巨体の人外に助けられて世話される話
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ルドガーが狩猟し、焼いてくれた肉を二人で食べたあと、本当に彼は医者を呼びに行ってしまった。
明日でいいと言ったのに、彼の体力は無尽蔵のようだ。
医者の家は山を三つ越えた先にあるらしく、帰りはかなり遅くなるだろう。
この小屋は安全だが、何もない暗い森にぽつんと建ってるから不安だ。
「はあ⋯⋯なんだろう、この心細さは。早く帰ってこないかな」
あなたはベッドで一時間ほど休んでから、居間の食卓に移動した。机に横顔を置いてぼーっとしていると、外から何かがドスドスと近づいて来る音がした。
怖くなり立ち上がると、重い石扉が勢いよく開く。
現れたのは、激しく息を切らしたルドガーだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
「――なっ! どうしたの、大丈夫⋯⋯!?」
いつもは涼しい顔なのに、全身汗だくで背を屈めている。
相当疲れた様子の彼を心配し、あなたはそばに駆け寄った。
「名無し。安心しろ、もうすぐ先生が来るぞ」
そう言って彼は喜びを表したかったのか、あなたをひょいと持ち上げる。まるで子供のように片腕で抱えられ、怒ろうと思ったのだが。
「あ、ありがとう。急いでくれたんだね。⋯⋯汗がすごいよ、せっかくお風呂入ったのに。ていうか早すぎだよ帰るの」
「風呂はまた入ればいい。⋯⋯早くて嬉しくないのか?」
そう尋ねる下からの目線が、やけに澄んだ金の瞳でドキリとする。
「嬉しい⋯⋯よ」
彼のとんでもない労力への労りから、素直に告げた。するとルドガーは目元が微かに細まり、笑ったようだった。
あなたは初めて見た彼の表情に驚く。
しかしそんな二人の空間に突如、得体の知れない物体が現れた。
「やあ。入るよ。患者さんはどこかな」
落ち着いた男性の声だったが、玄関先からにゅっと滑らかに入り込んできたのは、人間の形をしていなかった。
それは、細長くどろどろ溶けた液体の塊のようなもので、流動的ながら天井には届かずとどまっている。
「きゃあああぁぁぁ!!」
あなたは思いきり叫んだ。
そしてルドガーの太い首に掴まり、全身を隠そうとする。
「なっ、おい、どうした」
「なにあれ!? 家に入ってきた、助けてルドガー!!」
パニックになりジタバタすると、彼はあなたの背を抱いたままゆっくりと下ろす。
そして一旦自分が盾になるように立ち、焦り気味に振り返った。
「あれが怖いのか? あれが先生だぞ」
「⋯⋯えっ!? 嘘でしょう⋯⋯?」
「本当だ。粘流体種のゲアト先生だ。年寄で優しいから怖がらなくていい」
ルドガーはあなたをなだめながらも、医師に振り向く。そしてこうお願いした。
「先生、名無しが怖がっている。俺達に似た姿になってもらえるか」
「ああ。別にいいけどね。繊細なお嬢さんだな」
紳士的な声音で彼は後ろを向いた――のかは分からないが、きゅるきゅると妙な音を立てて変形していった。
その間、ルドガーはあなたをじっと見下ろす。
どこか自信を欠いたような眼差しだ。
「騒いでごめんね、びっくりしちゃって⋯⋯あんなの初めて見たから⋯⋯」
「いや、いい。だが⋯⋯お前には俺の本当の姿を見せないほうがいいかもしれないな」
そう呟かれた声には覇気がなく、彼らしくなかった。
そんなに恐ろしい姿なの?とつい思ってしまったものの、さっきの反応は痛恨のミスだったと気づく。
「はい出来たよ。これでいいかい」
「あっはい⋯」
