巨体の人外に助けられて世話される話
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あれから捕虜のセロは騎士団の寮へ移された。
あなた達と同じ建物の一階だ。
そこは騎士団幹部らが住んでいるため、万一に備える効果もあった。
彼は待遇アップにたいそう喜んでいたが、仲間のことを尋ねると口をつぐんだ。
「そのうち来るだろ。俺は知らねえ」などと焦りを隠し、線を引くように。
「本当にあいつ、俺達と同じ寮に住むのか。何も起こらないといいけどな」
「たぶん大丈夫でしょう。彼もここから出たくないみたいだし」
騎士団領内を歩きながら、ルドガーとあなたは手を繋いでいる。
今は夜で、こんな時間に散歩というわけではないのだが。
ミザロに呼び出されたため、魔術師塔に向かっているのだ。
ルドガーはセロ達を騎士団が引き取ることに大賛成はしなかったものの、守護者の接触を待つ形に落ち着いたことには、異を唱えなかった。
「それで、あの兎をミザロが見ているのか? ふん、獣としては同情してやる。俺といるよりも居心地が悪いだろうからな」
「もうまたそんなこと言って。優しくしてあげてよ。ルドガーの100分の1ぐらいのサイズなんだから」
あなたが彼の下からやんわり諭すと、なぜかルドガーは満足して楽しげに笑う。
手を取って口でちゅっとやり、あなたを抱き上げて移動しようとした。
「ちょっ、ちょっと、酔ってるの? 誰かいたらどうするのよっ」
「俺は酔わないし、酒は獣の嗅覚を鈍らせる毒だぞ。それに周囲には誰の気配もない。ならいいよな」
きちんと答えて勝手に結論づけてしまう。
あなたは彼の首に手をまわし、しょうがなく身を預けて抱きつく。
あの小動物に会うからか、どことなくルドガーの闘争心がまたくすぶり出したのを感じていた。
魔術師塔の上層階にあるミザロの部屋は、あいかわらずダークで混沌としている。
黒い家具のまわりに赤と青の炎がゆらめく中、奥の書斎には黒ローブの後ろ姿があった。
振り返った彼のそばの机に、あなたは鉄の檻を発見した。
そこには赤褐色のふわふわした兎が入っている。
「あれ、師匠。まさかそんなところに入れてるんですか? え、これ普通?」
そこまで大きくもない鉄格子に入り、兎は黒い首輪までつけられている。
しかも心なしか、怯えて縮こまっている様子だ。
「普通だろ。しつけの範囲だな」
「ほんとうっ!?」
堂々と発するルドガーは、腕組みをして兎を怪訝そうに見つめている。
「これが私の飼い方ですから。ルドガー、あなたこの兎、どう思います? 何か感じますか」
「……ああ。この兎は、見た目通りの物体ではない。邪で軽薄で薄汚い野郎だ」
さすがにそこまで言うことないだろうとあなたは閉口する。
それともなにか、獣同士で感じることがあるのだろうか?
ミザロとルドガーの真剣みから、簡単に口出しするのは憚られた。
だが雲行きが怪しくなってきたので、さりげなく手を伸ばしてみる。
「あの、普通にただの兎じゃないんですかね。なんか怯えて見えるし……ほら毛玉ちゃん、おいで~」
指で誘い出すと、兎は短い耳をぴんと立てて寄ってきた。
だが口を開けて舐められようとしたとき、その赤い舌がルドガーのように2つに割れていることに気づく。
「えっ? ……この前、こんなだった?」
よく見ると、眼差しもどこか暗く沈んだように濃い茶色だ。
この暗く重厚な部屋にいたから、この子も染まってしまったのだろうか。
そう考えた時のことだった。
「へへへ……なあ、あんたほんと可愛いな。ヤリてえ……」
そんな異常な言葉が耳に入った。
あなたは硬直する。
もしや守護者以外にも変な男の声まで入ってきてしまったのか。
そう呆然とする中、ミザロと同時にルドガーが警戒心をあらわにし、あなたを掴んで後ずさった。
「今なんて言った……貴様……ッ」
瞬時におびただしい殺気を放ち始め、全身の呼吸を荒くしたルドガーが構える。
すると檻から黒い煙がたちこめた。
「な、なに! どうしたの!」
あなたがパニックになると、その檻はバキッバキッとゆがんだ音を立てて開かれていく。
煙が書斎机を覆い、ルドガーはあなたを抱いて後方に飛びずさった。
