巨体の人外に助けられて世話される話
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後日、作戦メンバーが久しぶりに集まった。
場所は騎士団本部にある格式張った木目調の会議室だ。
第二部隊長である金髪の色男ジュリス、黒ローブの魔術師ミザロが揃い、あなたとルドガーも彼らと円卓を囲んでいる。
向かいには背筋の丸いセロと赤髪のナザルが大きな態度で座っていた。
「皆さん、これなんです。守護者さまから頂いた奇跡のハンカチ。どうですか、何か感じますでしょうか……」
あなたが満を持して白いふわっとした上質なハンカチを真ん中に置いた。
すると全方向から、穴が開くほどじろりと見つめられる。
「なるほど……確かに質の良い、素晴らしい品に見えるな。名無し、これを君に渡したのは、魔術師らしき女性だったというのは確かかい?」
「はい、たぶん。師匠みたいな気配のなさでしたから。ルドガーも匂いがなかったって」
「そうだ。出口にいてもその女は出てこなかった。きっと魔法で消えたんだ」
改めて説明すると、皆が考え込む。
ミザロはそのハンカチに手を伸ばし、丁寧に調べ始めた。
「ふむ……魔力の痕跡はかすかにしかありませんね……相当な手練れでしょう。私の少し下ぐらいか、もう少し下か……」
下であることは変わりないらしいが、魔術師長である彼の瞳はいつにも増して研ぎ澄まされていた。
「あなた方のイニシャルが入っているのはとても遊び心がありますね。問題は、この紋章です。セロさん、心当たりは?」
名指しされた格下の魔術師は、明らかに嫌そうな顔で鼻をぴくりと動かした。
「ありません。僕はそんなの知りません」
「では、その紫の髪の女性のことは? 知ってますよね」
断定した言い方をされると、セロは嫌なことを思い出したように強く歯ぎしりをした。
「……あんの紫のババアッ、知ってるも何も、俺のことを捕まえるときに生成した底なし沼に突き落としたんだぞッ! あの時のニヤついた顔、忘れるわけねえだろ!」
彼が明かす衝撃事実に度肝を抜かれる。
「ええっ、それ本当ですか? あんな優しそうな女性がそんなこと!」
「騙されるな名無し。あいつらは外道のバケモンたちだ、お前も見たよな、ナザル!」
彼に振られた赤髪の獣は、ガタイのよい体を背もたれに預け、妙に真面目に腕を組んだ。
「見たっつうかそれを助けたのは俺だしな。さすがにあれは酷かったぜ、まあお前があの女の裏をかいて禁術使おうとしたのがまずかったんだろ」
「ばっ、今それを言うんじゃねえよっ」
二人の小競り合いに、あなただけでなくミザロも首をひねる。
「禁術? あなたにそんなものが扱えるんですか。私にも教えてくださいよ」
「嫌です。さあ今はこの匂わせババアたちの推理しましょう先輩」
「ちょっとセロさん、もうちょっと柔らかい言い方してくださいよ。守護者さまは良い方ですよ、きっと。だって私たちの応援団だもん。ねえルドガー」
あなたは緊張感のある会議の場でも、つい表情が緩んでしまう。最近はずっとこうなのだ。
たった1枚のハンカチが守護者との距離をぐんと近づけた気がして、嬉しさを隠せなかった。
隣に制服姿で座っているルドガーは、あなたに大きな体を向けてくる。
彼はいつも通り職務中の緊張感を崩さないが、幸せムードをまとうあなたに優しく指を伸ばし、頬を撫でた。
「ああ、俺もいい奴であることを願うさ。名無し」
「うんっ」
微笑むあなた以外は皆、ルドガーがまだ疑いを持っていることに気づいている。
彼はジュリスとミザロに向かって、こんなことを言った。
「この紋章、お前達にも心当たりがないか。俺は見たことがないんだが。貴族の家紋や騎士、魔術関連の類の可能性はあるか」
「……うーん、俺にも見覚えはないな。ミザロもか?」
