巨体の人外に助けられて世話される話
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朝起きたら、丸い大きな金の瞳にじっと見られていた。
寝ぼけ眼のあなたは「わああっびっくりした!」と藁の上で飛び起きる。
厩舎にはまだ動物たちがいて、懐かしい匂いが漂う。
寄り添うように腰を下ろしている獣のルドガーに安心した。
「おはよう、ルドガー」
「おはよう、名無し。よく眠っていたな、こんなところで。すごいぞ」
朝から冷静に突っ込まれ、あなたは苦笑した。
確かにぐっすり眠ってしまったのは、隣に心地よい毛並みがあったからだ。
ルドガーが大きなあくびをするのを見て、猫のように可愛いと思った。
「良い知らせだぞ。さっきマルグが来て、セヴァに別荘を貸してもらえることになったと教えてくれた」
「本当っ? わあすごいよ、本当にありがたいね!」
「ああ。場所はログハウスつきの森の私有地だから、安全面もばっちりだ。一族の休暇用の家らしいが、この時期は空いているから自由に過ごしてくれと言われた」
急なお願いに親切にしてもらい、ルドガーの師のような存在でもあり仲間でもある隊長セヴァに、深く感謝をした。
彼はゼイラン軍の獣族部隊長で、日々忙しい人物だ。
前に何度か会ったことがあり、物腰が上品でとっても優しい虎獣人の男性だった。
聞くとあなたのために屋敷から馬車を手配してくれたようで、慌てて荷物を取りに行くことになった。
その私有地は厳格な結界が張ってあり、他者の転移魔法は使えないらしいのだ。
支度を済ませて騎士団の門の前で待っていると、大きく立派な馬車がやって来た。
運転している者も案内役の人も、セヴァの使用人の虎族で、茶色や黄色交じりの毛が美しい。
「ではどうぞ、名無し様。ルドガー様はご自身で向かわれますか?」
「そうする。名無しを頼む」
「かしこまりました」
獣姿の彼はそう言い、あなたと一時の別れを交わした。
「彼らは強いし安全だから大丈夫だぞ、数時間で着くはずだ」
「うん。でもルドガーはどうするの? 走っていくの?」
「ああ。お前より早く着くだろう。ひとっ飛びだ」
彼は言葉尻を弾ませ、ふわふわの尻尾を揺らした。
森へ行くから、野生の気持ちが高まっているのかもしれない。
あなたもそんな彼を見てドキドキしながら、新たな場所へと送ってもらった。
本当に二時間もかからないうちに、セヴァが所有する森へと到着した。
途中山道もあったが、格式高い馬車の中は驚くほど快適だった。
ただ一人での移動は初めてで、少しだけ心細さを覚えたけれど。
「わあ~とっても綺麗なところですね! ほんとにここセヴァさん一族の持ち物なんですか?」
「ええ、そうですよ。当主から食料や必需品などの贈り物もございますので、どうぞお二人でごゆっくり過ごされてくださいね。それと、何かありましたらこの通話魔石でご連絡ください」
制服を着た使用人の虎族の男性に、丁寧にもてなされる。
あなたはお礼が止まらなかったが、まるでホテルにいる客人のような、破格の扱いを受けてしまった。
「ひいい、すっごい美味しそうな食料品とフルーツ……パンもあるよ。デザートも!……セヴァさん、優しいなぁ。皆さんも」
ここまでしてもらっていいのだろうかと恐縮してしまったが、氷魔法の魔石を封じ込めた冷蔵庫に詰めて、ほっと一息ついた。
なんといっても、驚くのはこの吹き抜けの広いログハウスだ。
丸太が積まれた2階建てで、木彫りの家具には毛皮が敷かれている。
大きな暖炉もあるし、温かみがありながら王者の風格のような豪華さも兼ね備えていた。
いくつもの部屋を見て回ったあなたは、リビングの大きなガラス窓の前で佇んだ。
ここがもっとも壮観だ。まるで森の中に立っているかのように、窓の外には鬱蒼とした木々が広がり、静寂に包まれる。
「ルドガー、ここすごいよ。どこ行っちゃったの…」
ぽつりと圧倒されていると、前から獣の影が現れた。一瞬ビクっとなるが、それは黒光りする青い毛をまとったルドガーだった。
「あっ、おかえり!」
あなたは中から手を振って、急いで玄関へ行こうとする。
だがそのとき、ルドガーに首を振られた。
よく見ると、彼は口に何かを咥えている。
あなたが彼の動きについていくと、近くに裏口があるらしかった。
獣の顔で少し押せば、自動で入れる木扉が備え付けられているのだ。
「ルドガー! そこから自由に出入りできるんだね」
「ああ。これで室内でもお前と一緒に過ごせるな」