ミザロはいつの間にか姿を消し、眼前には別の物体が現れる。
「…………ッ!!」
皆は固まり、空気が静かに割れるような衝撃が走った。
「ははははは……びっくりしたか? あぁ……やっぱりこの姿じゃねえと、女は抱けねえよなぁ……」
そう言いながら、長い手足が煙から現れ、てっぺんは赤い髪が燃えるように揺らめいていた。
男はなぜかルドガーと同じく、茶色の角が頭から生えている。
体はもっと絞ってあるが、彼もまた野性的で筋肉質な巨体だ。
下半身は裸ではなく、ぴたっとした下着を履いていた。
そこだけ少し安心した。
「きゃ、きゃあああああっ」
だがあなたはルドガー以外の男の裸を初めて目にし、混乱から高い声で叫ぶ。
するとルドガーは、小柄なあなたをさらに自分の後ろに隠した。
「……貴、様ァ…ッ! やっぱり俺の本能は正しかったんだッ!」
彼が叫ぶと、赤髪の男はゆらゆらと近づいてくる。
黒い煙をまとい、それは魔族に近い雰囲気だった。
「なにがだよ、堅物野郎。おい知ってるか? お前恋愛経験少なそうだから俺が教えてやるよ。番ってな、乗り換えられるんだぜ? もっといいオスにな。……はっはっはっはッ!」
高らかに笑った男は、ルドガーの憤怒を煮えたぎらせる。
彼は顔に血管を浮き上がらせて金の瞳の瞳孔を開き、突進した。
「や、やめてええ! 二人とも落ち着いてええ!」
間にいる本人の情けない声がこだまするが、もう絶体絶命だった。
頭がついていかなくても分かる、最悪の事態だと。
ルドガーが赤髪の男の肩を掴もうとしたとき、臨戦態勢の男は、挑発的だった表情を突然ゆがませる。
太い首にはめられていた黒い首輪が、ぐうっとしめつけたように。
「ぐ、ぁッ、てめ、なんだこれ、はずせッ」
ルドガーは手を止めて、困惑に陥った。
後方のミザロに気づき、彼まで声を張り上げる。
「止めるな、俺に殺らせろッ」
「だめですよ。私の部屋を荒らさないでください。困った方たちですね…」
彼はいつの間にかあなたの隣にいた。
予め防御魔法を張っていて、その中から言葉を紡いでいる。
「師匠……あの人って……」
「正体は分かりませんが、人化した獣です。セロさんの仲間でしょうね。十中八九、兎などではないですよ」
あなたは師の言葉に身震いする。
よく分からないが、とにかく騙されていたのだと。
あの魔術師とこの獣の二人組に。
赤髪は膝をつき額を押さえている。
ルドガーはそれを間近で見下ろし、握った拳の行き場がなくなり悔しそうだ。
二人の巨体が落ち着いたので、あなたは解かれた防御魔法から歩み出した。
「来るな、名無し」
「うん……」
ルドガーの背に隠れ、赤髪の男を見下ろす。
近くで見ると、余計にでかく、ルドガーと大差ない体格だ。
彼はゆっくり顔を上げて、あなたに茶色の瞳を細め、舌なめずりした。
「ひっ。……あなたの名前は、なんですか…?」
「……俺か? 耳打ちしてやるから、こっちにこいよ。くくく…」
「きゃぁっ」
明らかにセクハラに満ちた獣を、おそるおそる観察した。
日に焼けた肌は筋骨隆々で、触れずとも熱そうな気がする。
それからルドガーのことを見上げた。彼は怒りが張り付いたような仏頂面をしていたが、改めてこう思った。
彼は品があって、紳士的な獣なんだと。
人化した他の獣は初めて会ったが、セロの仲間なのだとしたら、この赤髪もいずれ受け入れなければならない。
「ルドガー、なるべく喧嘩しないでね」
袖を優しく握ると、彼は最大限に拗ねた顔つきで振り向く。
「無理だ。以前、お前に話しただろう。番に手を出す奴がいれば、俺はそいつを殺ると」
「…………。そうだけど、さすがに殺っちゃだめだよ。ええと……」
同じ獣なんだし、とか可哀そうだから、とかセロさんの…とかいろいろ考えたが、どれもふさわしくない気がした。
そう思うぐらい赤髪の男を見ると、不敵にこちらを見つめていたのだ。
「師匠、この人どうします? セロさん呼びますか」
「そうですね……共犯者は別々に尋問するのが鉄則ですが……彼がいたほうが話がはかどるかもしれません。この方、私の前でもなかなかガードが堅かったので。……名無しさん、あなたの言うことは聞きそうですけどね」