微妙な空気のまま、あなたは指示されて木彫りのベッドに寝そべる。
近くにはルドガーがいるから安心した。
だがどろどろの液体だった医者は長い銀髪の麗しい男性に変化していて、ふたたび言葉を失う。
耳は長く尖っているが、ほかは背が高すぎる人間の男のようだ。
「あの⋯⋯本当にお医者さんですか?」
「そうだよ。獣医だけどね。お嬢さん、ちょっと失礼」
いきなり着ていたルドガーの大きなシャツをまくられる。
恥ずかしくてたまらなかったが、もう大騒ぎできる雰囲気ではなかったため、静かに言うことを聞いた。
ゲアト先生と呼ばれる医者は、あなたの体を神妙に触診していた。
たぶん魔法のようなものも使われた。きらきらした細かい光に時折包まれのだ。
「ふむ。体に異常はないが⋯⋯瘴気への耐性が弱いままだ。ルドガー、君が使った薬を持ってこい」
「わかった」
まだ大量にあった塗布剤を、医師がバケツからすくって調べている。
これは谷の崖に生えている特殊な草の粘液から作ったものらしい。
「よく作れたね。君はでかい図体のわりに器用だな。ただ配合が間違っている。私が新しく作ってあげよう」
先生は部屋の作業台に移り、残りの材料を用いて薬作りを担ってくれた。その間、懐から何か細長い石のようなものを取り出して、誰かと喋っている。
「あれは何をしているの?」
「魔石で通話をしている。家族にかけているんだろう。⋯⋯体は大丈夫か。すまなかった。俺の薬が間違っていたせいで、お前の元気がなかったんだな」
ルドガーはさっきの続きのように、しょんぼりと黒い角までしょげているように見えた。
あなたは焦って彼の肩をさする。
「違うよ! あなたは一生懸命やってくれたでしょう。ほら、少し動けるのはルドガーの薬のおかげだよ」
最初の出会いは最悪だったが、見知らぬ土地でなんだかんだ彼に世話になっているのだ。
医者まで呼んでくれたし、ご飯まで食べさせてくれた。
「だから気にしないでね。私は大丈夫だから」
「⋯⋯名無し。お前はいい女だ⋯⋯。俺の番になるか?」
「はっ?」
けれど彼はときどき話が通じなくなる。
あなたは問いの意味が分からず答えあぐねた。
つがいって、なに?
混乱していると、遠くにいたゲアト医師がこちらを横目で見てきた。
「ルドガー。君、そのお嬢さんと交尾したのか」
「ああ。した」
「そうか。避妊はしたか」
「している」
「それはよかった。なぜなのかは、君も分かっているよな」
「分かっているさ。ゼイラン様に許しをもらっていない」
「その通りだね。なに、心配するな。私からは言わないよ」
勝手に繰り広げられる不穏すぎる会話に、あなたは愕然とし彼らに視線を投げる。
「ちょ、ちょっと。避妊してたんだね。よかった。――じゃなくて、それも大事なことだけど、ゼイラン様って誰? 許しってなに?」
「⋯⋯お前がまだ知る必要のないことだ」
「ううん教えてよ! 絶対必要あるってば!」
あなたが必死に腕を掴んで揺らすと、ルドガーは観念した。だがまるで守秘義務があるかのように、こう述べただけだった。
「ゼイラン様は俺の主だ。強く、恐ろしく、強大な方だ。それ以上は聞くな」
あなたは首をひゅんとすくめる。
ものすごくパワーがあり、凶暴な獣だと自称したルドガーがそんなふうに言うなんて。
畏敬すら感じる文言だ。一体どんな人物なのだろう。
「さて薬が出来たよ。もうすぐ私の孫も来るはずだ。⋯⋯ああ来た」
気配を感じ取ったらしいゲアトは、小屋の石扉を開けた。冷たい風が入り込み体を震わせると、そこにはお下げ頭の少女が荷物を持って立っていた。
