巨体の人外に助けられて世話される話
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ルドガーは翌日になると、意見箱を廃止した。
そのかわりひときわ目立つ巨体で事務局の前に立ち、訪れる騎士達を見下ろす。
「何か意見があるならば、俺のところに直接来い。どんな内容でもじっくりと聞いてやる」
彼は人工的な笑顔を浮かべ、それが皆の恐怖をあおった。
果たして何人の騎士がその誘いを受け止められるのか。
答えは誰もいなかった。
「つまらんな。……ああ、お前も俺への意見書を持参してるのか? 来い」
「……い、いえっ、やっぱり大丈夫です!」
びくっと肩を揺らし、制服姿の騎士が踵を返して逃げていく。
入れ替わりのように廊下を歩いていたあなたは、ルドガーの珍しい姿を発見した。
「あっ、ルドガー! こんなところで何してるの?」
「……名無し! お前なら大歓迎だ、さあ来い」
団内では珍しく本物の笑みを浮かべ、腕を広げられたので遠慮なく潜り込む。
背後から事務の騎士達のどよめきが聞こえたが、あなたは後ろの撤去された箱を見やった。
「本当にやめちゃったんだ。まだまだ皆さんルドガーに伝えたいことありそうだったのに。……ていうかもしかして、犯人探しなんてしてないよね?」
「…別にしていないぞ。ほんとのオスがそんなダサいことするか」
明らかに怪しい表情だったが、今日は彼も時間があるのだろう。
あなたは温かい気持ちで、自分のことに一生懸命になってくれるルドガーを見上げていた。
すると本部一階のロビーに、玄関口から二人組が入ってくる。
ここは客人や騎士達が雑談できるラウンジにもなっており、よくたまり場にしているのが彼らなのだ。
「おー、名無しにルドガー。どうしたそんなとこでイチャついて。騎士達を煽ってんのか?」
「セロさん! ナザルさんも! お買い物ですか」
「そうだよ。しょうがなく仕事やること決めたら、外出許可下りてな。ほらアイス、お前らにもやるよ」
フード付きの普段着の魔術師は、買い物袋から二つ取り出し自分達にくれた。
四人はちょうどそばのソファ席へ移った。
最初の頃の喧噪が嘘のように、今はルドガーも含め皆落ち着いてローテーブルを囲んでいる。
それぞれの進退が落ち着いてきたせいもあるのだろう。
「なあ、ルドガー。お前よ、騎士達に聞いたぞ。だっせえことしてんなぁ。また名無しにちょっかいかけられて、そいつを探してんだろ?」
意外と交友力のある赤髪の獣は、なれなれしく彼の名を呼び、にやついた顔で脚を大きく組んでいる。
「黙れ。見つけ出したらそいつをシメてやるんだ。二度とくだらんことを言えないようにな。……赤髪、まさかお前じゃないよな」
アイスを二口でかじりながら、ルドガーがぎろっと射抜くような視線で見やると、ナザルは大声で笑い飛ばした。
「俺が? ばっかじゃねえのか、んな回りくどい陰気なことするかよ! 俺だったらなあ、名無しの耳元で直接こう囁いてやる。˝なあ、あんたほど可愛い既婚者はいねえよ、俺と一発ねっとりした夜を――˝……ぐっ、うぅっ、なんだっ、また首が! ざけんなセロ! お前力強くなってんぞッ」
「……うそ! まじ? よっしゃあ! 最近密かに皆についていけるように訓練してんだよね」
優雅にアイスを舐めていたセロが、得意げに自分の獣の首輪の拘束を強めていた。
皆相変わらずである。
でもあなたには、それがすごく平和的な光景に思えた。
「ふふっ。仲良くなったなあ皆。ね、ルドガー。お友達出来てよかったよねえ」
「……友達なんかいらん。俺にはお前がいればいい」
「もう素直じゃないんだから」
あなたが隣の腕を小突くと、彼に自分のだと言わんばかりに手を繋がれる。
笑顔が浮かぶ中、あなたはふと本部の廊下から騎士たちのグループが歩いてくるのが見えた。
その人に気づき、思わず片手を上げて振る。
「ターシャさーん、お久しぶりです〜こんにちは~」
挨拶を大事にするあなたが微笑みを向けると、彼はドキっとした顔で立ち止まり、周りの騎士達からも注目されていた。
ジュリスの隊の騎士である新人の彼は、頭を下げながらこちらへやって来た。
「名無しさん、お久しぶりです。ルドガーさんも!」
「ふふふ。元気でしたか? この間は人参ありがとうございました。でも見てくださいよ、あの赤兎、こんなになっちゃったんですよ」