「ええ。不思議ですね。魔術の知識ならば、私が劣ることはそうそうないのですが……」
ルドガーも思案をし、やがて提案する。
「ならばやはり、ゼイラン様に伺ってみよう。もし貴族に関連するものならば、あの方なら何か分かるかもしれない」
その名を聞いたとき、ジュリスは姿勢を正した。
「うん、それがいいだろうな。だが……君は守護者が、上位貴族の関係者である可能性を考えているのか?」
ルドガーは即答も否定もしなかった。
確かにあのホテルには魔界で爵位のある者達が集まっていた。
そういうコネでもなければ、たとえミザロレベルの魔術師でも、侵入が見つかったらただでは済まされないのだ。
「分かりました。その紫髪の魔術師については、私のほうでも調べてみましょう。紋章についてはゼイランに尋ねましょうか」
そう言ったところ、セロが急に腰を上げた。ナザルに「じゃ、俺らはそろそろ――」とわざとらしく目配せして。
「どこへ行くんです。ここにゼイランを今から呼びますよ」
「あっそうですか。俺らは関係ないんで。それじゃ」
「まってくださいよセロさん、帰らないでください。あなたは重要な参考人なんですよ」
「嫌だね! ここのトップの怖い男が来んだろ!? まだ死にたくねえよ!」
彼が騒ぎ出すと、ナザルはセロの襟首を掴み、隣の席に引き戻した。
「なにすんだ裏切り者っ」と主人は反抗したが、どうやら獣のほうは動く気がないらしい。
口元を上げていたから、戦闘狂の彼の心がくすぶっているのかもしれない。
「ではジュリス、ゼイランをここに。守護者の手がかりが見つかったと告げてください」
「ああ、わかった」
ジュリスは騎士然とした顔つきで頷き、部屋を出て行った。
それから30分ほどが経つ。
今は夜で、そもそもまだ会合期間で地方にいるゼイランがすぐに来てくれるのか、あなたは疑問だった。
セロは死んだような目をしているし、ナザルは飄々としている。
ルドガーはいつもと変わらず落ち着いて背筋がまっすぐだ。
「師匠、そういえばさっきゼイラン様のこと呼び捨てしちゃってましたけど、大丈夫なんですか? もしかして上司がいないときは呼び捨てにしてるタイプですか?」
「何を言ってるんですかあなた。私は彼の部下ではありませんよ。彼は学院時代の後輩なんです」
「へっ」
あなたの素っ頓狂な声が響いたとき、ちょうど会議室のドアが開いた。
ルドガーが軍人らしく立ち上がり、あなたもつられて背を伸ばす。
座ったままのミザロ以外はぴりっとした空気で、起立しゼイランの登場を待った。
現れたのはこの間会ったばかりの華やかな銀髪の男だ。
当然寝起きではなく、センター分けの髪は美しくセットされ、銀色のピアスも光っている。
肌が白く背の高い魔族の彼は、この中でもひときわ近寄りがたいオーラと輝きを放っていた。
「ゼイラン様、こんばんは~。来てくださってありがとうございます!」
けれどあなただけは、もう親しみを抑えるることはできず彼に小さく手を振る。
それをゼイランも諦めたのか、受け入れた様子でふっと笑い返してくれた。
「機嫌がいいじゃないか、名無し。守護者の接触がさっそくあったようだな。ハンカチ1枚でお前をそんなに喜ばせられるのは、ルドガー以外にはその女だけなんじゃないか? なあルドガー」
いじわるっぽくペットに尋ねると、ルドガーはちょっと負けたような悔し気な顔つきで「ああ」と認めた。
そんな3人のやり取りを前にしても、部隊長のジュリスは緊張を保っていた。
彼はゼイランの後ろに控え、手を後ろに組んで直立している。
「皆、座れ。お前もだ、ジュリス」
「はっ」
幹部の彼は頷き、視線を一点に定めたまま着席した。
だが変わらないどころか、むしろリラックスしているのがミザロだ。
「あなたすぐ来ましたね、ゼイラン。守護者の件が気になるんですか」
