巨体の人外に助けられて世話される話
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翌日、あなたは騎士団領内の隅にあるベンチにいた。
周りを緑に囲まれ、静かで心地よい場所だ。
「はあ……良い天気。風もきもちいいー」
昨日あんなことがあったわりに、気分は穏やかだった。
ルドガーが帰宅した後、全部彼に喋ったせいもあると思う。
もちろん、彼の反応は芳しくなかったが。
「……そいつがそう言ったのか? 騎士を見ておけと」
「うん。どういう意味なんだろう。騎士さんたち、良い人だよね皆」
呟いたが、ルドガーは険しい顔つきで考え込んでいる。
そして彼を刺激したのは、これだけではなかった。
守護者の名前だ。
あなたはありのままを話した。
「――だから、名前そのものは言えないんだけど、教えてくれたんだ。これって、一応信用してるってことかな」
「どうだかな……第一、それが本当の名前かもわからないだろ」
確かにその通りだが、これまでの彼女とのやり取りの中で、あなたは半分以上信じてしまっていた。
少しは心を開かれているのかと。
「とにかくだ、名無し。奴の名前の話は、一切誰にもするな。お前の心の中にしまっておけ。万が一にも危険が及ばないように」
疑わしいと言いながらも、ルドガーはあなたの身の安全を第一に考えている。
あなたは彼の言葉を受け入れ、固く頷いた。
「騎士にも気をつけろよ。これまで通り、怪しいやつには近づくんじゃないぞ。いいな?」
「うん。わかった。大丈夫だよ。ルドガーも気をつけてね」
あなたが彼の胸元にもぐりこみ、甘えるようにぎゅっと抱きつくと、「俺は平気だ」と柔らかく笑う声が聞こえた。
またぴりっとさせてしまったが、出来事を共有して、彼と一緒にいることを確認すると心強い。
それにここは安全な場所なのだから。
あなたは守護者に対し、信じて近づきたい気持ちと、近づいて大丈夫なのかという恐れを同時に抱いていた。
外でのんびり過ごしていたら、夕飯の時間が近づいてきたため、部屋に帰ることにした。
寮の建物に入り、二階に上がろうとしたところ。裏口に続く左廊下の隅に、誰かが立っていた。
髪を短く刈り上げた、同じ年ぐらいの若い青年だ。
たくましい体躯に騎士の制服を着ていて、柔和そうな、平凡な顔立ちだった。
「こんにちはー」
「…………」
あなたは愛想よく通りすがろうとするが、彼は前を見つめたまま答えなかった。
無視?
そう思いつつ気にしないようにしていると、彼が近づいてきた。
そして目の前で立ち止まり、あなたを焦点の合わない瞳に映す。
「ちょっと、大丈夫ですか? 具合悪いんですか」
心配になり目の前で手を振ると、彼は抑揚のない声で言った。
「……名無しさん。守護者に会わせます。……こちらに来てください。ある魔術師より……」
「…………はっ!?」
つい大声で反応するが、彼は台詞を言い終わったかのように、ぼうっとして微動だにしない。
ちょっと待ってほしい。
守護者に会えるのだろうか?
魔術師というのがよく分からないが、この騎士はもしかして、伝言役?
