巨体の人外に助けられて世話される話
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ルドガーの主人であるゼイランは今、魔界の領主が集まる防衛会議に出席している。
ルラ・パルセの守護公爵として、反乱分子への対応や防衛方針を連日話し合っているのだ。
そんなすごい立場の人々が滞在しているホテルに、あなたとルドガーは訪れていた。
由緒ある巨大な建築物の高級カーペットを歩き、執事の案内についていく。
「ルドガー様。名無し様。当主はこちらのお部屋でお休みになっております。長年の習慣で慣れてしまったのか、私ではもう目覚めさせることができません。お二人で力を合わせて起こしてさしあげてください」
「わかった。行くぞ、名無し」
「う、うん」
会議は午後のため、朝に時間を手配してもらったのだが、ゼイランは寝起きがものすごく悪いらしい。
あなた達は静かに彼のスイートルームに足を踏み入れた。
ここに来るまでは、先ほどの美しい老執事の魔族が騎士団に迎えに来てくれて、転移魔法で送ってくれた。
この期間は貴族や軍人の関係者しか入れない特別なホテルだが、自分達にも入館の許可が下りていた。
「わあ、すっごい広くて豪華な部屋……本当に勝手に入っていいのかな?」
「大丈夫だ。執事が言っていたように、朝は何をしても彼は起きないからな」
じゃあ今からどうするのだろうと思いながら、ルドガーが奥まったとこにある寝室のドアを叩いた。
返事がないので開けると、かなりの長身の銀髪の男が、上質な白いシーツにくるまって眠っていた。
大きなベッドの真ん中で、横向きに広い背中が見えて、あなたはドキっとする。
シャープな横顔はいつもの涼やかな美形からは想像できないほど無防備だ。
そわそわしていると、ルドガーが突然信じられないことをした。
「ゼイラン様、起きろ! 起きないと小さいころのように、あなたの上半身に思いきり乗るぞ!」
「……ちょっ、何言い出すのっ、声でかいよっ」
小声で注意しても、ゼイランはびくともしなかった。
寝息も聞こえず安穏と眠っている。
「……ダメだな。名無し、お前が彼に向かってジャンプしろ」
「……はぁっ? そんなことしたら絶対あとで怒られるよ、怖いってば!」
「俺がやったら問題になる。怪我をさせるかもしれない。お前なら軽いから大丈夫だ」
そういう問題かと思いながら、時間もないし、あなたは靴を脱いでそろりとベッドに乗った。
それでも起きない。
初めて小屋に来たときから眠りが深いのは知っていたが、防犯上大丈夫なのだろうか。
「じゃあ行きますよ~……すみませんね~……よしっ」
あなたは彼にぶつからないように、ベッドの上で何度も飛び跳ねる。
スプリングが跳ね、やってるうちに楽しくなってきた。
童心がかえってくるようだ。
「おお、いいぞ、もっとだ!」
「そうっ? へへへ、楽しいーこれ!」
「…………お前ら、うるさいぞ!!」
「きゃああっ」
いきなり寝ていた上半身裸の男にばっと振り返られ、あなたはジャンプしたままルドガーの胸板に抱き留められた。
二人で抱き合って見下ろしていると、目つきがものすごい悪い美形の銀髪男が、こっちを恨めしそうに見ている。
「あ……おはようございます、ゼイラン様。申し訳ありません、変な起こし方しちゃって…はは」
「…………お前らいくつだよ。いったいどういう親の教育を受けているんだ。信じられないぞ……」
「年は20歳と18歳だが、名無しは悪くない。俺のアイディアだ。俺を教育したのはゼイラン様だろう」
ルドガーが逐一正論を言うと、主人は朝から疲れ切ったように肩を落とした。
「まあ確かにな。お前がやってたら大変なことになってたよ。よくやった、ルドガー」
「構わないぞ」
「……お前なぁッ……」
二人の小芝居を観戦したあと、三人は吹き抜けの広いリビングへと移動した。
もう温かい飲み物が用意されていたが、執事の姿はなかった。
ふかふかの長い白ソファに座り、ゼイランも正面にガウン姿で腰を下ろす。
