巨体の人外に助けられて世話される話
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ルドガーが任務へ向かったあと、本当に騎士団医療部から看護師の人が来てくれた。
彼はフォロ医師のアシスタントの一人で、すごく親切に接してくれる。
「私は別室にいますから、何かあったら声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ここには寝室の他にも部屋があり、そこで待機をするのだという。
過ごしやすいように配慮がなされ、とてもありがたかった。
夜も遅くなってきて、気分が和らぐようにとお茶まで用意してくれる。
あなたはもうひとつ、就寝の準備をする看護師の男性にあるお願いをした。
「あの、リビングで寝ててもいいですか? そのほうが落ち着くかもしれなくて」
「ええ、もちろんですよ。今布団を持ってきますね」
線の細い白の作業衣の男性が、にこりと笑って頼みを聞いてくれた。
ソファに横になり、バルコニーのカーテンを少し開けて、風景が見えるようにしてくれる。
「何から何まで、ありがとうございます。夜間もすみません」
「大丈夫ですよ、気にしないで。近くにいますからね、いつでも声かけてください」
そんな温かい声をかけてもらい、人の優しさがしみていく。
仕事なのは分かっているが、魔界で会った人は、思えば皆優しいのだ。
自分は守られているからかもしれないけれど、彼らの真心は確かに日々感じていた。
薄暗い部屋で一人横たわり、窓の上のほうに輝く二つの赤い月を見上げる。
体はいつまでこのままなのだろう。
本当に、いつか治るのだろうか。
数日ごとの診察では、先生に魔力は少しずつだが確実に増えていると言われていた。
今はそれを信じて、辛抱するしかない。
「ルドガーも毎日頑張ってるし、私も頑張るんだ……」
うとうとしながら、いつの間にか瞳を閉じていた。
それからどのくらい時間が経ったのか。
一時間以上かもしれないし、一瞬だったかもしれない。
けれど、突然の物音で目が覚めた。
どん!と窓ガラスが割れる音がしたのだ。
あなたが体を強張らせて見上げると、カーテンが風ではためき、バルコニーの外観が室内から丸見えになっていた。
もっと驚いたのは、薄闇に不気味な気配で佇む、美しい銀髪の男だ。
彼の唯一無二の美麗さと冷たい表情に、息を呑む。
後ろから、急いで現れた看護師の男性の声が響いた。
「なっ……ゼイラン様! いかがされましたか…!?」
「ああ、窓を壊してしまった。この部屋だけやたらと面倒な結界が張ってあるな。……お前、フォロの助手だろ? 修復してくれ。そのあとは去れ」
「はっ、分かりました」
簡潔に命じたあと、彼はソファに寝転がったままのあなたの前で、床に腰を下ろした。
あぐらをかいて、じっと見つめてくる。
汗がだらっと流れるような状況で窓を見やると、看護師は手をかざし、光を発しながらガラスを見事に修復させていった。
素早く終わり、彼は礼をしてその場から転移魔法で去る。
あなたは呆然としたまま、こんなことを思った。
――本当に帰っちゃった。もう一回トイレお願いしようと思ったのに。
しかし顔に出せるわけもなく、恐る恐るゼイランに視線を戻す。
「あ、あのー。こんばんは、ゼイラン様。こんな夜更けにどうされたんでしょうか」
「お前の見舞いだよ。ずいぶん弱ってるみたいじゃないか」
彼のシャープな顔立ちが月の光に照らされ、憐れみとともに観察するような表情をした。
あなたは言葉に詰まる。彼の前ではルドガーの番として、いつも明るく元気な姿を見せたかった。
「はい、今はそうなんですけど、たぶん良くなっていきますので。そうだ、魔力も少しずつ増えてるんですよ、感じますか?」
「わからんな。俺の魔力はお前の五万倍はあるんでな。細かな差に気づくことはない」
「あっそうですか…」
彼との気が遠くなるような差にあなたもこの話題をやめることにした。
「どうしてそこまでする? さっさと瘴気から身を守ればいいだろう」
「……それは……この世界に来て、守られてるだけじゃ、足手まといになるから。可能性があるなら、強くなりたいんです」
彼は腕を組み直し、軽くため息を吐いた。
「言っておくが、名無し。お前はただの人間だぞ? 魔力の量が増えようが、器は変わらん。それとも、自分が魔族であるような気がしているのか?」
その問いは嘲っているのではなく、本気で尋ねているようだった。
あなたは落ち着いて首を振る。
「いえ、そんな自信はまったくないんですが。……ほんとうにただの人間ですかね? フォロ先生とゼイラン様がそう言うなら間違いはないと思うんですけども、突然変異するなんてことは――」
「はっはっはっ! もしそんなことが起きるなら、恐ろしい擬態だな。俺達の眼をあざむいてそんなふざけた事をしでかすならば……お前の˝守護者˝は看過できない存在となる」
そう低い声を出して、彼はあなたに顔を近づけた。脅かすように銀色の瞳の瞳孔を、ぐわッと開かせた。
「きゃーーーーっっっ!! なんですかそれ!! ……あ、あなたも獣なんですかっ!?」
「クククククッ。俺を獣だと? いいか、知らないようだから教えてやる。俺は悪魔族だ」
……はっ?
