巨体の人外に助けられて世話される話
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「ほ、本当に私が催眠術やるんですか、師匠」
「はい。これは最終テストです。あなた、魔術師になりたいんでしょう? 合格すれば、私の弟子となることを正式に認めますよ」
「ええーっ! もうすっかり師弟だと思ってたのに! 仲良くやってたじゃないですか!」
「この世界はそんなに甘くありません。さあ呪文を教えますから。あなたの本気を見せてみなさい、名無しさん」
押し問答をしていたが、だんだんとあなたの中で覚悟が決まっていく。
彼の弟子として勉強したいし、本気で魔術師にもなりたい。
そしてなにより、椅子に縛られた無関係の若騎士を見ていると、胸が詰まる。
こうなったのはすべて自分の責任なのだ。
「よし……。私だって出来るんだ。やりましょう師匠!」
頷き合ったミザロに、この場で呪文を教えてもらう。
こんな即席でうまくいくのかと思ったが、訓練で基礎魔法は覚えたし、呼吸や集中の仕方も教わっていた。
うなだれる彼の頭に手をかざし、短く区切られた呪文を詠唱していく。
体の中央から指先、口元、自らの額へと魔力を繋げていく感覚だ。
「……すぅー。……こんにちは、ターシャさん。聞こえますか。私です、名無しです」
「…………はい。名無しさん」
通じている。
しかも彼は、なぜかこちらの名前を口にした。
そう驚愕しつつも、冷静に話を続ける。
「あなたは悪い魔術師によって、眠らされてしまったんですよ。でも大丈夫、ちゃんと起こしてあげますからね。私の質問にさえ答えれば……。その魔術師を、見ましたか?」
「はい……」
「どんな人? 詳しく教えてください」
「灰ローブの……若い男……もう一人でかい奴がいた……ううっ……ああっ」
彼が肩を動かし怯え始めたため、あなたは焦る。
「大丈夫、大丈夫。もうここにはいませんから。安全ですよ。あなたは私が守ります。……その二人組とは、どこで会ったんですか」
「昨日……街に買い物へ行って……声をかけられた……」
やはり騎士団ではなく、外で標的にされたのだと判明した。
「そうだったんですね。怖かったでしょう。そこに女の人はいましたか? そして、二人組はなにか話していませんでしたか」
「……いない……。話は……していた……でも、分からない」
内容はそう簡単に開示されなかった。
けれど素直に教えてくれた騎士に、感謝をする。
あなたはミザロに目配せし、彼も淡々とした表情で頷いた。
「これでおしまいです。色々教えてくださりありがとうございました、お疲れ様です。ではまた……」
自分の力的にもボキャブラリー的にもそろそろ限界だと悟り、あなたは終わらせようとかかる。
だがどう締めたらいいか分からず、適当に彼の顔を持ち上げて額に手を置いた。
「さあ目覚めなさい、ターシャさん。私のもとに、帰ってきてください――」
それらしく優しい声音で慈しみの瞳を向けると、彼はなんと、ゆっくり目を覚ました。
ぼうっとした眼差しが、あなたのことをまっすぐと映し始める。
「あ……ここは……どこですか」
「ふふふ……安全な場所ですよ。おかえりなさい、騎士さん」
芝居がかった様子で告げると、彼はなぜか頬を染め上げ、夢見心地でいる。
そばで見ていたミザロが、じろりとあなたを見つめた。
「今のは一体、なんですか」
「え。何ってなんですか。師匠。私合格しました?」
「……ええ。合格ですよ。素晴らしかったです。ですが……催眠術というより、カウンセリングのようでしたよ」
「ええっ、本当ですか? やだあ、そんなにあったかオーラ振りまいてたかな」
緊張の解けたあなたは照れて声を上ずらせる。
でも不思議だ。
この異様な高揚感はなんだろう。自分はすごいことをやってのけた、そんな気持ちが心の内から湧いてきていた。
だがその時。
外から大きな物音がした。
扉がすごい勢いで開かれ、立っていたのは息を切らして凄まじい形相をした巨体の男だった。
「名無しッ! 無事か!?」
「ルドガー!」
あなたは自然と笑顔になり、彼に駆け寄ろうとする。
すると真っ先に飛び込んできた彼の腕にさらわれる。あっという間に高く持ち上げられ、強く抱きしめられた。
「心配したぞ! 大丈夫なのか、何があった!」
「大丈夫だよ、もう平気。ありがとう、探してくれて」