長い脚を組み、まだ眠そうにあくびしながら二人を眺めた。
「朝っぱらから元気だな、お前らは……俺だってまだ若いんだがな、お前らには負けるよ」
そうこぼしたあと、彼はあなたをじろじろと見てくる。
「名無し、お前の元気さはもう知ったが。治ったのか、よかったな」
「あっ、はいおかげさまで! ゼイラン様にも大変お世話になり、本当にありがとうございました!」
素直に頭を下げると、彼は自分が伏せっていたあの夜のように、一瞬だけ優しい眼差しで笑んでくれた気がした。
「それで。……ああ、ミザロとジュリスの報告書なら目を通したぞ。その魔術師どもは今どうなんだ?」
「不審な点はない。24時間監視魔法で調べているが、守護者と連絡を取っている形跡はなかった」
「そうか」
机に置かれた封筒から、ゼイランは写真を数枚取り出す。
そこには、セロとナザルそれぞれの顔と全身写真があった。
監視についても初めて知ったが、騎士団は入念に調査をしていたようだ。
「ふん、毒にも薬にもならなそうなつまらん容貌だな。ミザロによると魔力も平凡なんだろ? こんなやつが守護者の部下なのか、名無し」
「え、ええと……彼にも事情があるようで。今は騎士団にいることを切望しています。そんなに悪い人じゃないですよ」
同じ人間であるセロをかばうも、ゼイランは興味なさそうに次の写真をめくった。
「だが、この赤髪はきな臭いな。ルドガー、知り合いか?」
「……! やはりあなたもそう思うか? この角といい、外見といい……俺に共通点がある気がするんだ」
軍服姿のルドガーが身を乗り出すと、主人は首をひねって小さく唸る。
「わからんな。確かに角は似ているが、お前のことについては昔話しただろう? 希少な古代種という以外は、判明していない。……それにこいつは、幻獣か。おそらく魔術師によって体をいじられたか――」
恐ろしいことを平然と言い出すゼイランにあなたは震える。
話によれば、ルドガーはこの種族の獣本来の姿を保った、純血種でもあるようだ。
二人の関わりは分からないが、もしナザルが魔術師によってそんな目に合っていたのなら、あなたは勝手に胸が痛んだ。
そんなとき、ルドガーがやや緊張した面持ちで切り出す。
「ゼイラン様。ひとつ聞きたいことがあったんだ。……俺を戦闘施設から救ってくれたとき、まだ小さくてはっきり覚えてないんだが、あなたは施設を壊滅させて、獣たちを逃がしてくれたと言ったよな?」
「……んんっ? ああ、言ったな。そうそう。そうだよ。その通りだ」
ゼイランはわずかに目を見開いたあと、ルドガーと同じく、まっすぐ面を合わせるように前かがみになった。
「それがどうした? 何か気になることがあるのか」
「ああ……もしそこにナザルがいたら、あいつも逃げ出したのかもしれない。……俺の単なる仮説だが、その後にもし施設の魔術師たちに捕まっていたんだとしたら……」
ルドガーの金の瞳は迷いを浮かべて揺れている。
そして彼は、そのままあなたのことを見つめた。
「すまん、名無し。確証がなくて、言うべきか迷っていたんだ。だが俺は、密かにこう思っていた。守護者の狙いは、本当は俺なんじゃないかと」
「ええっ」
「だってそうだろう? お前をダシにして、俺をおびき寄せ、また捕まえるつもりなんじゃないかと思ったんだ……」
「ルドガー……」
当時のことを詳しく知らず、自分では思い至らなかった彼の考えに、あなたはどう答えていいか分からなかった。
とにかく彼の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握る。
「そういうことも、あるのかな……?」
「いや、でもな……お前から守護者の話を聞いていると、奴は俺のことはまったく眼中にないようだよな。……それに、俺自身が強く感じるんだ。守護者は、お前のことにすごく執心している。それは間違いない」
だからこそ、ルドガーは状況の判別がつかないようだった。
心当たりとしては、彼には確かに自分のせいかもしれないという懸念がある。