「本当にここに守護者さまが来てるんですか? ねえっ」
「…………早く、来てください。時間が、もちません……」
明らかに言わされている感のある騎士を前に、あなたは混乱に陥る。
騎士に近づくなとルドガーに言われた。
でも、もしすぐそばに彼女が来ているのなら。
「いや、危ないよね。……でも、本当だったら……けどここは騎士団だし、入れるの?」
それに、魔術師という言葉が気になる。誰かが手引きしているのだろうか。
彼女は位が高そうだから、そうであっても不思議じゃない。
「とにかく、どこに行くんですか? 教えてください! あとで行きますから!」
そうやって寮の玄関口で、自分より背の高い騎士を問い詰めていると、後ろからもう一人やってきた。
明るい声で、あなたの後ろ姿に話しかけてくる。
「あれ、名無しじゃないか。元気かい?」
振り向くと、薄灰の制服を着崩し、ポケットに手をいれたままの金髪の騎士が立っていた。
仕事が終わり、もう脱ぐ準備をしているのか、ネクタイをゆるめたシャツの首元が色っぽい。
「ジュリスさん!」
「すっかり元気になったって聞いて、安心したよ。……ん? 何やってるの?」
彼がそばにいた騎士に気づき、怪訝な顔をした。
「お疲れ様です~。あ、いや別に何もしてませんけど」
「……本当に? そいつは俺の隊の奴だよ。……おい、お前こんなところで何をしているんだ?」
タレ目がちの瞳を職務用に鋭くし、部下であろう者の前に立った。
しかし若騎士は無表情のまま視線も合わせない。
「聞こえてるのか? なぜこっちを見ない。上官の質問だぞ」
「あっあの~なんかこの人、ちょっと具合が悪いみたいで。それで私に話しかけてきただけなんですよ」
「君に……? なんて言われたの?」
言葉は優しいが、もう仕事モードの彼の警戒は消せなかった。
「そうですね……ちょっといいものがあるから見ませんかって」
「なんだって? いいモノがあるから、君に見せたいって……こいつがそう言ったのか?」
青い瞳をぐるりと困惑させたように、彼が聞き返す。
「いや、そういう妙な言い方ではなくてですね――」
「……ありえないな。おい、はっきり答えろ、彼女はルドガーの恋人だぞ? お前、自分が何をしているのかわかっているのか」
ジュリスは女たらしだが、部下への教育はしっかりしていて、正義感も強い魔族らしい。
あなたは普段なら感謝するところを、汗だらだらで止めようとした。
「ちがうんです! この人は何も悪くないんです! 全部私のせいで……っ、勘違いですよジュリスさん!」
「……えっ、どういうことかな、何か事情があるなら、俺にも説明してもらえるかい」
あなたはもう話すしかないと思った。
なぜなら、この二人の騎士をすでに巻き込んでしまっているからだ。
「わかりました……お話するんで、とにかく別室に行きたいです。ここじゃちょっと……あと、ミザロさんを呼んでもいいでしょうか」
「ミザロ? どうして?」
「この人、きっと操られてるからです!」
魔術の実践をし、最近魔術書で基礎を勉強し始めたあなたはそう考えた。
師であるミザロは呪術師だが、こういうコントロール系の魔法に長けていると聞いたことがあったのだ。
それに、今は騎士ふたりを抱え、ルドガーもいないし、自分側に立ってくれそうな人が必要だった。
今日は訓練はお休みで、魔術師塔で研究をしているというミザロに会いに行った。
焦るあなたの様子に、彼はすぐに話を理解し、転移魔法で寮へ戻してくれた。
ジュリスは一階の物置部屋で、まだ薄ら目の部下を見張っていた。
彼はあなたとミザロのことを、腕を組んで神妙な顔で迎えた。
「やあミザロ。面白いメンバーが集まったな」
「ええ、そうですねジュリス。幹部のあなたと任務が重なることは、最近ありませんでしたし」
黒ローブをまとい陰鬱とした雰囲気のミザロは、隈のある目元をにやりと歪めた。
対してまばゆいオーラの美形騎士ジュリスは笑顔だが、目が笑っていない。