心配性の彼の首に手をまわし、落ち着かせる。
その場には呆然とする若騎士、とくに無反応のミザロ、追ってきたジュリスもいたが、まずはこの時間が二人にとって必要だった。
けれどルドガーはあなたの安全を確認したあと、そっと下ろして自分の後ろに隠す。
彼が突き進んで憤怒を向けたのは、怯えて後ずさる若騎士ターシャだった。
「お前か、この野郎ッ! 俺の番に何をした! 殺されたいのかッ」
「ひいっ! ルドガーさん、ど、どうしたんですか! 俺は何もっ」
胸倉を掴み上げようとする彼を、あなたは背を掴んで必死に抑えようとする。
ジュリスも自分より体格のいいルドガーを止めようと、「落ち着け! こいつは何も知らないんだ!」と言って引きはがす。
あなたはまずミザロと一緒に、この場にいる男三人に事情を説明しようと試みた。
催眠療法をかけ、判明したこともすべてだ。
ルドガーは起こった事実よりも、まずたった今行われていた施術に対し、かなり衝撃を受けた様子だった。
「お前が……催眠をやったのか?」
「そうなの! うまくいったの、すごくない? 初めてなのに!」
思わず興奮してはしゃぐと、彼は金の瞳を困惑したように動かし、一方であなたの両肩にそっと手を置いた。
「……ああ、すごいぞ。よくやった。けどな……ミザロ、お前、そんなことを名無しに教えたのか」
「ええ。彼女の才能が花開きました。すごかったですよ、術のあとの騎士の顔……ぼうっと恍惚状態に陥り、心をすっかり開いてしまった様子で。……名無しさん、あなたのやり方は正直勉強になりました。私は真似しませんが」
「えへへ。そんなに褒められちゃったら照れます〜」
調子よく頭をかいていたら、ふと気まずそうな様子のターシャに気づいた。
「……あっ、本当にごめんなさい! 勝手なことして、しかもあなたは巻き込まれただけなのに…!」
「いや、全然、自分は大丈夫なので」
またへらっと表情を緩める騎士は、近くで睨みつけているルドガーを気にしつつも、大変なことに気づいた様子で立ち上がった。
皆とは違う薄灰の制服を着た、袖口に階級章のある隊長だ。
「このような事態を招いてしまい、申し訳ありません、ジュリス隊長!」
「ああ。ターシャ、お前はむしろ彼女に術をかけてもらって助かったかもしれないぞ。思い知っただろう、魔術師の怖さを」
「はい……本当に、不甲斐ないです……」
反省して頭を下げる部下に、ジュリスはため息をつく。
「仕方がない、お前はまだ新人だ。何事も経験して分かることがある。――ではまず報告をしろ。今日は何をしていた? 昨日もだ」
ジュリスが間近に立ち、見据えるような顔つきで部下に命じると、彼は背筋を伸ばし顎を引いた。
「はっ。今日は午前中に組手、午後に剣技の訓練があり、その後装備品倉庫で整理をしていました。それから――」
彼はそこで言葉途切れ、混乱し始めたので、ジュリスは昨日のことについて尋ねる。
「昨日は休日だったので、街で買い物を一人でしていました。本屋に入ったあとに、後ろから声をかけられて――ええと、……すみません、そこからは覚えていません」
おかしなことに、それからどうやって騎士団領内の寮に帰ったかも記憶にないという。
だが今日起きてからは、あなたの前に現れるまで、普通に過ごしていたらしい。
ぞっとするような話だ。
ジュリスは思案顔で腕を組む。
「そうか……催眠の内容と辻褄が合っているな。ミザロ、俺には相手がそこまで腕の悪い魔術師には思えないんだが」
「そうですか? この程度誰にでもできますよ。私ならば、自分がここに入って直接名無しさんを攫います。けれどその守護者も魔術師も、それが出来ないんです。こんな回りくどいことをするのは、力がない証拠では?」
儚げで陰鬱とした空気をまとった黒魔術師は、自信に満ちた声音で告げた。
だがあなたは、どこか腑に落ちなかった。
あの守護者の女の声はいつも気高く、ゼイランや騎士団を恐れている様子はない。
ただ、面倒ごとを避けるかのような振る舞いなのだ。
「うーん、うーん……で、これからどうします? どうしたらいいんだろう、ルドガー」
魔術を使ったからか、だんだん頭が疲れてきたあなたは、彼を見上げた。
ルドガーは若騎士から視線を外さないまま、こう答えた。
「こいつをまた街に出して囮にすればいい。近づいてきた魔術師を俺が捕らえてやる」