だが守護者の女は、加護を与えるといったり、定期的にあなただけに連絡を取ろうとしたり、まぎれもなく狙いはあなたなのだ。
話を聞いていたゼイランは、熟考する体勢のまま、口を開く。
「うん。まあな、お前の考えはよく分かる。心配するのももっともだ。けれどな――」
渦中の若い二人の注目が、年上の主人に注がれた。
「それはないと思うぞ。もしお前が狙いだとして、お前は俺が可愛がっているペットなんだ。魔界にわざわざ、この俺を敵に回すような輩がいると思うか?」
「……いや、いないと思う。あなたは恐ろしく強い、一等級の悪魔だ。現実的ではない」
そう評されて、ゼイランは満足げに薄っすらと笑んだ。
「そうだろう? だから心配するな。俺の足を引っ張ろうとする、無知な小物はいつでも存在するかもしれんが、この守護者もきっとその類だろう。狂信的な実験で頭のやられた、どこぞの恐れ知らずの魔女に違いない」
彼は軽くあしらうように結論づけた。
守護者をそんなふうに言われてしまい、あなたは引っかかったが、自分にも証明するものは何もない。
それにゼイランの理屈は真っ当なようにも聞こえた。
「でも、じゃあ私があのルドガーの小屋の近くに落ちていたのは、偶然だったんですかね…?」
「さあな。それは俺にも分からん。魔界に住む悪魔族や魔族でも、この世界のことを熟知しているわけではないからな」
さらっと言い、魔界の森に人間が紛れ込むことは、長い時を生きる彼らにとって、そう珍しいことではないと説明された。
「とにかくだ。お前らは俺の庇護下にあるんだ。こんな小物たちがいくら寄ってきたところで、俺を脅かすことなんぞできないんだよ。お前の守護者にもそう言っとくがいい」
ゼイランが不敵な笑みを浮かべ、くつくつと喉を鳴らす。
どうやら彼は、彼女が自分に敵対する存在だと明確に捉えている様子だ。
そして最後に、こんなことも付け加えた。
「名無し、お前。もしや加護のことを迷っているのか?」
「へっ。いや、それは、その」
「ふふふ。お前は嘘がつけない女だな。……俺をいつまで待たせる気だ」
――えっ?
こんな立場のすごい公爵ゼイランを待たせている気はなかったのだが。
だがどうやら、彼はいつでもあなたに加護を授ける用意があるらしかった。
「あの……でも、もう少しだけ待ってくれませんかね。私もルドガーの主人であるあなたに加護を授けてもらいたいと願ってます。こんなに優しいし、私なんかにもよくしてくれるし…」
改めて話すと少し恥ずかしさもあり、口ごもりながら伝える。
「ルドガーが慕っている主人だから、そう思うんです。でも、やっぱり守護者のことを先にはっきりさせたいなって思って。だめですかね…?」
勇気を出して真正面からお願いすると、またもやゼイランは呆気に取られた顔だ。
きっと彼に対してこんなふうな態度を示す人物は、珍しいのだろう。
「はあ。お前は……やっぱりルドガーの女だな。俺を恐れもしないのだから」
「……い、いやだってゼイラン様って優しいですからね。あんまり怖くはないですよ、もう」
「……ああそうか。幸せそうでなによりだよ」
皮肉を言われてしまうが、こうやって何度か二人や三人で会ってみて、緊張感は毎回薄れ、むしろ不思議な安堵感まで芽生えていた。
きっとルドガーが大切に思う、家族のような存在だからだろう。
けれど加護のことをはっきり伝えたのは、ルドガーはどう思うか気になった。
彼を見やると、いつもの優しい表情で見つめてくれている。
「……ルドガーもそれでいいと思う?」
「ああ。名無し、お前が出した答えだ。急がなくていいと思う。……お前は、前に俺にもそう言ってくれた。加護がない間も俺がそばにいるから大丈夫だぞ」
「……うんっ!」
二人は互いの手を取り、思いやりを感じながら頷き合う。
ルドガーはこのことだけでなく、守護者に関する諸々において、あなたの意思を常に尊重してくれている。
だからあなたは信頼を胸に、迷いながらでも前へ進んでいこうと思えるのだ。