別荘の中は、彼が歩き回れるほど広いスペースがいくつもあり、セヴァもそこを考慮して貸してくれたようだった。
「嬉しい~。いつも一緒にいられるね。……あ、でもそれなあに? もしかして獲ったの?」
彼が台所の広いシンクの中に、ぼとっと何匹かの魚を置いた。
川で見つけた新鮮な魚類のようだ。
「ああ、お前のメシだ。これは焼くとうまいし安全なやつだ。一緒に食おう」
そう言ってくれて、彼の優しさと愛情をさっそく感じ、あなたは瞳が緩んでいく。
「ありがとう、ルドガ~。本当はね、私邪魔かなって思ってたんだ。無理やり離れたくないってついてきちゃったし」
「邪魔なわけあるか。俺だって本当は、ものすごく嬉しい。お前と離れたいわけがないだろう? ただ、少し自信がなかっただけだ。……でもこうやって皆に助けられて、お前にも助けられて、素直に楽しく過ごせるかもしれないと……そう思ったんだ」
獣の彼がまっすぐ目を見て、気持ちを告げてくれた。
まだ日々は始まったばかりだが、感極まって彼に抱き着く。
「……嬉しい! じゃあこれで私たちの休暇パート2が始まりだね!」
「……ああ、そうだな。……俺は人化した姿がよかったけどな。またせっかくの二人きりなのに……」
未練がにじむルドガーだが、いつもの彼の声音が聞こえてくるたび、あなたは幸せを感じたのだった。
さっそく獣と人間の二人きりの生活が始まる。
彼は毛が生え変わる期間、様々な変化をするらしい。
体はエネルギーを必要とし、普段の何倍も食事をするようだ。
だが今日はあなたが到着する前にこの森で狩りをしたらしく、また明日行くと言っていた。
「ねえねえ、それに眠気もあるの? ルドガー、すごいあくびしてるね」
「ああ……そうだ。よく食べてよく寝るからな。……どうだ、魚うまいか?」
「うん、美味しい!」
まるで数か月前の小屋暮らしを思い出す。
あのときも彼が獲って来てくれた肉や魚を、あなたが調理して一緒に味わっていた。
ただひとつの違いは彼の姿だが、ルドガーはルドガーだと思った。
食事中も椅子に座るあなたと、そばで行儀よく腰を下ろしている彼。
だんだんと姿も見慣れてきて、あなたは自分でも驚くほど順応していた。
夕食後、薪をくべた暖炉の前で、二人でセヴァからの贈り物の箱を開けた。
「ん? なにこれ、すっごく大きなブラシだよ。どうするの?」
「……えっ? ああ、それか。そんなもの使わなくてもいい」
彼は呆れの混じった興味のなさそうな顔で見下ろしている。
だがあなたはすぐに思いついた。
これは彼の体にあてて、毛をとくものなのだと。
「ふっ。あいつは同じ獣だからな。余計な気をつかったんだろう。だが俺はそんな男らしくないものいらん」
「お、男らしくないって、そういう問題? ……使ってみたーいっ」
「あっ! やめろ!」
油断している彼に、あなたはブラシを両手で持って優しく動かした。
するとたくさん毛が絡まり、するすると落ちていく。
「わあ、すっごい取れる。これいいね、気持ちいいでしょう?」
「……う……別に……そんなことは……」
低い彼の声が絶妙に悶えている感じがする。
あなたが熱心に繰り返していると、ルドガーはやがて諦め、その場にぐったりとしていた。
「もういいか……気が済んだだろう」
「まだだめだよ。残ってるし。もうちょっとだけ」
そうお願いしてやがて役目を終え、あなたは集まった青い毛に目をキラキラさせる。すごい達成感だ。
「こんなの本物のオスではない……俺は番の愛に敗北しただけだ」
「なによそれ、別に悪くないでしょう? ……ふふっ、そうだよ、私の愛情だよ」
二人の親密なやり取りは、暖炉の火のように互いの心を温かくしていた。
ちょっとしたドラマはまだ続く。
外の森が暗くなり、リビングのガラス窓が幻想的な景色を映し出した頃だ。
ルドガーは室内で寝るらしいが、またあなたと意見が食い違ってしまった。
一人でお風呂に入り、寝間着姿で枕を抱えて彼のそばに来る。
一緒に寝る気満々だったが、彼はまたもや難色を示した。
「だめだ」
「……またぁっ!? どうしてよ、一緒がいい、寝ようよ~」
あなたが甘い猫なで声を出すと、凛々しく佇む獣の顔が一瞬揺らぐ。だが背筋を伸ばして座り、毅然とこう言った。
「お前はこんな大型の獣の危険性が分かっていないんだ。もし小さなお前を押しつぶしたらどうする?」
「でも昨日うまくいったでしょう」
「昨日俺は寝ていない。お前をずっと見ていた」
――ええっ!?