なにやらピリついた空気を感じながらも、あなたは正直に事の経緯を明かした。
ミザロは顔色を変えなかったが、騎士は驚いている。
「なるほど、つまりその守護者というキーパーソンが、今日こうして初めて直接的に接触を試みてきたというわけか……」
「そうみたいですね。あなたの部下を見ると、魔術師に操られている状態なのは間違いないです」
二人のタイプの違う男は、手を後ろに回し、椅子にくくりつけられている若騎士を見下ろす。
「あのう、なのでこの人は被害者なんですよ。縛ることまでしなくていいんじゃ……」
「いや。念のためさ。彼は新米の騎士でね。純朴で熱心ないいやつだ。今日は剣の手合わせも真面目に行っていた。……そんな奴を、魔術師は領内に入り込んでターゲットに定めたんだろう。今は意識がないし、何をするかわからない」
ミザロも頷いた。あなたは重大さをひしひしと感じ、申し訳なさがつのる。
「とはいえ、私の見立てでは、その魔術師は大した使い手ではなさそうです。名無しさん、自分で魔術師だと明かしたんですよね?」
「はい……そう言ってましたね。あと時間がもたないとも…」
あなたが伝えると、師であるミザロは相手を小馬鹿にするように笑った。
「こちらをおちょくっているのか、素で下手な小物なのか分かりませんが、これは我々に対する挑戦ですよ。ルラ・パルセ魔術師団への」
「ああ。これは我らがゼイラン公爵領騎士団への挑発とも受け取れる。もう君達だけの問題ではないよ、名無し」
「は、はあ」
あなたがプロの二人の前で大人しく様子を伺っていると、事態は進んでいく。
ひとまず彼らが出した結論は、この若い騎士を起こし、尋問するということだった。
すごく怖そうな言葉である。
「私が催眠にかけましょう。そして記憶を読めば、すべて解決です」
「ちょっと待ってくれ。勝手にそんなことはさせられない。こいつは、ターシャはうちの隊の騎士なんだ」
ジュリスは彼の体への影響を心配し、そして魔術師長といえど、そんな危険なことを仲間にする権限はないと主張する。
「別にいいじゃないですか。敵に術をかけられたのは、油断した彼の責任ですよ? ひいては上官のあなたの監督責任です。挽回すべきでは?」
「……くっ。それはそうだが、待て。団長に報告する義務がある」
「一刻を争うんです。私を信用してくださいよ。悪いようにはしませんから……ふふふ」
明らかに不気味な誘い文句をするミザロに、あなたもジュリスもやや顔をひきつらせた。
だが騎士は、あなたをじっと見やり、やがて慎重な決断をした。
「……仕方がない。だが記憶を読むのは認められない。精神への影響が残り得る。催眠だけにしてくれ」
「えっ、そんなこと出来るんですか?」
「出来ますよ、名無しさん。私の口寄せの術にかかれば、一発です」
じゃあ最初からそれでいいんじゃないかと思ったが、あなたは偉大な師に対して愛想よく頷く。
彼は施術のことになると、少しねじが外れてしまうのかと感じた。
「ではやりましょうか。ふふふふ……屈強な騎士相手に行うのは、高揚感が違いますねえ……」
ミザロが怪しく手をのばそうとしたとき。
領内に爆音が響いた。
騎士団の館内放送部から、大きな怒号が響き渡る。
『ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいよ! いきなりなんなんですか!』
『黙れ、魔石を貸せ! ――名無し、どこにいる!? 何かあったのか! なぜ部屋に帰っていない、早く戻ってこい!!』
それは完全にルドガーの怒鳴り声で、あなたはゆっくりと皆を見る。
「な、なに今の。どうしたの? ……あっ、やばい夕飯の支度忘れてた! ルドガー、もう帰ってきたのっ?」
ミザロは興がそがれたように呆れた様子で「彼は本部の放送室にいるんでしょう」と教えてくれた。
ジュリスは緊張がほどけたように苦笑いしている。
『いいか騎士ども、俺の番を見かけたらすぐに報告しろ! どんな些細な変化でもいい、知っている者はここに来いッ!!』