あなたは冗談なのか分からない彼の言葉を、もう頭がいっぱいいっぱいなのでスルーすることにした。
「ゼイラン様……もういいですか。私、病人なんです。そろそろ……」
「まあ待てよ。まだ話が終わっていない」
「暇なんですか。今度でいいでしょ……」
だが、あなたはソファの布団の中でもぞもぞと動き、限界が近づいていた。
彼のさきほどの脅かしのせいで、下半身も余裕が失せてしまったのだ。
「ゼイラン様。誠に申し訳ございませんが、私をおトイレに連れていってはくださらないでしょうか…? 大変失礼なのは承知なのですが、ここで粗相をしたらもっと大変なことになるでしょうし」
下手に出て彼の瞳をうかがうと、彼はあっけに取られた様子で無反応だ。
「ですよね……でしたらその、看護師さんを呼び戻したりできます? 私のような者があなたの手を煩わせて申し訳ないと…」
「はあ、まったく。お前は話が長いんだよ」
誰がだと思い顔を上げると、目の前に彼の胸板が迫っていた。
気づけばあなたの寝間着の体は横抱きにされ、部屋の中を軽々と移動する。
「あ、ありがとうございます……!」
「よく聞けよ。俺はな、他人にこんなことをしたことはないんだ」
感動しながら、彼の上質なジャケットを汚さないように、なるべく体を浮かして小さくなった。
ちなみに胸元からは、ものすごく良い香りがした。
トイレの個室に座らせてもらい、扉を閉めて事を済ませる。
あなたはしばらく考えていた。
ルドガーに「ゼイラン様がトイレに連れて行ってくれたよ」と教えたら、どんな顔をするだろう。
少し誇らしい気持ちで想像して、小さく笑ってしまった。
するといきなりドアが開き、すらりと長身の彼が見下ろしてくる。
「早いですよ! ルドガーみたいなことしないでください!」
「男はそんなもんだろ」
そう言ってゼイランは、帰りも親切にあなたをソファへ送り届けてくれた。
一気に警戒心がとけ、あなたは体を横にしたままにこにこと彼と話す。
「ルドガー、今日も大丈夫ですかね? きっと勝ちますよね? 強いんだから」
「安心しろ。ここ数年で命を張るような強敵は出現していない。今日も問題ないさ」
普通の会話もしてくれるし、答えに安心して相槌を打っていると。
ゼイランはふっとした笑みを浮かべた。
「名無し、お前はルドガーに少し似ているな」
「えぇ!? どこがですか?」
「時々俺を子どものような目で見つめてくる。……まあお前らは実際ガキだけどな」
一人で納得をされ、少し不思議に思った。
でも彼はそんな二人を受け入れてくれてるような面持ちだったため、あなたもなんだか心がほっとしたのだった。
もっと驚いたのは、それからのゼイランの行動だ。
「仕方ない。そろそろあいつを呼んでやるよ」
「あっどうも、助かります!」
看護師さんだと思ったら、彼は居間で立ち上がり、開けた空間へ向けて手を前方に突き出した。
聞きなれぬ言語の呪文を唱え、あたりに銀と青まじりの光の渦が生まれる。
その荘厳な光景に、目が奪われた。
渦が急速に中央へ吸い込まれ、中から突然あるものが現れた。
「――――ッッッ!!」
驚いたのは口をあんぐりと開けるあなただけじゃない。
ぼたっ、ぼたっと鮮血を流し、顔も軍服も血まみれで立ち尽くす、ルドガーもだった。
彼は両手に長剣を構えたまま、何が起きたか分からないように、主人を目に映す。
「…………っ!? ゼイラン様、いったい何が、……ッ!! 名無しに何かあったのか!?」
訳もわからず、突然戦場から召喚された彼は、混乱に陥り辺りを見回した。
「私は大丈夫だよ、ルドガー! あなたこそ、その血どうしたの! 怪我したの!?