彼女は転移魔法を使い、何かをあなたに届けにきてくれたようだ。
祖父のゲアトに言われ、前もって人の形になってくれてもいる。
「セア。お使いごくろう」
「いいよおじいちゃん。⋯⋯きゃあぁぁぁっ!」
しかし彼女はさっきのあなたと入れ替わったように、ルドガーを見て悲鳴を上げた。
じりじりと小屋の壁伝いに歩き、ベッドの反対側に入り込んであなたに近寄る。
ルドガーはその間も、彼女をじろっと観察したままだった。
「はい、お姉さん。頼まれた洋服使ってね。靴とか防寒着も持ってきたよ」
「え⋯っ? 私が使ってもいいの? ありがとう」
「うんっ。結婚したお姉ちゃんのものだから」
彼女はにこりと笑い、あなたの心に安堵をもたらす。
違う種族だが、家族のゲアト同様優しい人々なのだと感じた。
しかし孫娘セアは、怯えた顔でルドガーを見ているのが気になった。
「お姉さん、大丈夫⋯? 怖いことされてないの?」
「⋯⋯え。だ、大丈夫だよ。彼はやさしいよ」
「本当に⋯? あの人って、恐ろしく強い生き物なんでしょう⋯?」
どう答えればいいか分からなかった。
あなたも彼のことを詳しく知らないからだ。
ひとまず彼女に自分は安全だと告げたあと、二人は穏やかに別れる。
「じゃあまたね。おじいちゃんもきっと定期的に診てくれるよ。さっ、帰ろう」
「ああ。では私達は行こう。⋯⋯ルドガー、交尾はほどほどにな。彼女はか弱い人間だ。そのへんを考えてあげなさい」
別れ際、一人歩みを遅めたゲアトは助言して出ていった。
二人は温かな小屋に残される。
すぐにルドガーはあなたのそばへ寄ってきた。
ベッド脇に腰を下ろし、あなたの髪の毛先に触れ、何かを言いたげな顔で見つめてくる。
あなたはあの医師にしてしまった態度を申し訳なく思っていたが、少女に同じようにされたルドガーのことを考えて、胸が痛んだ。
「悲しい⋯? 大丈夫だよ、私はあなたのこと怖くないから」
「⋯⋯ん? ああ。ならいいんだがな」
本当の姿を見てもいないのにと、自分でも思う。
彼の変わらない調子からも、あまり響かなかったかもと思い反省した。
あなたはなんとか彼に元気を出してほしかった。
今日だけで、こんなにも自分のためにたくさんしてくれたのだ。
「えっと、あっそうだ! もらった服着てみよう! ちょっとまっててね」
勢いよく立ち上がったら、ふらっときて彼のがっちり安定した腕に抱きとめられる。
「無理はするな。心配だ」
「あ、ありがとう、大丈夫だよ」
なぜか顔がさっと染まってしまったが、あなたは彼を喜ばせようと浴室に行き、女の子らしい服に着替える。
可憐な花がらのワンピースで、きっとあの先生達の種族もこうしてお洒落を楽しんでいるのだと笑みが出た。
「できたよ、どう?」
わくわくしながら同じ体勢で座っていたルドガーの前に現れる。
だが彼の表情は変わらなかった。そのかわり、立ち上がった巨体が目の前にくる。
威圧的で腰が引けるが、もう怖くはない。
あまり気に入らなかったかな?そもそも美的感覚が違うのかも。
そう気がかりに思うと、彼はわずかに困ったように見つめてきた。
「⋯⋯似合わない?」
「いや。よく似合っている。きれいだ」
「本当っ?」
なぜそんな一言が嬉しいのか、自分でも分からなかった。
でも無性に気持ちが浮き上がってくる。
「へへ」
「だが、脱げ。名無し」
「⋯⋯へっ? どうして?」
あなたは真に迫る彼の顔つきに怯える。
やっぱり気に入らないのか。それともまさか、もう交尾と言い出すのかと。
大人しく脱いでささっと彼の服にまた着替えると、彼はその女物のワンピースを手に取った。鼻をつけて眉をひそめている。