彼がそう叫んで魔石を担当者に投げつける音まで聞こえた。
あなたは汗が止まらず、赤面して縮こまる。
「はは、あとで謝りに行かないと……ルドガーも心配してくれてるんだ、ごめん…」
するとジュリスが「俺が行こう」と名乗り出てくれた。
「彼らしいね。迎えに行ってくるから、ターシャをよろしく頼む」
「いいんですか、ありがとうございます!」
「よかったです。では名無しさん、私たちはここにいましょう」
「はい!」
師に言われ、やがて部屋に二人きりになった。
するとミザロは、あなたに向かって愉しそうな笑みを浮かべる。
「やっとチャンスが巡ってきましたね」
「えっ…? まさか師匠、やっぱり記憶を読むとか言いませんよね…?」
「言いませんよ。私は同僚との約束は守りますから」
嘘か真か、彼は微笑みを絶やさず、しかしこんなことを言い出す。
「さあ、あなたがやるんです。いい練習台になりますよ。どうぞ」
「……はっ? な、なに言ってるんですか! 出来るわけないでしょう!」
血の気が引き、両手を振って拒否するも、ミザロの青く濁った目は本気だった。
周りを緑に囲まれ、静かで心地よい場所だ。
「はあ……良い天気。風もきもちいいー」
昨日あんなことがあったわりに、気分は穏やかだった。
ルドガーが帰宅した後、全部彼に喋ったせいもあると思う。
もちろん、彼の反応は芳しくなかったが。
「……そいつがそう言ったのか? 騎士を見ておけと」
「うん。どういう意味なんだろう。騎士さんたち、良い人だよね皆」
呟いたが、ルドガーは険しい顔つきで考え込んでいる。
そして彼を刺激したのは、これだけではなかった。
守護者の名前だ。
あなたはありのままを話した。
「――だから、名前そのものは言えないんだけど、教えてくれたんだ。これって、一応信用してるってことかな」
「どうだかな……第一、それが本当の名前かもわからないだろ」
確かにその通りだが、これまでの彼女とのやり取りの中で、あなたは半分以上信じてしまっていた。
少しは心を開かれているのかと。
「とにかくだ、名無し。奴の名前の話は、一切誰にもするな。お前の心の中にしまっておけ。万が一にも危険が及ばないように」
疑わしいと言いながらも、ルドガーはあなたの身の安全を第一に考えている。
あなたは彼の言葉を受け入れ、固く頷いた。
「騎士にも気をつけろよ。これまで通り、怪しいやつには近づくんじゃないぞ。いいな?」
「うん。わかった。大丈夫だよ。ルドガーも気をつけてね」
あなたが彼の胸元にもぐりこみ、甘えるようにぎゅっと抱きつくと、「俺は平気だ」と柔らかく笑う声が聞こえた。
またぴりっとさせてしまったが、出来事を共有して、彼と一緒にいることを確認すると心強い。
それにここは安全な場所なのだから。
あなたは守護者に対し、信じて近づきたい気持ちと、近づいて大丈夫なのかという恐れを同時に抱いていた。
外でのんびり過ごしていたら、夕飯の時間が近づいてきたため、部屋に帰ることにした。
寮の建物に入り、二階に上がろうとしたところ。裏口に続く左廊下の隅に、誰かが立っていた。
髪を短く刈り上げた、同じ年ぐらいの若い青年だ。
たくましい体躯に騎士の制服を着ていて、柔和そうな、平凡な顔立ちだった。
「こんにちはー」
「…………」
あなたは愛想よく通りすがろうとするが、彼は前を見つめたまま答えなかった。
無視?
そう思いつつ気にしないようにしていると、彼が近づいてきた。
そして目の前で立ち止まり、あなたを焦点の合わない瞳に映す。
「ちょっと、大丈夫ですか? 具合悪いんですか」
心配になり目の前で手を振ると、彼は抑揚のない声で言った。
「……名無しさん。守護者に会わせます。……こちらに来てください。ある魔術師より……」
「…………はっ!?」
つい大声で反応するが、彼は台詞を言い終わったかのように、ぼうっとして微動だにしない。
ちょっと待ってほしい。
守護者に会えるのだろうか?
魔術師というのがよく分からないが、この騎士はもしかして、伝言役?