「まあな。俺の目下の関心ごとだ。それに今回、あの場に現れたんだろう? お前より手ごわい魔術師なんじゃないか? はははっ」
「そうは思いません。相変わらず失礼な方ですね。魔術だけならあなたと同等程度なのでは?」
口でやり合ってるのを見てハラハラしながら、あなたはルドガーにこっそり話しかけた。
「ねえ、師匠のほうが先輩って本当なんだね。あんなふうに親しそうに喋ってるのびっくりだよ」
「二人は友人同士だからな。あいつはいつもああなんだ」
不機嫌そうなルドガーが大人達に口を挟んだ。
「おい、ミザロ。ゼイラン様に失礼な口を聞くのをやめろ」
「ふふ、それこの方にも言ってくれませんか? 爵位は上でも関係ありません」
まるで取り合わないミザロにルドガーが唸っている。
あなたは少し合点がいった。
騎士団に来た頃にミザロと出会った際、ルドガーは彼を「ゼイラン様の犬だ」と言っていた。
あなたは言葉のまま受け取っていたが、あの台詞はルドガーなりの反抗のしるしだったのかもしれない。
ルドガーはやっぱり主人のことを特別に慕う獣なのだ。
あなたが彼の嫉妬心を少し微笑ましく思っていると、ゼイランもこちらを見てうっすらと笑った。
今日は彼も仕事モードと普段の中間にいるような雰囲気だ。
そんな仲間内のやり取りの仲で、とくに黙りこくり微動だにしなかったのは、ここでは新参者のセロである。
「――ところでそこのお前、しがない魔術師のセロ・ナイデルとかいったな。報告書の内容と違ってえらく静かじゃないか。俺がここに現れたとしても、守護者の情報を明かさないでいられるのか?」
「……えっ……」
突然冷たい声で尋ねられて、セロはゆっくり瞳を合わせる。
彼は本当に恐怖していた。魔界で過ごして数年、ここまでの強者に出会った感覚はないからだ。
「ええと……あの……勘弁してください」
「なぜだ。お前の守護者は、この俺より恐ろしいのか」
「……は、はい。俺にとってはそうです」
セロが苦渋の表情で伝え、ゆっくり目をそらす。
するとゼイランは隣の赤髪の獣に目をやった。
魔術師に対してとは違い、銀色の瞳をじろじろと異質な動きで観察している。
「お前、その茶色の角……体格も、本当によくルドガーに似ているな。親戚とかじゃないのか」
「知らねえよ。……あんたのほうが知ってんじゃねえのか?」
含みのある挑戦的な眼差しは、一瞬だけゼイランの神経にふれる。
無遠慮に殺気が漂う二人のにらみ合いは続いた。
セロは青ざめ、ジュリスも剣に手をかけ握ったまま注視している。
ルドガーは動かなかったが、険しい目つきを向けていた。
ナザルの言葉は、どういう意味なのだろう。
もしこの前仮説を立てたときのように、彼もルドガーのいた戦闘施設に関わりがあるのなら――。
この場で問いたい気持ちはあったが、二人は口を割らなそうだった。
何よりゼイランはため息交じりの薄笑みを浮かべ、テーブルに手を出したまま見据えている。
その手はハンカチを取った。
紋章をじっくりと眺め、考えている様子だ。
「ふん、わからん。俺も見たことがない。ミザロ、写真を撮って送れ。調べてみよう」
「分かりました。――では名無しさん、ルドガー。こちらの件はいったん私達にお任せください。これはお返ししますね」
ハンカチを手元に戻され、あなたはほっとして胸元に抱える。
多忙な公爵の滞在時間はあっという間だったが、あなたは皆にお礼を言った。
緊迫した時間はひとまず去ったように思えた。
だがゼイランは最後に振り返った。
「そうだ、お前ら騎士団長と顔合わせしとけよ。ジュリス、手配しろ」
「はっ。了解しました」
あなたは完全に驚いたが、隣のルドガーは微妙に眉を動かした。
「ゼイラン様。奴は今あなたといるのでは?」
「あいつの仕事はもうすぐ終わりだ。先に帰るさ。お前も仲良くやれよ、嫌いなのは分かるけどな」
――えっ?