冷ややかな目つきで告げられて、汗が流れる。
ルドガーの怒りは、すぐにでも再燃しそうだった。
あなた達と同じ建物の一階だ。
そこは騎士団幹部らが住んでいるため、万一に備える効果もあった。
彼は待遇アップにたいそう喜んでいたが、仲間のことを尋ねると口をつぐんだ。
「そのうち来るだろ。俺は知らねえ」などと焦りを隠し、線を引くように。
「本当にあいつ、俺達と同じ寮に住むのか。何も起こらないといいけどな」
「たぶん大丈夫でしょう。彼もここから出たくないみたいだし」
騎士団領内を歩きながら、ルドガーとあなたは手を繋いでいる。
今は夜で、こんな時間に散歩というわけではないのだが。
ミザロに呼び出されたため、魔術師塔に向かっているのだ。
ルドガーはセロ達を騎士団が引き取ることに大賛成はしなかったものの、守護者の接触を待つ形に落ち着いたことには、異を唱えなかった。
「それで、あの兎をミザロが見ているのか? ふん、獣としては同情してやる。俺といるよりも居心地が悪いだろうからな」
「もうまたそんなこと言って。優しくしてあげてよ。ルドガーの100分の1ぐらいのサイズなんだから」
あなたが彼の下からやんわり諭すと、なぜかルドガーは満足して楽しげに笑う。
手を取って口でちゅっとやり、あなたを抱き上げて移動しようとした。
「ちょっ、ちょっと、酔ってるの? 誰かいたらどうするのよっ」
「俺は酔わないし、酒は獣の嗅覚を鈍らせる毒だぞ。それに周囲には誰の気配もない。ならいいよな」
きちんと答えて勝手に結論づけてしまう。
あなたは彼の首に手をまわし、しょうがなく身を預けて抱きつく。
あの小動物に会うからか、どことなくルドガーの闘争心がまたくすぶり出したのを感じていた。
魔術師塔の上層階にあるミザロの部屋は、あいかわらずダークで混沌としている。
黒い家具のまわりに赤と青の炎がゆらめく中、奥の書斎には黒ローブの後ろ姿があった。
振り返った彼のそばの机に、あなたは鉄の檻を発見した。
そこには赤褐色のふわふわした兎が入っている。
「あれ、師匠。まさかそんなところに入れてるんですか? え、これ普通?」
そこまで大きくもない鉄格子に入り、兎は黒い首輪までつけられている。
しかも心なしか、怯えて縮こまっている様子だ。
「普通だろ。しつけの範囲だな」
「ほんとうっ!?」
堂々と発するルドガーは、腕組みをして兎を怪訝そうに見つめている。
「これが私の飼い方ですから。ルドガー、あなたこの兎、どう思います? 何か感じますか」
「……ああ。この兎は、見た目通りの物体ではない。邪で軽薄で薄汚い野郎だ」
さすがにそこまで言うことないだろうとあなたは閉口する。
それともなにか、獣同士で感じることがあるのだろうか?
ミザロとルドガーの真剣みから、簡単に口出しするのは憚られた。
だが雲行きが怪しくなってきたので、さりげなく手を伸ばしてみる。
「あの、普通にただの兎じゃないんですかね。なんか怯えて見えるし……ほら毛玉ちゃん、おいで~」
指で誘い出すと、兎は短い耳をぴんと立てて寄ってきた。
だが口を開けて舐められようとしたとき、その赤い舌がルドガーのように2つに割れていることに気づく。
「えっ? ……この前、こんなだった?」
よく見ると、眼差しもどこか暗く沈んだように濃い茶色だ。
この暗く重厚な部屋にいたから、この子も染まってしまったのだろうか。
そう考えた時のことだった。
「へへへ……なあ、あんたほんと可愛いな。ヤリてえ……」
そんな異常な言葉が耳に入った。
あなたは硬直する。
もしや守護者以外にも変な男の声まで入ってきてしまったのか。
そう呆然とする中、ミザロと同時にルドガーが警戒心をあらわにし、あなたを掴んで後ずさった。
「今なんて言った……貴様……ッ」
瞬時におびただしい殺気を放ち始め、全身の呼吸を荒くしたルドガーが構える。
すると檻から黒い煙がたちこめた。
「な、なに! どうしたの!」
あなたがパニックになると、その檻はバキッバキッとゆがんだ音を立てて開かれていく。
煙が書斎机を覆い、ルドガーはあなたを抱いて後方に飛びずさった。
ミザロはいつの間にか姿を消し、眼前には別の物体が現れる。
「…………ッ!!」