思わぬ事実を明かされ、あなたは汗がじとっと流れた。
彼はあなたに怪我させるのが心配で、あなたが厩舎に来てからはこっそり起きていたのだそうだ。
厩舎には馬たちもいるし、万が一があったら危ないからである。
「うそ……ごめん、ルドガー。じゃあ休めなかったでしょう……だからあんなにあくびしてたの」
「気にするな。俺は何日か寝ないでも大丈夫だ。あくびは換毛期のせいなだけだぞ」
そう言ってくれる愛しい彼だが、あなたは自分の言動を反省する。
「わかったよ。別々に寝よう、寂しいけど。……でも近くにいてもいいよね?」
あなたが子供のような眼差しで求めると、彼の瞳はふっと細められた。
「ああ、もちろんだ。お前はベッドに寝るといい。俺はその下で休もう。……それでいいか?」
優しく問われて、あなたにも嬉しい笑顔が広がる。
二人は暗がりの寝室へ向かった。
ここのベッドも広々としすぎているため、一人では有り余っている。
ベッドサイドには持参した二人の大事な花を飾っており、いつものように見守ってくれている。
けれどルドガーと出会ってからは、常に一緒に布団に入っていたから、慣れなくてそわそわした。
「ねえ、そこ居心地大丈夫…?」
カーペットに寝そべるルドガーに尋ねると、彼は薄い瞳で顔を頷かせた。
「快適だぞ。それにお前の気配があって俺も安心できる。お前がベッドから落ちても受け止めてやるからな」
「……ふふっ。よろしくね。……おやすみ、ルドガー。明日も一緒に楽しく過ごそうね……」
喋っているうちに、眠気が襲ってきた。
獣の彼といても、あなたも心から安心ができていた。
昨日とは環境ががらりと変わってしまったが、あなたの寝顔を見つめるルドガーがまとう雰囲気は、いつもと同じでずっと優しいものだった。
寝ぼけ眼のあなたは「わああっびっくりした!」と藁の上で飛び起きる。
厩舎にはまだ動物たちがいて、懐かしい匂いが漂う。
寄り添うように腰を下ろしている獣のルドガーに安心した。
「おはよう、ルドガー」
「おはよう、名無し。よく眠っていたな、こんなところで。すごいぞ」
朝から冷静に突っ込まれ、あなたは苦笑した。
確かにぐっすり眠ってしまったのは、隣に心地よい毛並みがあったからだ。
ルドガーが大きなあくびをするのを見て、猫のように可愛いと思った。
「良い知らせだぞ。さっきマルグが来て、セヴァに別荘を貸してもらえることになったと教えてくれた」
「本当っ? わあすごいよ、本当にありがたいね!」
「ああ。場所はログハウスつきの森の私有地だから、安全面もばっちりだ。一族の休暇用の家らしいが、この時期は空いているから自由に過ごしてくれと言われた」
急なお願いに親切にしてもらい、ルドガーの師のような存在でもあり仲間でもある隊長セヴァに、深く感謝をした。
彼はゼイラン軍の獣族部隊長で、日々忙しい人物だ。
前に何度か会ったことがあり、物腰が上品でとっても優しい虎獣人の男性だった。
聞くとあなたのために屋敷から馬車を手配してくれたようで、慌てて荷物を取りに行くことになった。
その私有地は厳格な結界が張ってあり、他者の転移魔法は使えないらしいのだ。
支度を済ませて騎士団の門の前で待っていると、大きく立派な馬車がやって来た。
運転している者も案内役の人も、セヴァの使用人の虎族で、茶色や黄色交じりの毛が美しい。
「ではどうぞ、名無し様。ルドガー様はご自身で向かわれますか?」
「そうする。名無しを頼む」
「かしこまりました」
獣姿の彼はそう言い、あなたと一時の別れを交わした。
「彼らは強いし安全だから大丈夫だぞ、数時間で着くはずだ」
「うん。でもルドガーはどうするの? 走っていくの?」
「ああ。お前より早く着くだろう。ひとっ飛びだ」
彼は言葉尻を弾ませ、ふわふわの尻尾を揺らした。
森へ行くから、野生の気持ちが高まっているのかもしれない。
あなたもそんな彼を見てドキドキしながら、新たな場所へと送ってもらった。
本当に二時間もかからないうちに、セヴァが所有する森へと到着した。
途中山道もあったが、格式高い馬車の中は驚くほど快適だった。