彼がはっきり当然だという面構えで言ったため、皆は一瞬静まった。
あなたはやや引きつった顔で、ルドガーの制服の袖を引っ張る。
「いや、そんな、狩猟みたいな……だめだよ。かわいそうだよ。すでに迷惑かけちゃったのに」
あなたが小声で話しても、皆は一概に反対はしなかった。
とくにミザロは満足げに薄く瞳を細めている。
「いいですね。乗りました。単純明快です、そうしましょう。ジュリス、あとはあなたの許可だけです」
「なっ……俺は確かに隊長だけどな、一存で騎士を危険にさらすことはできないと言ってるだろ? 団長の許可がなければ――」
「団長にはもう俺が話した」
頭上から思わぬことを聞かされ、あなたは驚いて見やる。
「そうなの? ルドガーが話してくれたの?」
「ああ。今日言いに行ったんだ、騎士を調べさせろと。だが奴はいつものごとく、こう言った。勝手な真似はさせない、まず守護者の証拠を示せと。こいつがその証拠だ」
冷徹な眼差しで、顔をひきつらせるターシャを見下ろす。
だがそのターシャは、若き新人ながらも、入団して半年あまり経つれっきとした騎士だ。
「……俺、やります! 隊長、どうか挽回させてください! このままでは終われません、敵にいいように使われて皆さんに面倒をかけたままでは…!」
ジュリスは困ったように頭を抱えた。
そしてあなたは、まるでさっきの術の続きのように、自然と彼に近づく。
「ええっ、でも、申し訳ないですよ。……本当にいいんですか……?」
「はい! 任せてください……!」
騎士はまた顔をぽっと赤らめ、あなたをまるで信奉するように見つめている。
まだ術がかかってるのだろうか?
自分でも邪な気持ちが漂っていることに違和感を覚えつつ、これが一番いい方法なのかも、とも思う。
罪悪感とは裏腹な考えに、支配されるように。
「名無し……どうした?」
「え? 何が?」
「……お前の様子が、どこか……いや、なんでもない。お前は俺が守る」
ルドガーは眉根をきゅっと寄せて、あなたの体を抱き寄せる。
あなたは彼の温かな抱擁に身を任せて、安心してこう考えていた。
その魔術師とやらに相対すれば、守護者への道は近づくはずだ――。
こうして妙な関係で集まったメンバーたちは、近いうちに街へ繰り出し、極秘作戦へと身を投じるのであった。
「はい。これは最終テストです。あなた、魔術師になりたいんでしょう? 合格すれば、私の弟子となることを正式に認めますよ」
「ええーっ! もうすっかり師弟だと思ってたのに! 仲良くやってたじゃないですか!」
「この世界はそんなに甘くありません。さあ呪文を教えますから。あなたの本気を見せてみなさい、名無しさん」
押し問答をしていたが、だんだんとあなたの中で覚悟が決まっていく。
彼の弟子として勉強したいし、本気で魔術師にもなりたい。
そしてなにより、椅子に縛られた無関係の若騎士を見ていると、胸が詰まる。
こうなったのはすべて自分の責任なのだ。
「よし……。私だって出来るんだ。やりましょう師匠!」
頷き合ったミザロに、この場で呪文を教えてもらう。
こんな即席でうまくいくのかと思ったが、訓練で基礎魔法は覚えたし、呼吸や集中の仕方も教わっていた。
うなだれる彼の頭に手をかざし、短く区切られた呪文を詠唱していく。
体の中央から指先、口元、自らの額へと魔力を繋げていく感覚だ。
「……すぅー。……こんにちは、ターシャさん。聞こえますか。私です、名無しです」
「…………はい。名無しさん」
通じている。
しかも彼は、なぜかこちらの名前を口にした。
そう驚愕しつつも、冷静に話を続ける。
「あなたは悪い魔術師によって、眠らされてしまったんですよ。でも大丈夫、ちゃんと起こしてあげますからね。私の質問にさえ答えれば……。その魔術師を、見ましたか?」
「はい……」
「どんな人? 詳しく教えてください」
「灰ローブの……若い男……もう一人でかい奴がいた……ううっ……ああっ」
彼が肩を動かし怯え始めたため、あなたは焦る。
「大丈夫、大丈夫。もうここにはいませんから。安全ですよ。あなたは私が守ります。……その二人組とは、どこで会ったんですか」
「昨日……街に買い物へ行って……声をかけられた……」
やはり騎士団ではなく、外で標的にされたのだと判明した。
「そうだったんですね。怖かったでしょう。そこに女の人はいましたか? そして、二人組はなにか話していませんでしたか」