やだ、早く治して! ゼイラン様助けてー!!」
「いや、怪我はしてない、これは返り血だから大丈夫だぞ名無し!」
再会して大騒ぎする二人を、主人はまた呆れた表情で見つめている。
「お前らの熱気が羨ましいよ。この程度の任務でわめくな、ガキどもが。ルドガー、報告しろ」
「……ああ! 魔物はあらかた倒したが、最後の大群が押し寄せてきて、――とくにあの三頭獣のデカブツは、俺がいないと少し手こずるかもしれない…!」
「そうか。それぐらいなら俺がやってやる。お前はそばにいてやれ」
彼はくるりと背を向け、あなた達が驚いている間に、今度は窓をきちんと開けてそこから飛び降りた。
呆然と見ていると、彼は黒い翼を出して空を飛び、消えていった。
「えっ……どういうこと…? ルドガーの代わりに行ってくれたの? いいのっ?」
「ああ、大丈夫そうだ。……名無し、お前は平気か? 遅くなってすまない……」
まだ彼は落ち着かない様子で、肩で息をしている。
起き上がろうとするあなたを、優しく支えてくれた。
そして彼の方から安心を求めるように、全身であなたを抱きしめた。
沸騰するような熱と鼓動が伝わってきて、今すぐに手を回して抱きしめたい気持ちになった。
「大丈夫だよ。帰ってきてくれて嬉しい……」
「俺もだ。早くお前に会いたかった」
彼は血がついた手の爪をしまい、あなたの顔を覆うと、唇を塞ぐ。
押し付けるようなキスにドキドキして、離されたあとは、ルドガーは眉を下げて笑んだ。
「悪い、血がついてしまったな。風呂に入るか」
「うん。一緒に入ろう?」
夜は遅くなっているが、今はいっそう離れたくなかった。
彼はフォロ医師のアシスタントの一人で、すごく親切に接してくれる。
「私は別室にいますから、何かあったら声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ここには寝室の他にも部屋があり、そこで待機をするのだという。
過ごしやすいように配慮がなされ、とてもありがたかった。
夜も遅くなってきて、気分が和らぐようにとお茶まで用意してくれる。
あなたはもうひとつ、就寝の準備をする看護師の男性にあるお願いをした。
「あの、リビングで寝ててもいいですか? そのほうが落ち着くかもしれなくて」
「ええ、もちろんですよ。今布団を持ってきますね」
線の細い白の作業衣の男性が、にこりと笑って頼みを聞いてくれた。
ソファに横になり、バルコニーのカーテンを少し開けて、風景が見えるようにしてくれる。
「何から何まで、ありがとうございます。夜間もすみません」
「大丈夫ですよ、気にしないで。近くにいますからね、いつでも声かけてください」
そんな温かい声をかけてもらい、人の優しさがしみていく。
仕事なのは分かっているが、魔界で会った人は、思えば皆優しいのだ。
自分は守られているからかもしれないけれど、彼らの真心は確かに日々感じていた。
薄暗い部屋で一人横たわり、窓の上のほうに輝く二つの赤い月を見上げる。
体はいつまでこのままなのだろう。
本当に、いつか治るのだろうか。
数日ごとの診察では、先生に魔力は少しずつだが確実に増えていると言われていた。
今はそれを信じて、辛抱するしかない。
「ルドガーも毎日頑張ってるし、私も頑張るんだ……」
うとうとしながら、いつの間にか瞳を閉じていた。
それからどのくらい時間が経ったのか。
一時間以上かもしれないし、一瞬だったかもしれない。
けれど、突然の物音で目が覚めた。
どん!と窓ガラスが割れる音がしたのだ。
あなたが体を強張らせて見上げると、カーテンが風ではためき、バルコニーの外観が室内から丸見えになっていた。
もっと驚いたのは、薄闇に不気味な気配で佇む、美しい銀髪の男だ。
彼の唯一無二の美麗さと冷たい表情に、息を呑む。
後ろから、急いで現れた看護師の男性の声が響いた。
「なっ……ゼイラン様! いかがされましたか…!?」