「他の女の匂いがついている。好きじゃない。洗濯してから使え」
彼はそう言って、服をまとめて洗濯所に持っていってしまった。
まるで認めた女性以外の痕跡は徹底的に嫌う素振りに、あなたは唖然とするものの、その姿を追いかける。
「ねえ待ってよ! 私がやるからいいよ。ルドガーはもう休んで。働きすぎだよ」
「俺が働きすぎ? 何もやってないぞ」
「そんなことないよ。私のお世話してくれてるし」
言うことを聞かず水を出しているルドガーの大きな背中を見ていると、だんだんとじれったくなってきた。
「ねえ。こっち向いて。ルドガーってば」
「⋯⋯なんだ」
彼は振り向き、濡れた手であなたをまた抱き上げる。
もう慣れてしまったあなたは、肩に手を置いて見つめ合った。
「どうしてそういう声を出す? 俺を誘ってるみたいだ。さっき先生に交尾するなと言われたんだぞ」
「それでイライラしているの?」
「していない。だがお前をすぐに水浴びさせたくなるほど良い匂いが漂ってくる。俺は獣なんだ。自制心が効かない」
そんな迫真の主張に黙ってしまうと、彼はきゅっと眉を寄せて見上げる。
「⋯⋯悪かった。もう無理はさせない。お前は交尾を嫌ってるしな⋯⋯」
「き、嫌いなんて言ってないでしょ。やり方が、その⋯⋯あれなだけで」
あなたは困ってごまかした。獣としての彼の姿が、人間みたいに悩んでるようにも見えて心が揺らいだのだ。
「やり方? ちがうやり方ならいいのか? どんなのがいい。教えてくれ、名無し」
「⋯⋯そ、そんなの無理だよっ!」
真っ赤になって否定するも、ルドガーの瞳は救済を見つけたかのように煌々と輝き始めていた。
明日でいいと言ったのに、彼の体力は無尽蔵のようだ。
医者の家は山を三つ越えた先にあるらしく、帰りはかなり遅くなるだろう。
この小屋は安全だが、何もない暗い森にぽつんと建ってるから不安だ。
「はあ⋯⋯なんだろう、この心細さは。早く帰ってこないかな」
あなたはベッドで一時間ほど休んでから、居間の食卓に移動した。机に横顔を置いてぼーっとしていると、外から何かがドスドスと近づいて来る音がした。
怖くなり立ち上がると、重い石扉が勢いよく開く。
現れたのは、激しく息を切らしたルドガーだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
「――なっ! どうしたの、大丈夫⋯⋯!?」
いつもは涼しい顔なのに、全身汗だくで背を屈めている。
相当疲れた様子の彼を心配し、あなたはそばに駆け寄った。
「名無し。安心しろ、もうすぐ先生が来るぞ」
そう言って彼は喜びを表したかったのか、あなたをひょいと持ち上げる。まるで子供のように片腕で抱えられ、怒ろうと思ったのだが。
「あ、ありがとう。急いでくれたんだね。⋯⋯汗がすごいよ、せっかくお風呂入ったのに。ていうか早すぎだよ帰るの」
「風呂はまた入ればいい。⋯⋯早くて嬉しくないのか?」
そう尋ねる下からの目線が、やけに澄んだ金の瞳でドキリとする。
「嬉しい⋯⋯よ」
彼のとんでもない労力への労りから、素直に告げた。するとルドガーは目元が微かに細まり、笑ったようだった。
あなたは初めて見た彼の表情に驚く。
しかしそんな二人の空間に突如、得体の知れない物体が現れた。
「やあ。入るよ。患者さんはどこかな」
落ち着いた男性の声だったが、玄関先からにゅっと滑らかに入り込んできたのは、人間の形をしていなかった。
それは、細長くどろどろ溶けた液体の塊のようなもので、流動的ながら天井には届かずとどまっている。