あなたはすっかり事件のことが頭から抜け落ちて紹介する。
するとターシャは振り向いた赤髪のナザルに気づき、「ひいいっ」と後ずさった。
怯える若騎士を前に、ナザルはにやりと瞳を細め立ち上がる。
自分のほうが優に高い身長を生かし、脅かすように見下ろした。
「あぁお前かよ。何ビビッてんだ、感動の再会じゃねえか。これからは仲間になったんだからなぁ、よろしく頼むぜ。くくく」
「おいナザル、やめろよ騎士さん固まってんじゃねえか。…わりいなターシャ。あんときのこと」
哀愁ただよう顔でセロが獣の腕を引っ張り、無理やり座らせる。
あなたも悪いことをしたと思い、ターシャに声をかけて椅子に座ってもらった。
「いえ……自分の落ち度でしたから。今は団長もあなた方を仲間だと承認していますし、自分も、その、……仲間だと……っ」
緊張から心と体がちぐはぐな騎士に対し、あなたに慈愛の心が蘇る。
彼は自分が初めて催眠魔法を与えたある種忘れられない対象なのだ。
「ターシャさん。さっきはあんなこと言っちゃいましたけど、自分の心に正直になっていいんですよ。難しかったら付き合わなくてもいいし、全然大丈夫ですから」
「いや付き合ってくれよ。俺騎士の知り合いいねえから、今後護衛してもらわないといけねんだよ」
セロの横槍が入る一方で、あなたの優しさを快く思わない男がもう一人いた。
「あ、ありがとうございます。名無しさん……あなたにそう言っていただけると、俺は……っ」
「俺はなんだ」
場を凍らせるような鋭利な瞳が騎士を突き刺す。
ターシャは忘れていた二人目の巨体に、たくましい体を震え上がらせた。
「ああそうか……もしやお前なのか。あのふざけたメッセージを入れたのは」
「は、はい…? なんのことですかルドガーさん…?」
「とぼけるな、俺の番を˝可愛い奥さん˝などと悦に入った呼び方をしたのは、お前だろう!」
「……えっ。……ち、ちがいます、俺じゃないです!!」
立ち上がり追いかけまわそうとするルドガーを、あなた達は三人がかりで止めた。
同じぐらい力の強そうなナザルがいなければ惨事になっていただろう。
「おいおい、ぜってえこいつじゃねえよ。こいつにそんな度胸ねえだろ」
「だよな。許してやれよ、お前の勘違いだって」
「じゃあ誰なんだ! 早く出てこい! 俺が相手になってやるッ!」
男三人の連携の取れた会話にあなたが引いていると、事情を知ったターシャはこんなことを話し始めた。
「なるほど、そんなメモが……。あ、でも正直、誰が書いていてもおかしくないと思います」
「え? どういう意味ですかターシャさん」
「いやあの……名無しさんは今まで近寄りがたい存在だったと思うんですが、事務局に現れてから、あなたの人気が団員たちの間でさらに上がっていまして……あッすみません! 失礼なことを!」
予期せぬ新情報にあなたは衝撃を受ける。
だが話を聞くと、年も近いし、あのゼイランの獣ルドガーとうまく付き合い、かつ騎士達にも分け隔てなく接してくれる親しみやすさが、彼らにとって魅力に映っていたらしい。
「え、え~。うそ~。そんなふうに思われてたの。やだ嬉しい~。だって最初ものすごい空気的な扱いだったのに。ねえルドガー」
照れ隠しに彼の袖を引っ張ると、ルドガーは当然仏頂面を極めていた。
「つまりあれか。名無しのことを、ここのオス共全員が狙ってるというわけだな……」
彼の地を這うような低い声に、その場の空気がぴたりと凍りつく。
「ふざけるなよ……コロスッ!!」
「違う違う、落ち着いてルドガー。大丈夫だから。誰も狙ってないよ。私を狙ってるのはあなただけ。……それに私の気持ちもあなだけのもの。そうでしょう?」
あなたは男達の前だけれど、ルドガーの黒髪に生えた角を、そっと優しく撫でた。
こうすると、少しだけ大人しくなる気がした。
「…………ッ。く、名無し……。人前でそんなところ触るな……」
「えっごめん」
素で謝り、みるみるうちにルドガーが安堵し、彼の気が静まったところを皆が目撃した。
騎士も胸をなでおろし、セロは「なんだこの茶番劇」と白けていたが、ナザルは同じ獣のそんな姿を見て、ややつまらなそうな横目をやっている。
こうして結局メモの主は分からなかったけれど、あなたにとっては、たいした問題ではない気がした。