「ああ、窓を壊してしまった。この部屋だけやたらと面倒な結界が張ってあるな。……お前、フォロの助手だろ? 修復してくれ。そのあとは去れ」
「はっ、分かりました」
簡潔に命じたあと、彼はソファに寝転がったままのあなたの前で、床に腰を下ろした。
あぐらをかいて、じっと見つめてくる。
汗がだらっと流れるような状況で窓を見やると、看護師は手をかざし、光を発しながらガラスを見事に修復させていった。
素早く終わり、彼は礼をしてその場から転移魔法で去る。
あなたは呆然としたまま、こんなことを思った。
――本当に帰っちゃった。もう一回トイレお願いしようと思ったのに。
しかし顔に出せるわけもなく、恐る恐るゼイランに視線を戻す。
「あ、あのー。こんばんは、ゼイラン様。こんな夜更けにどうされたんでしょうか」
「お前の見舞いだよ。ずいぶん弱ってるみたいじゃないか」
彼のシャープな顔立ちが月の光に照らされ、憐れみとともに観察するような表情をした。
あなたは言葉に詰まる。彼の前ではルドガーの番として、いつも明るく元気な姿を見せたかった。
「はい、今はそうなんですけど、たぶん良くなっていきますので。そうだ、魔力も少しずつ増えてるんですよ、感じますか?」
「わからんな。俺の魔力はお前の五万倍はあるんでな。細かな差に気づくことはない」
「あっそうですか…」
彼との気が遠くなるような差にあなたもこの話題をやめることにした。
「どうしてそこまでする? さっさと瘴気から身を守ればいいだろう」
「……それは……この世界に来て、守られてるだけじゃ、足手まといになるから。可能性があるなら、強くなりたいんです」
彼は腕を組み直し、軽くため息を吐いた。
「言っておくが、名無し。お前はただの人間だぞ? 魔力の量が増えようが、器は変わらん。それとも、自分が魔族であるような気がしているのか?」
その問いは嘲っているのではなく、本気で尋ねているようだった。
あなたは落ち着いて首を振る。
「いえ、そんな自信はまったくないんですが。……ほんとうにただの人間ですかね? フォロ先生とゼイラン様がそう言うなら間違いはないと思うんですけども、突然変異するなんてことは――」
「はっはっはっ! もしそんなことが起きるなら、恐ろしい擬態だな。俺達の眼をあざむいてそんなふざけた事をしでかすならば……お前の˝守護者˝は看過できない存在となる」
そう低い声を出して、彼はあなたに顔を近づけた。脅かすように銀色の瞳の瞳孔を、ぐわッと開かせた。
「きゃーーーーっっっ!! なんですかそれ!! ……あ、あなたも獣なんですかっ!?」
「クククククッ。俺を獣だと? いいか、知らないようだから教えてやる。俺は悪魔族だ」
……はっ?
あなたは冗談なのか分からない彼の言葉を、もう頭がいっぱいいっぱいなのでスルーすることにした。
「ゼイラン様……もういいですか。私、病人なんです。そろそろ……」
「まあ待てよ。まだ話が終わっていない」
「暇なんですか。今度でいいでしょ……」
だが、あなたはソファの布団の中でもぞもぞと動き、限界が近づいていた。
彼のさきほどの脅かしのせいで、下半身も余裕が失せてしまったのだ。
「ゼイラン様。誠に申し訳ございませんが、私をおトイレに連れていってはくださらないでしょうか…? 大変失礼なのは承知なのですが、ここで粗相をしたらもっと大変なことになるでしょうし」
下手に出て彼の瞳をうかがうと、彼はあっけに取られた様子で無反応だ。
「ですよね……でしたらその、看護師さんを呼び戻したりできます? 私のような者があなたの手を煩わせて申し訳ないと…」
「はあ、まったく。お前は話が長いんだよ」
誰がだと思い顔を上げると、目の前に彼の胸板が迫っていた。
気づけばあなたの寝間着の体は横抱きにされ、部屋の中を軽々と移動する。
「あ、ありがとうございます……!」
「よく聞けよ。俺はな、他人にこんなことをしたことはないんだ」
感動しながら、彼の上質なジャケットを汚さないように、なるべく体を浮かして小さくなった。