「きゃあああぁぁぁ!!」
あなたは思いきり叫んだ。
そしてルドガーの太い首に掴まり、全身を隠そうとする。
「なっ、おい、どうした」
「なにあれ!? 家に入ってきた、助けてルドガー!!」
パニックになりジタバタすると、彼はあなたの背を抱いたままゆっくりと下ろす。
そして一旦自分が盾になるように立ち、焦り気味に振り返った。
「あれが怖いのか? あれが先生だぞ」
「⋯⋯えっ!? 嘘でしょう⋯⋯?」
「本当だ。粘流体種のゲアト先生だ。年寄で優しいから怖がらなくていい」
ルドガーはあなたをなだめながらも、医師に振り向く。そしてこうお願いした。
「先生、名無しが怖がっている。俺達に似た姿になってもらえるか」
「ああ。別にいいけどね。繊細なお嬢さんだな」
紳士的な声音で彼は後ろを向いた――のかは分からないが、きゅるきゅると妙な音を立てて変形していった。
その間、ルドガーはあなたをじっと見下ろす。
どこか自信を欠いたような眼差しだ。
「騒いでごめんね、びっくりしちゃって⋯⋯あんなの初めて見たから⋯⋯」
「いや、いい。だが⋯⋯お前には俺の本当の姿を見せないほうがいいかもしれないな」
そう呟かれた声には覇気がなく、彼らしくなかった。
そんなに恐ろしい姿なの?とつい思ってしまったものの、さっきの反応は痛恨のミスだったと気づく。
「はい出来たよ。これでいいかい」
「あっはい⋯」
微妙な空気のまま、あなたは指示されて木彫りのベッドに寝そべる。
近くにはルドガーがいるから安心した。
だがどろどろの液体だった医者は長い銀髪の麗しい男性に変化していて、ふたたび言葉を失う。
耳は長く尖っているが、ほかは背が高すぎる人間の男のようだ。
「あの⋯⋯本当にお医者さんですか?」
「そうだよ。獣医だけどね。お嬢さん、ちょっと失礼」
いきなり着ていたルドガーの大きなシャツをまくられる。
恥ずかしくてたまらなかったが、もう大騒ぎできる雰囲気ではなかったため、静かに言うことを聞いた。
ゲアト先生と呼ばれる医者は、あなたの体を神妙に触診していた。
たぶん魔法のようなものも使われた。きらきらした細かい光に時折包まれのだ。
「ふむ。体に異常はないが⋯⋯瘴気への耐性が弱いままだ。ルドガー、君が使った薬を持ってこい」
「わかった」
まだ大量にあった塗布剤を、医師がバケツからすくって調べている。
これは谷の崖に生えている特殊な草の粘液から作ったものらしい。
「よく作れたね。君はでかい図体のわりに器用だな。ただ配合が間違っている。私が新しく作ってあげよう」
先生は部屋の作業台に移り、残りの材料を用いて薬作りを担ってくれた。その間、懐から何か細長い石のようなものを取り出して、誰かと喋っている。
「あれは何をしているの?」
「魔石で通話をしている。家族にかけているんだろう。⋯⋯体は大丈夫か。すまなかった。俺の薬が間違っていたせいで、お前の元気がなかったんだな」
ルドガーはさっきの続きのように、しょんぼりと黒い角までしょげているように見えた。
あなたは焦って彼の肩をさする。
「違うよ! あなたは一生懸命やってくれたでしょう。ほら、少し動けるのはルドガーの薬のおかげだよ」
最初の出会いは最悪だったが、見知らぬ土地でなんだかんだ彼に世話になっているのだ。
医者まで呼んでくれたし、ご飯まで食べさせてくれた。
「だから気にしないでね。私は大丈夫だから」
「⋯⋯名無し。お前はいい女だ⋯⋯。俺の番になるか?」
「はっ?」
けれど彼はときどき話が通じなくなる。
あなたは問いの意味が分からず答えあぐねた。
つがいって、なに?