そんなことは初耳のあなたは、楽しそうに笑うゼイランと、不機嫌そうなルドガーの表情を交互に見やる。
だがもうすぐ会うことは、どうやら決まったらしかった。
ゼイランはセロ達にも声をかける。
「お前らの処遇は最終的には団長が決める。せいぜいうまくやるんだな。あいつは俺より優しくないぞ。はっはっは!」
彼の高笑いが廊下まで響き、やがて消えた。
新人のあなた達は顔を見合わせ、もうすでにドキドキしていた。
場所は騎士団本部にある格式張った木目調の会議室だ。
第二部隊長である金髪の色男ジュリス、黒ローブの魔術師ミザロが揃い、あなたとルドガーも彼らと円卓を囲んでいる。
向かいには背筋の丸いセロと赤髪のナザルが大きな態度で座っていた。
「皆さん、これなんです。守護者さまから頂いた奇跡のハンカチ。どうですか、何か感じますでしょうか……」
あなたが満を持して白いふわっとした上質なハンカチを真ん中に置いた。
すると全方向から、穴が開くほどじろりと見つめられる。
「なるほど……確かに質の良い、素晴らしい品に見えるな。名無し、これを君に渡したのは、魔術師らしき女性だったというのは確かかい?」
「はい、たぶん。師匠みたいな気配のなさでしたから。ルドガーも匂いがなかったって」
「そうだ。出口にいてもその女は出てこなかった。きっと魔法で消えたんだ」
改めて説明すると、皆が考え込む。
ミザロはそのハンカチに手を伸ばし、丁寧に調べ始めた。
「ふむ……魔力の痕跡はかすかにしかありませんね……相当な手練れでしょう。私の少し下ぐらいか、もう少し下か……」
下であることは変わりないらしいが、魔術師長である彼の瞳はいつにも増して研ぎ澄まされていた。
「あなた方のイニシャルが入っているのはとても遊び心がありますね。問題は、この紋章です。セロさん、心当たりは?」
名指しされた格下の魔術師は、明らかに嫌そうな顔で鼻をぴくりと動かした。
「ありません。僕はそんなの知りません」
「では、その紫の髪の女性のことは? 知ってますよね」
断定した言い方をされると、セロは嫌なことを思い出したように強く歯ぎしりをした。
「……あんの紫のババアッ、知ってるも何も、俺のことを捕まえるときに生成した底なし沼に突き落としたんだぞッ! あの時のニヤついた顔、忘れるわけねえだろ!」
彼が明かす衝撃事実に度肝を抜かれる。
「ええっ、それ本当ですか? あんな優しそうな女性がそんなこと!」
「騙されるな名無し。あいつらは外道のバケモンたちだ、お前も見たよな、ナザル!」
彼に振られた赤髪の獣は、ガタイのよい体を背もたれに預け、妙に真面目に腕を組んだ。
「見たっつうかそれを助けたのは俺だしな。さすがにあれは酷かったぜ、まあお前があの女の裏をかいて禁術使おうとしたのがまずかったんだろ」
「ばっ、今それを言うんじゃねえよっ」
二人の小競り合いに、あなただけでなくミザロも首をひねる。
「禁術? あなたにそんなものが扱えるんですか。私にも教えてくださいよ」
「嫌です。さあ今はこの匂わせババアたちの推理しましょう先輩」
「ちょっとセロさん、もうちょっと柔らかい言い方してくださいよ。守護者さまは良い方ですよ、きっと。だって私たちの応援団だもん。ねえルドガー」
あなたは緊張感のある会議の場でも、つい表情が緩んでしまう。最近はずっとこうなのだ。
たった1枚のハンカチが守護者との距離をぐんと近づけた気がして、嬉しさを隠せなかった。
隣に制服姿で座っているルドガーは、あなたに大きな体を向けてくる。
彼はいつも通り職務中の緊張感を崩さないが、幸せムードをまとうあなたに優しく指を伸ばし、頬を撫でた。
「ああ、俺もいい奴であることを願うさ。名無し」
「うんっ」
微笑むあなた以外は皆、ルドガーがまだ疑いを持っていることに気づいている。
彼はジュリスとミザロに向かって、こんなことを言った。
「この紋章、お前達にも心当たりがないか。俺は見たことがないんだが。貴族の家紋や騎士、魔術関連の類の可能性はあるか」
「……うーん、俺にも見覚えはないな。ミザロもか?」