「本当にここに守護者さまが来てるんですか? ねえっ」
「…………早く、来てください。時間が、もちません……」
明らかに言わされている感のある騎士を前に、あなたは混乱に陥る。
騎士に近づくなとルドガーに言われた。
でも、もしすぐそばに彼女が来ているのなら。
「いや、危ないよね。……でも、本当だったら……けどここは騎士団だし、入れるの?」
それに、魔術師という言葉が気になる。誰かが手引きしているのだろうか。
彼女は位が高そうだから、そうであっても不思議じゃない。
「とにかく、どこに行くんですか? 教えてください! あとで行きますから!」
そうやって寮の玄関口で、自分より背の高い騎士を問い詰めていると、後ろからもう一人やってきた。
明るい声で、あなたの後ろ姿に話しかけてくる。
「あれ、名無しじゃないか。元気かい?」
振り向くと、薄灰の制服を着崩し、ポケットに手をいれたままの金髪の騎士が立っていた。
仕事が終わり、もう脱ぐ準備をしているのか、ネクタイをゆるめたシャツの首元が色っぽい。
「ジュリスさん!」
「すっかり元気になったって聞いて、安心したよ。……ん? 何やってるの?」
彼がそばにいた騎士に気づき、怪訝な顔をした。
「お疲れ様です~。あ、いや別に何もしてませんけど」
「……本当に? そいつは俺の隊の奴だよ。……おい、お前こんなところで何をしているんだ?」
タレ目がちの瞳を職務用に鋭くし、部下であろう者の前に立った。
しかし若騎士は無表情のまま視線も合わせない。
「聞こえてるのか? なぜこっちを見ない。上官の質問だぞ」
「あっあの~なんかこの人、ちょっと具合が悪いみたいで。それで私に話しかけてきただけなんですよ」
「君に……? なんて言われたの?」
言葉は優しいが、もう仕事モードの彼の警戒は消せなかった。
「そうですね……ちょっといいものがあるから見ませんかって」
「なんだって? いいモノがあるから、君に見せたいって……こいつがそう言ったのか?」
青い瞳をぐるりと困惑させたように、彼が聞き返す。
「いや、そういう妙な言い方ではなくてですね――」
「……ありえないな。おい、はっきり答えろ、彼女はルドガーの恋人だぞ? お前、自分が何をしているのかわかっているのか」
ジュリスは女たらしだが、部下への教育はしっかりしていて、正義感も強い魔族らしい。
あなたは普段なら感謝するところを、汗だらだらで止めようとした。
「ちがうんです! この人は何も悪くないんです! 全部私のせいで……っ、勘違いですよジュリスさん!」
「……えっ、どういうことかな、何か事情があるなら、俺にも説明してもらえるかい」
あなたはもう話すしかないと思った。
なぜなら、この二人の騎士をすでに巻き込んでしまっているからだ。
「わかりました……お話するんで、とにかく別室に行きたいです。ここじゃちょっと……あと、ミザロさんを呼んでもいいでしょうか」
「ミザロ? どうして?」
「この人、きっと操られてるからです!」
魔術の実践をし、最近魔術書で基礎を勉強し始めたあなたはそう考えた。
師であるミザロは呪術師だが、こういうコントロール系の魔法に長けていると聞いたことがあったのだ。
それに、今は騎士ふたりを抱え、ルドガーもいないし、自分側に立ってくれそうな人が必要だった。
今日は訓練はお休みで、魔術師塔で研究をしているというミザロに会いに行った。
焦るあなたの様子に、彼はすぐに話を理解し、転移魔法で寮へ戻してくれた。
ジュリスは一階の物置部屋で、まだ薄ら目の部下を見張っていた。
彼はあなたとミザロのことを、腕を組んで神妙な顔で迎えた。
「やあミザロ。面白いメンバーが集まったな」
「ええ、そうですねジュリス。幹部のあなたと任務が重なることは、最近ありませんでしたし」
黒ローブをまとい陰鬱とした雰囲気のミザロは、隈のある目元をにやりと歪めた。
対してまばゆいオーラの美形騎士ジュリスは笑顔だが、目が笑っていない。
なにやらピリついた空気を感じながらも、あなたは正直に事の経緯を明かした。
ミザロは顔色を変えなかったが、騎士は驚いている。
「なるほど、つまりその守護者というキーパーソンが、今日こうして初めて直接的に接触を試みてきたというわけか……」
「そうみたいですね。あなたの部下を見ると、魔術師に操られている状態なのは間違いないです」
二人のタイプの違う男は、手を後ろに回し、椅子にくくりつけられている若騎士を見下ろす。
「あのう、なのでこの人は被害者なんですよ。縛ることまでしなくていいんじゃ……」