皆は固まり、空気が静かに割れるような衝撃が走った。
「ははははは……びっくりしたか? あぁ……やっぱりこの姿じゃねえと、女は抱けねえよなぁ……」
そう言いながら、長い手足が煙から現れ、てっぺんは赤い髪が燃えるように揺らめいていた。
男はなぜかルドガーと同じく、茶色の角が頭から生えている。
体はもっと絞ってあるが、彼もまた野性的で筋肉質な巨体だ。
下半身は裸ではなく、ぴたっとした下着を履いていた。
そこだけ少し安心した。
「きゃ、きゃあああああっ」
だがあなたはルドガー以外の男の裸を初めて目にし、混乱から高い声で叫ぶ。
するとルドガーは、小柄なあなたをさらに自分の後ろに隠した。
「……貴、様ァ…ッ! やっぱり俺の本能は正しかったんだッ!」
彼が叫ぶと、赤髪の男はゆらゆらと近づいてくる。
黒い煙をまとい、それは魔族に近い雰囲気だった。
「なにがだよ、堅物野郎。おい知ってるか? お前恋愛経験少なそうだから俺が教えてやるよ。番ってな、乗り換えられるんだぜ? もっといいオスにな。……はっはっはっはッ!」
高らかに笑った男は、ルドガーの憤怒を煮えたぎらせる。
彼は顔に血管を浮き上がらせて金の瞳の瞳孔を開き、突進した。
「や、やめてええ! 二人とも落ち着いてええ!」
間にいる本人の情けない声がこだまするが、もう絶体絶命だった。
頭がついていかなくても分かる、最悪の事態だと。
ルドガーが赤髪の男の肩を掴もうとしたとき、臨戦態勢の男は、挑発的だった表情を突然ゆがませる。
太い首にはめられていた黒い首輪が、ぐうっとしめつけたように。
「ぐ、ぁッ、てめ、なんだこれ、はずせッ」
ルドガーは手を止めて、困惑に陥った。
後方のミザロに気づき、彼まで声を張り上げる。
「止めるな、俺に殺らせろッ」
「だめですよ。私の部屋を荒らさないでください。困った方たちですね…」
彼はいつの間にかあなたの隣にいた。
予め防御魔法を張っていて、その中から言葉を紡いでいる。
「師匠……あの人って……」
「正体は分かりませんが、人化した獣です。セロさんの仲間でしょうね。十中八九、兎などではないですよ」
あなたは師の言葉に身震いする。
よく分からないが、とにかく騙されていたのだと。
あの魔術師とこの獣の二人組に。
赤髪は膝をつき額を押さえている。
ルドガーはそれを間近で見下ろし、握った拳の行き場がなくなり悔しそうだ。
二人の巨体が落ち着いたので、あなたは解かれた防御魔法から歩み出した。
「来るな、名無し」
「うん……」
ルドガーの背に隠れ、赤髪の男を見下ろす。
近くで見ると、余計にでかく、ルドガーと大差ない体格だ。
彼はゆっくり顔を上げて、あなたに茶色の瞳を細め、舌なめずりした。
「ひっ。……あなたの名前は、なんですか…?」
「……俺か? 耳打ちしてやるから、こっちにこいよ。くくく…」
「きゃぁっ」
明らかにセクハラに満ちた獣を、おそるおそる観察した。
日に焼けた肌は筋骨隆々で、触れずとも熱そうな気がする。
それからルドガーのことを見上げた。彼は怒りが張り付いたような仏頂面をしていたが、改めてこう思った。
彼は品があって、紳士的な獣なんだと。
人化した他の獣は初めて会ったが、セロの仲間なのだとしたら、この赤髪もいずれ受け入れなければならない。
「ルドガー、なるべく喧嘩しないでね」
袖を優しく握ると、彼は最大限に拗ねた顔つきで振り向く。
「無理だ。以前、お前に話しただろう。番に手を出す奴がいれば、俺はそいつを殺ると」
「…………。そうだけど、さすがに殺っちゃだめだよ。ええと……」
同じ獣なんだし、とか可哀そうだから、とかセロさんの…とかいろいろ考えたが、どれもふさわしくない気がした。
そう思うぐらい赤髪の男を見ると、不敵にこちらを見つめていたのだ。
「師匠、この人どうします? セロさん呼びますか」
「そうですね……共犯者は別々に尋問するのが鉄則ですが……彼がいたほうが話がはかどるかもしれません。この方、私の前でもなかなかガードが堅かったので。……名無しさん、あなたの言うことは聞きそうですけどね」
冷ややかな目つきで告げられて、汗が流れる。
ルドガーの怒りは、すぐにでも再燃しそうだった。