そんな二人の様子を見ていたゼイランの表情もまた、見守るような、不思議な穏やかさが漂っていた。
ルラ・パルセの守護公爵として、反乱分子への対応や防衛方針を連日話し合っているのだ。
そんなすごい立場の人々が滞在しているホテルに、あなたとルドガーは訪れていた。
由緒ある巨大な建築物の高級カーペットを歩き、執事の案内についていく。
「ルドガー様。名無し様。当主はこちらのお部屋でお休みになっております。長年の習慣で慣れてしまったのか、私ではもう目覚めさせることができません。お二人で力を合わせて起こしてさしあげてください」
「わかった。行くぞ、名無し」
「う、うん」
会議は午後のため、朝に時間を手配してもらったのだが、ゼイランは寝起きがものすごく悪いらしい。
あなた達は静かに彼のスイートルームに足を踏み入れた。
ここに来るまでは、先ほどの美しい老執事の魔族が騎士団に迎えに来てくれて、転移魔法で送ってくれた。
この期間は貴族や軍人の関係者しか入れない特別なホテルだが、自分達にも入館の許可が下りていた。
「わあ、すっごい広くて豪華な部屋……本当に勝手に入っていいのかな?」
「大丈夫だ。執事が言っていたように、朝は何をしても彼は起きないからな」
じゃあ今からどうするのだろうと思いながら、ルドガーが奥まったとこにある寝室のドアを叩いた。
返事がないので開けると、かなりの長身の銀髪の男が、上質な白いシーツにくるまって眠っていた。
大きなベッドの真ん中で、横向きに広い背中が見えて、あなたはドキっとする。
シャープな横顔はいつもの涼やかな美形からは想像できないほど無防備だ。
そわそわしていると、ルドガーが突然信じられないことをした。
「ゼイラン様、起きろ! 起きないと小さいころのように、あなたの上半身に思いきり乗るぞ!」
「……ちょっ、何言い出すのっ、声でかいよっ」
小声で注意しても、ゼイランはびくともしなかった。
寝息も聞こえず安穏と眠っている。
「……ダメだな。名無し、お前が彼に向かってジャンプしろ」
「……はぁっ? そんなことしたら絶対あとで怒られるよ、怖いってば!」
「俺がやったら問題になる。怪我をさせるかもしれない。お前なら軽いから大丈夫だ」
そういう問題かと思いながら、時間もないし、あなたは靴を脱いでそろりとベッドに乗った。
それでも起きない。
初めて小屋に来たときから眠りが深いのは知っていたが、防犯上大丈夫なのだろうか。
「じゃあ行きますよ~……すみませんね~……よしっ」
あなたは彼にぶつからないように、ベッドの上で何度も飛び跳ねる。
スプリングが跳ね、やってるうちに楽しくなってきた。
童心がかえってくるようだ。
「おお、いいぞ、もっとだ!」
「そうっ? へへへ、楽しいーこれ!」
「…………お前ら、うるさいぞ!!」
「きゃああっ」
いきなり寝ていた上半身裸の男にばっと振り返られ、あなたはジャンプしたままルドガーの胸板に抱き留められた。
二人で抱き合って見下ろしていると、目つきがものすごい悪い美形の銀髪男が、こっちを恨めしそうに見ている。
「あ……おはようございます、ゼイラン様。申し訳ありません、変な起こし方しちゃって…はは」
「…………お前らいくつだよ。いったいどういう親の教育を受けているんだ。信じられないぞ……」
「年は20歳と18歳だが、名無しは悪くない。俺のアイディアだ。俺を教育したのはゼイラン様だろう」
ルドガーが逐一正論を言うと、主人は朝から疲れ切ったように肩を落とした。
「まあ確かにな。お前がやってたら大変なことになってたよ。よくやった、ルドガー」
「構わないぞ」
「……お前なぁッ……」
二人の小芝居を観戦したあと、三人は吹き抜けの広いリビングへと移動した。
もう温かい飲み物が用意されていたが、執事の姿はなかった。
ふかふかの長い白ソファに座り、ゼイランも正面にガウン姿で腰を下ろす。
長い脚を組み、まだ眠そうにあくびしながら二人を眺めた。
「朝っぱらから元気だな、お前らは……俺だってまだ若いんだがな、お前らには負けるよ」