混乱していると、遠くにいたゲアト医師がこちらを横目で見てきた。
「ルドガー。君、そのお嬢さんと交尾したのか」
「ああ。した」
「そうか。避妊はしたか」
「している」
「それはよかった。なぜなのかは、君も分かっているよな」
「分かっているさ。ゼイラン様に許しをもらっていない」
「その通りだね。なに、心配するな。私からは言わないよ」
勝手に繰り広げられる不穏すぎる会話に、あなたは愕然とし彼らに視線を投げる。
「ちょ、ちょっと。避妊してたんだね。よかった。――じゃなくて、それも大事なことだけど、ゼイラン様って誰? 許しってなに?」
「⋯⋯お前がまだ知る必要のないことだ」
「ううん教えてよ! 絶対必要あるってば!」
あなたが必死に腕を掴んで揺らすと、ルドガーは観念した。だがまるで守秘義務があるかのように、こう述べただけだった。
「ゼイラン様は俺の主だ。強く、恐ろしく、強大な方だ。それ以上は聞くな」
あなたは首をひゅんとすくめる。
ものすごくパワーがあり、凶暴な獣だと自称したルドガーがそんなふうに言うなんて。
畏敬すら感じる文言だ。一体どんな人物なのだろう。
「さて薬が出来たよ。もうすぐ私の孫も来るはずだ。⋯⋯ああ来た」
気配を感じ取ったらしいゲアトは、小屋の石扉を開けた。冷たい風が入り込み体を震わせると、そこにはお下げ頭の少女が荷物を持って立っていた。
彼女は転移魔法を使い、何かをあなたに届けにきてくれたようだ。
祖父のゲアトに言われ、前もって人の形になってくれてもいる。
「セア。お使いごくろう」
「いいよおじいちゃん。⋯⋯きゃあぁぁぁっ!」
しかし彼女はさっきのあなたと入れ替わったように、ルドガーを見て悲鳴を上げた。
じりじりと小屋の壁伝いに歩き、ベッドの反対側に入り込んであなたに近寄る。
ルドガーはその間も、彼女をじろっと観察したままだった。
「はい、お姉さん。頼まれた洋服使ってね。靴とか防寒着も持ってきたよ」
「え⋯っ? 私が使ってもいいの? ありがとう」
「うんっ。結婚したお姉ちゃんのものだから」
彼女はにこりと笑い、あなたの心に安堵をもたらす。
違う種族だが、家族のゲアト同様優しい人々なのだと感じた。
しかし孫娘セアは、怯えた顔でルドガーを見ているのが気になった。
「お姉さん、大丈夫⋯? 怖いことされてないの?」
「⋯⋯え。だ、大丈夫だよ。彼はやさしいよ」
「本当に⋯? あの人って、恐ろしく強い生き物なんでしょう⋯?」
どう答えればいいか分からなかった。
あなたも彼のことを詳しく知らないからだ。
ひとまず彼女に自分は安全だと告げたあと、二人は穏やかに別れる。
「じゃあまたね。おじいちゃんもきっと定期的に診てくれるよ。さっ、帰ろう」
「ああ。では私達は行こう。⋯⋯ルドガー、交尾はほどほどにな。彼女はか弱い人間だ。そのへんを考えてあげなさい」
別れ際、一人歩みを遅めたゲアトは助言して出ていった。
二人は温かな小屋に残される。
すぐにルドガーはあなたのそばへ寄ってきた。
ベッド脇に腰を下ろし、あなたの髪の毛先に触れ、何かを言いたげな顔で見つめてくる。
あなたはあの医師にしてしまった態度を申し訳なく思っていたが、少女に同じようにされたルドガーのことを考えて、胸が痛んだ。
「悲しい⋯? 大丈夫だよ、私はあなたのこと怖くないから」
「⋯⋯ん? ああ。ならいいんだがな」