ただ一人での移動は初めてで、少しだけ心細さを覚えたけれど。
「わあ~とっても綺麗なところですね! ほんとにここセヴァさん一族の持ち物なんですか?」
「ええ、そうですよ。当主から食料や必需品などの贈り物もございますので、どうぞお二人でごゆっくり過ごされてくださいね。それと、何かありましたらこの通話魔石でご連絡ください」
制服を着た使用人の虎族の男性に、丁寧にもてなされる。
あなたはお礼が止まらなかったが、まるでホテルにいる客人のような、破格の扱いを受けてしまった。
「ひいい、すっごい美味しそうな食料品とフルーツ……パンもあるよ。デザートも!……セヴァさん、優しいなぁ。皆さんも」
ここまでしてもらっていいのだろうかと恐縮してしまったが、氷魔法の魔石を封じ込めた冷蔵庫に詰めて、ほっと一息ついた。
なんといっても、驚くのはこの吹き抜けの広いログハウスだ。
丸太が積まれた2階建てで、木彫りの家具には毛皮が敷かれている。
大きな暖炉もあるし、温かみがありながら王者の風格のような豪華さも兼ね備えていた。
いくつもの部屋を見て回ったあなたは、リビングの大きなガラス窓の前で佇んだ。
ここがもっとも壮観だ。まるで森の中に立っているかのように、窓の外には鬱蒼とした木々が広がり、静寂に包まれる。
「ルドガー、ここすごいよ。どこ行っちゃったの…」
ぽつりと圧倒されていると、前から獣の影が現れた。一瞬ビクっとなるが、それは黒光りする青い毛をまとったルドガーだった。
「あっ、おかえり!」
あなたは中から手を振って、急いで玄関へ行こうとする。
だがそのとき、ルドガーに首を振られた。
よく見ると、彼は口に何かを咥えている。
あなたが彼の動きについていくと、近くに裏口があるらしかった。
獣の顔で少し押せば、自動で入れる木扉が備え付けられているのだ。
「ルドガー! そこから自由に出入りできるんだね」
「ああ。これで室内でもお前と一緒に過ごせるな」
別荘の中は、彼が歩き回れるほど広いスペースがいくつもあり、セヴァもそこを考慮して貸してくれたようだった。
「嬉しい~。いつも一緒にいられるね。……あ、でもそれなあに? もしかして獲ったの?」
彼が台所の広いシンクの中に、ぼとっと何匹かの魚を置いた。
川で見つけた新鮮な魚類のようだ。
「ああ、お前のメシだ。これは焼くとうまいし安全なやつだ。一緒に食おう」
そう言ってくれて、彼の優しさと愛情をさっそく感じ、あなたは瞳が緩んでいく。
「ありがとう、ルドガ~。本当はね、私邪魔かなって思ってたんだ。無理やり離れたくないってついてきちゃったし」
「邪魔なわけあるか。俺だって本当は、ものすごく嬉しい。お前と離れたいわけがないだろう? ただ、少し自信がなかっただけだ。……でもこうやって皆に助けられて、お前にも助けられて、素直に楽しく過ごせるかもしれないと……そう思ったんだ」
獣の彼がまっすぐ目を見て、気持ちを告げてくれた。
まだ日々は始まったばかりだが、感極まって彼に抱き着く。
「……嬉しい! じゃあこれで私たちの休暇パート2が始まりだね!」
「……ああ、そうだな。……俺は人化した姿がよかったけどな。またせっかくの二人きりなのに……」
未練がにじむルドガーだが、いつもの彼の声音が聞こえてくるたび、あなたは幸せを感じたのだった。
さっそく獣と人間の二人きりの生活が始まる。
彼は毛が生え変わる期間、様々な変化をするらしい。
体はエネルギーを必要とし、普段の何倍も食事をするようだ。
だが今日はあなたが到着する前にこの森で狩りをしたらしく、また明日行くと言っていた。
「ねえねえ、それに眠気もあるの? ルドガー、すごいあくびしてるね」
「ああ……そうだ。よく食べてよく寝るからな。……どうだ、魚うまいか?」
「うん、美味しい!」
まるで数か月前の小屋暮らしを思い出す。
あのときも彼が獲って来てくれた肉や魚を、あなたが調理して一緒に味わっていた。
ただひとつの違いは彼の姿だが、ルドガーはルドガーだと思った。
食事中も椅子に座るあなたと、そばで行儀よく腰を下ろしている彼。
