き寄せられるように前に出る。
ルドガーに肩を掴まれて、あなたは彼と一緒にゆっくり水槽に近づいた。
見上げると、彼女は瞳を揺らし、手を透明の壁につけようとする。
するとルドガーは「動くな」と容赦なく唸った。
デシエは手を後ろに回し、言う通りにする。
なんだかその健気な様子が、胸を少し締めつけた。
「あの、どうして私なんかのためにそんなに……してくれるんですか?」
「あなたにお伝えしたように、特別な方だからです」
「……でも、それはなぜ? 私はなぜ守護者さまに特別なんですか?」
そう尋ねても、彼女は口を閉ざした。
セロとナザルと同じように、守護者については自分の口からは話せないようだ。
「守護者さまは、偉い方なんですよね⋯?」
「ええ、そうです」
「普通の人が、簡単には会えないぐらいにですよね⋯?」
「はい」
でも、守護者はこの間の森での休暇のときに、「会うのが楽しみだ」と言ってくれた。
それは彼女の心からの言葉だと思った。
「なら、私から会いに行くのはどうですか? 誰にも場所も言いませんから」
「……駄目だ!!」
隣のルドガーが制止する。
あなたが彼の手を握り、「ルドガーも一緒だよ」と言うと、彼は弱々しい顔をする。
デシエはそれでも苦渋の顔つきをしていた。
「守護者さまには、誰も自由には近づけません。身軽な人ではないのです。……その機会が来るならば、あの御方からあなた方に近づくはずです」
そこまで喋ってくれて、あなたは胸が静かに高鳴った。
夢物語ではなく、本当に近いうちにそうなる予感がしてくる。
静観していたミザロを通り過ぎ、セロはデシエとあなたの間にやって来た。
「名無し……」
「セロさん……どうしたんです。大丈夫ですよ、勝手に危険なことはしませんから」
あなたは彼の不器用な優しさを知っているため、穏やかに笑いかけようとする。
しかし彼は覚悟のにじんだ険しい表情で、こう言った。
「あの女は、公爵の一人だ。それに、化け物だ。気をつけろ」
そう口にした瞬間に、ケースの中が、一瞬ピキッと亀裂が走った音がした。
皆が騒然となり、即座に武器を取り出して構える。
ミザロは表情を大きく変えず、セロをじっと見たあと、女を確認した。
魔術師デシエはセロを食い殺すような激しい目つきで捕らえている。
「貴様……言葉に気をつけろッ」
「うるせえ! バケモンにバケモンって言って何が悪い! いい雰囲気になろうが俺は絶対てめえへの恨みは忘れねえからなッ!」
彼は思いきり罵ったあと、あなたをがっと力強く見つめる。
「俺が言いたいのは、気をつけろってことだけだ。お前に優しいのは事実かもしれねえが、あいつらは普通じゃないんだ。お前は先にゼイランの加護を授かるべきだ、身の安全のためにな」
「……セロッ! それ以上余計なことを言うなッ! お前の命はないぞッ!」
淑やかにしていた彼女が、まるで昨日の公園での一幕のように、牙を剥き出す勢いで激怒する。
あなたは何を信じればいいのか、混乱した。
同じ人間で、ひどい目に合って来たセロの言うことは、間違いではないのだろう。
「……駄目ですよ、デシエさん。セロさん達に手は出さないでください。昨日約束しましたよね」
あなたは静かに彼女を見つめ、はっきりと告げた。
すると彼女は奥歯をぐっと噛んだが、自ら呼吸を静めていき、やがて頷く。
「……分かっています、殺しはしません。……ですが、そんな男の言うことを信じる必要はありません」
「いいえ。セロさんは信じられる男の人ですよ。ナザルさんも。ねえルドガー」
「そうだ。こいつらはもう俺達の仲間だ。手出しするなら、俺達は黙っていない」
セロとナザルは瞳を揺らし、感動している。
その光景に、孤立しかけたデシエは唇をかむ。
ミザロはただ一人、満足気だ。
これこそが彼が望んだ戦況だった。
デシエはくつくつと気が触れたように笑いだす。
そしてルドガーのことを見やった。
まるで仮面がはがれたかのように。
「ふふふっ……でもあなた、何も知らないでしょう。主人のことを」
「……どういう意味だ?」
「ゼイラン公爵よ。……彼が隠していることを、何も知らないでいる……」
突然にやりと艶やかに笑い、ルドガーの心を別方向から揺さぶる。
あなたも彼を見上げ、戸惑いを隠せないでいた。
セロたちもルドガーに引きつけられた。
「何を言っている……俺を惑わすな……お前の言うことは信じないぞ」