そうこぼしたあと、彼はあなたをじろじろと見てくる。
「名無し、お前の元気さはもう知ったが。治ったのか、よかったな」
「あっ、はいおかげさまで! ゼイラン様にも大変お世話になり、本当にありがとうございました!」
素直に頭を下げると、彼は自分が伏せっていたあの夜のように、一瞬だけ優しい眼差しで笑んでくれた気がした。
「それで。……ああ、ミザロとジュリスの報告書なら目を通したぞ。その魔術師どもは今どうなんだ?」
「不審な点はない。24時間監視魔法で調べているが、守護者と連絡を取っている形跡はなかった」
「そうか」
机に置かれた封筒から、ゼイランは写真を数枚取り出す。
そこには、セロとナザルそれぞれの顔と全身写真があった。
監視についても初めて知ったが、騎士団は入念に調査をしていたようだ。
「ふん、毒にも薬にもならなそうなつまらん容貌だな。ミザロによると魔力も平凡なんだろ? こんなやつが守護者の部下なのか、名無し」
「え、ええと……彼にも事情があるようで。今は騎士団にいることを切望しています。そんなに悪い人じゃないですよ」
同じ人間であるセロをかばうも、ゼイランは興味なさそうに次の写真をめくった。
「だが、この赤髪はきな臭いな。ルドガー、知り合いか?」
「……! やはりあなたもそう思うか? この角といい、外見といい……俺に共通点がある気がするんだ」
軍服姿のルドガーが身を乗り出すと、主人は首をひねって小さく唸る。
「わからんな。確かに角は似ているが、お前のことについては昔話しただろう? 希少な古代種という以外は、判明していない。……それにこいつは、幻獣か。おそらく魔術師によって体をいじられたか――」
恐ろしいことを平然と言い出すゼイランにあなたは震える。
話によれば、ルドガーはこの種族の獣本来の姿を保った、純血種でもあるようだ。
二人の関わりは分からないが、もしナザルが魔術師によってそんな目に合っていたのなら、あなたは勝手に胸が痛んだ。
そんなとき、ルドガーがやや緊張した面持ちで切り出す。
「ゼイラン様。ひとつ聞きたいことがあったんだ。……俺を戦闘施設から救ってくれたとき、まだ小さくてはっきり覚えてないんだが、あなたは施設を壊滅させて、獣たちを逃がしてくれたと言ったよな?」
「……んんっ? ああ、言ったな。そうそう。そうだよ。その通りだ」
ゼイランはわずかに目を見開いたあと、ルドガーと同じく、まっすぐ面を合わせるように前かがみになった。
「それがどうした? 何か気になることがあるのか」
「ああ……もしそこにナザルがいたら、あいつも逃げ出したのかもしれない。……俺の単なる仮説だが、その後にもし施設の魔術師たちに捕まっていたんだとしたら……」
ルドガーの金の瞳は迷いを浮かべて揺れている。
そして彼は、そのままあなたのことを見つめた。
「すまん、名無し。確証がなくて、言うべきか迷っていたんだ。だが俺は、密かにこう思っていた。守護者の狙いは、本当は俺なんじゃないかと」
「ええっ」
「だってそうだろう? お前をダシにして、俺をおびき寄せ、また捕まえるつもりなんじゃないかと思ったんだ……」
「ルドガー……」
当時のことを詳しく知らず、自分では思い至らなかった彼の考えに、あなたはどう答えていいか分からなかった。
とにかく彼の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握る。
「そういうことも、あるのかな……?」
「いや、でもな……お前から守護者の話を聞いていると、奴は俺のことはまったく眼中にないようだよな。……それに、俺自身が強く感じるんだ。守護者は、お前のことにすごく執心している。それは間違いない」
だからこそ、ルドガーは状況の判別がつかないようだった。
心当たりとしては、彼には確かに自分のせいかもしれないという懸念がある。
だが守護者の女は、加護を与えるといったり、定期的にあなただけに連絡を取ろうとしたり、まぎれもなく狙いはあなたなのだ。
話を聞いていたゼイランは、熟考する体勢のまま、口を開く。