「……いない……。話は……していた……でも、分からない」
内容はそう簡単に開示されなかった。
けれど素直に教えてくれた騎士に、感謝をする。
あなたはミザロに目配せし、彼も淡々とした表情で頷いた。
「これでおしまいです。色々教えてくださりありがとうございました、お疲れ様です。ではまた……」
自分の力的にもボキャブラリー的にもそろそろ限界だと悟り、あなたは終わらせようとかかる。
だがどう締めたらいいか分からず、適当に彼の顔を持ち上げて額に手を置いた。
「さあ目覚めなさい、ターシャさん。私のもとに、帰ってきてください――」
それらしく優しい声音で慈しみの瞳を向けると、彼はなんと、ゆっくり目を覚ました。
ぼうっとした眼差しが、あなたのことをまっすぐと映し始める。
「あ……ここは……どこですか」
「ふふふ……安全な場所ですよ。おかえりなさい、騎士さん」
芝居がかった様子で告げると、彼はなぜか頬を染め上げ、夢見心地でいる。
そばで見ていたミザロが、じろりとあなたを見つめた。
「今のは一体、なんですか」
「え。何ってなんですか。師匠。私合格しました?」
「……ええ。合格ですよ。素晴らしかったです。ですが……催眠術というより、カウンセリングのようでしたよ」
「ええっ、本当ですか? やだあ、そんなにあったかオーラ振りまいてたかな」
緊張の解けたあなたは照れて声を上ずらせる。
でも不思議だ。
この異様な高揚感はなんだろう。自分はすごいことをやってのけた、そんな気持ちが心の内から湧いてきていた。
だがその時。
外から大きな物音がした。
扉がすごい勢いで開かれ、立っていたのは息を切らして凄まじい形相をした巨体の男だった。
「名無しッ! 無事か!?」
「ルドガー!」
あなたは自然と笑顔になり、彼に駆け寄ろうとする。
すると真っ先に飛び込んできた彼の腕にさらわれる。あっという間に高く持ち上げられ、強く抱きしめられた。
「心配したぞ! 大丈夫なのか、何があった!」
「大丈夫だよ、もう平気。ありがとう、探してくれて」
心配性の彼の首に手をまわし、落ち着かせる。
その場には呆然とする若騎士、とくに無反応のミザロ、追ってきたジュリスもいたが、まずはこの時間が二人にとって必要だった。
けれどルドガーはあなたの安全を確認したあと、そっと下ろして自分の後ろに隠す。
彼が突き進んで憤怒を向けたのは、怯えて後ずさる若騎士ターシャだった。
「お前か、この野郎ッ! 俺の番に何をした! 殺されたいのかッ」
「ひいっ! ルドガーさん、ど、どうしたんですか! 俺は何もっ」
胸倉を掴み上げようとする彼を、あなたは背を掴んで必死に抑えようとする。
ジュリスも自分より体格のいいルドガーを止めようと、「落ち着け! こいつは何も知らないんだ!」と言って引きはがす。
あなたはまずミザロと一緒に、この場にいる男三人に事情を説明しようと試みた。
催眠療法をかけ、判明したこともすべてだ。
ルドガーは起こった事実よりも、まずたった今行われていた施術に対し、かなり衝撃を受けた様子だった。
「お前が……催眠をやったのか?」
「そうなの! うまくいったの、すごくない? 初めてなのに!」
思わず興奮してはしゃぐと、彼は金の瞳を困惑したように動かし、一方であなたの両肩にそっと手を置いた。
「……ああ、すごいぞ。よくやった。けどな……ミザロ、お前、そんなことを名無しに教えたのか」
「ええ。彼女の才能が花開きました。すごかったですよ、術のあとの騎士の顔……ぼうっと恍惚状態に陥り、心をすっかり開いてしまった様子で。……名無しさん、あなたのやり方は正直勉強になりました。私は真似しませんが」
「えへへ。そんなに褒められちゃったら照れます〜」
調子よく頭をかいていたら、ふと気まずそうな様子のターシャに気づいた。
「……あっ、本当にごめんなさい! 勝手なことして、しかもあなたは巻き込まれただけなのに…!」
「いや、全然、自分は大丈夫なので」
またへらっと表情を緩める騎士は、近くで睨みつけているルドガーを気にしつつも、大変なことに気づいた様子で立ち上がった。
皆とは違う薄灰の制服を着た、袖口に階級章のある隊長だ。
「このような事態を招いてしまい、申し訳ありません、ジュリス隊長!」
「ああ。ターシャ、お前はむしろ彼女に術をかけてもらって助かったかもしれないぞ。思い知っただろう、魔術師の怖さを」