「いや。念のためさ。彼は新米の騎士でね。純朴で熱心ないいやつだ。今日は剣の手合わせも真面目に行っていた。……そんな奴を、魔術師は領内に入り込んでターゲットに定めたんだろう。今は意識がないし、何をするかわからない」
ミザロも頷いた。あなたは重大さをひしひしと感じ、申し訳なさがつのる。
「とはいえ、私の見立てでは、その魔術師は大した使い手ではなさそうです。名無しさん、自分で魔術師だと明かしたんですよね?」
「はい……そう言ってましたね。あと時間がもたないとも…」
あなたが伝えると、師であるミザロは相手を小馬鹿にするように笑った。
「こちらをおちょくっているのか、素で下手な小物なのか分かりませんが、これは我々に対する挑戦ですよ。ルラ・パルセ魔術師団への」
「ああ。これは我らがゼイラン公爵領騎士団への挑発とも受け取れる。もう君達だけの問題ではないよ、名無し」
「は、はあ」
あなたがプロの二人の前で大人しく様子を伺っていると、事態は進んでいく。
ひとまず彼らが出した結論は、この若い騎士を起こし、尋問するということだった。
すごく怖そうな言葉である。
「私が催眠にかけましょう。そして記憶を読めば、すべて解決です」
「ちょっと待ってくれ。勝手にそんなことはさせられない。こいつは、ターシャはうちの隊の騎士なんだ」
ジュリスは彼の体への影響を心配し、そして魔術師長といえど、そんな危険なことを仲間にする権限はないと主張する。
「別にいいじゃないですか。敵に術をかけられたのは、油断した彼の責任ですよ? ひいては上官のあなたの監督責任です。挽回すべきでは?」
「……くっ。それはそうだが、待て。団長に報告する義務がある」
「一刻を争うんです。私を信用してくださいよ。悪いようにはしませんから……ふふふ」
明らかに不気味な誘い文句をするミザロに、あなたもジュリスもやや顔をひきつらせた。
だが騎士は、あなたをじっと見やり、やがて慎重な決断をした。
「……仕方がない。だが記憶を読むのは認められない。精神への影響が残り得る。催眠だけにしてくれ」
「えっ、そんなこと出来るんですか?」
「出来ますよ、名無しさん。私の口寄せの術にかかれば、一発です」
じゃあ最初からそれでいいんじゃないかと思ったが、あなたは偉大な師に対して愛想よく頷く。
彼は施術のことになると、少しねじが外れてしまうのかと感じた。
「ではやりましょうか。ふふふふ……屈強な騎士相手に行うのは、高揚感が違いますねえ……」
ミザロが怪しく手をのばそうとしたとき。
領内に爆音が響いた。
騎士団の館内放送部から、大きな怒号が響き渡る。
『ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいよ! いきなりなんなんですか!』
『黙れ、魔石を貸せ! ――名無し、どこにいる!? 何かあったのか! なぜ部屋に帰っていない、早く戻ってこい!!』
それは完全にルドガーの怒鳴り声で、あなたはゆっくりと皆を見る。
「な、なに今の。どうしたの? ……あっ、やばい夕飯の支度忘れてた! ルドガー、もう帰ってきたのっ?」
ミザロは興がそがれたように呆れた様子で「彼は本部の放送室にいるんでしょう」と教えてくれた。
ジュリスは緊張がほどけたように苦笑いしている。
『いいか騎士ども、俺の番を見かけたらすぐに報告しろ! どんな些細な変化でもいい、知っている者はここに来いッ!!』
彼がそう叫んで魔石を担当者に投げつける音まで聞こえた。
あなたは汗が止まらず、赤面して縮こまる。
「はは、あとで謝りに行かないと……ルドガーも心配してくれてるんだ、ごめん…」
するとジュリスが「俺が行こう」と名乗り出てくれた。
「彼らしいね。迎えに行ってくるから、ターシャをよろしく頼む」
「いいんですか、ありがとうございます!」
「よかったです。では名無しさん、私たちはここにいましょう」
「はい!」
師に言われ、やがて部屋に二人きりになった。
するとミザロは、あなたに向かって愉しそうな笑みを浮かべる。
「やっとチャンスが巡ってきましたね」
「えっ…? まさか師匠、やっぱり記憶を読むとか言いませんよね…?」
「言いませんよ。私は同僚との約束は守りますから」
嘘か真か、彼は微笑みを絶やさず、しかしこんなことを言い出す。
「さあ、あなたがやるんです。いい練習台になりますよ。どうぞ」
「……はっ? な、なに言ってるんですか! 出来るわけないでしょう!」
血の気が引き、両手を振って拒否するも、ミザロの青く濁った目は本気だった。