「うん。まあな、お前の考えはよく分かる。心配するのももっともだ。けれどな――」
渦中の若い二人の注目が、年上の主人に注がれた。
「それはないと思うぞ。もしお前が狙いだとして、お前は俺が可愛がっているペットなんだ。魔界にわざわざ、この俺を敵に回すような輩がいると思うか?」
「……いや、いないと思う。あなたは恐ろしく強い、一等級の悪魔だ。現実的ではない」
そう評されて、ゼイランは満足げに薄っすらと笑んだ。
「そうだろう? だから心配するな。俺の足を引っ張ろうとする、無知な小物はいつでも存在するかもしれんが、この守護者もきっとその類だろう。狂信的な実験で頭のやられた、どこぞの恐れ知らずの魔女に違いない」
彼は軽くあしらうように結論づけた。
守護者をそんなふうに言われてしまい、あなたは引っかかったが、自分にも証明するものは何もない。
それにゼイランの理屈は真っ当なようにも聞こえた。
「でも、じゃあ私があのルドガーの小屋の近くに落ちていたのは、偶然だったんですかね…?」
「さあな。それは俺にも分からん。魔界に住む悪魔族や魔族でも、この世界のことを熟知しているわけではないからな」
さらっと言い、魔界の森に人間が紛れ込むことは、長い時を生きる彼らにとって、そう珍しいことではないと説明された。
「とにかくだ。お前らは俺の庇護下にあるんだ。こんな小物たちがいくら寄ってきたところで、俺を脅かすことなんぞできないんだよ。お前の守護者にもそう言っとくがいい」
ゼイランが不敵な笑みを浮かべ、くつくつと喉を鳴らす。
どうやら彼は、彼女が自分に敵対する存在だと明確に捉えている様子だ。
そして最後に、こんなことも付け加えた。
「名無し、お前。もしや加護のことを迷っているのか?」
「へっ。いや、それは、その」
「ふふふ。お前は嘘がつけない女だな。……俺をいつまで待たせる気だ」
――えっ?
こんな立場のすごい公爵ゼイランを待たせている気はなかったのだが。
だがどうやら、彼はいつでもあなたに加護を授ける用意があるらしかった。
「あの……でも、もう少しだけ待ってくれませんかね。私もルドガーの主人であるあなたに加護を授けてもらいたいと願ってます。こんなに優しいし、私なんかにもよくしてくれるし…」
改めて話すと少し恥ずかしさもあり、口ごもりながら伝える。
「ルドガーが慕っている主人だから、そう思うんです。でも、やっぱり守護者のことを先にはっきりさせたいなって思って。だめですかね…?」
勇気を出して真正面からお願いすると、またもやゼイランは呆気に取られた顔だ。
きっと彼に対してこんなふうな態度を示す人物は、珍しいのだろう。
「はあ。お前は……やっぱりルドガーの女だな。俺を恐れもしないのだから」
「……い、いやだってゼイラン様って優しいですからね。あんまり怖くはないですよ、もう」
「……ああそうか。幸せそうでなによりだよ」
皮肉を言われてしまうが、こうやって何度か二人や三人で会ってみて、緊張感は毎回薄れ、むしろ不思議な安堵感まで芽生えていた。
きっとルドガーが大切に思う、家族のような存在だからだろう。
けれど加護のことをはっきり伝えたのは、ルドガーはどう思うか気になった。
彼を見やると、いつもの優しい表情で見つめてくれている。
「……ルドガーもそれでいいと思う?」
「ああ。名無し、お前が出した答えだ。急がなくていいと思う。……お前は、前に俺にもそう言ってくれた。加護がない間も俺がそばにいるから大丈夫だぞ」
「……うんっ!」
二人は互いの手を取り、思いやりを感じながら頷き合う。
ルドガーはこのことだけでなく、守護者に関する諸々において、あなたの意思を常に尊重してくれている。
だからあなたは信頼を胸に、迷いながらでも前へ進んでいこうと思えるのだ。
そんな二人の様子を見ていたゼイランの表情もまた、見守るような、不思議な穏やかさが漂っていた。
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