本当の姿を見てもいないのにと、自分でも思う。
彼の変わらない調子からも、あまり響かなかったかもと思い反省した。
あなたはなんとか彼に元気を出してほしかった。
今日だけで、こんなにも自分のためにたくさんしてくれたのだ。
「えっと、あっそうだ! もらった服着てみよう! ちょっとまっててね」
勢いよく立ち上がったら、ふらっときて彼のがっちり安定した腕に抱きとめられる。
「無理はするな。心配だ」
「あ、ありがとう、大丈夫だよ」
なぜか顔がさっと染まってしまったが、あなたは彼を喜ばせようと浴室に行き、女の子らしい服に着替える。
可憐な花がらのワンピースで、きっとあの先生達の種族もこうしてお洒落を楽しんでいるのだと笑みが出た。
「できたよ、どう?」
わくわくしながら同じ体勢で座っていたルドガーの前に現れる。
だが彼の表情は変わらなかった。そのかわり、立ち上がった巨体が目の前にくる。
威圧的で腰が引けるが、もう怖くはない。
あまり気に入らなかったかな?そもそも美的感覚が違うのかも。
そう気がかりに思うと、彼はわずかに困ったように見つめてきた。
「⋯⋯似合わない?」
「いや。よく似合っている。きれいだ」
「本当っ?」
なぜそんな一言が嬉しいのか、自分でも分からなかった。
でも無性に気持ちが浮き上がってくる。
「へへ」
「だが、脱げ。名無し」
「⋯⋯へっ? どうして?」
あなたは真に迫る彼の顔つきに怯える。
やっぱり気に入らないのか。それともまさか、もう交尾と言い出すのかと。
大人しく脱いでささっと彼の服にまた着替えると、彼はその女物のワンピースを手に取った。鼻をつけて眉をひそめている。
「他の女の匂いがついている。好きじゃない。洗濯してから使え」
彼はそう言って、服をまとめて洗濯所に持っていってしまった。
まるで認めた女性以外の痕跡は徹底的に嫌う素振りに、あなたは唖然とするものの、その姿を追いかける。
「ねえ待ってよ! 私がやるからいいよ。ルドガーはもう休んで。働きすぎだよ」
「俺が働きすぎ? 何もやってないぞ」
「そんなことないよ。私のお世話してくれてるし」
言うことを聞かず水を出しているルドガーの大きな背中を見ていると、だんだんとじれったくなってきた。
「ねえ。こっち向いて。ルドガーってば」
「⋯⋯なんだ」
彼は振り向き、濡れた手であなたをまた抱き上げる。
もう慣れてしまったあなたは、肩に手を置いて見つめ合った。
「どうしてそういう声を出す? 俺を誘ってるみたいだ。さっき先生に交尾するなと言われたんだぞ」
「それでイライラしているの?」
「していない。だがお前をすぐに水浴びさせたくなるほど良い匂いが漂ってくる。俺は獣なんだ。自制心が効かない」
そんな迫真の主張に黙ってしまうと、彼はきゅっと眉を寄せて見上げる。
「⋯⋯悪かった。もう無理はさせない。お前は交尾を嫌ってるしな⋯⋯」
「き、嫌いなんて言ってないでしょ。やり方が、その⋯⋯あれなだけで」
あなたは困ってごまかした。獣としての彼の姿が、人間みたいに悩んでるようにも見えて心が揺らいだのだ。
「やり方? ちがうやり方ならいいのか? どんなのがいい。教えてくれ、名無し」
「⋯⋯そ、そんなの無理だよっ!」
真っ赤になって否定するも、ルドガーの瞳は救済を見つけたかのように煌々と輝き始めていた。