彼は視界の曇りを振り払うように、頭を振って前に出た。
激しく剣先を向け、まっすぐ睨みつける。
「ゼイラン様は誰よりも信じられる方だ。俺を悪い奴らから救い出し、二十年間育ててくれた! 何も知らないお前が嘘をまき散らすな!」
ルドガーは動揺していた。なぜか心がかき乱される。
魔術師の淀んだ視線に捕まったかのように。
ミザロは眉間を寄せた。
彼らを観察するが、魔術師は術式を試みていない。ただ動揺を誘っているだけだ。
対してルドガーの体からは、不安な感情が滲み出ている。
それを察したのは師だけでなく、隣にいるあなたもだった。
「ルドガー、大丈夫だから、聞かないでいいよ」
「名無しっ、ゼイラン様は、そんな人ではない! お前も知っているだろうっ!?」
あなたは何度も頷き、憤っている彼を落ち着かせようとする。
すると後ろに控えていた騎士ジュリスが魔術師に言った。
「我々の主君を愚弄するな。何が目的だ」
「彼の主人をここに呼びなさい。彼の口から話をさせればいい」
ガラスケースの中で、姿勢よく立ち、デシエは要求した。
ジュリスは睨みつけていたが、ミザロと視線を交わす。
そんな様子を腕を組み、ナザルは静観していた。
わずかに冷たく、一線を引いた表情で。
あなたとルドガーがくすんだ灰壁の螺旋階段を上っていくと、廊下に出たところで金髪の騎士に出会った。
幹部の制服を着た色男のジュリスだ。
久々に見た彼は、手を上げて苦笑を浮かべた。
「やあ二人とも。大変なことになったね」
「ああ。領内の警備はどうだ」
「万全の体勢さ。守護者がいつ現れてもいいように、騎士も魔術師も配置している」
物々しい知らせを聞き、あなたは焦って見上げる。
「えっ。そんなに……。皆、守護者さまが来ると思ってるんですか?」
「そうだよ、名無し。捕らえた魔術師デシエは、守護者の側近なんだろう? かつてない好機だ」
一瞬だけ青い瞳がきらりと光り、彼の沸き立つ闘志を感じた。
あなたは反対に、事態の大きさに震えた。
すると向こうから、ナザルとセロが歩いてきた。
いつもは飄々とのんきな二人組だが、昨日に続き怒ったような険しい顔つきだった。
「よお、準備できたかお前ら。今日はあいつの息の根を止める記念日になるぞ」
「……ちょっ、言いすぎですよ、もう少し友好的に行きましょうよ」
怯えたあなたがセロに駆け寄ると、ナザルが無情にも首を振った。
「名無し、あの女にはな。そんぐらいの息込みで対峙するのがちょうどいいんだ。俺らに任せとけ、なあルドガー、金髪のナンバー2」
赤髪の獣は、ハッと不敵に笑んだあと、頷くルドガーとは反対に、ジュリスに怪訝に見られる。
「ナンバー2って俺のことか? 確かに俺は第二部隊長だが……」
「それもだがこの騎士団で二番目にイケメンってことだな。一位は俺」
「……えっ? なんですかそのランキング、一位はルドガーですよ!」
あなたがつい首を突っ込むと、大柄な男達に囲まれるように見下ろされた。
ルドガーだけは軽く頬を染め「そ、そうか?」と照れていたが、ナザルは「はぁ!?」と口を曲げる。
そしてジュリスはあなたに向かってくすくすと微笑んだ。
「そうだね。じゃあ俺はナンバー2でいい。ご苦労だったな、ナザル」
「おいふざけんな! じゃあ俺が2でいいわ。お前圏外な」
「いや君はナンバー4にいろよ。3は団長だから」
「あの不愛想クールをいれんじゃねえ、卑怯だろっ」
年上の男たちが幼稚な口論をしていると、セロの堪忍袋の緒が切れた。
「うっせんだよてめえら緊張感はねえのかッ! 俺が入れねえ話を延々とすんじゃねえッッ」
平凡な風貌の彼が怒号を散らすと、皆は同情的にしんとなった。
そしてちょうどたどり着いた深紅の分厚い扉が、ゆっくりと重い音を出して開く。
中から冷たい顔で現れたのは、黒ローブのミザロである。
白肌に深い隈をのせ、皆をじろりと見渡した。
「ほんとうに騒がしい人達ですね。今日が何の日か分かっているんですか? 自覚のある者だけ私の部屋に入りなさい」
厳しい声でたしなめられ、皆は大人しく背を縮こませるようにして扉をくぐり抜けた。
そして、彼のいつもの応接間の奥にある部屋に通され、全員が唖然とする。
暗がりに蝋燭がたくさん灯った部屋に、大きな水槽のようなガラスケースがあった。
縦長で、中央にゆるやかな紫髪の女が、黒ドレス姿のまま頭を垂れて浮いている。
「し、師匠……これはいったい……なんでしょうか」