ちなみに胸元からは、ものすごく良い香りがした。
トイレの個室に座らせてもらい、扉を閉めて事を済ませる。
あなたはしばらく考えていた。
ルドガーに「ゼイラン様がトイレに連れて行ってくれたよ」と教えたら、どんな顔をするだろう。
少し誇らしい気持ちで想像して、小さく笑ってしまった。
するといきなりドアが開き、すらりと長身の彼が見下ろしてくる。
「早いですよ! ルドガーみたいなことしないでください!」
「男はそんなもんだろ」
そう言ってゼイランは、帰りも親切にあなたをソファへ送り届けてくれた。
一気に警戒心がとけ、あなたは体を横にしたままにこにこと彼と話す。
「ルドガー、今日も大丈夫ですかね? きっと勝ちますよね? 強いんだから」
「安心しろ。ここ数年で命を張るような強敵は出現していない。今日も問題ないさ」
普通の会話もしてくれるし、答えに安心して相槌を打っていると。
ゼイランはふっとした笑みを浮かべた。
「名無し、お前はルドガーに少し似ているな」
「えぇ!? どこがですか?」
「時々俺を子どものような目で見つめてくる。……まあお前らは実際ガキだけどな」
一人で納得をされ、少し不思議に思った。
でも彼はそんな二人を受け入れてくれてるような面持ちだったため、あなたもなんだか心がほっとしたのだった。
もっと驚いたのは、それからのゼイランの行動だ。
「仕方ない。そろそろあいつを呼んでやるよ」
「あっどうも、助かります!」
看護師さんだと思ったら、彼は居間で立ち上がり、開けた空間へ向けて手を前方に突き出した。
聞きなれぬ言語の呪文を唱え、あたりに銀と青まじりの光の渦が生まれる。
その荘厳な光景に、目が奪われた。
渦が急速に中央へ吸い込まれ、中から突然あるものが現れた。
「――――ッッッ!!」
驚いたのは口をあんぐりと開けるあなただけじゃない。
ぼたっ、ぼたっと鮮血を流し、顔も軍服も血まみれで立ち尽くす、ルドガーもだった。
彼は両手に長剣を構えたまま、何が起きたか分からないように、主人を目に映す。
「…………っ!? ゼイラン様、いったい何が、……ッ!! 名無しに何かあったのか!?」
訳もわからず、突然戦場から召喚された彼は、混乱に陥り辺りを見回した。
「私は大丈夫だよ、ルドガー! あなたこそ、その血どうしたの! 怪我したの!?
やだ、早く治して! ゼイラン様助けてー!!」
「いや、怪我はしてない、これは返り血だから大丈夫だぞ名無し!」
再会して大騒ぎする二人を、主人はまた呆れた表情で見つめている。
「お前らの熱気が羨ましいよ。この程度の任務でわめくな、ガキどもが。ルドガー、報告しろ」
「……ああ! 魔物はあらかた倒したが、最後の大群が押し寄せてきて、――とくにあの三頭獣のデカブツは、俺がいないと少し手こずるかもしれない…!」
「そうか。それぐらいなら俺がやってやる。お前はそばにいてやれ」
彼はくるりと背を向け、あなた達が驚いている間に、今度は窓をきちんと開けてそこから飛び降りた。
呆然と見ていると、彼は黒い翼を出して空を飛び、消えていった。
「えっ……どういうこと…? ルドガーの代わりに行ってくれたの? いいのっ?」
「ああ、大丈夫そうだ。……名無し、お前は平気か? 遅くなってすまない……」
まだ彼は落ち着かない様子で、肩で息をしている。
起き上がろうとするあなたを、優しく支えてくれた。
そして彼の方から安心を求めるように、全身であなたを抱きしめた。
沸騰するような熱と鼓動が伝わってきて、今すぐに手を回して抱きしめたい気持ちになった。
「大丈夫だよ。帰ってきてくれて嬉しい……」
「俺もだ。早くお前に会いたかった」
彼は血がついた手の爪をしまい、あなたの顔を覆うと、唇を塞ぐ。
押し付けるようなキスにドキドキして、離されたあとは、ルドガーは眉を下げて笑んだ。
「悪い、血がついてしまったな。風呂に入るか」
「うん。一緒に入ろう?」
夜は遅くなっているが、今はいっそう離れたくなかった。