「はい……本当に、不甲斐ないです……」
反省して頭を下げる部下に、ジュリスはため息をつく。
「仕方がない、お前はまだ新人だ。何事も経験して分かることがある。――ではまず報告をしろ。今日は何をしていた? 昨日もだ」
ジュリスが間近に立ち、見据えるような顔つきで部下に命じると、彼は背筋を伸ばし顎を引いた。
「はっ。今日は午前中に組手、午後に剣技の訓練があり、その後装備品倉庫で整理をしていました。それから――」
彼はそこで言葉途切れ、混乱し始めたので、ジュリスは昨日のことについて尋ねる。
「昨日は休日だったので、街で買い物を一人でしていました。本屋に入ったあとに、後ろから声をかけられて――ええと、……すみません、そこからは覚えていません」
おかしなことに、それからどうやって騎士団領内の寮に帰ったかも記憶にないという。
だが今日起きてからは、あなたの前に現れるまで、普通に過ごしていたらしい。
ぞっとするような話だ。
ジュリスは思案顔で腕を組む。
「そうか……催眠の内容と辻褄が合っているな。ミザロ、俺には相手がそこまで腕の悪い魔術師には思えないんだが」
「そうですか? この程度誰にでもできますよ。私ならば、自分がここに入って直接名無しさんを攫います。けれどその守護者も魔術師も、それが出来ないんです。こんな回りくどいことをするのは、力がない証拠では?」
儚げで陰鬱とした空気をまとった黒魔術師は、自信に満ちた声音で告げた。
だがあなたは、どこか腑に落ちなかった。
あの守護者の女の声はいつも気高く、ゼイランや騎士団を恐れている様子はない。
ただ、面倒ごとを避けるかのような振る舞いなのだ。
「うーん、うーん……で、これからどうします? どうしたらいいんだろう、ルドガー」
魔術を使ったからか、だんだん頭が疲れてきたあなたは、彼を見上げた。
ルドガーは若騎士から視線を外さないまま、こう答えた。
「こいつをまた街に出して囮にすればいい。近づいてきた魔術師を俺が捕らえてやる」
彼がはっきり当然だという面構えで言ったため、皆は一瞬静まった。
あなたはやや引きつった顔で、ルドガーの制服の袖を引っ張る。
「いや、そんな、狩猟みたいな……だめだよ。かわいそうだよ。すでに迷惑かけちゃったのに」
あなたが小声で話しても、皆は一概に反対はしなかった。
とくにミザロは満足げに薄く瞳を細めている。
「いいですね。乗りました。単純明快です、そうしましょう。ジュリス、あとはあなたの許可だけです」
「なっ……俺は確かに隊長だけどな、一存で騎士を危険にさらすことはできないと言ってるだろ? 団長の許可がなければ――」
「団長にはもう俺が話した」
頭上から思わぬことを聞かされ、あなたは驚いて見やる。
「そうなの? ルドガーが話してくれたの?」
「ああ。今日言いに行ったんだ、騎士を調べさせろと。だが奴はいつものごとく、こう言った。勝手な真似はさせない、まず守護者の証拠を示せと。こいつがその証拠だ」
冷徹な眼差しで、顔をひきつらせるターシャを見下ろす。
だがそのターシャは、若き新人ながらも、入団して半年あまり経つれっきとした騎士だ。
「……俺、やります! 隊長、どうか挽回させてください! このままでは終われません、敵にいいように使われて皆さんに面倒をかけたままでは…!」
ジュリスは困ったように頭を抱えた。
そしてあなたは、まるでさっきの術の続きのように、自然と彼に近づく。
「ええっ、でも、申し訳ないですよ。……本当にいいんですか……?」
「はい! 任せてください……!」
騎士はまた顔をぽっと赤らめ、あなたをまるで信奉するように見つめている。
まだ術がかかってるのだろうか?
自分でも邪な気持ちが漂っていることに違和感を覚えつつ、これが一番いい方法なのかも、とも思う。
罪悪感とは裏腹な考えに、支配されるように。
「名無し……どうした?」
「え? 何が?」
「……お前の様子が、どこか……いや、なんでもない。お前は俺が守る」
ルドガーは眉根をきゅっと寄せて、あなたの体を抱き寄せる。
あなたは彼の温かな抱擁に身を任せて、安心してこう考えていた。
その魔術師とやらに相対すれば、守護者への道は近づくはずだ――。
こうして妙な関係で集まったメンバーたちは、近いうちに街へ繰り出し、極秘作戦へと身を投じるのであった。