だんだんと姿も見慣れてきて、あなたは自分でも驚くほど順応していた。
夕食後、薪をくべた暖炉の前で、二人でセヴァからの贈り物の箱を開けた。
「ん? なにこれ、すっごく大きなブラシだよ。どうするの?」
「……えっ? ああ、それか。そんなもの使わなくてもいい」
彼は呆れの混じった興味のなさそうな顔で見下ろしている。
だがあなたはすぐに思いついた。
これは彼の体にあてて、毛をとくものなのだと。
「ふっ。あいつは同じ獣だからな。余計な気をつかったんだろう。だが俺はそんな男らしくないものいらん」
「お、男らしくないって、そういう問題? ……使ってみたーいっ」
「あっ! やめろ!」
油断している彼に、あなたはブラシを両手で持って優しく動かした。
するとたくさん毛が絡まり、するすると落ちていく。
「わあ、すっごい取れる。これいいね、気持ちいいでしょう?」
「……う……別に……そんなことは……」
低い彼の声が絶妙に悶えている感じがする。
あなたが熱心に繰り返していると、ルドガーはやがて諦め、その場にぐったりとしていた。
「もういいか……気が済んだだろう」
「まだだめだよ。残ってるし。もうちょっとだけ」
そうお願いしてやがて役目を終え、あなたは集まった青い毛に目をキラキラさせる。すごい達成感だ。
「こんなの本物のオスではない……俺は番の愛に敗北しただけだ」
「なによそれ、別に悪くないでしょう? ……ふふっ、そうだよ、私の愛情だよ」
二人の親密なやり取りは、暖炉の火のように互いの心を温かくしていた。
ちょっとしたドラマはまだ続く。
外の森が暗くなり、リビングのガラス窓が幻想的な景色を映し出した頃だ。
ルドガーは室内で寝るらしいが、またあなたと意見が食い違ってしまった。
一人でお風呂に入り、寝間着姿で枕を抱えて彼のそばに来る。
一緒に寝る気満々だったが、彼はまたもや難色を示した。
「だめだ」
「……またぁっ!? どうしてよ、一緒がいい、寝ようよ~」
あなたが甘い猫なで声を出すと、凛々しく佇む獣の顔が一瞬揺らぐ。だが背筋を伸ばして座り、毅然とこう言った。
「お前はこんな大型の獣の危険性が分かっていないんだ。もし小さなお前を押しつぶしたらどうする?」
「でも昨日うまくいったでしょう」
「昨日俺は寝ていない。お前をずっと見ていた」
――ええっ!?
思わぬ事実を明かされ、あなたは汗がじとっと流れた。
彼はあなたに怪我させるのが心配で、あなたが厩舎に来てからはこっそり起きていたのだそうだ。
厩舎には馬たちもいるし、万が一があったら危ないからである。
「うそ……ごめん、ルドガー。じゃあ休めなかったでしょう……だからあんなにあくびしてたの」
「気にするな。俺は何日か寝ないでも大丈夫だ。あくびは換毛期のせいなだけだぞ」
そう言ってくれる愛しい彼だが、あなたは自分の言動を反省する。
「わかったよ。別々に寝よう、寂しいけど。……でも近くにいてもいいよね?」
あなたが子供のような眼差しで求めると、彼の瞳はふっと細められた。
「ああ、もちろんだ。お前はベッドに寝るといい。俺はその下で休もう。……それでいいか?」
優しく問われて、あなたにも嬉しい笑顔が広がる。
二人は暗がりの寝室へ向かった。
ここのベッドも広々としすぎているため、一人では有り余っている。
ベッドサイドには持参した二人の大事な花を飾っており、いつものように見守ってくれている。
けれどルドガーと出会ってからは、常に一緒に布団に入っていたから、慣れなくてそわそわした。
「ねえ、そこ居心地大丈夫…?」
カーペットに寝そべるルドガーに尋ねると、彼は薄い瞳で顔を頷かせた。
「快適だぞ。それにお前の気配があって俺も安心できる。お前がベッドから落ちても受け止めてやるからな」
「……ふふっ。よろしくね。……おやすみ、ルドガー。明日も一緒に楽しく過ごそうね……」
喋っているうちに、眠気が襲ってきた。
獣の彼といても、あなたも心から安心ができていた。
昨日とは環境ががらりと変わってしまったが、あなたの寝顔を見つめるルドガーがまとう雰囲気は、いつもと同じでずっと優しいものだった。