大事なのは、いつも互いの心を落ち着かせる相手がちゃんとそばにいるということなのだ。
そのかわりひときわ目立つ巨体で事務局の前に立ち、訪れる騎士達を見下ろす。
「何か意見があるならば、俺のところに直接来い。どんな内容でもじっくりと聞いてやる」
彼は人工的な笑顔を浮かべ、それが皆の恐怖をあおった。
果たして何人の騎士がその誘いを受け止められるのか。
答えは誰もいなかった。
「つまらんな。……ああ、お前も俺への意見書を持参してるのか? 来い」
「……い、いえっ、やっぱり大丈夫です!」
びくっと肩を揺らし、制服姿の騎士が踵を返して逃げていく。
入れ替わりのように廊下を歩いていたあなたは、ルドガーの珍しい姿を発見した。
「あっ、ルドガー! こんなところで何してるの?」
「……名無し! お前なら大歓迎だ、さあ来い」
団内では珍しく本物の笑みを浮かべ、腕を広げられたので遠慮なく潜り込む。
背後から事務の騎士達のどよめきが聞こえたが、あなたは後ろの撤去された箱を見やった。
「本当にやめちゃったんだ。まだまだ皆さんルドガーに伝えたいことありそうだったのに。……ていうかもしかして、犯人探しなんてしてないよね?」
「…別にしていないぞ。ほんとのオスがそんなダサいことするか」
明らかに怪しい表情だったが、今日は彼も時間があるのだろう。
あなたは温かい気持ちで、自分のことに一生懸命になってくれるルドガーを見上げていた。
すると本部一階のロビーに、玄関口から二人組が入ってくる。
ここは客人や騎士達が雑談できるラウンジにもなっており、よくたまり場にしているのが彼らなのだ。
「おー、名無しにルドガー。どうしたそんなとこでイチャついて。騎士達を煽ってんのか?」
「セロさん! ナザルさんも! お買い物ですか」
「そうだよ。しょうがなく仕事やること決めたら、外出許可下りてな。ほらアイス、お前らにもやるよ」
フード付きの普段着の魔術師は、買い物袋から二つ取り出し自分達にくれた。
四人はちょうどそばのソファ席へ移った。
最初の頃の喧噪が嘘のように、今はルドガーも含め皆落ち着いてローテーブルを囲んでいる。
それぞれの進退が落ち着いてきたせいもあるのだろう。
「なあ、ルドガー。お前よ、騎士達に聞いたぞ。だっせえことしてんなぁ。また名無しにちょっかいかけられて、そいつを探してんだろ?」
意外と交友力のある赤髪の獣は、なれなれしく彼の名を呼び、にやついた顔で脚を大きく組んでいる。
「黙れ。見つけ出したらそいつをシメてやるんだ。二度とくだらんことを言えないようにな。……赤髪、まさかお前じゃないよな」
アイスを二口でかじりながら、ルドガーがぎろっと射抜くような視線で見やると、ナザルは大声で笑い飛ばした。
「俺が? ばっかじゃねえのか、んな回りくどい陰気なことするかよ! 俺だったらなあ、名無しの耳元で直接こう囁いてやる。˝なあ、あんたほど可愛い既婚者はいねえよ、俺と一発ねっとりした夜を――˝……ぐっ、うぅっ、なんだっ、また首が! ざけんなセロ! お前力強くなってんぞッ」
「……うそ! まじ? よっしゃあ! 最近密かに皆についていけるように訓練してんだよね」
優雅にアイスを舐めていたセロが、得意げに自分の獣の首輪の拘束を強めていた。
皆相変わらずである。
でもあなたには、それがすごく平和的な光景に思えた。
「ふふっ。仲良くなったなあ皆。ね、ルドガー。お友達出来てよかったよねえ」
「……友達なんかいらん。俺にはお前がいればいい」
「もう素直じゃないんだから」
あなたが隣の腕を小突くと、彼に自分のだと言わんばかりに手を繋がれる。
笑顔が浮かぶ中、あなたはふと本部の廊下から騎士たちのグループが歩いてくるのが見えた。
その人に気づき、思わず片手を上げて振る。
「ターシャさーん、お久しぶりです〜こんにちは~」
挨拶を大事にするあなたが微笑みを向けると、彼はドキっとした顔で立ち止まり、周りの騎士達からも注目されていた。
ジュリスの隊の騎士である新人の彼は、頭を下げながらこちらへやって来た。
「名無しさん、お久しぶりです。ルドガーさんも!」
「ふふふ。元気でしたか? この間は人参ありがとうございました。でも見てくださいよ、あの赤兎、こんなになっちゃったんですよ」
あなたはすっかり事件のことが頭から抜け落ちて紹介する。