「私が拘束具チームと特別に作った監禁用ケースです。あらゆる魔法、結界、通信を遮断しています」
水槽を見つめながら、不気味に笑う師を見てあなたは口を引きつらせる。
ものすごい力の入れようだ。
「でも、ここまでやる必要あるんですかね……デシエさん、トイレいけます⋯?」
「彼女は眠っているのではありません。時間を止めてるんですよ」
現実的な心配に対し、ミザロはさらりと恐ろしいことを言った。
引いているのはあなただけではなく、装備をまとった男達もだ。
とくにあれだけ息巻いていたセロも焦りを浮かべていた。
「いやー、さすがミザロ先輩っすね。⋯でもこうなると、さすがに守護者の報復が怖くありませんかね」
「何を言うんです。さっきあなた、息の根を止めるって言ってましたよね。さあどうぞ。今ならあなたでも殺せますよ」
「いやいやいや」
覚悟のなかったセロが数歩下がり、ナザルの横に大人しく戻る。
すると女への警戒を解かないルドガーが口を開いた。
「ミザロ。お前を敵に回したくはないな。見事な拘束だ」
「ありがとうございます」
「だが、このあとはどうする。この女が欲しい情報を渡すかどうか…」
彼は身構えながらも、あなたの傍らから離れず、考え込む。
「とりあえず、目覚めさせましょう。ですが名無しさん。最初は私に任せてくださいね。彼女はまだあなたの手には負えませんから」
「は、はい師匠」
そこは大人しく了承した。
正直、このレベルの尋問になると、自分が当事者でありながら、同席するだけでも身震いがした。
そしてあなたはこんな場面になっても、なぜか直感的に、守護者が突然現れるような気はしていなかった。
自分の感覚なのか、彼女はまだ遠くにいるような気配があったのだ。
「ではいきます。皆さん、気をつけて」
ミザロが長い詠唱を行い、ガラスケースが紫の光に包まれる。
一瞬だけまばゆく光ったかと思うと、辺りは静まり返った。
中にいた魔術師のデシエが、肩をぴくりと動かす。
ゆっくり顔を上げて、うつろな瞳で左右を眺めた。
「目覚めましたか、デシエ。私はミザロといいます。あなたを捕獲した者です」
「…………ミザロ魔術師団長。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。あなた、私に怒っていないんですか。あんなことをしたのに」
「いいえ……当然の対処だと思います。私はあなた方に敵対するつもりはありません」
二人が冷静に喋っているのを、全員が警戒心たっぷりに見つめていた。
デシエは疲れた様子だったが、この状況を諦めにも似た形で受け入れているようだった。
「それで、あなたの目的は? 本当に名無しさんに守護者の加護を願うだけだったのですか」
「……はい、そうです……! 私が彼女に接触をしたのは、それをお願いしに来ただけなのです……!」
急に眼に強い光を宿し、デシエはすがるようにあなたを見つめた。
嘘を言っているようには見えない。
あなたのポケットに今日も忍ばせているハンカチを、優しく渡してくれたのも彼女だったのだ。
出番ではないと言われたが、あなたは彼女に引き寄せられるように前に出る。
ルドガーに肩を掴まれて、あなたは彼と一緒にゆっくり水槽に近づいた。
見上げると、彼女は瞳を揺らし、手を透明の壁につけようとする。
するとルドガーは「動くな」と容赦なく唸った。
デシエは手を後ろに回し、言う通りにする。
なんだかその健気な様子が、胸を少し締めつけた。
「あの、どうして私なんかのためにそんなに……してくれるんですか?」
「あなたにお伝えしたように、特別な方だからです」
「……でも、それはなぜ? 私はなぜ守護者さまに特別なんですか?」
そう尋ねても、彼女は口を閉ざした。
セロとナザルと同じように、守護者については自分の口からは話せないようだ。
「守護者さまは、偉い方なんですよね⋯?」
「ええ、そうです」
「普通の人が、簡単には会えないぐらいにですよね⋯?」
「はい」
でも、守護者はこの間の森での休暇のときに、「会うのが楽しみだ」と言ってくれた。
それは彼女の心からの言葉だと思った。
「なら、私から会いに行くのはどうですか? 誰にも場所も言いませんから」
「……駄目だ!!」
隣のルドガーが制止する。
あなたが彼の手を握り、「ルドガーも一緒だよ」と言うと、彼は弱々しい顔をする。