「ええ。不思議ですね。魔術の知識ならば、私が劣ることはそうそうないのですが……」
ルドガーも思案をし、やがて提案する。
「ならばやはり、ゼイラン様に伺ってみよう。もし貴族に関連するものならば、あの方なら何か分かるかもしれない」
その名を聞いたとき、ジュリスは姿勢を正した。
「うん、それがいいだろうな。だが……君は守護者が、上位貴族の関係者である可能性を考えているのか?」
ルドガーは即答も否定もしなかった。
確かにあのホテルには魔界で爵位のある者達が集まっていた。
そういうコネでもなければ、たとえミザロレベルの魔術師でも、侵入が見つかったらただでは済まされないのだ。
「分かりました。その紫髪の魔術師については、私のほうでも調べてみましょう。紋章についてはゼイランに尋ねましょうか」
そう言ったところ、セロが急に腰を上げた。ナザルに「じゃ、俺らはそろそろ――」とわざとらしく目配せして。
「どこへ行くんです。ここにゼイランを今から呼びますよ」
「あっそうですか。俺らは関係ないんで。それじゃ」
「まってくださいよセロさん、帰らないでください。あなたは重要な参考人なんですよ」
「嫌だね! ここのトップの怖い男が来んだろ!? まだ死にたくねえよ!」
彼が騒ぎ出すと、ナザルはセロの襟首を掴み、隣の席に引き戻した。
「なにすんだ裏切り者っ」と主人は反抗したが、どうやら獣のほうは動く気がないらしい。
口元を上げていたから、戦闘狂の彼の心がくすぶっているのかもしれない。
「ではジュリス、ゼイランをここに。守護者の手がかりが見つかったと告げてください」
「ああ、わかった」
ジュリスは騎士然とした顔つきで頷き、部屋を出て行った。
それから30分ほどが経つ。
今は夜で、そもそもまだ会合期間で地方にいるゼイランがすぐに来てくれるのか、あなたは疑問だった。
セロは死んだような目をしているし、ナザルは飄々としている。
ルドガーはいつもと変わらず落ち着いて背筋がまっすぐだ。
「師匠、そういえばさっきゼイラン様のこと呼び捨てしちゃってましたけど、大丈夫なんですか? もしかして上司がいないときは呼び捨てにしてるタイプですか?」
「何を言ってるんですかあなた。私は彼の部下ではありませんよ。彼は学院時代の後輩なんです」
「へっ」
あなたの素っ頓狂な声が響いたとき、ちょうど会議室のドアが開いた。
ルドガーが軍人らしく立ち上がり、あなたもつられて背を伸ばす。
座ったままのミザロ以外はぴりっとした空気で、起立しゼイランの登場を待った。
現れたのはこの間会ったばかりの華やかな銀髪の男だ。
当然寝起きではなく、センター分けの髪は美しくセットされ、銀色のピアスも光っている。
肌が白く背の高い魔族の彼は、この中でもひときわ近寄りがたいオーラと輝きを放っていた。
「ゼイラン様、こんばんは~。来てくださってありがとうございます!」
けれどあなただけは、もう親しみを抑えるることはできず彼に小さく手を振る。
それをゼイランも諦めたのか、受け入れた様子でふっと笑い返してくれた。
「機嫌がいいじゃないか、名無し。守護者の接触がさっそくあったようだな。ハンカチ1枚でお前をそんなに喜ばせられるのは、ルドガー以外にはその女だけなんじゃないか? なあルドガー」
いじわるっぽくペットに尋ねると、ルドガーはちょっと負けたような悔し気な顔つきで「ああ」と認めた。
そんな3人のやり取りを前にしても、部隊長のジュリスは緊張を保っていた。
彼はゼイランの後ろに控え、手を後ろに組んで直立している。
「皆、座れ。お前もだ、ジュリス」
「はっ」
幹部の彼は頷き、視線を一点に定めたまま着席した。
だが変わらないどころか、むしろリラックスしているのがミザロだ。
「あなたすぐ来ましたね、ゼイラン。守護者の件が気になるんですか」
「まあな。俺の目下の関心ごとだ。それに今回、あの場に現れたんだろう? お前より手ごわい魔術師なんじゃないか? はははっ」
「そうは思いません。相変わらず失礼な方ですね。魔術だけならあなたと同等程度なのでは?」