するとターシャは振り向いた赤髪のナザルに気づき、「ひいいっ」と後ずさった。
怯える若騎士を前に、ナザルはにやりと瞳を細め立ち上がる。
自分のほうが優に高い身長を生かし、脅かすように見下ろした。
「あぁお前かよ。何ビビッてんだ、感動の再会じゃねえか。これからは仲間になったんだからなぁ、よろしく頼むぜ。くくく」
「おいナザル、やめろよ騎士さん固まってんじゃねえか。…わりいなターシャ。あんときのこと」
哀愁ただよう顔でセロが獣の腕を引っ張り、無理やり座らせる。
あなたも悪いことをしたと思い、ターシャに声をかけて椅子に座ってもらった。
「いえ……自分の落ち度でしたから。今は団長もあなた方を仲間だと承認していますし、自分も、その、……仲間だと……っ」
緊張から心と体がちぐはぐな騎士に対し、あなたに慈愛の心が蘇る。
彼は自分が初めて催眠魔法を与えたある種忘れられない対象なのだ。
「ターシャさん。さっきはあんなこと言っちゃいましたけど、自分の心に正直になっていいんですよ。難しかったら付き合わなくてもいいし、全然大丈夫ですから」
「いや付き合ってくれよ。俺騎士の知り合いいねえから、今後護衛してもらわないといけねんだよ」
セロの横槍が入る一方で、あなたの優しさを快く思わない男がもう一人いた。
「あ、ありがとうございます。名無しさん……あなたにそう言っていただけると、俺は……っ」
「俺はなんだ」
場を凍らせるような鋭利な瞳が騎士を突き刺す。
ターシャは忘れていた二人目の巨体に、たくましい体を震え上がらせた。
「ああそうか……もしやお前なのか。あのふざけたメッセージを入れたのは」
「は、はい…? なんのことですかルドガーさん…?」
「とぼけるな、俺の番を˝可愛い奥さん˝などと悦に入った呼び方をしたのは、お前だろう!」
「……えっ。……ち、ちがいます、俺じゃないです!!」
立ち上がり追いかけまわそうとするルドガーを、あなた達は三人がかりで止めた。
同じぐらい力の強そうなナザルがいなければ惨事になっていただろう。
「おいおい、ぜってえこいつじゃねえよ。こいつにそんな度胸ねえだろ」
「だよな。許してやれよ、お前の勘違いだって」
「じゃあ誰なんだ! 早く出てこい! 俺が相手になってやるッ!」
男三人の連携の取れた会話にあなたが引いていると、事情を知ったターシャはこんなことを話し始めた。
「なるほど、そんなメモが……。あ、でも正直、誰が書いていてもおかしくないと思います」
「え? どういう意味ですかターシャさん」
「いやあの……名無しさんは今まで近寄りがたい存在だったと思うんですが、事務局に現れてから、あなたの人気が団員たちの間でさらに上がっていまして……あッすみません! 失礼なことを!」
予期せぬ新情報にあなたは衝撃を受ける。
だが話を聞くと、年も近いし、あのゼイランの獣ルドガーとうまく付き合い、かつ騎士達にも分け隔てなく接してくれる親しみやすさが、彼らにとって魅力に映っていたらしい。
「え、え~。うそ~。そんなふうに思われてたの。やだ嬉しい~。だって最初ものすごい空気的な扱いだったのに。ねえルドガー」
照れ隠しに彼の袖を引っ張ると、ルドガーは当然仏頂面を極めていた。
「つまりあれか。名無しのことを、ここのオス共全員が狙ってるというわけだな……」
彼の地を這うような低い声に、その場の空気がぴたりと凍りつく。
「ふざけるなよ……コロスッ!!」
「違う違う、落ち着いてルドガー。大丈夫だから。誰も狙ってないよ。私を狙ってるのはあなただけ。……それに私の気持ちもあなだけのもの。そうでしょう?」
あなたは男達の前だけれど、ルドガーの黒髪に生えた角を、そっと優しく撫でた。
こうすると、少しだけ大人しくなる気がした。
「…………ッ。く、名無し……。人前でそんなところ触るな……」
「えっごめん」
素で謝り、みるみるうちにルドガーが安堵し、彼の気が静まったところを皆が目撃した。
騎士も胸をなでおろし、セロは「なんだこの茶番劇」と白けていたが、ナザルは同じ獣のそんな姿を見て、ややつまらなそうな横目をやっている。
こうして結局メモの主は分からなかったけれど、あなたにとっては、たいした問題ではない気がした。
大事なのは、いつも互いの心を落ち着かせる相手がちゃんとそばにいるということなのだ。