デシエはそれでも苦渋の顔つきをしていた。
「守護者さまには、誰も自由には近づけません。身軽な人ではないのです。……その機会が来るならば、あの御方からあなた方に近づくはずです」
そこまで喋ってくれて、あなたは胸が静かに高鳴った。
夢物語ではなく、本当に近いうちにそうなる予感がしてくる。
静観していたミザロを通り過ぎ、セロはデシエとあなたの間にやって来た。
「名無し……」
「セロさん……どうしたんです。大丈夫ですよ、勝手に危険なことはしませんから」
あなたは彼の不器用な優しさを知っているため、穏やかに笑いかけようとする。
しかし彼は覚悟のにじんだ険しい表情で、こう言った。
「あの女は、公爵の一人だ。それに、化け物だ。気をつけろ」
そう口にした瞬間に、ケースの中が、一瞬ピキッと亀裂が走った音がした。
皆が騒然となり、即座に武器を取り出して構える。
ミザロは表情を大きく変えず、セロをじっと見たあと、女を確認した。
魔術師デシエはセロを食い殺すような激しい目つきで捕らえている。
「貴様……言葉に気をつけろッ」
「うるせえ! バケモンにバケモンって言って何が悪い! いい雰囲気になろうが俺は絶対てめえへの恨みは忘れねえからなッ!」
彼は思いきり罵ったあと、あなたをがっと力強く見つめる。
「俺が言いたいのは、気をつけろってことだけだ。お前に優しいのは事実かもしれねえが、あいつらは普通じゃないんだ。お前は先にゼイランの加護を授かるべきだ、身の安全のためにな」
「……セロッ! それ以上余計なことを言うなッ! お前の命はないぞッ!」
淑やかにしていた彼女が、まるで昨日の公園での一幕のように、牙を剥き出す勢いで激怒する。
あなたは何を信じればいいのか、混乱した。
同じ人間で、ひどい目に合って来たセロの言うことは、間違いではないのだろう。
「……駄目ですよ、デシエさん。セロさん達に手は出さないでください。昨日約束しましたよね」
あなたは静かに彼女を見つめ、はっきりと告げた。
すると彼女は奥歯をぐっと噛んだが、自ら呼吸を静めていき、やがて頷く。
「……分かっています、殺しはしません。……ですが、そんな男の言うことを信じる必要はありません」
「いいえ。セロさんは信じられる男の人ですよ。ナザルさんも。ねえルドガー」
「そうだ。こいつらはもう俺達の仲間だ。手出しするなら、俺達は黙っていない」
セロとナザルは瞳を揺らし、感動している。
その光景に、孤立しかけたデシエは唇をかむ。
ミザロはただ一人、満足気だ。
これこそが彼が望んだ戦況だった。
デシエはくつくつと気が触れたように笑いだす。
そしてルドガーのことを見やった。
まるで仮面がはがれたかのように。
「ふふふっ……でもあなた、何も知らないでしょう。主人のことを」
「……どういう意味だ?」
「ゼイラン公爵よ。……彼が隠していることを、何も知らないでいる……」
突然にやりと艶やかに笑い、ルドガーの心を別方向から揺さぶる。
あなたも彼を見上げ、戸惑いを隠せないでいた。
セロたちもルドガーに引きつけられた。
「何を言っている……俺を惑わすな……お前の言うことは信じないぞ」
彼は視界の曇りを振り払うように、頭を振って前に出た。
激しく剣先を向け、まっすぐ睨みつける。
「ゼイラン様は誰よりも信じられる方だ。俺を悪い奴らから救い出し、二十年間育ててくれた! 何も知らないお前が嘘をまき散らすな!」
ルドガーは動揺していた。なぜか心がかき乱される。
魔術師の淀んだ視線に捕まったかのように。
ミザロは眉間を寄せた。
彼らを観察するが、魔術師は術式を試みていない。ただ動揺を誘っているだけだ。
対してルドガーの体からは、不安な感情が滲み出ている。
それを察したのは師だけでなく、隣にいるあなたもだった。
「ルドガー、大丈夫だから、聞かないでいいよ」
「名無しっ、ゼイラン様は、そんな人ではない! お前も知っているだろうっ!?」
あなたは何度も頷き、憤っている彼を落ち着かせようとする。
すると後ろに控えていた騎士ジュリスが魔術師に言った。
「我々の主君を愚弄するな。何が目的だ」
「彼の主人をここに呼びなさい。彼の口から話をさせればいい」
ガラスケースの中で、姿勢よく立ち、デシエは要求した。
ジュリスは睨みつけていたが、ミザロと視線を交わす。
そんな様子を腕を組み、ナザルは静観していた。
わずかに冷たく、一線を引いた表情で。