口でやり合ってるのを見てハラハラしながら、あなたはルドガーにこっそり話しかけた。
「ねえ、師匠のほうが先輩って本当なんだね。あんなふうに親しそうに喋ってるのびっくりだよ」
「二人は友人同士だからな。あいつはいつもああなんだ」
不機嫌そうなルドガーが大人達に口を挟んだ。
「おい、ミザロ。ゼイラン様に失礼な口を聞くのをやめろ」
「ふふ、それこの方にも言ってくれませんか? 爵位は上でも関係ありません」
まるで取り合わないミザロにルドガーが唸っている。
あなたは少し合点がいった。
騎士団に来た頃にミザロと出会った際、ルドガーは彼を「ゼイラン様の犬だ」と言っていた。
あなたは言葉のまま受け取っていたが、あの台詞はルドガーなりの反抗のしるしだったのかもしれない。
ルドガーはやっぱり主人のことを特別に慕う獣なのだ。
あなたが彼の嫉妬心を少し微笑ましく思っていると、ゼイランもこちらを見てうっすらと笑った。
今日は彼も仕事モードと普段の中間にいるような雰囲気だ。
そんな仲間内のやり取りの仲で、とくに黙りこくり微動だにしなかったのは、ここでは新参者のセロである。
「――ところでそこのお前、しがない魔術師のセロ・ナイデルとかいったな。報告書の内容と違ってえらく静かじゃないか。俺がここに現れたとしても、守護者の情報を明かさないでいられるのか?」
「……えっ……」
突然冷たい声で尋ねられて、セロはゆっくり瞳を合わせる。
彼は本当に恐怖していた。魔界で過ごして数年、ここまでの強者に出会った感覚はないからだ。
「ええと……あの……勘弁してください」
「なぜだ。お前の守護者は、この俺より恐ろしいのか」
「……は、はい。俺にとってはそうです」
セロが苦渋の表情で伝え、ゆっくり目をそらす。
するとゼイランは隣の赤髪の獣に目をやった。
魔術師に対してとは違い、銀色の瞳をじろじろと異質な動きで観察している。
「お前、その茶色の角……体格も、本当によくルドガーに似ているな。親戚とかじゃないのか」
「知らねえよ。……あんたのほうが知ってんじゃねえのか?」
含みのある挑戦的な眼差しは、一瞬だけゼイランの神経にふれる。
無遠慮に殺気が漂う二人のにらみ合いは続いた。
セロは青ざめ、ジュリスも剣に手をかけ握ったまま注視している。
ルドガーは動かなかったが、険しい目つきを向けていた。
ナザルの言葉は、どういう意味なのだろう。
もしこの前仮説を立てたときのように、彼もルドガーのいた戦闘施設に関わりがあるのなら――。
この場で問いたい気持ちはあったが、二人は口を割らなそうだった。
何よりゼイランはため息交じりの薄笑みを浮かべ、テーブルに手を出したまま見据えている。
その手はハンカチを取った。
紋章をじっくりと眺め、考えている様子だ。
「ふん、わからん。俺も見たことがない。ミザロ、写真を撮って送れ。調べてみよう」
「分かりました。――では名無しさん、ルドガー。こちらの件はいったん私達にお任せください。これはお返ししますね」
ハンカチを手元に戻され、あなたはほっとして胸元に抱える。
多忙な公爵の滞在時間はあっという間だったが、あなたは皆にお礼を言った。
緊迫した時間はひとまず去ったように思えた。
だがゼイランは最後に振り返った。
「そうだ、お前ら騎士団長と顔合わせしとけよ。ジュリス、手配しろ」
「はっ。了解しました」
あなたは完全に驚いたが、隣のルドガーは微妙に眉を動かした。
「ゼイラン様。奴は今あなたといるのでは?」
「あいつの仕事はもうすぐ終わりだ。先に帰るさ。お前も仲良くやれよ、嫌いなのは分かるけどな」
――えっ?
そんなことは初耳のあなたは、楽しそうに笑うゼイランと、不機嫌そうなルドガーの表情を交互に見やる。
だがもうすぐ会うことは、どうやら決まったらしかった。
ゼイランはセロ達にも声をかける。
「お前らの処遇は最終的には団長が決める。せいぜいうまくやるんだな。あいつは俺より優しくないぞ。はっはっは!」
彼の高笑いが廊下まで響き、やがて消えた。
新人のあなた達は顔を見合わせ、もうすでにドキドキしていた。
